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第二部・浮遊大陸ティルナノーグ
浮遊大陸の章・その13 タイムリミットは近い
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これは計算外。
ティルナノーグの解放までの時間が、あと100日しかない。
何か新しい情報はないかと、マチュアはストームの自宅で封印の水晶柱の解析を続けている。
今の所、封印の水晶柱の中に封印されているファウストの半身は小康状態を保っている。が、いつまた目覚めるか分からないので、注意が必要なのだろう。
「目覚めさせないレベルで体力の回復も努めないとか。まあ、これが完成すれば、なんとかなりそうだし」
マチュアは傍で起動している深淵の書庫を見る。
その中には、新しく入手したクルーラーの素材で作られた、新しいツヴァイの身体が形成されている。
作り出したゴーレム素体は全部で五つ、万が一を考えて手駒は多いほうがいいと判断した。
「マチュア様、私はいつ此処から出られるので?」
すると、深淵の書庫の中にいた初期型のツヴァイが恨めしそうにマチュアを見る。
「その中に入っている新しい『魂のスフィア』を取り込んだらよ」
「で、後の四人は?」
「全部予備よ。ちょっと今回のヤマは一筋縄ではいかない様なのでねぇ。ちょっと休憩してくる」
と解析作業を一旦終えると、マチュアは外に出る。
丁度鍛冶場では、ストームが新しい武具の作成をしているところであったので、のんびりとそちらに向かうことにした。
「よう。こっちはまだ暫く掛かるから、考える方は任せる」
「了解さん。あとでちょっとティルナノーグ行ってくるわ。封印の様子も確認したいからね。その気があったら王都に行ってきて、この前のメルキオーレとの話を報告しておいて頂戴ねー」
「ああ。夜には王都に向かうとするよ。それまでにはこっちも仕上げておくよ」
と再び槌を振るい始めるストーム。
そのまま馴染み亭に向かおうとした時、近所の子供が走ってくる。
――タッタッタッタッ
「まほーつかいさん、わたちにほーきくださいな」
とお母さんに作ってもらったのだろう、手作りの魔法使いっぽいローブを羽織っている女の子が駆け寄ってきた。
街の中を飛び回っているカレンを見て、自分も欲しいと思ったのだろう。
「お名前は?小っちゃい魔法使いさん」
「わたち、ミアちゃん」
「どれどれ、ちょっと待ってね」
と馴染み亭に小さい箒を取り行くと、魔導制御球を取り出し、活性化と言う付与魔法で空飛ぶ箒を作成する。
高さ制限は1m、速度は人が軽く走る程度の制限付きだ。
「じゃあ、ここの先っぽつかんでね」
「こう?」
と女の子が箒の先を掴むと、マチュアは魔法を起動する。
「魔力コントロール。オーナー権限、マスターは私に、サブはこの子に。この空飛ぶ箒の使用を許可します……はい出来たよ」
と空飛ぶ箒を手渡す。
「ありがとー」
と頭を下げるので、簡単な使い方を教えてあげると、女の子は箒に跨ってのろのろと飛んでいった。
――ヒュウンッ
と入れ替わりにカレンが箒に横坐りになって飛んでくる。
「こんにちは。どうかしら?」
とその場で空中停止して、ややドヤ顔でマチュアに問いかけるカレン。
自在に使えるのを自慢しに来た模様である。
「ほほう。使いこなしていますねぇ。あのあと大変だったでしょ?」
「酷かったわよ。この箒を売って欲しいっていう人が後を絶たないわよ。で、あの子が乗っているのもマチュアが作ったの?値段は?」
と好奇心旺盛に問いかける。
「子供からお金なんて取れるかよバーカ。とっとと箒を寄越しなさい」
とカレンから箒を受け取ると、魔導制御球を取り出して条件の上書きを施す。
「はい。速度はライディングホースよりも速く、高さはここの城壁程度まで上げて置いたからね。で、落ちたら死ぬから気をつけてね」
と告げてカレンに箒を戻す。
「貴方って、友達や子供には甘いわよねぇ。気がついている? 今でも彼方此方から貴方を見ている人が一杯いるわよ?」
と言われて周囲を見渡す。
確かに此方を観察している者が大勢いる。
服装から察するに商会の雇われ冒険者か、その従業員といったところであろう。
「全く。ここは落ち着かないなぁ」
「魔導器の入手方法なんて、今では冒険者が遺跡で拾ってくるしか方法がないのよ。マチュアみたいに自分で作れる人なんて、貴族がこぞって自分の所に抱えたくなるのよ」
「ほう。出来るものならやってみろだよね」
「でしょうねぇ。マチュアは王家と同じ権力持っていますからねぇ」
とため息をつくカレン。
「そ、それ誰に聞いたの?」
「シルヴィー様よ、白銀の賢者さん」
――ブッ
と吹き出すマチュア。
まさかここまで噂が出回っているとは思っていなかった。
「そっか」
「貴族は手を出せないから歯痒いのでしょうねぇ。貴方が本気になったら帝国内に領土を持つ王様にもなれるんでしょ?その時は是非、アルバート商会をご贔屓に」
とカレンが笑う。
「そうだねぇ。あ、カレン、ちょっとそのカバン貸して?」
と空飛ぶ箒に引っ掛けてあるカバンを指差す。
「これ? ただの仕事用よ?今日は何も入っていないけれど」
「むしろ好都合。ちょっと実験ね」
とバックを手にすると、魔導制御球を取り出して魔力を注ぐ。
「活性化起動。魔力コントロール、所有者はカレン。空間拡張をセット、規模は、2m立方コンテナ20個分で。以後、バッグの空間設定はコンテナ量で設定する‥‥と、ほい、あっさりだな」
――ヒュウウウウン
とバックがほのかに輝き、そしてスッと光が消えていく。
それを再びカレンに手渡すと、マチュアはニィッと笑った。
「何したの?」
とカレンが手渡されたバックに手を突っ込んだので一言。
「内部を小さい倉庫程度に空間拡張しただけ。カレン以外でも使えるから気をつけてね」
――ズボッ
突然の話に動揺して、いきなり肩までバックに手を入れるカレン。
「あ、あららー。夢にまで見た空間拡張バックが、まさかマチュアが作れるなんて思ってもみなかったわ。ありがとうね」
そのカレンの言葉と同時に、周囲でマチュアを観察していたもの達に動きがあった。
一人、また一人と何処かへ立ち去ったいったのである。
それを横目に見ながら、マチュアはふう、とため息をつく。
「これで監視している人はいなくなったな」
「マチュアさん、このバックの加工賃っておいくら?」
「友達なら無料か煉瓦亭で晩飯奢れ。子供は無料。仕事なら白金貨50枚積んでこいってとこかな?」
「なら晩御飯で良いかしら?」
「了解よ。ちょっと出掛けてくるから、戻ったらお願いね。夜までには戻るから」
と馴染み亭に向かうマチュア。
途中でストーム宅に戻り、完成した新しいツヴァイにいつも通り封印の水晶柱の警備を任せると、マチュアは残りの四体をバックに収めて馴染み亭へと向かった。
「ちょっとティルナノーグ行ってくる」
と馴染み亭の店内で、マチュアはカウンターで仕事をしているアーシュに告げる。
「はぁ?行けるわけないでしょ?」
「いや、座標も突破方法も分かっているので行ける。ということでよろしく。夜までには戻れる……と、いいなぁ」
と告げると、そのまま礼拝所へと向かうマチュア。
そして転移の祭壇に触れると、深淵の書庫を起動し祭壇に新しい力を上書きする。
「……これで月の門に向かうことができるのでと」
未だ魔力を回収していない月の門の座標を調べると、マチュアはそこに転移する。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
一通りの武具の作成が終わったストーム。
新しい装備の換装設定を終わらせると、満足そうに馴染み亭に向かう。
「あ、ストーム、さっきマチュアがきて、訳のわからないことを言ってたけれど」
「ティルナノーグに行くっていう話だろ? 晩飯までには戻……れるわけないだろ、あのバカっ!!」
と慌てて礼拝所に走る。
「アーシュ、店番頼む。ちょっと王都行ってくる」
と、叫んでから王都ラグナに転移するストーム。
「あのアホ、ティルナノーグの時間の進行が違うの忘れているな。手遅れになる前にこっちである程度手を打たないと」
と、すっかり時間軸の歪みを忘れているマチュアの代わりに、ストームは一路王都ラグナへと転移した。
――ヒュンッ
転移先には、巨大な転移門が設置してある。
そこには大勢の騎士や魔術師、冒険者の姿もあった
みな忙しそうに、月の門の浄化を行っているのだろう。
「おや、ストームさん、どうしたのですか?」
とウォルフラムがストームを見かけて近寄ってくる。
「あ、ああ。王様達が何処かにいないか?」
「今日はミスト殿は上で執務です。パルテノ様でしたらそちらで打ち合わせをしていますが」
「相変わらずお忙しそうですねぇ」
ウォルフラムとアンジェラスがストームに告げる。
「ああ。なんか忙しい。少しは楽したいよまったく」
と笑いながらパルテノの元に歩いていく。
――シュンッ
「では第三部隊の皆さん、お気をつけて‥‥」
と月の門浄化部隊を見送るパルテノ。
「パルテノさん急務だ。レックス皇帝と繋いでくれ」
「はい少々お待ち下さい」
とパルテノは侍女に告げて急ぎ上の階に走らせる。
「マチュアではなくストームが慌ててくると不安になるのですが。一体何があったのですか?」
「いい話と悪い話が一つずつだ‥‥マチュアが来るはずなのだが、時間軸がずれるから彼奴がくるのは一週間後だと思う」
「時間軸‥‥また行ったのですか?」
パルテノには、マチュアが何処に向かったのかすぐに理解した。
「ああ。緊急事態だ。けどあいつがいったのは緊急でもなんでもない、あれは散歩気分で出かけているだけだからな」
やがて謁見の許可が降りると、ミストとパルテノの二人と共に六王の間へと向かうストーム。
‥‥‥
‥‥
‥
レックス皇帝が六王の間に到着すると、先に集まっていた三人は一礼する。
「して急務とは? 一体何があったのか?」
「いい報告と悪い報告が一つずつある」
とストームが告げると。
「では悪い方から教えて貰おう」
「ああ。じゃあ悪い報告だ。ティルナノーグの封印についてだが、予想よりも解放時期が早いことが判明した」
その言葉には、ミストとパルテノが驚きの顔をしている。
「そんな、どういうこと?」
「いまマチュアが直接封印を調べにティルナノーグに向かっている。ただ、現状で解放されるまであと99日しかない。月の門の浄化は進んでいるのか?」
「ええ、予定よりも早い速度で進んでいるけれど、全て完了するまでは大体60日は掛かるわ。それ以上は無理よ」
とストームの言葉にパルテノが告げる。
「ギリギリか。この件はすぐに各国騎士団およびギルドに通達せよ。囮とする月の門の選定と『白竜の社』に向かうための門の探索は?」
「門の選定は私が進めおります。白竜の門については、マチュア殿が調べると行っていましたのでまだですわ」
とミストが告げると、レックス皇帝はしばし何かを考えている。
「マチュアが戻るまでは、現状を維持するよう。月の門の浄化については急ぎ人員を増やすなどで、すこしでも進行状況を進めていくように‥‥して、良い報告とは?」
「ちょっと色々とあって、俺とマチュアは魔族の世界『メレス・ザイール』にいってきた」
さすがのレックス皇帝も、その報告には驚きの顔をしている。
「魔族とあったのか?」
「ああ。あっちの奴らは自分たちの世界を『メレス』と呼んでいるらしい。そっちが正しい呼び方だとさ。そして七使徒の一人、闇司祭メルキオーレと話をしてきた。結果としては‥‥」
と、メルキオーレがサムソンの街に来れるようにしてあることも含めて、ストームは全てを隠さず話をした。
すると、レックスはやや驚いた表情をしていたが、すぐに穏やかな表情に戻る。
「魔族の中にも様々な者達がいることは理解した。が、メルキオーレという魔族がサムソンに自由に出入りしている件については、あまりいいものではないな」
「討伐対象ですか?」
とミストが恐る恐る問い掛ける。
これにはストームも興味があったのだが、レックスの答えは予想の斜め上であった。
「いや、そうではない。マチュアとストームが良しと思ってしたことゆえ、我はその件は咎めぬ。という事で、今度メルキオーレとやらがサムソンに出向いたときにでも、魂の護符を作り出してもらい、それで身分を証明するように告げよ。それを持つものならば、只の冒険者や商人と変わらぬ。ちゃんと通行税を支払えば咎めることはない」
そうレックスが告げたのには、一同驚きの色を隠せない。
魔族も普通の市民として扱うようにと告げているようなものである。
過去にラグナ・マリア帝国が魔族侵攻でかなりの被害を受けてきたのにも関わらず、このような肩絵がかぇってくるとは思ってもいなかったのだろう。
「魔族は全て排除ではないのですか?」
「住む世界が違う、それだけで全てを排除するというのならば、それは蛮族の考えでしかない。ラグナ・マリア帝国は様々な種族のものがやってくる国、法を遵守するのであれば一行に構わぬと伝えよ」
流石太っ腹といえばそれまでであるが、現状ではメルキオーレと彼の信徒達以外は来ることが出来ないのである。
「メルキオーレにはその旨伝えてきます。以上が報告の全てです。メレス・ザイールの対処については、彼らは自分たちの世界の魔門とこちらの月の門を繋ぐことでしかやってくることが出来ない。このまま月の門の魔力を回収すると、彼らはこちらに来ることが出来なくなります」
「今のまま状況を進めよ。以上だ。マチュアが戻ったらまた報告があると思うので、それまでは先程の決定で」
と告げてレックスは立ち上がる。
その様子が、今までとは少し違うことにストームは気がついた。
が、ミストとパルテノは気づいていないらしく、一礼するとその場をあとにした。
‥‥‥
‥‥
‥
「失礼ながら陛下、この場で魔法を使うことをお許し下さい」
「なんだ?」
とレックスが告げた時、ストームは僧侶にモードチェンジして、静かに詠唱を始める。
「神よ。何時の力もて、彼の者の病を知らせ給え‥‥奇跡の診察っ」
瞬時にストームの目に、レックス皇帝の体の悪いところが見えるようになった。
丁度心臓の部分に灰色の反応がある。
最悪の状況なら真っ黒に反応していたはずなので、急遽どうにかしなくてはという心配はない。
だが、魔法により病名がはっきりとしたのが、それがストームにとってはショックであった。
「心臓を患っているのですか。どうして今まで治療をしていなかったのですか?」
「魔法は病気を癒やすことは出来ても、老衰を止めることは出来ない。これは、老いから来る病だ」
とレックスが静かに告げる。
もちろんそんなことはない。
この世界の医療技術では、この病気の原因も解決方法もわからない。高齢者に見かける病気程度の知識しかないのだろう。
「側近とパルテノ以外は、この事は知らない。誰にも告げるなよ」
「了解しました。治療の魔法を施しても構いませんか?」
「少しでも痛みが癒えるのならば」
とレックスが弱々しく笑うのを見て、ストームは再び魔法を発動する。
「神よ。何時の力にて、彼の者の病を癒やし給え‥‥治療」
――フォォォォォォッ
とレックスの胸の部分が輝く。
顔色が瞬時に良くなっていくが、魔法を使ったストームは理解した。
「これで一時しのぎにはなるだろう。マチュアなら、その病を癒すことが出来ると思うから。奴が戻るまでは何かあったら俺を呼んでんでくれ」
「パルテノの癒やしよりも楽になる。いまは痛みがないが、あまり無理をしてはいけないということだな」
「ああ、正直いうと、かなり危険な病気だ‥‥けれど、治る」
とキッパリと告げるストーム。
その言葉に気を良くしたらしい。
レックスはそのまま振り返って部屋から出ていった。
ストームも部屋をあとにすると、サムソンへと戻っていくことにした。
(レックス皇帝。あんたの病気は俺達の世界でも直すことが難しいんだ‥‥魔法の奇跡を信じるしかないか)
最後の切り札はマチュアのみである。
○ ○ ○ ○ ○
「しっかしまあ、簡単に来ることが出来るものだねぇ」
とティルナノーグにやってきたマチュア。
予め守りの魔法は完璧に施してある為、以前よりは自由に動くことが出来る。
到着後すぐに深淵の書庫を起動し、いまのこのティルナノーグで何が起きているのかを調べていた。
「ほほうほうほう。魔門とこっちの月の門が繋がっている所があり、そこから大量の魔力が注がれていると‥‥」
次々と表示されている文字を眺めつつ、マチュアは一つ一つの結果を確認する。
原因はマチュアの知らない魔門から、ティルナノーグにある月の門に対して大量の魔力が注がれていることである。
マチュアたちは月の門から魔力を吸収し、月の門の機能を停止している。
が、残っている月の門のいずれかに対して、魔族が魔門を繋げたらしい。
もしも、浄化部隊がその門に向かったとしたら、確実に魔門から魔族が進行してくるだろう。
計算上では、その扉の魔力係数は95を越えているはずである。
「‥‥北に向かって30kmか。それじゃあ行ってみますかねぇ」
と空間から空飛ぶ箒を取り出すと、それに横座りになって目的の月の門へと向かう。
暫くして、マチュアには目の前に立っている巨大な樹が見え始める。
距離にして大体20km弱、目的地である月の門のある場所とほぼ一致する。
「まっさかねぇ‥‥目的の月の門って、『白竜の社』にあるのかしらねぇ‥‥」
頬をヒクヒクさせつつ、マチュアが呟く。
幸いなことに、この場所でマチュアに対して敵対行動を取れるものはただ一人だけ。
距離が近づくに連れて低空飛行に切り替える。
そしてあと少しの所まで向かうと、マチュアは地面ギリギリを低速で飛んでいく。
しばらくすると、目の前には巨大な社が姿を表した。
荘厳かつ壮大。
外見的には日本の神社本殿に近い形状をしている。
その社の中から、強力な魔力をマチュアは感じていた。
(あー、あれかぁーどうしましょ)
と慌てて物陰に行くと、深淵の書庫を起動する。
「条件セット、解析開始‥‥白竜の社にある月の門から魔力を回収した場合に起きるであろう可能性を表示‥‥ありゃあ」
と頭を抱えてしまうマチュア。
「そこから魔力を回収すると、ティルナノーグを守っている世界樹に影響が出るのと、魔封じの儀式が効果を成さないのか‥‥」
つまりアウトである。
「ちなみに放置すると? と、やっぱり駄目じゃん」
このまま魔門からの魔力供給が続くと、最速30日で封印が内部から強制解除されてしまう。
「となると。一度全て回収してから、封印が戻ったら門に魔力をもどすのは‥‥だめかぁ」
と幾つもの可能性を調べているマチュア。
――ドッゴォォォォツ
すると突然、深淵の書庫の外で爆発が起こった。
「遭いたかったぞ小娘。先日の恨みはらさせて貰う。今度こそ私は外の世界に赴き、残された半身を手に入れなくてはならないのだ」
とファウストがスッと姿を表した。
先日と同じく黒いローブを身に纏い、老木でこしらえたような杖を持っている。
オーブと呼ばれている大小様々な水晶球の飾りを付けており、それによって足りない魔力を増幅したり封じられている魔法を使うことが出来る。
「しっかし、ラノベでよく見る定番の悪役よね。それで声が石田彰なら、まだ可愛げがあったのに」
とめんどくさそうに話をするマチュア。
「ふん、なにをごちゃごちゃと。いいから勝負しろ!!」
「あー、はいはい。あんたと遊んでいる場合じゃないのよ。すまないけれど邪魔しないでね」
と手をヒラヒラさせつつファウストに話しかける。
「遊ぶだと‥‥ふざけるなっ!!」
――フゥゥゥン
とファウストの周囲に光の矢が5本浮かび上がる。
「喰らえっ、光の弾丸っ」
次々と飛んでくる光の矢。
――ガシッガシッ
と、マチュアは飛んでくる矢の軌跡を予測して次々と拳で撃ち落とす。
全ての矢が落ちた時、ファウストは驚愕の表情をしていた。
「魔力を消滅させずに殴って破壊しただと?」
「そういうこと。さて、私の簡単な推理だけれど、今のあんたはメレスにいくこともできない。魔族核を持っていないからねぇ。そのために、転生の魔術で魔族核を持つ肉体を作り出したのでしょ? けれど、それはこの地の民に見つけられ封印された」
「き、貴様、何故その事を」
「私、賢者ですから」
と聞いてきた情報をいかにも自分の知識のように告げるマチュア。
この手のやつにはハッタリがよく効く。
「このティルナノーグに眠る遺産。それを使うためにも、肉体ではその場所に届くことがない。その為に肉体と精神体を自由に行き来できる体を欲した。その知識は貴方が取り込んたクラウンから得たのでしょ?」
「そこまで知っているとはなぁ。だが、この地に眠る『方舟』は私のものだ。貴様には絶対に渡さん。あの女ににもだ」
と再び光の矢を発動するが、空中に生み出された瞬間にマチュアが指を慣らして破壊する。
「そ‥‥んな‥‥バカ‥‥な‥‥」
とファウストが動揺する。
「まあ、暫くはじっとしていてね‥‥聖なる拘束陣っ!!」
ファウストの足元に魔法陣が輝くと、光の結界を生み出す。
――シャキーーーーン
ファウストはその中に閉じ込められてしまい、身動きが取れなくなっている。
「さてと。それじゃあ、やりますかねぇ」
と腕をグルグルと回しながら『白竜の社』にある月の門に近づくマチュア。
「しかし巨大な門だねぇ‥‥これ一体なんでしょうか」
高さにして10mはあろう。
大理石のようなもので作られた白亜の両開き扉が、マチュアの目の前にあった。
それを眺めながら空の魔晶石を取り出すと、マチュアは扉に手を当てる。
――ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
一瞬で魔晶石が輝く。
「あら、これは不味い。石が足りないかもしれないわ。次のは‥‥」
と、次々と魔晶石を取り出しては扉の魔力を吸収する。
しばらくして、持ってきていた石の半分以上が輝いた。
「これで17個。残存魔力もようやく半分か。予想だとこれで200日以上は持つけれど、もう面倒くさいなぁ‥‥」
と石の数を数えてバックに放り込む。
『なら作業を止めるといい』
――ゴゥゥゥゥゥゥッ
突然マチュアの足元に真っ黒い魔法陣が広がった。
「何っ!! 却下っ」
――パチィィィィィィン
と慌てて指を鳴らすが、魔法陣は輝きを止めない。
そしてマチュアの周囲には、結界のようなものが施された。
先程マチュアが作った『聖なる拘束陣』と対となる魔法、『影の拘束陣』である。
「しまった!!」
『扉に施されている罠に嵌まるとはねぇ‥‥』
と扉の向こうから声がする。
「深淵の書庫っ!!」
すかさず最小単位で深淵の書庫を起動すると、さらに自身の守りを固める。
「察するに、アーカムさんですか?」
『さっしのいい子は好きよ。でも邪魔しては駄目。貴方はそこでじっとしていて頂戴‥‥封印が解放されるまでねぇ』
「アーカム、この魔方陣を解いてくれ、その女は殺す!!」
とファウストも結界の中で叫んでいる。
『駄目よファウスト。私はそちらの世界にはまだ干渉できないのだから。という事で、貴方もそこで反省していなさい』
とアーカムの声がどんどん遠くなっていく。
「畜生あの女。アーカム、貴様もぶっ殺してやる」
と必死に喚くファウスト。
「ありゃ、これまた厄介な‥‥解除コードが分からないわ」
深淵の書庫で解析した結果を見て、マチュアがそう呟く。
結界系魔術は、施した十市以外が解除するには膨大な魔力が必要となる。
マチュアはこの地で時間停止結界にとらわれないようにするため、余計な魔力を使えない。
得意技の却下も、多用しすぎたために打ち止め状態である。
「ふん。その結界はな、アーカムの最高魔術の一つだ。それに囚われたものは‥」
──スタスタ‥‥
とファウストが叫んでいるのを無視して、マチュアがスタスタと結界から外に出る。
「馬鹿な‥‥一体どうやって?」
マチュアはこっそりと忍者にモードチェンジし、『結界無効化』のスキルを起動しただけである。
「しっかし、解除コード不明はキツイわ。正直やり合いたくない相手には違いないわ‥‥と、一旦逃げるか‥‥」
と空飛ぶ箒に座ると、来るときに使った月の門へと向かう。
「しかし‥‥『何っ』とか『しまったっ』とか、完全にやられ役のセリフじゃないかぁ‥‥」
ブツブツと文句を言いつつ、マチュアは来たときに使った月の門に到着すると、そのまま外の世界へと戻っていった。
ティルナノーグの解放までの時間が、あと100日しかない。
何か新しい情報はないかと、マチュアはストームの自宅で封印の水晶柱の解析を続けている。
今の所、封印の水晶柱の中に封印されているファウストの半身は小康状態を保っている。が、いつまた目覚めるか分からないので、注意が必要なのだろう。
「目覚めさせないレベルで体力の回復も努めないとか。まあ、これが完成すれば、なんとかなりそうだし」
マチュアは傍で起動している深淵の書庫を見る。
その中には、新しく入手したクルーラーの素材で作られた、新しいツヴァイの身体が形成されている。
作り出したゴーレム素体は全部で五つ、万が一を考えて手駒は多いほうがいいと判断した。
「マチュア様、私はいつ此処から出られるので?」
すると、深淵の書庫の中にいた初期型のツヴァイが恨めしそうにマチュアを見る。
「その中に入っている新しい『魂のスフィア』を取り込んだらよ」
「で、後の四人は?」
「全部予備よ。ちょっと今回のヤマは一筋縄ではいかない様なのでねぇ。ちょっと休憩してくる」
と解析作業を一旦終えると、マチュアは外に出る。
丁度鍛冶場では、ストームが新しい武具の作成をしているところであったので、のんびりとそちらに向かうことにした。
「よう。こっちはまだ暫く掛かるから、考える方は任せる」
「了解さん。あとでちょっとティルナノーグ行ってくるわ。封印の様子も確認したいからね。その気があったら王都に行ってきて、この前のメルキオーレとの話を報告しておいて頂戴ねー」
「ああ。夜には王都に向かうとするよ。それまでにはこっちも仕上げておくよ」
と再び槌を振るい始めるストーム。
そのまま馴染み亭に向かおうとした時、近所の子供が走ってくる。
――タッタッタッタッ
「まほーつかいさん、わたちにほーきくださいな」
とお母さんに作ってもらったのだろう、手作りの魔法使いっぽいローブを羽織っている女の子が駆け寄ってきた。
街の中を飛び回っているカレンを見て、自分も欲しいと思ったのだろう。
「お名前は?小っちゃい魔法使いさん」
「わたち、ミアちゃん」
「どれどれ、ちょっと待ってね」
と馴染み亭に小さい箒を取り行くと、魔導制御球を取り出し、活性化と言う付与魔法で空飛ぶ箒を作成する。
高さ制限は1m、速度は人が軽く走る程度の制限付きだ。
「じゃあ、ここの先っぽつかんでね」
「こう?」
と女の子が箒の先を掴むと、マチュアは魔法を起動する。
「魔力コントロール。オーナー権限、マスターは私に、サブはこの子に。この空飛ぶ箒の使用を許可します……はい出来たよ」
と空飛ぶ箒を手渡す。
「ありがとー」
と頭を下げるので、簡単な使い方を教えてあげると、女の子は箒に跨ってのろのろと飛んでいった。
――ヒュウンッ
と入れ替わりにカレンが箒に横坐りになって飛んでくる。
「こんにちは。どうかしら?」
とその場で空中停止して、ややドヤ顔でマチュアに問いかけるカレン。
自在に使えるのを自慢しに来た模様である。
「ほほう。使いこなしていますねぇ。あのあと大変だったでしょ?」
「酷かったわよ。この箒を売って欲しいっていう人が後を絶たないわよ。で、あの子が乗っているのもマチュアが作ったの?値段は?」
と好奇心旺盛に問いかける。
「子供からお金なんて取れるかよバーカ。とっとと箒を寄越しなさい」
とカレンから箒を受け取ると、魔導制御球を取り出して条件の上書きを施す。
「はい。速度はライディングホースよりも速く、高さはここの城壁程度まで上げて置いたからね。で、落ちたら死ぬから気をつけてね」
と告げてカレンに箒を戻す。
「貴方って、友達や子供には甘いわよねぇ。気がついている? 今でも彼方此方から貴方を見ている人が一杯いるわよ?」
と言われて周囲を見渡す。
確かに此方を観察している者が大勢いる。
服装から察するに商会の雇われ冒険者か、その従業員といったところであろう。
「全く。ここは落ち着かないなぁ」
「魔導器の入手方法なんて、今では冒険者が遺跡で拾ってくるしか方法がないのよ。マチュアみたいに自分で作れる人なんて、貴族がこぞって自分の所に抱えたくなるのよ」
「ほう。出来るものならやってみろだよね」
「でしょうねぇ。マチュアは王家と同じ権力持っていますからねぇ」
とため息をつくカレン。
「そ、それ誰に聞いたの?」
「シルヴィー様よ、白銀の賢者さん」
――ブッ
と吹き出すマチュア。
まさかここまで噂が出回っているとは思っていなかった。
「そっか」
「貴族は手を出せないから歯痒いのでしょうねぇ。貴方が本気になったら帝国内に領土を持つ王様にもなれるんでしょ?その時は是非、アルバート商会をご贔屓に」
とカレンが笑う。
「そうだねぇ。あ、カレン、ちょっとそのカバン貸して?」
と空飛ぶ箒に引っ掛けてあるカバンを指差す。
「これ? ただの仕事用よ?今日は何も入っていないけれど」
「むしろ好都合。ちょっと実験ね」
とバックを手にすると、魔導制御球を取り出して魔力を注ぐ。
「活性化起動。魔力コントロール、所有者はカレン。空間拡張をセット、規模は、2m立方コンテナ20個分で。以後、バッグの空間設定はコンテナ量で設定する‥‥と、ほい、あっさりだな」
――ヒュウウウウン
とバックがほのかに輝き、そしてスッと光が消えていく。
それを再びカレンに手渡すと、マチュアはニィッと笑った。
「何したの?」
とカレンが手渡されたバックに手を突っ込んだので一言。
「内部を小さい倉庫程度に空間拡張しただけ。カレン以外でも使えるから気をつけてね」
――ズボッ
突然の話に動揺して、いきなり肩までバックに手を入れるカレン。
「あ、あららー。夢にまで見た空間拡張バックが、まさかマチュアが作れるなんて思ってもみなかったわ。ありがとうね」
そのカレンの言葉と同時に、周囲でマチュアを観察していたもの達に動きがあった。
一人、また一人と何処かへ立ち去ったいったのである。
それを横目に見ながら、マチュアはふう、とため息をつく。
「これで監視している人はいなくなったな」
「マチュアさん、このバックの加工賃っておいくら?」
「友達なら無料か煉瓦亭で晩飯奢れ。子供は無料。仕事なら白金貨50枚積んでこいってとこかな?」
「なら晩御飯で良いかしら?」
「了解よ。ちょっと出掛けてくるから、戻ったらお願いね。夜までには戻るから」
と馴染み亭に向かうマチュア。
途中でストーム宅に戻り、完成した新しいツヴァイにいつも通り封印の水晶柱の警備を任せると、マチュアは残りの四体をバックに収めて馴染み亭へと向かった。
「ちょっとティルナノーグ行ってくる」
と馴染み亭の店内で、マチュアはカウンターで仕事をしているアーシュに告げる。
「はぁ?行けるわけないでしょ?」
「いや、座標も突破方法も分かっているので行ける。ということでよろしく。夜までには戻れる……と、いいなぁ」
と告げると、そのまま礼拝所へと向かうマチュア。
そして転移の祭壇に触れると、深淵の書庫を起動し祭壇に新しい力を上書きする。
「……これで月の門に向かうことができるのでと」
未だ魔力を回収していない月の門の座標を調べると、マチュアはそこに転移する。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
一通りの武具の作成が終わったストーム。
新しい装備の換装設定を終わらせると、満足そうに馴染み亭に向かう。
「あ、ストーム、さっきマチュアがきて、訳のわからないことを言ってたけれど」
「ティルナノーグに行くっていう話だろ? 晩飯までには戻……れるわけないだろ、あのバカっ!!」
と慌てて礼拝所に走る。
「アーシュ、店番頼む。ちょっと王都行ってくる」
と、叫んでから王都ラグナに転移するストーム。
「あのアホ、ティルナノーグの時間の進行が違うの忘れているな。手遅れになる前にこっちである程度手を打たないと」
と、すっかり時間軸の歪みを忘れているマチュアの代わりに、ストームは一路王都ラグナへと転移した。
――ヒュンッ
転移先には、巨大な転移門が設置してある。
そこには大勢の騎士や魔術師、冒険者の姿もあった
みな忙しそうに、月の門の浄化を行っているのだろう。
「おや、ストームさん、どうしたのですか?」
とウォルフラムがストームを見かけて近寄ってくる。
「あ、ああ。王様達が何処かにいないか?」
「今日はミスト殿は上で執務です。パルテノ様でしたらそちらで打ち合わせをしていますが」
「相変わらずお忙しそうですねぇ」
ウォルフラムとアンジェラスがストームに告げる。
「ああ。なんか忙しい。少しは楽したいよまったく」
と笑いながらパルテノの元に歩いていく。
――シュンッ
「では第三部隊の皆さん、お気をつけて‥‥」
と月の門浄化部隊を見送るパルテノ。
「パルテノさん急務だ。レックス皇帝と繋いでくれ」
「はい少々お待ち下さい」
とパルテノは侍女に告げて急ぎ上の階に走らせる。
「マチュアではなくストームが慌ててくると不安になるのですが。一体何があったのですか?」
「いい話と悪い話が一つずつだ‥‥マチュアが来るはずなのだが、時間軸がずれるから彼奴がくるのは一週間後だと思う」
「時間軸‥‥また行ったのですか?」
パルテノには、マチュアが何処に向かったのかすぐに理解した。
「ああ。緊急事態だ。けどあいつがいったのは緊急でもなんでもない、あれは散歩気分で出かけているだけだからな」
やがて謁見の許可が降りると、ミストとパルテノの二人と共に六王の間へと向かうストーム。
‥‥‥
‥‥
‥
レックス皇帝が六王の間に到着すると、先に集まっていた三人は一礼する。
「して急務とは? 一体何があったのか?」
「いい報告と悪い報告が一つずつある」
とストームが告げると。
「では悪い方から教えて貰おう」
「ああ。じゃあ悪い報告だ。ティルナノーグの封印についてだが、予想よりも解放時期が早いことが判明した」
その言葉には、ミストとパルテノが驚きの顔をしている。
「そんな、どういうこと?」
「いまマチュアが直接封印を調べにティルナノーグに向かっている。ただ、現状で解放されるまであと99日しかない。月の門の浄化は進んでいるのか?」
「ええ、予定よりも早い速度で進んでいるけれど、全て完了するまでは大体60日は掛かるわ。それ以上は無理よ」
とストームの言葉にパルテノが告げる。
「ギリギリか。この件はすぐに各国騎士団およびギルドに通達せよ。囮とする月の門の選定と『白竜の社』に向かうための門の探索は?」
「門の選定は私が進めおります。白竜の門については、マチュア殿が調べると行っていましたのでまだですわ」
とミストが告げると、レックス皇帝はしばし何かを考えている。
「マチュアが戻るまでは、現状を維持するよう。月の門の浄化については急ぎ人員を増やすなどで、すこしでも進行状況を進めていくように‥‥して、良い報告とは?」
「ちょっと色々とあって、俺とマチュアは魔族の世界『メレス・ザイール』にいってきた」
さすがのレックス皇帝も、その報告には驚きの顔をしている。
「魔族とあったのか?」
「ああ。あっちの奴らは自分たちの世界を『メレス』と呼んでいるらしい。そっちが正しい呼び方だとさ。そして七使徒の一人、闇司祭メルキオーレと話をしてきた。結果としては‥‥」
と、メルキオーレがサムソンの街に来れるようにしてあることも含めて、ストームは全てを隠さず話をした。
すると、レックスはやや驚いた表情をしていたが、すぐに穏やかな表情に戻る。
「魔族の中にも様々な者達がいることは理解した。が、メルキオーレという魔族がサムソンに自由に出入りしている件については、あまりいいものではないな」
「討伐対象ですか?」
とミストが恐る恐る問い掛ける。
これにはストームも興味があったのだが、レックスの答えは予想の斜め上であった。
「いや、そうではない。マチュアとストームが良しと思ってしたことゆえ、我はその件は咎めぬ。という事で、今度メルキオーレとやらがサムソンに出向いたときにでも、魂の護符を作り出してもらい、それで身分を証明するように告げよ。それを持つものならば、只の冒険者や商人と変わらぬ。ちゃんと通行税を支払えば咎めることはない」
そうレックスが告げたのには、一同驚きの色を隠せない。
魔族も普通の市民として扱うようにと告げているようなものである。
過去にラグナ・マリア帝国が魔族侵攻でかなりの被害を受けてきたのにも関わらず、このような肩絵がかぇってくるとは思ってもいなかったのだろう。
「魔族は全て排除ではないのですか?」
「住む世界が違う、それだけで全てを排除するというのならば、それは蛮族の考えでしかない。ラグナ・マリア帝国は様々な種族のものがやってくる国、法を遵守するのであれば一行に構わぬと伝えよ」
流石太っ腹といえばそれまでであるが、現状ではメルキオーレと彼の信徒達以外は来ることが出来ないのである。
「メルキオーレにはその旨伝えてきます。以上が報告の全てです。メレス・ザイールの対処については、彼らは自分たちの世界の魔門とこちらの月の門を繋ぐことでしかやってくることが出来ない。このまま月の門の魔力を回収すると、彼らはこちらに来ることが出来なくなります」
「今のまま状況を進めよ。以上だ。マチュアが戻ったらまた報告があると思うので、それまでは先程の決定で」
と告げてレックスは立ち上がる。
その様子が、今までとは少し違うことにストームは気がついた。
が、ミストとパルテノは気づいていないらしく、一礼するとその場をあとにした。
‥‥‥
‥‥
‥
「失礼ながら陛下、この場で魔法を使うことをお許し下さい」
「なんだ?」
とレックスが告げた時、ストームは僧侶にモードチェンジして、静かに詠唱を始める。
「神よ。何時の力もて、彼の者の病を知らせ給え‥‥奇跡の診察っ」
瞬時にストームの目に、レックス皇帝の体の悪いところが見えるようになった。
丁度心臓の部分に灰色の反応がある。
最悪の状況なら真っ黒に反応していたはずなので、急遽どうにかしなくてはという心配はない。
だが、魔法により病名がはっきりとしたのが、それがストームにとってはショックであった。
「心臓を患っているのですか。どうして今まで治療をしていなかったのですか?」
「魔法は病気を癒やすことは出来ても、老衰を止めることは出来ない。これは、老いから来る病だ」
とレックスが静かに告げる。
もちろんそんなことはない。
この世界の医療技術では、この病気の原因も解決方法もわからない。高齢者に見かける病気程度の知識しかないのだろう。
「側近とパルテノ以外は、この事は知らない。誰にも告げるなよ」
「了解しました。治療の魔法を施しても構いませんか?」
「少しでも痛みが癒えるのならば」
とレックスが弱々しく笑うのを見て、ストームは再び魔法を発動する。
「神よ。何時の力にて、彼の者の病を癒やし給え‥‥治療」
――フォォォォォォッ
とレックスの胸の部分が輝く。
顔色が瞬時に良くなっていくが、魔法を使ったストームは理解した。
「これで一時しのぎにはなるだろう。マチュアなら、その病を癒すことが出来ると思うから。奴が戻るまでは何かあったら俺を呼んでんでくれ」
「パルテノの癒やしよりも楽になる。いまは痛みがないが、あまり無理をしてはいけないということだな」
「ああ、正直いうと、かなり危険な病気だ‥‥けれど、治る」
とキッパリと告げるストーム。
その言葉に気を良くしたらしい。
レックスはそのまま振り返って部屋から出ていった。
ストームも部屋をあとにすると、サムソンへと戻っていくことにした。
(レックス皇帝。あんたの病気は俺達の世界でも直すことが難しいんだ‥‥魔法の奇跡を信じるしかないか)
最後の切り札はマチュアのみである。
○ ○ ○ ○ ○
「しっかしまあ、簡単に来ることが出来るものだねぇ」
とティルナノーグにやってきたマチュア。
予め守りの魔法は完璧に施してある為、以前よりは自由に動くことが出来る。
到着後すぐに深淵の書庫を起動し、いまのこのティルナノーグで何が起きているのかを調べていた。
「ほほうほうほう。魔門とこっちの月の門が繋がっている所があり、そこから大量の魔力が注がれていると‥‥」
次々と表示されている文字を眺めつつ、マチュアは一つ一つの結果を確認する。
原因はマチュアの知らない魔門から、ティルナノーグにある月の門に対して大量の魔力が注がれていることである。
マチュアたちは月の門から魔力を吸収し、月の門の機能を停止している。
が、残っている月の門のいずれかに対して、魔族が魔門を繋げたらしい。
もしも、浄化部隊がその門に向かったとしたら、確実に魔門から魔族が進行してくるだろう。
計算上では、その扉の魔力係数は95を越えているはずである。
「‥‥北に向かって30kmか。それじゃあ行ってみますかねぇ」
と空間から空飛ぶ箒を取り出すと、それに横座りになって目的の月の門へと向かう。
暫くして、マチュアには目の前に立っている巨大な樹が見え始める。
距離にして大体20km弱、目的地である月の門のある場所とほぼ一致する。
「まっさかねぇ‥‥目的の月の門って、『白竜の社』にあるのかしらねぇ‥‥」
頬をヒクヒクさせつつ、マチュアが呟く。
幸いなことに、この場所でマチュアに対して敵対行動を取れるものはただ一人だけ。
距離が近づくに連れて低空飛行に切り替える。
そしてあと少しの所まで向かうと、マチュアは地面ギリギリを低速で飛んでいく。
しばらくすると、目の前には巨大な社が姿を表した。
荘厳かつ壮大。
外見的には日本の神社本殿に近い形状をしている。
その社の中から、強力な魔力をマチュアは感じていた。
(あー、あれかぁーどうしましょ)
と慌てて物陰に行くと、深淵の書庫を起動する。
「条件セット、解析開始‥‥白竜の社にある月の門から魔力を回収した場合に起きるであろう可能性を表示‥‥ありゃあ」
と頭を抱えてしまうマチュア。
「そこから魔力を回収すると、ティルナノーグを守っている世界樹に影響が出るのと、魔封じの儀式が効果を成さないのか‥‥」
つまりアウトである。
「ちなみに放置すると? と、やっぱり駄目じゃん」
このまま魔門からの魔力供給が続くと、最速30日で封印が内部から強制解除されてしまう。
「となると。一度全て回収してから、封印が戻ったら門に魔力をもどすのは‥‥だめかぁ」
と幾つもの可能性を調べているマチュア。
――ドッゴォォォォツ
すると突然、深淵の書庫の外で爆発が起こった。
「遭いたかったぞ小娘。先日の恨みはらさせて貰う。今度こそ私は外の世界に赴き、残された半身を手に入れなくてはならないのだ」
とファウストがスッと姿を表した。
先日と同じく黒いローブを身に纏い、老木でこしらえたような杖を持っている。
オーブと呼ばれている大小様々な水晶球の飾りを付けており、それによって足りない魔力を増幅したり封じられている魔法を使うことが出来る。
「しっかし、ラノベでよく見る定番の悪役よね。それで声が石田彰なら、まだ可愛げがあったのに」
とめんどくさそうに話をするマチュア。
「ふん、なにをごちゃごちゃと。いいから勝負しろ!!」
「あー、はいはい。あんたと遊んでいる場合じゃないのよ。すまないけれど邪魔しないでね」
と手をヒラヒラさせつつファウストに話しかける。
「遊ぶだと‥‥ふざけるなっ!!」
――フゥゥゥン
とファウストの周囲に光の矢が5本浮かび上がる。
「喰らえっ、光の弾丸っ」
次々と飛んでくる光の矢。
――ガシッガシッ
と、マチュアは飛んでくる矢の軌跡を予測して次々と拳で撃ち落とす。
全ての矢が落ちた時、ファウストは驚愕の表情をしていた。
「魔力を消滅させずに殴って破壊しただと?」
「そういうこと。さて、私の簡単な推理だけれど、今のあんたはメレスにいくこともできない。魔族核を持っていないからねぇ。そのために、転生の魔術で魔族核を持つ肉体を作り出したのでしょ? けれど、それはこの地の民に見つけられ封印された」
「き、貴様、何故その事を」
「私、賢者ですから」
と聞いてきた情報をいかにも自分の知識のように告げるマチュア。
この手のやつにはハッタリがよく効く。
「このティルナノーグに眠る遺産。それを使うためにも、肉体ではその場所に届くことがない。その為に肉体と精神体を自由に行き来できる体を欲した。その知識は貴方が取り込んたクラウンから得たのでしょ?」
「そこまで知っているとはなぁ。だが、この地に眠る『方舟』は私のものだ。貴様には絶対に渡さん。あの女ににもだ」
と再び光の矢を発動するが、空中に生み出された瞬間にマチュアが指を慣らして破壊する。
「そ‥‥んな‥‥バカ‥‥な‥‥」
とファウストが動揺する。
「まあ、暫くはじっとしていてね‥‥聖なる拘束陣っ!!」
ファウストの足元に魔法陣が輝くと、光の結界を生み出す。
――シャキーーーーン
ファウストはその中に閉じ込められてしまい、身動きが取れなくなっている。
「さてと。それじゃあ、やりますかねぇ」
と腕をグルグルと回しながら『白竜の社』にある月の門に近づくマチュア。
「しかし巨大な門だねぇ‥‥これ一体なんでしょうか」
高さにして10mはあろう。
大理石のようなもので作られた白亜の両開き扉が、マチュアの目の前にあった。
それを眺めながら空の魔晶石を取り出すと、マチュアは扉に手を当てる。
――ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
一瞬で魔晶石が輝く。
「あら、これは不味い。石が足りないかもしれないわ。次のは‥‥」
と、次々と魔晶石を取り出しては扉の魔力を吸収する。
しばらくして、持ってきていた石の半分以上が輝いた。
「これで17個。残存魔力もようやく半分か。予想だとこれで200日以上は持つけれど、もう面倒くさいなぁ‥‥」
と石の数を数えてバックに放り込む。
『なら作業を止めるといい』
――ゴゥゥゥゥゥゥッ
突然マチュアの足元に真っ黒い魔法陣が広がった。
「何っ!! 却下っ」
――パチィィィィィィン
と慌てて指を鳴らすが、魔法陣は輝きを止めない。
そしてマチュアの周囲には、結界のようなものが施された。
先程マチュアが作った『聖なる拘束陣』と対となる魔法、『影の拘束陣』である。
「しまった!!」
『扉に施されている罠に嵌まるとはねぇ‥‥』
と扉の向こうから声がする。
「深淵の書庫っ!!」
すかさず最小単位で深淵の書庫を起動すると、さらに自身の守りを固める。
「察するに、アーカムさんですか?」
『さっしのいい子は好きよ。でも邪魔しては駄目。貴方はそこでじっとしていて頂戴‥‥封印が解放されるまでねぇ』
「アーカム、この魔方陣を解いてくれ、その女は殺す!!」
とファウストも結界の中で叫んでいる。
『駄目よファウスト。私はそちらの世界にはまだ干渉できないのだから。という事で、貴方もそこで反省していなさい』
とアーカムの声がどんどん遠くなっていく。
「畜生あの女。アーカム、貴様もぶっ殺してやる」
と必死に喚くファウスト。
「ありゃ、これまた厄介な‥‥解除コードが分からないわ」
深淵の書庫で解析した結果を見て、マチュアがそう呟く。
結界系魔術は、施した十市以外が解除するには膨大な魔力が必要となる。
マチュアはこの地で時間停止結界にとらわれないようにするため、余計な魔力を使えない。
得意技の却下も、多用しすぎたために打ち止め状態である。
「ふん。その結界はな、アーカムの最高魔術の一つだ。それに囚われたものは‥」
──スタスタ‥‥
とファウストが叫んでいるのを無視して、マチュアがスタスタと結界から外に出る。
「馬鹿な‥‥一体どうやって?」
マチュアはこっそりと忍者にモードチェンジし、『結界無効化』のスキルを起動しただけである。
「しっかし、解除コード不明はキツイわ。正直やり合いたくない相手には違いないわ‥‥と、一旦逃げるか‥‥」
と空飛ぶ箒に座ると、来るときに使った月の門へと向かう。
「しかし‥‥『何っ』とか『しまったっ』とか、完全にやられ役のセリフじゃないかぁ‥‥」
ブツブツと文句を言いつつ、マチュアは来たときに使った月の門に到着すると、そのまま外の世界へと戻っていった。
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