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二十二卦・師父直伝の功夫
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『いいねぇ。でも、実力が伴っていなければ、只の蛮勇だねぇ』
──ダン!
緋風妃の侍女が白梅の前にある机を蹴り上げる。
それはたった一撃で天井近くまで吹き飛んだのだが、その直後に蹴り上げた侍女も身体をくの字状に曲げて入り口扉に向かって吹き飛ばされた。
──ドンガラガッシャーン
そして机が落下して床に散らばった時、すでに白梅は机の奥側には存在しない。
侍女が机を蹴り上げた瞬間に素早く立ち上がると、腰を落としてから侍女に向かって踏み込み、右肘撃を叩き込んだのである。
『なっ、なんだ今の動きは、全く見えなかったぞ?』
「うん、三下相手に全力を見せる必要はないと思っていますけれど、それでも今の一撃は私の膂力の一成(一割)も出ていませんが。うん、毎朝の導術の方が負荷が掛かっていい感じですか……はぁ」
白梅に向かってもう一人の侍女も殴りかかるものの、その拳を右手で受け止め、そのまま外に向かって払いつつ左掌で侍女の右原に向かって鞭打(掌底を鞭のようにしならせて打つ技)を叩き込み、そのまま力任せに右壁に向かって叩きつける。
――ドッゴォォォォォッ
そのまま力なく床に崩れる侍女たち。
その姿を見て、白梅はもう一度、深くため息をつく。
「本当に、わかりやすい思考をしていらっしゃることで。それで、緋風妃はどうなさいますか? この侍女たちは私を手ごまにしようとして失敗しましたけれど……」
そう白梅が問いかけるものの、緋風《フェイフェン》妃は目の前で起こった出来事を呆然と見つめているだけ。
そして白梅の言葉に耳を傾けていたもう一人の侍女が緋風《フェイフェン》妃の着衣の裾を軽く引っ張ると、正気に戻った緋風《フェイフェン》が大声で叫んだ!!
「誰かぁぁぁぁぁぁぁぁ、私の侍女が暴漢まがいのものに襲われましたぁぁぁぁぁ」
力いっぱい叫んだ後、緋風《フェイフェン》妃は白梅を見てニイッと笑みを浮かべる。
『さて、貴方は私の立場を知っていますわよね? 請われてこの後宮にやって来た貴妃の一人である私の言葉と、貴方のような下賤な相談役の言葉、どちらを信用されるでしょう?』
そう緋風《フェイフェン》妃が呟いた直後、相談所の扉が力いっぱい蹴破られると、東廠長である洪氏とその部下が、次々と相談所の中へと飛び込んで来た。
そして洪氏が室内の惨劇を見渡した直後、緋風《フェイフェン》妃はふらふらと足取りもおぼつかないようなそぶりでその場にへたり込むと、洪氏に向かって瞳を潤ませつつ言葉を発する。
「そこのものが、突然私の侍女たちに狼藉を働きました」
「なんだって、白梅、それは本当なのか?」
立場上は貴妃の言葉に耳を傾ける必要がある洪氏だが。
先日、ここで白梅が占いを行ったときの結果を聞いている以上、彼女の言葉のすべてを信じる訳にはいかない。
そして東廠務めの武官たちも白梅に向かって鉄棒を構えるものの、洪氏の指示をじっと待っている。
「さて、まずは一つめから……と、その前に、いきなりこんな場所に来て状況も分からないでしょうから、まずは喉でも潤してください」
近くの水瓶から水を組み上げると、白梅はその水にそっと仙気を忍ばせる。
それを柄杓ごと洪氏に差し出すと、白梅の言葉を疑うことなく一口飲む。
――スッ
洪氏の体内に白梅の仙気が注ぎ込まれると、彼女の見聞きした者が全て講師の頭の中にも伝わって来る。
それはつまり、白梅の耳を通して聞こえてくる『北夷』の言葉が神泉華大国の言葉に翻訳され、洪氏の耳へと届くというもの。
『へっへっへっ……これであんたも終わりだよ。最初から素直に私たちに協力していればよかったものを』
『まったくだよ。腕っぷしは強いようだから、このあとはあんたを奴隷として私たちが好き勝手使えるようにさせてもらうだけだ』
侍女たちが立ちあがりつつ、口々に下卑た言葉を呟く。
それは白梅の耳を通して洪氏の元へも届く。
だが、その言葉に表情を歪ませることなく、洪氏は緋風《フェイフェン》妃を抱き上げて近くの椅子に座らせると、そのまま近くの侍女に話しかけてみた。
「最初から、なにが起こったのか説明して貰えますか? ああ、我が国の言葉は難しいかもしれませんので、わかる範囲で結構です」
「はい……その男、緋風《フェイフェン》妃の相談を笑って無視した、侍女起こったら、いきなり殴りつけて来た」
片言で呟く侍女に、緋風《フェイフェン》妃も頷く。
『まあ、それでいいわ。どうせここの人たちは北夷の言葉を理解できないから。通訳担当の侍女からも、その白梅とかいう男しかいないって聞いていたし、そいつも私の侍女に暴力を振るった罪人だから、言い訳なんて聞いて貰えるはずはないわ……ほんっとうに面白いわ。あとはその男を罪人として私がもらい受けてから、霊符で奴隷にして仕舞えばいい』
『まったくですよ。ここまで話がうまく進むなんて予定外です』
『ただ、私たちを一撃で倒したあの腕っぷし、北夷の千人長が10人束になっても勝てないですね、それだけの膂力を持っています』
表情は悲しげに呟いている緋風《フェイフェン》妃と、同じように心配そうな表情をしている侍女たち。
だが、口から零れているのは『どうせ華大国の人毛戦は北夷の言葉を理解できない』というおごりからでた本音。
そしてちょうど、洪氏から柄杓を受け取って水を飲んでいた武官たちも、彼女たちの言葉を『白梅の耳』を通じて理解した。
「なるほど……では、この場は私が預かりましょう。緋風《フェイフェン》妃は一度、侍女たちと共に青鸞宮にお戻りください。処分などが決まりましたら、また改めてご連絡差し上げますので」
勝った。
洪氏の言葉を聞いて、緋風《フェイフェン》妃はそう心の中で呟く。
そして今にも浮かれ飛び跳ねそうな気持をぐっと抑え、侍女たちと共に青鸞宮へと戻っていったのである。
………
……
…
「ふぅ。なかなかにしたたかな賢妃でいらっしゃることで。それで、どうしますか?」
緋風《フェイフェン》妃たちが戻ってから。
白梅は部屋の扉を閉じたのち、床に散らばる机を片付けつつ洪氏に問いかける。
「仙術では、異国の言葉を通訳する術を他人に施すことはできなかったのでは?」
「ええ、その通りです。ですから、私が聞いた言葉を共有する術を使いました。これは読唇術の一種ですが、こういう使い方もできるのですよ、大変便利でしょう?」
悪びれることなく白梅が告げる。
この術については別に隠す必要はなかったのであるが、通訳担当の侍女たちが賄賂を握らせられてこっちの情報を流す可能性があるとも白梅は考えた。
そのための要人として洪氏にも隠していたので゜あるが、まさかここまで都合がいい状況になるなど思っても見なかったのである。
「はぁ……まあ、なにか考えがあっての事だろう。それで、緋風《フェイフェン》妃たちは何を話していたのだ?」
「そうですねぇ……まず最初に……」
と、白梅はなにも包み隠すことなく、洪氏にすべてを語る。
最初は成程なぁと聞いていた洪氏であるが、劉皇帝の国を玉無し呼ばわりしたというあたりから表情が硬くなる。
そしてすべての報告を聞いたのち、洪氏は腕を組んで何かを思案。
「……あの、洪氏さま? 何か企んでいませんか?」
「いや、特に問題はない。この件については主上に報告したのち、緋風《フェイフェン》妃への対応を考えているが……白梅には、もう一度、手を借りることになるが構わないかな?」
にっこりとほほ笑む洪氏。
その笑顔の奥に『面倒ごと』が待っているのを察知したものの、白梅としてもその悪だくみに乗ってみるのも悪くはないと思っていた。
そして二日後。
相談所という密室ゆえに、双方の『言った言わない』という意見の食い違いが発生したことに対して、主上自らが採決を取ることになった。
それは、『北夷の決まり事である、武により決着をつける』ということ。
強き者が弱者を支配する、陽匈の絶対的なきまりをそのまま用いることにし、緋風《フェイフェン》妃の侍女頭と白梅の一対一の決闘により此度の騒動を修めることとなったのである。
なお白梅は素手、侍女頭は華大国に来る際に身に着けていた鎧と武具一式を付けることが許された。
そして侍女頭が勝利すれば白梅は奴隷として緋風《フェイフェン》妃の侍女となるが、白梅が勝ったのなら緋風《フェイフェン》妃の侍女一同は、華大国の後宮の決まりごとに従うということになった。
──ダン!
緋風妃の侍女が白梅の前にある机を蹴り上げる。
それはたった一撃で天井近くまで吹き飛んだのだが、その直後に蹴り上げた侍女も身体をくの字状に曲げて入り口扉に向かって吹き飛ばされた。
──ドンガラガッシャーン
そして机が落下して床に散らばった時、すでに白梅は机の奥側には存在しない。
侍女が机を蹴り上げた瞬間に素早く立ち上がると、腰を落としてから侍女に向かって踏み込み、右肘撃を叩き込んだのである。
『なっ、なんだ今の動きは、全く見えなかったぞ?』
「うん、三下相手に全力を見せる必要はないと思っていますけれど、それでも今の一撃は私の膂力の一成(一割)も出ていませんが。うん、毎朝の導術の方が負荷が掛かっていい感じですか……はぁ」
白梅に向かってもう一人の侍女も殴りかかるものの、その拳を右手で受け止め、そのまま外に向かって払いつつ左掌で侍女の右原に向かって鞭打(掌底を鞭のようにしならせて打つ技)を叩き込み、そのまま力任せに右壁に向かって叩きつける。
――ドッゴォォォォォッ
そのまま力なく床に崩れる侍女たち。
その姿を見て、白梅はもう一度、深くため息をつく。
「本当に、わかりやすい思考をしていらっしゃることで。それで、緋風妃はどうなさいますか? この侍女たちは私を手ごまにしようとして失敗しましたけれど……」
そう白梅が問いかけるものの、緋風《フェイフェン》妃は目の前で起こった出来事を呆然と見つめているだけ。
そして白梅の言葉に耳を傾けていたもう一人の侍女が緋風《フェイフェン》妃の着衣の裾を軽く引っ張ると、正気に戻った緋風《フェイフェン》が大声で叫んだ!!
「誰かぁぁぁぁぁぁぁぁ、私の侍女が暴漢まがいのものに襲われましたぁぁぁぁぁ」
力いっぱい叫んだ後、緋風《フェイフェン》妃は白梅を見てニイッと笑みを浮かべる。
『さて、貴方は私の立場を知っていますわよね? 請われてこの後宮にやって来た貴妃の一人である私の言葉と、貴方のような下賤な相談役の言葉、どちらを信用されるでしょう?』
そう緋風《フェイフェン》妃が呟いた直後、相談所の扉が力いっぱい蹴破られると、東廠長である洪氏とその部下が、次々と相談所の中へと飛び込んで来た。
そして洪氏が室内の惨劇を見渡した直後、緋風《フェイフェン》妃はふらふらと足取りもおぼつかないようなそぶりでその場にへたり込むと、洪氏に向かって瞳を潤ませつつ言葉を発する。
「そこのものが、突然私の侍女たちに狼藉を働きました」
「なんだって、白梅、それは本当なのか?」
立場上は貴妃の言葉に耳を傾ける必要がある洪氏だが。
先日、ここで白梅が占いを行ったときの結果を聞いている以上、彼女の言葉のすべてを信じる訳にはいかない。
そして東廠務めの武官たちも白梅に向かって鉄棒を構えるものの、洪氏の指示をじっと待っている。
「さて、まずは一つめから……と、その前に、いきなりこんな場所に来て状況も分からないでしょうから、まずは喉でも潤してください」
近くの水瓶から水を組み上げると、白梅はその水にそっと仙気を忍ばせる。
それを柄杓ごと洪氏に差し出すと、白梅の言葉を疑うことなく一口飲む。
――スッ
洪氏の体内に白梅の仙気が注ぎ込まれると、彼女の見聞きした者が全て講師の頭の中にも伝わって来る。
それはつまり、白梅の耳を通して聞こえてくる『北夷』の言葉が神泉華大国の言葉に翻訳され、洪氏の耳へと届くというもの。
『へっへっへっ……これであんたも終わりだよ。最初から素直に私たちに協力していればよかったものを』
『まったくだよ。腕っぷしは強いようだから、このあとはあんたを奴隷として私たちが好き勝手使えるようにさせてもらうだけだ』
侍女たちが立ちあがりつつ、口々に下卑た言葉を呟く。
それは白梅の耳を通して洪氏の元へも届く。
だが、その言葉に表情を歪ませることなく、洪氏は緋風《フェイフェン》妃を抱き上げて近くの椅子に座らせると、そのまま近くの侍女に話しかけてみた。
「最初から、なにが起こったのか説明して貰えますか? ああ、我が国の言葉は難しいかもしれませんので、わかる範囲で結構です」
「はい……その男、緋風《フェイフェン》妃の相談を笑って無視した、侍女起こったら、いきなり殴りつけて来た」
片言で呟く侍女に、緋風《フェイフェン》妃も頷く。
『まあ、それでいいわ。どうせここの人たちは北夷の言葉を理解できないから。通訳担当の侍女からも、その白梅とかいう男しかいないって聞いていたし、そいつも私の侍女に暴力を振るった罪人だから、言い訳なんて聞いて貰えるはずはないわ……ほんっとうに面白いわ。あとはその男を罪人として私がもらい受けてから、霊符で奴隷にして仕舞えばいい』
『まったくですよ。ここまで話がうまく進むなんて予定外です』
『ただ、私たちを一撃で倒したあの腕っぷし、北夷の千人長が10人束になっても勝てないですね、それだけの膂力を持っています』
表情は悲しげに呟いている緋風《フェイフェン》妃と、同じように心配そうな表情をしている侍女たち。
だが、口から零れているのは『どうせ華大国の人毛戦は北夷の言葉を理解できない』というおごりからでた本音。
そしてちょうど、洪氏から柄杓を受け取って水を飲んでいた武官たちも、彼女たちの言葉を『白梅の耳』を通じて理解した。
「なるほど……では、この場は私が預かりましょう。緋風《フェイフェン》妃は一度、侍女たちと共に青鸞宮にお戻りください。処分などが決まりましたら、また改めてご連絡差し上げますので」
勝った。
洪氏の言葉を聞いて、緋風《フェイフェン》妃はそう心の中で呟く。
そして今にも浮かれ飛び跳ねそうな気持をぐっと抑え、侍女たちと共に青鸞宮へと戻っていったのである。
………
……
…
「ふぅ。なかなかにしたたかな賢妃でいらっしゃることで。それで、どうしますか?」
緋風《フェイフェン》妃たちが戻ってから。
白梅は部屋の扉を閉じたのち、床に散らばる机を片付けつつ洪氏に問いかける。
「仙術では、異国の言葉を通訳する術を他人に施すことはできなかったのでは?」
「ええ、その通りです。ですから、私が聞いた言葉を共有する術を使いました。これは読唇術の一種ですが、こういう使い方もできるのですよ、大変便利でしょう?」
悪びれることなく白梅が告げる。
この術については別に隠す必要はなかったのであるが、通訳担当の侍女たちが賄賂を握らせられてこっちの情報を流す可能性があるとも白梅は考えた。
そのための要人として洪氏にも隠していたので゜あるが、まさかここまで都合がいい状況になるなど思っても見なかったのである。
「はぁ……まあ、なにか考えがあっての事だろう。それで、緋風《フェイフェン》妃たちは何を話していたのだ?」
「そうですねぇ……まず最初に……」
と、白梅はなにも包み隠すことなく、洪氏にすべてを語る。
最初は成程なぁと聞いていた洪氏であるが、劉皇帝の国を玉無し呼ばわりしたというあたりから表情が硬くなる。
そしてすべての報告を聞いたのち、洪氏は腕を組んで何かを思案。
「……あの、洪氏さま? 何か企んでいませんか?」
「いや、特に問題はない。この件については主上に報告したのち、緋風《フェイフェン》妃への対応を考えているが……白梅には、もう一度、手を借りることになるが構わないかな?」
にっこりとほほ笑む洪氏。
その笑顔の奥に『面倒ごと』が待っているのを察知したものの、白梅としてもその悪だくみに乗ってみるのも悪くはないと思っていた。
そして二日後。
相談所という密室ゆえに、双方の『言った言わない』という意見の食い違いが発生したことに対して、主上自らが採決を取ることになった。
それは、『北夷の決まり事である、武により決着をつける』ということ。
強き者が弱者を支配する、陽匈の絶対的なきまりをそのまま用いることにし、緋風《フェイフェン》妃の侍女頭と白梅の一対一の決闘により此度の騒動を修めることとなったのである。
なお白梅は素手、侍女頭は華大国に来る際に身に着けていた鎧と武具一式を付けることが許された。
そして侍女頭が勝利すれば白梅は奴隷として緋風《フェイフェン》妃の侍女となるが、白梅が勝ったのなら緋風《フェイフェン》妃の侍女一同は、華大国の後宮の決まりごとに従うということになった。
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