異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第三部 カナン魔導王国の光と影

カナンの章・その15 北の大地を試しに行く

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 カナン魔導王国。
 ジャスクードの件が終わって数週間。
 相変わらず、カナンは平和であった。
 元々この都市自体、争いなども少ないのんびりとした都市であり、マチュアに取ってもまったりとした時間が過ごせる場所であった。
 鎧騎士パンッァーナイトはカナンでも流通している。
 いまはバージョン2を作るために、様々なギミックを考えたり、試作型を作って遊んでいた。
 馴染み亭のいつもの席でやっているものだから、口の悪い冒険者などが冷やかして来るが、そんな事は気にせずのんびりとしていた。

 そう、のんびりとしたかったのに。

――ドタタタタッ
 と二階からシルヴィーが駆け下りて来る。

「マチュア、頼みがあって来た。妾の専用の鎧騎士パンッァーナイトの装備を作ってたもれ」
 突然、何を言いますかこの女王は。
 何処でそれを手に入れたと言いたい。
「シルヴィー、あんたもうすぐ17歳になるでしょうが、何をオモチャで遊んでますか?」
「マチュアは知らぬのか?  サムソンから来た商人が持って来たのぢゃ。鎧騎士パンッァーナイトという子供のおもちゃなのじゃが、これがまた楽しくてのう」
 あ、この人、メイドインマチュアな事に気がついていない。
「貴族は一人一個しか買えぬし、クジみたいになっているから何が当たるかわからぬのぢゃ。侍女達と戦っても、妾だけが勝てぬのぢゃ」
 そんなに泣きそうな表情をしなくても。
 やれやれと言う感じて、マチュアは素直に話を聞くことにした。
「はあ、それ見せてくれますか?」

――ゴソゴソ
「これぢゃ。街で遊んでいる子供達にきいたら、これはグスタフという力自慢の鎧騎士パンッァーナイトだそうぢゃが、使い方が難しいのぢゃ」

――プッ
 よりによってグスタフ。
 超重量級、近接格闘型。回避を捨てて威力に特化したタイプであり、しかもシルヴィーの持ってきたものはステータスバランスも威力に特化してしまっている。

「グスタフかぁ。うちのファイズも同じの持ってましたよ」
「商人に聞いても出所不明と言っておったので、止むを得ずマチュアのところに来たのぢゃ、なんとかしてたもれ」
「商人って、アルバート商会でしょ? カレンじゃなく、とーちゃんの方の」
「うむ。どうしてそれを‥‥マチュア、このテーブルの上のは、鎧騎士パンッァーナイトなのか?」
 テーブルに並べてある3体の試作型鎧騎士パンッァーナイトを手に取って、しげしげと見始めるシルヴィー。
 今彼女の目の前にあるのは、シルヴィーが見たことないタイプばかりである。
「はいはい。足の裏にうちの国章はいっているでしょ。鎧騎士パンッァーナイトはカナン魔導王国の魔導商会とアルバート商会の商品なのよ」
「これは?」
「頼まれて作った次回作の試作型。これを知っているのは、うちの近所の子供達だけ。ここで使っているの見られたから、私が作っているのはバレて‥‥」

――ニマァァァァァァッ
 と、シルヴィーがご機嫌な笑みを浮かべる。
 すでに時遅しというところであろう。
「マチュアや、幻影騎士団の貸し出しの料金はまだ貰っていなかったのう?」
「シルヴィーの欲しい魔導器をなんでも10個でしょ?今度伺いますから」
「この試作機を貰って良いか?」
「あのねぇ。これはシルヴィーでも扱いが難しいよ。子供向けじゃなくて、私が実験用に使った奴だから」
 と苦笑いするマチュア。
「なら、これ一体ですべて帳消しぢゃ。どうかのう?」

――ウ~~ム
 腕を組んで考える。
「まあ、そこまで言うのなら。はい、使い方はね‥‥」
 と一通り説明すると、シルヴィーは満足したのか、すぐさまベルナーへと帰っていった。
「相変わらず台風みたいな女王だなぁ。まあ、あれを使いこなす前にまた子供達にフルボッコにされるのがオチだろうなぁ。あれ可変型なんだよなぁ‥‥教えてないけど」
 とまったりとしていた。

 翌日、ジャスクードから一通の書簡が届けられた。
 一ヶ月後に、北方大陸に向かう船が到着すると。
 それに乗れるように手配はしてあるが、船代がそこそこ高いので、それは自費でお願いしたいとのことだった。
「方角も定まらず海図もない海を飛んでいくよりはマシだぁ。と、海路で一ヶ月か、まあ良いでしょう」

――フムフム
 真っ直ぐに向かうのではなく、途中あちこちの港を経由するらしい。
 ならばと、マチュアはしばらくの間、馴染み亭の厨房に篭る。
 最低二ヶ月分の食料を作り、鎧騎士パンッァーナイトの量産と、今までに作った魔道具の量産、一部を魔導商会とアルバート商会に納品する。
 そのあとは王城でクィーンや施政官と打ち合わせを行い、万が一用にファイズとゼクスは王城勤務に切り替える。

「まあ、ツヴァイがえればなんとかなるでしょ?」
『一人でもなんとかしている癖に、どの口が言いやがりますか?』
 とボケツッコミを楽しみつつ、一通りの準備を終えるといつものように港町まで転移した。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 相変わらずの、転移による移動時間の短縮。
 こればかりに頼ると体が鈍るので、緊急時以外にはあまり使わないようにしている。
 転移先の小高い丘から見下ろすと、目的地である港町が見えていた。
「ほうほう‥‥いい眺めだ事」
 と呟くと、いつもの商人モードに着替える。
 背中にはバックパックを背負い、小綺麗なチュニックとズボンという出で立ちである。
 そしてバックから絨毯を引っ張り出すと、素早く飛び乗ってジャスクード商会へと向かった。

 いつになく忙しそうな建物の中に入ると、受付で名前を出す。
「カナン魔導王国から来ました馴染み亭のマチュアと申します。ジャスクード男爵にお会いしたいのですが」
 商人ギルドのカードを提出すると、受付はそれを確認してマチュアを男爵の執務室へと案内する。

――ガチャッ
 と扉を開き中に入ると、既に来客が居たらしく対応しているジャスクード男爵の姿があった。
「おお、長旅お疲れ様です。ちょうど良かった、此方は例の話にあった船の船長です」
 と紹介してくれると、船長はスッと立ち上がってマチュアに近づいて頭を下げる。

 年齢的にはまだ30半ばだろう。
 褐色のロングコートを身に着けて、腰にはサーベルを携えている。
 真っ白な髪を後ろでまとめて縛っているという、船乗りにしてはワイルドな格好である。

「初めまして。バーンと申します。貴方が北方に向かいたいと言う商人ですか?」
「はい。カナンのマチュアと申します。酒場を経営していますが、最近は魔道具が手に入りやすくなったので。それらも販売しています」
「ああ、カナンは新しいミナセ女王になってから魔道具に力を注いでいるようですからねぇ。あちらの大陸は魔道具が大変少なく、希少なので気をつけてくださいね」
 と忠告してくれる。
 マチュアの第一印象は、それほど悪くはない。
「ご忠告ありがとうございます。で、船代ですが、おいくら万円‥‥おいくらでしょうか?」
 思わず昔の癖が出るか、バーンは冷静に一言。
「ご承知の通り、ウィル大陸は北方との交易路を持っていません。ですので少々割高になるのですが?」
「具体的には?」

――ゴクッ
 と息を飲む。
「金貨で300枚。一枚足りともまかりませんよ?」
 と話をしている最中に、背中のバックパックから白金貨を四枚取り出す。
「はい。ではお願いしますね? 一枚分多めのサービスを期待して居ます」
 商人同士なら、ここで腹の探り合いとなるが、そんなことをせずにポン、と一括で払う。
 しかも割り増しで支払うことで、快適な旅を頼むのである。
 だが、バーンはまさか交渉もなく一括で払われるとは思っていなかったのであろう。
 突然目の前に置かれた白金貨とマチュアを交互に目で追う。
「こ、これは。誠にありがとうございます。出港は3日後の深夜となりますので、日が暮れたら港まで来てください。迎えのものが居ますので、あとは彼らの指示に従ってください」
 と恭しく頭を下げるバーン。
「それでは、当日伺いますので。ジャスクード男爵もありがとうございました」
 と丁寧に頭を下げると、マチュアは執務室を後にした。

「さて、今回は色々とお世話になりました」
 ジャスクードもバーンに丁寧に礼を言うが、バーンはあまり気にしては居ない。
「こちらも商売だ。気にする必要はない。男爵にはこの港での交易許可証も発行してもらったからな」
「私は、真っ直ぐに生きている方が好きなのですよ。貴方が危険を犯してまで北方と商売をしている理由もわかって居ますから、今回の件も不問としますよ」
 机の上で手を組みながら、ジャスクードがにこやかに告げる。
「そうだな。あんたは陽の当たるところで頑張りなよ。俺には日陰が丁度なんでね」
 バーンも早を後にして、足早に波止場へと向かった。


――そして
 約束の日。
 日が降りるのを待って、マチュアはジャスクード商会へとやってくる。
 まだ営業中なのか、建物の入り口は開け放たれたままになっている。
 建物の外から眺めていると、荷下ろしの水夫や商人が忙しそうに出入りしていた。
 その横に二人の水夫が立っているのを確認すると、あちらもマチュアに気がついたらしく手を振って歩いて来た。

「あんたがマチュアさんかい?」
「船長からあんたを迎えに行って来いと言われてね。さ、あんたが最後だ、足元に気をつけて乗ってくれよ」
「あら、それはそれは。では少し急ぎましょうか、待っている皆さんには申し訳ないので」
 ペコリと頭を下げてゆっくりと指示された小舟に乗ると、舟はゆっくりと沖に向かって進み始めた。
 10分ほどで、小舟は巨大な帆船にたどり着く。
 そこから縄梯子で甲板まで上がると、先日のバーンが水夫に指示を飛ばしているところに出くわした。
「おや、これで全員ですね。ようこそ私の貿易船マッドハッター号へ。では、皆さん、宜しくお願いしますよ。此方の方は特等室へご案内お願いします」
 と近くの水夫に命令すると、水夫はマチュアを案内する。
「ご丁寧に有難うございます。では到着まで宜しくお願いしますね」
 と挨拶を交わす。

(とても綺麗な船ですなぁ。私以外にもお客さんはいるようですが)

 パッと見、作りはしっかりとしている。
 清掃も行き届いているし、何よりもマチュア以外にも貴族のような客が何組か見かけられた。
 最も、その貴族の視線が注がれた時、何か侮蔑のようなものを感じたのは甚だ疑問ではあるが。
「食事は朝と晩に船尾楼一階にてご用意します。全て料金に含まれておりますので、お気軽にどうぞ」
 と説明を受けつつ、マチュアも船尾楼の一角にある小ぶりな部屋に案内された。
 そのまま部屋に入ると、鍵を掛けて中を見渡す。
「歩いた距離から目測すると、全長は60m前後、四本マストのキャラック船ってところか。ゲームの中では使った事無いんだよなぁ。このタイプ、高くて手が出なかったんだよ」
 ブツブツと頭の中から雑学を引っ張り出す。
 これからここで一ヶ月暮らすのである。
 他の客とのコミュニケーションは食事の時にでも行うとしよう。
「まあ、この場合に怖いのは海賊かぁ‥‥いるのかな?」

――コンコン
 と突然扉をノックされる。
『間も無く出航ですので』
 と外から声を掛けられると、水夫は別の部屋でも同じ事を伝えている。
「ほほう。ではでは」
 と甲板まで向かうと、錨を上げて帆を下ろす光景が目の前に広がっている。
「こ、これは感動だ。本物の帆船に乗っているんだ‥‥」
 両手の拳をグッと握り、感慨にふける。
 他の客もその光景を見て喜んでいるらしい。
 時折おお、とか、へーっ、という感嘆符が聞き取れた。
「こりゃあ、楽しい旅になりそうだなぁ」
 と部屋に戻ると、手持ちぶたさなのでバックから魔法のランタンを取り出すと、それを天井に吊り下げる。
「光量は普通で、窓は閉じておくか」
 と室内を明るくすると、マチュアは大量の羊皮紙を取り出して魔道具の設計を始めた。

‥‥‥
‥‥


 さて。
 晩餐ではちょっとしたトラブルが発生した。
「本日は我がアマデウス商会の誇る豪華船マッドハッター号にご乗船有難うございます。これから幾つかの港を経由して、北方大陸最南端の港町ノーウェルに向かいます。それまでどうぞごゆっくりと船の旅をお楽しみください」
 丁寧にバーンが挨拶をすると、食事会が始まった。
 客の大半は貴族達だが、中には商人達も乗って居たらしく、お互いの商品などについて話をしている。
 貴族もまた、決して豪華ではない質素な料理を楽しそうに食べている。

――ムグムグ
「まあ、毎晩豪華な食事ではないだろうしなぁ。でも、この鶏肉の蒸したの美味しいや」
 黙々と食事を楽しんでいるが、ふと一人の女性がマチュアをジッと見ている。
 ごめんなさい、この世界の料理のマナーなんて知らないのですよ。
 と心の中で謝っていると。
「ビアンカ婦人、何かありましたか?」
 とバーンがマチュアを見ていた婦人に話し掛ける。
「いえ、食事を楽しませてもらって居ますが、バーンさん、私達の部屋が彼女の部屋よりも小さいのはどうしてですか?」
 と問いかけていた。
「おいおい、もう良いではないか?」
 と横に座っている旦那であろう方が窘めているのだが。
「我がエマール家は、かりにもミスト女王から男爵家の爵位を授かっています。そのような家系である私達が、何故一等寝室という部屋に甘んじなくてはならないのですか?」
 と笑みを浮かべつつ苦言をぶつけている。
 だが、バーンは丁寧に頭を下げると一言。
「我がアマデウス商会は海商により財をなして来ました。アマデウス商会の方針としましても、特等寝室は最も高い料金をお支払いしていただいた方にご利用して頂いておりますので‥‥」
「ま、まさか?唯の商人が私達よりも高いお金を払ったというのる」
 と動揺するビアンカ婦人。
「まあ、大抵の商人は二等寝室で十分という方がほとんどですが、マチュア様は正規料金にさらに上乗せで代金をお支払い頂きました。最高の旅をお願いとね」
「もうビアンカも満足なのだろう? バーン殿、申し訳ない。いつもの部屋ではなくて機嫌が悪かったのだよ」
 と旦那がバーンに頭を下げるとマチュアにも向き直った。
「マチュアさんといったかな?妻が申し訳ない。君の泊まっている部屋は妻のお気に入りでね。今回取れなかったのは残念だけれど、それはそれで楽しい旅を楽しむとするよ」
 と頭を下げると、横で座っているビアンカもマチュアをチラッと見た。
「ごめんなさいね。折角のたのしい食事を邪魔してしまって」
 と頭を軽く下げたので、それでお終い。
「あ、私はあまり気にしていませんから良いですよ」
 と微笑み返すと、また食事に没頭する。
 その後は自室に戻っで図面を書きあげたり、偶に釣竿を借りて釣りをしたりと楽しい毎日を送っていた。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 半月もすると、そろそろやる事がなくなってきた。
 既に2回ほど港町に停泊し、そこで積み荷を載せ替えてまた出航するを繰り返している。
 そして最後の補充を行うと、いよいよ北方へと向かう航路に出たらしい。
 バーン殿に頼み込んで、ビアンカ婦人達の部屋と自分の部屋を交換してもらったりもした。
 婦人はたいそう喜んでいたが、半月で今の部屋に飽きたのでお互いに良しというところであろう。

 甲板では水夫たちが真剣な表情で周囲を警戒している。
 マチュアは甲板でその雰囲気から何かを感じ取った。
「何か出るのですか?」
「ええ。この北方海路は海峡の潮流を避けて遠回りしているのですが、この辺りでは時折シーサーペントやクラーケンといった化け物が出る事があるのですよ」
 と説明してくれる。

 ファンタジー定番の海の化け物キター

「まあ、それよりも怖いのはこの辺りを周回している海賊ですけれどね。今日は見えませんが、奴らは突然姿を表すので怖いのですよ」
 突然?
 と頭を捻るマチュア。
 何処もかしこも水平線のこの場所で何に隠れているというのか?
「突然ですか?」
「ええ。大体は夕方なのですけれど、昼間でも襲われたという報告も書きましたので」
 フゥンと納得すると、マチュアは自室に戻ると、窓から外を見る。
「突然姿を現わす海賊かぁ‥‥船ごと魔法で姿を消すのか、もしくは天候操作で霧の中からとか‥‥」
 ブツブツと考え事をしていると、やがて日が落ち始めたのでランタンを魔力で灯す。
 火も熱も発しない安全なランタン。
「これ、こういう客船に売れそうだなぁ‥‥あ、眠い‥‥」
 海賊となると灯りを灯していると危険なので、窓を閉めて灯りも最小に落とす。
 扉には『魔法の鍵』を掛けておき、ゆっくりと遅めの昼寝を楽しむことにした。

‥‥‥‥
‥‥‥
‥‥



――ドンドン
 と、突然扉を叩く音で目が醒める。
「‥‥ムニャ?」
 寝ぼけ眼で扉に近づくと、そのまま魔法の鍵を解除した。

――ガチャッ
 と勢い良く扉が開けられ、二人の男が飛び込んできた。
「ここはあんた一人か。抵抗するなよ」
 サーベルを目の前に突き付けらて、ようやくマチュアは状況を理解した。
「ありゃぁ。いくら寝ぼけてたとはいえ、海賊の存在を忘れてたわ‥‥」
 確認せずに魔法の鍵を開けるという失態。
「取り敢えず来てもらおうか。おい、そいつの荷物も貰っていくぞ」
 と一人が荷物を持ってくるように指示すると、ベット横に置いてあったマチュアのバックパックを持ち上げて後ろからついて来る。
 その間、マチュアは取り敢えず指示に従って甲板まで連れて行かれた。

――ガクガクブルブル
 甲板では、大勢の乗客が後ろ手に縛り上げられて座らされていた。
 恐らくは、乗客全員であろう。
 着の身着のままで連れ出されたらしい貴族や商人が、何も言わずにじっとしている。

「悪いな。荷物さえ貰えは痛い目には合わせないからな」
 と、後ろ手にマチュアを縛り上げると、海賊の一人はマチュアから取り上げたバックパックを開いて中身を見る。
「何だよ空っぽじゃないか?」
 と船内から集めた荷物の山の中にぽん、とバックパックを放り投げる。
「あ、あんたらは一体何者なんだ?」
「私達にこんなことをして、ただで済むと思っているのか?」
「今なら許してやるから、早く私達を解放したまえ」
 上から目線で説得を始める貴族達。
 それとは対極で、積荷はやるから命だけはと懇願する商人達の姿もある。
 水夫たちは何処かに閉じ込められてしまったのだろう。
 甲板の彼方此方にある血溜まりが妙に生々しい。

「まあ、俺たちは義賊なので、食料は持って行かないよ。女子供にだって酷いことはしないから安心しな」
 と偉そうに話し掛けてくれるが、やっている事は海賊行為なので容認はしたくない。

(取り敢えずバックパックは解除と)

 フッ、と積荷の上のバックパックが消える。
 マチュアはバックをチェストに戻したのである。
 そして目の前で何かを待っている海賊の一人に話しかける。
「なお、あんたたちの名前はなんていうんだ?」
「お、俺たちか? 聞いて驚け、俺たちはノクターンファミリー。女海賊ノクターンの一味だよ」
 胸をドンと叩きながら叫ぶ。
「うん、知らない。何処の二流海賊?」
「なんだとお?」
 とサーベルをこちらに向ける海賊に、奥の方から姿を現した女性が声を掛けた。
「やめときな。貰うものを貰ったら、直ぐに出ていくよ」
 よく漫画やアニメで見たような、背中にジョリーロジャーのマークが描かれている黒いコート姿の女性。
 左目にはアイパッチ、腰にはやはりサーベルをぶら下げている。
「貴方がノクターンですか?」
「ああ。私に話し掛けて来るとは、随分と度胸があるねぇ。それとも諦めてヤケクソにでもなったかい?」
 ニヤニヤと笑いながら話し掛けてくるノクターン。
「度胸があると言うか、まあ、この程度の海賊相手に負ける気がしないって言うか‥‥」

――プッ
 と笑うと、ノクターンは真面目な顔でマチュアに向き直る。
「随分と見え見えの挑発だねぇ。あんた、なにが目的なんだい?」
「私は無事に旅行が終わればいいのですけれど、貴方たちに荷物を持っていかれると、楽しい旅も楽しく無くなります。だから荷物を返してください」
 ノクターンの迫力に負ける事なく、マチュアも上目遣いで呟く。
「これは私達が奪った獲物でねぇ。返せと言われてはい、どうぞとは行かないんだよ? 帰して欲しかったら実力で取り返せばいい」
 ノクターンが呆れたように告げた時。

――ニマァァァァァァッ
 とマチュアば笑った。
 よし、引っかかった。
 それを言わせたらあとはこっちのもんだ。

「な、なら勝負しましょう。私が勝ったら荷物を全て置いて出ていってください」
「あんたが負けたら?」
「私を好きにすればいい。奴隷にでもなんでも売れば金になるのでは?」
 その言葉で話はついた。
「奴隷商人に売るぐらいなら、一生うちでこき使ってやるよ。いいだろう。其処まで言うのなら自信はあるんだな? 商品を傷物にしたくはないから、お互いに素手っていうのはどうだい?」
 相手が冒険者なら武器の扱いはベテランだろうと考えたノクターンは、素手という条件でマチュアの手を封じたのである。
 が、これはマチュア相手には完全な死亡フラグである。
「その女のロープを外しな。さて、相手は‥‥ジョニー、あんたが相手をしてあげな」
「へい。という事で、あんたの相手はオラだ。いつでも掛かって来な!!」
 と右手でマチュアを手招きする。

――コンコン
 とブーツで床を軽く蹴り、強度を図るマチュアだが。
「踏み込み系は一切ダメかぁ。多分床抜けるよなぁ‥‥威力半減どころじゃないなぁ」
 と笑うと、瞬時にジョニーの懐に飛び込んで心臓のあたりをコンコンと叩いた。
 その素早さに誰もついていけない。
 マチュアの目の前にいたジョニーでさえ、一体何が起こったのか理解していないのである。
「これで私の勝ちかな?」
「まだだよ、ジョニー、遊んでないで本気でやりなっ」

――ヒュン
 とマチュアに向かって殴りかかる。
 流石は指名されただけのことはあり、フットワークを効かせた俊敏な動きと細密なパンチでマチュアを翻弄する。

「「 よしよし。そうこなくっちゃねぇ‥‥」 」

 偶然だが、マチュアとノクターンが同じタイミングで話した。
「では、此方も本気で行きますかねぇ」
 と、ジョニーに向かって軽く踏み込むと、素早く拳で乱打を放つ

――ズババババァァァッ
 上半身満遍なく殴りつけるマチュア。
 すでにジョニーは意識を失っているらしく、その場にへたり込んでしまった。
「これで勝負は着いたわよね? 約束通りに荷物は返して貰うわよ」
「さーて?誰が一人だけといったかしら?」
 とマチュアの周囲を海賊たちが取り囲む。
 全員が拳を握りしめているのが、何よりもの救いであろう。
「こ、こんなに大勢だなんて聞いてないけれど?」
「一人とは言ってないわよ。でも約束通り全員拳で戦ってあげるわ」
「あの、これで全員?」
「私達の船にまだ半分残っているわよ。でも、ここの全員を相手して無事だったら許してあげるわ」

――ドゴォッ
 一気に踏み込んで一人の腹部を痛打する。
 たった一撃で男はその場に崩れると、それが合図となって海賊達が次々とマチュアに襲い掛かる。
「あらー、これはキツいですねぇー。ちょっとだけキツいわぁ」
 と一人につき数発の拳を叩き込みながら、次々と男達を撃破していく。
 10分後には、周りを取り囲んだ海賊たちは全滅した。

――ポカーン
 その光景を見て唖然としつつも、ノクターンはまだ偉そうに一言。
「し、仕方ないわね。約束は約束、私達はここで撤収させて頂くわ」
 とマチュアに告げるが。
「まだ一人残っているじゃないですか。ここの全員を相手にして‥‥って言いましたよね?」

――ゴキゴキッ
 と拳を鳴らしながらノクターンに近づく。
 慌ててノクターンは渡り板に飛び乗ると、自分の船に走りこんだ。

――ガチャッ
 と船を固定していた鉤爪の着いたロープを放すと、ゆっくりとマッドハッター号から離れて言った。
「き、今日の所は許してあげるわ。でも今度会ったらタダじゃあ‥‥」

――ヒュヒュヒュンッ
 とマチュアの周囲に『焔の槍フレア・ランスが無数に浮かび上がる。
 もしこれが全て突き刺さったら、ノクターンの船は大炎上するであろう。
「い、急げー」
 とノクターンが離れていくのを確認すると、焔の槍を解除して甲板に縛られている貴族達や商人達を次々と開放していった。

「た、助かった。礼を言う」
「危なく全て持っていかれるところでした。ありがとうございます」
 と、次々と礼を告げられるが、マチュアは、はいはいと軽く返事をするだけ。
「水夫とバーンさんは何処ですか?」
「私達は分からない。負傷した水夫が船倉に連れて行かれるのを見たから、そこにいるのではないか?」
「ありがとうございます。ここはお願いしますね?」
 と手近の商人にこの場を任せると、船倉に向かう階段を降りていく。

――ギシギシッ
 と階段が軋む。
 やがて最下層まで辿り着くと、縛り上げられている水夫とバーンの姿がランタンに照らされて見えてきた。
「だ、誰だ?」
「あのー、マチュアですけれど、助けに来ましたよー」
 と縛り上げられているバーンの元に向かい、後ろ手に縛り上げているロープを解く。
 あとはバーンと二人で手分けして水夫達を解放していくと、全員で甲板へと戻った。
「良かった。皆さん無事のようで」
 周囲を見渡すが、すでに海賊の姿が見えていない。
「奪われた荷物については誠に申し訳ございません。が、命があっただけでもよかったと考えた方が良いのかもしれませんね」
 縄から解かれたバーンが申し訳なさそうに呟いたが、
「いや、全員の荷物は取り返したけど? 怪我人の手当てはお願いしますねー」
 とだけ話してマチュアは甲板へと戻っていった。

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黒ハット
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

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