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第二部・浮遊大陸ティルナノーグ
ストーム・その14・刀剣の達人、一回戦も盛り上がりまして。
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1時間の休憩を挟んでの第三ステージが始まる。
「さて、第三ステージは課題の武器を制限時間以内に仕上げてもらいます。時間は5時間、それで商品として完全なものに仕上げて下さい。課題はハルバードです‥‥それでは始めっ!!」
司会の掛け声と同時に、ストームは再び『菊練り』したミスリルとアイアンインゴットを同時に火炉に放り込む。
最後の組合員も先程とは違い、良質なアイアンインゴットを炉に配る。
そしてウルスはというと。
「ふんっ。決勝まではとっておきたかったのじゃが、そうも言っていられぬのう」
と呟きつつ、用意してあった材料袋から巨大な牙を一本、火炉に放り込む。
火炉の中で形成されている魔法の炎により、一瞬で表面が赤熱化していた。
「こ、これは、ウルス選手、シーサーペントの牙を、炉にくべたようです」
まさかの材料で勝負にでるウルス。
「あ、これは結構真面目にやらないとマズイか」
とストームも本気で勝負にでることにしたらし、いそぎ桶の中に砥石を沈めると、火炉に魔力を注いで火力を上げた。
だが、ウルスが牙を放り込むのを見ていた組合員が、早速抗議の声を審査員に飛ばしている。
「審査員、金属でない材料は認められるのか!! 鍛冶師というのは、金属で武具を作るからこそ、その存在意義がある。あのドワーフのやり方は邪道だ」
と組合員が叫ぶが。
「確かにそのとお‥‥」
「ヘッヘッヘッ。材料を持ち込んでの鍛治作業、何処にも金属のみとは書いていないが。鍛冶師というものは、求められた武具をしっかりと作ってこそだ。サムソンの鍛冶師たるもの、その程度の切り札がなくてどうするのかな?」
「そうそう。それに、貴方が同じ材料を与えられたとして、それを使いこなせるのかしらぁ? ないものねだりは駄目ですよぉ‥‥」
と審査員席に座っていたリックとカサンドラの二人が、厳しい声で組合員に告げる。
なお、二人の声に圧倒されて、帝国鍛冶組合のセドリックの声はかき消されていた。
そのままチラッと組合員はセドリックの方を向くが、すぐに正面を見て一言。
「よーし上等だ、この俺の実力を見て貰おうか!!」
と組合員もようやく本気を出してくる。
ウルスは真っ赤に熱された牙に、魔法で強化された加工用ナイフを当てて削りだしを開始。
ストームはいつものミスリル合金を作るのではなく、練り上げの時点で綺麗に混ぜずにマーブル状に金属を練り込み始める。
それをゆっくりと鍛造し、綺麗な模様の入った金属を作り出した。
「うぉぉぉぉぉぉぉ、あれは何をしているんだ?」
「金属を練っているぞ? そんな馬鹿な」
という叫び声が、会場の彼方此方から聞こえてくる。
このパフォーマンスにも見えるストームの鍛造に、審査員たちの視線は釘つげになっている。
「異なる複数の金属を混ぜ合わせ、それを折り曲げながらの鍛造‥‥まさか!!」
突然、審査員の一人であるダグマイヤーが立ち上がる!!
「ストーム選手は、伝説の『ダマスカス鋼』を鍛造しているのか!!」
その声に、会場全体がざわつき始める。
「ダマスカスだと?」
「俺は知ってるぜ。伝説の浮遊大陸の失われた技術だろう?」
「うむ。ダマスカスとはのう‥‥」
とまたしても彼方此方で放し始めているギャラリー達。
「あ、本物のダマスカスは作れないけれど、なんちゃってダマスカスは難しくないんだけれどなー」
誰に聞こえるでもなくそう呟くと、ストームは再び鍛造を続けた。
――キィィィィンキィィィィン
とストームのハンマー音が会場に響く。
熱しては叩き、そしてまた熱して叩く。
いつも自宅の鍛冶場で行っている手順を丁寧になぞりつつ、心乱れることなくひたすら打ち続ける。
丁寧な鍛造を繰り返してハルバードの原型を作り出すと、そこから丁寧に形を整えて仕上げていく。
最後に焼入れを行うと、いよいよストームは仕上げに入る。
「さてと。ここからどうするかが勝負だよな‥‥」
と砥石に手を掛けて、そこからゆっくりと研ぎを行う。
すでにウルスは砥の工程に突入、ゆっくりとシーサーペントの牙で作り出したハルバードを研いでいる。
その刀身がほのかに魔法力の淡い光を纏っているのを、ストームは見逃していない。
「となると‥‥」
ストームは魔法付与を開始。
今回付与するのは『斬属性威力強化』『突属性威力強化』『全体強度強化』の3つ。元々最後の砥ぎで『斬属性保護』が付与されるのに、さらに強度を上げたのである。
最近は数をこなしているせいか、全行程合わせて最大5つまでの魔法効果を付与できるようになった。但し、材質や作り方によっては、一つしか付与できないこともある。
ほんの僅かの出来栄えの違いで、こうもはっきりと効果が変わるものかと、ストームは日々勉強のようであった。
「最後の審査は絶対にテストがあるはずだからなぁ‥‥」
と思いつつ、丁寧に仕上げを続けた。
――ブーーーーーーーーーーーーーーーーッ
「それでは作業終了です。手を止めて下さい」
と告げられて、ストームたちは作業の手を止める。
組合員も上質のものを仕上げているし、なによりもウルスのハルバードの仕上がりがとんでもない。
「それでは、審査を行います。皆さんの目の前には、フルブレートを付けた訓練用のダミーが置いてあります。これを3回攻撃して下さい。その結果、ダミーの損傷度合いと攻撃後のハルバードの損傷を見た後、審査員達による審査を行います。それでは‥‥」
と、最初は組合員が前に出る。
この攻撃は自分で行ってもよいし、誰かを指名して代わりに攻撃して貰ってもよい。
という事で、組合員は審査員席に座っているダグマイヤーを見る。
「審査員のダグマイヤー殿、試しをお願いします」
「了解。実はずっと見ているだけでウズウズしていたのですよ」
と両手を合わせて挨拶すると、ダグマイヤーが組合員のハルバードを手に構える。
流石はダグマイヤーという声が会場の彼方此方から上がっていた。
――ガキィィィンガキィィィンガキィィィン
ダグマイヤーは上から一回、左右から一回ずつ、ダミーに向かって攻撃を仕掛けた。結果としてはフルプレートはがっつりと凹み、多少ながら貫通している部分もある。
「うん、これはしっかりとした作りだね。重心のバランスも取れている。ただ‥‥」
と呟きつつ、ハルバードの刃の部分に触れる。
「いまので刃が欠けてしまっている。仕上げが少し甘かったようだが、十分使える」
ウンウンと頷ずきながら、組合員はそっと拳を握る。
できの良い自分の作品を褒められるのは、やはり嬉しいのだろう。
が、勝負は勝負と、ウルスとストームは考えた。
「続いては、ウルス殿どうぞ」
と告げられ、ウルスはダミーの前に出る。
「ウルス殿はご自分でハルバードを」
「うむ。自分の作った武器は、やはり自分で使ってみる」
とにこやかにウルスが叫ぶので。
「戦士の戦闘技術は使ってはいけませんよ。あくまでも力任せです」
と司会が告げた。
「大丈夫じゃよ。それじゃあいくぞ」
と目線をダミーに向けるど、ハルバードを構えて一気に攻撃した。
――ガキイッガキィッガキィィィィン
2撃で鎧が貫通し、最後の攻撃で胴体部分に大きな亀裂が入る。
もしこれが戦闘なら、中の人間は即死であろう。
そのダミーに近づいて、ダグマイヤーは亀裂の部分に指を差し入れたり傷を確かめたのち、ハルバードの刃の部分を見る。
「これは凄い武器だ。僅か2撃で鎧を貫通、最後のは確実に急所を仕留めることが出来る。刃も欠けることなく、十分な耐久性を期待できる。振り回す点では重心がやや後ろにあって、扱いづらいかもしれないが、それでも十分だ、牙という素材を十分に活かしてあるが、ハルバードに使うには少し軽い」
と告げてから、ウルスに向き直り。
「だが、これはいい!!」
と褒めちぎる。
ウルスも満足したのか、そのまま笑顔でストームたちの所に戻ってくる。
「最後はストーム殿、どうぞ」
と告げられたので、ストームは自分でハルバードを構える。
「ストーム殿もご自分で?」
「ええ。冒険者登録も一応してありますので。ダグさんには申し訳ないけれど」
と審査員席に座っているダグマイヤーを見る。
スッ、と笑顔で右手親指を立ててみせるダグマイヤーを見て、ストームは呼吸を整える。
――おや?
ハルバードを構えた時、目の前のダミーに何か違和感を感じる。
ちらっと横を見ると、組合員がニヤニヤと笑っている。
(ちっ‥‥鑑定‥‥やっぱりか)
目の前に置かれているダミーに付けられている鎧は、厚さが従来の3倍はある飾り用のものである。
台座にはがっちりと固定されていたので、おそらくは何処かの貴族の屋敷にでも置いてあったのだろう、細かい彫金を施すために金属の耐久性も上げられているようだ。
「では、いきます」
と呟いてから、縦に一撃、横に2撃。
――キイン、キィン、キィィィィィィィィン
縦の一撃で正中線から真っ二つになり、横の二撃で肩の部分と胴部が切断される。
「ば、馬鹿な!! 審査員のみなさん、これは剣術で威力を上げたに違いない!! 彼は反則だ。失格だ!!」
と組合員が叫ぶが。
「さて、私の目から見ても、ストーム殿は力任せに振っていただけに見えたが。それに‥‥」
とダグマイヤーが立ち上がり、スタスタと切断された鎧に近寄るとヒョイと手に取る。
そして切断面を見て一言。
「何か手違いがあったようだが、これはテスト用のものよりも分厚くて固い。それを切断しうる威力と強度を持つ武器を作り出したのは、ストーム殿の鍛冶師としての腕ではないのかな?」
ハルバードを手渡すようにダグマイヤーがジェスチャーしたので、ストームはハルバードを手渡す。
「うん、刃零れ一つなく、傷もついていない。恐らくは、これで切られた者は痛みを感じることなく死ぬだろう。丁寧に魔法処理も施されている。これは‥‥斬れる!!」
「魔法処理だって? それこそ反則だろう!!」
「鍛冶師が自分の店で売る武具に魔法処理を施すことに、なんの問題があるのか説明していただければ、このあとの審査での参考にするが、どうだね?」
「ヘッヘッヘッ。確かにダグの言うとおりだ。第3ステージは、課題として決められた武具を『商品として完全なもの』に仕上げる。ストーム殿の商品は全て魔法による処理が施されているというなのなら、ルールは間違っては居ない。そうだろ、ストーム殿」
とダグマイヤーにつづいてリックがストームに問い掛ける。
「うちの武器は全て最後に魔法処理が施されている。家庭用の一般品も全て含めてだ!!」
やれやれという表情からの爆弾宣言。
「では、貴方の主張を聞かせてもらおう。どうぞ」
と司会が組合員に告げる。
「そ、それは‥‥特出した武具は、同業者の生活を脅かすことになる。鍛冶組合では、全て等しく同じものを作ることによって、お互いの生活を守ることが出来る」
と身振り手振りを交えての熱弁である。
「なるほど。君の意見も一理あるが、それは技術の上昇にはつながらない。審査にはいるとしよう」
ということで、ストームたちのハルバートを持って、審査員たちは別の部屋で審査を開始した。
そして5分ほど経過した後、審査員たちは会場に戻ってくる。
「この会場で一回戦を突破したのはストーム、そしてウルス選手の2名とする」
会場からは喝祭が起きる。
「納得がいかない。どうしてだ!!」
と告げる組合員に、審査員の一人、リックが立ち上がって説明する。
「ヘッヘッヘッ‥‥それでは説明しよう。まず、ウルスとストームの武具はあまりにも出来が良すぎる。これは一般の冒険者が手に入れることは決してできない。そういう点では、一定の基準を満たした貴方の武具はたしかに良い」
その言葉に少しホッとする組合員。
「だが、それは技術の進歩にはつながらない。彼らの技術は研究次第では、それがスタンダードになることもありえるし、あれだけの武具を作る者ならば、それの廉価版ぐらいは簡単に作れると思うが」
リックの言葉にストームとウルスも頷く。
「それにだ、右も左も同じものを売っているのなら面白く無いではないか。強い冒険者はより強い武具を求める。彼らのそれは、十分それだけの価値がある」
会場から拍手か湧き上がる。
「それではこれで結着とします。ストーム殿とウルス殿、今作成した武具はこちらで買い取ることも可能だがどうする?」
と司会に告げられる。
「さて、ワシのは何時でも同じものを作れるから構わんぞ」
「ではウルス殿のハルバードは、審査員の決定した値段で買い取ります。金貨1200枚です」
――オォォォォォォォォォォォォォォォォ
一気に会場がざわつく。
「す、すげー。そんなに高いのか、あれは」
「いや、シーサーペントの牙の価格が金貨で大体800から1000だからじゃろう。それよりもストーム殿はどうする?」
とウルスに問いかけられる。
「いやまあ、本気で作っては見たけれど、まだまだ上のは作れるし。売っても構わないよ」
「では、ストーム殿のハルバードは金貨1700枚で買い取ります」
と審査員が告げた。
会場は怒涛のような声が響く。
「あ、この前のよりは安いのか」
と呟いたのが審査員の一人に聞こえた。
「この武器は一つだけ欠点がある」
おぉっと。
ストームの武具に、始めてダメ出しが出た模様。
「それは?」
「この武器の修復は、君にしか出来ないということだ。これを作り出した道具でなければ、この強靭なハルバードを打ち出すことも出来ない。魔法による強度が、この武器を守っている限りはね」
ダメ出しというよりも、いい宣伝であろう。
「それは感謝します」
と丁寧に頭を下げるストーム。
「それでは第二回戦は3日後の朝。この会場に集まって下さい。二回戦も一回戦と同じく、自分の道具と材料の持ち込みとなりますので」
と司会が告げて、第一回戦は終了となった。
○ ○ ○ ○ ○
「かんぱーーーーーい」
ストーム宅の外に、簡易的な小屋が立っている。
大会中にマチュアがやってきて、魔法でささっと作った『バーベキュー小屋』である。
大地の魔法で作り上げた石造りのバーベキューコンロに魔法永続化を施して、マチュアが居なくても使えるようにしてあるらしい。
そこに近くの木材やで買ってきた材料で、簡単な屋根を作ったのである。
コンロの上からは、香辛料に漬け込んだ様々な肉、ベルガー産の新鮮な野菜の焼ける匂いが流れてくる。
家路を急ぐものたちが、時折こちらを恨めしそうに見ているのが可笑しい。
――ホフッ‥‥ハフハフ
「うん‥‥この味だぁぁぁぁ」
ストームが絶叫しながら、バーベキューに舌鼓を打つ。
其処には大会で一緒に戦ったウルスや『鋼の煉瓦亭』の常連であるデクスター、そして何故かカレン・アルバートの姿もある。
「いい香りだねぇ。これはどんな調味料だい?」
「これはねぇ。私の故郷では晩餐などで使う調味料だよ。よかったら少し分けてあげるよ」
とマチュアは調味料のはいっている壺をおばちゃんに手渡す。
ここには近所のおばちゃんたちも集まっていて、それぞれが自分で材料を持ち込んでは焼いて楽しんでいた。
ちなみにワインとエールの樽は、カレンの差し入れである。
「してマチュアはなんでここにいる?」
とストームがツッコミを入れる。
「食事だ。嫌なら肉は出さない」
と告げられて、ストームはハッと気がつく。
「ま、マチュア、この肉はまさか?」
「その通り。『赤神竜ザンジバル』が眷属、ボルケイノのもも肉と胸肉、そしてサーロインだ!!」
――ブーーーーーーーーーーッ
おばちゃん達以外の面子が一斉に吹き出した。
「な、なんじゃと?」
「おいおい、嘘だろ。これがドラゴンの肉なのか?」
「ふ、ふぅん‥‥まあまあじゃないかしら?」
とウルスとデクスター、カレンが叫ぶ。
「本物ね。だから美味しいでしょう?」
というマチュアの言葉に、3人は高速で頷く。
「あと、ストーム、ここの土地半分売ってくれ」
「はぁ? ここ俺の鍛冶場とかあるんだが」
「空いている所を売ってくれ、ここに居酒屋を作る。サムソンの食文化に革命を起こしてやる」
という話をしている。
「しかし、ストーム殿の鍛冶場がこのようなところとは、また趣があっていいですなぁ」
とエールをしこたま飲みながら、ウルスがにこやかに告げる。
「結講気に入ってな」
「ここはいい場所ですよ。それでですね、ストームさん、注文よろしいかしら?」
どさくさに紛れてストームに注文をするカレン。
「大口のは受け付けないぞ。アルバート商会がベルナー家と繋がつていなかったら、本来は受け付けないのだからな」
「分かっております。ということでこれをどうぞ」
と一通の書面をストームに手渡す。
ベルナー家の封蝋の施された正式な書面である。
それを開いて中を見る。
『アルバート商会のカレン殿の頼みを、ストームの判断で受けてあげて欲しい』
という簡単な手紙である。
「ふむ。これはシルヴィーは今度お仕置きだな。いいぞ、何を作ればいいんだ?」
「それては遠慮なく、ロングソードとダガー、ショートソードを5本ずつで」
「材質は?」
「アイアンとミスリルの合金で。オールミスリルなんて高くて手が出ないわ」
「魔法の補助は?」
「サイドチェスト鍛冶工房スタンダードのやつを。『斬属性保護』だったかしら?
「グレードは?」
「B+かA-で、売値もあるので、一本金貨20で」
B+としては高いがA-としては安い。それも仕入れ価格で提示してくるのは、流石はアルバート商会の娘である。
「全部で金貨360。納期は一週間‥‥7日でどうだ?」
次々と注文内容を、羊皮紙に書き留めていくストーム。
カレンから聞き取っている内容が、いつもの注文を受けるときに客から聞く内容らしい。
ニイッと笑いつつ商談を開始するストーム。
「くっ。いい所ついてくるじゃない」
「こちらも商人なのでねぇ‥‥どうする?」
そんなやり取りをしつつ、のどかなバーベキューパーティは終わった。
近所のおばちゃんたちもそれに合わせて帰宅し、残った面子で二次会に突入したとき。
突然、いままでとは違う風が吹き始めた。
「さて、第三ステージは課題の武器を制限時間以内に仕上げてもらいます。時間は5時間、それで商品として完全なものに仕上げて下さい。課題はハルバードです‥‥それでは始めっ!!」
司会の掛け声と同時に、ストームは再び『菊練り』したミスリルとアイアンインゴットを同時に火炉に放り込む。
最後の組合員も先程とは違い、良質なアイアンインゴットを炉に配る。
そしてウルスはというと。
「ふんっ。決勝まではとっておきたかったのじゃが、そうも言っていられぬのう」
と呟きつつ、用意してあった材料袋から巨大な牙を一本、火炉に放り込む。
火炉の中で形成されている魔法の炎により、一瞬で表面が赤熱化していた。
「こ、これは、ウルス選手、シーサーペントの牙を、炉にくべたようです」
まさかの材料で勝負にでるウルス。
「あ、これは結構真面目にやらないとマズイか」
とストームも本気で勝負にでることにしたらし、いそぎ桶の中に砥石を沈めると、火炉に魔力を注いで火力を上げた。
だが、ウルスが牙を放り込むのを見ていた組合員が、早速抗議の声を審査員に飛ばしている。
「審査員、金属でない材料は認められるのか!! 鍛冶師というのは、金属で武具を作るからこそ、その存在意義がある。あのドワーフのやり方は邪道だ」
と組合員が叫ぶが。
「確かにそのとお‥‥」
「ヘッヘッヘッ。材料を持ち込んでの鍛治作業、何処にも金属のみとは書いていないが。鍛冶師というものは、求められた武具をしっかりと作ってこそだ。サムソンの鍛冶師たるもの、その程度の切り札がなくてどうするのかな?」
「そうそう。それに、貴方が同じ材料を与えられたとして、それを使いこなせるのかしらぁ? ないものねだりは駄目ですよぉ‥‥」
と審査員席に座っていたリックとカサンドラの二人が、厳しい声で組合員に告げる。
なお、二人の声に圧倒されて、帝国鍛冶組合のセドリックの声はかき消されていた。
そのままチラッと組合員はセドリックの方を向くが、すぐに正面を見て一言。
「よーし上等だ、この俺の実力を見て貰おうか!!」
と組合員もようやく本気を出してくる。
ウルスは真っ赤に熱された牙に、魔法で強化された加工用ナイフを当てて削りだしを開始。
ストームはいつものミスリル合金を作るのではなく、練り上げの時点で綺麗に混ぜずにマーブル状に金属を練り込み始める。
それをゆっくりと鍛造し、綺麗な模様の入った金属を作り出した。
「うぉぉぉぉぉぉぉ、あれは何をしているんだ?」
「金属を練っているぞ? そんな馬鹿な」
という叫び声が、会場の彼方此方から聞こえてくる。
このパフォーマンスにも見えるストームの鍛造に、審査員たちの視線は釘つげになっている。
「異なる複数の金属を混ぜ合わせ、それを折り曲げながらの鍛造‥‥まさか!!」
突然、審査員の一人であるダグマイヤーが立ち上がる!!
「ストーム選手は、伝説の『ダマスカス鋼』を鍛造しているのか!!」
その声に、会場全体がざわつき始める。
「ダマスカスだと?」
「俺は知ってるぜ。伝説の浮遊大陸の失われた技術だろう?」
「うむ。ダマスカスとはのう‥‥」
とまたしても彼方此方で放し始めているギャラリー達。
「あ、本物のダマスカスは作れないけれど、なんちゃってダマスカスは難しくないんだけれどなー」
誰に聞こえるでもなくそう呟くと、ストームは再び鍛造を続けた。
――キィィィィンキィィィィン
とストームのハンマー音が会場に響く。
熱しては叩き、そしてまた熱して叩く。
いつも自宅の鍛冶場で行っている手順を丁寧になぞりつつ、心乱れることなくひたすら打ち続ける。
丁寧な鍛造を繰り返してハルバードの原型を作り出すと、そこから丁寧に形を整えて仕上げていく。
最後に焼入れを行うと、いよいよストームは仕上げに入る。
「さてと。ここからどうするかが勝負だよな‥‥」
と砥石に手を掛けて、そこからゆっくりと研ぎを行う。
すでにウルスは砥の工程に突入、ゆっくりとシーサーペントの牙で作り出したハルバードを研いでいる。
その刀身がほのかに魔法力の淡い光を纏っているのを、ストームは見逃していない。
「となると‥‥」
ストームは魔法付与を開始。
今回付与するのは『斬属性威力強化』『突属性威力強化』『全体強度強化』の3つ。元々最後の砥ぎで『斬属性保護』が付与されるのに、さらに強度を上げたのである。
最近は数をこなしているせいか、全行程合わせて最大5つまでの魔法効果を付与できるようになった。但し、材質や作り方によっては、一つしか付与できないこともある。
ほんの僅かの出来栄えの違いで、こうもはっきりと効果が変わるものかと、ストームは日々勉強のようであった。
「最後の審査は絶対にテストがあるはずだからなぁ‥‥」
と思いつつ、丁寧に仕上げを続けた。
――ブーーーーーーーーーーーーーーーーッ
「それでは作業終了です。手を止めて下さい」
と告げられて、ストームたちは作業の手を止める。
組合員も上質のものを仕上げているし、なによりもウルスのハルバードの仕上がりがとんでもない。
「それでは、審査を行います。皆さんの目の前には、フルブレートを付けた訓練用のダミーが置いてあります。これを3回攻撃して下さい。その結果、ダミーの損傷度合いと攻撃後のハルバードの損傷を見た後、審査員達による審査を行います。それでは‥‥」
と、最初は組合員が前に出る。
この攻撃は自分で行ってもよいし、誰かを指名して代わりに攻撃して貰ってもよい。
という事で、組合員は審査員席に座っているダグマイヤーを見る。
「審査員のダグマイヤー殿、試しをお願いします」
「了解。実はずっと見ているだけでウズウズしていたのですよ」
と両手を合わせて挨拶すると、ダグマイヤーが組合員のハルバードを手に構える。
流石はダグマイヤーという声が会場の彼方此方から上がっていた。
――ガキィィィンガキィィィンガキィィィン
ダグマイヤーは上から一回、左右から一回ずつ、ダミーに向かって攻撃を仕掛けた。結果としてはフルプレートはがっつりと凹み、多少ながら貫通している部分もある。
「うん、これはしっかりとした作りだね。重心のバランスも取れている。ただ‥‥」
と呟きつつ、ハルバードの刃の部分に触れる。
「いまので刃が欠けてしまっている。仕上げが少し甘かったようだが、十分使える」
ウンウンと頷ずきながら、組合員はそっと拳を握る。
できの良い自分の作品を褒められるのは、やはり嬉しいのだろう。
が、勝負は勝負と、ウルスとストームは考えた。
「続いては、ウルス殿どうぞ」
と告げられ、ウルスはダミーの前に出る。
「ウルス殿はご自分でハルバードを」
「うむ。自分の作った武器は、やはり自分で使ってみる」
とにこやかにウルスが叫ぶので。
「戦士の戦闘技術は使ってはいけませんよ。あくまでも力任せです」
と司会が告げた。
「大丈夫じゃよ。それじゃあいくぞ」
と目線をダミーに向けるど、ハルバードを構えて一気に攻撃した。
――ガキイッガキィッガキィィィィン
2撃で鎧が貫通し、最後の攻撃で胴体部分に大きな亀裂が入る。
もしこれが戦闘なら、中の人間は即死であろう。
そのダミーに近づいて、ダグマイヤーは亀裂の部分に指を差し入れたり傷を確かめたのち、ハルバードの刃の部分を見る。
「これは凄い武器だ。僅か2撃で鎧を貫通、最後のは確実に急所を仕留めることが出来る。刃も欠けることなく、十分な耐久性を期待できる。振り回す点では重心がやや後ろにあって、扱いづらいかもしれないが、それでも十分だ、牙という素材を十分に活かしてあるが、ハルバードに使うには少し軽い」
と告げてから、ウルスに向き直り。
「だが、これはいい!!」
と褒めちぎる。
ウルスも満足したのか、そのまま笑顔でストームたちの所に戻ってくる。
「最後はストーム殿、どうぞ」
と告げられたので、ストームは自分でハルバードを構える。
「ストーム殿もご自分で?」
「ええ。冒険者登録も一応してありますので。ダグさんには申し訳ないけれど」
と審査員席に座っているダグマイヤーを見る。
スッ、と笑顔で右手親指を立ててみせるダグマイヤーを見て、ストームは呼吸を整える。
――おや?
ハルバードを構えた時、目の前のダミーに何か違和感を感じる。
ちらっと横を見ると、組合員がニヤニヤと笑っている。
(ちっ‥‥鑑定‥‥やっぱりか)
目の前に置かれているダミーに付けられている鎧は、厚さが従来の3倍はある飾り用のものである。
台座にはがっちりと固定されていたので、おそらくは何処かの貴族の屋敷にでも置いてあったのだろう、細かい彫金を施すために金属の耐久性も上げられているようだ。
「では、いきます」
と呟いてから、縦に一撃、横に2撃。
――キイン、キィン、キィィィィィィィィン
縦の一撃で正中線から真っ二つになり、横の二撃で肩の部分と胴部が切断される。
「ば、馬鹿な!! 審査員のみなさん、これは剣術で威力を上げたに違いない!! 彼は反則だ。失格だ!!」
と組合員が叫ぶが。
「さて、私の目から見ても、ストーム殿は力任せに振っていただけに見えたが。それに‥‥」
とダグマイヤーが立ち上がり、スタスタと切断された鎧に近寄るとヒョイと手に取る。
そして切断面を見て一言。
「何か手違いがあったようだが、これはテスト用のものよりも分厚くて固い。それを切断しうる威力と強度を持つ武器を作り出したのは、ストーム殿の鍛冶師としての腕ではないのかな?」
ハルバードを手渡すようにダグマイヤーがジェスチャーしたので、ストームはハルバードを手渡す。
「うん、刃零れ一つなく、傷もついていない。恐らくは、これで切られた者は痛みを感じることなく死ぬだろう。丁寧に魔法処理も施されている。これは‥‥斬れる!!」
「魔法処理だって? それこそ反則だろう!!」
「鍛冶師が自分の店で売る武具に魔法処理を施すことに、なんの問題があるのか説明していただければ、このあとの審査での参考にするが、どうだね?」
「ヘッヘッヘッ。確かにダグの言うとおりだ。第3ステージは、課題として決められた武具を『商品として完全なもの』に仕上げる。ストーム殿の商品は全て魔法による処理が施されているというなのなら、ルールは間違っては居ない。そうだろ、ストーム殿」
とダグマイヤーにつづいてリックがストームに問い掛ける。
「うちの武器は全て最後に魔法処理が施されている。家庭用の一般品も全て含めてだ!!」
やれやれという表情からの爆弾宣言。
「では、貴方の主張を聞かせてもらおう。どうぞ」
と司会が組合員に告げる。
「そ、それは‥‥特出した武具は、同業者の生活を脅かすことになる。鍛冶組合では、全て等しく同じものを作ることによって、お互いの生活を守ることが出来る」
と身振り手振りを交えての熱弁である。
「なるほど。君の意見も一理あるが、それは技術の上昇にはつながらない。審査にはいるとしよう」
ということで、ストームたちのハルバートを持って、審査員たちは別の部屋で審査を開始した。
そして5分ほど経過した後、審査員たちは会場に戻ってくる。
「この会場で一回戦を突破したのはストーム、そしてウルス選手の2名とする」
会場からは喝祭が起きる。
「納得がいかない。どうしてだ!!」
と告げる組合員に、審査員の一人、リックが立ち上がって説明する。
「ヘッヘッヘッ‥‥それでは説明しよう。まず、ウルスとストームの武具はあまりにも出来が良すぎる。これは一般の冒険者が手に入れることは決してできない。そういう点では、一定の基準を満たした貴方の武具はたしかに良い」
その言葉に少しホッとする組合員。
「だが、それは技術の進歩にはつながらない。彼らの技術は研究次第では、それがスタンダードになることもありえるし、あれだけの武具を作る者ならば、それの廉価版ぐらいは簡単に作れると思うが」
リックの言葉にストームとウルスも頷く。
「それにだ、右も左も同じものを売っているのなら面白く無いではないか。強い冒険者はより強い武具を求める。彼らのそれは、十分それだけの価値がある」
会場から拍手か湧き上がる。
「それではこれで結着とします。ストーム殿とウルス殿、今作成した武具はこちらで買い取ることも可能だがどうする?」
と司会に告げられる。
「さて、ワシのは何時でも同じものを作れるから構わんぞ」
「ではウルス殿のハルバードは、審査員の決定した値段で買い取ります。金貨1200枚です」
――オォォォォォォォォォォォォォォォォ
一気に会場がざわつく。
「す、すげー。そんなに高いのか、あれは」
「いや、シーサーペントの牙の価格が金貨で大体800から1000だからじゃろう。それよりもストーム殿はどうする?」
とウルスに問いかけられる。
「いやまあ、本気で作っては見たけれど、まだまだ上のは作れるし。売っても構わないよ」
「では、ストーム殿のハルバードは金貨1700枚で買い取ります」
と審査員が告げた。
会場は怒涛のような声が響く。
「あ、この前のよりは安いのか」
と呟いたのが審査員の一人に聞こえた。
「この武器は一つだけ欠点がある」
おぉっと。
ストームの武具に、始めてダメ出しが出た模様。
「それは?」
「この武器の修復は、君にしか出来ないということだ。これを作り出した道具でなければ、この強靭なハルバードを打ち出すことも出来ない。魔法による強度が、この武器を守っている限りはね」
ダメ出しというよりも、いい宣伝であろう。
「それは感謝します」
と丁寧に頭を下げるストーム。
「それでは第二回戦は3日後の朝。この会場に集まって下さい。二回戦も一回戦と同じく、自分の道具と材料の持ち込みとなりますので」
と司会が告げて、第一回戦は終了となった。
○ ○ ○ ○ ○
「かんぱーーーーーい」
ストーム宅の外に、簡易的な小屋が立っている。
大会中にマチュアがやってきて、魔法でささっと作った『バーベキュー小屋』である。
大地の魔法で作り上げた石造りのバーベキューコンロに魔法永続化を施して、マチュアが居なくても使えるようにしてあるらしい。
そこに近くの木材やで買ってきた材料で、簡単な屋根を作ったのである。
コンロの上からは、香辛料に漬け込んだ様々な肉、ベルガー産の新鮮な野菜の焼ける匂いが流れてくる。
家路を急ぐものたちが、時折こちらを恨めしそうに見ているのが可笑しい。
――ホフッ‥‥ハフハフ
「うん‥‥この味だぁぁぁぁ」
ストームが絶叫しながら、バーベキューに舌鼓を打つ。
其処には大会で一緒に戦ったウルスや『鋼の煉瓦亭』の常連であるデクスター、そして何故かカレン・アルバートの姿もある。
「いい香りだねぇ。これはどんな調味料だい?」
「これはねぇ。私の故郷では晩餐などで使う調味料だよ。よかったら少し分けてあげるよ」
とマチュアは調味料のはいっている壺をおばちゃんに手渡す。
ここには近所のおばちゃんたちも集まっていて、それぞれが自分で材料を持ち込んでは焼いて楽しんでいた。
ちなみにワインとエールの樽は、カレンの差し入れである。
「してマチュアはなんでここにいる?」
とストームがツッコミを入れる。
「食事だ。嫌なら肉は出さない」
と告げられて、ストームはハッと気がつく。
「ま、マチュア、この肉はまさか?」
「その通り。『赤神竜ザンジバル』が眷属、ボルケイノのもも肉と胸肉、そしてサーロインだ!!」
――ブーーーーーーーーーーッ
おばちゃん達以外の面子が一斉に吹き出した。
「な、なんじゃと?」
「おいおい、嘘だろ。これがドラゴンの肉なのか?」
「ふ、ふぅん‥‥まあまあじゃないかしら?」
とウルスとデクスター、カレンが叫ぶ。
「本物ね。だから美味しいでしょう?」
というマチュアの言葉に、3人は高速で頷く。
「あと、ストーム、ここの土地半分売ってくれ」
「はぁ? ここ俺の鍛冶場とかあるんだが」
「空いている所を売ってくれ、ここに居酒屋を作る。サムソンの食文化に革命を起こしてやる」
という話をしている。
「しかし、ストーム殿の鍛冶場がこのようなところとは、また趣があっていいですなぁ」
とエールをしこたま飲みながら、ウルスがにこやかに告げる。
「結講気に入ってな」
「ここはいい場所ですよ。それでですね、ストームさん、注文よろしいかしら?」
どさくさに紛れてストームに注文をするカレン。
「大口のは受け付けないぞ。アルバート商会がベルナー家と繋がつていなかったら、本来は受け付けないのだからな」
「分かっております。ということでこれをどうぞ」
と一通の書面をストームに手渡す。
ベルナー家の封蝋の施された正式な書面である。
それを開いて中を見る。
『アルバート商会のカレン殿の頼みを、ストームの判断で受けてあげて欲しい』
という簡単な手紙である。
「ふむ。これはシルヴィーは今度お仕置きだな。いいぞ、何を作ればいいんだ?」
「それては遠慮なく、ロングソードとダガー、ショートソードを5本ずつで」
「材質は?」
「アイアンとミスリルの合金で。オールミスリルなんて高くて手が出ないわ」
「魔法の補助は?」
「サイドチェスト鍛冶工房スタンダードのやつを。『斬属性保護』だったかしら?
「グレードは?」
「B+かA-で、売値もあるので、一本金貨20で」
B+としては高いがA-としては安い。それも仕入れ価格で提示してくるのは、流石はアルバート商会の娘である。
「全部で金貨360。納期は一週間‥‥7日でどうだ?」
次々と注文内容を、羊皮紙に書き留めていくストーム。
カレンから聞き取っている内容が、いつもの注文を受けるときに客から聞く内容らしい。
ニイッと笑いつつ商談を開始するストーム。
「くっ。いい所ついてくるじゃない」
「こちらも商人なのでねぇ‥‥どうする?」
そんなやり取りをしつつ、のどかなバーベキューパーティは終わった。
近所のおばちゃんたちもそれに合わせて帰宅し、残った面子で二次会に突入したとき。
突然、いままでとは違う風が吹き始めた。
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