50 / 183
第二部・浮遊大陸ティルナノーグ
マチュア・その14・魔導の真髄、新しい仕事
しおりを挟む
カナン郊外地下で転移門を見つけてから暫く経って。
その日は商人ギルドからの連絡があったので、マチュアはのんびりと顔を出していた。
「いよ~う。酒場の物件見つかったのかな?」
「おや、誰かと思ったらマチュアか」
と受付に向かったときに、横から商人ギルドのギルドマスター、『イオン・バルザック』が声を掛けてきた。
「あ、ギルマスおひさ。今日はなんの用事?」
「さっき自分で行っていただろ、酒場だよ。いま案内してやるからついてきな‥‥あとは任せるぞ」
とカウンターの奥で仕事をしているサブマスターに告げる。
「はあ、お気をつけて」
「応、それじゃあな‥‥」
とマチュアとイオンが外に出ると、商業区の内側の方へと向かう。
そこは城塞のすぐ近く、南正門から歩いて2分ほど。
中央街道沿いにある商業区画である。
その角地にあたる場所に立っている建物は三階建ての居抜き物件、一階は酒場で二階は宿屋、部屋数は実に20部屋。そして三階が自宅になっているらしい。
「これまた随分と奮発して。いまのオーナーは?」
「いないぜ。元々この建物の管理はアルクシップ商会だったものだ。マルチの親父がくたばったときに、ここは商人ギルドで買い取って上げたんだ」
「ははぁ、なるほど。これいくらで買い取れと?」
「そうさなぁ‥‥」
と酒場に入っていって、カウンターに座る。
毎日掃除をしているらしく、綺麗なままになっている。
「うちがギャロップ商会から買い取った値段は金貨3500枚だ。売値だから6000枚でいい」
「ほい、白金貨60枚ね。これで成立と」
トン、とカウンターに白金貨を60枚置くマチュア。
金貨一枚が大体1万円前後と考えると、三階建ての宿が6千万。まあ、こんなもんじゃないかなと納得している。
だが、いきなり白金貨で支払われると、イオンも目を丸くしてしまう。
「ち、ちょっと待て、なんでそんなにあっさり払えるんだ?」
「ギルマスなら解っているでしょー? ボルケイノの討伐報酬の一部ですよぉ」
口を空けてあーーっという表情をするイオン。
マチュアが幻影騎士団の副騎士団長で参謀であり、すでに法衣伯爵を受けているのは各種ギルドのトップは知っている。だが、マチュアたちのたっての希望で、名前を出すことと態度を変えることは遠慮してもらっている。
そのため、どこのギルドにいってもマチュアたちは普通の冒険者のように接してもらっている。
「そういえばそうだったか。じゃあ登録その他はこっちで面倒見てやるよ。ギルドに支払う年会費もいま受け取ったので賄っておいてやるよ」
「いいの?」
「ああ。金貨2500枚も儲けさせて貰ったんだから、それぐらいはサービスだ。宿屋は営業するのか?」
「取り敢えずは営業する方向で。三階は私の家と研究室にするから問題はないし」
「じゃあいま鍵と書類用意してくるわ。こんなに簡単に話が終わると思っていなかったわ」
とイオンが外に出ていった。
それを外まで見送っていると、丁度南門の方から以前出会ったポイポイさんとワイルドターキー、ズブロッカの冒険者三人チームと遭遇する。
「マチュアさんこんにちわっ。ここでなにしているっぽい?」
「いつぞやはどうも、サイノスさんを紹介していただいて助かりました」
「もし何か困ったことがあったら、何時でもいってくれ!!」
とあいかわらず元気な三人組である。
なので、マチュアもニイッと笑いながら一言。
「ここはいま買い取ったので、これから掃除と営業の準備だぁね」
「か、買い取ったっぽい!!」
「こんなでかい建物をか!!」
「それは凄いのう‥‥やはり一流の冒険者とは違うものじゃなぁ‥‥」
と何か納得している模様。
「では、お店開いたらまた来るっぽい!!」
と挨拶をして、3人は冒険者ギルドに向かっていった。
そしてマチュアはベランダに置いてある椅子に座って、ふと考える。
「確か、素泊まりの宿で格安だと一泊銀貨2枚。ここは宿が20部屋で、一日金貨4枚か。一年360日として、1440枚の金貨収入。4年ちょいでもとは取れるが、人件費などを考えると‥‥まあ、いいところか」
とつい計算してしまう悪い癖である。
通りを暫く眺めていると、ここは意外と人通りがある。
他国からの商人たちや、やってきたばかりの冒険者など、様々な人たちが行き交っている。
時折りマチュアの方にやってくる商人もいて、『ここは一晩いくらですかな?』と問われたりしている。
「まだ買い取ったばかりでして、これからなのですよ」
「そうでしたか。貴方に神の加護がありますように」
と頭を下げて、商人はまた別の宿に向かう。
「これは、凄いなぁ‥‥」
と今更ながら納得していると。
「よし待たせたな。早速手続きをするか、中に入るぞ」
とイオンがやってきて店内に移動する。
そしてマチュアは商人ギルドカードを取り出して、イオンが持ってきた巨大なプレートの上に乗せる。
――ヴゥゥゥゥゥゥン
すると、プレートがゆっくりと輝き、そこに様々な文字が浮かび上がる。
これが宿屋と酒場の営業許可証らしい。
「これを店内の見える所に貼り付けてくれ。貼り付けた本人以外は剥がせないから盗まれる心配もない。で、これで登録は完了だ、おめでとう」
とイオンが笑いながら握手を求めてくるので、握り返して一言。
「ありがとう。早速だけど、大工の手配を頼みます。二階で二部屋を潰して礼拝所を作るので。それと店員を雇うので、商人ギルドに人材募集の依頼をお願いします。ウェイトレスと厨房担当を若干名で」
「おう。早速手配させて貰う。しかし、随分と手際がいいな」
「一度やったことがあるのでねぇ。ではお願いしますよ」
イオンに後はお願いして、いよいよ店内の改装が始まった。
○ ○ ○ ○ ○
全ての準備が出来るまで7日掛かった。
礼拝所には転移の魔法陣を設置し、王都ラグナやベルナー城、サムソンのストーム邸などに繋げた。
礼拝所の扉には魔法による鍵を掛けて、転移許可証と鍵をリンクさせる。
三階の部屋は床や壁を魔法によって強化し、さらに建物全体に|聖域範囲・敵対者警告を設置した。加えて永続化も施して魔法処理を永続化させると、セキュリティ対策も完璧になる。
酒場の部分も準備完了。すでに調味料なども大量に準備し、倉庫部分にストックしてある。
厨房の奥には巨大な倉庫を設置、魔法により『永続冷凍』と『永続冷蔵』を付与し、大型冷蔵庫、大型冷凍庫の完成である。
こうして、『酒場・馴染み亭』は完成した。
「はっはっはっ。話はきかせて貰った!!」
「こんにちはー。マチュアさんいるー?」
「開店おめでとうございます」
と開店数日前に、チーム西風の一行が酒場に顔を出した。
「おや、いらっしゃい。わざわざ来てくれたのかい」
「ええ。あとは報告も兼ねて」
とサイノスが告げるので、なんの話かはピンときた。
「何か話は進展したのですか?」
「一応カナン伯爵を通じて、ファナ・スタシア国王にお目通りをしていただきました。私達の報告については口外無用となりまして、スタシア国王からレックス・ラグナ・マリア皇帝の元に報告が行くようになったそうです」
「あの後で彼処に調査隊を派遣したらしいけど、あの横道がなくなったそうで」
「そこで調査は終了となりました。一応報酬は受け取ってきましたので、これはマチュアさんの分です。口止め料も入っているそうですわ」
ドサッ、と、金貨の入った袋が目の前に置かれた。
「成る程ねぇ‥‥とりあえず受け取りましょ」
と受け取ってからカウンターの中に置くふりをして空間収納に放り込むと、マチュアは3人の食事の準備を始めた。
とりあえずは、いつもの作りおきのカレーを温めて差し出す。
「ほい、うちの名物メニューになる予定だよ」
「これは、頂きます」
「いただきまーす」
「ごちそうになりますわ」
――ホフッ、ハフッ‥‥ホムホム‥‥ふはぁぁぁ
「こ、こんなの食べたことないです」
「香辛料をふんだんに使っているんだねー。これは凄い贅沢だぁ」
「以前王都に出かけた時、露店でこれを食べたことがありますわ。あの味と同じですわ。すごい再現率です」
と皆さんベタ褒めです。
メレアさん、その露店は私です。とはいえないので、上手くごまかしておく。
「まあ、それ以外にも色々と食材はあるので、こんどまた飲みにきてくれて構わないからねー」
「是非。と言いますが、マチュアさんはもう冒険者には戻らないのですか?」
「そんな事はないけど、どして?」
突然のその言葉に、一瞬動揺する。
「ここカナンでのマチュアさんの扱いがあまり宜しくないので、もう冒険者が嫌になって酒場を始めたっていう噂があるのですよ」
「そうそう。こっちのほうが似合っているっていう人もいますし」
「でも、これだけ美味しい料理が作れるのでしたら、無理に危険を犯してまで冒険に出る必要はありませんよね」
と三人が告げるが。
「はっはっはー。冒険者やめると食材の調達が面倒臭くなるのでやめない」
とあっさり一言。
そのまま暫くは、西風のメンバーと話をしていた。
○ ○ ○ ○ ○
「それでは、本日からここ馴染み亭が開店します。私達の主人であるマチュア様にご迷惑がかからないように、しっかりとお勤めして下さい」
「「「「はいっ!!」」」」
と丁寧な挨拶をする一同。
商人ギルドの仲介で、馴染み亭には新たに三人のウェイトレスと二人の調理人、そして店内の全てを取り仕切る執事が一人加わった。
一通りの研修期間を終えて、メニューも全て覚えてもらった。
地球式接客術なども全て完璧に覚えてもらったので、いよいよ本日夜から正式に『酒場・馴染み亭』は開店となった。
「ジェイクさん、店内の準備は完璧ですか?」
マチュアが執事であるジェイクに話しかける。
ここに努めている従業員は全て、マチュアの正体を知っている。
マチュアがシルヴィー女王専属の『幻影騎士団』の参謀であることも、礼拝所にある転移の祭壇のことも。
当然ながら、そこにやってくる『とんでもない客』についても熟知させた。
最も、マチュアが騎士団のマントを付けていない時は、普通に店主と店員程度で対応して欲しいとマチュアが告げたので、少しは気が楽になっているのであろう。
「はい。ご主人様の名に恥じないよう」
「だーかーらー。ご主人様はやめて、マチュア様にして」
「はいマチュア様。全ては完璧です。料理も接客も。金銭の管理は私が一度取りまとめておきます。仕入れなども全てこちらで手配するようにしてありますので」
「パーフェクトだよジェイク」
「仰せのままに」
サムズアップして楽しい会話をしつつ、マチュアはベランダで外を眺めている。
四つあるベランダ席のうち、向かって入り口左がマチュアの指定席。ここには客を入れずに、マチュアが専用として使うことにした。
だって、自分の店でのんびりしたいからという理由で席を占拠するのも、オーナー特権ということで。
「よう、駄目ックスター、元気か?」
と口の悪い冒険者達がやってくる。
「相変わらず口が悪いなー。何しに来たんだよっ」
「ほれ、開店祝いだ」
と四人の冒険者がエール樽を4つ持ってきた。
「おや、随分と殊勝だねい。なにかあったのか?」
「いやいや、ギルドでお前さんがいないと悪口に張り合いがなくてな」
「煩いわ。今まで通りにギルドにも顔だすわい。とっとと飲んでいけ。サービスしてやるから」
「当然だ!!」
と次々と冒険者が馴染み亭にやってくる。
それに一つずつベランダで挨拶をしながら、マチュアもエールを飲んでいる。
こういうのんびりとした雰囲気もいいものだと、マチュアは久し振りに酒場の雰囲気を楽しんでいた。
○ ○ ○ ○ ○
翌日から、マチュアは店の仕込みなどは手伝いつつ、ラグナ王城地下の魔導具の解析や、それらのデータを元にした実験を繰り返していた。
そんな矢先、王城の地下の魔導具で遊んでいた時、ブリュンヒルデに呼び出されたのである。
城内にあるブリュンヒルデの執務室は、意外と質素な作りになっていた。
廊下には彼女の近衛騎士団である『ブランシュ騎士団』が待機している。
場所が場所なので、マチュアも幻影騎士団の正装に身を包んでいる。
「話というのは他でもない。実は頼みがあるのだが」
「はぁ、ブリュンヒルデ殿が私などにどのような頼みで?」
「まあそんなに自分を卑下することはない。ミストから『帝国貴族院』での一件について話を聽いている。そこで、この際だから帝国内部の汚い部分を一層しようと思ったのだ」
「ははあ、貴族院の癒着問題とかですか?」
「はははっ。有り体に言えばそんな所だ。各地の貴族の中には、自分たちがより利権を得るために他の貴族や商人、あるいはギルドの上層部と繋がって色々とやっているものが多い。マチュアには、それらの調査とあぶり出しをお願いしたいのだ」
と丁寧に告げてはいるが、実際は頼むというよりは命令である。
「幻影騎士団はシルヴィー様の専属騎士団です。私達に対して直接命令を出来るのは皇帝陛下とシルヴィー様のみですよ」
笑いながら告げると。
「うむ、と思ってシルヴィーに頼み込んで貴公を借り受けた」
と説明してから、二通の書面をマチュアに差し出した。
一通は皇帝陛下からの勅命、皇帝及び六王に協力する代わり、幻影騎士団は皇帝の近衛騎士団と同等の地位と権力を保証するという権限を与えられている。つまり、これは拒否することのできない幻影騎士団としての仕事である。
もっともこれには強制権はなく、納得の行かない任務は断っても構わないらしい。
「いきなり皇帝からですか。これはずるいですわ」
「まあそういうな。もう一通は貴殿の主人であるシルヴィーからだ」
ということで、シルヴィーからの手紙を開く。
『マチュアよ。よろしく頼む』
以上である。
「よし、シルヴィーは今度あったら説教だ。ついでに梅干しの刑だ。ブリュンヒルデ殿、任務お受けしますわ」
「殿はつけなくて構わないぞ。立場的には殆んど同等に近いし、形式張られるとこちらとしてもやりにくい」
「そうですか。でも人目のある時は、殿はつけますよ」
「それでいい。で、最初はここから調べて欲しい」
と数枚の書面をマチュアに手渡す。
それにざっと目を通すと、マチュアはフムフムと頷いている。
「ほうほう。サムソン辺境都市における鍛冶ギルドの利権問題ですか」
「ああ、サムソン辺境のガリクソン伯爵が、帝国鍛冶工房のものと裏で繋がって色々とやっているらしい。確証はないのだが、王都ラグナの鍛冶工房から密告があってな。済まないが調査を頼みたい」
「はあ、期限は?」
「早ければ早いほど」
「報酬は?」
「ふむ。必要ならば、支払いは白金貨でいいか?」
「それで構いません。形式上でもそうしておけば、依頼人と雇われの立場は維持できますから。万が一の時は、私の存在は切り捨てて下さい」
「成る程。ではそれで‥‥」
と話が終わったので、マチュアは一度カナンの自宅に戻ると、ジェイクに暫く仕事で留守にするので、後は任せたと指示を出す。
そしてソロモンにあるストームの家へと転移することにした。
○ ○ ○ ○ ○
「ストーム、いないし。まあ、急ぎでも何でもないから構わないといえばそうだが」
と呟きつつ、ストームの家から外に転移する。
「ついでに自分用の包丁も磨いてもらうか。あ、暗黒騎士の鎧の修理もついでに頼もうそうしよう」
ポン、と手を叩くと、取り敢えずは、朝食を取るべくストーム行きつけの酒場へと向かう事にした。
「ちわーーーっす。朝食くださいなーと」
扉をあけての開口一番。案の定ストームも朝食を食べている所である。
「あれ? お前何しに来た?」
「包丁研いでおくれ。代金はビーフシチューを寸胴一本でどや?」
と朝食を食べながら、ストームと交渉するマチュア。
「あ、それでいいわ。っていうか、カナンの鍛冶師に頼めばいいだろ」
「研ぎに出して、今より切れなくなるのは御免だわ」
「だったら、自分で砥げばいいだろう。マチュアは確か鍛治師も出来たんじゃなかったか? クラスチェンジして砥げないのか?」
とストームは言うが、マチュアの鍛治スキルはMSレベル、自分よりも腕の良い所に頼めば良いし、何より良質な砥石を持っていない。
調理師としてそれはどうよというところであるが、ゲームの中ではそんなものなかったのでこれは仕方がない。
「砥石もってないし」
「そうか。じゃああとで来てくれればいいよ」
と言いながらストームが店から出ていくのを見送ると、マチュアは暫し店内を見渡す。
服装や装備などから、数名の客が鍛治師であることは確認した。
(さて。リストにあったサムソン鍛治組合というのは、此処らへんかな?)
と辺りを付けていると、丁度一人の客が店内に入ってくる。
そのままマチュアが当たりを付けた人物に合流すると、なにやらコソコソと話を始めていた。
「さてと。エンジなら聞き耳使えるけど、マチュアだときついよなー」
意識を耳に集中し、その男達の声を盗み聞きする。
『今晩、うちの工房で……例の……あのストームが……』
酒場が騒がしいので、あまりはっきりとは聞こえない。が、今夜集まるのは確認した。
(さて、あとは工房とやらを見つければ良しか)
そのまま食事を食べ終えると、バックバックから適当な道具を出して手入れしているように見せるマチュア。
そして後から来た男が店から出るのを確認すると、そのまま跡をつける。
裏道に入ったのを見ると、周囲に警戒しながらエンジにチェンジ、チュニックに装備を切り替えると、何気ないように尾行を続けた。
そのまま尾行を続けていくと、鍛治組合の大きな建物に男が入っていくのを確認した。
「よし、此処だな。あとは夜まで時間でも潰すか」
と、マチュアはストームの鍛治工房へと向かった。
途中、物陰でマチュアに戻ると、ストームの鍛治工房で包丁を手渡して研ぎをお願いした。
そしてそれが終わってから、ついでにと暗黒騎士の装備の修理も頼み込む。
「ちょっと待て、いくらなんでもこれは時間かかるぞ、材料がそもそもない」
「まあまあ、出来たらの話だょ。今度採掘手伝ってあげるからさぁ」
といつものペースで話を続ける。
「全く、相変わらずのマイペースだな」
「それはいつものこと。と、これ、シルヴィーから預かってきた手紙ね、仕事の依頼だよ。ちょっと内容がアレなので場所を変えよう」
ということで、2人は家の中に入る事にした。
そして仕事と聞いて、ストームは嫌な予感がしたらしい。
「仕事って、マチュアもか?」
「私はブリュンヒルデ殿からの依頼ね。シルヴィーからも手伝ってあげて欲しいと言われたし、今後も六王からの仕事の要請や個人でなにか起こす場合でも、シルヴィーの許可を取らずに独自判断で受けても構わないってさ。ちゃんと皇帝の許可も取ったらしいよ」
幻影騎士団は、六王や皇帝の仕事を手伝う代わりに、皇帝直属の近衛騎士団と同等の権力を何時でも使えるようになった事をストームにも説明する。
「はあ、いいんだか悪いんだかよく判らんな」
「うん。私の仕事は、この前、私が王都で貴族院を締めたときの話を聞いたらしくてね。帝国の悪い虫を一掃したいんだって」
ふぅんと呟きつつ、ストームはシルヴィーの手紙を読む。
「ははぁ、なるほどなあ。マチュアは幻影騎士団としての仕事が、まあ、頑張れ」
「エンジの存在を表に出しちゃったからねー。お陰でほら」
と、マチュアは足元に魔法陣を形成する。
「これは?」
「魔術創造っていう魔法ね、この魔法陣の中で、様々な魔法を組み合わせたりして、独自のオリジナル魔法を作り出すことができるのよ」
スッと魔法陣を消す。
「魔法についてはさっぱり分からん。具体的には?」
「例えば、波動の矢に拘束を合わせて、対象をまるで死んだかのように麻痺させる拘束の矢とか、あとは‥‥」
――スッ
と、突然マチュアの横にエンジが姿を現わす。
「ファッ、それは一体なんだ?」
「これはね。魔力と周囲の魔障を練り合わせて作った『ゴーレム』だね。魔術師と錬金術師のスキルの合成だよ。私の魔力で作ったので、鑑定や調査系の魔法程度では本物かどうかなんて見分けがつかない筈だし、なにより私の命令を忠実に守るのよ」
とエンジが話している。
「ちょっと待て、今はどっちが本物だ?」
「今の本物はマチュア。エンジがゴーレムね。アバターチェンジとモードチェンジも使えば、色々なこともさせれるようにはなったけど」
と告げて、エンジがスッと消える。
「如何にも手駒にエンジがいるみたいでしょ。これも日々、魔術と料理を研鑽している集大成だよー。ストームの方は何かクラスやスキルでできること増えた?」
「さてなぁ‥‥」
と腕を組んで考えてみる。
「戦闘系スキルの合成はこの前ボルケイド戦でやったしなぁ。防御力無効化攻撃の『浮舟』と、範囲型乱撃の『無限刃』の合成とか。戦闘スキルの合成だけは完璧だ、聖騎士と侍の合体スキルも可能だぞ。あとは、自分のスキルなら、なんでも鍛治師の能力で付与できるのが分かった程度だ」
「それ、一番おかしいから。要はマジックアイテムを作れるって事でしょ?」
「いや、それは違う。俺が作る武具に対して、スキルを付与するだけだ。だから、マジックアイテムじゃない、マジックウェポンだ」
ビシッとポージングをしつつそう叫ぶストーム。
「まあ、私が錬金術で作った物品に魔法を付与するようなものかぁ」
「そっちがマジックアイテムだろうが」
「付与する器と付与するものが魔法かスキルかの違いしかないじゃない、対して差はないわい」
というマチュアのツッコミは、この際無視するらしい。
「ゼイゼイ‥‥。しかし、思った通りというか、やっぱり権力が絡むと腐るものもいるんだなぃ」
「私はしばらくは其方の仕事もやるのでねー。報酬が美味しいのよ。ストームみたいに鍛治師でドーンと一攫千金稼げないし 」
「一攫千金って。ボルケイドの素材売れば金になるだろうが」
あのあと、解体してボルケイドの素材はマチュアと山分けした。
食材の部分は大体がマチュア、鍛治に使いそうな部分は大体はストーム、ドラゴンレザーは山分けという感じになった。
ヘッケラーとコックスにも、解体を手伝ったので欲しい部分をお裾分けしてあげたらしいが、公に外には出せない代物なので、少しだけ王宮に買い取って貰うことにしたらしい。
「ドラゴンステーキを街で売れと? あれは売ってはいけない」
――ゴクッ
ストームが、息を飲む。
「き、危険なのか?」
「いやいや、あれほどの美味。売るなんてもったいない。腿肉の程よい脂の乗ったステーキ。サーロインのジューシーで鮮烈な味わい。ヒレはカツにしてその歯触りと肉の美味さを堪能できる。モツは下処理は終わっているからソーセージは大量に作った。煮込み用にも処理してあるので、モツ煮もいけそうだよ」
――ゴクッ‥‥
「今日の晩飯はそれだな。どうせ仕事で暫くこっちなんだろう」
「おっけー。今日は潜入調査なので、今度作ってやるよ」
と告げて、マチュアはそろそろかなとストームの家を後にした。
その日は商人ギルドからの連絡があったので、マチュアはのんびりと顔を出していた。
「いよ~う。酒場の物件見つかったのかな?」
「おや、誰かと思ったらマチュアか」
と受付に向かったときに、横から商人ギルドのギルドマスター、『イオン・バルザック』が声を掛けてきた。
「あ、ギルマスおひさ。今日はなんの用事?」
「さっき自分で行っていただろ、酒場だよ。いま案内してやるからついてきな‥‥あとは任せるぞ」
とカウンターの奥で仕事をしているサブマスターに告げる。
「はあ、お気をつけて」
「応、それじゃあな‥‥」
とマチュアとイオンが外に出ると、商業区の内側の方へと向かう。
そこは城塞のすぐ近く、南正門から歩いて2分ほど。
中央街道沿いにある商業区画である。
その角地にあたる場所に立っている建物は三階建ての居抜き物件、一階は酒場で二階は宿屋、部屋数は実に20部屋。そして三階が自宅になっているらしい。
「これまた随分と奮発して。いまのオーナーは?」
「いないぜ。元々この建物の管理はアルクシップ商会だったものだ。マルチの親父がくたばったときに、ここは商人ギルドで買い取って上げたんだ」
「ははぁ、なるほど。これいくらで買い取れと?」
「そうさなぁ‥‥」
と酒場に入っていって、カウンターに座る。
毎日掃除をしているらしく、綺麗なままになっている。
「うちがギャロップ商会から買い取った値段は金貨3500枚だ。売値だから6000枚でいい」
「ほい、白金貨60枚ね。これで成立と」
トン、とカウンターに白金貨を60枚置くマチュア。
金貨一枚が大体1万円前後と考えると、三階建ての宿が6千万。まあ、こんなもんじゃないかなと納得している。
だが、いきなり白金貨で支払われると、イオンも目を丸くしてしまう。
「ち、ちょっと待て、なんでそんなにあっさり払えるんだ?」
「ギルマスなら解っているでしょー? ボルケイノの討伐報酬の一部ですよぉ」
口を空けてあーーっという表情をするイオン。
マチュアが幻影騎士団の副騎士団長で参謀であり、すでに法衣伯爵を受けているのは各種ギルドのトップは知っている。だが、マチュアたちのたっての希望で、名前を出すことと態度を変えることは遠慮してもらっている。
そのため、どこのギルドにいってもマチュアたちは普通の冒険者のように接してもらっている。
「そういえばそうだったか。じゃあ登録その他はこっちで面倒見てやるよ。ギルドに支払う年会費もいま受け取ったので賄っておいてやるよ」
「いいの?」
「ああ。金貨2500枚も儲けさせて貰ったんだから、それぐらいはサービスだ。宿屋は営業するのか?」
「取り敢えずは営業する方向で。三階は私の家と研究室にするから問題はないし」
「じゃあいま鍵と書類用意してくるわ。こんなに簡単に話が終わると思っていなかったわ」
とイオンが外に出ていった。
それを外まで見送っていると、丁度南門の方から以前出会ったポイポイさんとワイルドターキー、ズブロッカの冒険者三人チームと遭遇する。
「マチュアさんこんにちわっ。ここでなにしているっぽい?」
「いつぞやはどうも、サイノスさんを紹介していただいて助かりました」
「もし何か困ったことがあったら、何時でもいってくれ!!」
とあいかわらず元気な三人組である。
なので、マチュアもニイッと笑いながら一言。
「ここはいま買い取ったので、これから掃除と営業の準備だぁね」
「か、買い取ったっぽい!!」
「こんなでかい建物をか!!」
「それは凄いのう‥‥やはり一流の冒険者とは違うものじゃなぁ‥‥」
と何か納得している模様。
「では、お店開いたらまた来るっぽい!!」
と挨拶をして、3人は冒険者ギルドに向かっていった。
そしてマチュアはベランダに置いてある椅子に座って、ふと考える。
「確か、素泊まりの宿で格安だと一泊銀貨2枚。ここは宿が20部屋で、一日金貨4枚か。一年360日として、1440枚の金貨収入。4年ちょいでもとは取れるが、人件費などを考えると‥‥まあ、いいところか」
とつい計算してしまう悪い癖である。
通りを暫く眺めていると、ここは意外と人通りがある。
他国からの商人たちや、やってきたばかりの冒険者など、様々な人たちが行き交っている。
時折りマチュアの方にやってくる商人もいて、『ここは一晩いくらですかな?』と問われたりしている。
「まだ買い取ったばかりでして、これからなのですよ」
「そうでしたか。貴方に神の加護がありますように」
と頭を下げて、商人はまた別の宿に向かう。
「これは、凄いなぁ‥‥」
と今更ながら納得していると。
「よし待たせたな。早速手続きをするか、中に入るぞ」
とイオンがやってきて店内に移動する。
そしてマチュアは商人ギルドカードを取り出して、イオンが持ってきた巨大なプレートの上に乗せる。
――ヴゥゥゥゥゥゥン
すると、プレートがゆっくりと輝き、そこに様々な文字が浮かび上がる。
これが宿屋と酒場の営業許可証らしい。
「これを店内の見える所に貼り付けてくれ。貼り付けた本人以外は剥がせないから盗まれる心配もない。で、これで登録は完了だ、おめでとう」
とイオンが笑いながら握手を求めてくるので、握り返して一言。
「ありがとう。早速だけど、大工の手配を頼みます。二階で二部屋を潰して礼拝所を作るので。それと店員を雇うので、商人ギルドに人材募集の依頼をお願いします。ウェイトレスと厨房担当を若干名で」
「おう。早速手配させて貰う。しかし、随分と手際がいいな」
「一度やったことがあるのでねぇ。ではお願いしますよ」
イオンに後はお願いして、いよいよ店内の改装が始まった。
○ ○ ○ ○ ○
全ての準備が出来るまで7日掛かった。
礼拝所には転移の魔法陣を設置し、王都ラグナやベルナー城、サムソンのストーム邸などに繋げた。
礼拝所の扉には魔法による鍵を掛けて、転移許可証と鍵をリンクさせる。
三階の部屋は床や壁を魔法によって強化し、さらに建物全体に|聖域範囲・敵対者警告を設置した。加えて永続化も施して魔法処理を永続化させると、セキュリティ対策も完璧になる。
酒場の部分も準備完了。すでに調味料なども大量に準備し、倉庫部分にストックしてある。
厨房の奥には巨大な倉庫を設置、魔法により『永続冷凍』と『永続冷蔵』を付与し、大型冷蔵庫、大型冷凍庫の完成である。
こうして、『酒場・馴染み亭』は完成した。
「はっはっはっ。話はきかせて貰った!!」
「こんにちはー。マチュアさんいるー?」
「開店おめでとうございます」
と開店数日前に、チーム西風の一行が酒場に顔を出した。
「おや、いらっしゃい。わざわざ来てくれたのかい」
「ええ。あとは報告も兼ねて」
とサイノスが告げるので、なんの話かはピンときた。
「何か話は進展したのですか?」
「一応カナン伯爵を通じて、ファナ・スタシア国王にお目通りをしていただきました。私達の報告については口外無用となりまして、スタシア国王からレックス・ラグナ・マリア皇帝の元に報告が行くようになったそうです」
「あの後で彼処に調査隊を派遣したらしいけど、あの横道がなくなったそうで」
「そこで調査は終了となりました。一応報酬は受け取ってきましたので、これはマチュアさんの分です。口止め料も入っているそうですわ」
ドサッ、と、金貨の入った袋が目の前に置かれた。
「成る程ねぇ‥‥とりあえず受け取りましょ」
と受け取ってからカウンターの中に置くふりをして空間収納に放り込むと、マチュアは3人の食事の準備を始めた。
とりあえずは、いつもの作りおきのカレーを温めて差し出す。
「ほい、うちの名物メニューになる予定だよ」
「これは、頂きます」
「いただきまーす」
「ごちそうになりますわ」
――ホフッ、ハフッ‥‥ホムホム‥‥ふはぁぁぁ
「こ、こんなの食べたことないです」
「香辛料をふんだんに使っているんだねー。これは凄い贅沢だぁ」
「以前王都に出かけた時、露店でこれを食べたことがありますわ。あの味と同じですわ。すごい再現率です」
と皆さんベタ褒めです。
メレアさん、その露店は私です。とはいえないので、上手くごまかしておく。
「まあ、それ以外にも色々と食材はあるので、こんどまた飲みにきてくれて構わないからねー」
「是非。と言いますが、マチュアさんはもう冒険者には戻らないのですか?」
「そんな事はないけど、どして?」
突然のその言葉に、一瞬動揺する。
「ここカナンでのマチュアさんの扱いがあまり宜しくないので、もう冒険者が嫌になって酒場を始めたっていう噂があるのですよ」
「そうそう。こっちのほうが似合っているっていう人もいますし」
「でも、これだけ美味しい料理が作れるのでしたら、無理に危険を犯してまで冒険に出る必要はありませんよね」
と三人が告げるが。
「はっはっはー。冒険者やめると食材の調達が面倒臭くなるのでやめない」
とあっさり一言。
そのまま暫くは、西風のメンバーと話をしていた。
○ ○ ○ ○ ○
「それでは、本日からここ馴染み亭が開店します。私達の主人であるマチュア様にご迷惑がかからないように、しっかりとお勤めして下さい」
「「「「はいっ!!」」」」
と丁寧な挨拶をする一同。
商人ギルドの仲介で、馴染み亭には新たに三人のウェイトレスと二人の調理人、そして店内の全てを取り仕切る執事が一人加わった。
一通りの研修期間を終えて、メニューも全て覚えてもらった。
地球式接客術なども全て完璧に覚えてもらったので、いよいよ本日夜から正式に『酒場・馴染み亭』は開店となった。
「ジェイクさん、店内の準備は完璧ですか?」
マチュアが執事であるジェイクに話しかける。
ここに努めている従業員は全て、マチュアの正体を知っている。
マチュアがシルヴィー女王専属の『幻影騎士団』の参謀であることも、礼拝所にある転移の祭壇のことも。
当然ながら、そこにやってくる『とんでもない客』についても熟知させた。
最も、マチュアが騎士団のマントを付けていない時は、普通に店主と店員程度で対応して欲しいとマチュアが告げたので、少しは気が楽になっているのであろう。
「はい。ご主人様の名に恥じないよう」
「だーかーらー。ご主人様はやめて、マチュア様にして」
「はいマチュア様。全ては完璧です。料理も接客も。金銭の管理は私が一度取りまとめておきます。仕入れなども全てこちらで手配するようにしてありますので」
「パーフェクトだよジェイク」
「仰せのままに」
サムズアップして楽しい会話をしつつ、マチュアはベランダで外を眺めている。
四つあるベランダ席のうち、向かって入り口左がマチュアの指定席。ここには客を入れずに、マチュアが専用として使うことにした。
だって、自分の店でのんびりしたいからという理由で席を占拠するのも、オーナー特権ということで。
「よう、駄目ックスター、元気か?」
と口の悪い冒険者達がやってくる。
「相変わらず口が悪いなー。何しに来たんだよっ」
「ほれ、開店祝いだ」
と四人の冒険者がエール樽を4つ持ってきた。
「おや、随分と殊勝だねい。なにかあったのか?」
「いやいや、ギルドでお前さんがいないと悪口に張り合いがなくてな」
「煩いわ。今まで通りにギルドにも顔だすわい。とっとと飲んでいけ。サービスしてやるから」
「当然だ!!」
と次々と冒険者が馴染み亭にやってくる。
それに一つずつベランダで挨拶をしながら、マチュアもエールを飲んでいる。
こういうのんびりとした雰囲気もいいものだと、マチュアは久し振りに酒場の雰囲気を楽しんでいた。
○ ○ ○ ○ ○
翌日から、マチュアは店の仕込みなどは手伝いつつ、ラグナ王城地下の魔導具の解析や、それらのデータを元にした実験を繰り返していた。
そんな矢先、王城の地下の魔導具で遊んでいた時、ブリュンヒルデに呼び出されたのである。
城内にあるブリュンヒルデの執務室は、意外と質素な作りになっていた。
廊下には彼女の近衛騎士団である『ブランシュ騎士団』が待機している。
場所が場所なので、マチュアも幻影騎士団の正装に身を包んでいる。
「話というのは他でもない。実は頼みがあるのだが」
「はぁ、ブリュンヒルデ殿が私などにどのような頼みで?」
「まあそんなに自分を卑下することはない。ミストから『帝国貴族院』での一件について話を聽いている。そこで、この際だから帝国内部の汚い部分を一層しようと思ったのだ」
「ははあ、貴族院の癒着問題とかですか?」
「はははっ。有り体に言えばそんな所だ。各地の貴族の中には、自分たちがより利権を得るために他の貴族や商人、あるいはギルドの上層部と繋がって色々とやっているものが多い。マチュアには、それらの調査とあぶり出しをお願いしたいのだ」
と丁寧に告げてはいるが、実際は頼むというよりは命令である。
「幻影騎士団はシルヴィー様の専属騎士団です。私達に対して直接命令を出来るのは皇帝陛下とシルヴィー様のみですよ」
笑いながら告げると。
「うむ、と思ってシルヴィーに頼み込んで貴公を借り受けた」
と説明してから、二通の書面をマチュアに差し出した。
一通は皇帝陛下からの勅命、皇帝及び六王に協力する代わり、幻影騎士団は皇帝の近衛騎士団と同等の地位と権力を保証するという権限を与えられている。つまり、これは拒否することのできない幻影騎士団としての仕事である。
もっともこれには強制権はなく、納得の行かない任務は断っても構わないらしい。
「いきなり皇帝からですか。これはずるいですわ」
「まあそういうな。もう一通は貴殿の主人であるシルヴィーからだ」
ということで、シルヴィーからの手紙を開く。
『マチュアよ。よろしく頼む』
以上である。
「よし、シルヴィーは今度あったら説教だ。ついでに梅干しの刑だ。ブリュンヒルデ殿、任務お受けしますわ」
「殿はつけなくて構わないぞ。立場的には殆んど同等に近いし、形式張られるとこちらとしてもやりにくい」
「そうですか。でも人目のある時は、殿はつけますよ」
「それでいい。で、最初はここから調べて欲しい」
と数枚の書面をマチュアに手渡す。
それにざっと目を通すと、マチュアはフムフムと頷いている。
「ほうほう。サムソン辺境都市における鍛冶ギルドの利権問題ですか」
「ああ、サムソン辺境のガリクソン伯爵が、帝国鍛冶工房のものと裏で繋がって色々とやっているらしい。確証はないのだが、王都ラグナの鍛冶工房から密告があってな。済まないが調査を頼みたい」
「はあ、期限は?」
「早ければ早いほど」
「報酬は?」
「ふむ。必要ならば、支払いは白金貨でいいか?」
「それで構いません。形式上でもそうしておけば、依頼人と雇われの立場は維持できますから。万が一の時は、私の存在は切り捨てて下さい」
「成る程。ではそれで‥‥」
と話が終わったので、マチュアは一度カナンの自宅に戻ると、ジェイクに暫く仕事で留守にするので、後は任せたと指示を出す。
そしてソロモンにあるストームの家へと転移することにした。
○ ○ ○ ○ ○
「ストーム、いないし。まあ、急ぎでも何でもないから構わないといえばそうだが」
と呟きつつ、ストームの家から外に転移する。
「ついでに自分用の包丁も磨いてもらうか。あ、暗黒騎士の鎧の修理もついでに頼もうそうしよう」
ポン、と手を叩くと、取り敢えずは、朝食を取るべくストーム行きつけの酒場へと向かう事にした。
「ちわーーーっす。朝食くださいなーと」
扉をあけての開口一番。案の定ストームも朝食を食べている所である。
「あれ? お前何しに来た?」
「包丁研いでおくれ。代金はビーフシチューを寸胴一本でどや?」
と朝食を食べながら、ストームと交渉するマチュア。
「あ、それでいいわ。っていうか、カナンの鍛冶師に頼めばいいだろ」
「研ぎに出して、今より切れなくなるのは御免だわ」
「だったら、自分で砥げばいいだろう。マチュアは確か鍛治師も出来たんじゃなかったか? クラスチェンジして砥げないのか?」
とストームは言うが、マチュアの鍛治スキルはMSレベル、自分よりも腕の良い所に頼めば良いし、何より良質な砥石を持っていない。
調理師としてそれはどうよというところであるが、ゲームの中ではそんなものなかったのでこれは仕方がない。
「砥石もってないし」
「そうか。じゃああとで来てくれればいいよ」
と言いながらストームが店から出ていくのを見送ると、マチュアは暫し店内を見渡す。
服装や装備などから、数名の客が鍛治師であることは確認した。
(さて。リストにあったサムソン鍛治組合というのは、此処らへんかな?)
と辺りを付けていると、丁度一人の客が店内に入ってくる。
そのままマチュアが当たりを付けた人物に合流すると、なにやらコソコソと話を始めていた。
「さてと。エンジなら聞き耳使えるけど、マチュアだときついよなー」
意識を耳に集中し、その男達の声を盗み聞きする。
『今晩、うちの工房で……例の……あのストームが……』
酒場が騒がしいので、あまりはっきりとは聞こえない。が、今夜集まるのは確認した。
(さて、あとは工房とやらを見つければ良しか)
そのまま食事を食べ終えると、バックバックから適当な道具を出して手入れしているように見せるマチュア。
そして後から来た男が店から出るのを確認すると、そのまま跡をつける。
裏道に入ったのを見ると、周囲に警戒しながらエンジにチェンジ、チュニックに装備を切り替えると、何気ないように尾行を続けた。
そのまま尾行を続けていくと、鍛治組合の大きな建物に男が入っていくのを確認した。
「よし、此処だな。あとは夜まで時間でも潰すか」
と、マチュアはストームの鍛治工房へと向かった。
途中、物陰でマチュアに戻ると、ストームの鍛治工房で包丁を手渡して研ぎをお願いした。
そしてそれが終わってから、ついでにと暗黒騎士の装備の修理も頼み込む。
「ちょっと待て、いくらなんでもこれは時間かかるぞ、材料がそもそもない」
「まあまあ、出来たらの話だょ。今度採掘手伝ってあげるからさぁ」
といつものペースで話を続ける。
「全く、相変わらずのマイペースだな」
「それはいつものこと。と、これ、シルヴィーから預かってきた手紙ね、仕事の依頼だよ。ちょっと内容がアレなので場所を変えよう」
ということで、2人は家の中に入る事にした。
そして仕事と聞いて、ストームは嫌な予感がしたらしい。
「仕事って、マチュアもか?」
「私はブリュンヒルデ殿からの依頼ね。シルヴィーからも手伝ってあげて欲しいと言われたし、今後も六王からの仕事の要請や個人でなにか起こす場合でも、シルヴィーの許可を取らずに独自判断で受けても構わないってさ。ちゃんと皇帝の許可も取ったらしいよ」
幻影騎士団は、六王や皇帝の仕事を手伝う代わりに、皇帝直属の近衛騎士団と同等の権力を何時でも使えるようになった事をストームにも説明する。
「はあ、いいんだか悪いんだかよく判らんな」
「うん。私の仕事は、この前、私が王都で貴族院を締めたときの話を聞いたらしくてね。帝国の悪い虫を一掃したいんだって」
ふぅんと呟きつつ、ストームはシルヴィーの手紙を読む。
「ははぁ、なるほどなあ。マチュアは幻影騎士団としての仕事が、まあ、頑張れ」
「エンジの存在を表に出しちゃったからねー。お陰でほら」
と、マチュアは足元に魔法陣を形成する。
「これは?」
「魔術創造っていう魔法ね、この魔法陣の中で、様々な魔法を組み合わせたりして、独自のオリジナル魔法を作り出すことができるのよ」
スッと魔法陣を消す。
「魔法についてはさっぱり分からん。具体的には?」
「例えば、波動の矢に拘束を合わせて、対象をまるで死んだかのように麻痺させる拘束の矢とか、あとは‥‥」
――スッ
と、突然マチュアの横にエンジが姿を現わす。
「ファッ、それは一体なんだ?」
「これはね。魔力と周囲の魔障を練り合わせて作った『ゴーレム』だね。魔術師と錬金術師のスキルの合成だよ。私の魔力で作ったので、鑑定や調査系の魔法程度では本物かどうかなんて見分けがつかない筈だし、なにより私の命令を忠実に守るのよ」
とエンジが話している。
「ちょっと待て、今はどっちが本物だ?」
「今の本物はマチュア。エンジがゴーレムね。アバターチェンジとモードチェンジも使えば、色々なこともさせれるようにはなったけど」
と告げて、エンジがスッと消える。
「如何にも手駒にエンジがいるみたいでしょ。これも日々、魔術と料理を研鑽している集大成だよー。ストームの方は何かクラスやスキルでできること増えた?」
「さてなぁ‥‥」
と腕を組んで考えてみる。
「戦闘系スキルの合成はこの前ボルケイド戦でやったしなぁ。防御力無効化攻撃の『浮舟』と、範囲型乱撃の『無限刃』の合成とか。戦闘スキルの合成だけは完璧だ、聖騎士と侍の合体スキルも可能だぞ。あとは、自分のスキルなら、なんでも鍛治師の能力で付与できるのが分かった程度だ」
「それ、一番おかしいから。要はマジックアイテムを作れるって事でしょ?」
「いや、それは違う。俺が作る武具に対して、スキルを付与するだけだ。だから、マジックアイテムじゃない、マジックウェポンだ」
ビシッとポージングをしつつそう叫ぶストーム。
「まあ、私が錬金術で作った物品に魔法を付与するようなものかぁ」
「そっちがマジックアイテムだろうが」
「付与する器と付与するものが魔法かスキルかの違いしかないじゃない、対して差はないわい」
というマチュアのツッコミは、この際無視するらしい。
「ゼイゼイ‥‥。しかし、思った通りというか、やっぱり権力が絡むと腐るものもいるんだなぃ」
「私はしばらくは其方の仕事もやるのでねー。報酬が美味しいのよ。ストームみたいに鍛治師でドーンと一攫千金稼げないし 」
「一攫千金って。ボルケイドの素材売れば金になるだろうが」
あのあと、解体してボルケイドの素材はマチュアと山分けした。
食材の部分は大体がマチュア、鍛治に使いそうな部分は大体はストーム、ドラゴンレザーは山分けという感じになった。
ヘッケラーとコックスにも、解体を手伝ったので欲しい部分をお裾分けしてあげたらしいが、公に外には出せない代物なので、少しだけ王宮に買い取って貰うことにしたらしい。
「ドラゴンステーキを街で売れと? あれは売ってはいけない」
――ゴクッ
ストームが、息を飲む。
「き、危険なのか?」
「いやいや、あれほどの美味。売るなんてもったいない。腿肉の程よい脂の乗ったステーキ。サーロインのジューシーで鮮烈な味わい。ヒレはカツにしてその歯触りと肉の美味さを堪能できる。モツは下処理は終わっているからソーセージは大量に作った。煮込み用にも処理してあるので、モツ煮もいけそうだよ」
――ゴクッ‥‥
「今日の晩飯はそれだな。どうせ仕事で暫くこっちなんだろう」
「おっけー。今日は潜入調査なので、今度作ってやるよ」
と告げて、マチュアはそろそろかなとストームの家を後にした。
0
お気に入りに追加
256
あなたにおすすめの小説

Link's
黒砂糖デニーロ
ファンタジー
この世界には二つの存在がいる。
人類に仇なす不死の生物、"魔属”
そして魔属を殺せる唯一の異能者、"勇者”
人類と魔族の戦いはすでに千年もの間、続いている――
アオイ・イリスは人類の脅威と戦う勇者である。幼馴染のレン・シュミットはそんな彼女を聖剣鍛冶師として支える。
ある日、勇者連続失踪の調査を依頼されたアオイたち。ただの調査のはずが、都市存亡の戦いと、その影に蠢く陰謀に巻き込まれることに。
やがてそれは、世界の命運を分かつ事態に――
猪突猛進型少女の勇者と、気苦労耐えない幼馴染が繰り広げる怒涛のバトルアクション!

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
回帰した貴公子はやり直し人生で勇者に覚醒する
真義あさひ
ファンタジー
名門貴族家に生まれながらも、妾の子として虐げられ、優秀な兄の下僕扱いだった貴公子ケイは正妻の陰謀によりすべてを奪われ追放されて、貴族からスラム街の最下層まで落ちぶれてしまう。
絶望と貧しさの中で母と共に海に捨てられた彼は、死の寸前、海の底で出会った謎のサラマンダーの魔法により過去へと回帰する。
回帰の目的は二つ。
一つ、母を二度と惨めに死なせない。
二つ、海の底で発現させた勇者の力を覚醒させ、サラマンダーの望む海底神殿の浄化を行うこと。
回帰魔法を使って時を巻き戻したサラマンダー・ピアディを相棒として、今度こそ、不幸の連鎖を断ち切るために──
そして母を救い、今度こそ自分自身の人生を生きるために、ケイは人生をやり直す。
第一部、完結まで予約投稿済み
76000万字ぐらい
꒰( ˙𐃷˙ )꒱ ワレダイカツヤクナノダ~♪
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる