異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第三部 カナン魔導王国の光と影

カナンの章・その13 ファナ・スタシアに散歩に向かう

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 ミスト連邦北方に位置するファナ・スタシア王国。
 以前、マチュアは自国領の領地を調べるためにファナ・スタシア南方にあるルトゥール森林都市に向かった。
 その時から、大陸北方ではシャトレーゼ公国の影が付きまとっている。


「はぁ、これは早いわ」
 サムソンの馴染み亭からククルカン王国に転移し、そこから絨毯に乗って飛んでいく。
 ちょっと高度を取って速度を上げると、夕方にはファナ・スタシア王都、スタシアスに辿り着いた。
 そして最初にスタシアスに入ったマチュアの感想は一つ。

「街が緑色だ」

 森林都市でもあるスタシアスは、街のあちこちに大きな森がある。
 城塞都市でもありながら、緑が多い豊かな都市である。
 そしていつものように、空飛ぶ箒の交渉を求めて来る数名の商人にやんわりと断りを入れると、マチュアはスタシアス城へと辿り着いた。
 跳ね橋の外側にある騎士の詰所で謁見の申し込みを行うと、いつものように順番待ちとなり、控えの間に案内された。

「しかし、此処もまたいい国だなぁ。巡回騎士が笑っているよ」
 此処に至るまでに道に迷いこんだマチュア。 
 丁度巡回騎士にバッタリと出会うと、此処までの道を教えて貰った。
 上品な振る舞いが実によく似合う。

――ガチャッ
「マチュア様、此方へどうぞ」
 のんびりと控室でティータイムを楽しんでいると、いきなり順番をすっ飛ばされて呼び出される。
 マチュアの前には、まだ四人も待っている人がいるにも関わらずである。
「あの、順番を間違えていますよ。私の前にまだ四人もいらっしゃるので、私はその後でとお伝えいただけますか?」
 と説明すると、呼びに来た執務官らしき女性は丁寧に頭を下げて、本来の順番の方を連れて行く。
 その間、マチュアはそこで順番を待っている人たちと軽く談話をして待っていた。
 やがて順番となり、マチュアは謁見の間へと案内される。

「マチュア様、予め来ると行っていただければそれなりの準備をいたしますのに」
 王座の席ではなく、下のフロアで待っていたファナ女王がマチュアに深々と頭を下げる。
「いえいえ、お忍びで遊びに来ただけなのでして。この後、北方の港町に向かう途中なのですよ」
 と笑いながら話をすると、空間から綺麗な装飾箱に入った『着替の腕輪』を手渡す。
「これをどうぞ。使い方は………」
 と腕輪の使い方を説明すると、ファナ女王は嬉しそうにそれを身につけた。
「これはたいそう価値のあるものを。ありがとうございます」
「いえいえ。喜んで頂いた方が、此方としても話を切り出しやすいので」
「あら、やっぱり何かあったのですね。ミスト様からも伺っていますわよ、マチュア様が遊びに来るときは気をつけろって」
 にこやかに告げるファナ女王。
「ほう。ミストは今度正座だな。まあ、それなら話は早いわ。ジャスクード男爵という方はご存知で?」
 と早速本題を切り出す。
「ええ。少し前に男爵になられた方ですね。港町ネフテルの貿易商だったゴルドバ卿が事故でお亡くなりになった後に、雇われていた方々を始め、その全てを私財を投げ打って助けた方ですわ」
 此処だけ聞くと美談である。

 主人を失った商会の末路は、跡継ぎが居なければ解体である。
 雇われたものはその瞬間に職を失う。
 最悪は他の商会に吸収されて、それまでの従業員は放り出され、路頭に迷う。
 運良く商会に残れたとしても、待遇はあまり良くないことが多い。

「じゃあ、なんであんなに暴君となったのかなー」
 と頭を捻る。
「暴君ですか? 私も彼にあったことはありますが、かなり温厚な人柄でしたよ。他人のために己を犠牲にする博愛主義者です」

――うーむ
 腕を組んでしばし考える。
 ファナ女王は嘘をつくような人ではない。
 先ほどの話が事実ならば、彼が男爵位を授かったのは理解できる。

「ジャスクード男爵が爵位を授かったのは、いつ頃でしょうか?」
「三十日以上前ですね。ファナスタシア王国の臣民ですから、私が叙任しミスト様が見届け人となりましたわ」
「成る程ー。いや、有難うございました」
 取り敢えず、これ以上の情報は無いだろうと頭を下げる。
「今日はこちらにお泊まりですか?でしたら離宮をご用意しますが」
「お気遣い有難うございます。この後は急ぎの仕事がありまして。また後日改めてお伺いしますわ」
 と再度深々と頭を下げると、マチュアはその場を後にした。

 急がず騒がず王城を後にすると、一路北方の港町へと飛んでいく。
 道中、街道沿いにある宿場町で一泊すると、翌日の昼前には港町ネフテルに到着した。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 天気快晴。
 潮騒が心地よい港町ネフテル。
 そこそこには大きな港町で、波止場には大小様々な帆船や小型の船が停泊している。
 大勢の水夫達が積み荷を降ろしたり積み込んだりと、忙しそうである。

「さて、取り敢えずは聞き込みですよねー」
 と商人スタイルに換装すると、絨毯に乗ってゆっくりと街の中に入っていく。
 まあ、いつもの儀式のような交渉は全て断り、目的であるゴルドバ商会の場所を教えて貰うと、一路波止場近くの建物へと向かった。

「すいません、こちらゴルドバ商会ですよね?」
 と如何にも商人という雰囲気で建物の中に入っていくと、近くに居た受付の男性に話しかけてみた。
「元ゴルドバ商会だぜ。先代が亡くなっちまったんで、今はジャスクード商会が買い取ったんだ。まあ、中身は変わらないけどね」
「そうでしたか。私はカナンで酒場を経営しているマチュアと言いますが、この辺りには海産物を仕入れに来たのですよ。店に来る冒険者が、ここなら間違いないって教えてくれまして」
 と口八丁で話を進める。
「あー、そっちか。こっちは外国からの荷物を扱っていて、海産物ならあっちの大きい建物の中にうちの商会も入ったいるから、そっちに行くといいよ」
「それは有難うございました。で、外国の荷物と言いますと、どのあたりのものですか?」
  取り敢えず核心に近づきたい。
  だが、それにはもう少し回り道をしたほうがいい。

「基本は南方のラマダ公国とか、あとはごく稀に東方から貿易船が来ますね。商品の目録見ます?」
「東方と言うと和国ですか、一度行って見たいのですよ」
「はっはっはっ。波止場に行ったらまだ停泊しているから、見て来ると良いですよ」
「そうですね。所で、今日はジャスクードさんはいらっしゃらないのですか?今後もお近づきになりたいので出来ればご紹介頂けると嬉しいのですが」
 にこやかに頼み込む。
 笑顔で交渉はお約束。
「あー、今はここにいないんだよね」
「どちらに行けば会えるでしょうか?」
「持病の腰痛が酷くてね。今は家族と別荘があるサムソン郊外にいるはずですよ。あの近くには鉱泉があって、療養には良いらしいからねー」
 ほうほう。
 やはり聞き込みは大切である。
「家族でとは、仲がよろしいですね。羨ましいですよ」
「まあ、あの人ほどお人好しという言葉が似合う人はいないよなー。で、目録どうする?」
「ちょっと風に当たってから、またお伺いしますわ。それでは」
 と頭を下げて、建物を後にした。

「誰も嘘は言ってない。と言うことは、どこかで何かがあった。爵位を貰って、サムソンに向かってから?どう言うこと?」
 頭を捻りつつ波止場を歩く。
 商会で聞いた巨大な東方の船を眺めつつ、プラプラと歩いていると、少し沖合に座礁したような船があった。
「あ、あのーちょっとよろしいですかー」
 と近くで荷下ろしをしている水夫に声を掛ける。
「ああ、なんだいお嬢ちゃん」
「あの座礁している船は何ですか?」
 と沖合の船を指差しながら問いかける。
「ああ、あれかい?あれは北の大陸から来た船だよ」 

――はあ?
 突然の言葉にマチュアは動揺する。
「北の大陸は、ここと貿易していたのですか。これはびっくりだ」
「いやいや、貿易なんてやってないよ。嵐の日に流されたらしくてね。ここの沖合の潮流は複雑な上に、あちこちで大渦が巻いているんだよ。そのせいでここの海峡は、北と南は自由に行き来ができないんだ」
 偶然なのかどうか、疑うときりがなくなる。 
「それで、船員の方達は?」
「半数以上が亡くなっていたよ。生き残って助けられた奴もいたが、もう北に戻ることができないと分かると、何処かに消えてしまったんだ」
「あの船が流れて来たのはいつ頃ですか?」
 その問いかけに、頭を捻っていた水夫。
「ああ、お祭りが嵐で中止になった日の翌日だから、確か30日ぐらい前かな?ジャスクードさんが男爵になったんで、この町で祝賀会をやることになったんだ。あの日だよ」
 何となく繋がって来るが、まだピースが足りない。

――ピッピッ
『ツヴァイです。ジャスクードはサムソン郊外の別荘に戻りました。警備がかなり厳重ですが、彼の側近がジャスクードに色々と助言をしているようで』
(どんな感じで?)
『あれは催眠術のようなものですが。料理人が家族に出している料理にも、何か薬のようなものを混ぜている節があります』
(了解でーす。多分そいつらは北方のものだね。取り敢えず継続で)
『了解しました』
――ピッピッ

「色々と有難うございました。ではお仕事頑張ってください」
 と丁寧に挨拶すると、マチュアはその場から離れてサムソンに転移した。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 何事もなかったようにサムソンに帰還する。
 万が一を考えてカレンを影から警備するようにファイズに指示をしていたが、とくにあれ以降は何事もなかったらしい。
「で、取り敢えずジャスクードがやばいのだけはわかったけど、直接あって調べないと難しいのよ」

――ウーン
 自室で腕を組んで考えているマチュアだが、その方法がどうしても思いつかない。
 正確には、『穏便に』する手段を考えていたらしいが、どれも穏便には済まされない。

「マチュアさまが魔術で何とかするしかないですけれど」
「そうは言うけど、結構難しいのよ。魔術って、使い方を誤ると大変なんだから」
「ですよね。賢者としての知識があるにも関わらず、殆どの攻撃魔法は使ってませんからね」
 とゼクスに突っ込まれる。
 実際、ちまゅあは魔術師としては初級と中級の魔術しか殆どつかっていない。
 まあ、範囲型に切り替えたり魔力を余剰に注ぎ込んで数を増やしたりはしているが、一撃で敵を殺傷たらしめる魔術や上位術式にはほとんど手をつけてはいない。
「煩いわい。使っていないだけだし、使いたくないんだよ。上位の攻撃魔法を私の魔力で使ったら、大陸に巨大な湖できるわ。これだって、かなり魔力絞ったいるんだよ」
 と空中に光の矢を生み出す。

 普通の光の矢の威力は、電話帳一冊を貫通する程度。
 だが、マチュアが使うと厚さ5m程のコンクリートの壁を貫通してしまう。
 だから威力を絞り本数を増やして拡散しているのである。

「やっばり、その側近から調べますか」
 という事で、先ずは現状の確認を行う。

――ピッピッ
「ツヴァイ、別荘の近くに転移したいけど、旗立てられる?」
『了解しました。5分以内に設置します。あと、先程ジャスクードがサムソンに向かいました。馬車で向かいましたので、それほど時間はかからないかと」
「了解でーす」
――ピッピッ

「と言うことで、ファイズは引き続きカレンの警護、ゼクスは私に変身してここで待機。もう、煽るだけ煽って構わないよ。では私は行って来ます」
 と5分待って転移門ゲートを起動すると、郊外にある『転移の祭壇』に向かって飛んだ。


 転移先はやや硫黄の香り高い山の麓。
 竜骨山脈の麓にある温泉地帯に、ジャスクードの別荘はあった。

――ヒュンッ
 転移先は別荘の裏手の庭の片隅である。
「良々。隠密起動と」
 スッと姿がマチュアの姿が消える。
 設置してあった祭壇も回収すると、音を立てないようにそーっと窓に近づいた。
 そして中を覗き込むが、どうやら誰もいないらしくコッソリと侵入する。

(さて、とっとと仕事しますか)

 マチュア侵入した部屋は簡易的な執務室。
 そこからコッソリと廊下に出ると、先の方の部屋から数名の声がする。

――ソーッ
 と扉に近づくと、そのまま聞き耳を立てていた。
「なあ、とっとと任務を終わらせたいのだが。いつまであのおっさんと子供を使うんだ?」
「まあ待て。あの親父がもうすこし派手に動けば、そのうち王城にも隙が出来る。そこを襲撃するだけだ」
「でも、本当に大丈夫なのか?王の暗殺なんて」
「なぁに。こことカナンの城には騎士団は配属されていない。とくにカナンに向かった実行部隊は、アサシンギルドの精鋭だからな」
「そうなれば、あの親父と子供も用無しだ。戻って来たら地下牢にでもぶち込んで、奥方共々口を封じるだけだ」
 と酔っ払った男達から作戦が筒抜けに聞こえてくる。

(人命第一か……聖域範囲セイクリッド拘束バインドっ』)

 と一瞬で男達の足元に魔法陣を展開すると。 

――シュッ
「潜り込まれた!!近くにいるぞ探せ」
 と一番偉そうな男か素早く印を組み込んで、魔法陣を中和した。

(おおおおお、これは感動だ。まさか中和されるとは)

 一定の範囲に近寄らないように間合いを取り始めた男達。
 だが、決してその場から逃げようとはしない。
「一体どこにいるんだ?」
「さて、ちょっと待ってろ」
 と男はゆっくりと詠唱を開始すると、徐々に右手が輝き始める。

――パン!!
 その手を地面に近づけると、床全体が発光した!!

――ヒュンッ
 その瞬間に影が消え、マチュアは影の中から強制的に弾き飛ばされるが、その刹那に外見を『忍者エンジ』に切り替えた。

「やっぱりか。お前もどっかの密偵か何かだろう?誰に雇われたのか、洗いざらい話して貰おうか」
「クックックッ。その後で存分に可愛がってやるよ。足腰立たなくなるまでな」
 下卑た笑いを浮かべながら、男達はゆっくりと近づいてくる。

(……数は全部で五人か。ボス以外は雑魚だな)

 と、腰から苦無を数本引き抜くと、素早く男達の足元に向かって飛ばす。

――カカカッ!!
 と三人の足元の影に苦無が突き刺さると、その男達の動きが止まった。
「影潜りに影縫い。あんたも忍者かよ」

――ガチャつ
 とリーダーらしき男は両手にナイフを握ると、クルンと回して逆手に握る。
 足を開き腰を落としたその構えは、マチュアと同じ忍者である。
「その苦無を引き抜け。それで術は解除される」
「お、おう……」
 と残った一人が影に突き刺さっている苦無を引き抜こうとする。
 が、マチュアが全力で突き刺した苦無、そうそう抜けるものではない。
「全く。暫くちょっかいを出してこないと思ったら、シャトレーゼ公国も暇なのですね?」
 と話術に持っていって少しでも情報を引っ張ろうとしたが。
「そんな手は食わないよ。じゃあ行きますか」
 と、素早くマチュアに向かって走り出す。

――ヒュンッ、キインッ
 そのリーダーの動きに合わせてマチュアも飛び出し、すれ違いざまに斬り合う。
 お互いにそれは苦無で弾き飛ばし、また近づいて斬り合う。

――ギインッガギイッ 
 騎士や戦士の戦いとはちがう立体的な戦い。
 マチュアが回避して天井に張り付くと、男は壁を駆け上がってまた斬りつける。
 天井を蹴って躱すと、今度は男が天井から飛び掛かって斬りつける。

――キン、ザバァッ
 一瞬でマチュアの左腕が斬り付けられたが、服の下の鎧で刃を弾いた。
「全く面白いわ。人間にも、こんなに俺たちと戦える奴がいるなんてなぁ」
 と男が呟くと、

――メキメキッ!!
 と体が膨張し、男たちの身体は一回り大きくなった。
 影縫いに貼り付けられている奴は変化できないらしいが、苦無を抜こうとしている奴もメキメキと変化した。
「なんだ魔族か。なら手加減いらないや。ごめんね、まだ魔族がこっちで悪さするのを見逃すほど甘くないんだわさー」
 と苦無をワイズマンナックルに換装すると、一気に加速して男の腹部に正拳突きを叩き込む。

――ドゴォッ
 拳が腹部にめり込み、その場で悶絶する。
「ぐっ、ぐはあっ!!」
 口から大量の吐瀉物を吐き出して悶絶するリーダー。
「さて、ここにいる御一行に問いたい。今素直に捕縛されるなら手加減してやる。抵抗するなら手加減はしない。デッドorハーフデッド、あなたならどっち?」

――カィーーン、カィーーン
 と拳を打ち鳴らしつつ、ゆっくりと影縫いのダガーを抜こうとする魔族。?
「あ、ああ、あんた何者だよ、俺たち魔族は人間なんかに負けるわけがないんだ。あんたは一体何者なんだよ」
 咄嗟の苦無を引き抜こうとした奴が、ロングソードを構えてマチュアと相対峙すした。
「通りすがりの忍者で。あえて言うなら、魔族スレイヤー?」
 すかさずマチュアに向かって斬りかかろうとするが、足がすくんで動けない。
「わかったよ。降参だ、命だけは保証してくれ」 
 と、あっさりと負けを認めると、その場で手にした武器を放棄する。
「ま、まて、まだ俺たちは負けてはいないっ……」
 痛みを堪えて立ち上がろうとするリーダーらしき男だが、膝がガクガクとして満足に立ち上がることができない。

――ガタツ
 と再び膝から崩れると、その場に蹲っている。
「ガ・ラス、俺たちじゃ無理だ。魔力の篭っていない武器でしか傷つかない俺たちを、一撃で此処まで追いやるんだ」
 ガ・ラスと呼んだ男に近寄ると、彼を壁にもたれさせてこちらを見る。
「俺はナ・トル。こいつらも反抗する意思はない。影縫いを解除してくれないか?」
 頭は下げず、じっとこちらを見る。
 その瞳を見返すと、マチュアは溜息を一つ。

――フゥ
「分かった分かった。解除したら武装放棄してね。少しでも反抗する意思を見せたら、そこに転がるからね」
 プツッ、プツッと苦無を引き抜くと、突然解除された反動で前のめりになって倒れる三人。
「て、手前っ、自由になれば貴様のような小娘っ」

――ガギィィィン
 勢いよく叫ぶ男に向かって、マチュアは拳を鳴らす。
「や、やめておけ。手加減されてこの状態だ、本気でやられたらあっという間に全滅だ……」
とガ・ラスが三人を制する。

(え?ちょっと待って、そこは普通に全員で飛び込んで来るところじゃないの?なんで、聞き分けが良いの?)

 動揺がバレないように頷くマチュアを見て、全員が降参する。
「さ、さーて。それじゃああんた達の知っていることを全て、教えてもらいましょうか?」
 と手近の椅子に腰掛けると、マチュアはその場の五人を見据えてそう告げた。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 サムソン郊外の山岳部に近い別荘から飛び出すと、ジャスクードは外で待機していた馬車の飛び乗った。
「ジャスクード様、突然どうしたのですか?」
 と護衛として雇っていた冒険者の一人が、血相を変えて馬車の中で指示を飛ばしているジャスクードに話しかける。
「スミスか。全員付いて来い、サムソンの馴染み亭を叩き潰す。私の言葉に耳を傾けない者など、生きている価値などない。まだ家畜の方がマシだ」

――ガチャッ
 と馬車も出発の準備ができたらしく、御者がジャスクードから細かい指示を受けていた。
「マリモは今日は何処だ?」
「昨日からサムソンの宿に護衛をつけて泊まっています。なんだかんだと言っても、遊び友達が居ないと寂しいのですよ」
 御者が優しく説明するが、ジャスクードはガン、と馬車の壁を蹴る。
「友達だと?」

『ソノヨウナモノ、アノ子ニハハヒツヨウナイワ』

 何かがジャスクードの耳元で語りかける。
 と、まるで何かに操られているかのように、ジャスクードの表情が険しくなる。
「そんなものあの子には必要ない」

『ソウソウ。マリモハアナタノ跡ヲツイデ、王トナルノダカラ』

「そうだ。あの子はいずれ、私の跡を継いでファナスタシアの王となるのだ。庶民の友達など必要ない」
 あまりの様相に、御者は慌てて馬車を走らせると、真っ直ぐにサムソンへと向かっていった。
 そして‥‥

――ピッピッ
『こちらツヴァイ。ジャスクードは間も無くサムソンの東正門に入場。手下らしき冒険者が6人、馴染み亭に向かう模様』
『こちらゼクス。白銀の賢者モードで待機。荒事になりそうな可能性がありますので、アーシュはストームさんの家に避難して貰いました』
『こちらファイズ。アルバート商会は特に変わった事はない。必要ならば応援に向かうが』
『こちらゼクス。私に全てお任せください。マチュア様に手を出した償いはとって貰いますから』
――ピッピッ

 影の中でじっとジャスクードの監視をして居たツヴァイにも、彼の耳元で聞こえる声には気がつかない。
 直接意識下に話しかけているものは、いくらツヴァイでも聞きようがないのであった。
 それゆえ、ツヴァイにはジャスクードに取り憑いている魔族の存在を感じ取ることが出来なかった。
 やがて馬車は、サムソン内に入る。
 真っ直ぐに馴染み亭へと向かっていった。

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