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第一部・二人の転生者と異世界と
ラグナ動乱・その7・夜這いは勘弁です
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「遅いのぢゃ」
貴族街にあるベルナー邸では、報告を楽しみに待っていたシルヴィーがストームたちの帰りをじっと待っていたのである。
シルヴィーはマチュアの企みである『替え玉作戦』の為、今日は屋敷から出る事を禁じられたから。
昨日のウォルフラムの負け方が腑に落ちなかったので、今日のストームとラグナの戦いで相手を揺さぶってみようということになったらしい。
万が一にもストームの負けはありえないとは思ったが、マクドガル侯爵が貴賓席にいるシルヴィーに何かしでかす可能性もあると踏まえての『替え玉作戦』である。
ラグナの推薦者はあのマクドガル。
裏で何か企んでいると考えたほうが建設的であるということで、代わりにマチュアがシルヴィーに変装して貴賓席で様子を見るという事にしたらしい。
「しかし、マチュアの魔法も凄いのう‥‥妾と同じ姿になれるとは」
「まあ、魔法で姿を変える『変身』の術というものを使えますので、このように‥‥」
――シュンッ
一瞬でマチュアはシルヴィーに変身した。
もっとも、これは術でも何でもなく、『アバターNo3』にシルヴィーの外見データを作成しておいただけである。
『GPSコマンド』でシルヴィーの外見を事細かくトレースし、それをアバターとしてデータ化し、セーブしておいただけ。
あとは状況に応じて『忍者のエンジ』と『シルヴィのマチュア』を切り替えただけである。
「妾に何かようかえ?」
マチュアがシルヴィーに変身して話しかける。
声もしぐさも、殆どがシルヴィーとおなじ。それは、長年使えていた侍女や執事をも騙すことができた。
「しっかし‥‥本当にそっくりぢゃな」
「左様。妾には、これしきのこと造作もないわ」
クスクスと返事を返すマチュア。
その様子に、シルヴィーはプゥーッと頬を膨らます。
「しゃ、喋り方がちがうのぢゃ。そんなのは妾ではないのぢゃ」
「いえいえ、ほら、そっくりにすると誰が誰やら分からなくななりますよ。だからおっぱいも少し大きくフペシッ」
――スパァァァァァァァァン
手をヒラヒラと振っているマチュアの顔面に、シルヴィーのハリセンが叩き込まれる。
それはもう、ランディ・バースの素振りのような勢いで。
「そこは忠実に再現せい、不愉快ぢゃ!!」
「はいはーーーい。仰せのままにーっと」
そのままシュンッと元のマチュアの姿に戻ると、その場で呆然としている他の侍女たちの方を向いた。
「あ、このことは内緒ね」
マチュアに向かって、コクコクと頭を縦に振る侍女たち。
「さて、これでマクドガル侯爵の悪巧みは潰した訳だが、あとはこのまま優勝すればいいのか?」
とシルヴィーに問い掛けるストームだが。
本来の目的は『優勝して王位を取り戻す』であるので、其処は全く変わらない。
ただ、目的に変更があるかどうか、それだけを確認したかったための質問である。
「うむ、あと二回勝てばよいのぢゃ、残っている4人のうち二人はストームとマチュア、その他の二人は‥‥これが問題なのぢゃな『ブリュンヒルデ』の側近の一人、名前はエーテルワイズという女性騎士ぢゃ」
真っ赤な金属鎧を身に纏い、神槍ゲイ・ヴォルクを使う女性騎士。ドラゴンスレイヤーの称号を持ち、妖艶にして可憐という反則な外見を持つ女性である。
プリュンヒルデ神聖騎士団に所属し、騎士団の中での人気もかなりのものらしい。
実力もかなり高く、この王都ラグナだけでなく帝国全体でも五指にはいる騎士である。
「ほほう。で、残りの一人は?」
「それがのう‥‥アーノルド伯爵が自ら参戦している。昨日までは『仮面の貴族X』という名前で登録していたので判らなかったのぢゃ」
――ブーーーッ
とストームが紅茶を吹き出す。
「ま、まじですか」
「マジと言う言葉の意味がわからぬが、たぶんまぢぢゃ」
と笑いながらお茶を飲むシルヴィー。
なお、今日のお茶請けはマチュアの作った『揚げパンの砂糖まぶし』である。
マチュアが作り方を屋敷の料理長に教えて作ってもらったもので、この世界にあるもので簡単に作ることが出来るものである。
「マチュアとストームの戦いはない。ストームと仮面の貴族X、マチュアとエーテルワイズという組み合わせになっておる」
「そうか。明日は試合が無いのだよな」
「ない。マクドガル侯爵の件があるから、試合については後日日程を発表するというお触れが、明日交付されることになっとる」
「あー、それでは、暫くは露天だしていいんですね?」
とマチュアがシルヴィーに問い掛ける。
「構わんが、明日は何をつくるのぢゃ? いまから仕込みをして間に合うのか?」
「さて、どうなるでしょう‥‥クックックッ」
と笑いつつ、早速仕入れに走った。
○ ○ ○ ○ ○
その夜。
いつものようにストームは寝る前のストレッチとトレーニングを中庭で行っていた。
試合の日の夜なので簡単なトレーニングのみを行ったらしく、傍らでは汗を拭くためのタオルを持っているシャーリィの姿もある。
「あのねぇ、俺のことは放っておいて先に寝ていてもかまわないんだが」
「そうですか、せめてここにタオルを置いておきますので、汗をお拭きになって下さいね。紅茶のセットも置いておきますから、ちゃんと水分も取って下さいね。では失礼します」
と頭を下げて、シャーリィがその場から離れる。
彼女の足音が遠ざかっていくのを確認すると、ストームは近くの木立をじっと見る。
「さて、ずっと其処に隠れていたようだが、なんのようだ?」
ストームがトレーニングを始めた頃から、そこに何かが隠れていた。
だが、すぐに手を出してくるわけでもなく殺気も感じなかったため、人気がなくなるのをじっと待っていた。
「おや、いつから私にお気づきで?」
スッと、木陰から言葉のみが戻ってくる。
「結構前からだな。それに、気づいていたのは俺だけじゃないが」
と呟く。
――チャキツ
その声の主の首元に、苦無があてがわれた。
忍者が、声の主の後ろに気づかれないように回り込んでいた。
「そちらへどうぞ。行っときますけれど、この屋敷全体には、私が|聖域範囲・侵入者警告の魔法を施しているので。結界内に侵入してきたものは私に連絡が来るのよ。どこにいるのかも分かるわよー」
と姿を表すエンジ。
さすがはアルソーク。警備面は完璧である。
「はいはい。なにもしないわよ‥‥」
と夢魔の姿をした女性・カーマインが姿を表す。
「おや、マクドガル侯爵の相棒でしたっけ?」
とエンジが問い掛ける。貴賓席でエンジは、カーマインの姿を見ていたのである。
「いえいえ、あの方には色々と楽しい思いをさせて頂いただけですわ。私、食材を愛するような変態ではないものでして」
とニコリと笑う。
しかし、食材扱いとはマクドガルも残念な扱いである。
「夢魔‥‥悪魔か?」
外見でそう判断するストーム。
「ええ。お察しの通りの悪魔で御座いますわ」
「確か悪魔は封印されていて、この世界に出ることはないと思ったが、レッサーデーモンといい、お前といい、一体何がおこっている?」
努めて冷静に問い掛けるストーム。
「悪魔の結界はまもなく綻びが生じますわ。すでに『とある事情』により、私達のように悪魔の一部は結界を越えてこの世界に顕現していますわよ。それと今宵ここにきた理由は、あなた達に忠告するためにやって参りましたの」
「まあ、敵対意思がないのなら、悪魔でも何でも俺たちは気にしないが、まあ座れ。茶でもいれてやる」
と告げると、カーマインとエンジはストームの前に座る。
傍らに置いてあった、シャーリィが置いていってくれた紅茶のセットをストームが注ぎ、マチュアとカーマインに手渡す。
「いい茶葉ですね。これほどの一級品、そうそう手に入るものではありませんけれど」
「ベルナー領は食の都だ。この程度のものは簡単に手に入るらしい」
「これもっと蒸らしたほうが‥‥いえすいません」
とマチュアも呟くが、それを無視するようにカーマインは紅茶を飲みつつ話を始めた。
「まだザンジバルは活性化を終えていませんが、『赤神竜』の眷属たちは活性期に入りました。活性化した竜達は餌を求めて、人里を襲うことがありますわ‥‥そのうちの一体『ボルケイド』は、この王都に向かってくるのかもしれませんけれどね」
と告げる。
「向かってくる。ではなく、かも知れないのですか~」
「ええ。確定ではありません。というのも、ボルケイドは、攫われてしまった伴侶を探し求めています」
ふむふむ。
腕を組んでストームはじっと話を聽いている。
「で、その攫われてしまった伴侶というのは?」
「攫ったのは私。マクドガル伯爵の願いで、ストームとスコットという二人の男を倒すために、私は人造悪魔というのを作り上げました。それに使う魂と肉体を作るために、かのボルケイドの伴侶などを材料にしまして」
まるで悪びれることもなく、カーマインはそう告げる。
「で、お前が狙われていると」
「いえいえ。私は狙われません。ただ、眷属の敵を取るためには、この王都には来るでしょう。伴侶たちの血肉と魂で作り出したラグナを倒した、貴方を倒すためにね」
ピクッとストームの眉が上がる。
「何故、お前は狙われない?」
「私が眷属を攫ったことを、彼らは知らないのですから。告げたとしても、信じる前に、眷属を殺した匂いのする貴方を敵とみなすでしょうねぇ‥‥。竜族は殺されるときに、殺したものの魂に『竜殺しの刻印』というものを刻み込みます。私がボルケイドの伴侶を捉えるときは殺さずに捕まえましたし、生かしたまま加工しましたので」
と紅茶を飲み干すと、カーマインはストーム達にスッと頭を下げた。
「では、私はこれにて」
と立ち上がった時、ストームは瞬時に装備を刀に換装し、身構える。
そして素早く抜刀した時。
「これもまた『魂の修練』だそうです。我が主からそう仰せ使いましたので」
―ーピタッ
とカーマインの目の前で刃が止まる。
「何だと?」
「今の言葉に嘘偽りはありませんわ。それではこれで失礼します」
と告げて、カーマインは翼を広げて夜空へと飛び去って行った。
「しかし、なんでこう次々と無理難題が飛んでくることやら」
「一難去ってまた一難だねぃ」
と他人事のように告げるマチュアだが。
「きっとマチュアにも反応が出ているぞ。まあ、いまのが終わらないとわからないけれどな」
と告げて立ち上がると、自室へと戻っていった。
「相変わらずの巻き込まれ体質だねぃ。さて、私も朝早いからそろそ寝るとするかね‥‥」
流石にこんな夜中では何かすることも出来ないと判断し、マチュアも部屋へと戻っていった。
○ ○ ○ ○ ○
翌日。
ストームとマチュアは昨晩の件について、シルヴィーに告げるかどうか考えている。
「このまま王都にいると、ここに竜が来る可能性があるし。難しい所だな」
「かと言って、ドラゴンがストームを狙って来るので此処から離れますとも言えないよねぇ」
と中庭でトレーニング中のストームと、その横で大量のジャガイモの皮を向いているマチュア。
今日も『ザンギ串』と『揚げじゃが』で行くことにしたらしい。
「まあ、注意喚起はしておくか‥‥」
丁度シャーリィが、朝食の準備ができたと二人を呼びに来たので、二人は食堂へと向かった。
そして食事を終えて一休みしているところで、ストームはシルヴィーに人払いを頼む。
「何かあるのぢゃな。皆下がってよい」
と人払いしたところで、マチュアが先に口を開いた。
「この王都にドラゴンがやってくるかもしれません」
――ガチャッ
と手にしたティーカップを落とすシルヴィー。
「どどどど、どういうことぢゃ」
「赤神竜の眷属が活性化している。そのうちの一体、ボルケイドがこの王都にくる可能性がある‥‥情報ソースは秘密だが、これはかなりの確率で的中する」
とストームも告げる。
「そうか。そのなんとかソースというのがよく分からぬが、ドラゴンが来る可能性があるのだな」
「ああ、目的は俺の抹殺。ドラゴンたちのターゲットは俺らしい」
「ち、ちょっと待つのぢゃ。どうしてストームがドラゴンに狙われるのぢゃ?」
と動揺しつつもそう問い掛けるシルヴィー。
「この前の大武道大会で、ラグナの姿を見ていないシルヴィーには分からないか。ラグナはドラゴンの肉体などを使って作り出されたんだ。そのラグナを殺した俺が、奴らのターゲットになってしまっているらしい」
「そんな馬鹿な。もしいまの話が事実なら、作ったものが狙われるのでは?」
「ラグナの中に入っていた魂がドラゴンたちの魂から作られた仮初のものだったら、それを破壊したのは俺だから仕方ないと言えば‥‥そういうことだ」
と告げると、ストームは紅茶を飲み干して立ち上がる。
「ストーム、何処にいくのぢゃ?」
「此処にいるとドラゴンたちが来る可能性がある。試合の日までは何処かに姿を隠すことにする。明後日の朝には、此処に戻ってくるから心配はするな」
と告げてストームは食堂から立ち去る。
「ま、マチュア殿。どうすればいいのぢゃ?」
「そうですねぇ。幻影騎士団の参謀として言いますれば、この件を信頼できる五王の誰かに説明するのが宜しいかと。最も、ストームの命を差し出して怒りを鎮めるとかそういうこと言いましたら、私はこの国から出ていきますよ」
と笑いつつ告げるマチュア。
「そんなことは妾の名において断じてない。ストームの命を差し出すなどと‥‥」
「判っていますよ。幻影騎士団の参謀としての意見です。個人的にはそのドラゴンの殲滅がもっとも手堅いと思っています」
とんでもない意見を告げるマチュア。
「か、勝てると思うか?」
――ゴクッ
と息を飲むシルヴィー。
「さあてねぇ。本気のトリックスターと先導者に何処まで出来るかどうか‥‥取り敢えず王城に向かうのでしたら、私も護衛に付きましょうか? 夕方までは露店ですけれど」
と告げる。
「いまから話をしてくる。マチュア殿は王城までの警護を頼むぞ」
「了解しました。ではお弁当でも作ってきますか‥‥」
と告げて、マチュアは屋敷の厨房を借りてタンドリーサンドを作ると、それをバスケツトに入れてシルヴィーに手渡した。
「おお、タンドリーサンドぢゃ。久し振りぢゃの」
「此方は今日お会いになる五王の方にお渡し下さいタンドリーサンドとザンギ、揚げじゃがの入っているバスケットです」
と別のバスケットを三つ手渡す。
「うむ、話を何処まで信じてくれるかは分からぬが。早速向かうとしよう」
ということで、マチュアの護衛でシルヴィーは王城へと向かった。
○ ○ ○ ○ ○
ラグナ王城、議会室。
マチュアに護衛を頼んだシルヴィーは、ストーム達から聞いたドラゴン襲撃の話をするために、五王に謁見を求めていた。幸いなことに、元々王家の血筋であるシルヴィーは直ぐに謁見を許可され、取り敢えずはこの議会室に案内されたのである。マチュアも一応一緒にいるということで、シルヴィーは少し安心であった。
――ガチャ
「少々遅れたな、申し訳ない」
五王の一人 ケルビム・ラグナ・マリアが蒼いローブのフードを外しつつ、挨拶する。
「祖父どの。実は大変な事になったのぢゃ‥‥」
とシルヴィーが話しかけるが。
「ここではお爺様でも構わんよ。シルヴィー」
と優しく話しかけるケルビム。
「んんん?」
とマチュアが頭を撚るが、それにケルビムはすぐに一言告げた。
「シルヴィーの父、マクシミリアンは私の息子に当たる。まあ、本妻の子ではないので、直接の血筋としては認められていないのだが、実質王家の血筋に間違いはなく、シルヴィーよりも年上の孫たちはいない。私は息子たちと、その直系であるシルヴィーを王家の者と認めているのだが、貴族院がそれを認めないのでのぅ‥‥」
と、なにやら複雑な事情のようである。
その為、マクシミリアンは遠縁として扱われ、辺境に追いやられたらしい。
シルヴィーがケルビムの事を叔父上、祖父殿と呼ぶのも、そういう理由らしい。
「この国は一夫多妻制なのですか?」
「社会的に認められたものはそれでも問題はない。すべての家族を等しく愛する事、そして養えるのならば一夫多妻制は認められているし、当然の権利である」
と笑いながら告げるケルビム。
「そんなことぢゃから、直系でない妾の兄弟がいっぱいいるのぢゃ」
プウッと膨れるシルヴィー。
「い、いやいや、確かにそうなのだが、シルヴィー、お前は私の大切な孫だ、愛するマクシミリアンの子だ‥‥それは判ってくれ」
と困った顔をするケルビム。
「むぅ。確かにお祖父様は幻影騎士団設立にも助力してくれたから、特別に許すのぢゃ。それよりも‥‥」
と、シルヴィーはケルビムに、マチュア達から聞いた話を伝えた。
それは以前、ケルビムが予知の瞳で見た光景そのものである。
「それは、私が以前みた予知と同じ。そうか。シルヴィーの所の騎士が絡んでいたのか」
「ということで、この街に警戒態勢を頼むのぢゃ。この祭りが終わったら、妾たちはこの地を離れる。それまでは、後生なのぢゃ‥‥」
と縋るように告げるシルヴィー。
しかし、ケルビムはウームとうなりつつ、顎鬚を軽く撫で上げる。
「今すぐにこの街から立ち去るという選択肢はないのか? シルヴィー、君の我儘がこの国に住む民を危険に追い込むとは考えていないのか?」
そう、この国の代表の一人として告げるケルビム。
「妾は、この大会で優勝しなくてはならぬのぢゃ‥‥しなければ‥‥ベルナー王国の再興はできないのぢゃ」
その言葉に眉尻を動かすケルビム。
「その話だが。詳しく教えてくれないか?」
やれやれという表情で話しかける。
「実は‥‥」
と、この大会で何故優勝を目指すのか、その理由をケルビムに告げる。
‥‥‥
‥‥
‥
「‥‥そういうことか。しかし、この件は色々と問題がある。今回のこの情報、そしてそれを知りつつ帝国民を危険に晒すシルヴィー。君に王たる器はないと言われても仕方ないのう‥‥」
「‥‥そうぢゃな。爺様の言うとおりぢゃ。妾は自分のことしか考えておらぬ‥‥。分かっているのぢゃ‥‥。祖父殿、妾たちは今日、この国をでる。大会も棄権する‥‥」
――ポタッ‥‥ポタッ‥‥
と、堪えきれず涙を流すシルヴィー。
いま、ここで王国復興の夢が崩れてしまったのだ。
頭を下げて立ち上がろうとするシルヴィーだが、ケルビムはフッと優しい瞳でシルヴィーを見た。
「まあ待ちなさい。説教は此処までにしておくか。わしはこれから孫の夢と王都の全ての民の安全の二つを考えなくてはならぬのだ。今日は屋敷に戻ってゆっくりと休みなさい。決して悪いようにはしない。爺いの言葉を信じてな」
と立ち上がり、その場を後にするケルビム。
それを見送った後、シルヴィーとマチュアも王城をあとにした。
貴族街にあるベルナー邸では、報告を楽しみに待っていたシルヴィーがストームたちの帰りをじっと待っていたのである。
シルヴィーはマチュアの企みである『替え玉作戦』の為、今日は屋敷から出る事を禁じられたから。
昨日のウォルフラムの負け方が腑に落ちなかったので、今日のストームとラグナの戦いで相手を揺さぶってみようということになったらしい。
万が一にもストームの負けはありえないとは思ったが、マクドガル侯爵が貴賓席にいるシルヴィーに何かしでかす可能性もあると踏まえての『替え玉作戦』である。
ラグナの推薦者はあのマクドガル。
裏で何か企んでいると考えたほうが建設的であるということで、代わりにマチュアがシルヴィーに変装して貴賓席で様子を見るという事にしたらしい。
「しかし、マチュアの魔法も凄いのう‥‥妾と同じ姿になれるとは」
「まあ、魔法で姿を変える『変身』の術というものを使えますので、このように‥‥」
――シュンッ
一瞬でマチュアはシルヴィーに変身した。
もっとも、これは術でも何でもなく、『アバターNo3』にシルヴィーの外見データを作成しておいただけである。
『GPSコマンド』でシルヴィーの外見を事細かくトレースし、それをアバターとしてデータ化し、セーブしておいただけ。
あとは状況に応じて『忍者のエンジ』と『シルヴィのマチュア』を切り替えただけである。
「妾に何かようかえ?」
マチュアがシルヴィーに変身して話しかける。
声もしぐさも、殆どがシルヴィーとおなじ。それは、長年使えていた侍女や執事をも騙すことができた。
「しっかし‥‥本当にそっくりぢゃな」
「左様。妾には、これしきのこと造作もないわ」
クスクスと返事を返すマチュア。
その様子に、シルヴィーはプゥーッと頬を膨らます。
「しゃ、喋り方がちがうのぢゃ。そんなのは妾ではないのぢゃ」
「いえいえ、ほら、そっくりにすると誰が誰やら分からなくななりますよ。だからおっぱいも少し大きくフペシッ」
――スパァァァァァァァァン
手をヒラヒラと振っているマチュアの顔面に、シルヴィーのハリセンが叩き込まれる。
それはもう、ランディ・バースの素振りのような勢いで。
「そこは忠実に再現せい、不愉快ぢゃ!!」
「はいはーーーい。仰せのままにーっと」
そのままシュンッと元のマチュアの姿に戻ると、その場で呆然としている他の侍女たちの方を向いた。
「あ、このことは内緒ね」
マチュアに向かって、コクコクと頭を縦に振る侍女たち。
「さて、これでマクドガル侯爵の悪巧みは潰した訳だが、あとはこのまま優勝すればいいのか?」
とシルヴィーに問い掛けるストームだが。
本来の目的は『優勝して王位を取り戻す』であるので、其処は全く変わらない。
ただ、目的に変更があるかどうか、それだけを確認したかったための質問である。
「うむ、あと二回勝てばよいのぢゃ、残っている4人のうち二人はストームとマチュア、その他の二人は‥‥これが問題なのぢゃな『ブリュンヒルデ』の側近の一人、名前はエーテルワイズという女性騎士ぢゃ」
真っ赤な金属鎧を身に纏い、神槍ゲイ・ヴォルクを使う女性騎士。ドラゴンスレイヤーの称号を持ち、妖艶にして可憐という反則な外見を持つ女性である。
プリュンヒルデ神聖騎士団に所属し、騎士団の中での人気もかなりのものらしい。
実力もかなり高く、この王都ラグナだけでなく帝国全体でも五指にはいる騎士である。
「ほほう。で、残りの一人は?」
「それがのう‥‥アーノルド伯爵が自ら参戦している。昨日までは『仮面の貴族X』という名前で登録していたので判らなかったのぢゃ」
――ブーーーッ
とストームが紅茶を吹き出す。
「ま、まじですか」
「マジと言う言葉の意味がわからぬが、たぶんまぢぢゃ」
と笑いながらお茶を飲むシルヴィー。
なお、今日のお茶請けはマチュアの作った『揚げパンの砂糖まぶし』である。
マチュアが作り方を屋敷の料理長に教えて作ってもらったもので、この世界にあるもので簡単に作ることが出来るものである。
「マチュアとストームの戦いはない。ストームと仮面の貴族X、マチュアとエーテルワイズという組み合わせになっておる」
「そうか。明日は試合が無いのだよな」
「ない。マクドガル侯爵の件があるから、試合については後日日程を発表するというお触れが、明日交付されることになっとる」
「あー、それでは、暫くは露天だしていいんですね?」
とマチュアがシルヴィーに問い掛ける。
「構わんが、明日は何をつくるのぢゃ? いまから仕込みをして間に合うのか?」
「さて、どうなるでしょう‥‥クックックッ」
と笑いつつ、早速仕入れに走った。
○ ○ ○ ○ ○
その夜。
いつものようにストームは寝る前のストレッチとトレーニングを中庭で行っていた。
試合の日の夜なので簡単なトレーニングのみを行ったらしく、傍らでは汗を拭くためのタオルを持っているシャーリィの姿もある。
「あのねぇ、俺のことは放っておいて先に寝ていてもかまわないんだが」
「そうですか、せめてここにタオルを置いておきますので、汗をお拭きになって下さいね。紅茶のセットも置いておきますから、ちゃんと水分も取って下さいね。では失礼します」
と頭を下げて、シャーリィがその場から離れる。
彼女の足音が遠ざかっていくのを確認すると、ストームは近くの木立をじっと見る。
「さて、ずっと其処に隠れていたようだが、なんのようだ?」
ストームがトレーニングを始めた頃から、そこに何かが隠れていた。
だが、すぐに手を出してくるわけでもなく殺気も感じなかったため、人気がなくなるのをじっと待っていた。
「おや、いつから私にお気づきで?」
スッと、木陰から言葉のみが戻ってくる。
「結構前からだな。それに、気づいていたのは俺だけじゃないが」
と呟く。
――チャキツ
その声の主の首元に、苦無があてがわれた。
忍者が、声の主の後ろに気づかれないように回り込んでいた。
「そちらへどうぞ。行っときますけれど、この屋敷全体には、私が|聖域範囲・侵入者警告の魔法を施しているので。結界内に侵入してきたものは私に連絡が来るのよ。どこにいるのかも分かるわよー」
と姿を表すエンジ。
さすがはアルソーク。警備面は完璧である。
「はいはい。なにもしないわよ‥‥」
と夢魔の姿をした女性・カーマインが姿を表す。
「おや、マクドガル侯爵の相棒でしたっけ?」
とエンジが問い掛ける。貴賓席でエンジは、カーマインの姿を見ていたのである。
「いえいえ、あの方には色々と楽しい思いをさせて頂いただけですわ。私、食材を愛するような変態ではないものでして」
とニコリと笑う。
しかし、食材扱いとはマクドガルも残念な扱いである。
「夢魔‥‥悪魔か?」
外見でそう判断するストーム。
「ええ。お察しの通りの悪魔で御座いますわ」
「確か悪魔は封印されていて、この世界に出ることはないと思ったが、レッサーデーモンといい、お前といい、一体何がおこっている?」
努めて冷静に問い掛けるストーム。
「悪魔の結界はまもなく綻びが生じますわ。すでに『とある事情』により、私達のように悪魔の一部は結界を越えてこの世界に顕現していますわよ。それと今宵ここにきた理由は、あなた達に忠告するためにやって参りましたの」
「まあ、敵対意思がないのなら、悪魔でも何でも俺たちは気にしないが、まあ座れ。茶でもいれてやる」
と告げると、カーマインとエンジはストームの前に座る。
傍らに置いてあった、シャーリィが置いていってくれた紅茶のセットをストームが注ぎ、マチュアとカーマインに手渡す。
「いい茶葉ですね。これほどの一級品、そうそう手に入るものではありませんけれど」
「ベルナー領は食の都だ。この程度のものは簡単に手に入るらしい」
「これもっと蒸らしたほうが‥‥いえすいません」
とマチュアも呟くが、それを無視するようにカーマインは紅茶を飲みつつ話を始めた。
「まだザンジバルは活性化を終えていませんが、『赤神竜』の眷属たちは活性期に入りました。活性化した竜達は餌を求めて、人里を襲うことがありますわ‥‥そのうちの一体『ボルケイド』は、この王都に向かってくるのかもしれませんけれどね」
と告げる。
「向かってくる。ではなく、かも知れないのですか~」
「ええ。確定ではありません。というのも、ボルケイドは、攫われてしまった伴侶を探し求めています」
ふむふむ。
腕を組んでストームはじっと話を聽いている。
「で、その攫われてしまった伴侶というのは?」
「攫ったのは私。マクドガル伯爵の願いで、ストームとスコットという二人の男を倒すために、私は人造悪魔というのを作り上げました。それに使う魂と肉体を作るために、かのボルケイドの伴侶などを材料にしまして」
まるで悪びれることもなく、カーマインはそう告げる。
「で、お前が狙われていると」
「いえいえ。私は狙われません。ただ、眷属の敵を取るためには、この王都には来るでしょう。伴侶たちの血肉と魂で作り出したラグナを倒した、貴方を倒すためにね」
ピクッとストームの眉が上がる。
「何故、お前は狙われない?」
「私が眷属を攫ったことを、彼らは知らないのですから。告げたとしても、信じる前に、眷属を殺した匂いのする貴方を敵とみなすでしょうねぇ‥‥。竜族は殺されるときに、殺したものの魂に『竜殺しの刻印』というものを刻み込みます。私がボルケイドの伴侶を捉えるときは殺さずに捕まえましたし、生かしたまま加工しましたので」
と紅茶を飲み干すと、カーマインはストーム達にスッと頭を下げた。
「では、私はこれにて」
と立ち上がった時、ストームは瞬時に装備を刀に換装し、身構える。
そして素早く抜刀した時。
「これもまた『魂の修練』だそうです。我が主からそう仰せ使いましたので」
―ーピタッ
とカーマインの目の前で刃が止まる。
「何だと?」
「今の言葉に嘘偽りはありませんわ。それではこれで失礼します」
と告げて、カーマインは翼を広げて夜空へと飛び去って行った。
「しかし、なんでこう次々と無理難題が飛んでくることやら」
「一難去ってまた一難だねぃ」
と他人事のように告げるマチュアだが。
「きっとマチュアにも反応が出ているぞ。まあ、いまのが終わらないとわからないけれどな」
と告げて立ち上がると、自室へと戻っていった。
「相変わらずの巻き込まれ体質だねぃ。さて、私も朝早いからそろそ寝るとするかね‥‥」
流石にこんな夜中では何かすることも出来ないと判断し、マチュアも部屋へと戻っていった。
○ ○ ○ ○ ○
翌日。
ストームとマチュアは昨晩の件について、シルヴィーに告げるかどうか考えている。
「このまま王都にいると、ここに竜が来る可能性があるし。難しい所だな」
「かと言って、ドラゴンがストームを狙って来るので此処から離れますとも言えないよねぇ」
と中庭でトレーニング中のストームと、その横で大量のジャガイモの皮を向いているマチュア。
今日も『ザンギ串』と『揚げじゃが』で行くことにしたらしい。
「まあ、注意喚起はしておくか‥‥」
丁度シャーリィが、朝食の準備ができたと二人を呼びに来たので、二人は食堂へと向かった。
そして食事を終えて一休みしているところで、ストームはシルヴィーに人払いを頼む。
「何かあるのぢゃな。皆下がってよい」
と人払いしたところで、マチュアが先に口を開いた。
「この王都にドラゴンがやってくるかもしれません」
――ガチャッ
と手にしたティーカップを落とすシルヴィー。
「どどどど、どういうことぢゃ」
「赤神竜の眷属が活性化している。そのうちの一体、ボルケイドがこの王都にくる可能性がある‥‥情報ソースは秘密だが、これはかなりの確率で的中する」
とストームも告げる。
「そうか。そのなんとかソースというのがよく分からぬが、ドラゴンが来る可能性があるのだな」
「ああ、目的は俺の抹殺。ドラゴンたちのターゲットは俺らしい」
「ち、ちょっと待つのぢゃ。どうしてストームがドラゴンに狙われるのぢゃ?」
と動揺しつつもそう問い掛けるシルヴィー。
「この前の大武道大会で、ラグナの姿を見ていないシルヴィーには分からないか。ラグナはドラゴンの肉体などを使って作り出されたんだ。そのラグナを殺した俺が、奴らのターゲットになってしまっているらしい」
「そんな馬鹿な。もしいまの話が事実なら、作ったものが狙われるのでは?」
「ラグナの中に入っていた魂がドラゴンたちの魂から作られた仮初のものだったら、それを破壊したのは俺だから仕方ないと言えば‥‥そういうことだ」
と告げると、ストームは紅茶を飲み干して立ち上がる。
「ストーム、何処にいくのぢゃ?」
「此処にいるとドラゴンたちが来る可能性がある。試合の日までは何処かに姿を隠すことにする。明後日の朝には、此処に戻ってくるから心配はするな」
と告げてストームは食堂から立ち去る。
「ま、マチュア殿。どうすればいいのぢゃ?」
「そうですねぇ。幻影騎士団の参謀として言いますれば、この件を信頼できる五王の誰かに説明するのが宜しいかと。最も、ストームの命を差し出して怒りを鎮めるとかそういうこと言いましたら、私はこの国から出ていきますよ」
と笑いつつ告げるマチュア。
「そんなことは妾の名において断じてない。ストームの命を差し出すなどと‥‥」
「判っていますよ。幻影騎士団の参謀としての意見です。個人的にはそのドラゴンの殲滅がもっとも手堅いと思っています」
とんでもない意見を告げるマチュア。
「か、勝てると思うか?」
――ゴクッ
と息を飲むシルヴィー。
「さあてねぇ。本気のトリックスターと先導者に何処まで出来るかどうか‥‥取り敢えず王城に向かうのでしたら、私も護衛に付きましょうか? 夕方までは露店ですけれど」
と告げる。
「いまから話をしてくる。マチュア殿は王城までの警護を頼むぞ」
「了解しました。ではお弁当でも作ってきますか‥‥」
と告げて、マチュアは屋敷の厨房を借りてタンドリーサンドを作ると、それをバスケツトに入れてシルヴィーに手渡した。
「おお、タンドリーサンドぢゃ。久し振りぢゃの」
「此方は今日お会いになる五王の方にお渡し下さいタンドリーサンドとザンギ、揚げじゃがの入っているバスケットです」
と別のバスケットを三つ手渡す。
「うむ、話を何処まで信じてくれるかは分からぬが。早速向かうとしよう」
ということで、マチュアの護衛でシルヴィーは王城へと向かった。
○ ○ ○ ○ ○
ラグナ王城、議会室。
マチュアに護衛を頼んだシルヴィーは、ストーム達から聞いたドラゴン襲撃の話をするために、五王に謁見を求めていた。幸いなことに、元々王家の血筋であるシルヴィーは直ぐに謁見を許可され、取り敢えずはこの議会室に案内されたのである。マチュアも一応一緒にいるということで、シルヴィーは少し安心であった。
――ガチャ
「少々遅れたな、申し訳ない」
五王の一人 ケルビム・ラグナ・マリアが蒼いローブのフードを外しつつ、挨拶する。
「祖父どの。実は大変な事になったのぢゃ‥‥」
とシルヴィーが話しかけるが。
「ここではお爺様でも構わんよ。シルヴィー」
と優しく話しかけるケルビム。
「んんん?」
とマチュアが頭を撚るが、それにケルビムはすぐに一言告げた。
「シルヴィーの父、マクシミリアンは私の息子に当たる。まあ、本妻の子ではないので、直接の血筋としては認められていないのだが、実質王家の血筋に間違いはなく、シルヴィーよりも年上の孫たちはいない。私は息子たちと、その直系であるシルヴィーを王家の者と認めているのだが、貴族院がそれを認めないのでのぅ‥‥」
と、なにやら複雑な事情のようである。
その為、マクシミリアンは遠縁として扱われ、辺境に追いやられたらしい。
シルヴィーがケルビムの事を叔父上、祖父殿と呼ぶのも、そういう理由らしい。
「この国は一夫多妻制なのですか?」
「社会的に認められたものはそれでも問題はない。すべての家族を等しく愛する事、そして養えるのならば一夫多妻制は認められているし、当然の権利である」
と笑いながら告げるケルビム。
「そんなことぢゃから、直系でない妾の兄弟がいっぱいいるのぢゃ」
プウッと膨れるシルヴィー。
「い、いやいや、確かにそうなのだが、シルヴィー、お前は私の大切な孫だ、愛するマクシミリアンの子だ‥‥それは判ってくれ」
と困った顔をするケルビム。
「むぅ。確かにお祖父様は幻影騎士団設立にも助力してくれたから、特別に許すのぢゃ。それよりも‥‥」
と、シルヴィーはケルビムに、マチュア達から聞いた話を伝えた。
それは以前、ケルビムが予知の瞳で見た光景そのものである。
「それは、私が以前みた予知と同じ。そうか。シルヴィーの所の騎士が絡んでいたのか」
「ということで、この街に警戒態勢を頼むのぢゃ。この祭りが終わったら、妾たちはこの地を離れる。それまでは、後生なのぢゃ‥‥」
と縋るように告げるシルヴィー。
しかし、ケルビムはウームとうなりつつ、顎鬚を軽く撫で上げる。
「今すぐにこの街から立ち去るという選択肢はないのか? シルヴィー、君の我儘がこの国に住む民を危険に追い込むとは考えていないのか?」
そう、この国の代表の一人として告げるケルビム。
「妾は、この大会で優勝しなくてはならぬのぢゃ‥‥しなければ‥‥ベルナー王国の再興はできないのぢゃ」
その言葉に眉尻を動かすケルビム。
「その話だが。詳しく教えてくれないか?」
やれやれという表情で話しかける。
「実は‥‥」
と、この大会で何故優勝を目指すのか、その理由をケルビムに告げる。
‥‥‥
‥‥
‥
「‥‥そういうことか。しかし、この件は色々と問題がある。今回のこの情報、そしてそれを知りつつ帝国民を危険に晒すシルヴィー。君に王たる器はないと言われても仕方ないのう‥‥」
「‥‥そうぢゃな。爺様の言うとおりぢゃ。妾は自分のことしか考えておらぬ‥‥。分かっているのぢゃ‥‥。祖父殿、妾たちは今日、この国をでる。大会も棄権する‥‥」
――ポタッ‥‥ポタッ‥‥
と、堪えきれず涙を流すシルヴィー。
いま、ここで王国復興の夢が崩れてしまったのだ。
頭を下げて立ち上がろうとするシルヴィーだが、ケルビムはフッと優しい瞳でシルヴィーを見た。
「まあ待ちなさい。説教は此処までにしておくか。わしはこれから孫の夢と王都の全ての民の安全の二つを考えなくてはならぬのだ。今日は屋敷に戻ってゆっくりと休みなさい。決して悪いようにはしない。爺いの言葉を信じてな」
と立ち上がり、その場を後にするケルビム。
それを見送った後、シルヴィーとマチュアも王城をあとにした。
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