異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第四部 和国漫遊記

和国の章・その肆 鬼はどっちだ?

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 畿内・摂津国。
 池田勝正・伊丹親興・和田惟政の三家によって委任統治されている地方。
 尾張の織田弾正信長が治めている地であり、現在は隣接する山城、河内、和泉の三国も全て織田家直轄地であり、今だ織田の勢力は衰えるどころか益々盛んとなりつつある。


「……歴史違うわ」
 西廻船で豊後から摂津にやって来たストームが、街を眺めながらボソッと呟いている。
 若干割高ではあったものの、ここまで意外と快適な船旅を楽しんで来た。
 マチュアの転移も、裏技を使うことでいつでもここに来られることが判ったので、慌てて戻る必要もないと判断した。
「それにしても、随分と華やかだわ。右からベッピンさん、ベッピンさん、一つ飛ばして……オーク?」
 などと阿呆な事を呟きながら、取り敢えずは宿を探す。
 主街道沿いには廻船問屋を始め、ざまざまな商人の大店や各種ギルドが並んでいる。
 大隅や日向と違い、結構な数の冒険者の姿もある。

「そこの侍さん、うちに泊まっていかないかーい」
「いやいや、あんな宿はいがない方がいい。ぼったくられるよ。どうぞ上田屋にいらして下さい」
「旅籠をお探しならうちはどうだい?富田旅館はいい旅籠だよ」
 などなど、客引き抗争が繰り広げられているが。
 その中でもそこそこに大きい旅籠に目をつけると、ストームはそこに泊まることにした。
「田端屋か。まあ、此処でいいや」
 スッ、と暖簾をくぐり中に入る。
「はあようこそ田端屋へ。冒険者さん泊まりかい?」
 この宿の看板娘らしい女性が、異性のいい声でストームに気さくに話しかけてきた。
「ああ、一晩頼む。幾らだ?」
「食事付きで銀貨四枚だね。それで良いなら案内するよ」
 と言うことで、代金を支払って部屋に案内される。
「お客さんの部屋はこちらで。二階の奥の部屋になります。裏手に大きな共同の風呂がありますので、ゆっくりとお楽しみください」
 と看板娘がストームを部屋に案内すると、ストームは取り敢えずバックパックを降ろしてラフなチュニックに着替えた。
「晩飯は戻ってからでいいか。とりあえずフラッと回ってみようかな」
 そう呟きながら階段を降りると、ストームは早速街に繰り出すことにした。
「西海道では買わなかったからな。今のうちに作務衣と着物を大量購入だな」
 今回の目的の一つである呉服屋を探しに、街の中を徘徊する。

──ドン
「気をつけろ!!」
 いつものようにスリがぶつかって来るのもご愛嬌。
 何も取れなかったので、慌ててこちらを見ている。
「特に何も取られてないからなぁ、ぶつかってるだけだし。まあ、放置で良しとするか」
 いくつかの呉服屋で程度の良い作務衣や着物を買い込むと、全てバックパックにしまい込む。
 後は街の中を散策しているのだが、彼方此方で冒険者が侍と話をしているのが妙に気になる。
「まあ、そのうち何か分かるだろうな」
 近くの甘味処に入ると、饅頭と梅昆布茶を頼む。

──カチャッ
「お客さんも冒険者かい?」
 饅頭と梅昆布茶を持って来た店員が話しかてくるので。
「ああ。武蔵国まで行こうと思ってな。彼方此方で冒険者が侍と話をしているようなんだが、あれはなんだ?」
「あれは池田家のお侍さんだね。今、西のほうでは戦が始まるって大変なんだよ。少しでも戦力がいた方がいいって、冒険者の中でも使えそうなものを雇い入れているんだよ」
 和国の冒険者ならいざ知らず、ウィルや他の大陸の冒険者が国同士の争いに手を貸すものなのか甚だ疑問であるが。
「普通に魔物を退治する以外は、合戦とかに戦力として加わった方が報酬が良いからねぇ」
 そう説明してくれる。
 しかし、いざ参加となると、敵を殺すこともある。
 人間同士の殺し合いに、冒険者が参加して良いものかと考えてみたが。
「ほら、あそこの冒険者は話がまとまったみたいだねぇ」
 店員が指差した方角を見る。
 そこでは、ガッチリと侍と握手を交わす戦士の姿があった。
 そして戦士は侍の後ろをついて、何処かの屋敷に向かって行った。
「意外とあっさりだなぁ。して、魔物退治があるのか。そっちには興味があるなぁ」
──ズズズッ
 と茶を飲み干すと、代金を支払って冒険者ギルドへと向かうことにした。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


「いやいや、これはあかんでしょ?」 
 冒険者ギルドへ到着したストームは、壁に貼り付けられている依頼書を見て絶句した。
 右も左も、大名や武家が戦力増強の為に冒険者を募集しているのである。
 魔物退治依頼は、ほんの僅かだがある事はある。
 その中の一つを剥がすと、ストームはカウンターに向かった。
「ご苦労様です。旅の冒険者ですか?」
「ああ。これを頼む………」
「この依頼書の難易度はAですよ。冒険者が一人でどうこうできるものではないのですが。ギルドカードをお願いします」
 あまりにも危険なので止めようとした受付だが。
 ストームのギルドカードを見て絶句する。
先導者ヴァンガード‥‥剣術指南でしたか。それは一人でも大丈夫ですね。受理させていたたぎます」
 そして依頼が成立した時。
「あー、済まない。貴君は何処かの国に所属している冒険者かな?もし良かったら助力を頼みたいのだが」
 身なりの良い侍が、ストームの横から話しかけて来た。
「まあ、今受けた依頼が終わってからなら、話ぐらいは聞いてやる。それで良いか?」
 冒険者としては当然の返事なのだが。
 目の前の侍は納得が言っていないようだ。
「ふん。我が主人の話の方が後とは、冒険者とは随分といい身分なのだな。なら、その依頼とやらをとっとと終わらせてこい。話はその後でしてやろう」
 そう吐き捨てるように告げると、そのままギルドから出て行った。

「……何だあれ?」
「あれは、越前の朝倉義景殿の部下ですよ。近々、織田弾正殿が越前侵攻するという話を聞いて、自国の護りに冒険者を集めているのですよ」
 受付が説明してくれたのだが。
「い、いや、此処でか?ここは摂津だろ、織田家の領地でもあるだろ?」
 敵地の冒険者ギルドで勧誘するとは、命がいくつあっても足りないだろう?
 そう考えたのだが、どうやら勝手が違うらしい。
「各地の大名の取り決めらしいですよ。各国にある冒険者ギルドと商人ギルドに対しては、如何なる国であろうと不可侵なのですよ。それを逆手にとって、ギルドに仕事を依頼しに来る時は、それを妨げてはならないっていう通達もあるんですって」
「あ~それであれか?」

 ギルドの中にはいくつかのテーブルが用意されている。
 依頼を受けに来たものたちが打ち合わせに使えるようにと好意で置いてあるのだが、彼方此方で侍同士が火花を散らせている。
 実力行使に出ないのは、先程の話があるからなのだろう。

「ストームさん気をつけて下さいね。先導者ヴァンガードは、この国では『剣術指南役』とも呼ばれてまして、どの国でも喉から手が出るぐらい欲しい人材なのですから」
 そうアドバイスしてくれる。
 ちらりと侍達を見ると、ストームの方を見ている侍も何人か居るようだ。
「まあ、俺は誰にも使える気は無いからね」
「そうですよね。貴方は幻影騎士団の団長でしょ?本国から最近届いた通知は見てますよ」
 笑っている受付嬢。

──ドキッ
 どうやら最新情報までは届いていないらしい。
「ま、まあ、そうだな。では行って来るとするよ」
「はいはい、お気をつけて下さいね~」
 受付嬢が見送る中、ストームは侍の視線に臆する事なくギルドを後にする。
 すぐさま数人の侍が立ち上がると、ストームの後をつけ始めた。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 ストームがギルドから受けた依頼は、黄昏時に現れる魔物討伐である。
 近江の国、琵琶湖の西岸に姿を現わす鬼と、その従者である小鬼 が商人や旅人を襲い荷物を奪うと言うので、安全のために退治するようにという依頼。
 近江の大名からの直々の依頼であるか、近江の国では誰も叶うものがなく、摂津にまで依頼が届いていたらしい。

──ヒュゥゥゥゥゥン
「久し振りだなぁ。この方が早いんだけど、あんまり堂々と乗れないからなあ」
 素早く絨毯に乗ると、高速で飛行する。
 摂津からずっとストームをつけていた侍達の姿などとっくに見えなくなっており、あと数刻もすれば鬼が出るという古城跡に辿り着く。
「退治して、その報告は近江の国のギルドか。報酬もそこで貰えば良いというのは楽だわ。と、そろそろかな?」
 崩れかけている石畳が広がる古城。
 その敷地に入った時、ストームはすぐさま侍装備に換装した。

──ガシャッ…ガシャッ。
 彼方此方の崩れた壁の向こうから、体調1m程の小鬼が姿を現わす。
 童話や物語などで見る鬼なのだが、膨れ上がった筋肉とごっつい体躯が、童話の世界はやはり優しい世界なのだと理解した。
「こんなの子供が見たら、泣いてビビるわ」
 絨毯から颯爽と降りて空間に放り込むと、ストームは腰から下げてある刀を引き抜く。
「さて、俺の話を聞くだけの知識はあるのか?」
 周囲に集まってきた小鬼に問いかけると、さらに奥から体長2mを超える巨大な鬼がやって来る。
「お、おお……我らに対して話を聞きに来るとは珍しいな。人の子よ、我らに一体何のようだ?」

──ズドォォォォォォン
 刃渡りだけでも2mはある巨大な両手剣を大地に突き立てると、鬼はゆっくりとストームの出方を伺う。
「おや、話がわかるじゃないか」
「知性はある。この先の峠の土蜘蛛と一緒にされては困るわ。お主もあれか?我ら鬼を退治しに来たのか?」
 鬼はストームを見下ろしながら問いかけた。
 周囲の鬼達も棍棒や金棒といった武器を身構えて、大鬼の命令をじっと待っているようだ。
「ああ。ギルドが依頼主から受けた依頼は、この辺りに住んでいる、商人や旅人から荷物を奪う鬼を退治して欲しいというものだ。これには相違無いか?」
 まあ、何でこんな依頼なのか大体理解したストーム。
 取り敢えずは事実確認が大切。
「此処で野営をしようとやって来たもの達が、我らを見て荷物を棄てて逃げていくのを何度も見た。我らを討伐する為にやって来て、話も聞かないで一方的に喧嘩を売ってやられて帰ったものもな」

──ポリポリ
 すっと頬をかくストーム。
「まあ、そんな所だろうよ。ではこれで依頼は終わったわ」
「ほう。お前も喧嘩を売るのか?」
 ゆっくりと両手剣の柄に手をかける大鬼。
 だが、ストームは、笑いながら一言。
「違うよバーカ!!」
 笑いながらストームは刀を収める。
「商人から荷物を奪った鬼を退治しに来たんだ。勝手に忘れていって、鬼の所為にする商人や勝手に喧嘩を売って帰る奴なんて知らねーよ」

──クッ…クックッ
 ストームの言葉に、笑い始める大鬼。
「お前は話がわかるな。我らを見て怯えるどころか、話をして笑っていられるなんてな」
「あんた達の何処が怖いか分からんわ。ティルナノーグやメナスに行ったら、もっと凄いの一杯いたわな」

──ピクッ
 そのストームの言葉に、大鬼の耳が動く。
「貴様、なぜ我らの故郷を知っている?」
「はぁ?」
 とりあえずは問い返してみる。
 まだ情報があるのかもしれない。
「我らの故郷メナスを知っているものがいたとはな。貴様は何処の国の者だ?」
 あー、そういう事か。
 ストームも此処でようやく全てを把握した。
 此処にいる鬼達はメナスからやって来たのだろう。
「俺はウィル大陸のサムソン辺境王国から来たんだ。メナスのメルキオーレとは友達でね。知っているか?」
 嬉しそうにウンウンと頷く大鬼。
「知っているとも。我らの使えし主人とは中立の立場であったがな」
「ほう。と言う事は、あんた達の主人も七使徒か。もしファウストなら済まんな、俺が殺した」
 その名前には聞き覚えが無かったようだ。
「我らの主人は『ハジュン』と言う。此方の世に来てからは会えなくなっているが、まあ、そのうち帰れるだろうと思っている」
 鬼達は魔族であるらしい。

 実体を保つ為に肉体を構成しているので、少量ではあるが人間のように食事を摂らなければならない。
 幸いなことに、この古城跡は魔障が濃い為、この地にいるのならば食事は不要らしい。

「さて、問題は、この誤解をどうやって解くかなんだよなぁ」
「この地の奴らは話も聞いてくれないぞ。この外見を見ただけで、すぐに逃げるか襲い掛かってくる」 
と腕を組んで頷く大鬼。
「そりゃそうだ。この地の人間にとっては鬼は悪だからな。人を襲って悪事を唆す。仏教があるとしたら、君たちは一方的に調伏される方だからな」
 そうなると、話し合いで何とかなるか難しい。
「まあ、何もしないよりはましか。商人が忘れて行った荷物って。まだあるのか?」
「我々には全く不要なものだから、そっちの影に放り込んであるわ。雨露に晒されないようにはしてあるが、半ば放置だからな」
 そこに案内して貰うと、まだ天井の残っている廃墟に大量の荷物が置いてある。
 商人や旅人の荷物、それと討伐に来た侍達の棄てていった武具が積まれていた。
「それじゃあ、俺はこれを近江の国の商人ギルドに届けてくる。そこで話をして見るが、あんまり期待はしないでくれ」
 荷物を次々と空間に放り込む。
 そして全てを放り込むと、ストームは絨毯を引っ張り出した。
「まあ、期待しないで待っているさ。俺たちは今まで通りに生きるだけだ……」
「そうだな。まあ、運が良かったら、此処にはもう商人は来ないよ。此処が安全と分かってやって来る奴もいるかもな」
 そう笑いながら鬼達に手を振ると、そのまま近江の国へと飛んで行った。


 ◯  ◯ ◯ ◯ ◯


 近江国。
 浅井長政によって統治されている、東山道最南端の地。
 琵琶湖と呼ばれる巨大湖を領地の中心にもち、水産資源と肥沃な山野によって反映した地である。
 隣国の朝倉家とは盟友の関係であり、浅井家は政略結婚によって織田家とは同盟関係にあるのだが、浅井と盟友であった朝倉家に対して織田家が宣戦布告を行い進軍を開始した。
 織田信長が浅井長政と交わした『朝倉への不戦の誓い』が破棄されたことにより、近江国の浅井家もまた、織田家と対立する事となった。

 そんなことはつゆ知らず、ストームは近江国の浅井群にある小田城下町へと辿り着いた。
 近江国では最も大きい街であるらしく、街道を行き交う人々で溢れかえっている。

──ヒュゥゥゥゥゥン
 と、街道を堂々と絨毯で飛んでいるのである。
 興味津々でストームを見るものが大勢いるのは仕方がない。
「これなら、馬か馬車の方がまだ人に見られないぶん楽だわ……と、あそこか」
 街の中心部に近い位置に、商人ギルドと冒険者ギルドはあった。
 まずは依頼の話でもあるので、冒険者ギルドの受付に向かうと、依頼書を提出する。
「これはお疲れ様でした。魔物討伐の依頼は完遂したのですか?」
 にこやかに問いかけて来る受付嬢。
「この依頼に書かれている『人々を襲い荷物を奪う鬼』はいなかったぞ。気の良い鬼はいたが、その姿に脅えて荷物を棄てて逃げたと言うのが真相らしい」
「……えーっと、つまり人を襲う鬼はいなかったけど。鬼はいたのですね?」
「ああ。外見は怖いが気の良い奴だった。と言うことで、荷物を引き渡したいのだが、それは此処で良いのか?」
「ちょっと待ってて下さいね。それは依頼が成立するのか難しいのですよ」

 ホワイ?
 why Japanese people
 その言葉に頭を捻る。

「それはどう言うことだ?」
「この土地の人にとっては鬼は悪で調伏する対象なのですよ。それを悪い鬼じゃないから大丈夫ですと説明しても無理ですよ」
「頭が固いなぁ……まあ分からなくもないか」
 ふと、子供の頃に読んだ『泣いた赤鬼』を思い出す。
 子供の頃の童話の如くで、鬼は悪役である。
「人の良い鬼だっているだろうがなぁ。例えば……」
 色々と考えたストームだが、この世界の人々には理解できないネタばかりが脳裏をよぎったので、そこで会話を止めてしまう。

「だが、依頼としては成立しているよな? まあ状況が状況なので報酬はいらないが、依頼人と話できないか?」
 そう受付嬢に問いかけると、話を聞いていたらしいギルドマスターがやってくる。
「話は聞かせてもらいました。此処の統括を行なっています菅野と申します」
 ギルドマスターが丁寧に頭を下げてきた。
「荷物は取り返してきた。これを返して話を終わらせることはできないか?」
「そうですねぇ。依頼としては成立していますので、依頼人に話をしに向かって見ますか。ストームさんも一緒に行きますか?」
 腕を組んで考えている菅野。
「そうだな。すぐに会えるのか?」
「そればっかりは、相手次第ですからねぇ。まあ、一度小田城まで向かいますか」
 ギルドマスターはカウンターから出て来ると、ストームと共に小田城へと向かった。


 ◯  ◯ ◯ ◯ ◯


 絨毯に二人乗りで一路小田城へとやってきたストームと菅野。
 城門前で絨毯から降りると、菅野は門番に挨拶をしていた。 

 「冒険者ギルドの菅野です。浅井様にお目通りをお願いしたい」
「ち、ちょっと待っていろ!!」
 門番の一人が慌てて城内に向かう。
 残った一人と菅野は他愛のない世間話をしているのだが、時折こちらをチラチラと見ている。
 どうやら絨毯の事を問われているらしい。
「ストームさん、その絨毯はどうやって手に入れたのですか?」
「ん?知り合いに作ってもらったが何か?」
 あっさりとした一言に、菅野自身が驚いている。
「ど、どう言う事ですか? 魔道具ですよね? この和国には魔道具は殆ど無いのですよ」
「そうなのか。まあ、あいつはなんでも作るから、あんまり気にしていないぞ」
「そそそ、それでは、頼めば望みの魔道具を作って頂けると?」
「それは無理だな。何と言っても、マチュアはかなり気まぐれで、自分の作った魔道具がどんな影響を与えるか考えているからな。儲けるためのものとそうで無いものの区別はしていると思うぞ」 
 そんな話をしていると、門番が一人の侍を伴って戻ってきた。
「これは佐倉様、お久し振りです」
 やってきた侍に菅野が頭を下げたので、ストームも習って頭を下げる。
「良い良い。では此方へどうぞ、今日の殿様は機嫌が良いからなぁ」
 そう笑いながら案内してくれる。
 やがてストームと菅野は、浅井長政の居る奥の間へと案内された。

‥‥‥
‥‥


 奥で座って居る細身の男性が、どうやら浅井長政らしい。
 端的に言うと細身の美形。
 均整整った顔つきと無駄のない締まった体型。
 一見すると穏やかな目をして居るが、室内に入ってきた菅野たちを見た時、やや強い視線に変わったのは気のせいではないだろう。

「面をあげて下さい。本日はどうしたのですか?」
 穏やかな口調で話を始める。
「以前から私のギルドに依頼されていた、古城の鬼退治の件で、ご報告に上がりました」
 菅野が事務的に話をすると、長政はやや前のめりになる。
「そうか、退治したのか?」
「いえ、この者が詳しく調査を行なったのですが、依頼内容と事実が異なっていたのでそれを報告に来ました」
 ほう。
 何か疑いの目で此方を見る長政。
「どう言う事だ?」
「依頼では、商人や旅人が襲われて荷物を奪われたと聞きました。ですが実際は、鬼の姿に驚いたり怯えたりして荷物を捨てたものばかりだそうです。この冒険者のストーム殿は、直接鬼と対話し、その事実を確認して来ました」
 丁寧に話をする菅野。
 長政は菅野の話を静かに聞くと、頬杖をを付きながら何かを考えている。
「そこの冒険者が鬼に丸め込まれた可能性はないのか?鬼は人を騙すと言うではないか?」
「それはありません。此方のストームは冒険者としてはBクラス、登録されている職業も和国には存在しない、世界に20人もいない先導者ヴァンガードです。彼を誑かせることができるのは、世界広しといえど賢者しかいないでしょう」
 いざ、自分の事を説明されると結構むず痒い。
 複雑な表情のストームだが、どうやら長政は納得してくれた雰囲気がある。

──バンッ!!
 と、突然横の襖が開かれると、壮年の男性が入ってくる。
 かなり細身の体軀なのは浅井家の遺伝なのかもしれないが、その相貌は長政と違いかなり威圧的な力がある。

「こ、これは久政様、ご無沙汰しております」
 菅野が慌てて平伏するが、ストームは敢えて無視。
「これは父上、何故この場に?」
「お前が冒険者風情に誑かされていると聞いてな。ストームとやら、どうして鬼を退治せぬのだ?あれの存在は此の世に害をなすぞ」

 一方的な物言いに、ストームはカチンと来たが、菅野の顔を立てるためにここは落ち着いて話をしようと堪えた。
「失礼ですが、貴方は鬼の何を知っているのですか? 彼らは人に害をなすことはありませんが」
「黙れ。あの様な悪鬼がわが近江国にいると考えるだけでもゾッとするわ、依頼は討伐であろう、早く首を持ってこい!!」

 落ち着いて話をしようと堪えた。
「お言葉ですが、久政殿は鬼と話をしたことがあるのですか?一度話をして見ると良いかと思われますが」
「ふん。話をしに向かったところで、逆に囚われたり殺されたりしたら叶わぬわ。やつらは仏教の教えでも悪者ではないか?その様な者を諭すなど考えられぬわ」

 話をしようと堪えた。
「仏教を持ってくるのなら、それは間違いです。彼らは地獄の亡者などではありません。私たちの住む世界と隣り合わせの世界の住人です。我々と同じく生きている存在です。今はこの世界に生きている、言わば友人の様な存在をひていするのですか?」
「ならばこそ、奴らは滅ぼさなくてはならぬわ。あの織田と同じ国のものなど、この国において置くわけには行かぬ。なんと穢らわしい。冒険者ギルドなどに依頼したのが間違いだわ!!長政、兵を出して奴らを滅ぼせ!!」

 堪えるのをやめた。
「ちょっと待てやこのくそ親父。人が丁寧に説明しているのに、自分の思い込みであーだこーだ言いやがって。どうして話し合うとか考えねーんだよ。そもそも長政の妻のお市の方だって織田家だろうが!!それでもやるって言うのか!!」
「その名前を出すな穢らわしい。あの女は所詮は政略の為の道具ではないか。その様な物を浅井家に招くこと自体が恥なのだ。長政はそれを理解していない。奴に、魔族に誑かされたのだ」

 あー。
 もういいか。
 チラッと横に座っている菅野を見ると、既に気絶しそうになっている。

「では、どうやら話が合わないのでこれで失礼します。もし、古城の鬼に手を出すのでば、それは私に喧嘩を売ると考えてください。その時は……」
「フン。その時はどうするのだ?」
「近江国が無くなると考えて結構です……」
 スッと立ち上がると、ストームは頭を下げるのとなく踵を返して退室する。
「だ。誰か、その狼藉者を斬れ、浅井に刃を剥いた其奴を斬れ!!」

──ドタタタタッ
 侍が次々と走ってくると、カチャッとストームに向かって構える。
「悪いが、今の俺はか~な~り怒っているんだな。加減はできないから、それでもいいなら掛かってこい」
 突然、空中から魔導ハリセンと取り出す。
 この辺り、まだ冷静であった。
「構わぬ、其奴は織田のものだ。斬れ、斬り捨てろ!!」
 久政の叫びで、その場にいた侍達が一斉にストームに襲いかかった。

‥‥‥
‥‥


――そして冒険者ギルド
「あああああ。ストームさん、なんて事をしてくれたんだぁ」
 冒険者ギルドに無事に戻って来たストームは、そのまま奥にあるギルドマスターの執務室に案内されていた。
 室内では、ストームと一緒に戻って来た菅野が頭を抱えている。
 浅井久政の手下の侍全てを、ストームはたった一人で殲滅したのである。
「まあまあ。誰も殺していませんよ。そもそも俺は人殺しなんてやりたくないので」
 そう笑いながら話すストーム。
「それじゃあ、俺は古城に戻らせて貰うわ。あの剣幕だと、鬼討伐に向かうかもしれないからなぁ」
「古城に向かうって、まさか……」
 菅野の、顔色がサーッと青くなる。
「浅井家相手の、天下一番の大喧嘩だよ」
 そう話して、ストームは冒険者ギルドを後にした。

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