異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第二部・浮遊大陸ティルナノーグ

マチュア・その13・魔導の真髄、転移門発見

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──話はボルケイド討伐後、カナンに戻ってきた時まで遡る。


「さてと。それじゃあ始めますか」
 マチュアが訪れたのは、カナンの商人ギルドである。
 開きっぱなしの扉を潜り抜けると、新規登録者用カウンターへと真っ直ぐに向かう。
そこに座っていてる、酒場なじみの受け受けに軽く声をかけると。 
「おや、何方かと思いましたら駄目ダメックスターのマチュア様。どうしましたか?」
「駄目ックスターはやめーや。あの日は調子が悪かったのよー」
 マチュアはやや照れ隠し的に笑う。

 先日、冒険者ギルドでノリで始めたアームレスリング。
 マチュアは二人目で、まさかの敗北を喫してしまった。
 最も、一人目に勝った時点でドワーフから差し出された酒を一気飲みした結果、アルコールが一気に回り、そのまま二戦目に突入した。
 ドワーフ名物「オーガキラー」。
 アルコール度数75%のとんでもない酒である。
 それは負けて当然だが、あの敗北が冒険者ギルドに噂され、駄目ックスターという異名を持ってしまったのである。

「酒場の空き物件を紹介して。今日はこの後仕事でカナンを離れるから、戻ったらまた来るので。これ手付けね」
 と金貨一枚を、カウンターに置く。
「了解しましたマチュア様、それではお気をつけて」
「客として扱ってくれる時は本名なのね?」
「ええ。仕事とプライベートはキッチリと分ける主義でして」
 この受付には一度、現代版の道徳を叩き込みたいと思いつつ、マチュアは依頼であるオーク討伐へと向かうことにした。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 絶叫を上げつつサイノスとフィリア、メレア、そしてマチュアの四名は森の中を全速で走る。
 オーク討伐のためにカナン南方に広がる大森林に向かったマチュア達を待っていたのは、オークの群れによって飼育されていたサーベルウルフの群れであった。
 勢い勇んでオークの集落に突撃したものの、余りにも数が多すぎる。
 さらに逃げるマチュア達に向かって、オークはサーベルウルフを放った。 

「こ、攻撃魔法、いやマチュアさん、防御の結界を」
「だーかーらー、足を止めないと無理いいい。フィリア、弓とかダガーとか」
「もう矢も予備のダガーもないしぃぃぃぃ」
「大地の精霊を呼ぶのも、止まらないと無理ですってー」
 マチュア達はメレアに『風の加護』を掛けて貰ったので、走る速度が上がっている。そのため、何とか四人は捕まらずに済んでいる。
 それでも、後ろから追いかけてくるサーベルウルフを振り切ることが出来ないのである。
 やがて森の奥にある草原地帯に到着した時、サイノスが足を止めた。
「仕方がない。此処は私が止めます、マチュアさん達は先に行ってください」
「わかったよサイノス。僕カナンに戻ったら腹一杯酒を飲むんだ」
「こんな所で負けてたまるもんですか。故郷には大切な家族が待っているんですからっ!!」
 次々と危険なセリフを口ずさむ三名。
「あんた達、変なフラグ建てないデェェェ」
 とマチュアが絶叫した瞬間。

――ダゴォォァォォォ
  とマチュア達の足元が突然崩れた。
「ファッ!! やっぱりぃぃぃぃ‥‥」
 と叫んだのもつかの間、四人は地面真下にある空洞へと落ちて行った。

‥‥‥
‥‥


 一体どれぐらい時間が過ぎたのだろう。
 ヒンヤリとした冷たい空気が肌に触れている。
 真っ暗な空間、天井らしき場所からは光が刺している。
 衣服がずぶ濡れなので、早く着替えないと。

「あ、気がついたか」
 ふと意識がはっきりとする。
 近くに焚火があるらしく、体が半分だけ温かい。そして反対側からはサイノスの声がする。
「イタタタ。此処は?」
「あの草原の地下だね。運良く地底湖に落ちたらしい。取り敢えず衣服を乾かしたほうがいい」
 と近くに移動して、別の焚火を起こすサイノス。
「それと、メレアとフィリアの着替えも頼む。緊急時とはいえ、女性の衣服を脱がすのはな」
 そう言われて、焚火の近くにいる二人に近づくと、頬を叩いて起こす。
「うーーん、此処は一体?」
「わ、私達は如何してこんな所に?」
「はい注目ー、私達は地底湖に落ちました。という事で先ずは着替えましょう」
 マチュアの掛け声で一斉に着替えを行うと、マチュアは範囲型回復魔法で全員の怪我を治療する。

「しかし、こんな所に地底湖とはなぁ。初めて聞いたよ」
「そうだね。何か伝承みたいのあったかな?」
「私は吟遊詩人ではありませんし。マチュアさん、何かご存知ありませんか?」
「うーーん、聞いた事ないなー。それよりも出口がないのだけれど。どーするの?」
 と全員に問いかける。
 ぐるりと見渡してみても、出口、つまり地上に向かえそうな足掛かりなど存在しない。
 道具なしのフリークライミングなどやりたくもない。
「あんな高いところまで届く道具はない。ロープを引っ掛ける場所も無いし、登るのも不可能だね」
 パーティで最も身軽なフィリアが、展示用付近の空洞を見て、両手をスッと上げて諦めた。
 そりに続いてマチュアも一言。
「治療師なので浮遊や飛翔の魔法もないですわ」

 とは言ってみたが、こっそりとウィンドゥを起動して、自分の習得している魔術一覧を確認する。
 あー、なんかなかったかなと思って各種リストの魔法を確認するが、この辺りの地形効果なのか、魔障濃度が不安定な上に希薄という、魔術師殺しの状況になっている。

「ありゃ、これはダメだ。回復魔法はまだなんとかなるけど、他のは使えない」
「あらら。私も風の加護は既に届きませんね。大地と水、火は松明があれば多少は」
「武器がダガー一本しか無いので、僕には期待しないでね」
「ふむふむ。前衛は私が、真ん中はメレア、その後ろにフィリアとマチュアさん付いて下さい。敵が出たらメレアさんは後ろに、マチュアさんが前に」
 とテキパキと指示を飛ばすサイノス。
 取り敢えずは地下水脈の横に歩けそうな場所を見つけることができたので、そこを移動して出口を探す。
 幸いなことにモンスターの気配はなく、時折ジャイアントバットの集落にぶつかるが此方に危害を加える様子がないので、そまのまま無視で先に進むことにした。

「‥‥一体どれぐらい歩いたんだ?」
「松明の本数で考えると16時間って所だね」 
 と燃え落ちた松明の本数を数えるフィリア。
 道具屋で購入した松明の平均燃焼時間は4時間ほど。
 先ほど4本目が燃え尽きて、新しい松明に火をともしたばかりである。
 やがて水場から少し離れた、足場のしっかりとした場所にでると。
「そろそろ寝床を作ったほうがいいか。このあたりは水辺とも離れているから、ここをキャンプ地とする」
 サイノスが周囲に危険がないことを確認してから、ウンウンと頷いている。
 そしてその言葉に、全員がその場に座り込む。
 そして見張りの順番を決めると、その日はゆっくりと休むことにした。

 そして翌日。
 その日も上流へと真っ直ぐに進むことにした一行。
 8時間ほど歩いていた時、洞窟の途中で細い抜け道のような場所を発見した。
「これは天の恵みか?」
「それとも煉獄への片道切符か‥‥」
 フィリアがそう笑いつつ呟くので、マチュアを除く全員でハリセンを叩き込む。

――スパァァァァァァン
「痛ったぁぁぁぁい」
「早く行きますわよ。本当に」

 横道に入った時、ふと今までとは違う違和感を感じた。
 先程までの、魔障の乱れがなくなった。
 そして明らかに、横道は人の手によって作られた形跡がある。
 丁寧に削られた壁からはほのかな光が発せられており、グネグネと曲がった道ではなく真っ直ぐに伸びる通路のように加工されている。

「これはまた、誰も知らない遺跡に到着か」
「お宝だぁ!!」
「でも慎重に向かわないといけませんわね。ガーディアンがいる可能性も十分に感じられますから」
 と三人が告げるので、マチュアも慎重に周囲に気を配る。
 ゆっくりと、そして慎重に進む。
 そして30分も進むと、巨大な両開き扉の前に辿り着く。
 そこには見たこともない文字がびっしりと刻み込まれていた。
「‥‥誰か読めるか?」
 サイノスの言葉に、フィリアとメレアは頭を左右に振る。
 古代魔法語の一種らしく、マチュアには普通に解読できた。

(あーー、これは王城地下の転移門と同じものか。長い間使われていなかったものだけど、魔力が戻りつつあるみたいだね。あと少しで自然起動するのか‥‥)

 と解析はほぼ完了。
 これをどう説明するかしばし考えたのち。
「彼方此方欠けているけれど、なんとかねぇ‥‥」
 とあまり危険ではない文字列を、ゆっくりと説明する。

「古のとき、古の森‥‥時よきたりて、此処に戻る、常世の島‥‥再び、この世に姿をあらわさん。だって」

 その言葉に、三人は腕を組んで考える。
「僕には全くの世界だねー」
「精霊史にも、このような言葉はありませんわ」
「浮遊大陸ティルナノーグの伝承か。これまた随分と‥‥」
 とサイノスが一人で爆弾発言。
「はぁ? サイノス、いま、とんでも無いこといったな」
「テテテテ、ティルナノーグですか?」
 フィリアとメレアが、ガクガクブルブルしながら叫ぶ。
「ティルナノーグって何?」
 まったく知らないマチュアが、サイノスに問い掛ける。

「ティルナノーグっていうのは、この大陸の東の海に浮かんでいたと言われている島だよ。古代魔法王国のあった場所で、研究の結果、島自体が浮遊して空に飛び上がったらしい。そこは水晶の民の都市でもあったんだ」
 と淡々と説明するサイノス。
「けれど、水晶の民達が魔法実験をしていた時に、偶然ティルナノーグと魔族の住まう世界が、巨大な『魔門』と呼ばれるもので繋がってしまったんだ。結果、大勢の水晶の民は魔族に虐殺されてしまい、残ったものは『転移門』と呼ばれている魔導器で世界各地に散らばったんだ」
 シーンと静まり返る一行。
「そして生き残った王族の子供は封印の水晶柱クリア・コフィンに凍結されて、残った王族の手によってティルナノーグから逃されたらしい。そこから先は、二人が知っていると思うよ」
 とサイノスはフィリアとメレアに告げる。
「うん。ティルナノーグの危険性を感じ取った時の勇者アレキサンドラが、大陸そのものを時空の間に封印したんだ。月夜の夜にだけ、ティルナノーグは月明かりを受けて透き通った姿を夜空に映し出すことが出来るんだ」
 という説明を受けると、マチュアはしばし考えた。
「つまり、間もなく封印が解けるということだね」

「「「どうしてそういう解釈になるのですか?」」」

 と三人からツッコミを入れられる。
「だって、この扉はティルナノーグに繋がっている転移門の一つでしょ? 魔力は十分感じているので、あと少しでここは開放されるよ」
 とあっさりと一言。
「えーっと、マチュアさん、どうしてこれが転移門と分かるのですか?」
 メレアがそう問いかけてくるので、マチュアは扉に仕掛けられている魔法陣に付いてゆっくりと説明する。それをじっと聽いている三人は、今更ながらマチュアの持つ知識に驚いているようだ。
「えーーっと、マチュアさん? もし貴方の言葉が全て真実として。この転移門はいつ開きます?」
「そうだねー。まだ暫くは大丈夫だと思うけれど、詳しくは分からないねー」

――ザワッ
 三人の背筋に寒気が走る。

「ということは、突然開く可能性もあると?」
「それは無いと思うよ。そんなに早く魔力が回復するわけは無いからね。でも万が一のために書き換えておきましょ」

 ゆっくりと手を添えて、魔力を注いでいく。
 組み込まれている魔法陣を解読し、それを利用して転移門の起動を阻害する封印を施す。

「よしよし、これで大丈夫だよ。ここの報告はどうするの?」
「報告しない訳には行かないのですけれど、迂闊なところに報告すると、ここの扉を使ってティルナノーグに向かおうとする人々が出てくるでしょう」
「そうそう。何と言っても古の都、財宝が無いはずがないからね」
「それに古代種が生き残っている可能性もあります。アレキサンドラの封印は時間停止も掛かっていると記されています。生き残った古代種の方が、救出に向かうかもしれませんし‥‥」
 サイノスとフィリア、メレアが順に説明していく。
「あと怖いのは、奴隷商人ですか?」
 コクリと頷く一行。
「これは信頼できる筋に報告するに限るねー。取り敢えず、一度カナンに帰りましょ」
 とにこやかに告げるマチュア。
「‥‥まさかとは思いますけれど?」
 メレアの言葉に、マチュアはニィィィッと悪い笑みを浮かべる。
 そして扉に手を掛けると、突然カナン郊外に空間を繋いだ。
「チャララチャッチャッチャーーーン。『何処でも‥‥』ま、いいや。ということで空間を繋いでみました」
 あっさりと告げるマチュアに、三人は頭を抱える。
「どうしてそう、突拍子も無いことをするのですか」
「勝手に繋げて大丈夫なの?」
「もう、いいです。私は何も言いませんわ」
「あ、いつでも何処ででも出来ると思わないでね。この扉があるからできるのですから」
 はい、嘘です。
 けれどそうでも言わないと、この三人を危険に巻き込む可能性があると思い、マチュアはあえてごまかしたのである。
「と、取り敢えずは戻ろう。オークの集落を潰す依頼も時間があまりないし、チッャチャと片付けて報告に戻ろう」
 というサイノスの言葉で、一行は扉を越えた後、オークの集落にリベンジに向かったのである。


 ○ ○ ○ ○ ○


 オークの集落を殲滅したマチュアたちは、なんとか無事にカナンへと戻ってきた。
 そしてオーク討伐の報告を行って報酬を受け取ると、一旦酒場へと移動した。

「お、サイノス戻ってきたのか。随分と湿気た面だな」
 と他の冒険者が話しかけてくる。
「駄目ックスターがまた何かしでかしたのか?」
「全く、お前さんは足を引っ張る此処としか出来ないのか?」
 と彼方此方からマチュアを批難する声が聞こえてくる。
 これにはサイノスたちもムッとしたらしく、マチュアを罵倒する冒険者たちに食って掛かる。
「ああ、言っておくが、マチュアさんはそんじょそこらのトリックスターとは違うからな」
「そうだよ。寧ろ足を引っ張ったのは僕たちなのかもしれないんだから」
「そうですわ。回復魔法が使える貴重なトリックスターなのですよ」
「でも、私、盛大に落とし穴に嵌ったしょ。あれがなければもっと楽に物事進んでいたよね」
 と皆のフォローを粉々に破壊するマチュア。
「ああ、どうして貴方はいつもそうなのですか? もっと自信を持って下さい。私達のパーティーとしては、マチュアさんの存在はすごく大きいのですよ」
 とサイノスが必死にフォローしてくれる。
 それは嬉しいのだけれど、あまり持ち上げられすぎて注目を受けるのは不味い。
「ありがとうサイノス。では、例の件で何か進展があったら連絡を頂戴ね。私も知り合いに話を聞いてみるから」
 と丁寧に挨拶をして、マチュアは冒険者ギルドを後にした。
 そして素早く路地裏に走っていくと、ラグナ王城地下へと転移する。

――スッ
 王城地下にある、巨大な転移魔法陣。
 現在はミストの部下である『ハーピュレイ魔導兵団』がここを管理しており、特定の人物以外は使用を許されていない。

「これはこれはマチュア様、今日はどうなされたのですか?」
 とハーピュレイの団員の一人が、マチュアに頭を下げてくる。
「ちょっと急務。ミスト殿はいらっしゃる?」
「はい。いまはご自身の執務室にいらっしゃいますが」
「すぐに取り次いで。ティルナノーグの件って行ってくれれば、すぐ取り次いで貰えるから」
「は、はい、只今」
 と慌てた団信が階段を駆け上っていく。
 その間に、マチュアはいま起動している転移の魔法陣に手を当てて、先日みた地下の転移門をイメージする。

――カチャッ
 と座標が固定され、登録可能になった。
「やっぱり、同じシステムですか。これは危険だわーーー」
 と魔法陣の中心であぐらを掻いて考え事をしているマチュア。

――トントントン
「あら、突然とんでも無いことを話したかと思うと、今度はどうしたの?」
 とミストがやってくる。
「執務室に行こうと思ったのだけれど丁度いいや、ちょっとついて来て」
 と素早くミストの手を掴むと、例の地下水脈にある転移門へと移動する。

――シュンッ
「突然‥‥成る程ねぇ」
 とミストは目の前の扉を見て、そう呟く。
 扉に刻まれている魔術文様、書き込まれている文字配列で、これがなんであるのか理解したらしい。
「ティルナノーグと大陸を繋ぐ転移門ね。魔力が活性化しているのはマチュアの仕業?」
「残念だけと違うのよね。自然に回復しているのよ。カナンのチーム西風ゼファーと一緒に依頼を受けたときに、偶然ここに来てしまってね」
 と事の顛末を説明する。
「ふぅん。それで、魔法陣を書き換えてここは開かなくしたのね」
「それもあるけど、あの人達にこれは見せたくなかったのよ」
 と扉に手を当てて魔力を注ぐ。

――ズズズズズッ
 すると、扉がゆっくりと開き、下りの階段が出た。
「ティルナノーグから逃れてきた人たちの集落への道。残念だけど、もうここには誰もいないわ」
 とマチュアが告げる。
「分かるの?」
「扉に記されていた文字がね、ここを離れるときに彫り込んだらしいのよ。刻まれている文字は暗号のようになっているけれど、魔力を込めて指でなぞると‥‥」

 と告げられたので、ミストは指先に魔力を込めてそっとなぞる。
 念話文字配列とよばれる魔術文字であり、魔力を籠めてなぞることで、書き記された文字とは別の文字が浮かびあがってくる。
 そして暫くすると、ミストの頬を涙が伝っていく。

「祖国を追われた古代種の方々の悲しみと怒り。この地は母なる『水晶の谷』とは繋がっていない。古代種たちは死ぬと消滅してしまう‥‥それで、生き残ったものたちが、水晶の谷を求めて旅立っていったのね」
「ええ。この下には‥‥彼らの同胞の亡骸が眠っているのよ。ここは彼らの墓標なの」
 マチュアがそう告げた時、ミストも静かに頷いている。
「そして、まもなくティルナノーグの封印が解ける。どれぐらい?」
「彼らには分からないとは告げておいたけど、実際は1年ぐらいで確実に開くよ。回復している魔力から逆算するとそれぐらい。そして、この転移門は王城地下のものと同じ魔法陣を使用している」
「つまり、封印が解けると、魔族が王城に攻めてくる可能性もあると?」
「可能性は否定出来ないね。今のうちに色々と書き換えて置いたほうがいいかも。それはやっておくけど」
「お願いね。現状のラグナ・マリア帝国で、貴方以上の魔術師は居ないのですからね」
「ミスト殿の方が上ですよー。私は知識が偏っていて、発想で補っているだけなんですから」
「はいはい。で、ここをどうするかね」
 と扉を閉じて周囲を見渡す。
「草原が落盤で穴空いてしまって。気になった冒険者はここに来てしまうでしょうからねー」
「そうね。途中の通路を破壊するしかないわ」
「それなら難しくないですよ。先にここを完全に封じてしまいますね」

 と扉に手を当てると、扉全体に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
 まずは扉の封印。そして次は通路の破壊である。

「では、こちらへ‥‥」
 とミストを通路の外に案内する。そして大地に語りかけて、横穴自体を『なかったこと』にしたのである。
「ふぅん。魔術師の大地操作アースコントロールね。まあ宜しいのでは?」
「分かりますよねー」

 と返事を返して、マチュアとミストは一度王城地下へと転移する。
 そして魔法陣の大掛かりな書き換えを行い、六王と皇帝、幻影騎士団以外の通行を『完全に遮断』したのである。
 以前は六王と皇帝・幻影騎士団のみが使えたのだが、ティルナノーグからの侵攻は防ぐことが出来ないとマチュアは判断、ここに繋がる道を完全に遮断することにしたのである。

「これで指定した者達以外は此処にはたどり着けません。通行許可証の作り方はわかりますよね?」
「ええ、大丈夫よ」
「それでは、私からの緊急の報告は以上です。先程の件、六王の元でご検討下さい」
「ティルナノーグの事ね。分かったわ‥‥」
 とミストが告げたので、マチュアは頭を下げてカナンに戻ろうとした。
「それにしても、そのサイノスっていったかしら?  随分とティルナノーグについて詳しいわね。魔族の侵攻なんて一瞬だったので、詳しく知っているものなんているはずないのに‥‥」
「可能性でいうなら‥‥彼は古代種ローディガントかもしれませんよ。それでは」
 と告げてスッとマチュアは消える。
 そして再びカナン城塞外に姿を表わすと、いつものように城門の中に戻っていった。
 
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