異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第三部 カナン魔導王国の光と影

カナンの章 その8 日常コレクション

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 話は少し前に戻る。
 カナン魔導王国東方にある、ラマダ公国と隣接しているアドルフ男爵領。
 先日マチュアの経営する馴染み亭に、アドルフ男爵から招待状が届けられた翌日。馴染み亭には立派な馬車がやってきていた。
「お待たせしました。それではどうぞ」
 と迎えの馬車に乗ると、四日後にはアドルフ男爵領に辿り着いた。
 東方にはラマダ公国との国境を示す巨大な城塞が伸びている。
 その手前に、アドルフ男爵領は作られていた。
 石造りの砦のような屋敷の入り口には、アドルフ男爵とその執事、大勢の侍女たちが出迎えをしている。

「これは。わざわざお迎えありがとうございます。でも、どうして一介の商人でしかない私を招待して頂いたのですか?」
 と問いかけるが。
「まあまあ。夜にはこの近辺の貴族も集まってきます。その時にお話ししましょう」
 と告げられて、豪華な客間へと案内される。
「ありゃ、これはマチュアの正体が女王ってバレているパターンだよな。うまく口止めしないとなぁ」
 と腕を組んで考える。

 ツヴァイやドライ、クイーンとは違い、ファイズは戦闘特化、それも魔術ではなく体術に重点が置かれている。
 なので力技で来るのなら問題ないのだが、頭脳戦については今三つほど弱い。

「まあ、いいか。なるようになるさ」
 と夕方までベットに横になって昼寝をしていた。
「……様、マチュア様、そろそろ晩餐の時間です。此方へどうぞ」
 と広間へと案内される。
 中央にあるズラーーーーッと長いテーブルには、大勢の貴族たちが座っている。
「お待たせしました。サムソンでは有名な錬金術師のマチュア様です」
 とアドルフが告げると、貴族たちが拍手で迎えてくれた。

(そっちか~い。魔導器関係かよ)

「初めまして。このような席に招待されるのは初めてで緊張しています」
 と挨拶をすると、マチュアも席に座る。
 会食は楽しげに進むと、別室で酒を用意してあるというので皆と共に其方に向かった。
「マチュア様は、お噂では様々な魔導器をお持ちとか。是非とも見せて頂きたいのですが」
「少々お待ちください……」
 とファイズは慌てて自分の出来ることを調べる。

(スキルリンクはしてあるけれど、ちゃんと使えるかわからないし。空間収納チェストは使えるのか。何か作ってあるのかな?)

 と、空間から羽ペンを取り出す。
「い、いま何処から取り出したのですか?」
「これも内緒の魔導器ですわ。で、これなど如何でしょうか?」
 と羽ペンを見せる。
 何処から見てもただの羽ペンである。
「これの何処が魔導器ですか?」
「えーっと。これはですね。インクのいらないペンですね。このように」

――スラスラッ
 と羊皮紙を一枚借りると、次々と文字を書き始める。
 その様子を見て、貴族たちは驚きの声を出す。
「そ、それは売り物なのでしょうか?」
「是非とも売って頂きたいのだが」
 と貴族たちは金貨の入った袋を取り出すと、次々とファイズに話しかけて来る。
「他には? 他には何かないのですか?」
「そうですねえ、これは?」
 と取り出したのは『液体に触れると冷気を出す水晶』である。
「はい、これは一見すると唯の水晶のようですが、ご覧のように」
 と水の入ったボウルに放り込むと、どんどん水が冷たくなって来る。
 そこから水を汲んで貴族に差し出すと、それを飲んだ貴族は絶句した!!
「馬鹿な、水が冷たくなっているだと?」
「その水晶をくれ、言い値で買おうじやないか」
 金にものを合わせる貴族たち。
「まあまあ。買うのはまた少し後で。まだまだ商品がありますので慌てないで下さい。次の商品は………」
 既にファイズは深夜のテレホンショッピング状態であった。

――そして後日
 馴染み亭の自室。
 ククルカンを平定して戻ってきたマチュアの前で、ファイズが正座していた。
 その目の前には大量の白金貨やら金貨の詰まった袋が置いてある。
「そ、れ、で?」
「何と言いますか、飛ぶように売れたのですよ。それで思ったのです。これは商売になるって」

――スパァァァァァン
 力一杯ハリセンを叩き込む。
「元々売りもんだわ。勝手に売るなとは言わない。値段の付け方にも文句は言わない。ただ、売りすぎ。そんなにポンポンと売るなと言いたい」
 金さえ積めば買えると言う噂が流れたくはないのである。
「さーせん」
「何でこう、お調子者なんだろうねぇ、ファイズは」
 と呟くと、ファイズはマチュアを指差す。
「あんたのお調子者の部分が強化されたのが俺ですから」

――スパァァァァァン
「影に戻ってろ。この馬鹿たれが」

――スッ
 とファイズもゼクスと共に影の中で待機となった。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 ククルカン王国がカナンによって属国化して少し。
 ファナ・スタシア王国の王都スタシアス、その商業区にある大きな建物。
 それがケリー・ガストガルの経営する『ガストガル商会』の建物である。
 若き時代は人殺し以外はなんでもやり、一代で財を成したケリーは、先日ククルカン王国であった商人の小娘の態度の悪さが、未だに忘れられなかった。
「はーい、ボス、まだカリカリしていますか?」
「ああ。でもそろそろだな。今まで放置していたのは、私の事を忘れさせる為だ。だか、今日間も無く、貴様は私の元にやって来て許しを乞うことになるだろう」
 と笑いながら、一人事務所を後にする。
 目的地はこの都市最大の商人ギルド。
 ケリーは商人ギルドのギルドマスターとも懇意にしているので、久しぶりに頼み事をする為に顔を出すことにした。

――カツカツカツカツ
 開け放たれた扉の中はいつも賑やかである。
 大勢の商人たちが集まっており、あちこちのテーブルで取引を行なっている。
 カウンターでは各種手続きを取っているものがおり、その中の空いている窓口にケリーは顔を出した。

「おや、ガストガル卿が直接かるとは珍しいですね。ギルマスにご用ですか?」
「ああ。ちょっと野暮用でね。あまり人に聞かれたくない話なんだが」
「少々お待ちください」
 と受付が席を立つと、奥にある大きな部屋へと入っていく。
 数分後に再び受付が戻ってくると。
「では此方へ。二階の部屋になりますので」 
 と二階のとある部屋へと案内してくれた。
 二階にはBランク以上の商人でなければ上がることができず、二階でしか取り扱えない商品などもある。
 そんな取引をするための部屋で、商人ギルドのギルドマスターであるアルル・ウェールズが席に座っていた。
 かなりの歳だろうエルフの老婦人、アルルは久しぶりに顔を出した男の顔を見て溜息をついた。

――ハァーッ
「お前さんが私を呼ぶ時は、かならずろくなことがないんだよ。一体なんの用事だい?」 
「随分な言い方だな。ちょっと頼みがある。カナン魔導王国にいるBランク商人のマチュア、こいつの商人の権利を一時的に失効してほしい。中々生意気な事を言うのでね。ちょっと上には上がいる事を教えてあげたいのさ」
 ニマニマと笑いながら、ケリーが呟く。
「本来なら、そんな事は出来ないんだよ。各商人ギルドに通達して受付出来なくするだけなら、連絡はしてあげられるけれどね」
 と説明すると、ケリーはそれで良いと告げて外に出る。
「クックックッ。これで泣きついて来たら、あいつの持っていた魔導器も巻き上げられるってものだ。どれ、ちょっと見にいくか」
 とケリーは仕入れも兼ねてカナン魔導王国へと向かう。
 港町へ抜けて船で海岸線を南下し、カナン東南の港町からカナンへ向かう。
 陸路の半分の時間で到着するので、とても早い旅である。

‥‥‥
‥‥


「また随分と人がいるなぁ。ここに支店を作るのもいいか。魔導器を扱っている商店の弱みでも握れば、また稼げるってものだ」
 カナン魔導王国にたどり着いたケリーの最初の感想がこれである。
 そう人知れずこっそりと呟くと、ケリーはそのまま商人ギルドに向かうのだが、その途中の巨大な建物で、ケリーは信じられないものを見た。

――ヒュウンッ
 何もない空間に突然馬車が姿を現れると、建物の中から出て来たのである。

「な、なんだこれは?そこのあんた、あれは一体なんだ?」
 と転移して来たばかりのアルバート商会の馬車に近づくと、御者台に乗っている女性に声をかけた。
「何って、唯の転移門ゲートでしょ?」
転移門ゲート?それはなんだ?」
「カナンとサムソン、ベルナーの三つの国を繋いでいる転移門ゲートで、魔術の力で一瞬で行き来出来るのですわ。暫くしたら王都ラグナやスタシアスなど、交易都市には設置されるとは思いますけれど」
 丁寧に説明をするカレン・アルバート。
 その説明に、ケリーは儲け話を見つけたらしい。
「そ、それは誰でも使えるのか?」
「まっさかー。普通は商人ギルドに申請して、審査を受けなくてはなりませんわ。カナンの審査は既に終わっているので、あとは女王の持つ権限分しかないですわね~。それでは失礼します」
 ニッコリと微笑むと、カレンは馬車を走らせた。
「こ、これがカナン魔導王国。此処まで進んでいたとは……」
 となると、やはりあの小娘から魔導器を巻き上げ無くては。
 と言う事で、転移門ゲートの申請のために、商人ギルドに向かったのだが。


 カナンの商人ギルドは一味違った。
 受付に向かうと、ケリーは楽しそうに受付に話しかけた。
「スタシアスから来た、ガストガル商会のケリーだ。あっちのギルドマスターから此方に指示書が来ていたと思うが、その件がどうなったのか教えてほしい」

――クックックッ
 と笑い笑みを浮かべているケリー。

「あー、マチュアさんのギルド資格失効のですか、破り捨てましたけれど?」
「はあ?ちょっと待て、スタシアスのギルドマスターの指示だぞ、それに逆らうのか?」
 と動揺して叫ぶケリー。
 その反応に、やれやれという表情で話を始める。
「あのねぇ。商人ギルドは信用が第一、登録している商人に対しては全て公平。あんたみたいに商会の権力を振り回して好き放題できるなんて、カナンやサムソン、ベルナーでは不可能だよ。笑っちゃうなぁ」
 とあっさり告げられる。
 これにはケリも頭にきたらしく、真っ赤な顔でさらに叫ぶ。
「そ。そんな。なら、マチュアとか言う奴の店をおしえてくれ。直接行って話をつけてくる」
「あー、それも辞めた方がいいですよ。あの人強いですよ」
「あんな小娘が強いって? 貴族か何かが後ろ盾なのか? ならその貴族を教えてほしい」
 あちこちのカウンターや受付からヒソヒソと、声が聞こえる。

「またマチュアさんなんかやらかしたのかな?」
 とか。
「また、どこで喧嘩売って歩いているんだか」
 とか。
「またどっかで珍しいもの買い占めたんじゃないの?」 
 とか。
「ふぅ。ま、いいでしょ。此方が住所ね、南門近くの宿屋だから」
 と地図で場所を教えると、ケリーは急いでそこに向かった。


 3階建ての宿屋・馴染み亭。
 昼間にも関わらず、大勢の客で賑わっている。
 そのベランダ席では、マチュアがカレンと商談中である。

「ふ、ふははははぁ。見つけたぞ小娘。さあ、貴様の持っている魔導器を俺に売れっ」
 とマチュアを見て叫ぶケリー。
「また、貴方何かしたの?」
「はて。あの、私、何処かで貴方とお会いしましたか?」
 と、天然ボケをぶつける。
「お会いしましたか、だと? このガストガル商会のケリー様に向かって、なんだその言い方は。私はAランクの商人だ、貴様よりも偉いのだぞ」
 完膚なきまでにプライドが破壊されたらしく、ケリーも自分が何を言っているのか分からなくなっていた。
 これにはカレンも思わず苦笑する。
「あのー、ギルドカードのランクが上だからって偉いとは限りませんよ? この子はカナンの王室御用達持ってますからね」
 とマチュアがカレンを指さす。
「残念ね。フォンゼーン王からも貰いましたわ」
 と商人ギルドカードをヒラヒラとマチュアに見せる。
 Aランクの商人ギルドカード、隅っこには王室御用達認定商人の証であるカナンとサムソンの紋章が浮かび上がっていた。
「あら、いいなー」
 と楽しそうに話していると。
「な、やら、マチュアとやらは、どんな権利を持っているんだ?たかがBランクの商人風情が」
 と告げるので、少しだけムッとすると。
「私は、レックス皇帝と六王全てと対等に取引できる権利、あえて言うなら帝国御用達ですかねー。それに全ての転移門ゲートの使用許可を持ってますからね」
 なお、いくら特権階級であっても、マチュアは交易許可証は持っていないので他の都市では無税にはならない。
 カナンでも馴染み亭は税金をちゃんと納めている。

――ガーーーーーン
 ショックでケリーはトボトボとその場を立ち去る。
 再び商人ギルドに向かい、次年度の転移門ゲート使用許可申請を行うと、宿屋に向かいゆっくりと休むことにした。
 なお、翌日にケリーは魔導商会を教えて貰うと、大量の魔導器を買い漁って急ぎスタシアスへと帰還した。
 それをあちこちの貴族に売り飛ばすと、少しは気が晴れたのか、マチュアの事は忘れることにした。
「上には上がいる……か」
 いや、あれは上というよりは災害にあったと思って諦めてください。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 カナン魔導王国の王都カナン。
 その隅っこにあるカナン城は、ラグナ・マリア帝国で最も不用心である。
 どれぐらい不用心かというと。

――シュタタタタッ
「今日は女王さまはどこですか?」
 と城内に子供が遊びにくるぐらい、不用心である。
 開け放たれている正門、その両側に立っている二人の護衛士。
 カナン騎士団は普段から城内にはいなく、何処にいるのか城内の侍女ですら分からない。
「マチュア女王でしたら、中庭でお茶会ですよ」
「わたちたちもさんかしていーい?」
「はいはい。では、行きましょうね」

――シュタタタタッ
 と侍女も簡単にマチュア女王の元に案内する。
 で、時折やってくる商人が、ふと感じた疑問。
「あの、ちょっといいですか?」
「はいはい、どのような事ですか?」
「ミナセ女王と呼ぶ侍女もいれば、マチュア女王と呼ぶ侍女もいる。どちらの呼び方が正しいのだ?」
 その問いには、侍女はクスリと笑って一言。
「マチュア女王と呼ぶことか許されているのは城内で働いているものたちだけですわ。正式な呼び方はミナセ女王ですから」
 と説明してくれた。

 本当の理由はマチュア付きの侍女しか知らない。
 中身がゴーレムのときはミナセ女王、本物のときはマチュア女王と区別して呼んでいるということを。

「あ、ジョセフィーヌさん。マチュア女王いますか?」
 とカレンが王城にやって来た。 
 今日は王城内にあるマチュア専用工房で、カレンと仕事の会話の予定であった。
「マチュア様でしたら、中庭で子供達と遊んで……遊ばれてますわ」
「はあ、有難うございました。それと、外でなんか人が倒れていたのですが、あれはなんでしょう?」
 カレンがやって来るとき、正門から少し離れた場所で人が倒れているのを見た。
 最近はよく見かけるので、丁度聴きやすいジョセフィーヌ女史が居たので、そう問いかけてみてのだが。
「このカナン城には、城全体にマチュア様が守りの加護を与えてあります。邪な心を持つものや、マチュア様や私たち王城に勤めているものを傷つけるようなものは、王城を包む結界に触れると感電するらしのです」
 ほはーう。
 とカレンも納得したらしい。
「まあ、白銀の賢者の名前は伊達じゃないと分かったので、私達も気をつけないとね」
 とカレンも納得するが。
「私達はマチュア様が作り出してくれた王城通行許可証というのを待っていますので。これ一枚で緊急時には結界も張れますし、転移門ゲートも自在に使うことができます」
 何それずるいわ。
 私も欲しい。
 という顔のカレンである。
「それに、私達王城に勤務する者は全てAランク以上の冒険者カードを所有しています。それが最低限、この城に勤めるための条件なのですよ」
「あら、それは大変ですね」
「そのかわり特典もありますわ。例えば、この『着替の腕輪』もその一つです」

――シュンッ
 と、一瞬で侍女のクラッシックメイドドレスが銀色のフルプレートアーマーに切り替わる。
「そ、それは一部の上流階級の貴族しか持っていない腕輪っ。噂でしが聞いたことはないけれど、侯爵家以上のものしか待たないのでは?」
 とかなり動揺しているカレン。
「いえいえ。偶然所持している方が、侯爵家以上の方達だけなのですわ。これもマチュア様が作ったものですから」
 はあ。
 もう驚くのも疲れたカレン。
「本当に、この国は何でもあるのよね」
「マチュア様曰く、このカナンは『どんな夢でも叶う、魔法を生み出すメカニズム。奇跡を生み出すスーパーシティ』だそうです。意味はよく分からないですけれどね」
 そんな会話をしてるうちに、カレンはマチュアと子供達のいる中庭にやってきた。

――グヘッ
 と子供達の下敷きになっているマチュア。
「か、カレン……ジョセフィーヌ……ヘルプミー……」
「はいはい。さ、皆さんそろそろおやつの時間ですよ」
 と子供達からマチュアを解放すると、楽しいお茶会が始まった。

「マチュアさまー、何かつくってー」
 と、最近になって開発した『どら焼き』を頬張る子供達。
 豆と砂糖さえあれば餡子は出来るというかなり乱暴理論で作ったが、まあなんとかなるものだ。
「なんか? お菓子?」
「面白いもの」
「凄いもの」
「格好いいもの」
「アルバート商会で売れるもフペシッ」

――スパァァァァァン
 どさくさに紛れてなんか喋るカレンに魔導ハリセンを叩き込む。
「君には夢がないのかね?」
「あるわよ。大陸最強の大商人」
 あっそう。
 とカレンは無視して何か作れないか探す。
 ふと、女の子の髪飾りに目が行くと、何かを思いつく。

――ピキーン
「ねー、この髪飾りは高いの?」
「アルバートさんとこのやつだよ、銅貨二枚」
 ほほう。
 ならば好都合。
「よし、ちょっとそれを貸してね」
「いいよ、はい」
 と蝶々の形の髪飾りを手にすると、マチュアは魔導制御球コントロールオーブを取り出した。
「さーてと。コントロール。魔力コントロールセット。物体浮遊と、ゴーレム化を付与。範囲は所有者の2m以内。オーナー権限は、髪につけている人のみ、違う所有者だ。で良いのかな」

――フゥゥゥゥン
 と髪飾りが輝き、そして光は消える。
「どや?」
 と髪飾りを戻す。

「「「「??????」」」」

「何も起こらないね?」
 と髪飾りを触ろうとすると。

――パタパタ
 と突然髪飾りの蝶々が羽ばたいて女の子の周りを飛び始めた。
「わわわ~。行かないでー」
 と叫ぶと、パタパタと戻って来て髪に停まり、じっとしている。
「上手く出来るものだなー。空飛ぶ髪飾り」
 とマチュアは呟くが、髪飾りを持ってない子供達は羨ましそうに見ている。
「はぁー。またとんでもないものを作ったわね。ちょっと待ってて。その髪飾りもう売れないからカナンの倉庫にしまってあるのよ。取ってくるわ」
 とカレンが告げると10分ほどで帰ってくる。
 空飛ぶ箒に跨ったカレンは子供達にも人気であるらしく、中庭で箒を羨ましそうに見ていた。

――ドサッ
 と大きめの木箱を取り出すと、マチュアに手渡す。
「お好きにどうぞ。色々な形の髪飾りを持って来たわよ」
「ほうほう。ではやって見ますか」
 と、少し離れたところで深淵の書庫アーカイブを起動。量産化の魔法陣をセットすると、先程の髪飾りを借りて中心に置く。
「それじゃあ、量産化プロダクション発動っと」
 魔法陣が輝き、上に35:00のカウントが始まった。
「35分か。それまで何してる?」
 とみんなのいる所に戻ってくる。
「お姉ちゃんみたいに箒で空を飛びたい」
「わたしもー」
「ぼ、僕も僕も」
 次々と空飛ぶ箒に乗りたがる。と、流石のマチュアも、これには腕を組んで考えていた、
「あのね、この空飛ぶ箒はカナンの秘密の一つなのよ。これだけはマチュア女王様も困っているでしょ?」
「いや、そうでもないよ。よし、これで遊ぶかー」
 とバックから大量の空飛ぶ箒を取り出すと、好きなものを選んでもらった。
それを一つ一つ、オーナー権限と高度や速度などの飛翔条件をセットすると、その場の全員に空飛ぶ箒をプレゼントした。
 ちゃっかりカレンも新しい物を貰っているが。
「さて、乗り方は説明したね。これは最新型の空飛ぶ箒で、使用者の魔力が一定量を超えるごとに速度も高度も上がるのよ」
 と言うことで、子供達はカレンとマチュアの二人から空飛ぶ箒の安全なやり方を教わる。
 暫くすると、先程の木箱に施した魔法陣が終了する。

「お、出来たかな?」
 と木箱の中身を石畳みに広げる。
 大小様々な、そして種類も蝶々だったりカブトムシのような甲虫だったり、色々なものが混ざっていた。
「どれでも好きなものを三っつ上げるよ。さっきのこれは返すね」
 と借りていた蝶々を返すと、子供達はワーーッと自分の好きなものを手に取った。

 手に取って少しすると、それはその子のものになる。
 子供達は勝手に交換したりあげたりするから、オーナー権限は一番軽い『所有時間で勝手に切り替わる』やつをセットしたのである。

 その姿を見て、カレンは少し嬉しかったが。
「アルバート商会でも不良在庫ってあるんだ」
「当たり前でしょう?何でも売れる訳ではないわよ。まだ目利きができなかった時代に騙されて買ったものもあるのよ」
「あの髪飾りは?」
「あれはお爺様が買ったものですわ。まだアルバート商会が小さかった時代に、買い物について来ていたた子供達にタダで配っていたものなのですから」
 損して得を取れ。
 それを実践していた先代。
「じゃあ、残りのこれは全部カレンにあげよう。爺様の意思をちゃんと継ぐのだよ」
「それじゃあ、これは売れないじゃない……仕方ないわね、商会に来た子供達にでも配るわよ」
 と木箱に髪飾りをしまうのだが。
 箱の隅っこに小さな鞄が入っているのに気がつく。
「ありゃ?カレン、余計なものも入っているよ」
 とバックに手を入れると、中から猫のぬいぐるみが出てくる。
「これは、お爺様からプレゼントされたぬいぐるみですわ。懐かしいですね」
 と呟くと、ネコのぬいぐるみはトコトコとカレンに近寄っていく。

「やっちまった……ぬいぐるみ動くのかー」
「ど、どういうことですか?」
「さっきの魔法陣はね、サンプルを一つ入れて材料を入れると、サンプルを元に自動的に大量生産してくれるんだよ。あの箒も、この髪飾りも、そうして作ったんだけれどね」
「ふぅ。とうとう魔導器の量産ですか」
「量産品は魔道具として売るよ。はい、あとは任せた」
 と言うことで木箱を手渡す。

 暫くして夕方の鐘がなったので、子供達は家路に着いたのである。
 王城から空飛ぶ箒でノロノロと飛んでくる子供達。
 何名かの商人が子供達に話しかけていたが、子供達は新しいオモチャを取られたくないのか、無視して家路を急ぐ。
「さーてと。ゆっくりと休めたし。ククルカンもやっと情勢が安定したから、次の仕事を始めますか」
「ではこれで失礼しますわ、また遊びに来ますので」
 と告げるとカレンもサムソンに帰る。
 そして、マチュアは自分の行なった失敗に後で気づくことになる。
 髪飾りの虫たちは所有者の意思で自在に飛ぶ、というか動く。
 この動く虫を使ったバトルが、下町の子供達の間で人気が爆発したのである。
 カナン発祥のこのミニゴーレムを使ったバトルはやがて『ゴーレムキング』と呼ばれ、下町の子供達に広く伝わっていくことになる。

――そしてアルバート商会
「お嬢っっっ。あの木箱が勝手に動きます。ほら」
 と倉庫番の男がカレンを呼んできた。
 マチュアから手渡されたミニゴーレムの髪飾りの詰まった木箱だが、外から声を掛けると蓋が自動的に開閉するのである。
「い、一体なんでしょうか?」
「あー、心当たりはあるわね。ま、害はないから放っておいて」
 と説明すると、事務室に戻る。
「魔法陣の中のものすべてに付与かぁ。容れ物まで付与されるとは、マチュアも考えてはいなかったでしょうね」
 クスクスと笑いながら、事務仕事をサボってカナンに遊びに行った結果、カレンに待っていたのは丸一日分の事務仕事である。
「はぁ。マチュアに事務仕事用のゴーレム作ってもらうかなぁ」
 と思ったが、それは夢の世界だとカレンは思った。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 ククルカン王国がカナン魔導王国の属国となって暫くして。
 いつものように馴染み亭のテーブルで、羊皮紙を広げて眺めているマチュア。
「まだラマダ公国は動かないか。そろそろ業を煮やして動きそうなものなのだがなぁ……」
 次にラマダ公国がどう動くか。
 マチュアはそれを予測して作戦を考えている。
 と、突然、久し振りのストームからの連絡が届いた。

――ピッピッ
「マチュア。聞こえるか? 」
『はあ。今長閑なランチタイムなう。命の危機かい?』
「そんな筈あるか。俺を誰と思っている?」
『漂流王』
「そのあだ名つけたのはシルヴィーだろ。あいつ今度正座だ。兎に角急を要する。転移してこい」
『あんた馬鹿か?死ねと?』
「座標は分かるのだろう?それで転移できるのなら飛んでこい」
『そこに大きな障害物あったら私死ぬんですけれど』
「大丈夫だ。座標は俺のいるところ、高度5000mで来い」
『あーーー、そっか。その手があったか。落ちたら死ぬけどな。今行くわ』
―― ピッピッ

「さてと、ちょっと和国いってくるね」
 とジェイクに話を通してから、マチュアは自室に戻って指定の座標に転移した。

――ゴゥゥゥゥゥッ
 と突然のスカイダイビング。
 高度5000mは、兎に角寒い。
 そして少しだけ苦しい。
「おおっと。箒‥‥箒‥‥」
 と慌てて箒を取り出すとそれに横座りになって速度を落とす。
 やがて地上にストームの姿を確認すると、ゆっくりと降りていった。 

――キィィィィン
「あんた天才だよ。高度を上に取るのは考えていなかったわ」
 とストームの背中をパンパンと叩くが、突然空から降りて来たマチュアに、目の前の女性は腰を抜かしそうになっていた。
「ま、魔法使いだ。異国の冒険者にはいるとは聞いてたけれど、本物の魔法使いだ……」
 ゆっくりと立ち上がると、女性はパンパンと埃を落としてマチュアに向かった。
「刀鍛冶の大月だ。初めまして」
「カナン魔導王国の賢者マチュアです。で、ストームの彼女?」
「いやいや。色々とあって困った事になったんだけれど、ストーム殿が大丈夫だと言うので……」
 と状況を説明する大月。
 近々大きな戦があり、鍛冶師たちには武具の大量注文があったらしい。
 が、どうやら納期が間に合わないらしく、このままでは合戦場まで連れて行かれる羽目になるそうだ。


「そこで、マチュアの『複写』の魔法で同じもの大量に作れるだろう?」
「あれは魔法的に外見を写すだけだから。それに大体七日で消えるけど?」
「ま、真面目に?」
 と動揺するストーム。
「真面目に。そんなの納品したら消えた後でイチャモンつけられるよ」
 頭を抱えるストーム。これは予想外であった。
「何か方法はないか?」
 と言うストームに、マチュアは久しぶりの悪い笑顔。
「アダマンタイトとミスリルのインゴットくれ。代わりにシチューやるから」

――ドカドカッ
 と大量のミスリルとアダマンタイトを出す。
「これでいいか?」
「おっけ。なら、そのお嬢さんの刀を一本貸して?」
 と大月に話すと、家から一振りの刀を持って来た。
「私が作る中では結構出来のいい刀だ。業物の鑑定はつけられている」
「宜しい。では早速、深淵の書庫アーカイブ起動。と。量産化の魔法陣をセットして……ストーム、鉄のインゴットを、大量に魔法陣の中に置いてくれるかな」
「あ、ああ。何だこれは?」
 ドカドカッとインゴットを放り込む。
 やがて魔法陣が輝くと、インゴットが溶けて刀の形を成し始めた。
「完成まで一時間か。まあ、一時間後には200本完成するから待ってな。それまで私は遊びに行ってくる」
 と箒に乗ってマチュアは何処かに遊びに行った。

――そして
 静かに魔法陣が消滅する。
 街で大量に仕入れをして来たマチュアは、魔法陣の中にあるオリジナルの刀を大月に戻した。
「はいありがとうさん。で、これが全て、その刀を量産したものさ。確認しておくれ」
「……とうとう魔法による産業革命まで起こしたのかよ」
「しないよ。各種ギルドが潰れるわ。自分の作った魔道具だけだよ、これで量産したのは」
と言う会話を他所に、大月は一つ一つの刀を吟味する。
「し、信じられない。これが魔法なの?」

――ドヤァ
 と言う顔で大月を見ると、マチュアはストームに向き直す。
「では、またな」
「応、ありがとうよ」
 と告げて、マチュアはスッとカナン魔導王国に転移した。

――スッ
「しっかし、あいつまた目の前のことしか見えていないな。私が行けたんだから帰ってこれるだろうに‥‥まあ、いっか‥‥」
 と再び酒場のテーブルに戻ると、先程の続きを始めることにした。



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