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第五部 暗躍する北方大陸
北方大陸の章・その5 此処をベースキャンプとする!!
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マチュアがエンジの姿で街の中を徘徊すること数日。
どうやらエンジのシルバーカードでも貴族区には出入りできるため、今度は拠点として建築ギルドで家を借りることにした。
この姿ではアルファとも接触できないため、あちらの動向が全く分からないのが気にはなっている。
だが、今は彼女を信じて、エンジは情報を集めることにした。
――ヒュンッ
と、空飛ぶ箒に跨って建築ギルドに向かう。
その途中で。
「そこの方、ちょっと宜しいか?」
後ろから走って来た馬車から、エンジを呼び止める声が聞こえた。
しかも、その声には聞き覚えがある。
マチュアと喧嘩していたアレクトー伯爵である。
「あー、ナントカ伯爵か‥‥まてまてよ?」
聞こえないように小声で呟くが、あっちはエンジのことなど知らないので、彼から情報を得るのも良いかと考えた。
「はい、何か御用ですか?」
精一杯の笑顔で返事を返すエンジ。
「君の乗っている魔法の箒だが、それはどうしたのだ?」
「商店街のカナン魔導商会出張所で買ったのですが、何か?」
その説明に、アレクトー伯爵は目を輝かせる。
「なら。それを売って欲しい。最近あの店は閉まったままなので、買いたくても買えないのだ」
慌てて馬車から降りてくると、アレクトーは懐から財布を取り出す。
「残念ですが、これは売れませんの。魔導商会で購入した時、転売禁止としてオーナー権限というのを魔法で設定したらしいのです。これは私にしか使えません」
丁寧に頭を下げると、アレクトー伯爵も納得したらしく腕を組んで考えていた。
「そ、そうか。それは済まなかったな。しかしそんな魔道具を買う事ができるとは、かなり身分の高い貴族とお見受けしましたが」
丁寧に伯爵が話して来たが、そこまで細かい設定などしていない。
とりあえずは口八丁手八丁で切り抜くしかない。
「そんな大それたものではないですよ。えーっと、そ、そう、ベルナー王国の端っこの貴族ですから。ベルナーが王国になった時に叙任された小さな貴族です」
「ほう、ベルナーからですか。しかし、実に惜しいですなぁ」
入手出来なかったのがかなり悔しかったのだろう。
チラチラッとエンジの持っている箒を見るアレクトー。
「そ、そうだ、私が口利きしてあげましょうか? それなら買う事もできると思いますけれど」
「ほ、本当かね?金ならいくらでも払う。で、いつ頃手に入るのかな?」
ガシッとエンジの肩を掴むアレクトー。
そこまで欲しいのかーと、正直引く。
「それはわかりませんが、手に入ったらお届けしますよ。その代わりに、お願いがあるのですが」
ようやく本題に入るエンジ。
「なんだね? 私にできる事なら何でもしよう」
「では。この国の王家とか、お城に仕えている方とお知り合いになりたいのですよ。この国で生活するのなら、少しでもツテを増やしたいもので」
「なんだその程度か。それなら近々、王族区で晩餐会があるので、それに参加できるように手を回してあげよう」
なんとまあ。
性格的にはとんでもない伯爵だが、こういうコネクションをいっぱい持っているのは見直した。
マチュアの場合は、そのコネが高い位置に集まりすぎて、このような場所では全く使い物にならない。
(多少は見直したぞ、伯爵)
内心ほくそ笑みながら、エンジとして精一杯感謝する。
「あ、ありがとうございます。では、これはほんのお礼です。お受け取りください」
そう話しながら背中のバックパックから魔法のランタンを取り出すと、使い方を説明して手渡した。
「こ、これは、一般区の商会で最近売り出したという魔法のランタンではないか?」
「はい。お近づきのしるしにどうぞ。私はもう一個持っていますので」
「そ、そうか。こんな高価なものを‥‥分かった、早急に晩餐会の件については手を回しておこう」
屈託無く笑いながら手渡すと、エンジは再び箒にまたがる。
「では、近日中に伺いますので、その時に詳しいお話を聞かせてください」
「ああ。それではな」
――ヒュンッ
軽く挨拶を交わしたのち、エンジは箒に乗って建築ギルドに向かった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
エンジの家は案外すんなりと借りる事ができた。
ゴールドカードのままならば無料でもっと大きな家を借りる事ができただろうが、それだとまた余計な噂が立っただろう。
一月分の家賃を先払いして鍵を受け取ると、エンジはすぐさま家の中を片付ける。
いつ誰が来るとも限らない。
せめて人が住んでいた形跡だけでも作っておこうというのである。
「ふぅ。大体さまにはなったかな。夜には王城に潜入するとしますか」
『まだ本調子ではないのですから、無理しないほうが』
「そんな事言ってる場合ではないでしょ。それこそ王城ぶっ壊しても気が晴れないんだから」
笑いながらツヴァイに話しているが、実はかなり怒っている。
危なく殺されかかったのだから無理もない。
しかも女王と知って殺されそうになった以上、大義名分はこちらにある。
問題は、側近のメフィストとかいう宮廷魔道士の存在。
「なあツヴァイ。あのメフィストとかいう魔術士、かなり私のことを調べていないか?」
『何故ですか?』
掃除の終わった応接間で、エンジはティーセットを取り出すと遅めの昼食を取りはじめた。
「ムグムグ‥‥ん。深淵の書庫で毒の成分を調べたのだけれど、あの呪詛毒っていうのかな?血管から体内に浸透して全身を巡るタイプなのよね」
ターキーサンドを食べながら、エンジはゆっくりと話を続ける。
「しかも、あの呪詛毒は魔族によるものらしく、侵された対象の魔力に反応して爆発的に呪詛が全身に広がるのよ。魔道士殺しの呪詛なんだけど、私に反応したのは、アビリティリンクの切断と衰弱がまず反応したのよね」
暫し沈黙しているうちに、食事を終えてハーブティーを飲んでいるエンジ。
――コンコン
玄関についているノックが鳴らされる。
『来客ですね。此処からでは誰が来たのか分かりません。注意してください』
「はいはい今行きますよー」
慌てて玄関に向かうと、エンジは急ぎ扉を開く。
そこには、質素ながらしっかりとしたドレスを身に付けた女性が立っている。
エンジの姿に驚いたらしいが、すぐに軽く微笑むと頭を下げてきた。
「初めまして。隣に住んでいるアレクトー伯爵の使いで参りました。新しく貴族の方が越してきたということで、ご挨拶に参りました」
丁寧なご挨拶にエンジも頭を下げるが。
「ア、アレクトー伯爵ですか、はは‥‥なんという巡り合わせ」
ガックシと肩を落としたいが、此処は我慢。
「我が家の主人をご存知でしたか。本日はご挨拶ということで、また後日にでも、当屋敷にてパーティーを行いますので、宜しかったらご参加ください。それでは失礼します」
封蝋の押してある綺麗な書簡を手渡すと、アレクトー伯爵の侍女は頭を下げて屋敷へと戻っていった。
「は、はは。全く体の休まる暇もないなぁ‥‥」
書簡を手に、応接間へと戻る。
『本国から誰が呼んだ方が宜しいのでは?』
「まあ、大丈夫でしょ。私とツヴァイがいれば大抵はなんとかなるさ』
『いえ、掃除洗濯など、家の事ですよ‥‥戦闘では誰もあんたを心配しませんって』
「相変わらず辛辣だねぃ。確かに、家の事はそうだねぇ。一度商人ギルドに問い合わせてみるか。実際に動くのは夜だから、それまでは暇だしね」
という事で、エンジは再び箒に乗って商人ギルドに向かった。
‥‥‥
‥‥
‥
あいも変わらず静かなギルド。
商人ギルドと言うのならば凄腕や百戦錬磨の商人がしのぎを削って戦っていそうなのだが、どの商人たちもニコニコと話をしているだけで、今ひとつ覇気を感じない。
空いている受付を探すと、エンジはそちらへと向かう。
「あのー、お尋ねしたいことがあるのですが」
「はい、住民証と魂の護符の提示をお願いします」
そう言われたので、慌てて二つを手の中で生成すると、それを手渡す。
「エンジ様ですね。本日はどのような御用でしょうか?」
「家の事を任せるメイドを雇いたいのですが、自分の知り合いにお願いしようと思います。その場合の手続きはどのようにすればいいのですか?」
この手の問い合わせは結構あるのだろう。
すぐに答えが返ってくる。
「一般区の商人ギルドで手続きをすれば、貴族区に出入りできる許可証は発行して貰えますよ」
ほう。
それはそれは。
「ですか。私が雇いたい人物は、まだ公国の住民証を持っていないのですが」
「でしたら、イーストエンドの商人ギルドで手続きはできますので、そちらで。すぐに住民証と通行許可証は発行されますよ」
その説明を聞いて、イーストエンドでの騒動の意味がわかった。
アルファの前にマチュアに仕事の方を探していた女性も、侍女希望であった。
「ははぁ。わかりました。どうもありがとうございました」
丁寧に頭を下げると、エンジは一旦外に出る。
「箒じゃないなぁ。こっちで行きますか」
三畳程の絨毯をバックパックから取り出して路上に広げる。
側から見ると16歳程の少女が小さい絨毯を広げたので、何が始まるのかと野次馬根性で見ているものもいるが。
――フワッ
ゆっくりと絨毯が浮かび上がって飛んでいくのを見て、野次馬たちはその場で固まった。
信じられないのも無理はないが、箒で移動するとマチュアと関係していると思われるので絨毯に切り替えただけである。
見ていた商人達が何か叫んでいるが、取り敢えず無視して貴族区正門を抜けると、真っ直ぐにイーストエンドのある正門へと向かった。
住民証を見せるとフリーパスで出る事ができた。
なので、正門を抜けると高度を上げて一気に近くの森に向かうエンジ。
そして人気のない森に入ると、そこで絨毯を空中停止させる。
「このあたりかな? ツヴァイ、周辺の生体感知宜しく。私は祭壇を設置するので」
『はいはい。どうぞご随意に』
――ヒュンッ
素早く転移の祭壇を設置すると、耳に下げているイヤリングに指を当てる。
――ピッピッ
「こちらマチュアでエンジ。クィーン、大至急ジョセフィーヌを寄越して頂戴な」
『緊急ですか?一体何があったのですか?』
「いや、身の回りの世話をお願いしたくて」
『現地で雇えば良いのではないですか? どうしてジョセフィーヌを』
「いやぁ、私のこと分かっていないと、身の回りの世話は務まらないよ」
『確かに。マチュア様の我儘をまともに相手できる器量がないと勤まりませんものねぇ』
「う、煩いわ!!なんでシスターズは私のことを滅茶苦茶に言うかな~」
『あ、今ジョセフィーヌが来ましたので、すぐに向かわせます』
――ピッピッ
クィーンとの通信が終わるのと、ジョセフィーヌが飛んで来たのはほぼ同時。
黒のゴシックメイドの出で立ちで、ジョセフィーヌがやって来た。
「お待たせしました、マチュア様?」
エンジモードを見るのは初めてらしい。
「この格好の時はエンジで。取り敢えず、当面は身の回りの世話と護衛を兼ねてお願いします。で、早速この国の事を説明しながら、商人ギルドに向かいましょ」
「私の立ち位置は、唯の主人とメイドで宜しいのですか?」
「馴染み亭の時と同じで宜しく。で、この国はね‥‥」
魔法の絨毯で移動しながら、この国の状況を説明する。
大体の説明が終る頃には、エンジ達は商人ギルドに到着した。
そして絨毯に乗っていたエンジの元に、人が大勢集まってくる。
「あ、あの、貴族さん、護衛は入りませんか?」
「はい、余ってます。護衛は余ってますよー」
相変わらず売り込みに来る冒険者を全て無視して、エンジはジョセフィーヌを伴って受付に向かう。
「これはこれは。本日はどのような御用でしょうか?」
「貴族区のエンジだ。この者を侍女として雇うので手続きを頼みたい」
凛とした声で話し掛けると、受付も丁寧に頭を下げる。
「かしこまりました、では、このプレートに血を一滴垂らしてください」
その指示通りに血を垂らすと、プレートが淡く輝く。
「ほう。登録料として金貨10枚になりますが宜しいですか?」
「はい。ではこれで」
懐から金貨を取り出して支払うと、ジョセフィーヌは住民証と通行許可証を受け取る。
「シルバーカードの住民証ですか」
手渡されたカードをマジマジと見ているジョセフィーヌ。
「はい。そのプレートですと通行許可証も必要ありませんが、万が一エンジ様が王城区に向かう事がありましたら、それで同行することができますので」
「成る程。では行きましょうか?お嬢様」
「おじょ!!そ、そうね。では行きましょうか」
そう話しながら商人ギルドの外に出る。
すると、どこから嗅ぎつけたのか、さらに大勢の冒険者らしき人々が集まっている。
みな、門の中に入るのに必死らしい。
「あの、エンジ様。私一人では手が回らないこともありますので、もう一人現地で雇用した方が宜しいかと」
「そう?」
「はい。その方が『色々と』助かりますので」
そう含めた言い方をするジョセフィーヌ。
ならばと、エンジは集まった冒険者をグルリと見渡す。
その中に、イーストエンドに初めてやって来た時に出会った女性冒険者の姿を見つけたので。
「そこの君。侍女として雇うからこちらにきて頂戴!!」
「は、はいっ!!」
冒険者の間をすり抜けて、女性冒険者がやって来る。
「私はエンジと申します。ウィル大陸の小さい貴族です。貴方に家の事を全般お願いしますので、宜しいですか?」
「こ、光栄の極みですわ」
「詳しいことは後ほどジョセフィーヌから聞いてね。まずは登録を終わらせましょう」
そう説明してから、エンジはもう一度商人ギルドに戻ってもう一人分の登録を終わらせると、二人を絨毯に乗せて急ぎ貴族区まで戻っていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
あまり大きくない屋敷。
まずはジョセフィーヌと新しく雇った冒険者のエミリアを応接間に通すと、エンジはジョセフィーヌに金貨の詰まっている袋を手渡す。
「ジョセフィーヌ、これでこの屋敷を普通にして頂戴ね。エミリアは彼女について、色々とやり方を教えてもらって。給料は三ヶ月分を先払いで渡しますから宜しく」
そう二人に告げると、ジョセフィーヌがスッと手を挙げる。
「はい、どしたの?」
「この子は何処まで仕上げましょうか?」
ジョセフィーヌが凄く基本的な事を問いかけるので。
「そうねぇ。エミリア、もし私たちがウィルに戻る時はどうします?此処だけの契約ならば、その時点で解雇しますけど。ウィルまで来るのならば、私の本家でも貴方を雇います」
「ウィル大陸ですか!!いつか行きたいと思っていました。是非同行させてください!!冒険者としても自信がありますし、侍女兼護衛士でも構いません」
必死にアピールするエミリア。
ならばと、エンジはジョセフィーヌに一言。
「ジョセ、エミリアを本家で通用するレベルに鍛えて。どれぐらい掛かりますか?」
「そうですねぇ。初期の私と同じなら一ヶ月もあれば」
「結構。ていうか、早っ!!」
「それぐらい出来なければ、エンジ様の侍女は勤まりませんので。エミリアさんはそれで宜しいですか?」
ジョセフィーヌは傍で緊張しているエミリアに問いかけると、改めてエミリアが頭を下げた。
「宜しくお願いします。冒険者レベルはCなので、そこそこには戦えますので」
エミリアは手の中に冒険者ギルドカードを作り出して、ジョセフィーヌとエンジに見せる。
腕にはそこそこに自信があるのだろう。
だが、相手が悪かった。
「そうなの。でも、駄目ね。エンジ様の侍女なら、最低でも此処まで高めて頂きますので」
ジョセフィーヌは自分の冒険者ギルドカードを取り出してエミリアに見せる。
金色に輝くAクラスカードに、エミリアは絶句した。
「なっ!!」
「おー、ジョセ見せて。Aクラスカード初めて見た!!」
そうエンジが告げるので、ジョセはエンジにカードを手渡す。
「成る程~。Aクラスのバトルメイド?」
ナンジャコリャ?
全く知らないクラス来ました。
「戦うメイドです。本家の侍女は全てこのクラスに転職していますわ」
「そ、そうなのか?エミリアは何?」
「うう。Cクラスのフェンサーです‥‥精進します」
という事で話は終わった。
マチュアの作ったメイド服を手渡されると、ジョセフィーヌとエミリアは早速掃除と買い物を開始する。
移動手段として少し大きめの魔法の絨毯をジョセフィーヌに貸し出して、エンジはのんびりと応接間で羊皮紙を広げた。
これからどうするか、作戦を練り始めたのである。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
深夜。
日もすっかり暮れて、月が宙天に差し掛かる頃。
エンジはスッとベットから体を起こすと、窓から外に出る。
イヤリングに手を当てて、ジョセフィーヌに出かける旨を伝えると、忍者装束に換装して影に潜った。
(さて。全力で行きますか。ツヴァイもエンジモードで)
『了解いたしました。こちらは索敵などのセンサーモードで、周囲の調査をします』
(はいな、宜しくね~)
そう念話で話すと、エンジは素早く王城区まで駆け抜ける。
影の中を走るので、障害物など全く気にならない。
10分も走ると、目的地のグラントリ城に到着する。
深夜ということもあり、王城を取り囲む堀に掛けられていた跳ね橋も上げられている。
『結界が張り巡らされてあります。十分に注意してください』
(結界程度なら、むしろ無効化できるので問題はないかと)
影の中から飛び出すと、忍者のスキルで脚力を高めて堀を飛び越す。
城門自体に罠が仕掛けられているわけではないので、そのまま壁を真っ直ぐに駆け上がると、城塞上部の影に隠れる。
篝火を燈し、侵入者がいないか警備している騎士の影をすり抜けながら、無事に城塞から内部に忍び込んだ。
(ほほう。彼方此方に広範囲適正防御が施されていますか。人海戦術と魔法、二つの護りとは中々厄介だねぇ)
結界無効化を常駐して動いているが、結界に触れるとすぐに反応が分かる。
意外と城内には人気がない。
そのまま廊下を進み、城内の構造を把握しようとする。
大体一時間ほどで、城内の見取り図が頭の中に入ると、今回の元凶である王の寝室へと向かった。
部屋の前には二人の護衛騎士。
廊下には煌々と灯がともされており、影があるのは僅かな場所のみ。
今エンジが立っている場所からは、到底届かない。
(ありゃ。これは宜しくない。方針変更だ、メフィストを〆る)
そのまま影の中を移動しながら、メフィストの居場所を探す。
すると、城内の一角に強力な結界が施されている場所を見つけた。
その結界の前にやってくると、エンジは影の中で深淵の書庫を発動する。
(さて、どのような結界が‥‥はあ?)
深淵の書庫に記されている文字列を見て、思わず声が出そうになる。
『どうしました?』
(結界無効化で突っ込まなくてよかったわ。この目の前の結界、多重構造結界だ。一つだけ無効化したら、それに反応して侵入者を捉える仕掛けになっている)
腕を組んで考えるが、エンジの頭の中には嫌な文字が並んでいる。
『どうしますか?それ程の結界を張る魔道士ということは、この向こうにメフィストがいるのでは?』
そうツヴァイが話しているが、どうもエンジには腑に落ちない。
(撤収する。こんな強度の高い結界をあいつが作れると思わない)
『了解いたしました。転移しますか?』
(当然。では)
――シュンッ
と一瞬で貴族区の屋敷まで戻ってくると、屋敷の彼方此方に広範囲敵性防御の結界を施す。
「あ、あそこはかなりやばい。少し作戦を考え直さないと」
『そこまで危険でしたか?』
「魔障濃度の少ないこの土地で、あの強度の『魔術』による結界と司祭の範囲化を同時にコントロールできるのだぞ?『この身体』だと本当にやばいことになりそうだ」
室内を落ち着かなくウロウロとしているエンジ。
『ならば、一旦カナンに戻って準備をし直すのが宜しいかと。暫くは動きもないでしょうから、私がエンジでここに留まります』
「そ、そうだな。一旦カナンに行ってくるわ。あとはお願いね」
そう話してから、エンジは瞬時にカナンの王城へと転移した。
どうやらエンジのシルバーカードでも貴族区には出入りできるため、今度は拠点として建築ギルドで家を借りることにした。
この姿ではアルファとも接触できないため、あちらの動向が全く分からないのが気にはなっている。
だが、今は彼女を信じて、エンジは情報を集めることにした。
――ヒュンッ
と、空飛ぶ箒に跨って建築ギルドに向かう。
その途中で。
「そこの方、ちょっと宜しいか?」
後ろから走って来た馬車から、エンジを呼び止める声が聞こえた。
しかも、その声には聞き覚えがある。
マチュアと喧嘩していたアレクトー伯爵である。
「あー、ナントカ伯爵か‥‥まてまてよ?」
聞こえないように小声で呟くが、あっちはエンジのことなど知らないので、彼から情報を得るのも良いかと考えた。
「はい、何か御用ですか?」
精一杯の笑顔で返事を返すエンジ。
「君の乗っている魔法の箒だが、それはどうしたのだ?」
「商店街のカナン魔導商会出張所で買ったのですが、何か?」
その説明に、アレクトー伯爵は目を輝かせる。
「なら。それを売って欲しい。最近あの店は閉まったままなので、買いたくても買えないのだ」
慌てて馬車から降りてくると、アレクトーは懐から財布を取り出す。
「残念ですが、これは売れませんの。魔導商会で購入した時、転売禁止としてオーナー権限というのを魔法で設定したらしいのです。これは私にしか使えません」
丁寧に頭を下げると、アレクトー伯爵も納得したらしく腕を組んで考えていた。
「そ、そうか。それは済まなかったな。しかしそんな魔道具を買う事ができるとは、かなり身分の高い貴族とお見受けしましたが」
丁寧に伯爵が話して来たが、そこまで細かい設定などしていない。
とりあえずは口八丁手八丁で切り抜くしかない。
「そんな大それたものではないですよ。えーっと、そ、そう、ベルナー王国の端っこの貴族ですから。ベルナーが王国になった時に叙任された小さな貴族です」
「ほう、ベルナーからですか。しかし、実に惜しいですなぁ」
入手出来なかったのがかなり悔しかったのだろう。
チラチラッとエンジの持っている箒を見るアレクトー。
「そ、そうだ、私が口利きしてあげましょうか? それなら買う事もできると思いますけれど」
「ほ、本当かね?金ならいくらでも払う。で、いつ頃手に入るのかな?」
ガシッとエンジの肩を掴むアレクトー。
そこまで欲しいのかーと、正直引く。
「それはわかりませんが、手に入ったらお届けしますよ。その代わりに、お願いがあるのですが」
ようやく本題に入るエンジ。
「なんだね? 私にできる事なら何でもしよう」
「では。この国の王家とか、お城に仕えている方とお知り合いになりたいのですよ。この国で生活するのなら、少しでもツテを増やしたいもので」
「なんだその程度か。それなら近々、王族区で晩餐会があるので、それに参加できるように手を回してあげよう」
なんとまあ。
性格的にはとんでもない伯爵だが、こういうコネクションをいっぱい持っているのは見直した。
マチュアの場合は、そのコネが高い位置に集まりすぎて、このような場所では全く使い物にならない。
(多少は見直したぞ、伯爵)
内心ほくそ笑みながら、エンジとして精一杯感謝する。
「あ、ありがとうございます。では、これはほんのお礼です。お受け取りください」
そう話しながら背中のバックパックから魔法のランタンを取り出すと、使い方を説明して手渡した。
「こ、これは、一般区の商会で最近売り出したという魔法のランタンではないか?」
「はい。お近づきのしるしにどうぞ。私はもう一個持っていますので」
「そ、そうか。こんな高価なものを‥‥分かった、早急に晩餐会の件については手を回しておこう」
屈託無く笑いながら手渡すと、エンジは再び箒にまたがる。
「では、近日中に伺いますので、その時に詳しいお話を聞かせてください」
「ああ。それではな」
――ヒュンッ
軽く挨拶を交わしたのち、エンジは箒に乗って建築ギルドに向かった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
エンジの家は案外すんなりと借りる事ができた。
ゴールドカードのままならば無料でもっと大きな家を借りる事ができただろうが、それだとまた余計な噂が立っただろう。
一月分の家賃を先払いして鍵を受け取ると、エンジはすぐさま家の中を片付ける。
いつ誰が来るとも限らない。
せめて人が住んでいた形跡だけでも作っておこうというのである。
「ふぅ。大体さまにはなったかな。夜には王城に潜入するとしますか」
『まだ本調子ではないのですから、無理しないほうが』
「そんな事言ってる場合ではないでしょ。それこそ王城ぶっ壊しても気が晴れないんだから」
笑いながらツヴァイに話しているが、実はかなり怒っている。
危なく殺されかかったのだから無理もない。
しかも女王と知って殺されそうになった以上、大義名分はこちらにある。
問題は、側近のメフィストとかいう宮廷魔道士の存在。
「なあツヴァイ。あのメフィストとかいう魔術士、かなり私のことを調べていないか?」
『何故ですか?』
掃除の終わった応接間で、エンジはティーセットを取り出すと遅めの昼食を取りはじめた。
「ムグムグ‥‥ん。深淵の書庫で毒の成分を調べたのだけれど、あの呪詛毒っていうのかな?血管から体内に浸透して全身を巡るタイプなのよね」
ターキーサンドを食べながら、エンジはゆっくりと話を続ける。
「しかも、あの呪詛毒は魔族によるものらしく、侵された対象の魔力に反応して爆発的に呪詛が全身に広がるのよ。魔道士殺しの呪詛なんだけど、私に反応したのは、アビリティリンクの切断と衰弱がまず反応したのよね」
暫し沈黙しているうちに、食事を終えてハーブティーを飲んでいるエンジ。
――コンコン
玄関についているノックが鳴らされる。
『来客ですね。此処からでは誰が来たのか分かりません。注意してください』
「はいはい今行きますよー」
慌てて玄関に向かうと、エンジは急ぎ扉を開く。
そこには、質素ながらしっかりとしたドレスを身に付けた女性が立っている。
エンジの姿に驚いたらしいが、すぐに軽く微笑むと頭を下げてきた。
「初めまして。隣に住んでいるアレクトー伯爵の使いで参りました。新しく貴族の方が越してきたということで、ご挨拶に参りました」
丁寧なご挨拶にエンジも頭を下げるが。
「ア、アレクトー伯爵ですか、はは‥‥なんという巡り合わせ」
ガックシと肩を落としたいが、此処は我慢。
「我が家の主人をご存知でしたか。本日はご挨拶ということで、また後日にでも、当屋敷にてパーティーを行いますので、宜しかったらご参加ください。それでは失礼します」
封蝋の押してある綺麗な書簡を手渡すと、アレクトー伯爵の侍女は頭を下げて屋敷へと戻っていった。
「は、はは。全く体の休まる暇もないなぁ‥‥」
書簡を手に、応接間へと戻る。
『本国から誰が呼んだ方が宜しいのでは?』
「まあ、大丈夫でしょ。私とツヴァイがいれば大抵はなんとかなるさ』
『いえ、掃除洗濯など、家の事ですよ‥‥戦闘では誰もあんたを心配しませんって』
「相変わらず辛辣だねぃ。確かに、家の事はそうだねぇ。一度商人ギルドに問い合わせてみるか。実際に動くのは夜だから、それまでは暇だしね」
という事で、エンジは再び箒に乗って商人ギルドに向かった。
‥‥‥
‥‥
‥
あいも変わらず静かなギルド。
商人ギルドと言うのならば凄腕や百戦錬磨の商人がしのぎを削って戦っていそうなのだが、どの商人たちもニコニコと話をしているだけで、今ひとつ覇気を感じない。
空いている受付を探すと、エンジはそちらへと向かう。
「あのー、お尋ねしたいことがあるのですが」
「はい、住民証と魂の護符の提示をお願いします」
そう言われたので、慌てて二つを手の中で生成すると、それを手渡す。
「エンジ様ですね。本日はどのような御用でしょうか?」
「家の事を任せるメイドを雇いたいのですが、自分の知り合いにお願いしようと思います。その場合の手続きはどのようにすればいいのですか?」
この手の問い合わせは結構あるのだろう。
すぐに答えが返ってくる。
「一般区の商人ギルドで手続きをすれば、貴族区に出入りできる許可証は発行して貰えますよ」
ほう。
それはそれは。
「ですか。私が雇いたい人物は、まだ公国の住民証を持っていないのですが」
「でしたら、イーストエンドの商人ギルドで手続きはできますので、そちらで。すぐに住民証と通行許可証は発行されますよ」
その説明を聞いて、イーストエンドでの騒動の意味がわかった。
アルファの前にマチュアに仕事の方を探していた女性も、侍女希望であった。
「ははぁ。わかりました。どうもありがとうございました」
丁寧に頭を下げると、エンジは一旦外に出る。
「箒じゃないなぁ。こっちで行きますか」
三畳程の絨毯をバックパックから取り出して路上に広げる。
側から見ると16歳程の少女が小さい絨毯を広げたので、何が始まるのかと野次馬根性で見ているものもいるが。
――フワッ
ゆっくりと絨毯が浮かび上がって飛んでいくのを見て、野次馬たちはその場で固まった。
信じられないのも無理はないが、箒で移動するとマチュアと関係していると思われるので絨毯に切り替えただけである。
見ていた商人達が何か叫んでいるが、取り敢えず無視して貴族区正門を抜けると、真っ直ぐにイーストエンドのある正門へと向かった。
住民証を見せるとフリーパスで出る事ができた。
なので、正門を抜けると高度を上げて一気に近くの森に向かうエンジ。
そして人気のない森に入ると、そこで絨毯を空中停止させる。
「このあたりかな? ツヴァイ、周辺の生体感知宜しく。私は祭壇を設置するので」
『はいはい。どうぞご随意に』
――ヒュンッ
素早く転移の祭壇を設置すると、耳に下げているイヤリングに指を当てる。
――ピッピッ
「こちらマチュアでエンジ。クィーン、大至急ジョセフィーヌを寄越して頂戴な」
『緊急ですか?一体何があったのですか?』
「いや、身の回りの世話をお願いしたくて」
『現地で雇えば良いのではないですか? どうしてジョセフィーヌを』
「いやぁ、私のこと分かっていないと、身の回りの世話は務まらないよ」
『確かに。マチュア様の我儘をまともに相手できる器量がないと勤まりませんものねぇ』
「う、煩いわ!!なんでシスターズは私のことを滅茶苦茶に言うかな~」
『あ、今ジョセフィーヌが来ましたので、すぐに向かわせます』
――ピッピッ
クィーンとの通信が終わるのと、ジョセフィーヌが飛んで来たのはほぼ同時。
黒のゴシックメイドの出で立ちで、ジョセフィーヌがやって来た。
「お待たせしました、マチュア様?」
エンジモードを見るのは初めてらしい。
「この格好の時はエンジで。取り敢えず、当面は身の回りの世話と護衛を兼ねてお願いします。で、早速この国の事を説明しながら、商人ギルドに向かいましょ」
「私の立ち位置は、唯の主人とメイドで宜しいのですか?」
「馴染み亭の時と同じで宜しく。で、この国はね‥‥」
魔法の絨毯で移動しながら、この国の状況を説明する。
大体の説明が終る頃には、エンジ達は商人ギルドに到着した。
そして絨毯に乗っていたエンジの元に、人が大勢集まってくる。
「あ、あの、貴族さん、護衛は入りませんか?」
「はい、余ってます。護衛は余ってますよー」
相変わらず売り込みに来る冒険者を全て無視して、エンジはジョセフィーヌを伴って受付に向かう。
「これはこれは。本日はどのような御用でしょうか?」
「貴族区のエンジだ。この者を侍女として雇うので手続きを頼みたい」
凛とした声で話し掛けると、受付も丁寧に頭を下げる。
「かしこまりました、では、このプレートに血を一滴垂らしてください」
その指示通りに血を垂らすと、プレートが淡く輝く。
「ほう。登録料として金貨10枚になりますが宜しいですか?」
「はい。ではこれで」
懐から金貨を取り出して支払うと、ジョセフィーヌは住民証と通行許可証を受け取る。
「シルバーカードの住民証ですか」
手渡されたカードをマジマジと見ているジョセフィーヌ。
「はい。そのプレートですと通行許可証も必要ありませんが、万が一エンジ様が王城区に向かう事がありましたら、それで同行することができますので」
「成る程。では行きましょうか?お嬢様」
「おじょ!!そ、そうね。では行きましょうか」
そう話しながら商人ギルドの外に出る。
すると、どこから嗅ぎつけたのか、さらに大勢の冒険者らしき人々が集まっている。
みな、門の中に入るのに必死らしい。
「あの、エンジ様。私一人では手が回らないこともありますので、もう一人現地で雇用した方が宜しいかと」
「そう?」
「はい。その方が『色々と』助かりますので」
そう含めた言い方をするジョセフィーヌ。
ならばと、エンジは集まった冒険者をグルリと見渡す。
その中に、イーストエンドに初めてやって来た時に出会った女性冒険者の姿を見つけたので。
「そこの君。侍女として雇うからこちらにきて頂戴!!」
「は、はいっ!!」
冒険者の間をすり抜けて、女性冒険者がやって来る。
「私はエンジと申します。ウィル大陸の小さい貴族です。貴方に家の事を全般お願いしますので、宜しいですか?」
「こ、光栄の極みですわ」
「詳しいことは後ほどジョセフィーヌから聞いてね。まずは登録を終わらせましょう」
そう説明してから、エンジはもう一度商人ギルドに戻ってもう一人分の登録を終わらせると、二人を絨毯に乗せて急ぎ貴族区まで戻っていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
あまり大きくない屋敷。
まずはジョセフィーヌと新しく雇った冒険者のエミリアを応接間に通すと、エンジはジョセフィーヌに金貨の詰まっている袋を手渡す。
「ジョセフィーヌ、これでこの屋敷を普通にして頂戴ね。エミリアは彼女について、色々とやり方を教えてもらって。給料は三ヶ月分を先払いで渡しますから宜しく」
そう二人に告げると、ジョセフィーヌがスッと手を挙げる。
「はい、どしたの?」
「この子は何処まで仕上げましょうか?」
ジョセフィーヌが凄く基本的な事を問いかけるので。
「そうねぇ。エミリア、もし私たちがウィルに戻る時はどうします?此処だけの契約ならば、その時点で解雇しますけど。ウィルまで来るのならば、私の本家でも貴方を雇います」
「ウィル大陸ですか!!いつか行きたいと思っていました。是非同行させてください!!冒険者としても自信がありますし、侍女兼護衛士でも構いません」
必死にアピールするエミリア。
ならばと、エンジはジョセフィーヌに一言。
「ジョセ、エミリアを本家で通用するレベルに鍛えて。どれぐらい掛かりますか?」
「そうですねぇ。初期の私と同じなら一ヶ月もあれば」
「結構。ていうか、早っ!!」
「それぐらい出来なければ、エンジ様の侍女は勤まりませんので。エミリアさんはそれで宜しいですか?」
ジョセフィーヌは傍で緊張しているエミリアに問いかけると、改めてエミリアが頭を下げた。
「宜しくお願いします。冒険者レベルはCなので、そこそこには戦えますので」
エミリアは手の中に冒険者ギルドカードを作り出して、ジョセフィーヌとエンジに見せる。
腕にはそこそこに自信があるのだろう。
だが、相手が悪かった。
「そうなの。でも、駄目ね。エンジ様の侍女なら、最低でも此処まで高めて頂きますので」
ジョセフィーヌは自分の冒険者ギルドカードを取り出してエミリアに見せる。
金色に輝くAクラスカードに、エミリアは絶句した。
「なっ!!」
「おー、ジョセ見せて。Aクラスカード初めて見た!!」
そうエンジが告げるので、ジョセはエンジにカードを手渡す。
「成る程~。Aクラスのバトルメイド?」
ナンジャコリャ?
全く知らないクラス来ました。
「戦うメイドです。本家の侍女は全てこのクラスに転職していますわ」
「そ、そうなのか?エミリアは何?」
「うう。Cクラスのフェンサーです‥‥精進します」
という事で話は終わった。
マチュアの作ったメイド服を手渡されると、ジョセフィーヌとエミリアは早速掃除と買い物を開始する。
移動手段として少し大きめの魔法の絨毯をジョセフィーヌに貸し出して、エンジはのんびりと応接間で羊皮紙を広げた。
これからどうするか、作戦を練り始めたのである。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
深夜。
日もすっかり暮れて、月が宙天に差し掛かる頃。
エンジはスッとベットから体を起こすと、窓から外に出る。
イヤリングに手を当てて、ジョセフィーヌに出かける旨を伝えると、忍者装束に換装して影に潜った。
(さて。全力で行きますか。ツヴァイもエンジモードで)
『了解いたしました。こちらは索敵などのセンサーモードで、周囲の調査をします』
(はいな、宜しくね~)
そう念話で話すと、エンジは素早く王城区まで駆け抜ける。
影の中を走るので、障害物など全く気にならない。
10分も走ると、目的地のグラントリ城に到着する。
深夜ということもあり、王城を取り囲む堀に掛けられていた跳ね橋も上げられている。
『結界が張り巡らされてあります。十分に注意してください』
(結界程度なら、むしろ無効化できるので問題はないかと)
影の中から飛び出すと、忍者のスキルで脚力を高めて堀を飛び越す。
城門自体に罠が仕掛けられているわけではないので、そのまま壁を真っ直ぐに駆け上がると、城塞上部の影に隠れる。
篝火を燈し、侵入者がいないか警備している騎士の影をすり抜けながら、無事に城塞から内部に忍び込んだ。
(ほほう。彼方此方に広範囲適正防御が施されていますか。人海戦術と魔法、二つの護りとは中々厄介だねぇ)
結界無効化を常駐して動いているが、結界に触れるとすぐに反応が分かる。
意外と城内には人気がない。
そのまま廊下を進み、城内の構造を把握しようとする。
大体一時間ほどで、城内の見取り図が頭の中に入ると、今回の元凶である王の寝室へと向かった。
部屋の前には二人の護衛騎士。
廊下には煌々と灯がともされており、影があるのは僅かな場所のみ。
今エンジが立っている場所からは、到底届かない。
(ありゃ。これは宜しくない。方針変更だ、メフィストを〆る)
そのまま影の中を移動しながら、メフィストの居場所を探す。
すると、城内の一角に強力な結界が施されている場所を見つけた。
その結界の前にやってくると、エンジは影の中で深淵の書庫を発動する。
(さて、どのような結界が‥‥はあ?)
深淵の書庫に記されている文字列を見て、思わず声が出そうになる。
『どうしました?』
(結界無効化で突っ込まなくてよかったわ。この目の前の結界、多重構造結界だ。一つだけ無効化したら、それに反応して侵入者を捉える仕掛けになっている)
腕を組んで考えるが、エンジの頭の中には嫌な文字が並んでいる。
『どうしますか?それ程の結界を張る魔道士ということは、この向こうにメフィストがいるのでは?』
そうツヴァイが話しているが、どうもエンジには腑に落ちない。
(撤収する。こんな強度の高い結界をあいつが作れると思わない)
『了解いたしました。転移しますか?』
(当然。では)
――シュンッ
と一瞬で貴族区の屋敷まで戻ってくると、屋敷の彼方此方に広範囲敵性防御の結界を施す。
「あ、あそこはかなりやばい。少し作戦を考え直さないと」
『そこまで危険でしたか?』
「魔障濃度の少ないこの土地で、あの強度の『魔術』による結界と司祭の範囲化を同時にコントロールできるのだぞ?『この身体』だと本当にやばいことになりそうだ」
室内を落ち着かなくウロウロとしているエンジ。
『ならば、一旦カナンに戻って準備をし直すのが宜しいかと。暫くは動きもないでしょうから、私がエンジでここに留まります』
「そ、そうだな。一旦カナンに行ってくるわ。あとはお願いね」
そう話してから、エンジは瞬時にカナンの王城へと転移した。
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