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第五部 暗躍する北方大陸
北方大陸の章・その6 根回しは大切です
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カナン魔導王国。
ウィル大陸の北方に位置する新進気鋭の王国。
魔導女王と呼ばれているミナセ女王により統治されているこの国は、いつも通りに平和であった。
少し前に、謎の暗殺集団が王城に忍んで来たが、結界に阻まれてあっけなく捕縛されてしまうという事件があった。
マチュアがシュトラーゼ公国に向かって少しして。
王城地下にある牢獄から巡回騎士の詰所地下にある牢へと移された、正体不明の魔道士と暗殺集団。
相変わらず口を割らないので、どうしたものかと考えていたのだが。
ある日、全員の首が何者かによって切断されていたという事件が起こっていた。
もしもマチュアがその場にいたなら、以前サムソン郊外にいた魔族たちが仕掛けられていた術式によるものと理解できただろう。
そして現在。
カナンに戻ってきたエンジは、ファイズ達からその報告を聞いていた。
「成る程。あの術式かぁ。あれは厄介な代物なんだよなぁ。もっと細かく調べておけばよかったよ」
腕を組んで考えるエンジだか。
今更考えても埒があかない。
「それで、今回の帰還はどうしたのですか?」
「ん、色々と野暮用でね。今回の案件は時間が掛かるので。それと本気出したいから、食材その他の補充やら足りない魔道具の作成やらね。ちょっと地下空間借りるから」
スッと地下の密閉空間に転移するエンジ。
「さてと。深淵の書庫発動。多重結界と空間全体の活性化を‥‥」
次々と魔法を起動すると、バックからまだ完成していないゴーレムを三体取り出す。
以前ストームとマチュアの王様ゴーレムを作った時のクルーラゴーレムの予備がまだあったので、これで色々と悪巧みしている模様。
「さてと。それじゃあ仕上げますか」
空間や影の中から様々なアイテムや物品、はては空間拡張型バックから空とぶ箒、巨大な水晶柱などを引っ張り出すと、それを静かに魔法陣の中に安置した。
「水晶柱はゴーレムの核として、体内位相空間に設置。残った材料全てをゴーレムと融合‥‥」
次々と体内に取り込んでいく鎧騎士。
さらに知識のスフィアと技術のスフィアを作り出してそれも放り込む。
「命令。私と同じ魂を持つもの以外、何人たりともこの空間にいれる事を禁じる。君はこの空間の全てを護り、私の知識から魔道具を生成、それを魔導商会に卸しなさい」
そうゴーレムに命ずると、ゴーレムはその外見を全身鎧の騎士の姿に変貌した。
――カシャツ
全身鎧から商人風の装備に換装すると、そこには初老の男性の姿があった。
『全てマスターの命ずるままに。私の名前は?』
外見は鎧で見えない。
性別すら存在しない。
他のゴーレム達とは違い、純粋に防衛特化のゴーレムである。
「名前ねぇ。さて、どうしたものか?」
頭を捻って考える。
「私の作った8番目の自立型ゴーレムだから。アハト‥‥いや、アハツェンで。愛称はアハトでいいでしょう」
『アハツェンですね』
「ええ。そして最優先命令。己自身を護りなさい」
『了承。では早速‥‥』
アハツェンは静かに魔法陣を起動してその中に入ると、座禅を組んで瞑想を始めた。
「そ、そういうスタイルなの?」
『はい。それでは‥‥』
魔法陣の中に様々な物品を作り出すのを確認すると、エンジは残りの二体を仕上げて其々に名前を付ける。
そして一通りの命令を行うと、謁見の間の後ろにある部屋に転移した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
謁見の間の後方、カーテンで仕切られている控えの間には、マチュアが作った小さな部屋がある。
様々な人が謁見にやってくるので監視のためと、万が一の時にここに逃げられるように作ったのである。
今も、ここからこっそりと謁見の様子を伺おうかとも思っていた。
エンジが転移してきた時も、ちょうどミナセ女王が近隣の貴族達と話をしている所であった。
以前よりも来客が増え、女王に取り入ろうと考える貴族や商人達が連日やって来るらしい。
「今話しているのは商人か。大変そうだなぁ」
「お陰様で。マチュア女王が外遊している間は、ずっとこの調子ですよ」
「お、おう、イングリッド。ここに居たのかい」
振り向くと、控えの間の傍にある執務机に座って資料を眺めているイングリッドがエンジに頭を下げていた。
「ええ。ここで来客の詳細なデータを見ながら、ミナセ女王にアドバイスしているのですよ。こちらが今日の分の資料ですね」
大量の資料をパンパンと叩きながら、イングリッドがエンジに告げる。
「そうか~、まあ、頑張ってね」
「御安心を。ミナセ女王は貴方の分身。しっかりと執務を頑張って居ますので、国内は今の所安定して居ますわ」
笑いながら説明をしてくれるので、エンジも一安心である。
「こちらが、マチュア様用の懸案です。流石にこれらは決定権を行使できないので、お願いします」
そう説明しながら、椅子に座っているエンジの元にいくつかの書面を持って来る。
「はいはい。これをやりに戻ったのよ。暫く戻れなくなるから、とっとと片付けますか‥‥」
マチュア本人の仕事は外交関係。
それもラグナ・マリア以外の国との話が大多数である。
一つ一つを吟味していくと、やはり目的のものが見つかった。
「シュトラーゼ公国ゼオン教会からの、教会設立願いねぇ。こっちはシュトラーゼ隣国の国交許可申請。シュトラーゼ本国からの申請はないと‥‥」
二つの書簡を横に置くと、別の書簡を調べる。
「はぁ?領地拡張申請?何処の阿呆だ?」
慌ててサインと封蝋を調べる。
そこにはアレクトー伯爵の名前が記されている。
「申請内容は領民増加に伴う生活圏の拡大かぁ。これは認めたくないなぁ」
「そうなのですか?」
「今、アレクトー伯爵はシュトラーゼ公国にいるんだよ。色々あって、今度、晩餐会にエンジで参加するんだけれど。相手の身分で態度を変えるような奴だよ?」
「旧態依然の貴族は、皆そのようなものです。カナンは貴族の管理も徹底していますから、それ程酷く見えないだけですよ。他国では、貴族の重圧に耐えられず隣国に流れるものもあるぐらいですわ」
一休みしてイングリッドがハーブティーを入れてくれる。
それを受け取ると、エンジは軽く一口。
――ゴクッ
「あ、美味しい。イングリッド、ハーブティーの入れ方教わったの?」
「ミナセ女王が率先してハーブティーを入れるので、私も習ったのですよ。気の利かない施政官と思われるのが嫌ですから」
そのまま近くにいた侍女に軽くつまめる物を頼むと、イングリッドがエンジの元に戻って来る。
「そうか。頑張っているんだねぇ」
「お陰様で。と、口の利き方が申し訳ありません。ついマチュア様と違う外見ですと」
「むしろそれでいいよ。頑張ったイングリッドにご褒美をあげよう」
そう言いながら、マチュアは侍女にジェラールとカナン伯爵を呼んで来るように伝える。
「ご褒美ですか。少し期待して良いですか?」
笑いながら問いかけるイングリッドに、エンジは素早くマチュアの姿に戻る。
「ええ。最高のご褒美かもよぉ?」
「あ、あの。少し怖いのですけれど」
「そーおー? あんまり気にしなくていいよぉ」
ニマニマと笑うマチュア。
「失礼します。執務官ジェラール参りました」
「同じく執務官カナン馳せ参じました。マチュア女王様とは久しぶりですなぁ」
綺麗なスーツっぽい衣服を身に纏っている二人。
王城勤務の男性に与えられているスーツのようなものである。
ちなみに女性は全てゴシックメイド、女性執務官と施政官は男性のスーツのようなものである。
二人の執務官がやって来ると、マチュアはスッと立ち上がる。
「施政官イングリッド。今日この時より、『カナン魔導王国宰相』を任命します。カナン伯爵は『副宰相』に、ジェラールは『宰相補佐官』を。という事で頑張ってください」
――ザッ
慌ててその場に跪く三名。
ご褒美がまさかの任命とは、誰も考えていなかったであろう。
「わ、私が宰相など‥‥恐れ多くて」
「同じく。このカナンを良き国にする為に、尽力を尽くします」
イングリッドとカナン伯爵は声が震える。
ジェラールなど、何が起こっているのかわからないようだ。
「さてと。国の政治全てを任せるとなると、身分もいりますよねー。という事で、カナン伯爵は本日より侯爵位を授けます」
「そ、それは‥‥ありがたき幸せ」
丁寧に礼を告げるカナン。
次はイングリットと、マチュアは彼女の方を向いた。
「イングリッドも侯爵位を授けたいのですが、まず伯爵位を与えますので、領地はないけど王都にでっかい屋敷を立ててあげる。そして後日、タイミングを見計らってカナン侯爵と並ぶイングリッド侯爵に叙任します」
「わ、私が貴族になど‥‥もったいないお言葉です」
瞳に涙を浮かべるイングリット。
そして残るは出世頭の少年。
執務能力が他の執務官よりも上だという報告は受けていた。
「ジェラールは男爵からスタートで。頑張ってね」
室内をテクテクと歩きながら話しているマチュア。
カナン侯爵は溢れる涙を止めることができず、イングリッドも放心している。
「それにしても、突然どうしたのですか?」
ようやく意識が戻ってきたイングリッドが、マチュアにそう問い掛けた。
「いや、これでもし私に何かあっても、カナンは安泰だわ。クイーンはしっかりやっているから、貴方達がクイーンを補佐してくれる限りは安泰でしょ?」
笑いながらそう説明すると、カナン侯爵とジェラールは静かに頷いた。
だが、イングリッドは真面目な顔つきで一言。
「シュトラーゼ公国、そこまで危険ですか?」
コクリと頷くと、マチュアはフゥ、とため息をつく。
「正直に言うと、死にそうになったわ。私も下準備をしっかりとしてきたけれど、相手はその上をいっているのよ。完全に私のことを調べ上げて、私の弱点を的確に突いて来る。相手しないで帰ってきたら良いんだけれど、関わった以上は、みんな幸せになりたいでしょ?」
イングリッドは静かに頷く。
「それがマチュア女王の本意ならば、私たちは女王の命令に従うだけです」
「命令なんてしないわよ。カナンを良い国にしてと言うお願いだからね。では、クイーンから後日、正式に爵位と、宰相の叙任式をしてもらってね」
――フッ
とエンジに戻るマチュア。
「それで今はエンジ様なのですね?」
「シュトラーゼでは、多分私は奴らの奸計に嵌って死んでいることになってるから。エンジの方が気楽なのよ」
手をヒラヒラとさせながら、カーテンの向こうをこっそりとみる。
今日の謁見にはカレンもやってきているようで、楽しそうにミナセ女王と話をしている。
「シュトラーゼ公国からの通達に対する対応は、現状の態勢が続いている限りは突っぱねて構わないから。どうしても分からない場合は呼び出して。ゼオン教会のウィル大陸進出は構わないけどカナン魔導王国では教会設立は認めない。て、所かな?」
バックから魔法の絨毯と空間拡張バック、通信用のイヤリングなどの魔道具を取り出すと、三人に権限を切り替えて渡す。
「マチュア様、なんか形見分けみたいで嫌なのですけれど‥‥」
イングリッドがそう話していると、カナン侯爵とジェラールもウンウンと頷く。
「魔導王国という名前を掲げている以上は、王城の偉い人にはこれを使って宣伝してもらわないとね」
「あの、魔法の箒なら、子供達が飛び回っていますけれど」
ジェラールが笑いそうな表情で話していると
「それこそ良い宣伝じゃないですか!!鎧騎士と空飛ぶ箒!子供達でも手軽に扱える魔道具を扱っている国ですよ!!という事で、あとは任せる。魔道具については、私が作った新しいゴーレムが生産担当でいるので」
――パチン
と指を鳴らすと、その場にアハツェンが姿をあらわす。
燕尾服を身に纏い、モノクルをつけた初老の男性。
オールバックの銀髪が実によく似合う。
「初めまして。アハツェンと申します。マチュア様の命令で、魔道具関係全般の開発と量産を任されました」
丁寧な挨拶。
実に紳士的な、柔らかい物腰である。
「ゼクス、ファイズ。貴方達の後輩になるから、よろしく頼むね」
その場にはいない二人だが、イヤリングを通しての念話で言葉は届いている。
「「了解しました」」
と言う声が届くと、エンジはゆっくりと体を伸ばす。
「さーて、リフレッシュもできたし。それじゃあ、シュトラーゼに戻りますか」
――ザッ
と三人がその場に跪く。
「お気をつけてください」
「マチュア様の留守を預かります」
「ほ、補佐を頑張ります」
良い人達だ。
マチュアは静かに頷くと、そのままシュトラーゼに転移した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
シュトラーゼの屋敷に戻ってきたエンジは、すぐさま自室からツヴァイに念話を送っていた。
「今戻ったよ。自室に籠もっているから、後で入れ替わるね」
『了解です。現在は応接間でアレクトー伯爵が来客としてやって来ていますので、適当にあしらってます』
「そ、そうか。突然の来訪とはまた、落ち着かない人だなぁ」
その後の返事がないところを見ると、アレクトー伯爵と話を再開したらしい。
ならばと、机に向かうとこれからの作戦を考える事にした。
「如何する?偽物の死体でも拵えるか?でもなぁ‥‥」
魔法で調べられると、すぐに偽物とバレる。
「正々堂々と、正面から女王として向かうか?」
ラマダ公国の時は使えたが、今回は戦力差が少ないため危険である。
「ようはメフィストなんだよなぁ。無詠唱で上位精霊魔法や司祭の結界を張れる魔道士かぁ。近接絶対火力ならなんとかなるが、あの三人の護衛士が邪魔なんだよなぁ」
搦め手でもない限りは無理。
かといって、今使える手駒はツヴァイのみ。
ジョセフィーヌもAクラス冒険者なので負けることはないが、相手は三位一体の攻防力を持っている。
あれを三人同時に相手するとなると、全力のマチュアやストームでないと少々厳しい。
「むう。手詰まりだ。唯一の道が講和しかないというのは癪だなぁ。でも、メフィストをぶっ潰さないと、呪詛は解けないからなぁ‥‥」
――コンコン
(はあ?)
突然扉がノックされた。
『エンジ様の部屋などを掃除する場合は、必ずノックしてから入室してくださいね。中にいることもありますし、研究や発明などで外の音が聞こえないこともありますから』
扉の向こうからジョセフィーヌとエミリアの声が聞こえてくる。
エンジが居間で応対をしている間に、色々と教えているようである。
(ジョセフィーヌとエミリアか!!やばい)
瞬時にベッドの影に潜り込むエンジ。
――ガチャツ
と扉が開かれると、掃除道具を持った二人が入室してきた。
「エンジ様は今、アレクトー伯爵と楽しそうに話をしていますから、今のうちに掃除をしてしまいましょう」
「はい。それにしても、エンジ様ってどんな方なんですか?」
家具の拭き掃除を始めながら、エミリアがジョセフィーヌに問いかけている。
「そうですねぇ。楽しいことが大好きな人ですよ」
「楽しい事ですか?」
「ええ。なので、他の人が困っているのを見過ごせなかったり、頼まれたら嫌と言えない人ですよ」
ふぅんと返事を返すと、エミリアが頭を捻っている。
「私は生まれも育ちもイーストエンドだけど、そんな考えでいたらすぐに死んじゃいますよ。悪い連中に騙されて、全てを奪われてね」
「まあ、エンジ様を騙すような人がいたら、全力を持って報復されますよ」
「でも、なんで私だったんだろうな。イーストエンドには、私よりも腕の立つ冒険者や家政婦なら大勢いるんですよ。商人ギルドで条件を設定して募集すれば、多少はきつい条件でもクリアできる人はいるのに」
拭き掃除を終えてベットメイキングを始める二人。
「多分ですけれど。『縁』があったのだと思います」
ジョセフィーヌは笑いながら告げる。
「縁?」
「ええ。私たちの生涯は様々な奇跡によって紡がれているそうです。生まれてきた奇跡から始まって、良き人との出会いも奇跡。でも、そういうものを全てひっくるめて、エンジ様は『縁』と仰っていましたわ」
「という事は、私はエンジ様と縁があったという事なのかなぁ」
「そうですね。私が商人ギルドで登録を終えてもう一人雇って欲しいと頼んだ時、エンジ様は目に入った貴方を指名しました。それは貴方にとっては奇跡、私たちにとっては縁なのですよ」
ふう。
ようやく掃除を終えると、エミリアは一息入れた。汗を拭いて窓に近づくと、外から入ってくる風を感じている。
「縁かぁ。いい言葉ですね」
「だからこそ、私たちは自分の務めをしっかりやらないといけません。エミリアさんには、これからAランク冒険者になって貰わないといけませんから」
「え、Aランク!!」
以前も言われたが、まさか本当だとは思わなかった。
「ええ。エンジ様の本家に勤めるのなら、最低でも冒険者Aランクが必要です。見返りはそれなりにありますので、頑張ってくださいね」
「見返りですか?」
そう問いかけたので、ジョセフィーヌは腕はを魔力を込める。
――しゅんっ
一瞬でメイド服からミスリルのフルプレートに換装したジョセフィーヌ。
「この腕輪も見返りですわ。あと、楽しいですよ。あの方の近くにいると。では、そろそろ次の部屋に行きましょう」
そう告げながら、ジョセフィーヌはエミリアとともに部屋を出て行った。
――スッ
影からゆっくりと出てくるエンジ。
今の話を全て聞いていたので、顔が真っ赤である。
「どんな事にも耐えられるが、誉め殺しだけは勘弁してよぉ。と、そうだよなぁ。やっぱりこれしかないかぁ」
ジョセフィーヌとエミリアの話を聞いで、これからどうするかの方向は定まった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
その日の夜。
エンジは二人のメイドを連れて、アレクトー伯爵の屋敷にいた。
引っ越しのお祝いという事で、簡単な晩餐会を開いてくれたらしい。
参加者には、この貴族区の冒険者ギルドや商人ギルドのギルドマスター、大手の商会の重鎮などが揃っている。
「では、今日はこちらのお嬢さんの歓迎会という事で楽しみましょう。明後日の王城区での晩餐会には、このエンジ殿も参加しますので」
アレクトー伯爵が簡単な挨拶をすると、軽く乾杯をして晩餐会は始まった。
気軽に楽しめるようにと、立食形式のパーティーになっているらしい。
次々とエンジの元に挨拶に来る人々に、なんとかボロが出ないように話を合わせる。
「最近になって、貴族区で空を飛ぶ乗り物に乗っている人がいるのはそういう事ですか。あそこの店が、魔道具の販売を行なっていたとは」
「エンジ殿は、その空とぶ箒以外にはどのようなものを?」
「是非とも見せていただきたいですなぁ。」
そう話されると、お調子者のエンジはジョセフィーヌに預けてあったバックパックを回収すると、色々な魔道具を披露した。
意外と人気だったのは、動く髪飾りシリーズである。
晩餐会に参加している女性からは羨望の眼差しを向けられていたので。
「では、これはお近づきの印として。ご婦人方に一つずつ差し上げますわ。色々なデザインがありますので、お好きなものをどうぞ?」
そのエンジの言葉に、ワーッと女性たちが殺到した。
流石に育ちが良いのか、取り合いにはならずに楽しそうに吟味していた。
(動くアクセサリーとは。いいなぁ)
(身につけるゴーレム。あれは商売になるのに)
(女性のみとは‥‥残念だ)
などなど、動く髪飾りに集まって楽しそうな女性たちの姿を見ている殿方の思惑が聞こえてきそうである。
それを察したのか、エンジは殿方の集まっている席に向かうと、テーブルの上にいくつかの魔道具を取り出す。
「女性たちのみとはあまりにも残念ですので、殿方には実用的なものをどうぞ。魔法の羽根ペンや保温するマグカップ、動く鎧騎士、痩せられるベルト。これは見本ですので、お一人一つずつ差し上げますね。好きなものを仰って下さい」
そうエンジが大声で話すと、集まっている貴族たちが一列に並んだ。
そう話した途端、殿方も魔道具を吟味し始める。
鎧騎士以外は全て実用的なものばかりだが、歳を取ってもやはり男。
世界が変わっても道楽を求める姿勢は変わらない。
「な、なら、この動くゴーレムを」
「私もだ。是非頼みたい」
「こんなものは見たことがない。是非!!」
次々とエンジの元にやってきたので。
「ちょ、ちょっとお待ちを。今出しますので、皆さん並んでいただけますか?」
そうエンジが叫ぶと、貴族たちは一列に並んだ。
「では‥‥」
バックパックから鎧騎士が納められてある木箱を一つ取り出すと、それをテーブルの上に置いた。
「この袋の中に一体の|鎧騎士(パンッァーナイト)が入っています。中には取り扱い説明書が入っていますので、それを見て鎧騎士を操って下さい」
そのエンジの言葉にコクコクと頷く騎士たち。
そして一つずつ中身を見ないで選ばせると、殿方全員に鎧騎士を配布した。
やがて部屋のあちこちで、鎧騎士同士の模擬戦などが始まると、今度は女性たちもそれに興味を持ったらしい。
「あ、あの、エンジ様。私たちも、その‥‥」
モジモジと話しかけて来るのはある程度想定済み。
ならばと別の木箱を取りだすと、女性たちも殺到した。
「さあ、これで日頃の鬱憤を旦那様にぶつけて下さい」
笑いながら鎧騎士を手渡すと、婦人たちは婦人たちで集まって楽しみ始めた。
なお、殿方に手渡した鎧騎士は第一弾、そしてご婦人方に手渡したのは第二弾。
性能的には第二弾がやや上であるが、それは実力で補っていただこう。
夜もすっかりふける。
「はっはっ。中々楽しい思いをさせていただいて。今日はありがとうございました」
集まっていた貴族たちがアレクトー伯爵に礼を告げている。
晩餐会の後半は魔道具の品評会となっていたため、エンジを皆にお披露目したアレクトー伯爵の鼻は高い。
「それではエンジ殿も、また王城区で会いましょう」
「ええ。楽しい時間をありがとうございました」
そうエンジも頭を下げると、タッタッと隣にある自分の屋敷に戻っていく。
貴族達も外で待っている馬車に乗り込むと、皆、屋敷に戻っていったようである。
――ガチャッ
「お帰りなさいませ」
玄関を開けたら、先に戻っていたエミリアがエンジとジョセフィーヌを出迎えてくれた。
「ティーセットを用意してありますので、こちらへどうぞ」
エミリアがそう話しながら応接間に案内してくれたのだが。
ジョセフィーヌはしまった!! という表情をしていた。
「あ。あの、エンジ様。まだエミリアはティサーバーの方法を教えてないので、その」
「気にしないよ~。今度教えてあげてね」
そう笑いながら告げたが。
緩いお湯で入れられた薄いハーブティーと、バターとミルクをふんだんに使ったしょっぱいクッキーを堪能するエンジ。
「うん。ジョセフィーヌ、明日にでも教えてあげてね!!」
ニッコリと微笑むエンジ。
その笑みにいわれもない恐怖を覚えたジョセフィーヌは、翌日からしっかりとした作法を教えようと心に誓った。
ウィル大陸の北方に位置する新進気鋭の王国。
魔導女王と呼ばれているミナセ女王により統治されているこの国は、いつも通りに平和であった。
少し前に、謎の暗殺集団が王城に忍んで来たが、結界に阻まれてあっけなく捕縛されてしまうという事件があった。
マチュアがシュトラーゼ公国に向かって少しして。
王城地下にある牢獄から巡回騎士の詰所地下にある牢へと移された、正体不明の魔道士と暗殺集団。
相変わらず口を割らないので、どうしたものかと考えていたのだが。
ある日、全員の首が何者かによって切断されていたという事件が起こっていた。
もしもマチュアがその場にいたなら、以前サムソン郊外にいた魔族たちが仕掛けられていた術式によるものと理解できただろう。
そして現在。
カナンに戻ってきたエンジは、ファイズ達からその報告を聞いていた。
「成る程。あの術式かぁ。あれは厄介な代物なんだよなぁ。もっと細かく調べておけばよかったよ」
腕を組んで考えるエンジだか。
今更考えても埒があかない。
「それで、今回の帰還はどうしたのですか?」
「ん、色々と野暮用でね。今回の案件は時間が掛かるので。それと本気出したいから、食材その他の補充やら足りない魔道具の作成やらね。ちょっと地下空間借りるから」
スッと地下の密閉空間に転移するエンジ。
「さてと。深淵の書庫発動。多重結界と空間全体の活性化を‥‥」
次々と魔法を起動すると、バックからまだ完成していないゴーレムを三体取り出す。
以前ストームとマチュアの王様ゴーレムを作った時のクルーラゴーレムの予備がまだあったので、これで色々と悪巧みしている模様。
「さてと。それじゃあ仕上げますか」
空間や影の中から様々なアイテムや物品、はては空間拡張型バックから空とぶ箒、巨大な水晶柱などを引っ張り出すと、それを静かに魔法陣の中に安置した。
「水晶柱はゴーレムの核として、体内位相空間に設置。残った材料全てをゴーレムと融合‥‥」
次々と体内に取り込んでいく鎧騎士。
さらに知識のスフィアと技術のスフィアを作り出してそれも放り込む。
「命令。私と同じ魂を持つもの以外、何人たりともこの空間にいれる事を禁じる。君はこの空間の全てを護り、私の知識から魔道具を生成、それを魔導商会に卸しなさい」
そうゴーレムに命ずると、ゴーレムはその外見を全身鎧の騎士の姿に変貌した。
――カシャツ
全身鎧から商人風の装備に換装すると、そこには初老の男性の姿があった。
『全てマスターの命ずるままに。私の名前は?』
外見は鎧で見えない。
性別すら存在しない。
他のゴーレム達とは違い、純粋に防衛特化のゴーレムである。
「名前ねぇ。さて、どうしたものか?」
頭を捻って考える。
「私の作った8番目の自立型ゴーレムだから。アハト‥‥いや、アハツェンで。愛称はアハトでいいでしょう」
『アハツェンですね』
「ええ。そして最優先命令。己自身を護りなさい」
『了承。では早速‥‥』
アハツェンは静かに魔法陣を起動してその中に入ると、座禅を組んで瞑想を始めた。
「そ、そういうスタイルなの?」
『はい。それでは‥‥』
魔法陣の中に様々な物品を作り出すのを確認すると、エンジは残りの二体を仕上げて其々に名前を付ける。
そして一通りの命令を行うと、謁見の間の後ろにある部屋に転移した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
謁見の間の後方、カーテンで仕切られている控えの間には、マチュアが作った小さな部屋がある。
様々な人が謁見にやってくるので監視のためと、万が一の時にここに逃げられるように作ったのである。
今も、ここからこっそりと謁見の様子を伺おうかとも思っていた。
エンジが転移してきた時も、ちょうどミナセ女王が近隣の貴族達と話をしている所であった。
以前よりも来客が増え、女王に取り入ろうと考える貴族や商人達が連日やって来るらしい。
「今話しているのは商人か。大変そうだなぁ」
「お陰様で。マチュア女王が外遊している間は、ずっとこの調子ですよ」
「お、おう、イングリッド。ここに居たのかい」
振り向くと、控えの間の傍にある執務机に座って資料を眺めているイングリッドがエンジに頭を下げていた。
「ええ。ここで来客の詳細なデータを見ながら、ミナセ女王にアドバイスしているのですよ。こちらが今日の分の資料ですね」
大量の資料をパンパンと叩きながら、イングリッドがエンジに告げる。
「そうか~、まあ、頑張ってね」
「御安心を。ミナセ女王は貴方の分身。しっかりと執務を頑張って居ますので、国内は今の所安定して居ますわ」
笑いながら説明をしてくれるので、エンジも一安心である。
「こちらが、マチュア様用の懸案です。流石にこれらは決定権を行使できないので、お願いします」
そう説明しながら、椅子に座っているエンジの元にいくつかの書面を持って来る。
「はいはい。これをやりに戻ったのよ。暫く戻れなくなるから、とっとと片付けますか‥‥」
マチュア本人の仕事は外交関係。
それもラグナ・マリア以外の国との話が大多数である。
一つ一つを吟味していくと、やはり目的のものが見つかった。
「シュトラーゼ公国ゼオン教会からの、教会設立願いねぇ。こっちはシュトラーゼ隣国の国交許可申請。シュトラーゼ本国からの申請はないと‥‥」
二つの書簡を横に置くと、別の書簡を調べる。
「はぁ?領地拡張申請?何処の阿呆だ?」
慌ててサインと封蝋を調べる。
そこにはアレクトー伯爵の名前が記されている。
「申請内容は領民増加に伴う生活圏の拡大かぁ。これは認めたくないなぁ」
「そうなのですか?」
「今、アレクトー伯爵はシュトラーゼ公国にいるんだよ。色々あって、今度、晩餐会にエンジで参加するんだけれど。相手の身分で態度を変えるような奴だよ?」
「旧態依然の貴族は、皆そのようなものです。カナンは貴族の管理も徹底していますから、それ程酷く見えないだけですよ。他国では、貴族の重圧に耐えられず隣国に流れるものもあるぐらいですわ」
一休みしてイングリッドがハーブティーを入れてくれる。
それを受け取ると、エンジは軽く一口。
――ゴクッ
「あ、美味しい。イングリッド、ハーブティーの入れ方教わったの?」
「ミナセ女王が率先してハーブティーを入れるので、私も習ったのですよ。気の利かない施政官と思われるのが嫌ですから」
そのまま近くにいた侍女に軽くつまめる物を頼むと、イングリッドがエンジの元に戻って来る。
「そうか。頑張っているんだねぇ」
「お陰様で。と、口の利き方が申し訳ありません。ついマチュア様と違う外見ですと」
「むしろそれでいいよ。頑張ったイングリッドにご褒美をあげよう」
そう言いながら、マチュアは侍女にジェラールとカナン伯爵を呼んで来るように伝える。
「ご褒美ですか。少し期待して良いですか?」
笑いながら問いかけるイングリッドに、エンジは素早くマチュアの姿に戻る。
「ええ。最高のご褒美かもよぉ?」
「あ、あの。少し怖いのですけれど」
「そーおー? あんまり気にしなくていいよぉ」
ニマニマと笑うマチュア。
「失礼します。執務官ジェラール参りました」
「同じく執務官カナン馳せ参じました。マチュア女王様とは久しぶりですなぁ」
綺麗なスーツっぽい衣服を身に纏っている二人。
王城勤務の男性に与えられているスーツのようなものである。
ちなみに女性は全てゴシックメイド、女性執務官と施政官は男性のスーツのようなものである。
二人の執務官がやって来ると、マチュアはスッと立ち上がる。
「施政官イングリッド。今日この時より、『カナン魔導王国宰相』を任命します。カナン伯爵は『副宰相』に、ジェラールは『宰相補佐官』を。という事で頑張ってください」
――ザッ
慌ててその場に跪く三名。
ご褒美がまさかの任命とは、誰も考えていなかったであろう。
「わ、私が宰相など‥‥恐れ多くて」
「同じく。このカナンを良き国にする為に、尽力を尽くします」
イングリッドとカナン伯爵は声が震える。
ジェラールなど、何が起こっているのかわからないようだ。
「さてと。国の政治全てを任せるとなると、身分もいりますよねー。という事で、カナン伯爵は本日より侯爵位を授けます」
「そ、それは‥‥ありがたき幸せ」
丁寧に礼を告げるカナン。
次はイングリットと、マチュアは彼女の方を向いた。
「イングリッドも侯爵位を授けたいのですが、まず伯爵位を与えますので、領地はないけど王都にでっかい屋敷を立ててあげる。そして後日、タイミングを見計らってカナン侯爵と並ぶイングリッド侯爵に叙任します」
「わ、私が貴族になど‥‥もったいないお言葉です」
瞳に涙を浮かべるイングリット。
そして残るは出世頭の少年。
執務能力が他の執務官よりも上だという報告は受けていた。
「ジェラールは男爵からスタートで。頑張ってね」
室内をテクテクと歩きながら話しているマチュア。
カナン侯爵は溢れる涙を止めることができず、イングリッドも放心している。
「それにしても、突然どうしたのですか?」
ようやく意識が戻ってきたイングリッドが、マチュアにそう問い掛けた。
「いや、これでもし私に何かあっても、カナンは安泰だわ。クイーンはしっかりやっているから、貴方達がクイーンを補佐してくれる限りは安泰でしょ?」
笑いながらそう説明すると、カナン侯爵とジェラールは静かに頷いた。
だが、イングリッドは真面目な顔つきで一言。
「シュトラーゼ公国、そこまで危険ですか?」
コクリと頷くと、マチュアはフゥ、とため息をつく。
「正直に言うと、死にそうになったわ。私も下準備をしっかりとしてきたけれど、相手はその上をいっているのよ。完全に私のことを調べ上げて、私の弱点を的確に突いて来る。相手しないで帰ってきたら良いんだけれど、関わった以上は、みんな幸せになりたいでしょ?」
イングリッドは静かに頷く。
「それがマチュア女王の本意ならば、私たちは女王の命令に従うだけです」
「命令なんてしないわよ。カナンを良い国にしてと言うお願いだからね。では、クイーンから後日、正式に爵位と、宰相の叙任式をしてもらってね」
――フッ
とエンジに戻るマチュア。
「それで今はエンジ様なのですね?」
「シュトラーゼでは、多分私は奴らの奸計に嵌って死んでいることになってるから。エンジの方が気楽なのよ」
手をヒラヒラとさせながら、カーテンの向こうをこっそりとみる。
今日の謁見にはカレンもやってきているようで、楽しそうにミナセ女王と話をしている。
「シュトラーゼ公国からの通達に対する対応は、現状の態勢が続いている限りは突っぱねて構わないから。どうしても分からない場合は呼び出して。ゼオン教会のウィル大陸進出は構わないけどカナン魔導王国では教会設立は認めない。て、所かな?」
バックから魔法の絨毯と空間拡張バック、通信用のイヤリングなどの魔道具を取り出すと、三人に権限を切り替えて渡す。
「マチュア様、なんか形見分けみたいで嫌なのですけれど‥‥」
イングリッドがそう話していると、カナン侯爵とジェラールもウンウンと頷く。
「魔導王国という名前を掲げている以上は、王城の偉い人にはこれを使って宣伝してもらわないとね」
「あの、魔法の箒なら、子供達が飛び回っていますけれど」
ジェラールが笑いそうな表情で話していると
「それこそ良い宣伝じゃないですか!!鎧騎士と空飛ぶ箒!子供達でも手軽に扱える魔道具を扱っている国ですよ!!という事で、あとは任せる。魔道具については、私が作った新しいゴーレムが生産担当でいるので」
――パチン
と指を鳴らすと、その場にアハツェンが姿をあらわす。
燕尾服を身に纏い、モノクルをつけた初老の男性。
オールバックの銀髪が実によく似合う。
「初めまして。アハツェンと申します。マチュア様の命令で、魔道具関係全般の開発と量産を任されました」
丁寧な挨拶。
実に紳士的な、柔らかい物腰である。
「ゼクス、ファイズ。貴方達の後輩になるから、よろしく頼むね」
その場にはいない二人だが、イヤリングを通しての念話で言葉は届いている。
「「了解しました」」
と言う声が届くと、エンジはゆっくりと体を伸ばす。
「さーて、リフレッシュもできたし。それじゃあ、シュトラーゼに戻りますか」
――ザッ
と三人がその場に跪く。
「お気をつけてください」
「マチュア様の留守を預かります」
「ほ、補佐を頑張ります」
良い人達だ。
マチュアは静かに頷くと、そのままシュトラーゼに転移した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
シュトラーゼの屋敷に戻ってきたエンジは、すぐさま自室からツヴァイに念話を送っていた。
「今戻ったよ。自室に籠もっているから、後で入れ替わるね」
『了解です。現在は応接間でアレクトー伯爵が来客としてやって来ていますので、適当にあしらってます』
「そ、そうか。突然の来訪とはまた、落ち着かない人だなぁ」
その後の返事がないところを見ると、アレクトー伯爵と話を再開したらしい。
ならばと、机に向かうとこれからの作戦を考える事にした。
「如何する?偽物の死体でも拵えるか?でもなぁ‥‥」
魔法で調べられると、すぐに偽物とバレる。
「正々堂々と、正面から女王として向かうか?」
ラマダ公国の時は使えたが、今回は戦力差が少ないため危険である。
「ようはメフィストなんだよなぁ。無詠唱で上位精霊魔法や司祭の結界を張れる魔道士かぁ。近接絶対火力ならなんとかなるが、あの三人の護衛士が邪魔なんだよなぁ」
搦め手でもない限りは無理。
かといって、今使える手駒はツヴァイのみ。
ジョセフィーヌもAクラス冒険者なので負けることはないが、相手は三位一体の攻防力を持っている。
あれを三人同時に相手するとなると、全力のマチュアやストームでないと少々厳しい。
「むう。手詰まりだ。唯一の道が講和しかないというのは癪だなぁ。でも、メフィストをぶっ潰さないと、呪詛は解けないからなぁ‥‥」
――コンコン
(はあ?)
突然扉がノックされた。
『エンジ様の部屋などを掃除する場合は、必ずノックしてから入室してくださいね。中にいることもありますし、研究や発明などで外の音が聞こえないこともありますから』
扉の向こうからジョセフィーヌとエミリアの声が聞こえてくる。
エンジが居間で応対をしている間に、色々と教えているようである。
(ジョセフィーヌとエミリアか!!やばい)
瞬時にベッドの影に潜り込むエンジ。
――ガチャツ
と扉が開かれると、掃除道具を持った二人が入室してきた。
「エンジ様は今、アレクトー伯爵と楽しそうに話をしていますから、今のうちに掃除をしてしまいましょう」
「はい。それにしても、エンジ様ってどんな方なんですか?」
家具の拭き掃除を始めながら、エミリアがジョセフィーヌに問いかけている。
「そうですねぇ。楽しいことが大好きな人ですよ」
「楽しい事ですか?」
「ええ。なので、他の人が困っているのを見過ごせなかったり、頼まれたら嫌と言えない人ですよ」
ふぅんと返事を返すと、エミリアが頭を捻っている。
「私は生まれも育ちもイーストエンドだけど、そんな考えでいたらすぐに死んじゃいますよ。悪い連中に騙されて、全てを奪われてね」
「まあ、エンジ様を騙すような人がいたら、全力を持って報復されますよ」
「でも、なんで私だったんだろうな。イーストエンドには、私よりも腕の立つ冒険者や家政婦なら大勢いるんですよ。商人ギルドで条件を設定して募集すれば、多少はきつい条件でもクリアできる人はいるのに」
拭き掃除を終えてベットメイキングを始める二人。
「多分ですけれど。『縁』があったのだと思います」
ジョセフィーヌは笑いながら告げる。
「縁?」
「ええ。私たちの生涯は様々な奇跡によって紡がれているそうです。生まれてきた奇跡から始まって、良き人との出会いも奇跡。でも、そういうものを全てひっくるめて、エンジ様は『縁』と仰っていましたわ」
「という事は、私はエンジ様と縁があったという事なのかなぁ」
「そうですね。私が商人ギルドで登録を終えてもう一人雇って欲しいと頼んだ時、エンジ様は目に入った貴方を指名しました。それは貴方にとっては奇跡、私たちにとっては縁なのですよ」
ふう。
ようやく掃除を終えると、エミリアは一息入れた。汗を拭いて窓に近づくと、外から入ってくる風を感じている。
「縁かぁ。いい言葉ですね」
「だからこそ、私たちは自分の務めをしっかりやらないといけません。エミリアさんには、これからAランク冒険者になって貰わないといけませんから」
「え、Aランク!!」
以前も言われたが、まさか本当だとは思わなかった。
「ええ。エンジ様の本家に勤めるのなら、最低でも冒険者Aランクが必要です。見返りはそれなりにありますので、頑張ってくださいね」
「見返りですか?」
そう問いかけたので、ジョセフィーヌは腕はを魔力を込める。
――しゅんっ
一瞬でメイド服からミスリルのフルプレートに換装したジョセフィーヌ。
「この腕輪も見返りですわ。あと、楽しいですよ。あの方の近くにいると。では、そろそろ次の部屋に行きましょう」
そう告げながら、ジョセフィーヌはエミリアとともに部屋を出て行った。
――スッ
影からゆっくりと出てくるエンジ。
今の話を全て聞いていたので、顔が真っ赤である。
「どんな事にも耐えられるが、誉め殺しだけは勘弁してよぉ。と、そうだよなぁ。やっぱりこれしかないかぁ」
ジョセフィーヌとエミリアの話を聞いで、これからどうするかの方向は定まった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
その日の夜。
エンジは二人のメイドを連れて、アレクトー伯爵の屋敷にいた。
引っ越しのお祝いという事で、簡単な晩餐会を開いてくれたらしい。
参加者には、この貴族区の冒険者ギルドや商人ギルドのギルドマスター、大手の商会の重鎮などが揃っている。
「では、今日はこちらのお嬢さんの歓迎会という事で楽しみましょう。明後日の王城区での晩餐会には、このエンジ殿も参加しますので」
アレクトー伯爵が簡単な挨拶をすると、軽く乾杯をして晩餐会は始まった。
気軽に楽しめるようにと、立食形式のパーティーになっているらしい。
次々とエンジの元に挨拶に来る人々に、なんとかボロが出ないように話を合わせる。
「最近になって、貴族区で空を飛ぶ乗り物に乗っている人がいるのはそういう事ですか。あそこの店が、魔道具の販売を行なっていたとは」
「エンジ殿は、その空とぶ箒以外にはどのようなものを?」
「是非とも見せていただきたいですなぁ。」
そう話されると、お調子者のエンジはジョセフィーヌに預けてあったバックパックを回収すると、色々な魔道具を披露した。
意外と人気だったのは、動く髪飾りシリーズである。
晩餐会に参加している女性からは羨望の眼差しを向けられていたので。
「では、これはお近づきの印として。ご婦人方に一つずつ差し上げますわ。色々なデザインがありますので、お好きなものをどうぞ?」
そのエンジの言葉に、ワーッと女性たちが殺到した。
流石に育ちが良いのか、取り合いにはならずに楽しそうに吟味していた。
(動くアクセサリーとは。いいなぁ)
(身につけるゴーレム。あれは商売になるのに)
(女性のみとは‥‥残念だ)
などなど、動く髪飾りに集まって楽しそうな女性たちの姿を見ている殿方の思惑が聞こえてきそうである。
それを察したのか、エンジは殿方の集まっている席に向かうと、テーブルの上にいくつかの魔道具を取り出す。
「女性たちのみとはあまりにも残念ですので、殿方には実用的なものをどうぞ。魔法の羽根ペンや保温するマグカップ、動く鎧騎士、痩せられるベルト。これは見本ですので、お一人一つずつ差し上げますね。好きなものを仰って下さい」
そうエンジが大声で話すと、集まっている貴族たちが一列に並んだ。
そう話した途端、殿方も魔道具を吟味し始める。
鎧騎士以外は全て実用的なものばかりだが、歳を取ってもやはり男。
世界が変わっても道楽を求める姿勢は変わらない。
「な、なら、この動くゴーレムを」
「私もだ。是非頼みたい」
「こんなものは見たことがない。是非!!」
次々とエンジの元にやってきたので。
「ちょ、ちょっとお待ちを。今出しますので、皆さん並んでいただけますか?」
そうエンジが叫ぶと、貴族たちは一列に並んだ。
「では‥‥」
バックパックから鎧騎士が納められてある木箱を一つ取り出すと、それをテーブルの上に置いた。
「この袋の中に一体の|鎧騎士(パンッァーナイト)が入っています。中には取り扱い説明書が入っていますので、それを見て鎧騎士を操って下さい」
そのエンジの言葉にコクコクと頷く騎士たち。
そして一つずつ中身を見ないで選ばせると、殿方全員に鎧騎士を配布した。
やがて部屋のあちこちで、鎧騎士同士の模擬戦などが始まると、今度は女性たちもそれに興味を持ったらしい。
「あ、あの、エンジ様。私たちも、その‥‥」
モジモジと話しかけて来るのはある程度想定済み。
ならばと別の木箱を取りだすと、女性たちも殺到した。
「さあ、これで日頃の鬱憤を旦那様にぶつけて下さい」
笑いながら鎧騎士を手渡すと、婦人たちは婦人たちで集まって楽しみ始めた。
なお、殿方に手渡した鎧騎士は第一弾、そしてご婦人方に手渡したのは第二弾。
性能的には第二弾がやや上であるが、それは実力で補っていただこう。
夜もすっかりふける。
「はっはっ。中々楽しい思いをさせていただいて。今日はありがとうございました」
集まっていた貴族たちがアレクトー伯爵に礼を告げている。
晩餐会の後半は魔道具の品評会となっていたため、エンジを皆にお披露目したアレクトー伯爵の鼻は高い。
「それではエンジ殿も、また王城区で会いましょう」
「ええ。楽しい時間をありがとうございました」
そうエンジも頭を下げると、タッタッと隣にある自分の屋敷に戻っていく。
貴族達も外で待っている馬車に乗り込むと、皆、屋敷に戻っていったようである。
――ガチャッ
「お帰りなさいませ」
玄関を開けたら、先に戻っていたエミリアがエンジとジョセフィーヌを出迎えてくれた。
「ティーセットを用意してありますので、こちらへどうぞ」
エミリアがそう話しながら応接間に案内してくれたのだが。
ジョセフィーヌはしまった!! という表情をしていた。
「あ。あの、エンジ様。まだエミリアはティサーバーの方法を教えてないので、その」
「気にしないよ~。今度教えてあげてね」
そう笑いながら告げたが。
緩いお湯で入れられた薄いハーブティーと、バターとミルクをふんだんに使ったしょっぱいクッキーを堪能するエンジ。
「うん。ジョセフィーヌ、明日にでも教えてあげてね!!」
ニッコリと微笑むエンジ。
その笑みにいわれもない恐怖を覚えたジョセフィーヌは、翌日からしっかりとした作法を教えようと心に誓った。
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