異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第二部・浮遊大陸ティルナノーグ

幕間の7 懐かしい再会と日常

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 マルチ・アルクシップは戸惑っていた。
 以前、カナン辺境都市でマルチのギャロップ商会がラグナ王都に向かう為の隊商護衛を、冒険者ギルドに依頼した時のことである。
 依頼を受けてくれた冒険者の中に、ウォルフラムやシスターアンジェラといった有名なベテラン冒険者が参加していたのだが、そのリストの中に『トリックスター』のマチュアの名前も入っていた。

――フゥ
「まあ、トリックスターでも、いないよりはマシかぁ」
 期待しない程度で参加して貰ったものの、道中で起きた襲撃事件などは、マチュアがいなければ全滅していたかもしれない。
 彼女達とはそのまま別れてしまったけれど、感謝しても感謝しきれない。

「よし、心機一転頑張りますかー」
 とマルチはその後も、あちこちで隊商を続けていた。
 ある日、故郷のカナン辺境都市が新たな王に分領されてカナン魔導王国となるという宣言を聞いた時、ギャロップ商会は一年ぶりにカナンへと帰ってきた。

「よお、やっと顔を出したか。マルチの家で経営していた宿屋な、買い手が決まったぞ」
 商人ギルドの顔役は久し振りに顔を出したマルチにそう告げて、大量の金貨の入った袋を手渡した。
「これは?」
「手数料を差し引いた差額だよ。かなりの太っ腹な人で、あっさりと全額一括で払ってくれたんだ。あまり儲けすぎるのも不味いから、元の売主のあんたも少し儲けなよ」
 袋の中の金貨は莫大な量であった。
 買い手の詳細などは流石に聞くことはできなかったが、マルチはかつての自分の家が誰のものなのかを見に行った。
 一階の酒場はかなり繁盛している。
 時折客を見送っている優しそうな老紳士の姿を見て、その人が今のオーナーであろうとマルチは思った。

 数日後、その酒場で部屋を頼むと、一週間で銀貨14枚という金額を聞いて驚きの声を上げたが。
「当店のオーナーは、金儲けには興味があまりないようでして」
 と、老紳士に告げられ、どうやら別のオーナーがいると分かった。
「それにしても、この宿を一括でポン。と買えるなんて、かなりの大商人ですねぇ。一度紹介して頂けませんか?」
 夕食の時に、ジェイクという名前の老紳士にそうお願いした。
「明日、商人ギルド隣の建物が一般公開されます。宜しければそれを見に行くと良いでしょう。当店の主人も当日そこにいらっしゃるので」
 とだけ教えてくれたので、マルチは翌日、その建物のお披露目に向かうことにした。

‥‥‥‥
‥‥‥
‥‥


「参ったわ。あんなに美味しい料理とお酒が出るなんて、つい飲み過ぎたじゃないのよ」
 寝坊したマルチは慌て出かける準備をすると、急ぎ建物に向かう。
 すでに大勢の商人や貴族が集まっているので、かなり後ろの方から見学することになってしまった。
 そこでマルチは信じられないものを見た。
 遠くの者と会話のできる魔導器。
 一瞬で他国と行き来することの出来る魔法陣。
 まさに、夢かお伽話の世界である。
「馬鹿な。転移ですって? それこそおとぎ話じゃない?」
 思わずマルチはそう叫んでしまったが。
「はい正解。貴方はどちら?」
 突然女王陛下がマルチを指差す。
 一瞬動揺したが、これは周囲の貴族たちにも名前を売るチャンスだと思い、丁寧に頭を下げて返事をする。
「ハッ、個人で隊商を営んでいるギャロップ商会と申します。陛下には何卒おみしり……あら」
「おや、マルチさんお久しぶり。マチュアですよー」
 突然の再会に目を丸くするマルチ。
 まさか、以前雇っていたトリックスターのマチュアが、このような場所で再開するとは夢にも思っていなかった。
 しかも‥‥。

(じょ、女王陛下ですって?)

「まあ、マルチとライネック商会は後で王城まで。で、先程の話ですが‥‥」
 突然の呼び出しに、マルチは動揺した。
 その後で二階に新しく作られた魔導器の専門店でも、マチュアが目の前で実際に魔導器を作るところを見せられたのである。 
「これが、マチュアの作った魔導器か」
 次々と回されてきた魔法のランタン。
 発動に少々の魔力を必要とするものの、発動すれば半永久的に灯がともされている。
 熱を発しないし、灯の光量も調節できるとあれば、冒険者には必須と言っても構わないだろう。
 やがて建物のお披露目が終わると、マルチはライネック商会の頭領であるラインバルトと言う壮年の男性と王城へと向かった。
 暫くして二人とも謁見の間に案内されると、まずライネック商会のラインバルトが女王からお褒めの言葉と、貿易税を減額してもらえる交易証を受け取っていた。
 丁寧に挨拶すると、ラインバルトは退室する。
 クイズ大会の賞品のように、ポン、と交易許可証を発行するのもどうかと思うが、マルチは苦笑しながら順番を待っていた。

 そしてマルチの番になった時。
「いやー久しぶりだぁねぇ。何時ぞやは大変お世話になりました」
 丁寧に頭を下げるマチュア女王陛下。
「い、いえ陛下頭を上げてください」
「いやいや、私とマルチさんの仲ですから、以前のようにお願いしますよー。取り敢えずお茶にしましょう」
 と何故か謁見の間に設置してある大きめの丸テーブルにマチュアが向かうと、マルチにも座るように告げる。
「今日の王城担当はメアリーなんだね。紅茶のセットと、パンケーキが食べたいです。あとイングリッドに話して、特別交易許可証と減税許可証の二つをギャロップ商会で発行して貰ってきて」
「はいはい、ただいまお持ちしますね」
 とメアリーが頭を下げて退室した。
「あの、陛下、本当にマチュア様ですよね? 先ほどの場所にいたマチュアとはどのような関係で?」
「あ、あれ私の影武者。私が此処で執務の時は、あの子が冒険者のマチュアで私はマチュア女王。私が外で遊んでる時は、あの子がミナセ女王。今此処にいるのはマルチの知っているトリックスターのマチュアですよ。此処に座ったらそう言うことでよろしくね」
「ふう。そう言うことですか。分かりました。しかし驚きましたよ」
「まだまだ驚くよー」
 とマチュアが告げると。

――ガチャッ
「幻影騎士団のウォルフラム、女王の招集で参りました」
「同じく幻影騎士団のアンジェラス。招集で参りました」
 その光景を見て口をパクパクするマルチ。
「ティータイムだ、カモーン」
「おや、マルチじゃないですか、お久しぶりです」
「ご無沙汰しています。お元気そうでなによりですわ」
 と二人ともマルチに挨拶すると席に着いた。
「幻影騎士団って、皇帝のロイヤルガードに次ぐ帝国最強の騎士団よねぇ。まさかあの時の二人がこんなに出世するなんて」
「凄いのは私たちよりもマチュアですよ。彼女は幻影騎士団の参謀で、帝国皇帝から『白銀の賢者』の叙任を受けたくらいですから」
 そんな話をしている時に、メアリーが紅茶のセットお持ってくる。
 後ろからはイングリッドが書簡を手にやってきた。
「陛下、お持ちしました。宣誓を行いますか?」
「それは私からやっておきますので。執務室で頑張ってるもう一人の私とゆっくり休んで下さい」
「了解しました。それでは失礼します」
 とイングリッドが退室すると、マチュアはマルチに書簡を差し出す。
「これは?」
「カナン魔導王国発行の特別交易許可証。転移門ゲートの使用許可だよ」
 と一度中身を確認すると、マルチはそれをマチュアに戻す。
「私たちは旅を生業とする移動商人です。これは私たちの商いとしてはいささか扱いづらいのですが」
「じゃあ、こっちは? 特別貿易許可証。サムソンとカナン、ベルナー三国の通行税と貿易税の免除だよ。私はマルチの隊商に出会ってラグナに行かなければ、今ここでこんな事はしていなかった。そうなると、ウォルフラムもアンジェラスもここにはいない。だから、これはその御礼として受け取って欲しいのですが」
 暫く考えて、マルチはマチュアから二つの書簡を受け取った。
「では、喜んで受け取らせていただきいますね。転移門ゲートも仕入れには使えるかもしれないので、特別交易許可証も有難く頂戴しますわ」
「しかし、色々とあったのですよ。まず最初はですね……」
 と暫くの間、マルチはマチュア達から色々な話を聞いた。

 そして夜も更けてきたので、マルチは宿屋へと戻った。
「お疲れ様でした。王城は楽しかったですか?」
 と宿にいたジェイクがマルチに声をかけた。
「ええ。とても楽しかったわ。まさか昔の知り合いが出世しているとはねぇ。でも、ここのオーナーらしい商人には会えなかったわよ」

――トントン
 と二階から降りてくる足音がする。
「ええ、丁度オーナーが戻って来たようですね」
「それは是非ご挨拶……はい?」
 二階が降りて来たマチュアに驚くマルチ。
「な、なんでじょうお……」
「どもー。トリックスターのマチュアです。この宿の主人でございます」
「あ、いたな駄目ックスター。こっちで飲むぞ、お前の奢りな」
「煩いわ」
 とマチュアにとっての日常を、マルチも目の当たりにしたのである。
「こっちもあっちも本物だけど、こっちはこっち、あっちはあっちなのですね?」
「それが私たちの主人です。さて、夕食の準備をしますので、それまでワインでもお楽しみください」
 酒場の喧騒を肴にしつつ、マルチはちょっと遅めの夕食をとる事にした。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


 場所は変わってサムソン辺境王国。

「しかし、まさかこのサムソンが王国になるとは思ってもいなかったぞ」
 と鋼の煉瓦亭のカウンターで、店主であるウェッジスが叫ぶ。
「全くだ。だが、色々と良いこともあるんじゃないのか? ギルドの税金が安くなるとか」
 巡回騎士のスティーブが、エールの入った金属製のジョッキ片手に叫ぶ。
「まーったく変わらん。あの転移門ゲートとかいうのも、ワシら酒場経営者には全く関係ないわ。せいぜいベルナーから良い食材が届くとか、カナンから上質な酒が届くとか、全く新国王様様だわい」
 つまりいい事ずくめの模様。
「のんべだらけのこの店では最高じゃないか」
 と盛り上がっている所に、ストームがやってくる。
「よし良い所に来たストーム、飲むぞ」
「うわ、何があった? スティーブさん、なんでこのジジイは酔っ払っているんだ?」
「新国王とカナンの魔導女王のおかげで良質な酒と肴が手に入るようになったのでね。その新しい料理とかを試しているらしいんだ」
「ほほう、ではそれをいただこう」
 と金属製のジョッキに注がれた、キンキンに冷えたエールを飲むストーム。
「ングッングッ……ぷはー。何だこれ?」
 今まで飲んだものよりも旨い。
「そしてこれだ。この揚げたてのイモが最高に旨い」
 と差し出されたフライドポテトを一口。

――キュピーーン
「ウォウ。今までの煉瓦亭では考えられない味だ。一体何処でこんな旨いものを?」
「酒屋が大枚叩いてカナンまで転移門ゲートとやらで行ってきたらしくてな。そこで『樽の底に入れるだけでエールを冷たくする水晶』と『揚げた芋にかけるとさらに美味しくなるシーズニング』なるものを仕入れてきたそうな」
「カナンということは、王都魔導商会の商品か、成る程な」
「ほほう、ストームは知っておるのか?」
「噂はねぇ。これは負けていられないか」
 相手がマチュアなら、負ける気はしないというところであろう。
「ホッホッホッ。魔導器と競り合っても駄目じゃ。ストームはこの街でもトップクラスの鍛治師、あちらか魔導ならばこちらは鍛治じゃよ」
「その通り。出来れば研ぎの値段を下げてくれると助かるのですが」
「それは断る。技術の安売りはしない主義でな」
 と、盛り上がっている所に。

――ギィィッ
「あのー、ストームさん来ていませんか?」
 と修道士の姿のメルキオーレが入ってくる。
「やあメルキー、どうしたんだ?こんな時間に」
「おお、ストームさんのとこにいる、司祭さんか」

 馴染み亭の二階から降りてくる所をよく見られたので、メルキオーレは馴染み亭の二階に間借りしている事にしてあるらしい。
 しかも武神セルジオの神殿でしっかりと魂の護符を発行して貰ったので、基本表立って魔族といっても問題はないのだが、まだ受け皿ができていないので暫くは人間で通す事にしたらしい。

「ちょっと小腹が空いたもので。アーシュと一緒にご飯食べに来たのですよ。ストームさんがいると気が楽なので」
「私はメルキオーレ様がいると落ち着かないのですけれどね」
 アーシュもチラッとメルキオーレを見て告げる。
「まあまあ。まずは駆けつけ一杯だ」
 とエールが二つ運ばれてくる。
 それを一気に飲むと、二人は続けてストームの目の前のフライドポテトをつまむ。
「ちょっと一つ頂きます」
「頂きますわよ」
 とゆっくりと味わった瞬間。
「て、店主、このフライドポテトを三人前頼みます」
「私も三人前下さい。こんな料理を食べた事がない。エールもお代わりだ」
 と突然モリモリと食べ始める二人。
「そんなに美味かったのか?」
「今まで食べた事がない味です。これは至高のフライドポテトです」
「このホクホクとした味わい、まさに究極のポテトです」

――カチーン
 二人の意見がまともにぶつかる。
「究極でも至高でもどっちでも構わんが、旨い、お代わり、これで十分だろう?」
 とストームが冷静に突っ込む。
「まあそんなんですけれどねぇ」
 とそのまま金貨を一枚、ウェッジスに預ける。
「ここの会計これで頼むわ。明日も早いのでね」
 と告げると、ストームはその場を後にする。

 翌日。
 午前中のストームブートキャンプと研ぎの仕事も終え、午後からは馴染み亭で売る商品を作ろうかと考えていた時。
「ストームのおじちゃん、こんにちは」
 とちっちゃい魔法使いのミアが遊びに来た。
「おや、どうした?」
「おとなりのロットくんもいっしょなの。ロットくんがゆうしゃのそうびがほしいんだって」
「ストームおじさん、ぼくにゆうしゃのそうびをつくってください」
 と青銅貨12枚を差し出す。

 ロットは巡回騎士のリチャードの一人息子。
 良くうちの子は手伝いもしてくれて助かっている、と酒場で息子自慢を聞かされていた。

「じゃあ、一枚だけ貰っておくよ、ちょっと待ってろよ」
 とストームは空間から様々な材料を取り出すと、トンカントンカンと装備を作る。
「これでどうだ? ヘッドギアと皮の服、ベルトにショートソード。あとは手袋だ」
 防具には頑丈とダメージ軽減、全属性耐性、ステータス上昇を付与、武器は柔らか属性と火力ゼロという、ツッコミハリセンに付与されている痛くない火力を入れた。
「あ、ありがとうございます」
「ストームおじさんじゃなくてストームお兄さんといったくれると嬉しいな」
「はい、ありがとうございました」
 と頭を下げて遊びに出かける二人である。

――トテトテトテトテ……
「本当に子供には優しいわねえ」
 発注していた武器を受け取りに来たカレンが、子供たちが帰るのをまって顔を出してきた。
「俺は優しい王様なの。ほらよ」
 と頼まれた武器の入っているバックを空間から取り出すと、それをカレンに手渡す。
「手続きは店でやってくれ、アーシュが居るはずだ」
「はいはい。しかし子供相手でも真剣に作るのね」
「ヘッドギアと体の各部位の金属はミスリル、レザーアーマーはボルケイノレザーの耐熱処理、ショートソードはアダマンタイトだ。参ったか」

――ハァーッ
「あんた馬鹿?一体どれぐらいの価値があるのよ」
「防具は本当に冒険にも出られるA+、武器は絶対に何も傷つけられないツッコミショートソードなので金属の価値しかない。纏めて白金貨8枚ってとこだろうな」
「それをタダで?」
「無料の仕事なんてしないよ。ほら」
 と青銅貨一枚を見せる。
「完全に材料費で赤字でしょ?」
「全て自分で取ってきた材料だからゼロだ。それにあの子が頑張ってお手伝いをして稼いだ大切な金だ。その価値はあの装備分はある」
 と笑いながらストームは空間にお金を仕舞い込む。
「そうか。そうよねぇ。でも、いつも思うんだけれど、貴方とマチュアのこの、空間に物品を収容するのって魔導器?」
「まあ、そんなもの。マチュアと俺の持ってるニつしか存在せず、マチュアの知識を持ってしても作る事ができない」
「そうか。便利よねぇ」
「まあな。ほら、これはオマケだ、売るなり自分で使うなり好きにしろ」
 とストームはボルケイノの骨の中でも最も硬い部位を加工して作った砥石をカレンに手渡す。
「これは?」
「普段俺が仕事で使って居る砥石と同じやつ。仕上げに使うと、それは『炎属性付与』の効果を持つ砥石だ。白金貨で1000枚出しても欲しいだろうな」
「ど、どうしてそんなものを?」
「お得意様は大切に。だろう。それにAクラスの鍛治師以外が使っても良質な砥石程度の効果しかないぞ」
「全く、マチュアといいストームといい、どうしてそんなに私に親切なのかしらね」
 とカレンが告げる。
「俺もマチュアも。この世界には身内も誰もいないからな。だから友達は大切にしたいのさ。マチュアは酒場や冒険者を楽しみながらそれを実感しているし、俺は俺の作った武具が役立っているのが嬉しいからなぁ」
 ボソッと告げるストーム。
「カレンさーん。とっとと手続きして下さいよー。私昼ごはん食べたいのですよー」
  と店の方からアーシュの声がする。
「はいはい。ストームも一緒に食事をいかがですか?」
「うむ、付き合おう」
 と立ち上がると、ストームもまた、日常に溶け込んでいった。
 自分の持てる限りの力を使ってエンジョイする。

 これが、今の二人の『異世界ライフの楽しみ方』であった。
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