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第四部 和国漫遊記
和国の章・その漆 尾張で円満解決
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尾張国・那古野
織田信長直轄地であり、織田家の総本山でもある。
和国で最も華やかな地である那古野は、異国との貿易によって様々な人々があふれていた。
ウィル大陸からも冒険者ギルドや商人ギルドが訪れており、かなり大きな建物には国内外の冒険者や商人が所狭しと訪れている。
朝倉義景と別れた後、ストームは顛末を確認したいので一度那古野にやって来ていた。
「信長がどの城にいるのか分からんからな。那古野城なのか清洲城なのか、はたまた小牧山城なのか‥‥」
既に日本の歴史は当てにならないほど変化している。
取り敢えずは情報を得るのに、ストームはまたまた商人ギルドに顔を出した。
「失礼。情報を売って欲しいのだが」
まずはカウンターの女性職員に話しかける。すると、女性はニコリと微笑んで。
「では、3番のカウンターへどうぞ」
そう告げながら女性職員も一緒に指定されたカウンターに移動すると、そこに置かれている椅子をストームに進める。
「ギルドカードの提示をお願いします」
「ん、ああ、これで良いか?」
すぐさま掌に商人ギルドカードを生み出して提示すると、職員はそれを確認してサーッと青ざめた。
――サーッ
「え、えっと‥‥ファンゼーン王ですよね?」
周囲に聞こえないよう小声でコソッと問いかけられるので。
「もう情報届いているか。まあ、小声でと言うことは、注意事項も理解しているようだな?」
人差し指を口元に当ててそう呟くと、職員は刻刻と静かにうなずく。
「はい。では、どのような情報が必要でしょうか?」
「織田信長について。今の戦局がどうなっているか知りたい」
「少々お待ちを」
一度席を離れて奥に向かうと、他のギルド員と何かを話ししている。
やがて一通りの資料を持って戻ってくると、説明を開始した。
「織田勢は現在、近江国と越前国を平和裏に制圧し、直轄地としました。現在は新たな進行は行っておらず、地盤を固めている所と思われます。」
どうやら堅実に直轄地を増やしているらしい。
なら、それはそれで一安心なのだが。
「越前国は何方が?」
「木下藤吉郎秀吉殿が預かっていますね。近江国は浅井長政殿が。現在は朝倉義景を追っていたようですが、比叡山延暦寺にで義景殿が亡くなったらしく、墓前に手を合わせて朝倉家の件は手打ちとなったようです」
よし。
カウンターの下でグッと拳を握る。
延暦寺まで逃げ延びた家臣たちを弔ったと聞いて、義景も延暦寺で憤死した事になっている。
ここまでは予定調和である。
まあ大元はと言えば、ストームがやらかした一件から始まっていると言われると何も言えなくなる。
「では、今は織田が新しく何処かに侵攻すると言うことはないのだな?」
「ええ、現在までに届いている情報ではそのようですね。尤も、諸大名家による対織田家包囲網は残っていますし、まだ合戦は終わってないと思われますが。今現在ですうのでしたらとても静かです」
比叡山の焼き討ちが無くなり、朝倉家や浅井家の問題も解決した。
そもそも朝倉家を打つための比叡山侵攻が無くなったということは、延暦寺との和平も続いている。
「そうか。分かった。で幾らだ?」
「このあたりの話は酒場でもある程度までかけますので。金二朱でお願いします」
――ジャラッ
懐から金二朱を取り出して支払いを済ませると、ストームは立ち上がるのだが。
「それで、ストーム殿はこの後はどちらへ?」
「ウィルにでも戻りますか。十分に身体を休められたし、長期休暇はこれでおしまいという事で。それでは」
「はい。良い旅を」
受付に見送られて、ストームは商人ギルドの建物から出てくる。
街道沿いということもあり、大勢の人が行き交っている光景が広がる。
「まあ、今日は此処で宿を取って、明日朝に港町まで向かうか」
そのまま宿をプラプラと探し始めた時。
「おお、ストーム殿ではないですか。随分と探しましたぞ」
突然背後から、聞き慣れた声がする。
――ソーッ
と振り向くと、馬に跨った木下藤吉郎秀吉が、ストームに向かって手を振っている。
「お、おう。これは木下殿、御無沙汰しています‥‥」
「うんうん。儂も今から那古野城へと向かうところであった。共に行こうではないか」
にこやかにストームを誘う藤吉郎。
全く悪意がないのが凄い。
「い、いや、俺は別に行かなくても」
「いやいや。お館様がストーム殿を見掛けたら是非にと仰っていたのでな。では向かうとしよう」
とほほ。
これは行かないと話が進まないと察したストーム。
止むを得ず絨毯を取り出すと、それに飛び乗って藤吉郎の馬を追従した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
始めてきた気がしない那古野城。
日本の歴史的には、現在は那古野城は存在せず今は城跡に名古屋城が築城されている。
その中の大広間にストームと藤吉郎は案内された。
二人が到着した時点で、既に広間の左右には大勢の人が集まり、正座して待っている。
中には浅井長政の姿もあったので、正直ホッとした。
「おお、木下殿。そちらの方は?」
一見するとドワーフのような武士が、にこやかに話しかけてくるので、ストームも慌てて一礼した。
――ペコッ
「こちらは冒険者のストーム殿だ。この度の越前国での合戦で、勝利に導いてくれた功労者だ」
まるで自分の手柄のように告げる藤吉郎。
たが、その言葉があちこちに噂され始めると、どうにも尻がむず痒くなる。
「なにやら楽しそうだのう‥‥」
突然襖が開かれると、織田信長が入ってくる。
上座に堂々と座ると、全員畳に座ったまま平伏する。
『真』と呼ばれる、臣下の礼である。
「構わん。頭を上げろ」
そう信長が告げると、全員が面を上げる。
「この度の近江国及び越前国の平定、皆の尽力なくては成し得なかった。改めて礼を言わせてもらう」
家臣の前で、信長は深く頭を下げる。
これが出来るのが、信長の器量であろう。
「そ、そんな勿体無い。我ら家臣一同、煉獄にその身を落とせど、終生信長公の家臣でございます」
誰かが叫ぶように告げると、ストーム以外は全員が平伏する。
「まあ、ストーム殿はそうだな。それで良い」
スッと立ち上がると、信長は開け放たれた窓から外を眺めると、ゆっくりと振り向いた。
「この場にいる家臣全てに褒美を取らせる。まずは‥‥」
次々とその場にいる武士の名が呼ばれ、褒美の目録を信長自ら手渡していく。
中には感動のあまり涙を流すものもある。
一乗谷城を任されたものもあれは、金を受け取ったものもいる。
そして全ての家臣に褒美を授けた後で、ストームの近くにやって来る。
「今回の手柄、何と言ってもストーム殿の尽力があればこそ。なんでも良い、望みのものを授ける」
笑いながら話しかける信長に
「何でも‥‥ですか?」
「うむ。武士に二言はない。この那古野城が欲しいと言えばくれてやる。越前国が欲しいといえば、そこに据えてやる」
――ザワッ
その信長の言葉に、家臣たちは騒つく。
望みさえすれば、一国一城の主人にもなれるのである。
だが、ストームはそのようなものは望まない。
既に一国一城の主人であり、金もある。
だからこそ、あれが欲しかったのである。
「ならば、一つだけ‥‥不動行光を所望します」
刹那、家臣たちが青ざめる。
信長の帯刀である不動行光。
『不動行光、つくも髪、人には五郎左御座候』
と、酒に酔った信長が歌ったと言われている程、信長はこの三つを大層気に入っている。
ストームはその一つを寄越せと言っているのである。
流石の信長も動揺を隠せない。
「ま、まて、それは儂のお気に入りの」
慌てて取り繕うが、既に時遅し。
「武士に二言はござらぬのでは?」
――グッ
と拳を握る。
が、すぐに脱力すると、懐から不動行光を取り出し、ストームの前に置く。
「二言はない。持っていけ‥‥そのかわり条件がある」
「条件?」
「うむ。不動行光の代わりとなる、それを超える短刀を作れ。それが無くなると懐が寂しいからのう」
そう笑いながら呟く。
「では早速。城内の鍛冶場をお借りします」
スッと立ち上がると、そのままストームは鍛冶場へと案内される。
そこで三日掛けて、信長に献上する短刀を叩き出した。
アダマンタイトとミスリルをふんだんに使い、持てる限りの魔術付与を行う。
絶対に折れることなく、如何なるものも切り裂く。
名の無い短刀。
三日後、ストームはそれを手に再び信長と謁見する。
「これが、不動行光を超える短刀だと?」
受け取った短刀を鞘から抜いてしげしげと眺める。
刀身が黒く輝き、そこに白銀で彫刻を施してあるのが見えた。
ふと信長が魔力を籠めると、刀身がほのかに輝く。
そして一通り見たのち、信長は鞘にそれを収めた。
「『魔族殺し』まで、そのまま付与してあるのか‥‥この短刀の銘は?」
「銘はまだありません。信長公がつけるのが宜しいかと‥‥それに、その能力、信長公のもとから離れさせ眼には惜しいと思い、可能な限り再現してみました」
ストームにそう言われたので、信長は顎に手を当てると、フム、と頭を捻る。
「刻まれている文字は儂の好きなアレだな。ならは‥‥ストーム、お主の名前を和国の名で当てはめると何になる?」
と突然問われる。
「俺の名前は、漢字で『嵐』と書きます」
「名の如く、この戦国の世に嵐を起こしたか。この短刀は『嵐敦盛(あらしあつもり)とする。依存はあるまい?」
――ブッ
突然、自分の名をつけられて吹き出す。
「そ、それで良いなら」
うむ、と頷きながら嵐敦盛を懐に収める。
「しかし惜しい。ストームの先見の明があば、儂はもっと早くこの戦国の世を終わらせることができるものを。今一度、儂の元に留まらぬか?」
真面目な顔でストームを見る。
だが、ストームの答えも決まっている。
「俺はウィル大陸に戻れば一国一城の主、ここだけの話だが、サムソン辺境王国の王なんだ。だから、俺が残ってこれ以上何かすると色々と不味い」
金色に輝く魂の護符を取り出して見せる。
それで信長は納得した。
「儂が天下統一した暁には、ストームの国とも正式に貿易をしてみたいのう」
「可能ならば‥‥」
笑いながら告げると、ストームは目を閉じる。
(どうする。本能寺の変、告げるべきか‥‥)
日本では正史、しかしこの世界にそれがあるのか判らない。
さらに、これ以上この世界の未来に踏み込んでいいのか。
暫し考えると、ストームは目を開いた。
「こののち、各地で動乱が起こります。大局を見て、可能ならば武ではなく和を持って説得してください。仁義礼智忠信考悌、八つの徳があれば成されます。ただ‥‥」
そこまで告げてなお、最後の言葉を出すか考える。
「構わぬ‥‥申せ」
ストームの心中を察したのか、信長は静かに告げる。
それでストームの腹も決まった。
「五つ木瓜が本能寺を訪れる際はお気をつけください。夜半、境内を桔梗が咲き乱れます‥‥」
これが精一杯である。
そしてストームの意図を汲んだのか、信長がストームの肩をポンと叩く。
「片隅に置いておこう。ストームよ、大儀であった。またいずれ会おう」
「では。またいつか」
そう別れを告げて、ストームは信長の元から立ち去った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
木曽川を降り海西群へと向かう。
そこからは船に乗り、のんびりと武蔵国にやって来たストーム。
「やっと此処まできたぁぁぉぉぁ」
伸びをしながら叫ぶと、波止場にいた冒険者や商人たちがストームの方を向く。
だがそんなことは気にせず、まずはウィル大陸に向かう船の手配である。
「えーっと。すいません、ウィル大陸に向かう船はどこで話を聞けばわかりますか?」
近くを通り掛かった商人たちに問いかけて見る。
「なら、あそこの建物だな。廻船問屋だから、あそこで聞けば分かるよ。丁度昨日、西方のグラシェード大陸から船が到着したばかりだから、それに乗ればウィルまでは行けるよ」
「助かった。これで飲んでくれ」
そう教えてくれた商人たちに一両握らせると、ストームは廻船問屋へと向かった。
かなり大きな建物。
和国の人間だけでなく、様々な服装の商人や冒険者が集まっている。
その受付に向かうと、ストームは商人ギルドカードを取り出して提示する。
「ウィル大陸まで行きたい。船はあるか?」
「Bクラス鍛治師のストーム様ですね。ウィル大陸直通はありませんが、西方諸国周りで別大陸に向かい、そこからウィルに向かう船ならございますが」
その説明を受けると。
「まあ、それで構わないか。どのような航路になる?」
「和国南方諸島を抜けて西方のグラシェード大陸へ。そこからウィルに向かう船に乗り換えとなります」
どうやら一度乗り換えなくてはならない模様。
「直通便はないのか。仕方ないか」
「先日、直通便は出航してしまいまして。次の直通便が来るまでは半年ほど掛かります」
道中の寄り道がなければ、すんなりと帰れたのか。
やれやれと、頭をポリポリと掻きながら手続きを開始する。
「では、西方諸国周りの便を頼む。出航はいつになる?」
「明後日の早朝です。明日には乗船手続きが始まりますので。手続きはこちらで行えますが、部屋はどうしますか?」
受付嬢は書面を取り出して手続きを開始する。
「そこそこに広い個室がいい。飯はついているのか?」
「二等客室でしたらついていません。が、別料金で用意は出来ます。一等客室から個室になりますが、一等で宜しいですか?」
「ふぅん。なら一等で頼む。料金はどれぐらい掛かるんだ?」
懐に手を伸ばす。
「十両でグラシェード大陸まで。ウィルまではそこから金貨五十枚です」
通貨が次の大陸で切り替わるらしい。が、今持っているのはまたいつか使うだろうと、両替はしないで取っておくことにした。
「ならこれで」
――ジャラッ
懐から十両取り出して支払うと、乗船手続きを全て終えて、割符を手渡してもらう。
「それは無くさないでくださいね。名前は書き込まれていますが、よく割符を盗んで成り代わって他国に向かう者がいますので」
「まあ、スられることはないと思うが、気をつけるとしよう」
そのまま懐から空間に放り込むと、ゆっくりと立ち上がる。
「明日は昼から乗船手続きか?」
「はい。それでは残りわずかな和国を堪能してください」
にこやかに見送られて、ストームはギルドを後にした。
‥‥‥
‥‥
‥
「さて、このまま何もなければ良いのだが‥‥」
余計なフラグを構築しつつ、ストームは手頃な酒場を探す。
幸いなことに、ウィル大陸でよく見るタイプの酒場が何軒かあったので、その中でも賑わっている店に入った。
「イラッシャーイ。何処でも空いてる席に座ってねー」
景気良い声が店内に響く。
中には大勢の客が溢れかえっている。
その中でも隅の方に座ると、取り敢えずエールを一杯頼むことにした。
「エールを一杯頼む」
「ハーイ!!」
元気の塊のような店員が急ぎエールを持って来る。
――ゴクッゴクッ
一気に喉に流し込むと、久しぶりのエールに感動する。
「酒も良いが、エールも美味い。済まないが、これでエールに合う肴を頼む」
二朱銀を店員に差し出すと、店員はそれを受け取って嬉しそうにカウンターに走った。
すると、にこやかに隣で座っている老紳士が話しかけて来た。
「いい飲みっぷりですなぁ。どちらからで?」
「大隅からですよ。明後日にはウィルに戻りますよ」
「それは遠路はるばるご苦労様です。見た感じですと冒険者ですか?」
「いえいえ、鍛治師ですよ。和国の技術を学ぶためにやって来ました」
そう怪しまれない程度に話を合わせる。
「そうですか。それは良かった。しかし、明後日帰るとは勿体無いですなあ」
酒をチビリチビリと飲みながら、老紳士は残念そうに話している。
「勿体無いですか?」
「ええ。今、甲斐の信玄公が優秀な鍛治師や甲冑師、冒険者を募っているのですよ。かなりの大枚を叩いて募集したらしく、冒険者ギルドにも結構な数の依頼が届いていますよ。それに」
と小声で告げて周囲を見渡してから、さらに声を落とす老紳士。
「この酒場にも、信玄公の使いのものが常に目を光らせていますから‥‥気をつけたほうが良いですよ」
「まあ、基本的には、俺は金ではあまり動かないから大丈夫だな。と、そろそろ始めるか。おっさんも一緒につまむかい?」
目の前に並んだ大量の肴を吟味しながら、ストームは老紳士も誘う。
「では、私はお酒を提供しましょう。此方にエールを二つお願いします」
――ガチャカチャッ
エールが二つ届けられると、ストームと老紳士は酒盛りを始めた。
「そう言えば、おっさんの名前はなんていうんだ。俺はストーム、サムソン辺境王国の鍛治師だ」
「私はアシルクンネと呼んでください。和国語で『新しい黒』といいます。西方グラシェード大陸の商人です」
「へぇ。アイヌ語みたいな名前だなぁ‥‥西方大陸からか。これから戻るところなのか?」
「ええ。此方もきな臭くなって来たので、一旦戻ることにしました。途中まではご一緒ですね」
「そうだなぁ。まあ、楽しい旅になるように!!」
景気良く乾杯してさらに飲む。
とにかく飲む。
かなり飲んだにも関わらず、アルコール度数が低いのか酔いすぎることはない。
やがて肴も無くなると、アシルクンネはまた明日と挨拶をして宿に戻った。
「さて、それじゃあ俺も宿を探すとしますかねぇ‥‥」
そう呟きながら、ゆっくりと立ち上がって酒場から出ると。
「そこの方、少々宜しいか?」
丁寧に頭を下げる武士が立っている。
身なりはかなりしっかりとしている。
どこかのお抱えの武士か何かだろうと、ストームは立ち止まって話を聞くことにした。
「はぁ。別に構わないが、どちらの方?」
「拙者は立花弥十郎と申します。信玄公の使いの武士です」
「その使いの方が何か?」
「先程の男性との話を聞かせて頂きました。是非とも、信玄公の為に刀を打って頂きたいのですが」
丁寧に立花は頭を下げる。
「悪いが明後日にはウィルに向かう。時間がないのでな。では」
ストームも軽く頭を下げて立ち去ろうとするが。
「お待ちください。間も無く我が主君は仇敵である織田信長を討伐に向かわなくてはなりません。が、軍勢は揃えど良質な武具が不足しています。今、織田家を叩かなくては、この和国は魔族の国となってしまいます‥‥」
拳を握りながら力説するが、そんな事ストームには知った事ではない。
何よりも、短い時間ではあったが織田家と交流もある。
歴史的には暴君で知られている信長だが、ここの信長は優しい面を持っているのも知っている。
「そういう事なら断る。信長公が天下を取っても、和国は魔族の国にはならんよ。第一、この地には魔門は無いのだろう?」
「魔門とは?」
「魔族の住まう世界とこの地を結ぶ門の事だよ。あれが無いと魔族は自由に出入りできないはずだ。もう少し魔族を勉強しろ‥‥じゃあな」
そう告げて、ストームはその場から離れた。
立花は暫しそこで考え事をすると、急ぎ足で立ち去っていく。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
快適な朝。
一階の酒場で朝食を取ると、ストームは街の中に繰り出した。
長い船旅を満喫する為に、酒屋や露店で大量の食べ物や飲み物を買い込むと、それを次々と空間に放り込む。
かなりの散財だが、くる時とは違って帰りはのんびりとした船旅を楽しもうと言うのである。
「さて。サムソンのキャスバルには話を通したから、あとは一旦波止場で乗船手続きをして‥‥と?」
波止場に向かうと、ストームが乗る筈の船の手前に大勢の武士が待機しているのに気がついた。
「来たぞ、冒険者ストーム。貴様には魔族との接触と織田家のスパイ疑惑が掛かっている。武器を捨てて投降しろ!!」
威勢の良い武士が叫ぶ。
よく見ると、武士達は皆『武田菱』の入った飾りを付けている。
その背後には、先日話をしていた立花も立っている。
「しっかし、こうやって織田と所縁のあるものを捕まえてるかねぇ。悪いが武器を捨てる気は無い。話を聞きたかったらついていくが、如何する?」
その言葉に一瞬戸惑うが、それでも武士達は一歩も引かない。
「武器を捨てぬのならば、抵抗したとみなして斬り捨てるまで。もう一度言う、武器を捨てて投降しろ!!」
「くどいわ。全く、面子が大事なのはわかるが、相手を選んで喧嘩を売れよなぁ」
呆れた表情で武士達を見る。
その態度が気に食わなかったのか、武士達は一斉に抜刀してストームに向かって斬りつけるが。
――バッバギッドガッ
瞬時に魔導ハリセンを引き抜くと、それを武士達に叩き込む。
またたく間に、その場には気絶した武士達が転がっている。
「ふん、つまらんものを殴ったわ。まだやるのなら相手はする。が、戦意ないならば、こいつらを連れて行け!!」
ストームの実力を目の当たりにした武士達はコクコクと頷いて、気絶した者達を抱えて逃走する。
それを確認してから、ストームは改めて船に近づいた。
「この船に乗るストームだ。乗船手続きを頼む」
船に乗っている水夫に話しかけると、水夫は静かに頷いて誰かを呼びに行った。
やや暫くして、身なりのいい一人のエルフが姿をあらわすと、横に据え付けられている階段をつかって降りてくる。
「ハッハッハッ。上から見ていたけど凄いなぁ。俺はこの船の船長のリヒトという。割符を見せてもらえるか?」
「ああ、これで良いのか?」
懐から先日受け取った割符を取り出してみせる。
リヒトは割符の残り半分を腰のバックから取り出して組み合わせると、ストームに軽く頷いた。
「問題なし。これはあなたが待っていて下さい。今部屋に案内しますから」
そう告げてから、リヒトはストームを後ろの方にある一等船室へと案内した。
広さは大体8畳程度、大型帆船でこの規模の部屋を用意できたのは、この船が客船として作られたからであろう。
中にはベットが一つだけ据え付けられており、小さめではあるが窓も付いている。
「日が暮れてからは窓は閉じて下さい。灯りが外に漏れると、海賊やら色々なものに見つかって危険なので」
「ほう。海賊がでるのか」
「航路の関係上、偶に遭遇しますね。積荷専門の海賊なら話し合いが通用しますが、客船を襲う奴だと多分戦闘になるでしょうね。まあ、護衛は雇っていますし、うちの水夫もかなり強いので」
その後も船内の設備などを説明してもらうと、別の客がやって来たらしくリヒトはそちらに向かった。
割符がある限り、かなり船内は自由にできるらしく、暫くは船内を探検していた。
やがて日も暮れると、かなりの客が船に乗って来た。
明日の朝出発なので、船内でゆっくりと休もうと言うのだろう。
「さて、さようなら和国だな‥‥」
「おお、ストーム殿。こんな所で会えるとは奇遇ですな」
甲板でのんびりしていたストームの元に、金剛がにこやかにやってくる。
「おや?この船なのか?」
「うむ。昨日の奴は定員で乗れなかったので、拙者達はこの船に乗ることにしたのだ。主人殿は客室でゆっくりと身体を休めているぞ」
「そうか。それは楽しい旅になりそうだな‥‥彼奴らさえなんとかしたらな」
そう呟きながら、視界に入った者達を見る。
そこには波止場に集まって来た大勢の武士達の姿があった。
「ま、まさか?」
「いや、多分俺に用事だろうな。全く面倒臭い」
笑いながら階段に向かうストーム。
「この船にストームと言う犯罪者が乗っている筈だ。素直に明渡せば良し。さもなくば、この船の出航許可を取り消させて貰う」
一人の武士が叫びながら階段を上がってくるので、ストームはやれやれと言う顔をしながら階段へと向かった。
自分の事だけなら気にはしないが、他の乗客に迷惑が掛かるのは不味い。
「全く面倒だなあ。ストームは俺だ。付いていくから降りろ!!」
「報告は受けている。武器をこちらに寄越せ」
「見てわからないか?丸腰だ。このままでいいだろう」
両手を軽く上げて何も守っていないことを見せる。
そして丸腰なのを確認すると、武士はストームの背後に回り込んだ。
「なら手を背後に回せ。抵抗するとどうなるか分かっているだろうな」
「そうだなぁ。少なくとも、この港の武田の武士は全滅するかもなぁ」
――カチャッ
ストームは笑っているが、武士は聞く耳を持たずに両手を枷で固定した。
「とっとと降りろ。このあとはきっちりと取り調べさせてもらうからな」
「全く。明日の朝までには戻してくれよ‥‥」
階段から降りると、ストームは大勢の武士達に取り囲まれて奉行所へと連行されることになった。
織田信長直轄地であり、織田家の総本山でもある。
和国で最も華やかな地である那古野は、異国との貿易によって様々な人々があふれていた。
ウィル大陸からも冒険者ギルドや商人ギルドが訪れており、かなり大きな建物には国内外の冒険者や商人が所狭しと訪れている。
朝倉義景と別れた後、ストームは顛末を確認したいので一度那古野にやって来ていた。
「信長がどの城にいるのか分からんからな。那古野城なのか清洲城なのか、はたまた小牧山城なのか‥‥」
既に日本の歴史は当てにならないほど変化している。
取り敢えずは情報を得るのに、ストームはまたまた商人ギルドに顔を出した。
「失礼。情報を売って欲しいのだが」
まずはカウンターの女性職員に話しかける。すると、女性はニコリと微笑んで。
「では、3番のカウンターへどうぞ」
そう告げながら女性職員も一緒に指定されたカウンターに移動すると、そこに置かれている椅子をストームに進める。
「ギルドカードの提示をお願いします」
「ん、ああ、これで良いか?」
すぐさま掌に商人ギルドカードを生み出して提示すると、職員はそれを確認してサーッと青ざめた。
――サーッ
「え、えっと‥‥ファンゼーン王ですよね?」
周囲に聞こえないよう小声でコソッと問いかけられるので。
「もう情報届いているか。まあ、小声でと言うことは、注意事項も理解しているようだな?」
人差し指を口元に当ててそう呟くと、職員は刻刻と静かにうなずく。
「はい。では、どのような情報が必要でしょうか?」
「織田信長について。今の戦局がどうなっているか知りたい」
「少々お待ちを」
一度席を離れて奥に向かうと、他のギルド員と何かを話ししている。
やがて一通りの資料を持って戻ってくると、説明を開始した。
「織田勢は現在、近江国と越前国を平和裏に制圧し、直轄地としました。現在は新たな進行は行っておらず、地盤を固めている所と思われます。」
どうやら堅実に直轄地を増やしているらしい。
なら、それはそれで一安心なのだが。
「越前国は何方が?」
「木下藤吉郎秀吉殿が預かっていますね。近江国は浅井長政殿が。現在は朝倉義景を追っていたようですが、比叡山延暦寺にで義景殿が亡くなったらしく、墓前に手を合わせて朝倉家の件は手打ちとなったようです」
よし。
カウンターの下でグッと拳を握る。
延暦寺まで逃げ延びた家臣たちを弔ったと聞いて、義景も延暦寺で憤死した事になっている。
ここまでは予定調和である。
まあ大元はと言えば、ストームがやらかした一件から始まっていると言われると何も言えなくなる。
「では、今は織田が新しく何処かに侵攻すると言うことはないのだな?」
「ええ、現在までに届いている情報ではそのようですね。尤も、諸大名家による対織田家包囲網は残っていますし、まだ合戦は終わってないと思われますが。今現在ですうのでしたらとても静かです」
比叡山の焼き討ちが無くなり、朝倉家や浅井家の問題も解決した。
そもそも朝倉家を打つための比叡山侵攻が無くなったということは、延暦寺との和平も続いている。
「そうか。分かった。で幾らだ?」
「このあたりの話は酒場でもある程度までかけますので。金二朱でお願いします」
――ジャラッ
懐から金二朱を取り出して支払いを済ませると、ストームは立ち上がるのだが。
「それで、ストーム殿はこの後はどちらへ?」
「ウィルにでも戻りますか。十分に身体を休められたし、長期休暇はこれでおしまいという事で。それでは」
「はい。良い旅を」
受付に見送られて、ストームは商人ギルドの建物から出てくる。
街道沿いということもあり、大勢の人が行き交っている光景が広がる。
「まあ、今日は此処で宿を取って、明日朝に港町まで向かうか」
そのまま宿をプラプラと探し始めた時。
「おお、ストーム殿ではないですか。随分と探しましたぞ」
突然背後から、聞き慣れた声がする。
――ソーッ
と振り向くと、馬に跨った木下藤吉郎秀吉が、ストームに向かって手を振っている。
「お、おう。これは木下殿、御無沙汰しています‥‥」
「うんうん。儂も今から那古野城へと向かうところであった。共に行こうではないか」
にこやかにストームを誘う藤吉郎。
全く悪意がないのが凄い。
「い、いや、俺は別に行かなくても」
「いやいや。お館様がストーム殿を見掛けたら是非にと仰っていたのでな。では向かうとしよう」
とほほ。
これは行かないと話が進まないと察したストーム。
止むを得ず絨毯を取り出すと、それに飛び乗って藤吉郎の馬を追従した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
始めてきた気がしない那古野城。
日本の歴史的には、現在は那古野城は存在せず今は城跡に名古屋城が築城されている。
その中の大広間にストームと藤吉郎は案内された。
二人が到着した時点で、既に広間の左右には大勢の人が集まり、正座して待っている。
中には浅井長政の姿もあったので、正直ホッとした。
「おお、木下殿。そちらの方は?」
一見するとドワーフのような武士が、にこやかに話しかけてくるので、ストームも慌てて一礼した。
――ペコッ
「こちらは冒険者のストーム殿だ。この度の越前国での合戦で、勝利に導いてくれた功労者だ」
まるで自分の手柄のように告げる藤吉郎。
たが、その言葉があちこちに噂され始めると、どうにも尻がむず痒くなる。
「なにやら楽しそうだのう‥‥」
突然襖が開かれると、織田信長が入ってくる。
上座に堂々と座ると、全員畳に座ったまま平伏する。
『真』と呼ばれる、臣下の礼である。
「構わん。頭を上げろ」
そう信長が告げると、全員が面を上げる。
「この度の近江国及び越前国の平定、皆の尽力なくては成し得なかった。改めて礼を言わせてもらう」
家臣の前で、信長は深く頭を下げる。
これが出来るのが、信長の器量であろう。
「そ、そんな勿体無い。我ら家臣一同、煉獄にその身を落とせど、終生信長公の家臣でございます」
誰かが叫ぶように告げると、ストーム以外は全員が平伏する。
「まあ、ストーム殿はそうだな。それで良い」
スッと立ち上がると、信長は開け放たれた窓から外を眺めると、ゆっくりと振り向いた。
「この場にいる家臣全てに褒美を取らせる。まずは‥‥」
次々とその場にいる武士の名が呼ばれ、褒美の目録を信長自ら手渡していく。
中には感動のあまり涙を流すものもある。
一乗谷城を任されたものもあれは、金を受け取ったものもいる。
そして全ての家臣に褒美を授けた後で、ストームの近くにやって来る。
「今回の手柄、何と言ってもストーム殿の尽力があればこそ。なんでも良い、望みのものを授ける」
笑いながら話しかける信長に
「何でも‥‥ですか?」
「うむ。武士に二言はない。この那古野城が欲しいと言えばくれてやる。越前国が欲しいといえば、そこに据えてやる」
――ザワッ
その信長の言葉に、家臣たちは騒つく。
望みさえすれば、一国一城の主人にもなれるのである。
だが、ストームはそのようなものは望まない。
既に一国一城の主人であり、金もある。
だからこそ、あれが欲しかったのである。
「ならば、一つだけ‥‥不動行光を所望します」
刹那、家臣たちが青ざめる。
信長の帯刀である不動行光。
『不動行光、つくも髪、人には五郎左御座候』
と、酒に酔った信長が歌ったと言われている程、信長はこの三つを大層気に入っている。
ストームはその一つを寄越せと言っているのである。
流石の信長も動揺を隠せない。
「ま、まて、それは儂のお気に入りの」
慌てて取り繕うが、既に時遅し。
「武士に二言はござらぬのでは?」
――グッ
と拳を握る。
が、すぐに脱力すると、懐から不動行光を取り出し、ストームの前に置く。
「二言はない。持っていけ‥‥そのかわり条件がある」
「条件?」
「うむ。不動行光の代わりとなる、それを超える短刀を作れ。それが無くなると懐が寂しいからのう」
そう笑いながら呟く。
「では早速。城内の鍛冶場をお借りします」
スッと立ち上がると、そのままストームは鍛冶場へと案内される。
そこで三日掛けて、信長に献上する短刀を叩き出した。
アダマンタイトとミスリルをふんだんに使い、持てる限りの魔術付与を行う。
絶対に折れることなく、如何なるものも切り裂く。
名の無い短刀。
三日後、ストームはそれを手に再び信長と謁見する。
「これが、不動行光を超える短刀だと?」
受け取った短刀を鞘から抜いてしげしげと眺める。
刀身が黒く輝き、そこに白銀で彫刻を施してあるのが見えた。
ふと信長が魔力を籠めると、刀身がほのかに輝く。
そして一通り見たのち、信長は鞘にそれを収めた。
「『魔族殺し』まで、そのまま付与してあるのか‥‥この短刀の銘は?」
「銘はまだありません。信長公がつけるのが宜しいかと‥‥それに、その能力、信長公のもとから離れさせ眼には惜しいと思い、可能な限り再現してみました」
ストームにそう言われたので、信長は顎に手を当てると、フム、と頭を捻る。
「刻まれている文字は儂の好きなアレだな。ならは‥‥ストーム、お主の名前を和国の名で当てはめると何になる?」
と突然問われる。
「俺の名前は、漢字で『嵐』と書きます」
「名の如く、この戦国の世に嵐を起こしたか。この短刀は『嵐敦盛(あらしあつもり)とする。依存はあるまい?」
――ブッ
突然、自分の名をつけられて吹き出す。
「そ、それで良いなら」
うむ、と頷きながら嵐敦盛を懐に収める。
「しかし惜しい。ストームの先見の明があば、儂はもっと早くこの戦国の世を終わらせることができるものを。今一度、儂の元に留まらぬか?」
真面目な顔でストームを見る。
だが、ストームの答えも決まっている。
「俺はウィル大陸に戻れば一国一城の主、ここだけの話だが、サムソン辺境王国の王なんだ。だから、俺が残ってこれ以上何かすると色々と不味い」
金色に輝く魂の護符を取り出して見せる。
それで信長は納得した。
「儂が天下統一した暁には、ストームの国とも正式に貿易をしてみたいのう」
「可能ならば‥‥」
笑いながら告げると、ストームは目を閉じる。
(どうする。本能寺の変、告げるべきか‥‥)
日本では正史、しかしこの世界にそれがあるのか判らない。
さらに、これ以上この世界の未来に踏み込んでいいのか。
暫し考えると、ストームは目を開いた。
「こののち、各地で動乱が起こります。大局を見て、可能ならば武ではなく和を持って説得してください。仁義礼智忠信考悌、八つの徳があれば成されます。ただ‥‥」
そこまで告げてなお、最後の言葉を出すか考える。
「構わぬ‥‥申せ」
ストームの心中を察したのか、信長は静かに告げる。
それでストームの腹も決まった。
「五つ木瓜が本能寺を訪れる際はお気をつけください。夜半、境内を桔梗が咲き乱れます‥‥」
これが精一杯である。
そしてストームの意図を汲んだのか、信長がストームの肩をポンと叩く。
「片隅に置いておこう。ストームよ、大儀であった。またいずれ会おう」
「では。またいつか」
そう別れを告げて、ストームは信長の元から立ち去った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
木曽川を降り海西群へと向かう。
そこからは船に乗り、のんびりと武蔵国にやって来たストーム。
「やっと此処まできたぁぁぉぉぁ」
伸びをしながら叫ぶと、波止場にいた冒険者や商人たちがストームの方を向く。
だがそんなことは気にせず、まずはウィル大陸に向かう船の手配である。
「えーっと。すいません、ウィル大陸に向かう船はどこで話を聞けばわかりますか?」
近くを通り掛かった商人たちに問いかけて見る。
「なら、あそこの建物だな。廻船問屋だから、あそこで聞けば分かるよ。丁度昨日、西方のグラシェード大陸から船が到着したばかりだから、それに乗ればウィルまでは行けるよ」
「助かった。これで飲んでくれ」
そう教えてくれた商人たちに一両握らせると、ストームは廻船問屋へと向かった。
かなり大きな建物。
和国の人間だけでなく、様々な服装の商人や冒険者が集まっている。
その受付に向かうと、ストームは商人ギルドカードを取り出して提示する。
「ウィル大陸まで行きたい。船はあるか?」
「Bクラス鍛治師のストーム様ですね。ウィル大陸直通はありませんが、西方諸国周りで別大陸に向かい、そこからウィルに向かう船ならございますが」
その説明を受けると。
「まあ、それで構わないか。どのような航路になる?」
「和国南方諸島を抜けて西方のグラシェード大陸へ。そこからウィルに向かう船に乗り換えとなります」
どうやら一度乗り換えなくてはならない模様。
「直通便はないのか。仕方ないか」
「先日、直通便は出航してしまいまして。次の直通便が来るまでは半年ほど掛かります」
道中の寄り道がなければ、すんなりと帰れたのか。
やれやれと、頭をポリポリと掻きながら手続きを開始する。
「では、西方諸国周りの便を頼む。出航はいつになる?」
「明後日の早朝です。明日には乗船手続きが始まりますので。手続きはこちらで行えますが、部屋はどうしますか?」
受付嬢は書面を取り出して手続きを開始する。
「そこそこに広い個室がいい。飯はついているのか?」
「二等客室でしたらついていません。が、別料金で用意は出来ます。一等客室から個室になりますが、一等で宜しいですか?」
「ふぅん。なら一等で頼む。料金はどれぐらい掛かるんだ?」
懐に手を伸ばす。
「十両でグラシェード大陸まで。ウィルまではそこから金貨五十枚です」
通貨が次の大陸で切り替わるらしい。が、今持っているのはまたいつか使うだろうと、両替はしないで取っておくことにした。
「ならこれで」
――ジャラッ
懐から十両取り出して支払うと、乗船手続きを全て終えて、割符を手渡してもらう。
「それは無くさないでくださいね。名前は書き込まれていますが、よく割符を盗んで成り代わって他国に向かう者がいますので」
「まあ、スられることはないと思うが、気をつけるとしよう」
そのまま懐から空間に放り込むと、ゆっくりと立ち上がる。
「明日は昼から乗船手続きか?」
「はい。それでは残りわずかな和国を堪能してください」
にこやかに見送られて、ストームはギルドを後にした。
‥‥‥
‥‥
‥
「さて、このまま何もなければ良いのだが‥‥」
余計なフラグを構築しつつ、ストームは手頃な酒場を探す。
幸いなことに、ウィル大陸でよく見るタイプの酒場が何軒かあったので、その中でも賑わっている店に入った。
「イラッシャーイ。何処でも空いてる席に座ってねー」
景気良い声が店内に響く。
中には大勢の客が溢れかえっている。
その中でも隅の方に座ると、取り敢えずエールを一杯頼むことにした。
「エールを一杯頼む」
「ハーイ!!」
元気の塊のような店員が急ぎエールを持って来る。
――ゴクッゴクッ
一気に喉に流し込むと、久しぶりのエールに感動する。
「酒も良いが、エールも美味い。済まないが、これでエールに合う肴を頼む」
二朱銀を店員に差し出すと、店員はそれを受け取って嬉しそうにカウンターに走った。
すると、にこやかに隣で座っている老紳士が話しかけて来た。
「いい飲みっぷりですなぁ。どちらからで?」
「大隅からですよ。明後日にはウィルに戻りますよ」
「それは遠路はるばるご苦労様です。見た感じですと冒険者ですか?」
「いえいえ、鍛治師ですよ。和国の技術を学ぶためにやって来ました」
そう怪しまれない程度に話を合わせる。
「そうですか。それは良かった。しかし、明後日帰るとは勿体無いですなあ」
酒をチビリチビリと飲みながら、老紳士は残念そうに話している。
「勿体無いですか?」
「ええ。今、甲斐の信玄公が優秀な鍛治師や甲冑師、冒険者を募っているのですよ。かなりの大枚を叩いて募集したらしく、冒険者ギルドにも結構な数の依頼が届いていますよ。それに」
と小声で告げて周囲を見渡してから、さらに声を落とす老紳士。
「この酒場にも、信玄公の使いのものが常に目を光らせていますから‥‥気をつけたほうが良いですよ」
「まあ、基本的には、俺は金ではあまり動かないから大丈夫だな。と、そろそろ始めるか。おっさんも一緒につまむかい?」
目の前に並んだ大量の肴を吟味しながら、ストームは老紳士も誘う。
「では、私はお酒を提供しましょう。此方にエールを二つお願いします」
――ガチャカチャッ
エールが二つ届けられると、ストームと老紳士は酒盛りを始めた。
「そう言えば、おっさんの名前はなんていうんだ。俺はストーム、サムソン辺境王国の鍛治師だ」
「私はアシルクンネと呼んでください。和国語で『新しい黒』といいます。西方グラシェード大陸の商人です」
「へぇ。アイヌ語みたいな名前だなぁ‥‥西方大陸からか。これから戻るところなのか?」
「ええ。此方もきな臭くなって来たので、一旦戻ることにしました。途中まではご一緒ですね」
「そうだなぁ。まあ、楽しい旅になるように!!」
景気良く乾杯してさらに飲む。
とにかく飲む。
かなり飲んだにも関わらず、アルコール度数が低いのか酔いすぎることはない。
やがて肴も無くなると、アシルクンネはまた明日と挨拶をして宿に戻った。
「さて、それじゃあ俺も宿を探すとしますかねぇ‥‥」
そう呟きながら、ゆっくりと立ち上がって酒場から出ると。
「そこの方、少々宜しいか?」
丁寧に頭を下げる武士が立っている。
身なりはかなりしっかりとしている。
どこかのお抱えの武士か何かだろうと、ストームは立ち止まって話を聞くことにした。
「はぁ。別に構わないが、どちらの方?」
「拙者は立花弥十郎と申します。信玄公の使いの武士です」
「その使いの方が何か?」
「先程の男性との話を聞かせて頂きました。是非とも、信玄公の為に刀を打って頂きたいのですが」
丁寧に立花は頭を下げる。
「悪いが明後日にはウィルに向かう。時間がないのでな。では」
ストームも軽く頭を下げて立ち去ろうとするが。
「お待ちください。間も無く我が主君は仇敵である織田信長を討伐に向かわなくてはなりません。が、軍勢は揃えど良質な武具が不足しています。今、織田家を叩かなくては、この和国は魔族の国となってしまいます‥‥」
拳を握りながら力説するが、そんな事ストームには知った事ではない。
何よりも、短い時間ではあったが織田家と交流もある。
歴史的には暴君で知られている信長だが、ここの信長は優しい面を持っているのも知っている。
「そういう事なら断る。信長公が天下を取っても、和国は魔族の国にはならんよ。第一、この地には魔門は無いのだろう?」
「魔門とは?」
「魔族の住まう世界とこの地を結ぶ門の事だよ。あれが無いと魔族は自由に出入りできないはずだ。もう少し魔族を勉強しろ‥‥じゃあな」
そう告げて、ストームはその場から離れた。
立花は暫しそこで考え事をすると、急ぎ足で立ち去っていく。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
快適な朝。
一階の酒場で朝食を取ると、ストームは街の中に繰り出した。
長い船旅を満喫する為に、酒屋や露店で大量の食べ物や飲み物を買い込むと、それを次々と空間に放り込む。
かなりの散財だが、くる時とは違って帰りはのんびりとした船旅を楽しもうと言うのである。
「さて。サムソンのキャスバルには話を通したから、あとは一旦波止場で乗船手続きをして‥‥と?」
波止場に向かうと、ストームが乗る筈の船の手前に大勢の武士が待機しているのに気がついた。
「来たぞ、冒険者ストーム。貴様には魔族との接触と織田家のスパイ疑惑が掛かっている。武器を捨てて投降しろ!!」
威勢の良い武士が叫ぶ。
よく見ると、武士達は皆『武田菱』の入った飾りを付けている。
その背後には、先日話をしていた立花も立っている。
「しっかし、こうやって織田と所縁のあるものを捕まえてるかねぇ。悪いが武器を捨てる気は無い。話を聞きたかったらついていくが、如何する?」
その言葉に一瞬戸惑うが、それでも武士達は一歩も引かない。
「武器を捨てぬのならば、抵抗したとみなして斬り捨てるまで。もう一度言う、武器を捨てて投降しろ!!」
「くどいわ。全く、面子が大事なのはわかるが、相手を選んで喧嘩を売れよなぁ」
呆れた表情で武士達を見る。
その態度が気に食わなかったのか、武士達は一斉に抜刀してストームに向かって斬りつけるが。
――バッバギッドガッ
瞬時に魔導ハリセンを引き抜くと、それを武士達に叩き込む。
またたく間に、その場には気絶した武士達が転がっている。
「ふん、つまらんものを殴ったわ。まだやるのなら相手はする。が、戦意ないならば、こいつらを連れて行け!!」
ストームの実力を目の当たりにした武士達はコクコクと頷いて、気絶した者達を抱えて逃走する。
それを確認してから、ストームは改めて船に近づいた。
「この船に乗るストームだ。乗船手続きを頼む」
船に乗っている水夫に話しかけると、水夫は静かに頷いて誰かを呼びに行った。
やや暫くして、身なりのいい一人のエルフが姿をあらわすと、横に据え付けられている階段をつかって降りてくる。
「ハッハッハッ。上から見ていたけど凄いなぁ。俺はこの船の船長のリヒトという。割符を見せてもらえるか?」
「ああ、これで良いのか?」
懐から先日受け取った割符を取り出してみせる。
リヒトは割符の残り半分を腰のバックから取り出して組み合わせると、ストームに軽く頷いた。
「問題なし。これはあなたが待っていて下さい。今部屋に案内しますから」
そう告げてから、リヒトはストームを後ろの方にある一等船室へと案内した。
広さは大体8畳程度、大型帆船でこの規模の部屋を用意できたのは、この船が客船として作られたからであろう。
中にはベットが一つだけ据え付けられており、小さめではあるが窓も付いている。
「日が暮れてからは窓は閉じて下さい。灯りが外に漏れると、海賊やら色々なものに見つかって危険なので」
「ほう。海賊がでるのか」
「航路の関係上、偶に遭遇しますね。積荷専門の海賊なら話し合いが通用しますが、客船を襲う奴だと多分戦闘になるでしょうね。まあ、護衛は雇っていますし、うちの水夫もかなり強いので」
その後も船内の設備などを説明してもらうと、別の客がやって来たらしくリヒトはそちらに向かった。
割符がある限り、かなり船内は自由にできるらしく、暫くは船内を探検していた。
やがて日も暮れると、かなりの客が船に乗って来た。
明日の朝出発なので、船内でゆっくりと休もうと言うのだろう。
「さて、さようなら和国だな‥‥」
「おお、ストーム殿。こんな所で会えるとは奇遇ですな」
甲板でのんびりしていたストームの元に、金剛がにこやかにやってくる。
「おや?この船なのか?」
「うむ。昨日の奴は定員で乗れなかったので、拙者達はこの船に乗ることにしたのだ。主人殿は客室でゆっくりと身体を休めているぞ」
「そうか。それは楽しい旅になりそうだな‥‥彼奴らさえなんとかしたらな」
そう呟きながら、視界に入った者達を見る。
そこには波止場に集まって来た大勢の武士達の姿があった。
「ま、まさか?」
「いや、多分俺に用事だろうな。全く面倒臭い」
笑いながら階段に向かうストーム。
「この船にストームと言う犯罪者が乗っている筈だ。素直に明渡せば良し。さもなくば、この船の出航許可を取り消させて貰う」
一人の武士が叫びながら階段を上がってくるので、ストームはやれやれと言う顔をしながら階段へと向かった。
自分の事だけなら気にはしないが、他の乗客に迷惑が掛かるのは不味い。
「全く面倒だなあ。ストームは俺だ。付いていくから降りろ!!」
「報告は受けている。武器をこちらに寄越せ」
「見てわからないか?丸腰だ。このままでいいだろう」
両手を軽く上げて何も守っていないことを見せる。
そして丸腰なのを確認すると、武士はストームの背後に回り込んだ。
「なら手を背後に回せ。抵抗するとどうなるか分かっているだろうな」
「そうだなぁ。少なくとも、この港の武田の武士は全滅するかもなぁ」
――カチャッ
ストームは笑っているが、武士は聞く耳を持たずに両手を枷で固定した。
「とっとと降りろ。このあとはきっちりと取り調べさせてもらうからな」
「全く。明日の朝までには戻してくれよ‥‥」
階段から降りると、ストームは大勢の武士達に取り囲まれて奉行所へと連行されることになった。
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