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第一部・二人の転生者と異世界と
ラグナ動乱・その4・本領発揮しています
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いよいよ大武道大会が始まる。
大会は参加者32名によるトーナメント。
本日は2回戦のラストまで行い、明日は午前中で決勝まで試合を進め、午後から決勝戦である。
僅か2日で大会は終わるが、その内容は兎に角濃いものとなっていた。
ストームは左側の第2試合、マチュアは右側の最終戦に登録された。
これは厳正な抽選によって行われたらしく、番号の書いた木札の入った箱から、参加者は一枚ずつ引く。
書いてあった番号が、その選手のトーナメントの番号である。
「‥‥3番か」
ストームの引いた番号は3番、トーナメントでは左側の16人グループに当たる。
「おおう、36番引いたぁ!!」
とマチュアは36番、右側の16人の最後である。
「ということは、当たるのは決勝か」
「まあ、せいぜい頑張ってねー」
ストームとマチュアが笑いながら会話をしているが、周囲の空気は緊張しまくっている。
中には、この大会に参加するために、遠路はるばると船でやって来た参加者も居た。
しかもそのような者達は、大体が国の威信を背負っている代表であったり、諸国を漫遊している達人なのである。
当然ながら、マチュアは完全に他の選手からはノーマーク、ストームは先日の闘技場での出来事を知っている者達からは目をつけられているが、それ以外からはやはりノーマークである。
そして、一度参加者全員は控室へと戻された。
あとは、そのまま自分の出番を待っているしかない。
試合時間までにストレッチを行ったり、自分の武具の調子を確かめたりと、兎に角準備に大忙しのようである。まさに一触即発という感じの雰囲気が、控室に漂っているのであるが。
――モグッ‥‥モグッ‥‥
「ぷはー。うん、試合前の食事は美味い!! ストームが第2試合で、私が第16試合だから。今のうちに腹ごなしないとねー」
新しく作ったタンドーリチキンサンドを食べているマチュア。
その様子を、ストームは呆れた表情で見ている。
「試合前なのによく食べるよなー」
「腹が減っては戦にならぬって、ね。ストームも食べる?」
「食べるかーい」
ノリツッコミをするストームである。
――ドタドタドタドタ
と、突然控室に担架が運び込まれる。
第1試合が終了したらしく、その敗者が担架で運び込まれたのだ。
全身がズタズタに切り裂かれ、左腕が肘から切断されている。
恐らくは他国の剣闘士なのであろうが、今はもう見るも無残な状態になっていた。
「酷いな。此処までするものか」
とストームが呟く。
(あの顔色と痙攣は失血性ショックか。この世界の医学ではそんな言葉はないから、治療方法もないだろう‥‥)
そんな事を考えていたストームに、マチュアが一言。
「治療師はいるみたいだけど。あれはダメだ、もう助からないよね」
そのマチュアの言葉が届いたのか、犠牲者のもとに駆けつけた治療師が、頭を左右に振った。
まだ息はあるらしいが、魔法による手当も間に合わないようだ。
その光景を見て、ストームがマチュアに対して、犠牲者を指差す。
「失血性ショックだ。とりあえず傷を止めないと話にならない、頼む」
「仕方ないかぁ。目の前の怪我人は放っておけませんからねぇ‥‥」
ストームの元々の職業は整骨医。怪我人を見捨てるという選択肢は存在しないのである。
「それじゃあ、お手伝いしますから。貴方は傷口に向かって手をかざしてね」
とマチュアが治療師の後ろに近づいていく。
「あ、貴方は?」
治療師が問い掛けるが
「通りすがりのトリックスターだよ。少し魔力借りるから。貴方は中治療を施してね」
と、マチュアは左手を治療師の肩に、そして右手は怪我人にそっと当てて、魔法を発動する。
「魔力増幅っと‥‥」
──ブゥゥゥゥゥン
すると、怪我人の体は淡い光に包まれ、少しずつ傷が癒えていく。
それを確認すると、マチュアは治療師の肩から手を離した。
「いまの魔法は、貴方の魔力を増幅しただけ。あとは貴方が魔力を注いで。そうすれば助かるから」
とだけ告げて、ストームのもとに戻っていく。
「てっきりマチュアが回復魔法使うと思ったのだが。あんな上級な魔法、試合前なのに魔力持つのか?」
「今のはね、あの治療師さんの魔力を増幅しただけ。『五式』で発動したから、治療師さんの魔力は5倍に跳ね上がっている筈。それだと中治療は発動できるから、あの人の傷は1時間もすれば治るよ」
とストームに告げる。
「そういうものなのか?」
「そういう事。色々と調べたんだけれど、魔法の発動って、みんなロスが多すぎるんだよねー。発動に魔力使い過ぎで、そのあとの維持や効果上昇の使い方を知らないもみたい」
と軽く話しをしている。
いまの光景を見ている他の参加者たちは、マチュアの魔法の凄さに息を飲んでいた。
「す、すまないが、俺の怪我を見てくれるか? 古傷が痛むんだが‥‥」
と奥に座っていた軽装備の戦士が、マチュアに話しかけてくるが。
「あ、あんたのは古傷じゃないよ。体幹が歪んでいるから、体に負荷がかかっているんだ。試合が終わったら見てやるから、それまでベンチに転がっていろ」
とストームが戦士に告げると、廊下に向かって歩き始める。
「そ、そうなのか?」
と不安そうに見る戦士に、マチュアが一言。
「私は魔法で怪我を治すけど、ストームは魔法なんて使わないで治すからねぇ‥‥」
とその時。
ストームを呼ぶ声が廊下から聞こえてきた。
「ストーム選手、入場お願いします」
「さて、それじゃあ行ってくる」
「死ななきゃ、何とかしてやるから」
そのマチュアの言葉に、ストームは笑いながら通路へと向かって行った。
○ ○ ○ ○ ○
会場は大賑わいだ。
第一試合がまさに剣闘士同士の激しい戦いだったらしく、会場は既に興奮の坩堝と化していた。
そして第2試合に姿を表したのは、この王国騎士団の中でもトッブと言われていてる男である。
「第2試合っ。ラグナ王国騎士団・第一騎士隊の団長の『オルファース』の登場だぁぁぁぁ」
――ワァァァァァァァァァァァァァァァッ
と歓声が巻き上がる。
全身をミスリルの鎧に覆われ、頭には羽飾りの付いた兜。丸い楯とロングソードという出で立ちである。
「そして対戦者は、先日発足したベルガーの幻影騎士団から‥‥ボディビルダー? ストームの登場だっ」
またも歓声が上がる。
その中でストームは、来ていた上着を脱ぎ捨てて静かにポージングを取る。
リラックス・ポーズから始まり、一呼吸おきながら美しい上腕筋を披露すると、さらに羽のように広がる広背筋、そして胸筋と腕、肩、下半身の筋肉を美しく見せた。
その動きに、観客は釘付けである。
なぜなら、ストームは『武神セルジオの再来』と会場では噂されている。
そんな彼が、セルジオのポーズを次々と披露したのだから、信者にとってはたまらないのである。
「それでは両者、開始線に立って‥‥はじめっ!!」
――ゴォォォォォォン
試合開始の銅鑼がなる。
「ふん、成り上がりの騎士が‥‥ここでお終いだっ!!」
オルファースが素早く間合いを詰めて、ストームに向かってロングソードを叩き込む。
それをいとも簡単に躱すと、ストームは体勢を整えてじっと構えを取る。
「オルファースさんっていいましたか。本気でかかってきて構いませんよ」
と丁寧に話しかける。
「ふん、言われなくてもっ!!」
――ヒュンッヒュンッ
オルファースのロングソードが宙空を斬る。
決して、この男は弱くない。
それは対戦しているストームが実感している。
技のキレ、体勢の立て直しと間合いのとり方、それは一流の騎士のそれである。
(スコット団長が戦っていたら、勝てないレベルか‥‥)
と心のなかで告げると、ストームは早速攻撃に移る。
――ガシッ!!
オルファースの攻撃してきた腕を、踏み込んで右腕で受け止めると、そのままオルファースの右手首を掴んでぐるっとオルファースの後ろに回り込んだ。
そしてオルファースの背後に立つと、ストームは背後から腰に手を回し、掴んでいる右腕を自分の方向へと引っ張った!!
まるでコマのように、オルファースはその場で勢いよく体が反転する。
「ふん、この程度の攻撃な‥‥ドブッ!!」
ぐるっと回って体勢が崩れたオルファースの首元に向かって、ショートレンジのラリアートを叩き込む。
もしこれが地球アなら、だれもがこの技の名前を叫んでいただろう。
『レインメーカー』と。
――ドッゴォォォォォォォッ
首を軸に半回転し、オルファースが大地に倒される。
「ぐっ‥‥ぐはっ‥‥」
鎧のせいで満足に受け身が取れず、衝撃だけが全身に伝わる。
「まだやるか?」
――ガシッ
と、鎧の首元を踏みつけて一言告げる。
「‥‥もしストーム殿が武器を持っていたら、とどめを刺されていただろうな。完敗だ、吾輩の負けだ」
と両手を広げて、負けを宣言するオルファース。
――ウワァァァァァァァァァァァァァァァァ
歓声が響く。
彼方此方で木札が中に舞い、絶叫する人々の姿が見える。
大会では賭が行われていたらしい。大会本命と呼ばれているオルファースがまさかの一回戦敗退。
賭は大いに荒れたのであろう。
「勝者、幻影騎士団、ストームっっっっっつっ」
グッと右腕を高く上げ、ストームは退場した。
○ ○ ○ ○ ○
控室に戻ったストームに、マチュアが近寄ると。
「回復、いらないしょ?」
「いらない。けど、何か違和感がある」
と告げる。
「んーー、それはアレだね。『俺のステータスだと楽勝なはずなのに、ギリギリの戦いに感じる』っていうやつでしょ」
「なんで‥‥と言うか、マチュアもそうなのか」
と納得する。
「あまり気にしないほうがいいよ。これのおかげで、化け物扱いはされていないからね」
とストームに聞こえるるように告げる。
「あ、あの、俺の体だが」
と先程の戦士が話しかけてきたので、ストームは早速戦士に向かって施術を開始した。
暫くしてマチュアが呼び出されると、ぐっと拳を握って控室をあとにした。
「いよいよ、一回戦の最後の試合だっっっっっ。ドワーフの国からやってきたバーサーカー、異形のドワーフ・ゴラオンの入場だっ!!」
通路から姿を表したのは、身長が2mを越えた巨体。
全身革鎧に巨大な両手剣を構えているその姿は、ドワーフと呼ぶよりは巨人族であろう。
――ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ
盛り上がりを見せる観客たち。
――ゴッラッオーン、ゴッラッオーン
会場全体に、ゴラオンコールが響き渡る。
「ありゃ、これは完全にアウェーだねい」
と頬をボリボリと掻きつつ、マチュアも会場に入っていく。
「対戦相手はまたしても幻影騎士団。ここまで登録されている幻影騎士団は、全て勝ち残っているっっっ。ここで初めての黒星となるか、トリックスターのマチュアの登場だっ!!」
未だ、会場はゴラオンコールに包まれている。
「え? 私負けるの大前提なの?」
と呟くが、どうにもこうにも、空気は完全にアウェー状態。
「それでは、はじめっ!!」
――ドワワワァァァァァァァン
銅鑼がなり響くと同時に、ゴラオンは両手で剣を構えると力いっぱい頭上から振り下ろした。
(あ、これは盛り上げれますねー)
――ガィィィィン
マチュアは手にした両手剣『太陽剣ヘリオス』を下段から、ゴラオンの剣に向かって打ち上げた。
両者共に剣が弾かれると、そのままお互いに構え直し、打ち合う。
――ガギィィィン、ガギィィィィン
しばし二人の剣戟が続いていく。
会場は興奮の坩堝に包まれているが、やがてあることに気がつく。
ゴラオンが、一歩、また一歩と押されているのである。
「ふう。流石に力強くてキツイわぁ‥‥」
汗が頬を伝っていく。
そして目の前のゴラオンもまた、笑いながら剣を振るい続けていた。
「よーいよいよい。体もあたたまった。ここらで本気を出すとするかっ!!」
――ガァァァァァン
と、突然マチュアの剣が弾き飛ばされた。
ゴラオンの体の色が赤みを帯びているのに気がつく。
「まさか‥‥狂化ですか!!」
――ブゥン
以前よりも鋭い攻撃。
それをマチュアは必死に躱し、右手を差し出した!!
‥‥‥
‥‥
‥
――ズバァァァァッ
マチュアの右腕が、上腕部より切断される。
「ぐあっ!!」
と傷口を押さえつつその場に跪まづいてしまう。
――ガァァァァァン
ゴラオンの攻撃は、まったく止むことはない。
「ソラソラソラソラァァァァァ」
目が血走り、筋肉は怒張する。
ドワーフの『狂化』は、本来の肉体のステータスを何倍にも上げることが出来ると、マチュアはアンジェラから聞かされていた筈であった。
だが、聞いたのと実体験するのとでは、明らかに違いがありすぎる。
――ガィン、ガイィィィン
残った左腕で頭をかばうマチュア。
だが、ゴラオンの攻撃はすざましく、マチュアの着ていた鎧がどんどんと破壊されていく。
一体どれぐらい、マチュアは攻撃を受け続けてきたのだろう。
すでに全身の鎧は砕かれ、白い皮膚の彼方此方が切り裂かれ始めていた。
「まだか、まだ負けを認めないのか‥‥」
そう叫ぶゴラオンだが、マチュアの瞳にはまだ敗北の色は見えていない。
「よかろう。死こそ最大の名誉と知れ!!」
――ズバァッズバァァァァッ
白い柔肌が、次々と切り裂かれ始めた。
‥
‥‥
‥‥‥
会場にいるものたちは、いま、何が起こっているのか理解していない。
マチュアが右手を差し出した瞬間、ゴラオンの攻撃は止まっていたのである。
「ふう。この場合は、勝敗はどうなるのでしょーかねぇ」
マチュアが弾き飛ばされた剣を拾い上げ、背中の鞘に納めるとその場に座って一休みする。
右手を差し出した瞬間に、マチュアは魔法を発動した。
幻影投射と呼ばれる幻覚魔法で、対象となったゴラオンは自分にとって都合のいい、それでいて違和感のない幻覚を見続けることになってしまったらしい。
マチュアが解除しない限り、よほど精神力が強いものでない限りは解除不可能。
幻覚の中で違和感を探さなくてはならないのだが、相手にとって都合の良い幻覚なのだから、解除することはほぼ不可能である。
やがて会場がザワザワとし始めた。
「一体どうなっているんだ?」
「ゴラオンが動かないのはどうしてだ?」
と彼方此方から聞こえてくる不安そうな声。
やがてゴラオンが膝から崩れ、その場に崩れ落ちた。
ゴラオンの精神が限界を迎えたらしい。
――パチィン
と術を解除するマチュア。
それと同時に
「し、勝者、マチュア!!」
と勝ち名乗りを挙げられるが、会場からはブーイングが飛び交う。
正々堂々が信条の武道大会において、幻覚魔法を駆使して勝ちを拾う。
その戦い方が、会場の観客たちには我慢出来なかったらしい。
「ふぅ。あそこで魔法使わないと、本当に腕持って行かれていますよ。まったく‥‥」
と呟きつつ、マチュアは控室へと戻っていった。
大会は参加者32名によるトーナメント。
本日は2回戦のラストまで行い、明日は午前中で決勝まで試合を進め、午後から決勝戦である。
僅か2日で大会は終わるが、その内容は兎に角濃いものとなっていた。
ストームは左側の第2試合、マチュアは右側の最終戦に登録された。
これは厳正な抽選によって行われたらしく、番号の書いた木札の入った箱から、参加者は一枚ずつ引く。
書いてあった番号が、その選手のトーナメントの番号である。
「‥‥3番か」
ストームの引いた番号は3番、トーナメントでは左側の16人グループに当たる。
「おおう、36番引いたぁ!!」
とマチュアは36番、右側の16人の最後である。
「ということは、当たるのは決勝か」
「まあ、せいぜい頑張ってねー」
ストームとマチュアが笑いながら会話をしているが、周囲の空気は緊張しまくっている。
中には、この大会に参加するために、遠路はるばると船でやって来た参加者も居た。
しかもそのような者達は、大体が国の威信を背負っている代表であったり、諸国を漫遊している達人なのである。
当然ながら、マチュアは完全に他の選手からはノーマーク、ストームは先日の闘技場での出来事を知っている者達からは目をつけられているが、それ以外からはやはりノーマークである。
そして、一度参加者全員は控室へと戻された。
あとは、そのまま自分の出番を待っているしかない。
試合時間までにストレッチを行ったり、自分の武具の調子を確かめたりと、兎に角準備に大忙しのようである。まさに一触即発という感じの雰囲気が、控室に漂っているのであるが。
――モグッ‥‥モグッ‥‥
「ぷはー。うん、試合前の食事は美味い!! ストームが第2試合で、私が第16試合だから。今のうちに腹ごなしないとねー」
新しく作ったタンドーリチキンサンドを食べているマチュア。
その様子を、ストームは呆れた表情で見ている。
「試合前なのによく食べるよなー」
「腹が減っては戦にならぬって、ね。ストームも食べる?」
「食べるかーい」
ノリツッコミをするストームである。
――ドタドタドタドタ
と、突然控室に担架が運び込まれる。
第1試合が終了したらしく、その敗者が担架で運び込まれたのだ。
全身がズタズタに切り裂かれ、左腕が肘から切断されている。
恐らくは他国の剣闘士なのであろうが、今はもう見るも無残な状態になっていた。
「酷いな。此処までするものか」
とストームが呟く。
(あの顔色と痙攣は失血性ショックか。この世界の医学ではそんな言葉はないから、治療方法もないだろう‥‥)
そんな事を考えていたストームに、マチュアが一言。
「治療師はいるみたいだけど。あれはダメだ、もう助からないよね」
そのマチュアの言葉が届いたのか、犠牲者のもとに駆けつけた治療師が、頭を左右に振った。
まだ息はあるらしいが、魔法による手当も間に合わないようだ。
その光景を見て、ストームがマチュアに対して、犠牲者を指差す。
「失血性ショックだ。とりあえず傷を止めないと話にならない、頼む」
「仕方ないかぁ。目の前の怪我人は放っておけませんからねぇ‥‥」
ストームの元々の職業は整骨医。怪我人を見捨てるという選択肢は存在しないのである。
「それじゃあ、お手伝いしますから。貴方は傷口に向かって手をかざしてね」
とマチュアが治療師の後ろに近づいていく。
「あ、貴方は?」
治療師が問い掛けるが
「通りすがりのトリックスターだよ。少し魔力借りるから。貴方は中治療を施してね」
と、マチュアは左手を治療師の肩に、そして右手は怪我人にそっと当てて、魔法を発動する。
「魔力増幅っと‥‥」
──ブゥゥゥゥゥン
すると、怪我人の体は淡い光に包まれ、少しずつ傷が癒えていく。
それを確認すると、マチュアは治療師の肩から手を離した。
「いまの魔法は、貴方の魔力を増幅しただけ。あとは貴方が魔力を注いで。そうすれば助かるから」
とだけ告げて、ストームのもとに戻っていく。
「てっきりマチュアが回復魔法使うと思ったのだが。あんな上級な魔法、試合前なのに魔力持つのか?」
「今のはね、あの治療師さんの魔力を増幅しただけ。『五式』で発動したから、治療師さんの魔力は5倍に跳ね上がっている筈。それだと中治療は発動できるから、あの人の傷は1時間もすれば治るよ」
とストームに告げる。
「そういうものなのか?」
「そういう事。色々と調べたんだけれど、魔法の発動って、みんなロスが多すぎるんだよねー。発動に魔力使い過ぎで、そのあとの維持や効果上昇の使い方を知らないもみたい」
と軽く話しをしている。
いまの光景を見ている他の参加者たちは、マチュアの魔法の凄さに息を飲んでいた。
「す、すまないが、俺の怪我を見てくれるか? 古傷が痛むんだが‥‥」
と奥に座っていた軽装備の戦士が、マチュアに話しかけてくるが。
「あ、あんたのは古傷じゃないよ。体幹が歪んでいるから、体に負荷がかかっているんだ。試合が終わったら見てやるから、それまでベンチに転がっていろ」
とストームが戦士に告げると、廊下に向かって歩き始める。
「そ、そうなのか?」
と不安そうに見る戦士に、マチュアが一言。
「私は魔法で怪我を治すけど、ストームは魔法なんて使わないで治すからねぇ‥‥」
とその時。
ストームを呼ぶ声が廊下から聞こえてきた。
「ストーム選手、入場お願いします」
「さて、それじゃあ行ってくる」
「死ななきゃ、何とかしてやるから」
そのマチュアの言葉に、ストームは笑いながら通路へと向かって行った。
○ ○ ○ ○ ○
会場は大賑わいだ。
第一試合がまさに剣闘士同士の激しい戦いだったらしく、会場は既に興奮の坩堝と化していた。
そして第2試合に姿を表したのは、この王国騎士団の中でもトッブと言われていてる男である。
「第2試合っ。ラグナ王国騎士団・第一騎士隊の団長の『オルファース』の登場だぁぁぁぁ」
――ワァァァァァァァァァァァァァァァッ
と歓声が巻き上がる。
全身をミスリルの鎧に覆われ、頭には羽飾りの付いた兜。丸い楯とロングソードという出で立ちである。
「そして対戦者は、先日発足したベルガーの幻影騎士団から‥‥ボディビルダー? ストームの登場だっ」
またも歓声が上がる。
その中でストームは、来ていた上着を脱ぎ捨てて静かにポージングを取る。
リラックス・ポーズから始まり、一呼吸おきながら美しい上腕筋を披露すると、さらに羽のように広がる広背筋、そして胸筋と腕、肩、下半身の筋肉を美しく見せた。
その動きに、観客は釘付けである。
なぜなら、ストームは『武神セルジオの再来』と会場では噂されている。
そんな彼が、セルジオのポーズを次々と披露したのだから、信者にとってはたまらないのである。
「それでは両者、開始線に立って‥‥はじめっ!!」
――ゴォォォォォォン
試合開始の銅鑼がなる。
「ふん、成り上がりの騎士が‥‥ここでお終いだっ!!」
オルファースが素早く間合いを詰めて、ストームに向かってロングソードを叩き込む。
それをいとも簡単に躱すと、ストームは体勢を整えてじっと構えを取る。
「オルファースさんっていいましたか。本気でかかってきて構いませんよ」
と丁寧に話しかける。
「ふん、言われなくてもっ!!」
――ヒュンッヒュンッ
オルファースのロングソードが宙空を斬る。
決して、この男は弱くない。
それは対戦しているストームが実感している。
技のキレ、体勢の立て直しと間合いのとり方、それは一流の騎士のそれである。
(スコット団長が戦っていたら、勝てないレベルか‥‥)
と心のなかで告げると、ストームは早速攻撃に移る。
――ガシッ!!
オルファースの攻撃してきた腕を、踏み込んで右腕で受け止めると、そのままオルファースの右手首を掴んでぐるっとオルファースの後ろに回り込んだ。
そしてオルファースの背後に立つと、ストームは背後から腰に手を回し、掴んでいる右腕を自分の方向へと引っ張った!!
まるでコマのように、オルファースはその場で勢いよく体が反転する。
「ふん、この程度の攻撃な‥‥ドブッ!!」
ぐるっと回って体勢が崩れたオルファースの首元に向かって、ショートレンジのラリアートを叩き込む。
もしこれが地球アなら、だれもがこの技の名前を叫んでいただろう。
『レインメーカー』と。
――ドッゴォォォォォォォッ
首を軸に半回転し、オルファースが大地に倒される。
「ぐっ‥‥ぐはっ‥‥」
鎧のせいで満足に受け身が取れず、衝撃だけが全身に伝わる。
「まだやるか?」
――ガシッ
と、鎧の首元を踏みつけて一言告げる。
「‥‥もしストーム殿が武器を持っていたら、とどめを刺されていただろうな。完敗だ、吾輩の負けだ」
と両手を広げて、負けを宣言するオルファース。
――ウワァァァァァァァァァァァァァァァァ
歓声が響く。
彼方此方で木札が中に舞い、絶叫する人々の姿が見える。
大会では賭が行われていたらしい。大会本命と呼ばれているオルファースがまさかの一回戦敗退。
賭は大いに荒れたのであろう。
「勝者、幻影騎士団、ストームっっっっっつっ」
グッと右腕を高く上げ、ストームは退場した。
○ ○ ○ ○ ○
控室に戻ったストームに、マチュアが近寄ると。
「回復、いらないしょ?」
「いらない。けど、何か違和感がある」
と告げる。
「んーー、それはアレだね。『俺のステータスだと楽勝なはずなのに、ギリギリの戦いに感じる』っていうやつでしょ」
「なんで‥‥と言うか、マチュアもそうなのか」
と納得する。
「あまり気にしないほうがいいよ。これのおかげで、化け物扱いはされていないからね」
とストームに聞こえるるように告げる。
「あ、あの、俺の体だが」
と先程の戦士が話しかけてきたので、ストームは早速戦士に向かって施術を開始した。
暫くしてマチュアが呼び出されると、ぐっと拳を握って控室をあとにした。
「いよいよ、一回戦の最後の試合だっっっっっ。ドワーフの国からやってきたバーサーカー、異形のドワーフ・ゴラオンの入場だっ!!」
通路から姿を表したのは、身長が2mを越えた巨体。
全身革鎧に巨大な両手剣を構えているその姿は、ドワーフと呼ぶよりは巨人族であろう。
――ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ
盛り上がりを見せる観客たち。
――ゴッラッオーン、ゴッラッオーン
会場全体に、ゴラオンコールが響き渡る。
「ありゃ、これは完全にアウェーだねい」
と頬をボリボリと掻きつつ、マチュアも会場に入っていく。
「対戦相手はまたしても幻影騎士団。ここまで登録されている幻影騎士団は、全て勝ち残っているっっっ。ここで初めての黒星となるか、トリックスターのマチュアの登場だっ!!」
未だ、会場はゴラオンコールに包まれている。
「え? 私負けるの大前提なの?」
と呟くが、どうにもこうにも、空気は完全にアウェー状態。
「それでは、はじめっ!!」
――ドワワワァァァァァァァン
銅鑼がなり響くと同時に、ゴラオンは両手で剣を構えると力いっぱい頭上から振り下ろした。
(あ、これは盛り上げれますねー)
――ガィィィィン
マチュアは手にした両手剣『太陽剣ヘリオス』を下段から、ゴラオンの剣に向かって打ち上げた。
両者共に剣が弾かれると、そのままお互いに構え直し、打ち合う。
――ガギィィィン、ガギィィィィン
しばし二人の剣戟が続いていく。
会場は興奮の坩堝に包まれているが、やがてあることに気がつく。
ゴラオンが、一歩、また一歩と押されているのである。
「ふう。流石に力強くてキツイわぁ‥‥」
汗が頬を伝っていく。
そして目の前のゴラオンもまた、笑いながら剣を振るい続けていた。
「よーいよいよい。体もあたたまった。ここらで本気を出すとするかっ!!」
――ガァァァァァン
と、突然マチュアの剣が弾き飛ばされた。
ゴラオンの体の色が赤みを帯びているのに気がつく。
「まさか‥‥狂化ですか!!」
――ブゥン
以前よりも鋭い攻撃。
それをマチュアは必死に躱し、右手を差し出した!!
‥‥‥
‥‥
‥
――ズバァァァァッ
マチュアの右腕が、上腕部より切断される。
「ぐあっ!!」
と傷口を押さえつつその場に跪まづいてしまう。
――ガァァァァァン
ゴラオンの攻撃は、まったく止むことはない。
「ソラソラソラソラァァァァァ」
目が血走り、筋肉は怒張する。
ドワーフの『狂化』は、本来の肉体のステータスを何倍にも上げることが出来ると、マチュアはアンジェラから聞かされていた筈であった。
だが、聞いたのと実体験するのとでは、明らかに違いがありすぎる。
――ガィン、ガイィィィン
残った左腕で頭をかばうマチュア。
だが、ゴラオンの攻撃はすざましく、マチュアの着ていた鎧がどんどんと破壊されていく。
一体どれぐらい、マチュアは攻撃を受け続けてきたのだろう。
すでに全身の鎧は砕かれ、白い皮膚の彼方此方が切り裂かれ始めていた。
「まだか、まだ負けを認めないのか‥‥」
そう叫ぶゴラオンだが、マチュアの瞳にはまだ敗北の色は見えていない。
「よかろう。死こそ最大の名誉と知れ!!」
――ズバァッズバァァァァッ
白い柔肌が、次々と切り裂かれ始めた。
‥
‥‥
‥‥‥
会場にいるものたちは、いま、何が起こっているのか理解していない。
マチュアが右手を差し出した瞬間、ゴラオンの攻撃は止まっていたのである。
「ふう。この場合は、勝敗はどうなるのでしょーかねぇ」
マチュアが弾き飛ばされた剣を拾い上げ、背中の鞘に納めるとその場に座って一休みする。
右手を差し出した瞬間に、マチュアは魔法を発動した。
幻影投射と呼ばれる幻覚魔法で、対象となったゴラオンは自分にとって都合のいい、それでいて違和感のない幻覚を見続けることになってしまったらしい。
マチュアが解除しない限り、よほど精神力が強いものでない限りは解除不可能。
幻覚の中で違和感を探さなくてはならないのだが、相手にとって都合の良い幻覚なのだから、解除することはほぼ不可能である。
やがて会場がザワザワとし始めた。
「一体どうなっているんだ?」
「ゴラオンが動かないのはどうしてだ?」
と彼方此方から聞こえてくる不安そうな声。
やがてゴラオンが膝から崩れ、その場に崩れ落ちた。
ゴラオンの精神が限界を迎えたらしい。
――パチィン
と術を解除するマチュア。
それと同時に
「し、勝者、マチュア!!」
と勝ち名乗りを挙げられるが、会場からはブーイングが飛び交う。
正々堂々が信条の武道大会において、幻覚魔法を駆使して勝ちを拾う。
その戦い方が、会場の観客たちには我慢出来なかったらしい。
「ふぅ。あそこで魔法使わないと、本当に腕持って行かれていますよ。まったく‥‥」
と呟きつつ、マチュアは控室へと戻っていった。
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