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第二部・浮遊大陸ティルナノーグ
浮遊大陸の章・その15 封印解放・仲間たちの勇気とその代償
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ティルナノーグの封印が解放される日。
正午を告げる鐘の音が、カナンの城塞内に響き渡った。
それと同時に、カナン郊外地下にある月の門が、静かに、そして虹色にゆっくりと輝き始めた。
「くるぞ、騎士団は準備を。ここからは一匹たりとも通すなっ!!」
――ザッ
月の門囮部隊の責任者であるシュツルム騎士団の団長・ラインベルが号令を掛ける。
それと同時に、囮部隊としてその場で待機していた大勢の騎士や冒険者達が、其々武器を構えてじっと待っている。
――ドッゴォォォォォォッ
やがて虹色の輝きが収まると、突然扉が破壊されて褐色の鎧を来た騎士が次々と飛び出してきた。
「ようやく封印が解除されたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
と叫びながら、漆黒の鎧を着こんだ魔族の軍勢は手にした両手剣や武器を構えると、近くにいる騎士団に向かって切り込んできた。
だが、すでにそう来ることを察していた騎士たちが一斉に隊列を取ると、敵の第一陣を食い止めに入る。
――ガギィィィッ
先人を切って飛び込んでくる騎士の一撃をウォルフラムが踏み込んで楯で受け止めると、その横から4名の騎士が飛び出して漆黒の騎士に向かって次々と斬り掛かっていく。
数分も立たずに魔族の騎士はその場に崩れ落ちた。
「よーし、次だぁぁぁぁっ」
ラインベルクの声に騎士団の士気もどんどんと上がっていった。
――その頃
「第28月の門から連絡です。突然扉が解放されました!!」
最初の封印が解除されてから15分後。
業を煮やした魔族が他の扉を強制開門することぐらい、予測はついている。
そのために、ここには一騎当千の騎士と冒険者たちが準備していたのである。
「サイノーーーーース、出番だよっ!!」
マチュアの掛け声と同時に、サイノスが後ろで立ちあがる。
ここ暫くの間に、チーム西風の面々もAクラスになっていた。
最も、マチュアの紹介で訪れた訓練先にいたハートマン教官のおかげといえばそうなのであるが。
「マ、マチュアさま‥‥本当に僕達で大丈夫なのかあ?」
「ええ。そうですわ。マチュア様に声を駆けていただいたのは嬉しいのですが」
「様禁止っ!! 以前のままでいいから。フィリアもメレアも強くなったんだし」
「その通りだ。マチュアさん、僕がティルナノーグに還るチャンスをくれたことを感謝する!!」
サイノスがバックから取り出したのは、ストームの持つ聖剣と同じ聖なる光剣。話によるとこの世界に3本しか無い伝説の武具で、ティルナノーグに眠る方舟からの発掘品であるらしい。
そしてそれが、ティルナノーグの王位を明かす武器であることも教えられた。
「いくぞフィリア、メレア。今こそ我々の真の力を見せるときだ」
「はいはい。それじゃあいってくるよ。マチュア‥‥も頑張ってねー」
「では、行ってまいりますわ」
と告げて、待機している騎士とともに、指定された月の門を守るために転移していった。
その後も次々と月の門が強制開門されていく報告が届いてくるが、10個目の門が開放された時点で、その侵攻はピタッと止まったのである。
「どうやら、同時に開ける門の数は10ってところか?」
「そーなんじゃない? でないとキツイでしょうよ‥‥いくら魔力を注げば開けるとは言え、あの扉を開くための魔力なんて一人で供給できるものじゃないんだし」
と、ストームとマチュアが話をしていた時。
「第11月の門より連絡です‥‥ファウストと名乗る魔術師が現れました」
ついに七使徒の一角であるファウストの登場である。
「はっはっ。やっぱりあいつは馬鹿でしたか。すぐに待機騎士を8名出して。すぐに私も向かうわ‥‥」
マチュアの指示で待機していた騎士たちが転移門をくぐって行く。
装備を換装してマチュアも転移門に向かうが、後ろからストームが肩を掴んで動きを制した。
「いや、俺が行く。ファウストを倒せば、封印の水晶柱の中の娘はやつの呪縛から解放される。俺の目的は最初から変わっていないのでね‥‥」
とゆっくりとストームが転移門へと歩いていく。
――シュンッ
と音もなくストームは『仮面ビルダー・ストーム』に変身した。
「マジかぁ‥‥やつはかなり強いよ」
後ろ姿のままサムズアップするストーム。
「この世に光がある限り、仮面ビルダーSTORM RXは不滅だ!」
いつのまにかRXが増えているストーム。
そのまま転移すると、次の指示の準備をするマチュアであった。
○ ○ ○ ○ ○
阿鼻叫喚の地獄絵図。
第11番月の門は、以前マチュアが訓練用に使用していた旧遺跡にある。
ストームが到着した時、そこは4体のレッサーデーモンと戦う騎士の姿と、此方が開いた転移門に向かってくるファウストの姿があった。
「また来たか雑魚が‥‥」
血まみれになった剣を構えてファウストがストームを睨みつける。
幸いなことに犠牲者は1名のみ、それもまだ意識はある。
レッサーデーモンと戦っている騎士も一進一退の攻防をしているが、今のところは優勢である。
「命が惜しければ、その転移門を明け渡して貰おう。そこの向こうから、私の半身が‥‥ふぁぁぁぁぁ?」
――ズバァァァァァァァッ
一瞬のうちに、ファウストの右腕が吹き飛ばされている。
素早く引き抜いた聖なる光剣を構えて、一気に間合いを詰めたストームが軽々とファウストの右腕を吹き飛ばしたのである。
「おのれ、おのれぇぇぇぇ」
素早く左腕で印を描くと、周囲に『光の弾丸《ライトブリット》を発動する。
瞬時に8本の光の矢がファウストの少尉に展開すると、それが次々とSTORMに飛んでいく。
――ヒュヒュンッ
それをギリギリのところで躱すが、光の弾丸は空中で停止すると軌道を変えてSTORMに向かって飛んでいく。
「ヒャーーーハッハッハッハッハッ。私の魔力を乗せた光の弾丸だ。どこまでもキサマを追い詰めるぞぉぉぉぉぉっ」
狂気にも似た笑みで叫ぶファウスト。
「ふぅ。とんだ茶番だ。この手の攻撃でそんな自信とは、貴様は強化人間よりも弱いっ」
――キィィィィン
STORMの全身が輝くと、仮面ビルダーSTORMの体表を金属製の皮膜が覆う。
「その程度の防御魔法など‥‥」
ファウストの叫びと同時に、次々と光の弾丸がSTORMに突き刺さる。
だが、それは体表で全て弾ける。
「これが新しい仮面ビルダーSTORMのバルクフォーム。いかなる魔法も遮断する『悲しみと炎の筋肉』だっ!!」
毎日少しずつ、クルーラーを練り込んだ皮膜を作り出しては、それで鎧を強化していたストームである。
――バキッドガッ
すかさずファウストに掴みかかると、力いっぱい殴り続ける。
あっという間にファウストの顔面はボコボコになり、体がくの字に折れ曲がる。
「あんたを倒せば、封印の水晶柱に封じられているあの娘は解放される。何も知らない、ただの女の子としてだ。あの子は貴様が完全体になるためのパーツなんかじゃない!!」
――ドッゴォォォォッ
と渾身の一撃がファウストの腹部に直撃する。
そのまま口から血を吐きつつ、後ろの廃墟に飛んでいく。
「無駄な事だ。あの子の中にある魔族因子は、あの娘が活性化したときにすぐに芽生える!! 貴様の目論見など不可能だとしれっ!!」
いつの間にか右腕を再生したファウストが、先程の剣を手にSTORMに斬りかかる。
――キンキンッ、ズバァァァッ
素早く聖なる光剣で受け流すが、一瞬の隙をついてSTORMの横腹が薙ぎ斬られる。
――ぐっ
「その魔法反射の姿は、先程のよりも動きが鈍い。確かに力は強いが、私ほどのものなら見切ることは容易いのだよ!!」
勝ち誇ったかのように叫ぶファウスト。
「そうだな。たしかにこのままではダメだ‥‥」
再びSTORMの全身が輝くと、今度は虹色の皮膜が全身を覆う。
その刹那、傷口が瞬時に回復していったのである。
「そ、それはなんだ!!」
「これが新しい仮面ビルダーSTORMのもう一つの姿、フィジークフォーム。いかなる傷も回復し、如何なるデバフも遮断する『怒りの筋肉』だっ!!」
素早く怪我が癒えると、再びファウストとの間合いを詰める。
聖なる光剣の刃の形状が刀に変わっているのを、ファウストは見逃さなかった。
「東洋の刀とかいうやつだな。それは横の衝撃に弱いことは知っている!!」
――キンキンガキィン
と素早く剣戟を放つファウスト。
本気で怒っているSTORMがかなり追い込まれている。
「それになぁ、あの肉体など私はいくらでも作れるのだょぉ。貴様が必死に守っていたあの肉体などなぁ」
「どういう事だ」
ファウストの攻撃を受け止め、流しつつもSTORMは叫ぶ。
「いくら天才の私でも、何も無い所から肉体など作れないのさ」
「まさか貴様っ!!」
ニィィィィィィィィィィィィィィィィッと笑みを浮かべるファウスト。
「そうだよ。私の肉体として適合する水晶の民を殺したのさ。魂なんて不要なのでね、私が欲したのは転生先の肉体だよっ。あの娘は必死に抵抗していたがなぁぁぁぁぁ」
――ドガッ
すかさずファウストの腹部に蹴りを入れると、素早く体勢を取り直すSTORM。
「罪もない子供の命を!!」
「ヒャーーーーーーハッハッハッハッハッ。最高だったよ、絶望に落とされるあの表情がなぁぁぁぁ。貴様もそうだ、絶望にぃぃぃぃぃ身を焦がせぇぇぇぇぇぇ」
立ち上がりつつファウストが右手で印を紡ぐ。
――ブゥゥゥゥゥン
とSTORMの周囲に黒い球体が生み出された。
稲妻のように放電する球体。
それが発生した直後に、STORMの体力が急激に削られていった‥‥。
「な、なんだこれは‥‥」
「私もごっそりと魔力を持っていかれるのでめったに使わないのですけれどねぇ。それは貴方の生命を吸う混沌の魔法です‥‥いかなる魔法も物理攻撃も吸収する究極の禁呪です。神でなければ、それを止めることはできないでしょう‥‥貴方が悪いのですよ、貴方がねぇ‥‥もうそれを止めることは出来ない。私を殺しても、それは命あるものを探して取り憑いて殺し、また次の獲物を求める‥‥ヒャァーーーーハッハッハッ」
狂っている。
STORMはそう感じた。
素早く防御主体のバルクスタイルにフォームチェンジするが。それでも命を吸い取られる速度は変わらない。
――ズバァァァッズバァァァッ
そしてファウストの告げたとおり、この球体にはなにも効果がない。聖なる光剣一撃でさえも、その威力を糧として吸収されていくのである。
――ストーム‥‥を‥‥しなさい‥‥だが‥‥は‥‥となる‥‥
脳裏に何かが聞こえてくる。
それが何であるのか、ストームは瞬時に理解した。
「まったく‥‥俺はすごろくが苦手なんだよなぁ‥‥」
とゆっくりと立ちあがる。
全身の力は既に入らず、気力だけで立ち上がったようなものである。
だが、それでも最後の力を振り絞ると、スーッと腹筋に力を込める。
両腕を上げて、全身に力を込め始めた。
ボディービルで言う『オリバーポーズ』である。
その刹那
「封印解放っっっっっ」
STORMの全身が輝いた。
ストームやマチュアのウィンドウに残っている最後の秘密。
名前の上についている『リミツター』の文字。
これがついている限り、マチュアたちの能力の一部は『対象の人物よりも少しだけ強いレベル』にまで引き下げられている。相手のいない鍛冶や料理などには当てはまらないらしく、そちらの方面では無双といってよい。
しかし混沌の球体はあきらかに常軌を逸した存在である。
さすがのストームでも対処が聞かない。
そんな時に聞こえた声。
それに従って、STORMは持てる能力を全開放した。
――キィィィィンッ
素早く放った剣術『浮舟・夢幻刃』により、ストームの周囲の混沌の球体は切断され消滅する。
物理も魔法も聞かない対象。
だがリミッターを解除して神威を纏ったストームの敵ではない。
全ての攻撃に『神属性』が付与される為、この世界でストームの敵はいない。
ただし、リミッターにも制限時間がある。
「な、なん‥‥だと‥‥」
焦りと動揺が浮かぶファウスト。
必死に周囲を見渡して、近くで戦っているであろうレッサーデーモンを呼びつけようとするが、騎士たちに阻まれているためにそれもできない。
高速で印を構えるが魔力の枯渇しているいまの状態では、光の弾丸も一本が限界。それさえも飛んで行く途中で、ストームの纏っている神威に触れると蒸発する。
すでにそこで勝敗は決定した。
魔力が枯渇しているファウストには、もう抗うすべはない‥‥。
「た、たのむ‥‥助けてくれ‥‥俺と手をくもう‥‥あんたの命令にしたがう‥‥」
必死に懇願するファウストだが。
「ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」
素早くノーマルフォームに切り替わる仮面ビルダーSTORM・RX。
聖なる光剣を静かに構えると、その刀身が10倍以上に膨れ上がる。
「やぁぁぁめぇぇぇてぇぇぇぇぇぇ」
「成敗っっっっっっっっつ」
――ドジュゥゥゥゥゥゥッ
一撃でファウストが蒸発した。
そして振り返ると、他の騎士たちもレッサーデーモンを撃破していた。
――シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
とSTORMの姿が元に戻る。
ウィンドウの名前の部分には、再びリミットの文字が浮かび上がっている。
「はぁ‥‥ふりだしに戻る‥‥か。魂の修練のやり直しかよ」
封印解除の見返りは厳しい。
魂の修練の度合いを示す紋章から、直接『神の加護』を引き出して能力を解放するのである。
今、ストームの台座では一つの紋章を覗いて、全ての紋章の輝きが消えていた。
「また還る時間が遅くなるのか‥‥まあいいか。仕方ないよなぁ‥‥」
とボソッと呟くと、再び転移門から王都ラグナへと帰還した。
○ ○ ○ ○ ○
ストームが飛び出して暫くして。
マチュアは転移門の座標を調整し始める。
まもなく作戦は最終段階、『白竜の社』での『魔封じの儀式』の時間である。
「これで白竜の社とメレスとの繋がりを絶つことで、ティルナノーグにいる魔族たちは普通の人間となんら変わりがなくなるのだよな」
と最後にもう一度、舞師のイヴに問い掛ける。
「はい。カラミテ様の解析した碑文に記されているとおりです」
「よし。本部隊準備。間もなく転移門を白竜の社横にある月の門と繋ぐ。突入後は周囲の安全を確保、すぐさま『魔封じの儀式』を行う」
立ち上がりそう叫ぶ。
「ストーム様は大丈夫なのですか?」
と騎士が問い掛けるが。
「あ? 大丈夫っしょ。切り札まで使うかはわからないけれどね」
と目の前に展開してあるウィンドウを眺める。
今まではなんの変哲もなかった名前の上にある『リミット』の部分が、いまは輝いている。
(いやーーーはっはっはっ。これって超ナントカ人みたいなものだよねぇ。使いたくないねぇ‥‥代償高いだろうねぇ‥‥)
と笑いながら考える。
「どうかしたっポイ?」
「いや、どうもしないよ。これで終わりだからね‥‥」
と告げると、マチュアたちは一斉に転移を開始する。
静かな白亜の門。
その手前にある白竜の社。
目的は、その社の中で『魔封じの儀式』を行うこと。
そしてそれを知らされていたのか、その場にはグレーターデーモンが3体、社を守っている。
「怯むなっ!! 舞師たちが社に突入するまで守りきれっ!!」
「応っ、いくぞズブさんポイポイさんっ!!」
素早くワイルドターキーとズブロッカ、ポイポイの三人が一体のグレーターデーモンに向かって走り出す。
別の騎士たちも部隊を二つに分けて、一つは舞師たちの護衛に、もう一つはグレーターデーモンに向かう。
「護衛たちは場所の確保。それが完了したら、私が結界を貼ります!!」
マチュアはすばやくグレーターデーモンとの間合いを詰めると、飛翔の魔法で上空に飛び上がる。
――グォォォォォォッ
両手で殴り掛かるグレーターデーモンを相手に、マチュアはヒット・アンド・アウェイで殴り続ける。
徐々にダメージが蓄積されていくと、グレーターデーモンの全身が輝きを発し、右手を頭上に掲げる。
グレーターデーモンの攻撃魔術であるメルトブラストの前段階詠唱である。
ここからの30秒、これで処理しきれなければ周囲は廃墟となる。
だがマチュアは懐から短刀を引き抜くと、じっと身構えて、一気に加速!!
――ギィィィィン
一撃でグレーターデーモンの首を切断したのである。
音を立てて塵と化していくグレーターデーモン。
その光景は、残りの二体にも脅威であったのだろう。
残った二体も同時に両手を上げ、メルトブラストの体勢を取るのだが。
――ズバァァァァッ
「切断したっぽい!!」
とグレーターデーモンの体を駆け上がると、首を切断したポイポイ。
さらに残った一体にも、ズブロッカとワイルドターキーが駆け寄っていく。
「どっせい!!」
――ドッゴォォォォォォォォツ
力いっぱい振り回した両手斧が、グレーターデーモンの右足を切断した。
そして体勢を崩したグレーターデーモンに向かって、ズブロッカが右手を翳す。
――キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
周囲の精霊力が凝縮し、強大なエネルギーを発生させる。
「さようなら‥‥精霊光弾っっっっっ」
――ゴウッ
と七色の光線がズブロッカの掌から放出される。
それは一撃でグレーターデーモンの頭部を破壊すると、スッと元の精霊力になり散っていった。
「お、おおう‥‥」
例えて言うなら『波動砲』とか、『約束された勝利の剣』とか、とにかく一撃必殺の攻撃であることは間違いない。
護衛の騎士たちもその威力に呆然としている。
「さあ、いきましょう」
「お、おう‥‥」
とその場に居た全員がすばやく『白竜の社』に突入すると、その奥にある広間まで辿り着く。
そこには一枚の円形の鏡が安置されていた。
「越境の鏡です。これが膨大な魔障を帯びることで、全ての魔族が活性化します‥‥」
と吟遊詩人たちも静かに位置につくと、ゆっくりと曲を奏で始める。
――ポロロン‥‥
ぶなの森の葉隠れに
宴寿い賑わしや
松明《たいまつ》明く照らしつつ
木の葉敷きて倨居する
これぞ流浪の人の群れ
眼光り髪清ら
ニイルの水に浸されて
煌ら煌ら輝けり
舞師イヴの歌声と踊りが静かな空間に響き渡る。
それは何処かできいたことがあるような音楽。
以前イヴに聞いたときも、これは古い物語であると聞かされた。
だが、マチュアには、以前何処かできいたことのある歌。
――ポロロン‥‥
燃ゆる火を囲みつつ
燃ゆる赤き炎 焚火
強く猛き男安らう
巡り男休らう
女立ちて忙しく
酒を酌みて注し巡る
やがて鏡が虹色に輝き始めた時。
――ダンッダンッ
と社の外から結界に向かって攻撃を始めた音が響く。
「仕方がないか。ここはお願いします‥‥」
とマチュアは社の入り口に向かう。
結界の外には、レッサーデーモンを始めとして様々な魔物が結界に向かって攻撃をしている。
さすがに一体一体相手するには余力がない。
「それじゃあも一ついってみようか。聖域範囲・敵性防御《ハードプロテクション》・持続っ」
素早く印を汲むと、持続型の結界を施す。
ちょうど一つ目の結界が破壊されたが、2つめの結界が魔族の侵攻を阻んでいる。
素早く内部にもう一重の結界を施すと、マチュアは外側の結界の強度を上げるために魔力を持続放出する。
「手伝います!!」
と素早くズブロッカが飛び出してマチュアに触れようとするが、マチュアはそれを制した。
「中の、魔封じの儀式を行っている部屋に結界を。そこが最後の砦になるから、そこは絶対に守って。ワイルドターキーもそちらの護衛に。どの道結界の中からなんて何もできないでしょっ!!」
「お、おうおう、分かった。無理はするな」
「では私も中に戻ります。ポイポイいくわよ」
とワイルドターキーとズブロッカが社の中に走る。
だが、ポイポイはその場でじっと敵を睨みつけている。
「ポイポイも早く戻って!!」
叫ぶマチュア。だが、ポイポイはマチュアの方を向いてニイッとほほ笑んだ。
「マチュアさんー。あの敵少しでも減ったら、少しは楽になるっぽい?」
そう問い掛けると、ポイポイは両手にナイフを持って結界に向かって走る。
「そりゃあそうだ‥‥ちょっとポイポイさんそれはダメッ!!」
――スッ
とポイポイが結界を越えて敵のど真ん中に飛び込む。
忍者の持つ上位技術『結界無効化能力』。
それを起動すると、ポイポイはまさに死地へと飛び込んでいったのである。
そして新しい敵が姿を現したのに気がつくと、周囲の魔物たちは一斉にポイポイに向かって攻撃を仕掛けていく。
――ヒュンッヒュンッ!!
瞬時に3体の敵の首をはねるが、後ろから襲い掛かってきた魔物の魔法によって後方に吹き飛ばされていく。
――ツッ‥‥
と口元から血が流れていくポイポイ。
だが、その瞳にはいまだ闘志が燃えている
――グイッ
と口元の血を拭うと、ポイポイは再び魔物に向かって走り出す。
「初めてあった時にね、ポイポイ思ったんだ。ストームさんもマチュアさんもかっこいいなーって」
次々と襲いかかる魔族に怯むことなく、無慈悲に刃を叩きこむ。
だが多勢に無勢、少しずつ、ポイポイの身体は傷ついていく。
「それで、ポイポイも頑張ったんだけど、恰好良くなれなかった。どうしてかなーって考えてようやく気がついたんだ」
ポイポイの全身が黒い闘気に包まれる。
忍者の最終奥義『生命燃焼』。
魂を燃やし、極限まで戦闘力を高める技である。
その全身に闘気の輝きを纏って‥‥。
「はやく‥‥はやく儀式を終わらせてぇ」
マチュアも飛び出したい。
だが、未だ敵の軍勢は結界を破壊するために襲い掛かってくる。
多少は数が減っているものの、この結界が破壊されると内部の人々は無事ではすまない。
あまりにも数が多すぎるため、一気に社にまで侵入されるとズブロッカの結界でも持って1分。
そうなると、いまこの結界をなんとしても護らなくてはならない。
――ポロロン
歌い騒ぐ其の中に
南の邦恋うるあり
厄難祓う祈言を
語り告ぐる嫗あり
愛し乙女舞い出つ
松明明く照りわたる
管弦の響き賑わしく
連れ立ちて舞い遊ぶ
社から聞こえてくる祝詞が2回繰り返される。
あと一回、それが繰り返された時、全てが終わる。
「結界再起動。さらにもう一重っっっっっ」
また一重破壊される。
だがその中に張ってあった結界が敵を阻むと、マチュアはまた内部に結界を一枚施し、外部の強化を開始する。
「護るものがあれば、強くも格好良くもなれるって。‥‥マチュア‥‥さん‥‥ポイポイ‥‥格好良く‥‥なれた?」
魔物たちの隙間から見えた、ポイポイは、笑っていた。
その直後、ポイポイを中心に光の爆発が発生する。
それに巻き込まれて、かなりの魔族が消し飛んだ。
――ツツッッッッッッ
マチュアの瞳から涙が溢れる。
だが決して樹を緩めることはない。
ふと脳裏には、封印解除の文字が流れる。
だが、いまは使えない。
これを使うところは決まっているのだから‥‥。
――ポロロン‥‥
すでに歌い疲れてや
眠りを誘う夜の風
慣れし故郷を放たれて
夢に楽土求めたり
慣れし故郷を放たれて
夢に楽土求めたり
東空の白みては
夜の姿かき失せぬ
ねぐら離れて鳥鳴けば
何処行くか流浪の民
何処行くか流浪の民
何処行くか流浪の民
流浪の民
――キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
周囲に高い金属音が響く。
虹色に輝いた鏡から光の柱が天井を超えて上空に放たれる。
それはかなり上空で爆発すると、ティルナノーグ全域に雪のように降り落ちていく。
「ハァハァハァハァ‥‥これで‥‥完了‥‥です」
膝をついて倒れるイヴと、周囲の吟遊詩人達もまたその場に倒れていく。
鏡はやがて虹色の輝きから白い光を放つようになり、そして普通の鏡に戻った。
ティルナノーグに降り注いだ光は魔族たちの体に触れると、その内部に蓄えられている魔障を浄化していく。
そしてマチュアの目の前で猛威を奮っていた魔族たちにもそれは降り注がれると、全員が全身に走る激痛に身を焦がしながら死んでいった。
そして、その姿が水晶の民の姿に戻った時。
マチュアは大量の涙を流しながら絶叫した‥‥。
正午を告げる鐘の音が、カナンの城塞内に響き渡った。
それと同時に、カナン郊外地下にある月の門が、静かに、そして虹色にゆっくりと輝き始めた。
「くるぞ、騎士団は準備を。ここからは一匹たりとも通すなっ!!」
――ザッ
月の門囮部隊の責任者であるシュツルム騎士団の団長・ラインベルが号令を掛ける。
それと同時に、囮部隊としてその場で待機していた大勢の騎士や冒険者達が、其々武器を構えてじっと待っている。
――ドッゴォォォォォォッ
やがて虹色の輝きが収まると、突然扉が破壊されて褐色の鎧を来た騎士が次々と飛び出してきた。
「ようやく封印が解除されたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
と叫びながら、漆黒の鎧を着こんだ魔族の軍勢は手にした両手剣や武器を構えると、近くにいる騎士団に向かって切り込んできた。
だが、すでにそう来ることを察していた騎士たちが一斉に隊列を取ると、敵の第一陣を食い止めに入る。
――ガギィィィッ
先人を切って飛び込んでくる騎士の一撃をウォルフラムが踏み込んで楯で受け止めると、その横から4名の騎士が飛び出して漆黒の騎士に向かって次々と斬り掛かっていく。
数分も立たずに魔族の騎士はその場に崩れ落ちた。
「よーし、次だぁぁぁぁっ」
ラインベルクの声に騎士団の士気もどんどんと上がっていった。
――その頃
「第28月の門から連絡です。突然扉が解放されました!!」
最初の封印が解除されてから15分後。
業を煮やした魔族が他の扉を強制開門することぐらい、予測はついている。
そのために、ここには一騎当千の騎士と冒険者たちが準備していたのである。
「サイノーーーーース、出番だよっ!!」
マチュアの掛け声と同時に、サイノスが後ろで立ちあがる。
ここ暫くの間に、チーム西風の面々もAクラスになっていた。
最も、マチュアの紹介で訪れた訓練先にいたハートマン教官のおかげといえばそうなのであるが。
「マ、マチュアさま‥‥本当に僕達で大丈夫なのかあ?」
「ええ。そうですわ。マチュア様に声を駆けていただいたのは嬉しいのですが」
「様禁止っ!! 以前のままでいいから。フィリアもメレアも強くなったんだし」
「その通りだ。マチュアさん、僕がティルナノーグに還るチャンスをくれたことを感謝する!!」
サイノスがバックから取り出したのは、ストームの持つ聖剣と同じ聖なる光剣。話によるとこの世界に3本しか無い伝説の武具で、ティルナノーグに眠る方舟からの発掘品であるらしい。
そしてそれが、ティルナノーグの王位を明かす武器であることも教えられた。
「いくぞフィリア、メレア。今こそ我々の真の力を見せるときだ」
「はいはい。それじゃあいってくるよ。マチュア‥‥も頑張ってねー」
「では、行ってまいりますわ」
と告げて、待機している騎士とともに、指定された月の門を守るために転移していった。
その後も次々と月の門が強制開門されていく報告が届いてくるが、10個目の門が開放された時点で、その侵攻はピタッと止まったのである。
「どうやら、同時に開ける門の数は10ってところか?」
「そーなんじゃない? でないとキツイでしょうよ‥‥いくら魔力を注げば開けるとは言え、あの扉を開くための魔力なんて一人で供給できるものじゃないんだし」
と、ストームとマチュアが話をしていた時。
「第11月の門より連絡です‥‥ファウストと名乗る魔術師が現れました」
ついに七使徒の一角であるファウストの登場である。
「はっはっ。やっぱりあいつは馬鹿でしたか。すぐに待機騎士を8名出して。すぐに私も向かうわ‥‥」
マチュアの指示で待機していた騎士たちが転移門をくぐって行く。
装備を換装してマチュアも転移門に向かうが、後ろからストームが肩を掴んで動きを制した。
「いや、俺が行く。ファウストを倒せば、封印の水晶柱の中の娘はやつの呪縛から解放される。俺の目的は最初から変わっていないのでね‥‥」
とゆっくりとストームが転移門へと歩いていく。
――シュンッ
と音もなくストームは『仮面ビルダー・ストーム』に変身した。
「マジかぁ‥‥やつはかなり強いよ」
後ろ姿のままサムズアップするストーム。
「この世に光がある限り、仮面ビルダーSTORM RXは不滅だ!」
いつのまにかRXが増えているストーム。
そのまま転移すると、次の指示の準備をするマチュアであった。
○ ○ ○ ○ ○
阿鼻叫喚の地獄絵図。
第11番月の門は、以前マチュアが訓練用に使用していた旧遺跡にある。
ストームが到着した時、そこは4体のレッサーデーモンと戦う騎士の姿と、此方が開いた転移門に向かってくるファウストの姿があった。
「また来たか雑魚が‥‥」
血まみれになった剣を構えてファウストがストームを睨みつける。
幸いなことに犠牲者は1名のみ、それもまだ意識はある。
レッサーデーモンと戦っている騎士も一進一退の攻防をしているが、今のところは優勢である。
「命が惜しければ、その転移門を明け渡して貰おう。そこの向こうから、私の半身が‥‥ふぁぁぁぁぁ?」
――ズバァァァァァァァッ
一瞬のうちに、ファウストの右腕が吹き飛ばされている。
素早く引き抜いた聖なる光剣を構えて、一気に間合いを詰めたストームが軽々とファウストの右腕を吹き飛ばしたのである。
「おのれ、おのれぇぇぇぇ」
素早く左腕で印を描くと、周囲に『光の弾丸《ライトブリット》を発動する。
瞬時に8本の光の矢がファウストの少尉に展開すると、それが次々とSTORMに飛んでいく。
――ヒュヒュンッ
それをギリギリのところで躱すが、光の弾丸は空中で停止すると軌道を変えてSTORMに向かって飛んでいく。
「ヒャーーーハッハッハッハッハッ。私の魔力を乗せた光の弾丸だ。どこまでもキサマを追い詰めるぞぉぉぉぉぉっ」
狂気にも似た笑みで叫ぶファウスト。
「ふぅ。とんだ茶番だ。この手の攻撃でそんな自信とは、貴様は強化人間よりも弱いっ」
――キィィィィン
STORMの全身が輝くと、仮面ビルダーSTORMの体表を金属製の皮膜が覆う。
「その程度の防御魔法など‥‥」
ファウストの叫びと同時に、次々と光の弾丸がSTORMに突き刺さる。
だが、それは体表で全て弾ける。
「これが新しい仮面ビルダーSTORMのバルクフォーム。いかなる魔法も遮断する『悲しみと炎の筋肉』だっ!!」
毎日少しずつ、クルーラーを練り込んだ皮膜を作り出しては、それで鎧を強化していたストームである。
――バキッドガッ
すかさずファウストに掴みかかると、力いっぱい殴り続ける。
あっという間にファウストの顔面はボコボコになり、体がくの字に折れ曲がる。
「あんたを倒せば、封印の水晶柱に封じられているあの娘は解放される。何も知らない、ただの女の子としてだ。あの子は貴様が完全体になるためのパーツなんかじゃない!!」
――ドッゴォォォォッ
と渾身の一撃がファウストの腹部に直撃する。
そのまま口から血を吐きつつ、後ろの廃墟に飛んでいく。
「無駄な事だ。あの子の中にある魔族因子は、あの娘が活性化したときにすぐに芽生える!! 貴様の目論見など不可能だとしれっ!!」
いつの間にか右腕を再生したファウストが、先程の剣を手にSTORMに斬りかかる。
――キンキンッ、ズバァァァッ
素早く聖なる光剣で受け流すが、一瞬の隙をついてSTORMの横腹が薙ぎ斬られる。
――ぐっ
「その魔法反射の姿は、先程のよりも動きが鈍い。確かに力は強いが、私ほどのものなら見切ることは容易いのだよ!!」
勝ち誇ったかのように叫ぶファウスト。
「そうだな。たしかにこのままではダメだ‥‥」
再びSTORMの全身が輝くと、今度は虹色の皮膜が全身を覆う。
その刹那、傷口が瞬時に回復していったのである。
「そ、それはなんだ!!」
「これが新しい仮面ビルダーSTORMのもう一つの姿、フィジークフォーム。いかなる傷も回復し、如何なるデバフも遮断する『怒りの筋肉』だっ!!」
素早く怪我が癒えると、再びファウストとの間合いを詰める。
聖なる光剣の刃の形状が刀に変わっているのを、ファウストは見逃さなかった。
「東洋の刀とかいうやつだな。それは横の衝撃に弱いことは知っている!!」
――キンキンガキィン
と素早く剣戟を放つファウスト。
本気で怒っているSTORMがかなり追い込まれている。
「それになぁ、あの肉体など私はいくらでも作れるのだょぉ。貴様が必死に守っていたあの肉体などなぁ」
「どういう事だ」
ファウストの攻撃を受け止め、流しつつもSTORMは叫ぶ。
「いくら天才の私でも、何も無い所から肉体など作れないのさ」
「まさか貴様っ!!」
ニィィィィィィィィィィィィィィィィッと笑みを浮かべるファウスト。
「そうだよ。私の肉体として適合する水晶の民を殺したのさ。魂なんて不要なのでね、私が欲したのは転生先の肉体だよっ。あの娘は必死に抵抗していたがなぁぁぁぁぁ」
――ドガッ
すかさずファウストの腹部に蹴りを入れると、素早く体勢を取り直すSTORM。
「罪もない子供の命を!!」
「ヒャーーーーーーハッハッハッハッハッ。最高だったよ、絶望に落とされるあの表情がなぁぁぁぁ。貴様もそうだ、絶望にぃぃぃぃぃ身を焦がせぇぇぇぇぇぇ」
立ち上がりつつファウストが右手で印を紡ぐ。
――ブゥゥゥゥゥン
とSTORMの周囲に黒い球体が生み出された。
稲妻のように放電する球体。
それが発生した直後に、STORMの体力が急激に削られていった‥‥。
「な、なんだこれは‥‥」
「私もごっそりと魔力を持っていかれるのでめったに使わないのですけれどねぇ。それは貴方の生命を吸う混沌の魔法です‥‥いかなる魔法も物理攻撃も吸収する究極の禁呪です。神でなければ、それを止めることはできないでしょう‥‥貴方が悪いのですよ、貴方がねぇ‥‥もうそれを止めることは出来ない。私を殺しても、それは命あるものを探して取り憑いて殺し、また次の獲物を求める‥‥ヒャァーーーーハッハッハッ」
狂っている。
STORMはそう感じた。
素早く防御主体のバルクスタイルにフォームチェンジするが。それでも命を吸い取られる速度は変わらない。
――ズバァァァッズバァァァッ
そしてファウストの告げたとおり、この球体にはなにも効果がない。聖なる光剣一撃でさえも、その威力を糧として吸収されていくのである。
――ストーム‥‥を‥‥しなさい‥‥だが‥‥は‥‥となる‥‥
脳裏に何かが聞こえてくる。
それが何であるのか、ストームは瞬時に理解した。
「まったく‥‥俺はすごろくが苦手なんだよなぁ‥‥」
とゆっくりと立ちあがる。
全身の力は既に入らず、気力だけで立ち上がったようなものである。
だが、それでも最後の力を振り絞ると、スーッと腹筋に力を込める。
両腕を上げて、全身に力を込め始めた。
ボディービルで言う『オリバーポーズ』である。
その刹那
「封印解放っっっっっ」
STORMの全身が輝いた。
ストームやマチュアのウィンドウに残っている最後の秘密。
名前の上についている『リミツター』の文字。
これがついている限り、マチュアたちの能力の一部は『対象の人物よりも少しだけ強いレベル』にまで引き下げられている。相手のいない鍛冶や料理などには当てはまらないらしく、そちらの方面では無双といってよい。
しかし混沌の球体はあきらかに常軌を逸した存在である。
さすがのストームでも対処が聞かない。
そんな時に聞こえた声。
それに従って、STORMは持てる能力を全開放した。
――キィィィィンッ
素早く放った剣術『浮舟・夢幻刃』により、ストームの周囲の混沌の球体は切断され消滅する。
物理も魔法も聞かない対象。
だがリミッターを解除して神威を纏ったストームの敵ではない。
全ての攻撃に『神属性』が付与される為、この世界でストームの敵はいない。
ただし、リミッターにも制限時間がある。
「な、なん‥‥だと‥‥」
焦りと動揺が浮かぶファウスト。
必死に周囲を見渡して、近くで戦っているであろうレッサーデーモンを呼びつけようとするが、騎士たちに阻まれているためにそれもできない。
高速で印を構えるが魔力の枯渇しているいまの状態では、光の弾丸も一本が限界。それさえも飛んで行く途中で、ストームの纏っている神威に触れると蒸発する。
すでにそこで勝敗は決定した。
魔力が枯渇しているファウストには、もう抗うすべはない‥‥。
「た、たのむ‥‥助けてくれ‥‥俺と手をくもう‥‥あんたの命令にしたがう‥‥」
必死に懇願するファウストだが。
「ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」
素早くノーマルフォームに切り替わる仮面ビルダーSTORM・RX。
聖なる光剣を静かに構えると、その刀身が10倍以上に膨れ上がる。
「やぁぁぁめぇぇぇてぇぇぇぇぇぇ」
「成敗っっっっっっっっつ」
――ドジュゥゥゥゥゥゥッ
一撃でファウストが蒸発した。
そして振り返ると、他の騎士たちもレッサーデーモンを撃破していた。
――シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
とSTORMの姿が元に戻る。
ウィンドウの名前の部分には、再びリミットの文字が浮かび上がっている。
「はぁ‥‥ふりだしに戻る‥‥か。魂の修練のやり直しかよ」
封印解除の見返りは厳しい。
魂の修練の度合いを示す紋章から、直接『神の加護』を引き出して能力を解放するのである。
今、ストームの台座では一つの紋章を覗いて、全ての紋章の輝きが消えていた。
「また還る時間が遅くなるのか‥‥まあいいか。仕方ないよなぁ‥‥」
とボソッと呟くと、再び転移門から王都ラグナへと帰還した。
○ ○ ○ ○ ○
ストームが飛び出して暫くして。
マチュアは転移門の座標を調整し始める。
まもなく作戦は最終段階、『白竜の社』での『魔封じの儀式』の時間である。
「これで白竜の社とメレスとの繋がりを絶つことで、ティルナノーグにいる魔族たちは普通の人間となんら変わりがなくなるのだよな」
と最後にもう一度、舞師のイヴに問い掛ける。
「はい。カラミテ様の解析した碑文に記されているとおりです」
「よし。本部隊準備。間もなく転移門を白竜の社横にある月の門と繋ぐ。突入後は周囲の安全を確保、すぐさま『魔封じの儀式』を行う」
立ち上がりそう叫ぶ。
「ストーム様は大丈夫なのですか?」
と騎士が問い掛けるが。
「あ? 大丈夫っしょ。切り札まで使うかはわからないけれどね」
と目の前に展開してあるウィンドウを眺める。
今まではなんの変哲もなかった名前の上にある『リミット』の部分が、いまは輝いている。
(いやーーーはっはっはっ。これって超ナントカ人みたいなものだよねぇ。使いたくないねぇ‥‥代償高いだろうねぇ‥‥)
と笑いながら考える。
「どうかしたっポイ?」
「いや、どうもしないよ。これで終わりだからね‥‥」
と告げると、マチュアたちは一斉に転移を開始する。
静かな白亜の門。
その手前にある白竜の社。
目的は、その社の中で『魔封じの儀式』を行うこと。
そしてそれを知らされていたのか、その場にはグレーターデーモンが3体、社を守っている。
「怯むなっ!! 舞師たちが社に突入するまで守りきれっ!!」
「応っ、いくぞズブさんポイポイさんっ!!」
素早くワイルドターキーとズブロッカ、ポイポイの三人が一体のグレーターデーモンに向かって走り出す。
別の騎士たちも部隊を二つに分けて、一つは舞師たちの護衛に、もう一つはグレーターデーモンに向かう。
「護衛たちは場所の確保。それが完了したら、私が結界を貼ります!!」
マチュアはすばやくグレーターデーモンとの間合いを詰めると、飛翔の魔法で上空に飛び上がる。
――グォォォォォォッ
両手で殴り掛かるグレーターデーモンを相手に、マチュアはヒット・アンド・アウェイで殴り続ける。
徐々にダメージが蓄積されていくと、グレーターデーモンの全身が輝きを発し、右手を頭上に掲げる。
グレーターデーモンの攻撃魔術であるメルトブラストの前段階詠唱である。
ここからの30秒、これで処理しきれなければ周囲は廃墟となる。
だがマチュアは懐から短刀を引き抜くと、じっと身構えて、一気に加速!!
――ギィィィィン
一撃でグレーターデーモンの首を切断したのである。
音を立てて塵と化していくグレーターデーモン。
その光景は、残りの二体にも脅威であったのだろう。
残った二体も同時に両手を上げ、メルトブラストの体勢を取るのだが。
――ズバァァァァッ
「切断したっぽい!!」
とグレーターデーモンの体を駆け上がると、首を切断したポイポイ。
さらに残った一体にも、ズブロッカとワイルドターキーが駆け寄っていく。
「どっせい!!」
――ドッゴォォォォォォォォツ
力いっぱい振り回した両手斧が、グレーターデーモンの右足を切断した。
そして体勢を崩したグレーターデーモンに向かって、ズブロッカが右手を翳す。
――キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
周囲の精霊力が凝縮し、強大なエネルギーを発生させる。
「さようなら‥‥精霊光弾っっっっっ」
――ゴウッ
と七色の光線がズブロッカの掌から放出される。
それは一撃でグレーターデーモンの頭部を破壊すると、スッと元の精霊力になり散っていった。
「お、おおう‥‥」
例えて言うなら『波動砲』とか、『約束された勝利の剣』とか、とにかく一撃必殺の攻撃であることは間違いない。
護衛の騎士たちもその威力に呆然としている。
「さあ、いきましょう」
「お、おう‥‥」
とその場に居た全員がすばやく『白竜の社』に突入すると、その奥にある広間まで辿り着く。
そこには一枚の円形の鏡が安置されていた。
「越境の鏡です。これが膨大な魔障を帯びることで、全ての魔族が活性化します‥‥」
と吟遊詩人たちも静かに位置につくと、ゆっくりと曲を奏で始める。
――ポロロン‥‥
ぶなの森の葉隠れに
宴寿い賑わしや
松明《たいまつ》明く照らしつつ
木の葉敷きて倨居する
これぞ流浪の人の群れ
眼光り髪清ら
ニイルの水に浸されて
煌ら煌ら輝けり
舞師イヴの歌声と踊りが静かな空間に響き渡る。
それは何処かできいたことがあるような音楽。
以前イヴに聞いたときも、これは古い物語であると聞かされた。
だが、マチュアには、以前何処かできいたことのある歌。
――ポロロン‥‥
燃ゆる火を囲みつつ
燃ゆる赤き炎 焚火
強く猛き男安らう
巡り男休らう
女立ちて忙しく
酒を酌みて注し巡る
やがて鏡が虹色に輝き始めた時。
――ダンッダンッ
と社の外から結界に向かって攻撃を始めた音が響く。
「仕方がないか。ここはお願いします‥‥」
とマチュアは社の入り口に向かう。
結界の外には、レッサーデーモンを始めとして様々な魔物が結界に向かって攻撃をしている。
さすがに一体一体相手するには余力がない。
「それじゃあも一ついってみようか。聖域範囲・敵性防御《ハードプロテクション》・持続っ」
素早く印を汲むと、持続型の結界を施す。
ちょうど一つ目の結界が破壊されたが、2つめの結界が魔族の侵攻を阻んでいる。
素早く内部にもう一重の結界を施すと、マチュアは外側の結界の強度を上げるために魔力を持続放出する。
「手伝います!!」
と素早くズブロッカが飛び出してマチュアに触れようとするが、マチュアはそれを制した。
「中の、魔封じの儀式を行っている部屋に結界を。そこが最後の砦になるから、そこは絶対に守って。ワイルドターキーもそちらの護衛に。どの道結界の中からなんて何もできないでしょっ!!」
「お、おうおう、分かった。無理はするな」
「では私も中に戻ります。ポイポイいくわよ」
とワイルドターキーとズブロッカが社の中に走る。
だが、ポイポイはその場でじっと敵を睨みつけている。
「ポイポイも早く戻って!!」
叫ぶマチュア。だが、ポイポイはマチュアの方を向いてニイッとほほ笑んだ。
「マチュアさんー。あの敵少しでも減ったら、少しは楽になるっぽい?」
そう問い掛けると、ポイポイは両手にナイフを持って結界に向かって走る。
「そりゃあそうだ‥‥ちょっとポイポイさんそれはダメッ!!」
――スッ
とポイポイが結界を越えて敵のど真ん中に飛び込む。
忍者の持つ上位技術『結界無効化能力』。
それを起動すると、ポイポイはまさに死地へと飛び込んでいったのである。
そして新しい敵が姿を現したのに気がつくと、周囲の魔物たちは一斉にポイポイに向かって攻撃を仕掛けていく。
――ヒュンッヒュンッ!!
瞬時に3体の敵の首をはねるが、後ろから襲い掛かってきた魔物の魔法によって後方に吹き飛ばされていく。
――ツッ‥‥
と口元から血が流れていくポイポイ。
だが、その瞳にはいまだ闘志が燃えている
――グイッ
と口元の血を拭うと、ポイポイは再び魔物に向かって走り出す。
「初めてあった時にね、ポイポイ思ったんだ。ストームさんもマチュアさんもかっこいいなーって」
次々と襲いかかる魔族に怯むことなく、無慈悲に刃を叩きこむ。
だが多勢に無勢、少しずつ、ポイポイの身体は傷ついていく。
「それで、ポイポイも頑張ったんだけど、恰好良くなれなかった。どうしてかなーって考えてようやく気がついたんだ」
ポイポイの全身が黒い闘気に包まれる。
忍者の最終奥義『生命燃焼』。
魂を燃やし、極限まで戦闘力を高める技である。
その全身に闘気の輝きを纏って‥‥。
「はやく‥‥はやく儀式を終わらせてぇ」
マチュアも飛び出したい。
だが、未だ敵の軍勢は結界を破壊するために襲い掛かってくる。
多少は数が減っているものの、この結界が破壊されると内部の人々は無事ではすまない。
あまりにも数が多すぎるため、一気に社にまで侵入されるとズブロッカの結界でも持って1分。
そうなると、いまこの結界をなんとしても護らなくてはならない。
――ポロロン
歌い騒ぐ其の中に
南の邦恋うるあり
厄難祓う祈言を
語り告ぐる嫗あり
愛し乙女舞い出つ
松明明く照りわたる
管弦の響き賑わしく
連れ立ちて舞い遊ぶ
社から聞こえてくる祝詞が2回繰り返される。
あと一回、それが繰り返された時、全てが終わる。
「結界再起動。さらにもう一重っっっっっ」
また一重破壊される。
だがその中に張ってあった結界が敵を阻むと、マチュアはまた内部に結界を一枚施し、外部の強化を開始する。
「護るものがあれば、強くも格好良くもなれるって。‥‥マチュア‥‥さん‥‥ポイポイ‥‥格好良く‥‥なれた?」
魔物たちの隙間から見えた、ポイポイは、笑っていた。
その直後、ポイポイを中心に光の爆発が発生する。
それに巻き込まれて、かなりの魔族が消し飛んだ。
――ツツッッッッッッ
マチュアの瞳から涙が溢れる。
だが決して樹を緩めることはない。
ふと脳裏には、封印解除の文字が流れる。
だが、いまは使えない。
これを使うところは決まっているのだから‥‥。
――ポロロン‥‥
すでに歌い疲れてや
眠りを誘う夜の風
慣れし故郷を放たれて
夢に楽土求めたり
慣れし故郷を放たれて
夢に楽土求めたり
東空の白みては
夜の姿かき失せぬ
ねぐら離れて鳥鳴けば
何処行くか流浪の民
何処行くか流浪の民
何処行くか流浪の民
流浪の民
――キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
周囲に高い金属音が響く。
虹色に輝いた鏡から光の柱が天井を超えて上空に放たれる。
それはかなり上空で爆発すると、ティルナノーグ全域に雪のように降り落ちていく。
「ハァハァハァハァ‥‥これで‥‥完了‥‥です」
膝をついて倒れるイヴと、周囲の吟遊詩人達もまたその場に倒れていく。
鏡はやがて虹色の輝きから白い光を放つようになり、そして普通の鏡に戻った。
ティルナノーグに降り注いだ光は魔族たちの体に触れると、その内部に蓄えられている魔障を浄化していく。
そしてマチュアの目の前で猛威を奮っていた魔族たちにもそれは降り注がれると、全員が全身に走る激痛に身を焦がしながら死んでいった。
そして、その姿が水晶の民の姿に戻った時。
マチュアは大量の涙を流しながら絶叫した‥‥。
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