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第三部 カナン魔導王国の光と影
カナンの章・その9 拳で語って食べたら仲直り
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その日。
ラマダ公国では、ライオネル大公の絶叫が響いていた。
孔明の部下である扈三娘がもたらした報告を、孔明を通じて聞かされたのである。
孔明の策ならば、今頃はククルカン王国はラマダ公国のものとなっていた。
が、いまの状態はどうだ?
ククルカン王国はまんまとカナン魔導王国の属国となり、最近はカナンを始めとしたラグナ・マリア帝国から、騎士や執務官などが派遣されている有様である。
加えて、カナン魔導王国改めカナン魔導連邦の国境沿いは、派遣された騎士団によって厳重に監視されている。
「何処だ、一体何処で作戦が漏れた!!」
「ライオネル大公。これは作戦が漏れたのではありません。こちらの手が全て読まれ、その上で相手が上をいったのです」
孔明が冷静にそう告げるので、ライオネルの激情も少し落ち着いた。
「済まぬな。それで?」
「報告によれば、ミナセ女王は『離間《りかん》の計』や『埋伏の毒』といった、わが故郷である西楼国の策を行なったと。かの女王は、私と同等かそれ以上の軍師の才を持ちます。加えて武の方も、国で我が主人と共に国を護っている関羽将軍と同等かと」
孔明としても考えたくはない。
知略と武略のどちらも使いこなし、人心掌握に長けた存在が敵になるなど。
「次の手は?」
とライオネルが問い掛けると、孔明は暫し考えた。
「‥‥ミナセ女王の言葉を信じれば、既に我が国内に脅威はありません。先日報告にあった、黒帽子なる奴隷商人と、奴らから奴隷を買い上げていた貴族達が謎の組織によって囚われました。恐らくは、ミナセ女王の手によるものが捉えたのではないかと」
最近になって、奴隷商人と支援していた貴族達が大勢捕まるという事件があった。
その正体は全く不明で、全ての奴隷達の姿も消えていたのである。
「和平交渉です。が、それを隠れ蓑としましょう。向こうから交渉を断つようにワザと途方もない条件を突きつけるのです、そして………しかないかと」
一瞬拳を握るライオネル。
だが、直ぐに手を緩めた。
「そうだな。和平交渉のテーブルを準備するよう……あとは任せた」
と告げて、ライオネルは席を立つ。
「御意……」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
時間は少し戻る。
マチュアがククルカン王国を属国とした二日後。
――ダラダラダラダラ
顔中から脂汗を流し、その場に跪いているマチュア。
目の前の玉座には、レックス皇帝が不機嫌そうに座っている。
マチュアは一連の報告をするために王都ラグナにやってきたのだが、どうもレックス皇帝の機嫌が悪い。
「まあ、報告は聞いた。随分と派手にやったものだなぁ。何故私が不機嫌なのか、分かるか?」
「勝手に属国を増やしたからですか?」
と、呟くが。
「別にやるのは構わんが、次からは一言先に告げてくれ。領土が豊かになるのは良い。マチュアの事だ、ククルカン王国の民を思って行なったのだろう? もう面を上げろ」
「ふう。陛下のおっしゃる通りですよ。ではついでにお話を」
「なんだ?」
「帝国を豊かにするために、優秀な人材を派遣してください。政治家とか、とにかくあの国は全て元老院任せで、いまはまともに機能していません」
と懇願する。
「わかった、直ぐに手配する。転移門は配置してあるのか?」
「まっさかー。一番危ない国をこれから相手にするのですよ?ラマダ公国を手に入れるまでは配置なんて出来ませんよ」
と、笑いながら告げると。
「マチュア、あの国はそこまで駄目なのか? ラマダの大公は我が血筋でもあるのだ。是正は出来ないのか?」
と淋しそうな表情で告げる。
「お言葉ですが陛下。かの国はククルカン王国とカナン魔導王国を掌握するために今でも牙を磨いています。あの国が次に売ってくるであろう手は和平交渉。その席で素直に和平に応じれば良いのですが、必ずこちらの牙を折る手段を考えてくるでしょう」
戦時下においての一時的和平など時間稼ぎに過ぎないのは、過去の歴史で明らかである。
「一番の問題は、ラマダ公国がなりふり構わずに北方のシュトラーゼ公国と手を結ぶ事。それだけはやらせてはなりません」
「そうか。まあ、マチュアに任せるか」
と少しホッとした表情で深く席に座る。
「最近の体調はいかがでしょうか?」
と軽い話を振ってみる。
「よる年波には勝てぬよ。こう見えても既に100歳を超えているのだ」
――ファッ
「い、今なんと?」
「100歳を超えとるのだ。ラグナの長兄の血筋は長命となる。ラグナ本人が500まで生きたのだからな」
驚きの事実。
「そのことは、他の国王はご存知で?」
「当然だ。だからこそ、ラマダ公国の件は捨てて置けないのだ」
道理で。
「そうですか。では、あまり派手にはやらないように可能ならば穏便に」
「頼むぞ」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
カナン魔導王国にラマダ公国から書簡が届いたのは、ククルカン王国が属国になった事が交付されたから一ヶ月後である。
ククルカン王国はラグナ・マリア王都とカナン魔導王国から優秀な人材が派遣されると、新政府が樹立した。
国王は以前と変わらないが、悩みの種が無くなったからか前よりも少し太っている。
マチュアの作った『痩せる魔道具』で現在の体型を何とか維持しているようだ。
自警団なども再編成され、腐敗の元となるものは次々と取り締まっていく。
やがて一月もすると、国民はククルカン王国がカナン魔導王国の属国である事など忘れたかのように、普通の生活に戻っていた。
「ミナセ女王、ラマダ公国から和平交渉を行いたいとの書簡が届いています」
イングリッドが執務室で仕事をしているマチュアの元に書簡を持ってくる。
「中身は確認した?」
「はい。日付の指定と、場所はラマダ公国王城で行いたいと。和平の条件ですが、まるで喧嘩を売っているかのような文面です」
と少し怒っているイングリッドから書簡を受け取ると、それに目を通す。
・カナン魔導王国は、ラマダ公国と通商条約を結ぶ事。
・和平の代償として、ラマダ公国はカナン魔導王国に対して通行可能な門を開く。
・カナン魔導王国は、ククルカン王国の領土の三分の一をラマダ公国へ譲り渡す事。
・カナン魔導王国の持つ魔導器の開発技術を、ラマダ公国にも与える事。
・書簡を受け取ってから7日以内に返事を頂けない場合は和平交渉は行わない事とする。
「うん、喧嘩売ってるね。ここまで人を馬鹿にした書き方は珍しいよね」
と、マチュアは笑いながらイングリッドに告げる。
「笑い事ではありませんよ。ラマダ公国の方が明らかに上だから、和平してやる代わりに貢げと言っているのですよ」
「まあ、あっちはラグナ・マリア王家の血筋だからね。上といえば上だねー」
とマチュアは相変わらず、のんびりとしている。
「何故そこまで平気なのですか?」
「だって!これは私を怒らせて、こちらから和平交渉を切るための文面だもの。その手には乗りませんよ。これで和平交渉を切ると、次は向こうから一方的に不可侵条約を結んでくるでしょう? それでラマダ公国が何をしているのか外に漏れないようにするのですよ」
と告げると、マチュアは書簡の返事を書くようにイングリッドに頼む。
「まさか、この条件をお受けになるのですか?」
「まさかぁ。通商条約だけは認めるが、そもそも何方が上なのか理解しているのかって書いといて、で、私が持っていくから」
――ハァー
と溜息をつくイングリッド。
「せめて護衛だけでもお付けください」
「ゼクスとファイズに頼むよ。それでいいでしょう?」
「表向きにつけて頂けるのなら。では早速ご用意します」
とイングリッドは自分の部屋に戻っていく。
やがて親書を手渡されると、騎士団の姿に変化したファイズとゼクスを伴って、ラマダ公国の郊外へと転移した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
長閑な風景。
日本の田園風景が広がっている。
田圃が四角でないのはまあ、余興と思いつつ、一行は正門へと歩いていく。
マチュアはいつもの空飛ぶ絨毯に乗ると、いつもの賢者スタイルに換装する。
――フワァッッ
と正門に並んでいる人々の後ろに普通に並ぶと、素直に順番を待っている。
「おねーさん、これどうして浮いてるの?」
と後ろに並んでいる子供達に問いかけられた。
畑仕事を手伝っていたのであろう、後ろでは父親が頭を下げている。
「魔法だよ、乗ってみるかい?」
と手を差し出して親を見ると、笑いながら頭を下げたので子供達を乗せてあげることにした。
「ファァア、飛んでるよ」
「絵本の中の魔法使いさんだ」
「んー、そうと言えばそう」
空間からマルムの実を出して子供達と父親にも手渡す。
――シャクッ
と先にマチュアが齧り付くと、子供達も真似て食べ話始める。
やがてマチュア達の順番になったので、一旦子供達を降ろすと、正門の騎士に向き直る。
「旅の騎士か。何か身分を証明するものは無いか?」
と告げると、マチュアは躊躇なくプレートを提示する。
「カナン魔導王国のマチュア・ミナセだ。大公に取次ぎを頼みたい」
その言葉で騎士は動きが止まる。
受け取ったプレートはまさしく王家のもの。
まさかの女王単独での来国に、騎士は動揺をかくせない。
「しょ、少々お待ち下さい」
「連絡がつくまで横にいるから、後ろの手続きを進めて下さいね」
――スーツ
と絨毯で横にずれると、先程の子供達を見送る。
街の中に入る人々の顔を見ると、みな充実した顔をしていた。
「臣民が普段から笑える国は良い国です」
ゼクスがマチュアに告げると、ファイズも静かに頷く。
やがて早馬に乗った騎士が駆けつけて来ると、急ぎ馬から降りて一礼する。
「無礼をお許し下さい。カナン魔導王国のミナセ女王ですね。ようこそラマダ公国へ。此方へどうぞ、王宮までご案内します」
「わざわざありがとうございます。先導、宜しくお願いします」
と馬の後ろを空飛ぶ絨毯でついて行く。
――ピッピッ
(こちらマチュア、ツヴァイ何処?)
『王城です。謁見の間の隣の隠し部屋で孔明は待機しています』
(ドライは?)
『マチュア様の前方です。人影に隠れています。目印は………』
(はい見つけた。そのまま待機で)
――ピッピッ
ドライに告げられた方角をじっと見るとらマチュアは軽く頭を下げる。
と、町娘に変装していた扈三娘は、すっと人影に隠れた。
やがて王城が視界に入ると、マチュア達はそのまま跳ね橋を通って城門の中に通される。
(さて、静かに言いたいのだけれどねえ。無理だよなぁ)
と高機動戦闘術式を起動すると、それを魔力で維持する。
正門入口の前で絨毯から降りると、それは丸めて空間に放り込む。
「では此方へ」
決して待たせる事もなく、スムーズに謁見の間へと案内されると、そのまま扉を開けられた。
正面玉座にはライオネル・ラグナマリアが座っている。
そして両側の壁には近衞騎士が整列していた。
マチュアは、そのままツカツカと入ると、ライオネルの少し手前に立つ。
「来たな小娘。大公の前で頭を下げぬとは無礼では無いのか?」
と怒気をはらんだ声で告げて来る。
ゼクスとファイズには素直に跪くように指示してあったので、今は跪いている。
と、マチュアは書簡を取り出すと、ライオネルの足元に放り投げた。
――ポイッ
「親書だよ、拾えよ」
マチュアは玉座のライオネルを睨みつける。
ライオネルもまた、マチュアを睨みつける。
壁際で待機している騎士達はその二人の雰囲気に飲まれて身動きが取れない。
(やると思ったのですよ)
(全く‥‥馬鹿なんだよ、うちの主人は)
――ピッピッ
『こちらツヴァイ。玉座右壁の向こうから孔明が見ています』
(そのまま待機)
『了解しました』
――ピッピッ
とライオネルが体を屈めて親書を拾おうとした時。
――ヒュンッ
と素早くナイフを投げて来るライオネル。
そして踏み込んでくると、いきなり抜刀し、横一閃に斬りかかって来る。
――ガギイッ
その動きに合わせて飛んで来たナイフの柄を握ると、逆手で持ち直して横一閃を弾き飛ばす。
瞬時に騎士団も抜刀するが、振り向いて抜刀したゼクスとファイズの殺気に当てられて、身動きが取れない。
――ギン、ガギィィィン
「此処まで無礼な振る舞い断じて許さん。和平など知ったことか、交渉決裂だ」
「うるさいわ。それはこっちの台詞だ。交渉決裂したくなければ和平交渉しろや」
――キィィィン
「何だと、和平交渉など誰がするか、ならば不可侵条約を飲め!!」
「それはこっちの台詞だ。不可侵条約なんか知ったことが。そんなもの交渉決裂だ。和平条約の交渉を続けろ」
――ガキガキィン
「貴様のカナン如き、潰すのは朝飯前だ」
「煩い。こちとらお腹が減っているんだ。野菜のスープが飲みたいんだよっ」
――ドゴォッ
「野菜などしったことか、武人なら肉だろうが」
「この脳筋野郎。肉ばっかり食っているから戦争したいんだろうが、脳筋大公が」
――ガキガキィ
「此処まで無礼な振る舞い断じて許さん。和平など知ったことか、交渉決裂だ」
いつの間にか振り出しに戻る。
激しく剣とダガーを打ち鳴らす二人。
もう二人とも熱くなりすぎて訳が分からなくなっている。
「双方武器を収めなさい。大公陛下、親善に来たものに対して抜刀するとはなんですか」
慌てて孔明が隠し扉から出て来る。
と、マチュアは慌てて自分の足元にダガーを投げ捨てる。
「ようやく出て来ましたか。貴方が出てこないと話が始まりませんからね」
孔明に窘められると、ライオネルも剣を収めて玉座に戻る。
「ふん。ちょっとした余興だ」
やれやれという顔で親書を手に取ると、孔明はスッと目を通す。
「ミナセ女王。我々が出した和平交渉の条件についての返事が書いてありませんが」
「書いてあるでしょう?通商条約なら考えるって。何でカナンがこんな弱小国に領地を渡さないとならないのよ」
――ガシッ
とライオネルが柄に手を当てる。
「では、この和平交渉は無かったことになりますが。我々はあの条件から引く気はありませんので」
「でしたら、このラマダ公国は地図から消えるだけですわ。それでよろしい?」
「戦争か。ならば好都合だ、貴様達も生きて帰れると思うなよ」
とライオネルが立ち上がるが。
「カナンは自分から進軍なんてしませんよお。此処を滅ぼすのはカナンではなくて、北方のシャトレーゼ公国と、その周辺諸国からなる連合国ですよ。詳しいことは、この国のトスカーナ侯爵と教会のギュンター枢機卿、ゴルドバの三人がシャトレーゼと内通していますから確認してください」
とマチュアは笑いながら告げる。
「どういう事だ、詳しく話せ」
「構いませんけれどねぇ‥‥と、そこの騎士動くなっ」
そっと外に向かおうとした騎士に向かってマチュアが叫ぶと、周囲の騎士が今まさに扉から飛び出そうとした騎士を取り押さえる。
「騎士団にも内通者が。貴様も何か知っているな?」
ライオネルが騎士に問いかけると。
「わ、私は何も知りません。信じてください」
――キィィィン
ライオネルの瞳が少しだけ輝く。
「嘘だな。儂の瞳は全ての嘘を見抜く。貴様には後で色々と聞くことにしよう」
ライオネルはそう告げて席に戻ると、そのままマチュアを睨みつける。
「所詮貴様も、このラマダ公国を手中に収めるつもりなのだろう?」
「カナンに敵対すらなら全力を持って潰します。私が求めているのは戦争ではなくて平和ですから」
――キィィィン
マチュアの言葉からは嘘は見えない。
「このジャジャ馬女王が。孔明、その騎士を連れて行け。トスカーナとギュンターには気づかれるな、何も無かったようにだ」
「仰せのままに」
と一礼すると、孔明と数名の騎士が退室する。
「で、これからどうするのだ?」
「さあ? 此処までしか考えていなかったもので。とんでもない書簡寄越すから文句言いに来ただけですよ。シャトレーゼ公国の話は本当ですけれどね」
――クククククッ
とライオネルが笑う。
「よし、飯だ。晩餐の用意をしろ」
その言葉を聞いて、騎士の一人が走っていく。
「どうだ? 飯でもくいながら腹を割って話そうではないか」
「私は料理には煩いですよ」
と笑いながら部屋の外に歩いていくライオネルとマチュア。
その後ろを、ファイズとゼクスはついていくだけであった。
(なんだろ、馬鹿なの?)
(こちらツヴァイ。マチュア様は、基本馬鹿と思うと対処が楽ですので。では)
とツヴァイがファイズとゼクスの二人に忠告した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
テーブルを覆い尽くす料理の数々。
ラマダ王城の広間に通されたマチュアとファイズ、ゼクスの三人は、正面に座って黙々と食事を取っているライオネルに圧倒されている。
横にはラマダの執政官と軍師・孔明も座り食事を取っている。
一人一人に分けられて出されるコース料理ではなく、大皿で運ばれて来たものを取り分けて食べる中華料理に近い。
「どうした? 食べないのか?」
と告げると、孔明がスッと立ち上がってファイズ達に取り分けようとした。
「あ、この食べ方は分かっていますからご心配なく」
とマチュアがゼクスとファイズに取り分けると、先に食べ始める二人。
『毒など無し。食べてよしです』
とゼクスが念話でマチュアに話しかける。
「ではご遠慮なく」
と告げてマチュアも黙々と食べ始める。
途中から粒マスタードやマヨネーズを取り出すと、それらを使って味を変えたりしていた。
「して、実際のところはどうなのだ?」
「ライオネル大公は嘘を見抜けるのですよね?だから単刀直入に言います。カナンの地に侵略するのなら全力で叩き潰しますが、手を出さないのなら何もしませんし、諸外国のように通商条約でも貿易でも何でもやりますよ」
――キィィィン
「嘘はないか。一国の女王なら、領土を広げたいという野心は無いのか?」
「面倒臭い。拡げても結局は任せっぱなしになるから変わらない。まあ、攻めてこないっていう確約があるなら、基本放置だよ」
――キィィィン
「ふう。全くやり甲斐のない。どう思う孔明」
「ライオネル大公はラマダ公国を良き国としたいのですよね。しかし、既に隣国であったククルカン王国は我々より先にカナンによって陥落しました。舵取りを変えた方が良いかと思われますが」
孔明が丁寧に告げると、ライオネルも骨つき肉を齧りながら頷く。
「良き国と言うのは、民に愛される国です。むやみな侵略行為は、民に不安を募らせ、やがてはそれが爆発するもの。それは愚策と言うものです」
「だそうだ。ククルカン王国はどうなのだ?」
「さあ?圧政から解放されて、昔の豊かさを取り戻していますが何か?」
マチュアも対抗して骨つき肉に手を伸ばすが、それはゼクスに止められた。
「それ以上いけない。太ります。カロリーに支配されますよ」
「ぬぁぁぁ。食べたかったのにぃぃぃ」
と暫し落ち込むマチュアだが。
「では、此方としても戦争などで民を不安に煽るようなことはしたくない。その為に策を練ったのだ。シャトレーゼ公国の件もあるから、この食事会で一度手打ちとしよう。両国に公平な通商条約なら締結しても構わない」
と手を止めてそう告げる。
「お互い対等に。通商条約を基本として国交を結ぶ方向で考えて頂けるなら。魔導器が欲しければ奪うのではなく買いに来てください」
それで話はついた模様。
正式な会談はまた後日となり、マチュア達はライオネルに見送られてラマダ公国を後にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ラマダ公国、大公の執務室。
開け放たれた窓から外を眺めつつ、ライオネルは先日訪れたカナンのミナセ女王の事を思い出していた。
「やはり気になるのですか?」
「この通商条約、対等に結ぶのが果たして正しいと思うか?」
孔明は机の上に置いてある、孔明自身が考えた通商条約を纏めている所である。
「その気になれば、あの女王はカナン有利な条件を出すことも出来た筈です。そうなるとまた交渉決裂となり、さらなる争いにもなったでしょう。全て対等にと言うのは、中々難しいものです」
「そうか。そうだな……」
と何か考え事をしているライオネル。
――コンコン
「入れ」
「失礼します。トスカーナ侯爵が、シャトレーゼ公国の商人を通じて彼の国と連絡を取っていたと白状しました。ククルカン王国、ラマダ公国、カナン魔導王国、北方のファナ・スタシア王国の四国を落とし、シャトレーゼ公国の基盤を此方にも作る為に画策していた模様です」
近衛騎士がライオネルに報告する。
「ギュンター枢機卿はどうした?」
「トスカーナ侯爵が捕縛された時は、既に教会には姿がありませんでした。身の回りのものもなく、既に国外に逃亡したかと思われますが」
「分かった。引き続き調査を続けろ」
と告げられて、近衛騎士は退室する。
「ミナセ女王の言葉が証明されましたか。これは素直に条約を締結しなくてはなりませんね」
全く。
突然やって来て引っ掻き回しては、話をうまく纏めていく。
ロクでもない女王がラグナ・マリア帝国にはいるものだと、ライオネルは苦笑していた。
ラマダ公国では、ライオネル大公の絶叫が響いていた。
孔明の部下である扈三娘がもたらした報告を、孔明を通じて聞かされたのである。
孔明の策ならば、今頃はククルカン王国はラマダ公国のものとなっていた。
が、いまの状態はどうだ?
ククルカン王国はまんまとカナン魔導王国の属国となり、最近はカナンを始めとしたラグナ・マリア帝国から、騎士や執務官などが派遣されている有様である。
加えて、カナン魔導王国改めカナン魔導連邦の国境沿いは、派遣された騎士団によって厳重に監視されている。
「何処だ、一体何処で作戦が漏れた!!」
「ライオネル大公。これは作戦が漏れたのではありません。こちらの手が全て読まれ、その上で相手が上をいったのです」
孔明が冷静にそう告げるので、ライオネルの激情も少し落ち着いた。
「済まぬな。それで?」
「報告によれば、ミナセ女王は『離間《りかん》の計』や『埋伏の毒』といった、わが故郷である西楼国の策を行なったと。かの女王は、私と同等かそれ以上の軍師の才を持ちます。加えて武の方も、国で我が主人と共に国を護っている関羽将軍と同等かと」
孔明としても考えたくはない。
知略と武略のどちらも使いこなし、人心掌握に長けた存在が敵になるなど。
「次の手は?」
とライオネルが問い掛けると、孔明は暫し考えた。
「‥‥ミナセ女王の言葉を信じれば、既に我が国内に脅威はありません。先日報告にあった、黒帽子なる奴隷商人と、奴らから奴隷を買い上げていた貴族達が謎の組織によって囚われました。恐らくは、ミナセ女王の手によるものが捉えたのではないかと」
最近になって、奴隷商人と支援していた貴族達が大勢捕まるという事件があった。
その正体は全く不明で、全ての奴隷達の姿も消えていたのである。
「和平交渉です。が、それを隠れ蓑としましょう。向こうから交渉を断つようにワザと途方もない条件を突きつけるのです、そして………しかないかと」
一瞬拳を握るライオネル。
だが、直ぐに手を緩めた。
「そうだな。和平交渉のテーブルを準備するよう……あとは任せた」
と告げて、ライオネルは席を立つ。
「御意……」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
時間は少し戻る。
マチュアがククルカン王国を属国とした二日後。
――ダラダラダラダラ
顔中から脂汗を流し、その場に跪いているマチュア。
目の前の玉座には、レックス皇帝が不機嫌そうに座っている。
マチュアは一連の報告をするために王都ラグナにやってきたのだが、どうもレックス皇帝の機嫌が悪い。
「まあ、報告は聞いた。随分と派手にやったものだなぁ。何故私が不機嫌なのか、分かるか?」
「勝手に属国を増やしたからですか?」
と、呟くが。
「別にやるのは構わんが、次からは一言先に告げてくれ。領土が豊かになるのは良い。マチュアの事だ、ククルカン王国の民を思って行なったのだろう? もう面を上げろ」
「ふう。陛下のおっしゃる通りですよ。ではついでにお話を」
「なんだ?」
「帝国を豊かにするために、優秀な人材を派遣してください。政治家とか、とにかくあの国は全て元老院任せで、いまはまともに機能していません」
と懇願する。
「わかった、直ぐに手配する。転移門は配置してあるのか?」
「まっさかー。一番危ない国をこれから相手にするのですよ?ラマダ公国を手に入れるまでは配置なんて出来ませんよ」
と、笑いながら告げると。
「マチュア、あの国はそこまで駄目なのか? ラマダの大公は我が血筋でもあるのだ。是正は出来ないのか?」
と淋しそうな表情で告げる。
「お言葉ですが陛下。かの国はククルカン王国とカナン魔導王国を掌握するために今でも牙を磨いています。あの国が次に売ってくるであろう手は和平交渉。その席で素直に和平に応じれば良いのですが、必ずこちらの牙を折る手段を考えてくるでしょう」
戦時下においての一時的和平など時間稼ぎに過ぎないのは、過去の歴史で明らかである。
「一番の問題は、ラマダ公国がなりふり構わずに北方のシュトラーゼ公国と手を結ぶ事。それだけはやらせてはなりません」
「そうか。まあ、マチュアに任せるか」
と少しホッとした表情で深く席に座る。
「最近の体調はいかがでしょうか?」
と軽い話を振ってみる。
「よる年波には勝てぬよ。こう見えても既に100歳を超えているのだ」
――ファッ
「い、今なんと?」
「100歳を超えとるのだ。ラグナの長兄の血筋は長命となる。ラグナ本人が500まで生きたのだからな」
驚きの事実。
「そのことは、他の国王はご存知で?」
「当然だ。だからこそ、ラマダ公国の件は捨てて置けないのだ」
道理で。
「そうですか。では、あまり派手にはやらないように可能ならば穏便に」
「頼むぞ」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
カナン魔導王国にラマダ公国から書簡が届いたのは、ククルカン王国が属国になった事が交付されたから一ヶ月後である。
ククルカン王国はラグナ・マリア王都とカナン魔導王国から優秀な人材が派遣されると、新政府が樹立した。
国王は以前と変わらないが、悩みの種が無くなったからか前よりも少し太っている。
マチュアの作った『痩せる魔道具』で現在の体型を何とか維持しているようだ。
自警団なども再編成され、腐敗の元となるものは次々と取り締まっていく。
やがて一月もすると、国民はククルカン王国がカナン魔導王国の属国である事など忘れたかのように、普通の生活に戻っていた。
「ミナセ女王、ラマダ公国から和平交渉を行いたいとの書簡が届いています」
イングリッドが執務室で仕事をしているマチュアの元に書簡を持ってくる。
「中身は確認した?」
「はい。日付の指定と、場所はラマダ公国王城で行いたいと。和平の条件ですが、まるで喧嘩を売っているかのような文面です」
と少し怒っているイングリッドから書簡を受け取ると、それに目を通す。
・カナン魔導王国は、ラマダ公国と通商条約を結ぶ事。
・和平の代償として、ラマダ公国はカナン魔導王国に対して通行可能な門を開く。
・カナン魔導王国は、ククルカン王国の領土の三分の一をラマダ公国へ譲り渡す事。
・カナン魔導王国の持つ魔導器の開発技術を、ラマダ公国にも与える事。
・書簡を受け取ってから7日以内に返事を頂けない場合は和平交渉は行わない事とする。
「うん、喧嘩売ってるね。ここまで人を馬鹿にした書き方は珍しいよね」
と、マチュアは笑いながらイングリッドに告げる。
「笑い事ではありませんよ。ラマダ公国の方が明らかに上だから、和平してやる代わりに貢げと言っているのですよ」
「まあ、あっちはラグナ・マリア王家の血筋だからね。上といえば上だねー」
とマチュアは相変わらず、のんびりとしている。
「何故そこまで平気なのですか?」
「だって!これは私を怒らせて、こちらから和平交渉を切るための文面だもの。その手には乗りませんよ。これで和平交渉を切ると、次は向こうから一方的に不可侵条約を結んでくるでしょう? それでラマダ公国が何をしているのか外に漏れないようにするのですよ」
と告げると、マチュアは書簡の返事を書くようにイングリッドに頼む。
「まさか、この条件をお受けになるのですか?」
「まさかぁ。通商条約だけは認めるが、そもそも何方が上なのか理解しているのかって書いといて、で、私が持っていくから」
――ハァー
と溜息をつくイングリッド。
「せめて護衛だけでもお付けください」
「ゼクスとファイズに頼むよ。それでいいでしょう?」
「表向きにつけて頂けるのなら。では早速ご用意します」
とイングリッドは自分の部屋に戻っていく。
やがて親書を手渡されると、騎士団の姿に変化したファイズとゼクスを伴って、ラマダ公国の郊外へと転移した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
長閑な風景。
日本の田園風景が広がっている。
田圃が四角でないのはまあ、余興と思いつつ、一行は正門へと歩いていく。
マチュアはいつもの空飛ぶ絨毯に乗ると、いつもの賢者スタイルに換装する。
――フワァッッ
と正門に並んでいる人々の後ろに普通に並ぶと、素直に順番を待っている。
「おねーさん、これどうして浮いてるの?」
と後ろに並んでいる子供達に問いかけられた。
畑仕事を手伝っていたのであろう、後ろでは父親が頭を下げている。
「魔法だよ、乗ってみるかい?」
と手を差し出して親を見ると、笑いながら頭を下げたので子供達を乗せてあげることにした。
「ファァア、飛んでるよ」
「絵本の中の魔法使いさんだ」
「んー、そうと言えばそう」
空間からマルムの実を出して子供達と父親にも手渡す。
――シャクッ
と先にマチュアが齧り付くと、子供達も真似て食べ話始める。
やがてマチュア達の順番になったので、一旦子供達を降ろすと、正門の騎士に向き直る。
「旅の騎士か。何か身分を証明するものは無いか?」
と告げると、マチュアは躊躇なくプレートを提示する。
「カナン魔導王国のマチュア・ミナセだ。大公に取次ぎを頼みたい」
その言葉で騎士は動きが止まる。
受け取ったプレートはまさしく王家のもの。
まさかの女王単独での来国に、騎士は動揺をかくせない。
「しょ、少々お待ち下さい」
「連絡がつくまで横にいるから、後ろの手続きを進めて下さいね」
――スーツ
と絨毯で横にずれると、先程の子供達を見送る。
街の中に入る人々の顔を見ると、みな充実した顔をしていた。
「臣民が普段から笑える国は良い国です」
ゼクスがマチュアに告げると、ファイズも静かに頷く。
やがて早馬に乗った騎士が駆けつけて来ると、急ぎ馬から降りて一礼する。
「無礼をお許し下さい。カナン魔導王国のミナセ女王ですね。ようこそラマダ公国へ。此方へどうぞ、王宮までご案内します」
「わざわざありがとうございます。先導、宜しくお願いします」
と馬の後ろを空飛ぶ絨毯でついて行く。
――ピッピッ
(こちらマチュア、ツヴァイ何処?)
『王城です。謁見の間の隣の隠し部屋で孔明は待機しています』
(ドライは?)
『マチュア様の前方です。人影に隠れています。目印は………』
(はい見つけた。そのまま待機で)
――ピッピッ
ドライに告げられた方角をじっと見るとらマチュアは軽く頭を下げる。
と、町娘に変装していた扈三娘は、すっと人影に隠れた。
やがて王城が視界に入ると、マチュア達はそのまま跳ね橋を通って城門の中に通される。
(さて、静かに言いたいのだけれどねえ。無理だよなぁ)
と高機動戦闘術式を起動すると、それを魔力で維持する。
正門入口の前で絨毯から降りると、それは丸めて空間に放り込む。
「では此方へ」
決して待たせる事もなく、スムーズに謁見の間へと案内されると、そのまま扉を開けられた。
正面玉座にはライオネル・ラグナマリアが座っている。
そして両側の壁には近衞騎士が整列していた。
マチュアは、そのままツカツカと入ると、ライオネルの少し手前に立つ。
「来たな小娘。大公の前で頭を下げぬとは無礼では無いのか?」
と怒気をはらんだ声で告げて来る。
ゼクスとファイズには素直に跪くように指示してあったので、今は跪いている。
と、マチュアは書簡を取り出すと、ライオネルの足元に放り投げた。
――ポイッ
「親書だよ、拾えよ」
マチュアは玉座のライオネルを睨みつける。
ライオネルもまた、マチュアを睨みつける。
壁際で待機している騎士達はその二人の雰囲気に飲まれて身動きが取れない。
(やると思ったのですよ)
(全く‥‥馬鹿なんだよ、うちの主人は)
――ピッピッ
『こちらツヴァイ。玉座右壁の向こうから孔明が見ています』
(そのまま待機)
『了解しました』
――ピッピッ
とライオネルが体を屈めて親書を拾おうとした時。
――ヒュンッ
と素早くナイフを投げて来るライオネル。
そして踏み込んでくると、いきなり抜刀し、横一閃に斬りかかって来る。
――ガギイッ
その動きに合わせて飛んで来たナイフの柄を握ると、逆手で持ち直して横一閃を弾き飛ばす。
瞬時に騎士団も抜刀するが、振り向いて抜刀したゼクスとファイズの殺気に当てられて、身動きが取れない。
――ギン、ガギィィィン
「此処まで無礼な振る舞い断じて許さん。和平など知ったことか、交渉決裂だ」
「うるさいわ。それはこっちの台詞だ。交渉決裂したくなければ和平交渉しろや」
――キィィィン
「何だと、和平交渉など誰がするか、ならば不可侵条約を飲め!!」
「それはこっちの台詞だ。不可侵条約なんか知ったことが。そんなもの交渉決裂だ。和平条約の交渉を続けろ」
――ガキガキィン
「貴様のカナン如き、潰すのは朝飯前だ」
「煩い。こちとらお腹が減っているんだ。野菜のスープが飲みたいんだよっ」
――ドゴォッ
「野菜などしったことか、武人なら肉だろうが」
「この脳筋野郎。肉ばっかり食っているから戦争したいんだろうが、脳筋大公が」
――ガキガキィ
「此処まで無礼な振る舞い断じて許さん。和平など知ったことか、交渉決裂だ」
いつの間にか振り出しに戻る。
激しく剣とダガーを打ち鳴らす二人。
もう二人とも熱くなりすぎて訳が分からなくなっている。
「双方武器を収めなさい。大公陛下、親善に来たものに対して抜刀するとはなんですか」
慌てて孔明が隠し扉から出て来る。
と、マチュアは慌てて自分の足元にダガーを投げ捨てる。
「ようやく出て来ましたか。貴方が出てこないと話が始まりませんからね」
孔明に窘められると、ライオネルも剣を収めて玉座に戻る。
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やれやれという顔で親書を手に取ると、孔明はスッと目を通す。
「ミナセ女王。我々が出した和平交渉の条件についての返事が書いてありませんが」
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――ガシッ
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「では、この和平交渉は無かったことになりますが。我々はあの条件から引く気はありませんので」
「でしたら、このラマダ公国は地図から消えるだけですわ。それでよろしい?」
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とライオネルが立ち上がるが。
「カナンは自分から進軍なんてしませんよお。此処を滅ぼすのはカナンではなくて、北方のシャトレーゼ公国と、その周辺諸国からなる連合国ですよ。詳しいことは、この国のトスカーナ侯爵と教会のギュンター枢機卿、ゴルドバの三人がシャトレーゼと内通していますから確認してください」
とマチュアは笑いながら告げる。
「どういう事だ、詳しく話せ」
「構いませんけれどねぇ‥‥と、そこの騎士動くなっ」
そっと外に向かおうとした騎士に向かってマチュアが叫ぶと、周囲の騎士が今まさに扉から飛び出そうとした騎士を取り押さえる。
「騎士団にも内通者が。貴様も何か知っているな?」
ライオネルが騎士に問いかけると。
「わ、私は何も知りません。信じてください」
――キィィィン
ライオネルの瞳が少しだけ輝く。
「嘘だな。儂の瞳は全ての嘘を見抜く。貴様には後で色々と聞くことにしよう」
ライオネルはそう告げて席に戻ると、そのままマチュアを睨みつける。
「所詮貴様も、このラマダ公国を手中に収めるつもりなのだろう?」
「カナンに敵対すらなら全力を持って潰します。私が求めているのは戦争ではなくて平和ですから」
――キィィィン
マチュアの言葉からは嘘は見えない。
「このジャジャ馬女王が。孔明、その騎士を連れて行け。トスカーナとギュンターには気づかれるな、何も無かったようにだ」
「仰せのままに」
と一礼すると、孔明と数名の騎士が退室する。
「で、これからどうするのだ?」
「さあ? 此処までしか考えていなかったもので。とんでもない書簡寄越すから文句言いに来ただけですよ。シャトレーゼ公国の話は本当ですけれどね」
――クククククッ
とライオネルが笑う。
「よし、飯だ。晩餐の用意をしろ」
その言葉を聞いて、騎士の一人が走っていく。
「どうだ? 飯でもくいながら腹を割って話そうではないか」
「私は料理には煩いですよ」
と笑いながら部屋の外に歩いていくライオネルとマチュア。
その後ろを、ファイズとゼクスはついていくだけであった。
(なんだろ、馬鹿なの?)
(こちらツヴァイ。マチュア様は、基本馬鹿と思うと対処が楽ですので。では)
とツヴァイがファイズとゼクスの二人に忠告した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
テーブルを覆い尽くす料理の数々。
ラマダ王城の広間に通されたマチュアとファイズ、ゼクスの三人は、正面に座って黙々と食事を取っているライオネルに圧倒されている。
横にはラマダの執政官と軍師・孔明も座り食事を取っている。
一人一人に分けられて出されるコース料理ではなく、大皿で運ばれて来たものを取り分けて食べる中華料理に近い。
「どうした? 食べないのか?」
と告げると、孔明がスッと立ち上がってファイズ達に取り分けようとした。
「あ、この食べ方は分かっていますからご心配なく」
とマチュアがゼクスとファイズに取り分けると、先に食べ始める二人。
『毒など無し。食べてよしです』
とゼクスが念話でマチュアに話しかける。
「ではご遠慮なく」
と告げてマチュアも黙々と食べ始める。
途中から粒マスタードやマヨネーズを取り出すと、それらを使って味を変えたりしていた。
「して、実際のところはどうなのだ?」
「ライオネル大公は嘘を見抜けるのですよね?だから単刀直入に言います。カナンの地に侵略するのなら全力で叩き潰しますが、手を出さないのなら何もしませんし、諸外国のように通商条約でも貿易でも何でもやりますよ」
――キィィィン
「嘘はないか。一国の女王なら、領土を広げたいという野心は無いのか?」
「面倒臭い。拡げても結局は任せっぱなしになるから変わらない。まあ、攻めてこないっていう確約があるなら、基本放置だよ」
――キィィィン
「ふう。全くやり甲斐のない。どう思う孔明」
「ライオネル大公はラマダ公国を良き国としたいのですよね。しかし、既に隣国であったククルカン王国は我々より先にカナンによって陥落しました。舵取りを変えた方が良いかと思われますが」
孔明が丁寧に告げると、ライオネルも骨つき肉を齧りながら頷く。
「良き国と言うのは、民に愛される国です。むやみな侵略行為は、民に不安を募らせ、やがてはそれが爆発するもの。それは愚策と言うものです」
「だそうだ。ククルカン王国はどうなのだ?」
「さあ?圧政から解放されて、昔の豊かさを取り戻していますが何か?」
マチュアも対抗して骨つき肉に手を伸ばすが、それはゼクスに止められた。
「それ以上いけない。太ります。カロリーに支配されますよ」
「ぬぁぁぁ。食べたかったのにぃぃぃ」
と暫し落ち込むマチュアだが。
「では、此方としても戦争などで民を不安に煽るようなことはしたくない。その為に策を練ったのだ。シャトレーゼ公国の件もあるから、この食事会で一度手打ちとしよう。両国に公平な通商条約なら締結しても構わない」
と手を止めてそう告げる。
「お互い対等に。通商条約を基本として国交を結ぶ方向で考えて頂けるなら。魔導器が欲しければ奪うのではなく買いに来てください」
それで話はついた模様。
正式な会談はまた後日となり、マチュア達はライオネルに見送られてラマダ公国を後にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ラマダ公国、大公の執務室。
開け放たれた窓から外を眺めつつ、ライオネルは先日訪れたカナンのミナセ女王の事を思い出していた。
「やはり気になるのですか?」
「この通商条約、対等に結ぶのが果たして正しいと思うか?」
孔明は机の上に置いてある、孔明自身が考えた通商条約を纏めている所である。
「その気になれば、あの女王はカナン有利な条件を出すことも出来た筈です。そうなるとまた交渉決裂となり、さらなる争いにもなったでしょう。全て対等にと言うのは、中々難しいものです」
「そうか。そうだな……」
と何か考え事をしているライオネル。
――コンコン
「入れ」
「失礼します。トスカーナ侯爵が、シャトレーゼ公国の商人を通じて彼の国と連絡を取っていたと白状しました。ククルカン王国、ラマダ公国、カナン魔導王国、北方のファナ・スタシア王国の四国を落とし、シャトレーゼ公国の基盤を此方にも作る為に画策していた模様です」
近衛騎士がライオネルに報告する。
「ギュンター枢機卿はどうした?」
「トスカーナ侯爵が捕縛された時は、既に教会には姿がありませんでした。身の回りのものもなく、既に国外に逃亡したかと思われますが」
「分かった。引き続き調査を続けろ」
と告げられて、近衛騎士は退室する。
「ミナセ女王の言葉が証明されましたか。これは素直に条約を締結しなくてはなりませんね」
全く。
突然やって来て引っ掻き回しては、話をうまく纏めていく。
ロクでもない女王がラグナ・マリア帝国にはいるものだと、ライオネルは苦笑していた。
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