異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第五部 暗躍する北方大陸

北方大陸の章・その4 招かれた、招かざる客

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 貴族区に、魔導商会の出張所らしきものを作ったマチュア。
 といっても建物を借りただけで特に何かしているかというと、商売らしきことはまだしていない。
 数日の間は、貴族区と一般区とを行ったり来たりしながら、街の様子を伺っていた。
 その日も、朝から出かける予定であったのだが。


「うむ、これはかなりやばいぞツヴァイ」
 下着姿になって全身に広がりつつある呪詛の文様を眺める。
 すでに長袖の衣服でなくては、全身に広がっている痣を隠す事ができなくなっている。
『スキル構成とかには? 何か変化はありますか?』
「いや、あれからはないなぁ。ただ、何となく体が怠い」
『ならば一刻も早く対処しないと』
「そう思って、ファイズとゼクスに頼んでカナンとサムソンに出入りしている和国の僧侶を探してもらっているのだが、未だ手がかりはないし‥‥」
 とりあえず商人スタイルに着替えると、いつものようにバックパックを背負って店の外に出る。
 箒に跨ってフワッと浮かび上がると、まずはいつものように教会に向かい朝の礼拝を確認しようと思ったのだが。

――ガラガラガラガラ
 一台の馬車がマチュアの目の前に停車する。
 御者の隣に座っていた女性がスッと降りると、マチュアに丁寧に頭を下げた。

「初めまして。ギュンター枢機卿の使いでやってきました。今からご同行お願いできるでしょうか?」
 上質なドレスを身につけている侍女らしき女性。
 教会からの使いらしく、マチュアに対して丁寧にそう告げると、スッと馬車の扉を開く。
「そうね、そろそろかなと思っていたのでちょうどいいわ。私は後ろから飛んでいくから、先導して頂戴」
「かしこまりました。では、先を走らせていただきます」
 再び頭を下げると、女性は御者台に戻って馬車を走らせるように指示をした。

『罠ですかねぇ?』
(虎穴に入らずんば虎子を得ず。まあ行きましょ)

 念話でツヴァイと話をしながら、ゆっくりと馬車の後ろを飛んでいく。
 やがて馬車は一般区に向かい、そこからゼオン教会の裏に回った。
 教会裏門がゆっくりと開き、馬車とマチュアはその中に入っていく。
「では、こちらへどうぞ。枢機卿がお待ちです」
「ありがとうね。では」
 そう案内されるままに、マチュアは教会に入った。
 綺麗な、それでいて華美ではない。
 手入れの行き届いた建物なのがよくわかる。
 大きめの階段を登り、案内された部屋は、ちょうど礼拝堂の真上に位置する。


――ガチャッ
「失礼します。マチュア様をご案内しました」
 侍女がそう告げて扉を開けると、執務室のような部屋の真ん中で、四人の人物が話をしていた。
 その中に、先日会ったギュンター枢機卿もいたのである。
「これは陛下、わざわざお越しいただきありがとうございます」
「いえいえ。本日はご招待いただきありがとうございます。失礼ですが、こちらの方達は?」
 丁寧にギュンターに話しかけると、残りの三名がマチュアに対して一礼すると挨拶をしてきた。
「これはミナセ女王。私はシュトラーゼ公国元老院のミハイルと申します」
「同じく公国執務官のコンラッドです」
「ゼオン教会司祭のエマヌエルと申します。カナンからのご来訪ご苦労様でした」
 予想外に、外交的に挨拶をする三名。

「これはご丁寧にありがとうございます。まあ、私のことはある程度調べていると思いますので、早速ですが本題に入って頂いて宜しいですか?」
 マチュアもニコリと微笑みながら、四人に話しかけた。
「では。マチュア陛下の事ですから、ある程度の予想はしているでしょう。我がシュトラーゼ公国のアンダーソン公王は、この地より豊かな南方大陸を望んでいます。可能ならば、陛下のカナン魔導王国とその周辺国家を、シュトラーゼ公国に譲渡して頂きたいのです」
 ギュンター枢機卿は丁寧な物言いでそう告げるが、早い話が国をよこせと言っているだけである。
 これにはマチュアも驚きの顔をする。
 そしてコンラッドとギュンター以外の二人も驚いていた。
 が、ギュンターがミハイルとエマヌエルに何かを耳打ちすると、二人も取り敢えずは納得したようである。

 しかし、もっと勿体ぶった言い方をするかと思ったが、ど直球ストレートに来たのである。

「それはアンダーソン公王の意思でもありますか?」
「ええ。公王は新たなる土地に、シュトラーゼ公国の王都を築く事を望んでいます。ゼオン教の教えでもある、我らが選ばれた民によるウィル大陸の統治。それこそがシュトラーゼの悲願でもあります。ですがいきなりカナンを寄越せとは私どもゼオン教は申しません」
 胸元に手を当ててエマヌエルが説教臭く話す。
 それに他の三人も頷いている。
「それにしてもやり方が汚いわよねぇ。ラマダ公国やククルカン王国、ファナスタシア王国まで巻き込んで動乱を生み出そうとしたのでしょ?随分と勝手なやり方ですね。で、ギュンター枢機卿がそれの準備をしていた所を私に邪魔されたので、今度は私を懐柔しようと?」
「争いなく話し合いで解決するのが最もかと。それはマチュア陛下も同じ考えでは?」
 マチュアの性格を見透かしての言葉だろう。
 相手はかなりマチュアのことを調べているようだ。

(これは参った。真下が礼拝堂なら実力行使もできない)

 チラッと足元を見てから暫し考えるが、とりあえずはこの場を丸く収める必要がある。
 こんなところで戦闘にでもなったら、階下にいる修道士や信者たちに騒動がばれる。
 それどころか、うかつな攻撃では床をぶち抜きかねない。

「確かに。無駄な血を流したくないのは事実。ですが、この話は聞かなかったことにします。カナン魔導王国は、シュトラーゼ公国の属国となる気はありませんので」
「それは、隣国ククルカン王国もという事ですね?」
 元老院のミハイルが笑みを浮かべつつ問いかけるが
「ククルカン王国はカナン魔導王国の属国です。そこまでウィル大陸の領領土を求めるのなら、他国とも交渉すればいい。ミスト連邦やラマダ公国なら、まだ話し合いの場ぐらいは出来るのでは?」
 敢えて意地悪な事を言うマチュアだが。

「話し合いで解決できる問題ではないでしょう?」
 執務官のコンラッドが笑いながら告げる。
「ラグナ・マリア帝国がシュトラーゼ公国に領土を明け渡すはずがない。特にミスト連邦など、古い歴史と強大な力を持っている。だからこそ、まだ小さく弱小なカナン魔導王国にシュトラーゼ公国へ下れと言っているのです」
 そろそろ本音が漏れ始めている。
 コンラッドのいまの言葉には、エマヌエルとミハイルも驚きの顔をした。
 が、ギュンターはウンウンと頷いている。 

(これ以上の話し合いはないか。こっちが弱小と思ってそう来たか‥‥)

 これ以上の話し合いはないだろう。
「はあ。成る程分かりました。では交渉は決裂という事で。私はこれで失礼します」
 そう告げながら、表情一つ変えずに立ち上がるマチュア。
 たが、そのマチュアを宥めようとする者もいた。
「ち、ちょっとお待ちください。コンラッド殿、この場ではお互いに有益な道を探すというのが目的ではなかったのですか?」
「左様。元老院としても、まずは対話による国交をと言う話をしていたではないか!!それをすっ飛ばして国を譲れと言っても了承するはずがないではないか」
 エマヌエルとミハイルが慌ててコンラッドに問いかけるが。
「ふん。そのような緩いやり方は通用しない状態なのですよ。幸いな事に、ミナセ女王はお忍びでここにいらしている。旅先で不慮の事故に巻き込まれても、誰も分かりはしませんよ」 

――パチン
 と指を鳴らすコンラッド。
 すると、突然コンラットの足元の影から、顔を隠した三人の人物が姿を表した。
 先日、マチュアを襲撃した三人組である。
 マチュアを囲むように姿を表してナイフを構える。その両手に握られているナイフには、やはり緑色の液体が塗られていた。

「あら~。これは」
『かなり不味いです。賢者モードなので、体術では負けます』
(チートステータスでも?)
『運動神経がいい素人が、プロのアスリートに勝てるとでも?』
(まあ、それでもやるしかないよね)

 スッと身構えると、マチュアは三人の動きに意識を集中する。
 体術が完全に封じられているので、純粋に魔術とチートステータスで対応するしかない。

――ヒュンッ
 と一人が素早く間合いを詰めてナイフを振る。
 それを躱すと、さらに背後に回り込んでいた一人が切りかかってくるが。
拘束の矢バインドアローっ!!」
 カウンターで拘束の矢を放つ。
 それをナイフで受け止めようとするが、拘束の矢はナイフをすり抜けて相手に突き刺さると、瞬時に運動能力を麻痺させる。
「結局はこうなるのか。まあ良いわ。貴方達の本音も聞けた事ですし。この後どうなるのかは、ご自分達で体験していただきますので」
 さらに斬りかかる二人にも拘束の矢を放つと、二人とも身動きが取れなくなって床に転がった。

「こ、この程度の事で‥‥」
 ギリギリと拳を握るコンラッド。
 エマヌエルとミハイルは降参したのか、逃げるように壁際に向かうと、両手を組んで懇願している。
「す、全てはコンラッドが仕組んだこと。私たちは何も知らない」
「左様。元老院も戦争ではなく和平の道を取る決議となった。コンラッドが早まっただけだ」
 エマヌエルとミハイルは必死に頭を下げる。 が、ギュンターとコンラッドはまだ余裕の笑みを浮かべている。
「まだ、まだ終わりではないですぞ。さあ、この女を殺して下さい!!」
 コンラッドが叫ぶのと、マチュアの右腹に稲妻が突き刺さったのはほぼ同時である。

――ドシュッ
 急所は外してある。
 だが、大量の出血と激痛が突然マチュアを襲った。
「なっ、一体何処から!!」
 慌てて雷撃が飛んできた方向、廊下の方を向くと、さらに奥から三本の雷撃の矢が飛来する。

――パチっ
却下リジェルトっ!!」

 素早く指を鳴らして矢を消滅させると、廊下から真紅のフード付きローブを身にまとった人物がやってくる。
「流石に同じ手は受けませんか」
 顔に真っ赤なマスクをつけているので表情は分からない。
 声から察するに男性、それもかなり若いだろう。
「生憎と、こう見えても賢者なのでね。魔法に対する扱いは慣れているのでね」
 そっと脇腹に手を当てて、高速で治癒を発動する。
 痛みと傷は癒えたものの、出血が酷いらしく若干目眩がする。
「そうでしたか。やはり一撃で首を落とさないと無理ですか」
「あら、的確な方法をお知りのようで。貴方は何処のどちら様かしら?」
 相手に隙を見せないように、気合いで男を見据える。
「これは失礼を。私はシュトラーゼ公国宮廷魔道士のメフィストと申します。ミナセ女王にはご機嫌麗しく何よりです」
 丁寧に頭を下げながら、貴族のような礼をするメフィスト。
「いきなり魔法で横っ腹を吹き飛ばされて、ご機嫌が麗しかったら飛んだマゾですよ。私はM属性もなければ『クッ殺』する趣味もなくてね」
 額から脂汗が滲み始める。
「では、どうしますか?」
「そうだねぇ‥‥」
 トントンとつま先で影を叩く。
 予めツヴァイと決めてあった合図である。

――スッ
 ゆっくりとメフィストが右手を前に差し出すと、何やら詠唱を開始する。
「ここで貴方に逃げられると困るのですよ。もう暫くは、私たちに付き合って貰いますよ」
 右手が輝くと同時に、掌から光でできた網を放出するメフィスト。
 これでマチュアを捕まえようと言うのだが。
「それでは。御機嫌よう」

――シュンッ
 とマチュアが影の中に消えたのである。
「なっ、なんですと? まさか影の中に消えた?」
 ツヴァイがマチュアの足の裏に触れて、影潜りを発動したのである。
 そのままマチュアとツヴァイは、家具や壁の影を伝って部屋から出ると、一気に一階まで逃れる。

(あれは駄目。と言うか、意識まで消えそうだ。ツヴァイ、あとは頼むね)

 そうツヴァイに頼むと、マチュアは意識を失った。
『了解です。では‥‥』
 礼拝堂までやって来ると、ツヴァイは影の中でマチュアを抱えたまま、信者の影に移動する。
 そのまま信者が礼拝堂から出ると、一般区に差し掛かったところで影を伝って宿まで向かった。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 宿に戻って影から出たツヴァイは、マチュアの様子がおかしいことに気がついた。
 身体のあちこちに浮かんでいた呪詛による痣が全身に完全に広がり、マチュアは意識を失っていたのである。
深淵の書庫アーカイブ発動。マチュア様の呪詛の進行度合いの解析を」 

――キィィィィイン
 目の前の魔法陣で眠っているマチュアを調べるツヴァイ。
「マチュア様の魔力を引き金に、さらに活性化しただと? 既に意識が混濁、全身の機能低下、数時間後には心臓も停止と‥‥全く予測通りなのが腹ただしいですね」
 予めマチュアから受け取っていたスフィアの一つを手に取ると、それをゆっくりと紐解く。
「ははあ‥‥そういうことでしたか。では、指示のままに行動するとします」
 コクコクと頷いてからマチュアを見る。
 そして受け取ったスフィアに封じられている魔術を発動した。
「まず第一段階、封印の水晶柱クリア・コフィン発動と。次は第二段階の‥‥」

 マチュアの全身が透き通った水晶に包まれる。
 これで時間の経過を止めて、最悪のケースを回避する。
 ティルナノーグ攻防戦ののち、封印の水晶柱に封じられていたシュリーを開放する為に教えてもらった知識が、ここにきてマチュアの命を救った。

「物質創造。権限を一時的に私にというのは? ああ、そういうことでしたか。ではデータの書き換え開始‥‥ええっと。次は‥‥と」
 スフィアの指示通りに、記されている物品を次々とバックから取り出し作業を繰り返す。
 そして一つ一つの手順を間違えないように、慎重に魔法陣を起動する。
 その中心に封印の水晶柱を設置すると、深淵の書庫アーカイブで細かい設定を開始した。
 そして‥‥…。


――チュンチュン
 早朝。
 魔法の処理により気怠くなった体を起こすと、マチュアは周囲を見渡す。

「さて。ツヴァイ、現状の確認を」
『まあ、指示通りに全て完了です。私は蓄積魔力が枯渇したので二十四時間の休息モードに移行します』
「はいはい。今回は助かったわ。じゃあ、こっちは体の調子を確認してから、行動を開始するよ」
 影の中のツヴァイに向かって頭を下げると、マチュアは外見をエンジに切り替える。
「ふう。振り出しに戻ったか。さてと、ここからどう動くかな。相手は凄腕宮廷魔道士、しかもこっちの弱点を的確に突いて来る」
 ゴキゴキを腕を回して頭を左右に振ると、フゥンと手の中に魂の護符《プレート》と住民証を生み出す。
 どちらもエンジに書き換えられており、ゴールドカードもシルバーカードに切り替わっている。
「エンジモードを知ってるのはストームだけだから、これで暫し誤魔化すか。また調査からやらないとならないのは面倒だがなぁ」
 と笑いながら部屋から外に出ると、再び街の中を散策し始めた。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 シュトラーゼ公国・グラントリ城。
 巨大な城壁に囲まれたシュトラーゼ公国の中心地に位置する王族区の中心にあるその城では、現在元老院による緊急会議が行われている。
 各地区を統括する貴族や大商人、はてはゼオン教の修道士や枢機卿など、元老院資格を持ったものが緊急で集められていたのである。

「何故殺そうとした!! たとえお忍びといえど相手は一国の代表、それも女王だ。ここに来てもらって講和の準備をすることもできたではないか!!」
 ミハイルの報告を聞いた貴族が、手にしたグラスを叩きつけながら壇上で報告しているミハイルを糾弾する。
 議席では、大勢の元老院議員があーだこーだと意見をぶつけ合っていた。
「本来の元老院の決定事項はカナン魔導王国との国交締結。あれだけ自信満々でラマダ公国とククルカン王国に対しての罠を仕掛けて、それが全て失敗したのだぞ」
 その言葉には、コンラッドも立ち上がって熱弁を振るう。

「だが大公はウィル侵攻を取りやめてはいません。既にこのグラシェード大陸の三分のニはシュトラーゼ公国の属国となり、我らからの恩恵無くしては生きられなくなっています。軍事力も整いつつある現在、より豊かなウィル大陸を手に入れなくてどうするのですか?」
 拳を握りしめ、熱く語る。
「しかし、元老院の決議は和平。此処で悪戯に戦う意思を示すと、カナンが付け入る隙を作るのでは」
「事実、カナンの魔導女王がお忍びでこのシュトラーゼ公国にやって来ていたのだろう?どうして国賓として迎えなかった?」
「それどころか暗殺しようなど、失敗した現状は取り返しがつかないだろうが」
 次々とコンラッドに詰め寄りそうな勢いで叫ぶが。

「ミナセ女王は、恐らくは既に死んでいる。あの呪詛毒は魔力が高いほど活性が進む。もし生きていたとしても、虫の息だろうさ」
 壇上に向かって歩きながら、メフィストが話を始めた。
「そ、それは本当なのか?」
「ええ。先日、ゼオン教会であった時にはっきりと確信しました。あの時点で既に呪詛は全身を巡っていました。なので、私が攻撃を仕掛けることで、あの女はさらなる魔術を使用した。今頃は何処かでのたれ死んでいるかと」
 クックッと仮面の底で笑いながら告げるメフィスト。
 それには、その場の元老院達も驚いていたが。
「これで我らの災いは無くなりました。まだ生まれたばかりの王国など、主人を失ったら烏合の衆のようなものです。カナン侵攻については、今一度協議しましょう。やるかやらないかではなく、いつやるかという事でね」

 そう話を締めくくると、コンラッドは壇上から降りる。
 そして元老院議長が、閉会を告げると、その日の元老院議会は終了した。


‥‥‥‥
‥‥…
‥‥


「‥‥以上が報告でございます。メフィスト殿の奸計によりミナセ女王は死亡。今のカナンは赤子も同然です。アンダーソン大公、今こそカナン侵攻を」
 恭しく報告すると、コンラッドは跪いたまま玉座で自身を見下ろしているアンダーソンを見上げる。
 ゆったりとした衣服を身に付けた、彫りの深い顔立ちのアンダーソンは、傍に仕えている女性士官を手招きすると、彼女の耳元で何かを告げる。
 それに頷くと、女性士官は大公の斜め前に進むと
「ご苦労様です。カナン侵攻については、懸案事項の一つとして考えるそうです。まだ周辺国家には反旗を翻そうとする輩が大勢いる。今は基盤をしっかりとしてから、カナンを落とすとの事です」
 力強い言葉がコンラッドに届くと、コンラッドも頭を下げて従うしかなかった。
「お、仰せのままに」
 そう言葉を引き出すのが精一杯。
 そこに、アンダーソン大公が直接
「コンラッドよ、大義であった。執務に戻りたまえ」
 と声を掛けた。
「は、ははーっ。仰せのままに」
 慌てて頭を下げると、コンラッドはその場を後にした。
 残ったのは、アンダーソン大公と女性士官、そして宮廷魔道士のメフィストの三名だけである。

‥‥…
‥‥



「さて。メフィスト、それとアーカム。この度のカナン女王の件、どう考える?」
 メフィストと呼ばれた仮面の魔道士は、ゆっくりと仮面を外すと静かに笑う。
「大公。カナン侵攻については、今一度ラマダ公国を巻き込むのがよろしいかと。今のカナンは女王を失ったことも知らない。その事を伝えた上で、ラマダ公国を味方につけるのが良いかと」
 自信満々で告げるメフィストだが。
 アーカムと呼ばれた女性は今ひとつ気が乗らない。

――シュンッ
 と一瞬で士官の正装から冒険者の装備に切り替えるアーカム。
 ブラウン系の長い髪を後ろで縛り、頭にはテンガロンハットのような帽子を被っている。
 そして窮屈そうなボルケイノレザーアーマからは、はちきれそうな巨乳が何かを主張している。
 もしここにストームがいたら、彼女の名前を呼んでいただろう。

 そこには、サムソンの冒険者クリスティーナが立っていた。

「私が動ければ良いのですが、まだこの体はしっかりとこないのですよ。あの女がこの程度で死ぬとは思えませんし。切り札をいくつも持っていますから、油断はしないほうが」
 そう悪そうな笑みを浮かべるクリスティーナ。
 今はアーカムの意思が、彼女を乗っ取っている。

「という事だメフィスト、今は基盤を固める。ミナセ女王の死については一切公表するな、お忍びでここに来ていたとはいえ、此処で死を公表することはできない。今は北方のカムイをこちらにつけることが先決だ」
 アンダーソン大公の言葉は絶対。
 慌てて仮面を嵌ると、メフィストも静かに頭を下げる。
「では、コンラッドにもこの件を伝えるとします」
「それが良いわ。私の調合した呪詛毒は、あの女から大切なものを奪うように調合してあるのだから。生きていたとしても、クラスやスキルリンクも切れた状態では、何もできないでしょうし‥‥」
 アーカムが笑いをこらえて告げるが、メフィストやアンダーソンには何の事か理解出来ない。
「では、私はこれで」
 メフィストが玉座の間から出て行くと、アーカムも女性士官に装備を換装する。


「さて。アンダーソン‥‥いや、七使徒ゼフォン。その身体にはそろそろなじんだかい?」
 アーカムがアンダーソンに話しかけながら、ゆっくりと近づいていく。
 そしてその正面に立つと、そこに椅子があるかのように空間に腰掛けた。
「ああ。おかげさまでな。もうアンダーソンの意識も残っていない。が、記憶は全て受け継いだ。しかし、アーカムの策がここまでうまくいくとはなぁ」
「メフィストが半端な魔法陣で私達を召喚士なければ、肉体も一緒に持ってこられたのよ。雑魚魔族程度ならあいつの召喚魔法でどうとでもなるけれど、私達クラスになると肉体を持ってこられないからねぇ‥‥」
「まあ、アーカムが先に仮初の肉体を見つけてくれたおかげだ。メレスとはちがい、ここではやりたい放題。まあせいぜい私服を肥やして、この大陸に魔族の王国を作ってやるさ」
 クックックッと笑うゼフォンに、アーカムもにこやかに話す。
「面倒臭い女もそろそろ死んでいると思うからねぇ。まあ、あの女の使いそうな裏技もすべてここに収まっているから、どうとでもなるわよ」
 トントンと自分の頭を指先で突きながら、アーカムは楽しそうに笑った。
 
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