異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第三部 カナン魔導王国の光と影

カナンの章・その4 騙し合いと騙される人

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――ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
 厨房から、とてもいい音が聞こえてくる。
 何名かの料理人が巨大な焼台(グリラー)の前で、ノッキングバードの焼鳥を焼いていた。
 幾つかのコンロの前では、マチュアが教えた『特製豚汁』を作っている料理人の姿もある。
 アマンダ邸では、只今絶賛炊き出し中。
 砦から帰還した騎士たちの労をねぎらうために、マチュア自ら料理を振る舞っているのだが。
「お米だぁぁぁぁぁぁぁ」

――ヒヤッホー!!
 綺麗な玄米が、城塞から回収した兵糧に混ざっていたのである。
「どうしてこんなものが混ざっているんだ?」
「これは隣国ラマダ公国の特産品ですね。あの国では普通に食べられているものですよ?」
 と一人の料理人が普通に告げる。
 それには他の料理人たちも頷いていた。
「参考までに、どうやって食べているの?」
「これは粉にしてから水を加えて練り込み、色々な材料を加えて丸くしてからスープで茹でるのですよ。ごく一般的な家庭料理ですけれどね」 
「んんんんん?」
 とマチュアには今ひとつ理解できない。
 スイトンのような、白玉団子のような。
 兎に角、不思議な料理には違いない。
「だったら、これは私に頂戴。ぜひ頂戴っっっっっっ」
「はぁ、それは構いませんけれど。皮を剥いたこっちの白いのはどうしますか?」 
「むしろそっちを欲します。ちょっと見せて」
 とマチュアは白米を手にすると、数粒をてにとって口に放り込む。

――ガリッ
 程よく乾燥しているので、このまま行けると確信した。
「よしよし。では騎士団に出す料理は皆さんにおまかせします。私はこれでおむすびを作る!!」
 いきなり米を研ぎ始めると、竈で飯を炊き始める。
 じっと火の調整を続けながら、次々とご飯を炊き続ける。
 そして程よく蒸らされた米を使って、さっそくおむすびを作り始めた。
 料理人たちは、自分たちの仕事を続けながらも、マチュアが握った不思議な白い物体をじっと見ている。
 やがて皿の上に大量のおむすびが完成した。

――ゴクッ
 と誰かは分からないが喉が鳴る音が響いたので、マチュアは一つを手にとって口に放り込む。
 そして。
「1つずつ食べてよし!!」
 とマチュアが告げると、すかさず全員が1つずつ持っていって食べ始めた。
「こっ、これは美味い!!」
「なんだこれ、ふわふわしていて、それでいてしっかりと塩味が付いている」
 と口々に感想を述べると、再び作業に戻っていった。

――そして
 戻ってきた騎士たちは、全ての作業を終えて中庭で体を休めていた。
「はいはい、食事だよーーっ」
 とマチュアと邸内の料理人たちと共に、中庭に次々と食事を運んでいく。
「た、食べていいのですか?」
「とっとと食べて下さい。温かいものは温かいうちに食べないと」
 とマチュアが告げたのて、騎士たちは一斉に食事に群がっていく。
 焼き鳥と豚汁、おむすびという日本人泣かせの絶妙な組み合わせに、どんどん料理がなくなっていく。
「ほらほら、続きを作らないと無くなるよーーー」 
 と料理人たちに指示を飛ばすと、マチュアは例の暗号解読をしている騎士のもとに向かった。

 中庭にテーブルを出したらしく、そこで頭を撚る若い騎士。
「で、暗号は解読できた?」
「はい。上の紋章を並べてから‥‥これを‥‥こうして‥‥」
 次々とマチュアに説明をしていく。
 その内容は理解できるのだが、その発想力と地方の文字や風習についてはマチュアは理解していなかったので、ここまでの回答は出すことができなかった。
 やがて一通りの説明を終えると、騎士は最後にまとめて意見を言う。

「ラマダ公国の作戦はこうです。ククルカン王国の兵士に扮した騎士たちでカナンを襲撃します。方法は、商人の姿でカナンに潜入し、そのまま精鋭たちによって王城を襲撃、あえて殺されてククルカンが襲撃したという証拠を残します。これでカナンとククルカンに衝突を招くようです」
 と周囲を見渡しながら、若い騎士は再び説明を続ける。
「カナンとククルカンが険悪になると、その隙をついてラマダ公国が二国が戦争に鳴るように仕向けるらしいです。それで疲弊した二国のどちらかを襲撃して潰し、そのまま戦力を増やして残った方を潰すというのがラマダ公国の作戦ですね。開始は十日後ですが、あの城塞はそのための囮のようです」

――ゴクッ
 マチュアの喉が鳴る。
「囮というと?」
「あそこはカナンに見つかることを前提としているのですよ。で、こちらの書簡は全て偽物ですが、巧妙に本物に見えるように記されています。50枚以上ある書簡の全てが偽物ですが、一定の法則で読み込むと、先程の作戦に繋がります。この偽物の書簡は、明日以降の作戦を説明しています。当然ながら内容はしっかりとしたもので、これでも十分に作戦としては使えるものです」
「つまり、本物に使える作戦を偽物として配布し、その裏に本当の指示が書かれていると」
「はい。これ以上の解読はありません。というか、これで全てです」

 ニコッと笑いながらそうマチュアに告げる騎士。
 ここまでの解読能力はそうそういない。
 そう考えたマチュアが取る行動は一つ。

「騎士団長、この子頂戴っ」
「は、はあ?」
「カナン魔導王国に下さいな」
「ちょっと待って下さい‥‥まだその子は若い騎士です。もっと腕っ節のいい騎士なら大勢いますが?」
「腕っ節なら私がいくらでも鍛えてあげられるわよ。けれど、頭の回転は生まれつきのセンスでもあるの。ということでこの騎士を下さいな」
 そこまで言われると仕方がない。
 やれやれという感じで騎士団長が若い騎士に話しかける。
「君は確か‥‥ジェラールくんだったかな?」
「はい」
 元気よく返事を返すジェラール。
「では騎士ジェラール。本日今を持って君は我が騎士団から除名する」
「そして今日、今から我がカナン魔導騎士団に任命します」
 と騎士団長に続けてマチュアが告げる。
「え、ええ? まさか、女王陛下ですか?」
 とマチュアを指差して問い掛けると、マチュアはコクコクと頷いた。
「いえーす。ということで今日から暫くは、訓練と実践も兼ねてこっちの騎士団長に預けますので、よろしく」
 と告げると、マチュアは早速テーブルに付くと、新しい策を練りはじめた。
 その場には騎士団長とジェラール、騎士団の各部隊の体調も集められた。

「ここからカナンまで10日では間に合わない。ラマダ公国の第一段階は成功するでしょうね。普通なら」
 とマチュアがニマニマと笑っている。
「ええ。ですが魔導の深淵を知る女王がここにいます。距離など0に等しいです」
「なので、牢獄に捕まっている奴らをあえて逃げやすいようにして、わざと数名逃して下さい。城塞が襲われて作戦が漏れたと思わせるのです。そのうえで、偽物の作戦の方にある程度の人員を割く事にしましょう」
「つまり相手の作戦に乗るようにですね?」
 マチュアは静かに頷くと、騎士団長は不思議そうな顔をしている。
「ええ。実際にこの作戦で動くのはカナンの騎士だけで十分。こちらの騎士団はルトゥールの國境の守りを強化しつつ、この作戦の指示書を警戒しているふうに配置して下さい」
 地図を指し示しながら説明するマチュア。
 と、突然騎士団長がスッと手を上げた。
「陛下、誠に申し訳ないのですが‥‥どうして陛下は楽しそうなのですか?」
「ヘ? 楽しそうに見える?」
 と問い返すが、どうやら騎士団の面々には、マチュアがワクワクしているように見えたらしい。
 実際にマチュア自身も、どうやって他国を丸め込むか考えているところである。
 その姿がどうもワクワクしているように見えたらしい。
「はい。なにかこう‥‥戦闘を楽しんでいるかのように」
「あ、それはあるかもね。いかんいかん‥‥」
 と頬をパンパンと両手で叩くマチュア。
「そうねぇ。では正攻法で行きましょうかねぇ‥‥」
 と笑うと、マチュアは騎士団長と作戦の細かい部分を詰め始めた。


 ○ ○ ○ ○ ○


 十日後。
 マチュア本人は王城でのんびりとしている。
 もともとカナン魔導王国には、王城付きの騎士は存在しない。
 それがどうしてなのか、これからやってくるラマダ公国の騎士たちは恐怖を持って知ることになる。

――カラーーーンカラーーーーン
 と正午を告げる鐘が鳴る。
 それと同時に、王城前にやってきた馬車から十名の騎士が飛び出してくる。
 みな必死の形相でロビーに繋がる階段を駆け上がる。
 侍女たちは打ち合わせ通りに逃げ惑う。
 それを横目に、騎士たちはまっすぐに謁見の間と姿を現した。

――キィィィッ
 と開け放たれた謁見の間。
 マチュアは内心ワクワクしながら、王座に座っていた。
 そして突然現れた騎士たちに向かって叫ぶ。

「き、貴様達一体なにものだ!!」
 マチュアが手にした水晶球は、目の前の映像を記憶させるための魔道具。
 この作戦のために作ったビデオカメラのようなものである。
「我々はククルカン王国の自由騎士だ。王国の領地を勝手に使うカナンの女王に天誅を叩き込むためにやってきた!!」
「命乞いをしても無駄だ。貴様には此処で死んでもらう」
 ジワッジワッと玉座に向かって包囲網を狭める。
 だが、すぐに飛びかってはこない。
 本来の作戦では、彼らはここでカナンの騎士によって殺される。
 そして正体を見破られてカナンとククルカンは戦争状態に突入する筈。
 だが、騎士団はやってこない。
 マチュアのみが、怯えて座っているだけである。

――ザワザワッ
 と動揺し始める騎士達。
「貴様の騎士団はどうした!!」
「何を言うのです!!  我がカナンの魔導騎士は、あなた達ククルカンとの約定により今頃はラマダ公国の国境を超えている筈ですわ。元々この共同作戦を持ち出したのはあなた達ククルカンではないのですか? それともあなた達は、私達を罠にはめたというのですか?」
 迫真の演技である。
 全てのスキルをある程度使いこなせる、マチュアやストームならではの技であろう。

「ど、どういう事だ?」
「それは私が聞きたいです。我がカナンと手を組んでラマダ公国を討ち滅ぼすべしと話を持ち込んだのはあなた達ではないですか。それで我が国からは虎の子であるカナン魔導騎士団と義勇兵、合わせて一万五千もの軍を派兵したのです。ま、まさかこの守るもののない今のうちに、このカナンをも討ち滅ぼすおつもりか!!」
 立ち上がって叫ぶマチュア。
 プルプルルと拳を震わせ。身振り手振りも交えて必死に訴える。
 この話を聽いていた目前の騎士たちは顔面蒼白となり、震え始める。
「じ、冗談ではないっ!! これは急ぎ報告せねば」
 と騎士たちは慌てて謁見の間から飛び出していくが、今まさに間に合ったという雰囲気でカナンの紋章を付けた騎士たちが突入してくる。

「陛下、ご無事ですか!!」
 とウォルフラムが一人の騎士を瞬時に気絶させる。
「ここは我らにおまかせぢゃ」
「ええ。陛下に手を出したものは、私達が許しません」
「っぽい!!」
 とワイルドターキーとズブロッカ、ポイポイの三人も飛び込んできて更に三人を取り押さえる。
 残った六名は慌てて馬車に飛び乗ると、そのままラマダ公国に繋がる街道のある東門に向かって走り出す。
「ドライ、取り付いて」
「了解です」
 と、マチュアドライがエンジの姿に変化すると、馬車の下に瞬時に取り付く。
 そしてラマダの騎士たちが走り去るのを確認すると、耳元のイヤリングに手を当てる。

――ピッピッ
「こちらマチュア。東門に暴走馬車が向かいました。慌てて見逃して下さい」
『こちらアンジェラです。了解しました。ギリギリを装います』
――ピッピッ

 と東門に待機しているアンジェラに通信を入れる。
 その指示通りに馬車が走ってくるのを確認すると、作戦通りに正門をゆっくりと閉める。

――ギィィィィィィッ
 馬車がさらに加速し、いっきに門をくぐり抜けて街の外に飛び出していった。
 作戦通りに、暴走した馬車を城塞の外に見逃すことに成功したのである。

「はいありがと~ございました」
 謁見の間では、マチュアがパンパンと手を合わせて集まってくれた幻影騎士団に頭を下げる。
「なんじゃ、もうお終いか?」
「ティルナノーグのときに比べたら、意外と温いのですね?」
「いやいや、これが本来の騎士の努めです。しかし、この城は本当に無警戒ですね?」
 とワイルドターキーとズブロッカ、ウォルフラムが退屈そうに告げている。
「そうでもないよ。いまは全てカットしているだけ」
 そう説明してから魔導制御球コントロールオーブを取り出すと、王城の魔法によるセキュリティを起動した。
「コントロールセット。王城全てにセキュリティを起動」
 一瞬だけ王城が魔法陣で包まれる。
 だが、しっかりと魔法によるセキュリティは機能を始めていた。
「私に敵対意思を持つものは、ここに入るのは至難の業。とくに殺そうなんて思っている輩はね。うちは魔導王国だよ。守りも攻めも魔法でいかないと」
 と笑うが。
「なら安心してこれを渡せますよ。シルヴィーから預かってきた、幻影騎士団の貸出料金の請求書です」
「はぁ?」
 と手渡された書簡を見て、マチュアはプルプルと震える。
「い、いいわよ‥‥払って上げましょう。全て終わったら城に行きますと伝えて頂戴っ」
「はい。それでは失礼します」
 と告げると、幻影騎士団の一行は転移門ゲートに向かいベルナー王城へと戻っていった。

「さてと。とりあえずこの四名は地下牢に放り込むとして‥‥」
 と執事達を総動員して、ラマダの騎士四名を地下牢へと放り込む。
「次は‥‥と」
 マチュアは謁見の間の横にあるテーブルに付くと、侍女が持つてくる紅茶を飲みながら次の一手のタイミングを考えていた。
 
 
 ○ ○ ○ ○ ○


 いつものように王城にミナセ女王クルーラゴーレムに留守番を頼むと、空飛ぶ箒にまたがって空高く上昇するマチュア。
「最高速度で、大体四時間。やるしかないか」
 と箒にしがみつくような体勢を取ると、最高速でククルカン王国へと向かう。
 大体四時間後には、碧豊かなククルカン王国とカナンの國境へと辿り着く。

──ブルブル
「ううううう、寒い‥‥レジストかければ良かった‥‥」
 プルプルと震えつつ、マチュアはククルカン国境の街の近くの森に降りると、空飛ぶ絨毯に乗り換えて国境沿いの門へとやってくる。
 厳重に閉ざされた城門。
 一般市民の通行は禁止されており、冒険者と商人のみ、それもCクラス以上の者だけが通行を許可されている。
 国交はなくても、ギルドの繋がりは断つことが出来ないらしい。

「おつかれさまでーす。はい」
 と門のところに立っている騎士に商人ギルドのカードを提出する。
「見た事もない魔導器だな‥‥入国税は金貨一枚だが、支払えるか?」
「はいどうぞ」
 と懐から金貨を二枚取り出すと、あえて二枚握らせた。
 これには騎士もニィッと笑みを浮かべる。
「いい心がけだ。これを持っていきなさい」
 と奥の詰め所から、一枚の書簡を持ってきてマチュアに手渡す。
「これは?」
「この先いくつかの通行門を通らなくてはならないが、それを見せると税が半額に減税される。いってよし」
 と言われて、マチュアはのんびりと絨毯に乗って飛んでいく。
 門の内側では、絨毯と箒で飛んでいたマチュアを見ていたらしく、何かを話しながら近づいてきた。
「ちょっとそれを見せて頂けるか?」 
「あ、すいません、ちょっと急ぎますので!!」
 と近づいてくる商人たちに頭を下げると、急いで高度を上げて一気に街道の先へと飛んでいく。
 そして全部で4つの門を超えると、ようやくククルカン王都にたどり着いた。

 そのまま王都内を空飛ぶ絨毯でちんたら飛んでいると、やはりここでも人目につくらしく、大勢の人たちがマチュアの近くにやってきて、絨毯の入手先や値段などを聽いてきた。
「すいませーん。これはどうしてもお譲りすることが出来ないのですよー」
 と笑顔で告げると、マチュアはわざと王城の近くに向かい、それでのんびりと飛び回った。
 露天で食べ物を買ってみては、絨毯の高度を少しだけ挙げてそこで食事を取る。
 食べ終わったらさらに高度を上げて、人々の手の届かないところで昼寝を楽しむ。
  
 そして夕方に、昼寝をしていたマチュアは絨毯の下から突かれて目を覚ました。
――ツンツン
「ふぁ、なんでしょか?」
「王都巡回騎士だが、君はこんなところでなにをしているのかね?」
「はぁ、明日からこのあたりで露店を出そうと思いまして。場所を探していたのですが、ついお腹がいっぱいになって眠ってしまいまして‥‥」
 と商人ギルドカードを提示する。
 騎士はそれを手に取ると、内容を確認してマチュアに戻した。
「露店の登録は?」
「明日の早朝に行いますよ」
「商品はいま持っているのかね?」
「はい。外国の珍しい調味料と香辛料をお持ちしました。こちらですが」
 とバックパックから次々と調味料の入った壺を取り出すと、それを見せる。

――スーーーッ
 と絨毯の高度を下げて目線を合わせるようにして、壺の中身も確認してもらう。
「味見しても構いませんよ。これは胡椒で、こっちが‥‥」
「ほほう、では一つ」

――ガリッ
 と騎士は胡椒の実を一粒かじると、渋い顔をする。
「それは辛いですよ。こちらを」
 とマヨネーズを一匙掬うと、それを騎士に手渡す。
 騎士は恐る恐るマヨネーズを舐めると、すぐさま口の中にそれを放り込んで全て嘗め尽くした。
 どうやらマヨネーズはお気に召したのだろう。
 ニコニコとしている騎士にそっと銀貨を五枚握らせてみた。
 それを素早く腰の袋に放り込むと、騎士はにこやかに一言。
「うむうむ、明日からだな。頑張り給え」
 と告げて、騎士は立ち去っていった。
「しっかし、ずいぶんと賄賂の効く国だなぁ。これはうちの国もきをつけないといかんなぁ‥‥」
 と呟くと、マチュアは取り敢えず宿を探すことにした。
 そして一番安い宿に入ると、案内された部屋に入り、そこからカナンの馴染み亭に転移して一晩ぐっすりと体を休めた。

――翌日
 朝一番で宿に転移する。
 と、どうやら深夜に賊が侵入したらしく、部屋中が荒らされた形跡がある。
「ふぅ。ここまで治安も駄目となると、市民にどれだけ不満が溜まっているんだよ」
 と何事もなかったかのように一階に降りると、軽く会釈をして外に出る。
 そして絨毯に飛び乗って一度商人ギルドへと向かうと、露天の登録をして昨日の場所に向かっていった。
「さてと、いつごろターゲッドが引っかかってくれるかが勝負なんだけどなぁ‥‥」
 と指定された露天の場所に到着する。

――キョロキョロ
 と、身なりのいい男性がマチュアを見つけると、慌てて走ってきた。
「貴方が異国の商人ですね? 私は王家直属の商人をやっていますジョーバ―と申します。我が主が是非お話を伺いたいとおっしゃられまして」
「それはそれは。で、これから向かうのですか?」
「はい。こちらへどうぞ」
 ということで王城へと案内される。
 吊橋を超えて正門に向かうところで、マチュアは絨毯をまとめてバックに放り込むと、バックも空間にしまいこんだ。
「い、いまのはどうやって?」
「ここに来る前にカナンの魔導商会で購入しました。こんな恰好でよろしいのでしょうか?」
 とあえて問い掛ける。
「まあ、正装してくる時間はなかったようですし」
「そうですか。では、ちょっと待っててくださいね」
 とブレスレットを付けて魔力を注ぐ。
 素早く正装に換装すると、商人の目が丸くなった。
「そ、それもカナンの魔導器ですか?」
「はい。限定品です」
 と笑いながら話をしつつ、謁見の間へとやってくる。

 荘厳で立派な謁見の間。
 様々な調度品と宝飾が室内のいたるところに散りばめられている。
 玉座にはでっぷりと太った、それでいて以外としっかりした顔つきの国王と、対称的に細身で穏やかな表情の王妃が座っている。
「ご苦労であったジョーバー、下がってよい‥‥」
 と告げられて、ジョーバーは後ろに下がると退室する。
 謁見の間には、両側に合計六名の近衛騎士が立っている。
 そのうちの二人がじっと此方を見つめ、二人は国王と王妃を見ている。
 残りの二人は随時室内に視線を送る。
 しっかりとした騎士である。

「さて、名はなんと申したかな?」
 「マチュア・ミナセと申します。国王にはご機嫌麗しく‥‥」
 と丁寧に告げる。
 国王はその名前に聞き覚えがなかったようだが、二人の騎士はいきなり此方に警戒した。

(あの二人にはバレたか‥‥)

「ほほう。マチュアと申すのか、カナンからやってきたのだな。様々な魔道具を持っていると伺ったが」
「ええ、私は自在に魔道具を作り出すことが出来ますので」
 と、突然国王は椅子から立ちあがる。
「そ、そのようなことが出来るのか? いかな魔道具もじゃと?」
「はい。私はそれが可能なのです。この世界の森羅万象、過去から現在まで、全ての魔術を使うことが出来ます。ラグナ・マリアでは『白銀の賢者』の称号を受けていますから」

――ザザザザザッ
 六名の騎士が一斉にマチュアを取り囲み、マチュアに槍を向ける。
「い、一体どうしたのだ?」
「国王。この者は商人ではございません。カナンの魔導女王マチュア・ミナセです!!」
 一人の騎士が叫ぶが。

――シュンッ 
 とマチュアは素早く女王の正装に換装すると、ゆっくりと立ちあがる。
「国王様に於かれましては。折門国王の元を隣国の女王が訪ねてきたのに、この国では刃を向けるというのですか?」 
 凛とした態度でそう告げる。
「だっ、黙れ!!」
  と騎士が一人叫ぶが。
「貴様達こそ刃を下げろ。そして下がれ!!」
 と国王が一喝する。
 そして玉座から降りてくるとマチュアに頭を下げる。
「臣下の無礼をお詫びしたい。誠に申し訳なかった」
「いえいえ。私こそ急務ゆえ、このような手段でこの場にやってきたことをお詫びします」
 とマチュアも膝を付けて頭を下げる。

「頭を上げて下さい。して、本日はどのようなことでここまでやって来たのですか?」
 と告げるので、マチュアは間髪入れずに水晶球とを取り出すと、先日起こったククルカンの騎士たちによる王城襲撃事件の映像を見せる。
 全てを見せるのではなく、名乗りを上げてからマチュアの三文芝居が始まる直前まで。

「こ、これは一体‥‥どういうことだ? ワシはこのような命令をした覚えはないぞ」
「はい。それは重々承知。この度の一件、隣国のラマダ公国が絡んでいます」
 と先日没収した様々な書簡の写しを手渡す。
「それらは全て、我がカナン東方に侵入した者達が置いていった指示書です。暗号になっていまして、それを訳したものがこちらです」 
 と次々と書簡を手渡す。
「もしこちらに書かれていることや、先程の映像が真実というのでしたら、ククルカンが我が国に対して敵対意思があると考えますが、お返事や如何に?」
 努めて冷静に告げるマチュア。
 いまこの場には、マチュアとククルカン国王、その王妃の三名しか居ない。

――ピッピッ 
 こっそりとツヴァイに通信を入れると、念話で会話を行う。
(大至急、ゴルドバと繋がっている侯爵の名前を教えて) 
『カバレロ公爵です』
(了解です)
――ピッピツ

「まあ、カバレロ公爵から色々と報告を受けているようですから、すぐには返事をできないのでしょうけれどねえ‥‥北方大陸と手を結ぶのだけはお辞めになったほうが良いですわよ」
「なっ、何故それを!!」
 と迂闊にも動揺したのか、失言するククルカン国王。
「まあ、我がカナン魔導王国には、どのような隠し事も無駄と思って下さい。今回は私が自ら話しを聞きに伺いましたので、後日どのような弁明を聞かせて頂けるのか、カナンで楽しみに待っていますので」
 といつもの悪い笑みを浮かべて告げてみる。
 国王は顔中汗だらけ、王妃はそんな国王を心配そうに見つめている。

――ニィィィィィッ
 そしてマチュアは、国王と王妃に深々と頭を下げると、いつもの笑顔で話を始めた。
「と、ここからは仕事の話としましょう。国王、私が魔導器を作れると聞いて乗り気でしたよね。一体何を所望ですか?」
 と服装も元のゆったりとしたチュニックに切り替える。
 突然態度が変わったので動揺したが、その雰囲気な国王も落ち着きを取り戻したらしい。
「あ、まあ、お恥ずかしい話ですが……もう少し痩せたいのです」
 と、少し恥ずかしそうに笑いながら告げると
「わ、妾は貴女が使っていたその、姿を変えるものがあると嬉しいのですが」
 王妃もまた、マチュアにそう懇願する。
「ふむふむ。では明日からでも作成に入りましょう。完成したらすぐにお持ちしますので。では、そのときにでも先程の返事を期待しています」
 と丁寧に頭をさげると、マチュアはその場を後にした。

‥‥‥
‥‥


「ゴルドバの話とは全く違いましたわね」
「あの者には悪意は感じない。ゴルドバやカバレロの話した事が事実なのか、それともいま見た姿が事実なのか、今一度見聞せねばなるまい」
 バンバンと手を叩き、すぐに司政官を呼ぶ国王。
「至急カバレロとゴルドバを呼べ。緊急で閣議を行う」
 ようやく汗が引いたのが、国王は司政官にそう告げると、閣議室へと向かった。

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