異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第四部 和国漫遊記

和国の章・その参 トビウオの開きと刀鍛冶

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 日向国・国分。
 11代・伊東忠佐が治める国。
 西海道の南東に位置し、北方に肥後、西方に大隅がある。
 日向国の東方は瀬戸内と豊後水道と呼ばれる豊富な水産資源に恵まれた海と面している。
 この国分の東からは貿易船が出ており、潮流の激しい瀬戸内を越えて摂津の国へと向かうことができる。

 大隅を出発して暫くは、長閑な旅が続いていた。
 大隅と日向の間の国境にある関所も、普通の人々なら通行手形を発行してもらわなければ通ることが出来ないのだが、冒険者もしくは商人ギルドのカードがあれば手数料二分金で通ることができた。


「しっかし、ギルドカードってかなり便利だよなぁ」
「ほう。貴方は外国の方でしたか」
 関所を超えた先の宿場町で、ストームはのんびりと団子を食べていた。
 すると近くに座っていた50代ほどの商人がストームに興味を持ったらしく、隣の席に移って来て話しかけてきた。
 和国の商人らしく着物とズボンを身に着けていて、商売物が納められているらしい背負子を降ろしながら、笑顔でストームに話しかけていた。

「ええ。商人でして。刀鍛冶をやりながら、こうやって旅をして歩いていまして」
 とバックパックをパンパンと叩く。
「それは素晴らしいですなぁ。武具ならば山城や丹波、越後などに持っていくと高く買い取ってもらえますよ。彼方は合戦で良質な武具を求めていますから」

――ズズズッ
 商人が隣で茶を啜りながら説明してくれた。
「これは丁寧にありがとうございます。貴方も商人ですか?」
「ええ。私は薬売りでして。これから摂津まで戻るのですよ」
「それは長旅ですなぁ」
「いやいや、お互い大変ですなぁ」
 そんな他愛のない会話を楽しむ。
 これぞ旅の醍醐味。
「摂津までは此処からどれぐらいかかりますか? 俺は武蔵国まで向かいたいのだけれど」
「そうですなぁ。此処からですと豊後から豊前、海を越えて長門へ。其処からは山陽道から畿内に入り、東海道を抜けると宜しいかと」
 商人がゆっくりと説明してくれるが、ストームの知っている地名と何処まで一致しているのかぎ疑問である。
「成る程。海路はないのですか?」
「豊後で西廻船に乗れば真っ直ぐに摂津ですよ。其処からは尾張へ抜けて武蔵までの海路が続きますが、商人が荷物を運ぶ船に便乗するので高くつきますよ」

――ふむふむ
 流石は地元の商人。
 旅についてはかなり詳しいと思われたので、ストームはバックパックから羊皮紙と羽根ペンを取り出すと、商人に頼み込む。
「誠に申し訳ない。簡単でも構わないので地図を描いていただけないか?」
「はぁ。私もそれほど地理に詳しくないのですが、まあよござんしょ」

――サラサリサラァァァ
 と軽く書き上げる。
 完成した地図を見ると、そこにはストームの知っている日本とは違う地図が書き込まれていた。
「成る程。日本じゃない」
「はぁ。日本と言うのが何処か分かりませんか、大体こんな感じですな」

 まず、四国にあたる部分が小さく瀬戸内海が大きい。
 九州に当たる部分はかなり巨大で南北に長い。
 関東は複雑に入り組んでおり、ちょうど福島県と新潟県の真ん中あたりで真っ二つに分かれ、其処に海峡がある。
 そして何となくわかったのが、和の国の大きさは日本の国土の四倍程度であるらしいこと。
 大隅から日向に歩いた距離を目測で計算すると、概ねそのような数字がはじき出された。

「ははぁ。これは西廻船に便乗だなぁ」
「急ぐならそれが早いですよ。それか、南蛮船と言うのもありますが。これはいつ来るか分からないのでねぇ」
 団子のお代わりを食べながら、独り言のように話している。
「南蛮船?」
「ええ。 異国グラシェード大陸からくる貿易船ですよ。いつ来るか分かりませんし、あれを待つぐらいなら武蔵に向かったほうがいいですよ」
 そのように一通り教えてもらうと、商人は腰を上げて背負子を背負う。
「では、貴方の旅にも神の加護がありますように」
「ええ。それでは良い旅を」
 ペコッと頭を下げて街道を進んで行く商人を見送ると、ストームはいつの間にか皿が空になっているのに気がついた。
「さて、済まないが茶をもう一杯頼む。団子も二皿な」
「はい。少々お待ちください」
 茶と団子を持ってきてもらうと、ストームは今暫くのんびりと団子を楽しんでいた。

――フゥ
 一息ついたので、ストームも先に進むために立ち上がる。
「お勘定お願い」
「はい。二人ぶんですよね?‥‥です」
「はあ? あー、まあ団子とお茶だけか。まあいいや、色々聞けたからな‥‥」
 二人ぶんの支払いを終えて、再び街道を進む。
 国分を抜けて海岸線を豊後へと向かう途中、日が暮れはじめたので宿場町で取り敢えず一泊する事になった。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 西海道を走る主街道の宿場町とあって、そこそこに人の姿はあった。
 彼方此方の宿では客引きが声をかけて来る。
 適当な所に決めようと思ったが、ここの宿場町にはギルド御用達の看板を掛けている宿は2件しかない。
 しかもどちらも満員とあって、ストームは止むを得ず普通の宿に泊まることにした。

――スッ
 と暖簾をくぐると、着物姿の女性ご笑顔で迎えてくれる。
「ようこそかがり屋へ、冒険者さん。泊まりですか?」
「あ、ああ。どうして冒険者と?」
 いきなり正体を当てられたので、ちょっとドギマギする。
「背負子や小物篭に合羽笠ならいざ知らず、着物に笠、脇差し姿で肩掛けバックパックは不似合いですわよ」 
 あら。
 そう考えると確かに。
「一晩頼む。飯つきで幾らだ?」
「四匁銀で。裏手に風呂も沸かしてありますのでごゆっくり」
 と代金を懐から取り出して渡すと、そのまま部屋に案内してもらう。
 窓の外は街道筋、まだ日が暮れて間もないせいか、大勢の人が行き交っている。
「そろそろ楽をしたい所だなぁ。絨毯なんて出したら驚かれるだろうし。馬でも買うかなぁ‥‥」
 そんな事を考えつつ、着替えて荷物を仕舞い込むと風呂に入る。
 相変わらず混浴のため目のやり場に困るが、とっとと汗を流してゆっくりと浸かることにした。

――ファォァォァッ
 思わず声が出るが知ったことではない。
 体の芯まで温まると、体を洗ってとっとと上がることにする。
 そして部屋に向かうと、仲居が直ぐに晩飯を運んできてくれた。
「ではごゆっくり。食後の膳は廊下に出していただいて結構ですよ」
「はい。では早速頂くとしましょう」
 そう告げて食事を始めると、仲居も部屋から出て行った。


 程よい味噌汁の香り。
 具は地元のワカメであろう、鮮やかな緑の具が泳いでいる。

――ズズッ
 とまずは一口。
「ふはぁ。ワカメがしっかりとした味がする。養殖じゃあこうはいかないよなあ。味噌も混ざりっけのない大豆の味がする。こうでなくてはなぁ」
 まずは汁物で喉を潤すと、次は隣にある香の物だ。
 沢庵が4切れ置かれている。
 そのうちの一枚を口に運ぶ。

――ボリッ
 心地よい歯ざわりと音がする。
 着色料で着けられた鮮やかな色ではなく自然の沢庵色。
 鼈甲色とでも形容していいのかも知れない。
 ちょっと強めの塩で味付けされているが、直ぐに米を口に運ぶと、コメの甘さと合わさって二つの旨味が口全体に広がる。
 もう、無言で食事を堪能する。

「では、いよいよメインとしますか‥‥アジではないホッケでもない?」
 皿に盛り込まれた魚の開きを炙ったもの。
 北海道と大阪に住んだことのあるストームでも見たことがない。

――ヒョイッ
 と箸でつまんでひっくり返すと、大きな胸ビレが尻尾まで伸びている。
「トビウオか?」
 干物を元に戻すと、ゆっくりと中骨を外す。
 丁寧に炙られた干物の中骨に薄っすらと身が付いているのを、ストームはしゃぶる様に齧り付く。

――ムシャッ
 干す事によって凝縮したトビウオの旨味が、口の中で解けていく。
 塩加減も程よく、身をほぐして口に入れ、直ぐに米を頬張る。
 身に染み付いた炭の香りが鼻から抜ける。
 気がつくと、すでに飲み込んでしまったらしく、すぐに米とトビウオを口に運ぶ。
 箸休めの沢庵、喉を潤す味噌汁。
 誰もが絶妙な味加減で、お互いを引き立てている。

――コンッ
 横にあったお櫃からお代わりを盛り付けようとしたが、既に空っぽであった。
「‥‥これは参ったな。もう少し食べたいがどうしょうか‥‥いや、我慢だ。明日の朝御飯も楽しみにしよう」
 と膳を下げて部屋で転がっていると、やがて静かに眠ってしまった。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ 


 朝一で食事を取り、別料金でおむすびを握ってもらうと、ストームは早々に宿を離れた。
 明日の夜には豊後に到着する、そこからは船に乗って直ぐである。
「駄目だなぁ。米と味噌汁飲むとウィルに帰りたくなくなるわ‥‥」
 そんな事を呟きながら、町の外れまで歩いていた時。

――カァァォン、カァァァォン
 と槌を振るう音が聞こえる。
「ほほう。いい音が響いているなぁ‥‥何処からだ?」
 キョロキョロと周囲を見渡す。
 すると、少し先の家から音が聞こえてきたのに気がついた。
 道中でもあるので、ストームは家の近くまで向かうと、外から声をかけて見た。
「ちょっと済まない。旅の鍛治師だが、もし良かったら仕事を見せて貰えるか?」

――ガラッ
 と勢い良く扉が開くと、作務衣の様な服を着た女性が立っている。
「旅の鍛治師とは珍しいねぇ。良いよ、入りなよ」
 笑いながら話しかけてくれた。
 まさか女性の鍛治師が顔を出すとは思っていなかったらしく、ストームも面を食らった様な顔をしている。
「あ、はい。では失礼して‥‥」
「まさか女性が鍛治師やっているとは思わなかったろう?」
 そのまま土間の横にある鍛冶場に案内してもらう。
 そこには今しがた打ち終えた刀が置いてある。

「これは、いい刀ですね‥‥国重?いや、それとは違う流れですね…」
 つい自分の知識から名前が出る。
「あっはっは。うちの名前は大月涼おおつき・りょうさ。だから大月流というところかな。本家は備中だけどね、分家は肩身が狭くて、こっちに移ったのさ。親父やお袋は流行病で亡くなったので、いまは私が此処を守ってるってところかな?」
「そうか、それは失礼した」
「良いよ。で、あんたの名前は?」
「あー、本当に失礼した。ストームという。ウィルからこっちにやって来たんだ。いまは武蔵国に戻って、其処から船で帰る所だな」
 丁寧に頭を下げるストーム。
「いやいや、それは大変だなあ。で、あんたの打った刀はあるのかい? ウィルという事はロングソードとかかな?」
 そう大月が問いかけるので、腰に差していた刀を手渡す。
「銘は耶麻宜次やまぎし。渾身の一振りと言うほどではないが、自慢の刀だ」

――スラーッ
 と鞘から抜いて刀身を見る大月。
「玉鋼じゃないね? 隕鉄?」
「魔法の金属だな」
「あー、白銀鉱かー。話には聞いたことあるけど、これで渾身の一振りじゃないと言うのは凄いなぁ」 

――チン
 静かに鞘に収めると、耶麻宜次やまぎしを戻す。
「まあ、こう言う金属だか、取り扱い出来るか?」
 そう告げながら、バックパックからミスリルのインゴットを取り出してみせる。
「へぇ。試して見たいけど、これは高いんだろう?」
「いい鍛冶場を見せてもらった御礼ですよ。どうぞご自由に」
「そうかい?それじゃあ」
 素早くミスリルを炉に放り込むと、勢いよく焔を舞い上がらせる。
「こ、これはきついなぁ。限界温度でようやくかぁ」
 素早く炉から融解を始めた白銀鉱を取り出すと槌を振るう。

――ガァン、ギィィィン
 鈍い音が響く。
 少しずつだか、形にはなり始めた。
 そしてどうにか刀の形を作った頃には、どっぷりと日が暮れている。
「ドワーフの火炉を使わずに此処まで仕上げるだと?」
 その作業工程を見て、ストームは驚愕した。
 魔法炉の火力でなくてはミスリルを鍛える事はできない。
 が、大月は普通の炉で魔法炉並みの火力を出したのである。
「本物の刀鍛冶は凄いなぁ…。」
 そう呟く頃には、焼き入れまで終わらせていた。

――ジュワァァァァォッ
「まあ、明日には研ぎまで持って行って完成だろうな。いゃあ、いいもの使わせて貰ったわ」
 実に満足そうな表情をする大月。
 額から流れる汗を手ぬぐいで拭うと、ニイッと笑っていた。
「あ、明日も仕事を見せて貰っていいか?」
「構わないよ。朝一で来なよ。宿は街かな?」
「ああ。ではまた明日寄らせてもらうよ」
 丁寧に挨拶すると、ストームは急ぎ街まで戻って宿を取ることにした。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 翌朝。
 朝食を取って急ぎ大月の元へと向かう。
 刀鍛冶の研ぎが見れると言うことで、何時もより足が速い。

――ガチャ
「では、宜しくお願いしますよ」
 丁度ストームが到着した時、大月の家から身なりの良い男性が出て来た。
「おや、来客ですか。これはどうも」
 男性はストームにも頭を下げると、街道で待たせていたらしい駕籠に乗って街道を戻って行った。
「商人にしては身振りが良いなぁ。大名?」
 そんな事を呟きながら、扉を叩く。

――ドンドン
「どなただーい?」
「ストームです。研ぎを見に来ました」
 ガラッと扉が開かれると、作務衣の大月が立っていた。
「丁度良かったな。さっきまで来客でなぁ。全くめんどうくさいったらありゃしないよ」
「へぇ、何かあったのですか?」
「納品の期日が早まったのさ。そんなのはいつもの事だから、あまり気にならないけれどな」
 砥ぎ場に座ると、昨日打ち上げたミスリルの刀を静かに砥ぎ始める。

――シャァァァァァッ
 小気味良い音が響く。
 だが、普通の砥石では満足に研ぐことが出来ない。
「これ、使いますか? 白銀鉱の刀は普通の砥石では研げないのですよ」
「そう言うことか。道理で引っかかるはずだよな」
 ストームから受け取った砥石を水につける。
 砥石が水を含むまで時間があったので、今度はストームが鍛冶場を借りることにした。

――キィィィィイン
 何時ものような高音が鳴り響く。
 そのストームの作業をまじまじと見ている大月。
 やがて打ち終わり焼き入れが終わると、大月は静かに拍手していた。
「たいした腕だよ。大業物を作れるだけの腕は持っているねぇ」
「いえいえ、そんな事はないですよ。と、そろそろ大月さんの研ぎではないですか?」

――ポン
 と手を叩くと、大月は砥ぎ場へと向かう。
 表情がキッと締まり、静かに砥ぎを始める。

 やがて二時間ほどで砥ぎは終了し、丁寧に拭き上げられた刀身を大月はじっと眺める。
「白銀鉱の刀かぁ。これほどのものとはな‥‥」

 本来ならば砥ぎの前に彫師によって彫刻を施し、鞘師が刀に合わせた鞘を作る。
 砥ぎは最後の工程なのだが、ストームは全て自分でやってしまうので手順がバラバラであった。
 だが、大月は刀鍛冶であり、砥ぎは砥ぎ師の領分と弁えている。
 もっとも、初めて触れた白銀鉱で舞い上がってしまい、砥ぎまでやってしまったようで。

「明日には鞘師が取りに来るから、引き渡しておしまいだな。いや、良いものを作らせてもらった。感謝するよ」
 丁寧に頭を下げる大月。
「いや、こちらこそ。大変良いものを見させてもらった。またこちらに来る時は、寄らせて貰うとするよ」
 そう頭を下げるストームだが。
 ふと、大月が悲しそうな顔をしたのを見逃さなかった。
「そうだなぁ。うん、そうだよなぁ。やっぱり刀鍛冶ば楽しいよなぁ」
「何かあったのか? 良かったら力になるぞ」
 ニィッと歯をむき出しにして笑うストーム。

――ドカッ
 大月は土間に腰掛けると、ゆっくりと話を始めた。
「もうすぐ北のほうで戦があるんだ。大友と龍造寺が今川で合戦をするという噂があってね。朝の来客は大友の家臣さ」
「武具を作れと?」
「ああ。国分の殿様の推挙があってね。本当なら今朝までに200本打ち終わってないとならないんだが、まだ20しか完成してないんだ。足りない分は今山で打てと言われたけど、世間では大友の負け戦って言われているから。多分、北に向かったらもう帰ってこれないだろうな‥‥」
 ふと、ストームは考える。

(マチュアじゃないが‥‥俺の記憶から‥‥大友と龍造寺の戦の記憶は‥‥あれか?)

 1570年、九州で起きた今山の合戦。
 豊後を統治する大友宗麟軍と、肥前の大名である龍造寺隆信軍との戦いがあったのはこの年。
 場所もある程度一致する。

「朝、此処に来た大友の家臣、大友の誰だった?」
「いきなりだなぁ。大友親貞様だよ。私も親貞様の陣に迎えって‥‥」

 もしストームの記憶が正しければ、そしてこの世界の歴史がその通りに流れるならば。
 大友親貞は、自陣を朝討ちされて殺される。
 当然ながら、大友親貞の配下も全滅である。

「刀があと180。時間はない‥‥そんなの魔法でもなければ‥‥魔法?」
 ふと、ストームは妙案を考える。
 外に飛び出して空を見上げると、今日は雲一つない良い天気である。
「賭けてみるか。大月、ちょっと妙案がある。要は200本揃えば、あんたは向かわなくて良いんだな?」
 外に飛び出したストームを追いかけて出て来た大月が頷く。
「あ、ああ。だけど無理だよ」
「なら、もし無理が通ったらどうする?」
「そんときゃ、あんたの好きにしなよ、どの道、戦さ場に連れていかれて死ぬ運命だ。残った命はあんたにくれてやるさ」
 よし。
「話はついたな。マチュア。聞こえるか?」

――ピッピッ
『はあ。今長閑なランチタイムなう。命の危機かい?』
「そんな筈あるか。俺を誰と思っている?」
『漂流王』
「そのあだ名つけたのはシルヴィーだろ。あいつ今度正座だ。兎に角急を要する。転移してこい」
『あんた馬鹿か?死ねと?』
「座標は分かるのだろう?それで転移できるのなら飛んでこい」
『そこに大きな障害物あったら私死ぬんですけれど』
「大丈夫だ。座標は俺のいるところ、高度5000mで来い」
『あ――ー、そっか。その手があったか。落ちたら死ぬけどな。今行くわ』
――ピッピッ

「す、ストーム殿。一体誰と話をしているんだ?」
「ああ。世界最強の大賢者だ」

――キィィィィィン
 やがて、上空からマチュアが箒に乗って降りてくる。
「ストーム、あんた天才だよ。高度を上に取るのは考えていなかったわ」
 突然空から降りて来た魔法使いに、大月は腰を抜かしそうになる。
「ま、魔法使いだ。異国の冒険者にはいるとは聞いてたけれど、本物の魔法使いだ‥‥」
 ゆっくりと立ち上がると、大月がパンパンと埃を落としてマチュアに向かう。
「は、初めまして。刀鍛冶の大月です」
「カナン魔導王国の賢者マチュアでっす。で、ストームの彼女?」
「いやいや。色々とあって困った事になったんだけれど、ストーム殿が大丈夫だと言うので‥‥」
 彼女説を否定しつつ、状況を説明する大月。
「そこでだ。マチュア、『複写』の魔法で同じもの大量に作れるだろう?」
「あれは魔法的に外見を写すだけだから。それに大体七日で消えるけど?」
「ま、真面目に?」
 と動揺するストーム。
「真面目に。そんなの納品したら消えた後でイチャモンつけられるよ」
 その言葉に頭を抱えるストーム。これは予想外であった。
「何か方法はないか?」
 そう懇願するストームに、マチュアは久しぶりの悪い笑顔。
「アダマンタイトとミスリルのインゴットくれ。代わりにシチューやら色々なものやるから」

――ドカドカッ
 ならばと大量のミスリルとアダマンタイトを出すストーム。
「これでいいか?」
「おっけ。そんじゃあ、そのお嬢さんの刀を一本貸して?」
 そう大月に話すと、大月も頷いて家から一振りの刀を持って来た。
「私が作る中では結構出来のいい刀だ。業物の鑑定はつけられている」
「宜しい。では早速、深淵の書庫アーカイブ起動。と。量産化の魔法陣をセットして‥‥ストーム、鉄のインゴットを、大量に魔法陣の中に置いてくれるかな」
「あ、ああ。何だこれは?」
 ドカドカッとインゴットを放り込む。
 やがて魔法陣が輝くと、インゴットが溶けて刀の形を成し始めた。
「完成まで一時間か。まあ、一時間後には200本完成するから待ってな。それまで私は遊びに行ってくる」
 と箒に乗ってマチュアは何処かに遊びに行った。

――ピューン
 その場に残って、魔法陣をじっと見ていた大月は心配そうな顔をしていたが、ストームは安心してトレーニングを始めていた。
「な、なあ、本当に大丈夫なのか?」
「ん?マチュアが大丈夫って言っていたから大丈夫だな。もう安心して良いぞ」
 そう、あっけらかんと話す。
 その様子に笑いながら
「ストーム、あんたあの子に惚れているのか。だから‥‥」

――スパァァァァァン
 ストームは、力いっぱいハリセンで大月の頭を叩く。
「天地がひっくり返ってもない。あいつが男を好きになることも、俺があいつを女として見ることもない。天地神明に賭けてだ」
 全力で否定する。
 それはもう鬼気迫る形相で。
「そ、そうなのか?」
「あいつは男には全く興味がない。寧ろ生粋の女好きだからな」
 その言葉に、後退りながら大月も自分の体を抱きしめる。
「そ、それは勘弁だ。私もそのような趣味はないぞ」
 ワッハッハと大笑いしながら、ストーム達は魔法陣の中の作業が終わるのをじっと待っていた。

――そして
 静かに魔法陣が消滅する。
 宿場街で仕入れをして来たマチュアは、魔法陣の中にあるオリジナルの刀を大月に戻した。
「はいありがとうさん。で、これが全て、その刀を量産したものさ。確認しておくれ」
 輝きが消失した魔法陣の中には、完成したばかりの刀が大量に並んでいる。
「‥‥とうとう魔法による産業革命まで起こしたのかよ」
「しないよ。各種ギルドが潰れるわ。自分の作った魔道具だけだよ、これで量産したのは」
 そんなマュアとストームの会話を他所に、大月は一つ一つの刀を吟味する。
「し、信じられない。これが魔法なの?」

――ドヤァ
 と言う顔で大月を見ると、マチュアはストームに向き直す。
「このバックやるから。20ボックスの空間拡張型で、中に同じバックが5つ入っている。その他には、空とぶ絨毯を数枚と、魔法の箒も数本、魔導ハリセンもついでに何本か。それと各種魔道具が入れてあるから、適当な交渉材料にしておくれ」
 空間から出したバックをストームに手渡す。
「メインのシチューは?」
「一緒に入っているから安心しろ。では、またな」
「応、ありがとうよ」

――ヒュンッ
 そう告げると、マチュアはスッとカナン魔導王国に転移した。

「あとは、いつ来るんだ?」
「荷物をまとめて夕方に迎えに来るって」
「なら、それまでに箱に詰めておくか。納品までは付き合うよ」 
 そのまま作業を開始するストーム。
 そうこうしているうちに、夕方になった。


――ドンドン
「大月殿、迎えに参った。荷物はその荷車に乗せて下さらぬか?」
 扉の外から使いの声がする。
 大月は扉を開くと、使いの者に頭を下げると、丁寧に話し始める。
「大友親貞様に納品する刀、合計200振り。此方に用意しました。御笑納下さい」
 丁寧に頭を下げると、土間に置いてある箱を指し示す。
 それには使者も驚いたらしく、急いで箱を開くと一つ一つを手に取り確認した。
「ば、馬鹿な。信じられん。どのようにして、この僅かの時間に?神業でもない限り不可能だぞ」
「僭越ながら。此方の異国の鍛治師ストーム殿と、彼の友人の助力を仰ぎました。が、全て本物です」

――カタッ
 と木箱の蓋をすると、使者が大月に向かって頭を下げる。
「確かに確認した。大儀であった、これで大友はこの戦に勝つことができるだろう‥‥では急ぐ故、代金はこれで」
 待機していた人足に荷車から包みをいくつか持ってこさせると、それを大月に手渡す。
「刀200振りの代金300両、確かに手渡した。皆の者、急ぎこれらを積み込め」
 その指示と同時に人足が走って大月の家から木箱を運び出すと、それを荷車に積み込む。
 そして一礼をして、使者は豊後に向かって走り出した。

「さてと。それじゃあ先に向かいますか。大月に用事ができたら、また此処に来るからな。それじゃあな」
 と、外に出て大月に告げる。
「その程度で良いのか? この命はストーム殿に助けてもらったものだ。ついて来いと言われれば何処にでもついていくぞ」
「まあ、一度国に戻ってから迎えに来るよ。大月には、うちの国で刀鍛冶をやって貰いたいから。それまでは此処で腕を磨いてくれ」
 そう話をして、ストームは街道に向かって歩く。
「分かった。私は、ストームが迎えに来るまでここで待ってるよ」
 大月は笑いながら見送ってくれた。

 豊後からは西回船で摂津へ。
 そここら武蔵国に向かい、約一年の航路を経てウィルに帰る。

「まだまだ帰るには時間が‥‥あ――――っ!!」
 突然大声で叫ぶストーム。
 マチュアが此処まで来れると言うことは、普通に帰れると言うことである。
「転移で迎えに来て貰えばすぐじゃ‥‥」
 慌てて念話の使えるイヤリングに手を当てるが、すっと手を離す。
「まぁ、いいか。まぁ暫くは旅でもするか。これもいい経験だからな」
 ストームは笑いながら再び歩き始めた。
 次の目的地までは、まだ随分と先である。


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