異世界ライフの楽しみ方

呑兵衛和尚

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第一部・二人の転生者と異世界と

ラグナ動乱・その12・王都動乱、大団円のようです

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 『赤神竜ザンジバル』の眷属であるボルケイドを倒したストームたちは、一度報告のためにマチュアの転移でシルヴィー邸へと戻って来た。
 直接シルヴィー邸の中庭に戻ってくると、その様子に気がついた侍女がシルヴィーを呼びに走ったらしく、シルヴィーやアンジェラ、そして意識が戻ったらしいウォルフラムも中庭へと駆けつけてきた。

「みんな久し振りぢゃ。どうやら無事のようぢゃな!! 竜の眷属はどうなったのぢゃ?」
 ストームたちが無事に戻ってきたことで、安堵の表情を見せるシルヴィー。
 やや涙目なのはご愛敬。
「ああ、問題ない。無事にボルケイドは倒した。これでゲームセットだ」
 とストームが呟くと、マチュアとヘッケラー、コックスもウンウンと頷く。
 もっとも、装備がボロボロの一同を見る限り、問題ないと言ってはいるが、かなりの被害がでていたのは事実。
 それを察してか、シルヴィーはニイッと笑って返事を返すが。
「そうか。それはよかったのぢゃ。こっちも色々と大変ぢゃったが、その話しはあとぢゃ。まずはゆっくりと休んでたもれ」
 無事に一行が返ってきたことが余程嬉しかったのだろう、とうとう涙が溢れだしていた。

 ストームたちが居ない間に、王都ラグナではいろいろな出来事があった。
 彼らが王都を離れて3日後、大武道大会は再開した。
 優勝候補とまで言われていた幻影騎士団のストームとマチュアが大会不参加となり、試合進行は突然決勝戦までコマが進められてしまったらしい。
 その結果、優勝はブリュンヒルデ騎士団のエーテルワイズが、そして準優勝は謎の貴族Xとなった。
 閉会式も順調に進み、竜王祭の最終日に行われる『竜送り』の儀式も滞りなく終了し、今年の竜王祭は終わりとなった。
 祭りを見に来るために王都にやってきていた人々も故郷へと戻り、いまは普段の落ち着いた王都に戻っているという。

「実はな。妾も明日の正午にベルナー王国へと戻ることとなった」
「それで、私とアンジェラ達は護衛としてベルナー王国に向かうことになりました」
 意識が戻ったウォルフラムがそう告げる。
 その横にはアンジェラの姿もある。
 二人とも新しく作ったのであろう、貴族らしい上質な衣服を身にまとっている。
 士爵を名乗ることが許された二人は名字を持つことと、その手前に『フォン』を名乗る事が出来る。が、まだいい名字が思いつかなかったので、それは保留としたらしい。

「私たちはベルナー領内で今後活動を続けることにしましたわ。そうすれば、シルヴィー様も安心でしょうから。シルヴィー様の幻影騎士団が一人も領内に居ないというのも問題があると思いますし」
 と笑いつつアンジェラが告げる。
「それに、新しい騎士団員も一人、入団したのぢゃ」
 とシルヴィーが一人の男をマチュア達に紹介した。
「久し振りだな。縁あってここの騎士団に世話になる」
 大武道大会でストームと戦った斑目まだらめがストーム達に頭を下げる。
「ほう。斑目殿か。本国に戻らなくていいのか?」
「あの試合で、剣豪・斑目は死んだからのう。いまの拙者は、幻影騎士団の斑目である」
 とニイッと笑いつつ静かに告げる。
「そうか。まあ、一人でもシルヴィーの元に手練がいるのは助かる」
「という事は、私やストームがフラフラしてても問題は無いのですねっ。いゃっほい!!」

――スパァァァァァァァァァァァァァン
 とシルヴィーが、マチュアの顔面にハリセンを叩き込む。

「まあ、あまりフラフラしすぎるのも良くはないが、たまには遊びに来てほしいのぢゃ。ストームはサムソンに戻るのぢゃろ?」
「まあ、そうなるな。でもマチュアから『転移の祭壇』を作る旗は貰ってあるだろう? アレを使えば俺の家には遊びにこれるから、特に問題はないと思うが」
 とストームがシルヴィーに話しかけると、ニィッとシルヴィーは笑った。
 ベルガー城に帰還したら、シルヴィーはすぐに城内に神殿を増築し、そこに『転移の祭壇』を安置しようと考えている。
 それさえあれば、ストーム達が何時でも遊びに来れるのを知っていたから。
「そうぢゃな。いつでも騎士団の者達とは会えるからのう。一人だけ何処行くか分からぬが」
 ジトーーーッとその場の全員が、マチュアを見る。
 自宅を持たず、且つ、冒険者家業が板についているマチュアの居場所のみが、シルヴィーには不安らしい。
「あははぁ。ま、まあ、一寸まってて下さいねー、そのうち連絡が取れるような魔導器造りますから」
 とシルヴィーに話しかけると、マチュアはストームに一言。
「それじゃあ、王城まで報告に行きますか?」
「ああ。報告が終われば、国外退去の件はなくなるだろうしなぁ‥‥」
 ということで、ストームとマチュアは護衛のヘッケラーとコックスを伴って王城へと向かう。


 ○ ○ ○ ○ ○


 ブリュンヒルデに面会を頼んだが、すでに彼女も本国へと戻ってしまったらしく、いま連絡が取れるのは皇帝のみとなっていた。
 ヘッケラーとコックスの二人はこの後、ブリュンヒルデの元に戻るので、それで報告は完了するらしい。
 ということで、4人はそのまま皇帝の間へと通されることとなった。
 久し振りの皇帝の間。
 白の導師パルテノと、王城騎士団のみが謁見の間に立っている。
 玉座では、いつものように無表情なレックス・ラグナ・マリア皇帝が座っていた。

「さて、報告を聞こう‥‥」
 と告げたので、マチュアはバックからボルケイドの牙を二つと竜鱗を五枚ほど取り出して、皇帝に献上する。
「無事にボルケイド討伐は完了しました。これがその証拠です。ブリュンヒルデ殿から派遣された騎士二名が見届人となります」
 と告げると、ヘッケラー達も頭を下げる。
「これで、俺の王都追放は解除されるのか?」
 とストームが問い掛けると、 皇帝は満足したように笑顔で一言。
「大義であった。ストームの件は解除とする。本来ならば報酬を取らせたいのだが、この件は既にシルヴィーに支払っているので、僅かだが『ボルケイノの討伐報酬』として、白金貨を支払わせて頂く」
 と告げて、パルテノがマチュアとストームに報酬の入った大きな袋を手渡す。
 それとは別に騎士団員が豪華なマントを持ってくると、それもストームとマチュアに手渡した。
  金銀の刺繍が施された立派なマントで、背後にはベルナー家とラグナ・マリア王家の紋章を組み合わせて作られた『幻影騎士団』の紋章が施されている。
「貴殿ら幻影騎士団ように新しく誂えた儀礼用のマントだ。シルヴィーの元にいる三人には渡してある。これと普段使い用の同じものを渡しておく‥‥以前渡したものと同じく、それを身に着けている限りはマチュアとストームは法衣貴族として扱う」
 と告げた。
「法衣貴族?」
「うむ。貴族として任命するが、領地は持たない。よって貴族としての義務はない。ストームとマチュアに法衣貴族の伯爵位を与える」
 おぉっと。
 いきなり伯爵ですか。
 思わずちまゅあはニィッと笑うが、ストームにはその真意か読み取れたらしい。

「爵位を与えることで、俺たちをこの国に縛るのか‥‥まあいい、お言葉に甘えまして、ありがたく受け取らせていただくとしよう」
「あ、そういうことか‥‥まあいいや、ありがたく頂戴いたします」
 とストームとマチュアが頭を下げる。
 その態度はすでに不敬罪として打ち首されても文句は言えないが、レックスはその程度は気にすることはない。
 シルヴィーのためロに尽力を尽くした騎士たち、その程度は笑って許している。

「これで謁見を終える。4人共下がってよし」
 と皇帝が告げて、謁見は無事に終わった。
 そして二人は再びシルヴィー邸に戻ると、翌日のシルヴィー達の出発までの時間をゆっくりと過ごすことにした。
 明日からは、また皆が離れ離れになってしまう。
 現代日本のように、携帯ですぐに連絡が取れるわけでもなく、シルヴィー達にとっては、ちょっと遊びに行ってくるという感覚の距離でもない。
 夜のパーティーが終わると、マチュアは中庭でひたすら料理を仕込む。
 ストームは一度街に戻り、鍛冶ギルドで鍛冶場を借りると朝までにひたすら鍛造に打ち込んでいた。

 そして翌日の昼。
 シルヴィー達の出発の準備が終わり、あとは馬車に乗り込むだけとなった。

「では、ここでお見送りということで―。これ、道中に食べて下さいね」
 とマチュアが大量のタンドリーサンドの入った袋をアンジェラスに手渡す。
「時間経過はするので、なるべく今日中に食べてね」
「助かります。久し振りにマチュアさんの食事も食べたかったのですよ」
「うむ。タンドリーサンドは最高ぢゃからな」
「私もベルナー城で作ってみようと思います」
 と告げられて、満更でもないマチュア。
 そしてストームはウォルに大きな袋を手渡す。
「これは?」
「幻影騎士団のメンバーが、そんな鎧ではなぁ。とりあえずこれに着替えてこい」
 と言われ、ウォルは袋に入っていた装備一式を身に着けてきた。
 ラグナ王城の近衛騎士団にも匹敵する、豪華な装備である。
「こんなに凄い装備を‥‥いいのですか?」
「ミスリルの胸当て、アンダーはドラゴンレザーアーマーの上下。楯はミスリル合金で軽く強度も上げてある。ロングソードは、ボルケイドの牙を一本研磨して研ぎ上げた『ドラゴントゥースソード』だ。俺たちの居ない間を頼むぞ」
 とウォルの肩を叩いてそう告げた。
「班目の分は、後日仕上げたら持って行くので。それまで待ってくれ。あとは頼むよ
「承知。ストーム殿の不在、我らが預からせて頂く」
「はい。シルヴィー様の警護をしっかりと努めます」
 すっかり騎士団員が様になっている、班目とウォルフラム。
「いやいや、妾の警護はベルガーの近衛騎士団の仕事ぢゃよ。幻影騎士団は、有事に妾の為に活動する私設騎士団ぢゃ。それまではある程度自由に動いてくれて構わぬのぢゃ」
 とウォルフラム達にツッコミを入れる。
「そ、そうでした‥‥」
「如何にも」
 そんなシルヴィー達のやり取りを見ている中。

「ウォルさん、最新装備いいですねー」
 と呟きつつ、チラッとマチュアの方を見るアンジェラ。
 ストームから自分だけ装備が貰えないのが悔しいのか、少し拗ねている。
「あーあー、はいはい判りましたっ。いま良いもの作ってあげますから一寸待ってて下さいよっ」
 と呟くと、マチュアはその場に『簡易設備』を発動して作業台を作り出す。
「ストーム、篭手と菊練りミスリルをプリーズ」
「ほらよ」
 と、ストームは『ムルキベルの篭手』と菊練りしたミスリルを手渡す。それを受け取って装備すると、マチュアは素早く篭手をヒートさせてミスリルを練る。
 柔らかくなったミスリルの真ん中に穴を開けると、そこに手を入れて左右に延ばす。
 力いっぱい伸びたミスリルを8の字に捻って真ん中から折ると、折り目の部分にまた手を入れて左右に振りながら延ばす。手打ちの中華麺の要領で、これをどんどんと繰り返していくと、最初は太かったミスリルが細くなっていき。やがて細い糸のようになる。
 中国の『龍のひげ飴』という綿のように細い飴細工を作る要領で仕上げた、『ミスリル繊維』である。
 掴んだところがダマにならないよう、全体を慎重に伸ばしていく。それを冷ましてから、束ねてアンジェラに手渡す。

「王城の裁縫師の人に、ローブを織ってもらうよろし」
「は、はい。それにしても、こんな事が出来るなんて‥‥」
 と動揺するアンジェラ。
 マチュアもこれをやったのは初めて。ぶっつけ本番でやってみたら成功したという、とんでもない技である。
「はい、篭手ありがと」
「うむ。よくやった」
 と篭手を返してから、もう一度馬車に近づく。
「それではお気をつけて」
「シルヴィーも皆も元気でな」
「うむ。妾は何時でも待っておるぞ、遊びに来るのぢゃ」
 と手を振って別れの挨拶を終えた。

――ガラガラガラガラ
 馬車がどんどんと小さくなっていく。
 屋敷に残った侍女達が、一人またひとりと屋敷内に戻っていく。

「それではストームさま。私はこれで失礼します」
 丁寧にストームに頭を下げるシャーリィ。
「ああ。色々とお世話になったね。また何かあったら宜しく頼むよ」
「はい。それでは‥‥」
 とシャーリィも屋敷に戻っていくのを見送って、ストームは体を延ばす。
「さぁーーーてっと。俺はサムソンに一度戻るが、マチュアはどうする?」
「一度カナンに戻ってから、サムソンにでも遊びにいくとしよう。どうする? サムソンまで送るかい?」
「そうだな。一丁頼む」
 そのままマチュアとストームは、転移魔法でサムソンのストームの家へと戻って行った。
 久しぶりのサムソンに、ストームは思いっきり伸びると、周囲を見渡す。
 相変わらずの見慣れた街並み。
 時刻が夕方らしく、北東門から家路を急いで戻ってくる冒険者や農夫の姿も見える。
「お、ストームさんだ、あとで研ぎお願いしますねー」
「いつ帰ってきたんだい?何か珍しい武器でも買い付けたのなら、今度見せてくれなー」
 と、街道を行く冒険者が、次々と声をかけてくる。
 此れがストームの今の日常なんだと、マチュアは感じ取っていた。
「もう、すっかり町の住人になってるねー」
「まあな。それじゃあマチュアも、頑張れよ」
 と拳をマチュアの方に突き出す。

――ガシッ 
 マチュアも突き出された拳に自分の拳を合わせると、静かに一言。
「偶に差し入れ持ってきてやるよ。それじゃあね」
 と笑いつつ返事をして、スッと転移した。


 ○ ○ ○ ○ ○ 


 辺境都市カナン城塞外。
 出来るだけ人目のつかない所に、マチュアは転移した。
「よしよし。これで後は、何もなかったかのように街の中に戻ればオッケーだ」
 と街道まで歩きつつ、マチュアもまた見慣れた風景を懐かしんでいる。
 ストームが拠点を決めて活動しているのなら、マチュアもまたいずれは何処かに家を定めておいた方が良いと考えてた。
 街道から南門へと向かい、入口で入城手続きをする。
「旅の者か。魂の護符はあるか? もしくは」
「あ、護符でいいんだっけ。はい」
 と、つい魂の護符を取り出して受付に提示する。

――ザッ
 と受付の騎士が襟を正してマチュアに敬礼した。
「マチュア伯爵どの、御無礼を申し訳ございません」
「どうぞお通りください」
 あー、やっちゃったか。
 とマチュアは感じた。
 冒険者ギルドカードだと、トリックスターの表示を見た殆どの冒険者には嘲笑されていたので、素性の分かりにくい魂の護符を提示したのであったが、それが裏目にでた。
「あ、あー、どもども。それじゃあ通りますねー」
 と急ぎ足で門を潜ると、人気のない裏路地に紛れ込み、クラスの設定を変更する。
 メインを高位司祭、サブに生産者と魔術師をセット。装備はドラゴンレザーとミスリルの胸当て、フレイルというこの街に居たときと同じ装備にした。
 もっとも、はたから見ても銀の胸当てとレザーアーマーにしか見えないので、そうそう騒がれることはない。
 そのまま冒険者ギルドに向かうと、何事もなかったように酒場に向かい、夕食を取り始めた。

「お、マチュアさん、お久しぶりです」
「元気してたー?」
「またこの街に戻っていらしたのですね、お元気そうで何よりです」
 酒場での食事中に、マチュアを見つけたチーム西風ゼファーのサイノスとファリア、メレアの三人が話しかけてきた。
 三人はこのカナンをベースにしたらしく、のんびりと次の依頼の打ち合わせをしているようだ。
「そうそう、マチュアの紹介っていう初級冒険者ニュービーがやってきたので、依頼を手伝っておきましたよ」
「あ、あー。あの三人ね、それはありがたいです」
「それでなんだけど、明日の昼に出発する依頼があってねー、マチュアさん手伝ってくれない?」
「此処から少し離れた森にオークが集落を作りまして。その森とカナン郊外の果樹園が近いので、街の人が襲われたりしているのですわ」
 フィリアとメレアが申し訳なさそうに、此方を見る。
「明日ですね、構いませんよー」
「それは助かります。実のところ、治療師がカナンでは今不足してまして。風の噂では、この街では一番の治療師であるシスター・アンジェラがベルナーの騎士団に引き抜かれたらしいのですよ」 
「最近になってベルナーは王国に戻り、以前の活気を取り戻したらしいです。その為、ベルナーに向かう商隊が冒険者と治療師を雇ってこの街から出かけてしまいまして」
 何故か心が痛む。
「ま、まあ、そういうことでしたら、私で良ければ回復要員で参加しますよ」
「お、サイノス、またトリックスターをパーティに入れるのか?」
「マチュアを雇うのか。やめとけやめとけ、『ラグナの奇跡』でもあるまいし、噂の超万能トリックスターなんて、そうそういるもんじゃないぞ」
 やはり、この街でのトリックスターの地位はド底辺である。
 それにしても、『ラグナの奇跡』とは一体。

「あ、ラグナの奇跡っていうのはですね。王都ラグナで行われた大武道大会に参加していた幻影騎士団の方の事ですよ。マチュアさんと同じトリックスターなのに、暗黒騎士になったり西方の武道家になったりと、戦いに応じて戦術を変化させていたのですよ。見たかったなぁ‥‥」
 とサイノスが呟く。
「へぇ。名前は?」
「それが、どうも名前があまり表に出ていないらしいのですよ。大会の会場にいた人たちは聞いていたらしいですけれど、大会が終わってから、『幻影騎士団』の団員の名前は全て伏せられたみたいで‥‥」
 フィリアが残念そうに話しかけてくる。

(マチュアさんがその噂の人物で、幻影騎士団の参謀って知ったら、此処の冒険者達はどういう顔をするのでしょうねぇ)

 近くのテーブルで食事を取っていた、ギルド受付嬢のキャサリンは思った。
 王都から発令された書面は此処、カナンの各ギルドにも届いている。
 当然ながら、大武道大会の結果やその後の顛末も。
 幻影騎士団については、全てその正体も公表せず。という王城からの御触が交付されたので、各種ギルドでも名前を明かすことはできなかったらしい。
「まあ本人にその気はないのだから、今のままでいいのでしょうねぇ」
 と、呟くと、そのまま仕事に戻っていった。
「まあ、マチュアがそんな凄いトリックスターじゃないことは、このカナンの冒険者が知っているから安心しろ」
 と別パーティーのドワーフが、笑いながらマチュアに叫ぶ。
「おー、そこのドブドワーフ、言ったなー。今度締めるから覚悟しろよ」
「ドブドワーフとはなんだ、この腐れスターが」
 やがて冒険者ギルドの酒場は、いつもの喧騒に飲み込まれていった。
「上等だ。ギャロップ杯で優勝したこの腕で、活着つけてやる。アームレスリングで勝負だ」
 いつもの日常が、帰ってきた。


 ○ ○ ○ ○ ○


 久しぶりの自宅の鍛冶場。
 荷物を置いて一休みした後、ストームは火炉の中に鉱石を放り込む。

「あ、そろそろ切れるか、また掘りに行かないと駄目だな」
 このサムソンに来て居を構えた後、材料調達のためにドゥーサ鉱区に向かい、そこで発掘した鉱石もあと僅か。
 仕事に支障が出るとまずいので、数日中にはまた採掘に向かわなくてはならない。
「こういう、ノンビリした時間も久しぶりだなぁ」
 と呟きつつ、火炉の坩堝で溶けた鉱石をインゴット型に流し込む。
 一つ一つのインゴットを精製すると、作業台でインゴットの菊練りを始める。
 そうして仕上がった、『菊練りインゴット』を作業台で冷やしつつ、ボルケイド戦で傷ついた武具の修理に入る。
 ただ、一心に、ストームは鍛治に専念していた。
 明日もまた、何か楽しい出来事がないか、そんな事を考えつつ。




                                  第一部、完
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