異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第二部・浮遊大陸ティルナノーグ

浮遊大陸の章・その10 魔族襲来と、予定外の予兆

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 アーシュがストームの所にやってきた翌日。

「ふむふむ。ストームが知らない女を引きずり込んで、いかがわしいプレイを楽しんでいると」
「ヴァカかお前は‥‥」
 とまだ眠い頭を軽く叩きつつ、ストームは外に水浴びに向かう。
 その間、マチュアは拘束されて倒れているアーシュの近くで深淵の書庫アーカイブを展開すると、そのまま彼女についての調査を開始した。
 立体魔法陣の周囲を様々な魔法言語が高速で展開し、マチュアの目の前に次々と解析データが映し出される。
「まーーったく、最近はずっと魔術師だねぇ。修練拳術士ミスティックで暴れたいよ本当に」
 とブツブツと文句を告げつつ、マチュアはじっと表示されている内容に目を通す。
「元ダークエルフの魔族かー。高濃度の魔障に晒されて変異した存在で、体内に魔族核を有すると。これが第二の心臓のようなものか。はて? なんでこんなに長命なんだ?」
 と、表示データを眺めつつ考えているものの、どうにも答えが出てこない。
「となると可能性で行こう。何処かの月の門が解放されて、ティルナノーグからやってきた? 違うな。むしろ魔族の世界と直接繋がっている場所があると考えた方が良いか、もしくはこういう魔族と‥‥」
 と頭を捻っていると、ストームが戻ってきた。

「お待たせさん。それで何かわかったか?」
「そうさねえ。こいつが長命な事ぐらいしか分からんわ。ダークエルフが魔障を浴びて魔族核が体内に出来て魔族化したとかな」

 深淵の書庫アーカイブでは、個人の記憶などの解析はできない。
 それ以外はある程度出来るので問題はないのだが、やはり必要な情報というものは記憶の中にあるものだと、感心してしまう。
 他者の記憶を読み取ることの出来る精神看破リードマインド記憶看破リードメモリーといったスキルはある筈なのだが、どのクラスが持っていたのか思い出せない。
 いま現在はどのクラスにも見当たらないが、恐らくは賢者でそのうち使えるだろうと放置した。

「そうか。で、こいつ如何する?」
深淵の書庫アーカイブで得た情報だが、こいつから魔障を取り除き元のダークエルフにでもするか? 魔族核というのは残るが、この世界で生きるのに支障はないようだ。最も思考まで汚染されてたらアウトだがな」
「まあ、やらないよりはマシか。安全性は?」
「50:50て所かな。流石に初めての術式は自信ないわ」
 方法は月の門から魔力を吸収するのと同じ。
 違いは、細胞レベルまで浸透してしまった魔障を手探りで吸収するので、時間がかかってしまうという事と、例の魔族核から魔障を取り除いたときのリスクが不明であること。
「ま、だからと言ってこのまま放置する事も出来ないし、面倒くさいから殺すという方法はないし。やるしかないかぁ」
 と再度深淵の書庫アーカイブを起動すると、マチュアは中に入る。
 そしてアーシュの足元に魔法陣を展開すると、そこに空の魔晶石を放り込む。

――フワッ
 とアーシュの胸元辺りで魔晶石が浮かび上がると、やがてアーシュの体から黒い霧のようなものが吹き出してきた。
 それは細い糸のように変化すると、次々と魔晶石に吸収されていく。

「相変わらず、出鱈目なスキルだな」
「これがまた便利なんだけれど、私ここから動けなくなるのよ。という事で、このダークエルフさん、名前はピロテース? それともアリアン?」
「そんな事あるか、なんでロードス島や骸骨騎士さんとこのダークエルフの名前が出てくるんだよっ。アーシュだ。マチュアの頭の中には、ダークエルフと言えばそれしかないのか?」
 と素早い突っ込みを入れるストーム。
「他に誰かいたっけ?」
「あのなぁ‥‥ダークエルフといえば‥‥まあいいや」
「そこで終わるかぁ? まあいいけれどね。しかし、魔障によって魔族化したもの達とは構成が違うんだょなぁ~なんて言うか、浸透率っていうの?」
 どう違うんだ?
 どういう表情でストームはこちらを見ている。
「例えば水晶の民が『水』としよう。で、魔障が『塩』ね。魔族の国は『海』、我々の世界は『湖』。水に塩が加わると塩水になるね。それが魔障によって魔族化したもの達と考える」
「魔族は?」
「うーんと、普通の魔族は『海水』。魔障で魔族化したものは『塩水』。けれど塩水と海水は違うのよ、似て異なる存在。だから今は塩水から塩を回収する為の術式を起動しているんだけれど、魔族核っていうものが浸透圧の調節をしているみたいでねぇ。どうやらアーシュの魔族核は淡水を海水に還るフィルターみたいなものなのかな?」
「という事はどういう事なんだ?」
「アーシュから魔障を取り除くと魔族核が体内に残る。それがどういうものかは解析不能。まあ命に別状はないけれど、急激な環境の変化に暫くは身動き出来ないだろうなぁ」
 と、アーシュの胸元の魔晶石が輝いたので、別の魔晶石を放り込む。
「その輝いている魔晶石持ってきて」
「ああ……ほらよ」
 とストームから受け取った魔晶石を、空間バックから取り出したランタンに入れてストームに手渡す。
「なんだこれは?」
「魔力のバッテリーみたいなもの。名付けて『ジャックオーランタン』。シャッターを開けると魔力が溢れて所持者の体内に吸収される。横のツマミを捻ると、魔力が心力に変化するので、使って見て」
「そうかサンキュー。と、これは体につけておくのが?」
「私やストームは空間バックでも問題なし。あそこも私たちの一部と認定されているからね。ただ、シャッターやツマミのONOFFは出さないと無理」
 と簡単に説明する。
「本当に何でもありなんだな」
「その代わり、クラス制限が付いているのと、私の保有クラは全部で8つに減らされた。あ、結構前に修理を頼んだ暗黒騎士の鎧は?」
「ああ。ほらよ」
 と暗黒騎士の鎧を材料にしたドラゴンスレイヤーを手渡す。
「はあ?」
「で、こっちが修復した鎧だったものだ」
 続いて胸当てや肩当てといったパーツアーマーを組み込んだレザーアーマーを手渡す。
「どどどどどだどどどういう事?」
「いやぁ、鍛治師のトーナメントの時にな、ドラゴンスレイヤー作るのにマチュアの鎧を溶かした、で、それで作ったのがそのドラゴンスレイヤー。本気で作ったからグレードはS+。その時の余った部品と俺が掘ってきたアダマンタイト、クルーラーを組み込んだドラゴンレザーアーマーがそれ。最低限の金属で補強してあるからこれもS+」
 という事でその二つを受け取る。
「ふむ、今持っているどの装備よりもいいか。そんじゃあ、これと龍頭武衣を組み込んで、賢者のローブの下に付けられるもの作って」
 と必要な装備をストームに手渡す。
「ああ、一時間くれ。そんじゃあ、また後で」
 と告げてストームは鍛冶場へ移動。
 そのままマチュアは暫し深淵の書庫アーカイブに篭り、引き続きアーシュの様子を観察することにした。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


――ハッハッハッハッ
 威勢のいい掛け声が闘技場にこだまする。

「あと10周で終わるから、気合い入れてくださいね」
 と先頭で声を上げているウォルフラム。
 その少し後ろでは、月の門調査隊の騎士達が、マチュアから課せられた罰ゲームを遂行している。
「ほーらほら、ポイポイが追い抜くっぽいよー」
 と最後尾ではポイポイが目の前のワイルドターキーとズブロッカを煽っている。

 特訓初日、ポイポイは幻影騎士団に叙任された。
 その二日後には、ストームはマチュアとともにエルカネックに転移し、残っていたワイルドターキーとズブロッカの二人と合流。
 その後転移の祭壇を回収すると、全員まとめて闘技場に戻ってきたのである。
 その後、事情を説明されたワイルドターキーとズブロッカも幻影騎士団に叙任され、現在の特訓に至る。

「しっかし、儂らが自由騎士とはのう。運命というものは、どう転がるか分からないものだ」
「そうですね。あの時の出会いがなければ、私たちはずっと普通の冒険者だったのでしょうねぇ」
 と二人は走りながら告げている。
「二人で何の話してあるっぽい?」
 とポイポイが二人に追いつく。
「いや、人生のは合縁奇縁だなぁと」
「そうそう。こんな事もあるのだなぁってね」
 そんな二人のやり取りに頭を傾けつつ、ポイポイは前方を走っている騎士達に追いついた。

 その闘技場の真ん中では、特別参加のシュバルツカッツェと斑目が騎士達に稽古をつけている。
「余りにも隙が多すぎる。死ぬ気で掛かってこないと、貴殿も治癒師達の特訓材料になるぞ」
 と刀を振るいつつ叫ぶ斑目。

――シャキーン
 と通り抜けに一閃すると、構えていた騎士達に斬撃を放つ。
 数名の騎士達はそれを素早く楯で受け止めるが、反応が遅かった騎士はあちこちが切り裂かれた。
「貴公らは治癒師の元へ。残ったものは掛かってきなさい」
 カチャッと刃を返すと、斑目が騎士達に剣気を放つ!!
 それに圧倒されないように気合を入れると、騎士達は斑目に向かっていった。

「さて、次はどちらでしょうか?」
 表情が見えないように仮面をつけたシュバルツカッツェが、その場に居合わせた騎士団長クラスの騎士に向かって叫ぶ。
 普段なら此処はストームの仕事なのだが、現在はここにこられないなので代わりにカッツェが代行している。
 新たにストームから取り出した『武のスファア』を組み込んだので、現状では最強の戦闘力を持っている。
 此処の特訓レベルともなると、ウォルフラムでも相手にするのは難しいらしい。
 だが、現在カッツェの目の前では、殆どの騎士達が膝をついて崩れている。
 相手が剣戟で来るのなら、ここの騎士達でもまだ何とかなった。が、カッツェは剣戟に賢者クラスの攻撃魔法も織り交ぜて来るのである。
 マチュアやストームでも、互角に戦うのが精一杯という所であろう。
「もう無理ですか。では休憩としましょう。次の方達、此方へどうぞ」
 と次の希望者が集まって来ると、カッツェは再び特訓を開始した。


  ○ ○ ○ ○ ○


――カーンカーンカーンー
 とストームの鍛冶場から小気味のよい音が聞こえてくる。
 やがてその音が止まると、暫くして馴染み亭の二階にストームがやってくる。

「ほらよ。完成したぞ」
 空間収納チェストから、純白の武道着にパーツアーマーを施してある防具を手渡す。
 しかも胸元と背中には幻影騎士団の紋章までいれてあるこだわりようである。

「これはまたすごいなぁ」
「賢者の防具していも、暗黒騎士としても、修練拳術士ミスティックとしても十分につかえる一品物だ。その上には、賢者の法衣を装備すればいいだけだから、それは自分でつくってくれ!!」
「ほいほい。サンキューね」
 とそのまま装備を換装すると、上に羽織るローブは以前のミスリル繊維のものを使用し、それを換装用の防具として登録する。
 武器は都度切り替えられるようにセットし、武器とクラスをリンクさせることにしたマチュア。
「これで、武器の持ち替えだけで自動的にクラスも変化するように切り替えた。ふっふっふっ」
 と笑いながらウインドゥを眺める。
「あ、それ今度教えてくれ。どうもリンクというのがめんどくさい」
「ああ、別に今でも‥‥」 

――ドダドダドダドダッ
 と突然二階から2名の魔術師が駆け上がってきた。
 全身傷だらけで、一人はすでに意識を足ない掛けていた。
「マチュア様、それとストーム様もいらっしゃいましたか。緊急事態です」
「どうした!!」
 とストームが問いかけると同時に、マチュアは聖域範囲セイクリッド強回復ヒーリングを発動する。

――シュウウウウウウッ
 見る見るうちに傷がふさがると、ようやく呼吸が整ったらしく話を続けた。
「月の門調査隊第三部隊が、扉から出現した魔族と交戦状態に。急ぎ救出を」
「案内しろ。転移先の座標をセットしてくれ」
 慌ててストームが魔術師達と階下に走っていく。
 そしてマチュアも後ろからついていくと、礼拝所から指定された座標へと転移した。

――ズバァァァァァッ
 転移先は果てしなく広がる草原。
 そこにある廃墟の遺跡で、十体ほどの翼を持ったガーゴイルのような魔族と騎士達が戦っていた。
 すでに残りの騎士は一人、魔術師に至ってはその場で血まみれになって倒れている。
 その光景を見て、ストームはガーゴイルに向かって走り出す。

「変身っっっっっ」
 素早く仮面ビルダー・ストームに変身すると、力一杯大地を蹴って一体のガーゴイルに向かってドロップキックを叩き込んだ。
「ビルダーキーーーイック!!」
 右脚が波動オーラに包まれた、ヒーローお約束の必殺キック。

――ドゴゥゥゥゥゥうっ
 とガーゴイルの胴体を貫通すると、その場でガーゴイルは崩れていった。
「あ、あなたは?」
 と、意識が朦朧としている騎士が問いかける。
「嘘と欺瞞の狡猾ヒーロー、仮面ビルダー・ストームっっっっっ」
 ビシィッと名乗りポーズを取っているストームを他所に、マチュアは素早く聖域範囲セイクリッド強回復ヒーリングを発動する。

――シュウウウウウウッ
 騎士のうち二人は怪我が治ることはなかったが、それ以外の者達の傷は癒えたのを確認する。
「魔術師は全力で結界を起動。騎士は結界内で待機、もし結界が破られたら全力で対処。あとは、私たちに任せてください」
 とマチュアが叫ぶと、拳にミスリルのナックルを装備する。

――シュッ
 と装備が 修練拳術士ミスティックに切り替わると、そのままストームの方に向かって加勢する。
「状況は?」
「あと七体っ」
 いつの間にか三体撃破のストーム。
 相変わらず早い。
「了解。それじゃあ本気で行きますか」
 と一体のガーゴイルに向かって間合いを取ると、素早く乱打を叩き込むマチュア。

「ビルダーチョォォォォォップ」
 その近くでは、右手手刀に波動を流し込み、袈裟斬りにガーゴイルを分断するストーム。
「はいっ!! 裡門頂肘りもんちょうちゅうっっっっ」

――ドッコビォォォォッ
 乱打からの踏み込んだ肘撃で、マチュアもガーゴイルの胸部を破壊。
「ビルダーパンプアーップ、オーケーィ」
 全身に波動を流し込むと、素早くガーゴイルを捕まえて鯖折りで腰部から粉砕するストーム。
「はいっ、龍虎双掌打つ」
 一瞬の隙でマチュアの背後に回り込んだガーゴイルだか、振り向きざまの双掌打でこれまた一撃で粉砕される。
「ビルダー、スーパーポージング、はいっ、ダブルバイセップスっ」
 これはストーム歓喜のポーズだが、周囲のガーゴイルの戦意はかなり下げられた模様。
「とぅおおおおおおっ、必殺、閃光掌打っっっっっ」

――ゴゥゥゥゥゥゥゥッ
 一気に間合いを詰めると、右手に魔力を注ぐマチュア。
 彼女の右手が光って唸る!! そのままガーゴイルの頭部を掴むと、魔力を込めた右手で破壊する。
「ビルダーパンプアーップ、モストマスキュラーっ」
 先程と同じく歓喜のポージング。
 それにはガーゴイルも魅了されたのか、突然動きが鈍った模様。
 そこでストームは最後の切り札を起動する。
聖なる光剣Re-proteinっっっっっ」
 と腰のバックルから聖剣を引き抜くと、素早くガーゴイル達を切断していく。
 手加減無用のマチュアとストームの攻撃を前に、ガーゴイルの軍勢は10分と持たずに全滅した。
「よし、これでお終いと」
「一欠っっっっっ」
 と最後のポージングをして、ストームは変身を解く。

‥‥‥
‥‥


「取り敢えず状況はどうなっているの?」
「扉の調査結果、魔力係数が90だったので急ぎ魔力を回収しようとした時です。突然扉に流れていた魔力が変質し、扉が黒く輝いたかと思うといきなり開いたのです」
「慌てて閉めようとした時に、中から先程の魔族が飛び出してきて、後は、ただ戦闘状態になってしまいました」
 ふとマチュアが扉を見る。
「ふぅん、開いているわねぇ」
 と扉に近づいて見る。
 開かれた扉の内部は、漆黒の空間が広がっている。
 其処のあちこちが渦巻いており、そこから高濃度の魔障が吹き出していた。
「参ったわねぇ。ティルナノーグじゃなくて、魔族の世界と繋がっているわ」
 とそのまま深淵の書庫アーカイブを起動すると、じっくりと解析を開始した。
「ストーム。悪いけど護衛頼むわ」
「了解」
 とストームはマチュアの横で仁王立ちの状態を取る。
 次々と表示されるデータを読み取ると、マチュアが、頭を抱えた。
「こう来たかぁ。これは計算外だわ」
「何があった?」
「魔族の方でも、私たちと同じことを考えている奴がいたということ。魔族世界の魔門という所から、此方の世界の月の門を通ってこっちに侵出しようとしているものがいるのだわさ」
 そのまま深淵の書庫アーカイブを閉じると、マチュアが扉に手を当てる。

――ヒュゥゥゥゥウ
 と扉から魔力を回収すると、突然扉が閉まる。
「よし、あとは手順通りの回収をお願い。もう向こうからここには開かないから安心して。と、これはどうしましょうかねぇ」
 と扉から離れて、横たわっている二人の騎士の元にたどり着く。

 最初に回復しなかった騎士たち。
 生命力が少しでも残っていれば、マチュアの回復魔法で傷の再生は始まるはずであった。
 つまり、彼らは死んでいるのである。

「死者を蘇生できる司祭は数が少ないのです。パルテノ様と幻影騎士団のシスターアンジェラ、それ以外にはあと二人しか死者の蘇生はできませんし、先程の方達でも死後10分以内での蘇生です。それ以上の時間ですと、蘇生率は限りなく0になってしまいます‥‥」
 と同行している治療師が口惜しそうに告げる。
 特訓の成果でも、やはり蘇生についてはまだ越えられない壁のようである。
 人の命は魔法でも抗うことが出来ない。
 神頼みの、奇跡のようなものである。
「ストームさんや、この世界の自然の摂理の一つ、死者は蘇らない。私はこれに踏み込んでいいものかねぇ?」
 とストームに問い掛ける。
 マチュアの持つ力ならば、一瞬でここにいる者達全てを蘇生することも可能である。
 だが、それは果たして正しいのか、マチュアは疑問を感じている。
 自分たちの存在が既に、この世界の摂理に反しているとしたら?
 そんなことを考えていたのだが。
「そんなもの知るか。助けられることの出来る命ならば助ける。それだけだろう?」
「了解。聖域範囲セイクリッド・簡易蘇生《プチレイズ》っっっっ」

――シュゥゥゥゥゥゥッ
 死体となった騎士たちに一瞬で生気か戻っていく。
 脈拍も鼓動も、そして呼吸も戻っていった。

「そんな‥‥二人同時に蘇生なんて‥‥」
 と治療師も驚きの蘇生力。
「出来ないことはない。精進しなさい」
 と告げると、マチュア達は今暫くの間、扉からの魔力回収を待っている。
「なあマチュア、ちょっといいか?」
 とストームが遺跡の奥を指差す。
 そこには古い聖堂のようなものが立っている。
 天井などは崩れており、彼方此方に巨大な欠片が落ちている。
「この台座なんだが‥‥」
 とストームが指差したところにある小さな台座。
 天井の崩落にも偶然耐え抜いているそれは、なにか今までとは異質な感じがした。
「人と魔族の調和の為に‥‥か」
 暫しその文字列を解読していくマチュア。
 
 この遺跡があった都市は、古くはメレス・ザイールと魔門を通して繋がっていた。
 都市の王と魔族は条約により、お互いに傷つけたりしないという約束事を幾つか取り決め、魔族側からは魔晶石や魔導器を、人間界からは食料や布などを交換していた。
 大勢の魔族がこの地に引っ越しし、人々は魔族と共に生きていた‥・。

「ふぅん。人と魔族の調和か」
「どうしてこの都市は滅んだんだ?」
「それはここに記されているねぇ」

――トントン
 と指で書かれている場所を示す。

『月の門が力を失い、魔門との繋がりを保てなくなる。我々は一度メレスに戻ることにしよう。またいつか、この地に戻ってくる日が訪れるのを信じて‥‥』

「だとさ。魔族が守ってくれなくなり、この都市は隣国に滅ぼされてしまったらしいね」
 ストームの問いに、マチュアが答える。
 一つ一つの文字に、感情のようなものすら感じる。
「過去には手を取り合っていた魔族もいる、か。今後の課題だな」
「ああ、一律に『魔族滅ぶべし』ができなくなった訳だ」
「そうだね‥‥しかし」
 とマチュアは頭に手を当てて考える。
「どうした?」
「ここに刻み込まれている文字、日本語なんだよねぇ‥‥」

――ファッ
 慌ててよく文字を読むストーム。
「あ、俺この文字みたことあるわ。枕草子とかそういうのだろう?」
「平安中期から後期。西暦1000年前後ってところかなぁ‥‥」
「先代の『魂の修練』を受けた人は平安の人だったのか」
「安倍晴明だったりして。で、この世界で魔術を学んで帰ったとか?」
 と夢が広がりそうな話をしていると、遠くから魔術師たちが呼ぶ声が聞こえてくる。
「魔力の回収、終わりました」
「よし、戻ってミスト殿に報告。それじゃあ撤収するよ」
 と全員に聞こえるように叫ぶと、マチュアたちは急ぎ転移門を通って王都ラグナへと帰還していった。
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