白梅奇縁譚〜後宮の相談役は、仙術使いでした〜

呑兵衛和尚

文字の大きさ
上 下
7 / 22

七卦・導引術と、呪詛返し

しおりを挟む
 朝。
 白梅の一日は早い。
 早朝、日が昇る前には寝台から起き、身支度を整えて相談所の外へ。

「ろんじょだ~でぃ~じゅ~むい~、むんじゅへ~いき~」

 ゆっくりと体を動かし、歌を歌うかのように呪韻を発声しつつ呼吸を行い、体内に仙気を取り込み、それを練り上げる。
 これは『導引《どういん》』といい、仙人が仙気を練り上げ、高める技法のひとつ。
 白梅はこれにより、自らの身体に掛けられた変化の術を安定させ、維持させている。
 はたから見ると、体をクネクネと動かしたり、艶めかしい動きがところどころに見られているのだが、これは白梅に導引を示した八仙の一人、何仙姑《かせんこ》が悪戯に教えたものであるが、降下は絶大。
 白梅が導引を行うと、その周囲に漂っていた瘴気は一瞬で消失してしまうほど。

「ば~つぅごいごんでぃ~、ばっぱ~なふぅんぼよんぼよん~」

 その動きに見とれてしまい、足を止める下女たち。
 やがて導引が終わり、額から流れ落ちる汗を手ぬぐいで拭うと、朝の日課は完了。
 部屋に戻り体を拭い、仕事着に着替えて相談所に座る。
 あとは、訪れた人たちの相談に乗り、それらを木簡に記録して完了。

「さて、相談といっても、どのようなものがくることやら……」

 入り口の扉は開け放たれているが、軒先が張り出しているため日航が差し込むことはない。
 それに、こうして外を眺めているだけでも、白梅にとっては楽しかったのである。

「あの……相談に乗って欲しいのですけれど……」

 しばらくして、三人の侍女が相談所を訪れる。
 それは先日、紫瑞宮にて出会った侍女たちであり、紫瑞妃に負の気をぶつけていたものたちである。
 その三人を見て、白梅はハァ、とため息一つ。
 どうせくるだろうとは思っていたけれど、ここまで早く音を上げるとは思っていなかった。

「それで、痛いのは腰? それとも足?」
「はいっ、足でございます!!」
「痛みが酷くて、寝ることも出来なくて……」
「お願いします、紫瑞妃さまのように取り払ってください」

 ぺこぺこと必死に頭を下げて哀願する三人の侍女たち。
 それを見て、白梅は頭を掻きつつ、木簡の用意をする。

「まあ、痛みを取るのは構わないけれど、どうして紫瑞妃さまに恨みを抱いたの?」
「それが、その……」
「実は恨みというよりも、なんというか……日頃の仕事のつらさにですね、夜、みんなで集まって愚痴を話していたのですけれど。その時、一人の侍女が香炉を持ってきて、その香炉に恨みをぶつけてから香をたいたら、紫瑞妃さまが優しくなるって教えてくれて……」

 その説明を聞いて、白梅はピクッと眉を動かす。
 一部の導士などが用いる呪術の一つに、怨嗟を集めて香として焚き、その香りで相手を苦しめるものがある。今の侍女の話はまさにそれに当てはまるのだが、そもそも修行を積み重ねた道士でなくては、そのような強力な呪詛を扱うことなどできない。

「ふぅん。それで、その香炉はどこにあるの?」
「毎日、ずっと香を焚いていたら割れてしまって。その日は香炉を持ってきていた侍女が粗相をして首になった日で、彼女が割れた香炉を片付けてしまったので、いまはここにはないはずです」
「あの、私たち、なにか間違ったことしていましたか!!」

 まるで自分たちに非は無いとでも言いそうな雰囲気であるが、それよりも白梅はその道士に興味があった。

「まあ、愚痴をいうのは咎めたりはしません。人である以上、辛いときや悲しい時もあるでしょうから。ただ、それが溜まり負の気となり、やがて瘴気となるというのは忘れないように」

 淡々と説明する白梅に、侍女達も頭を縦に振り続ける。

「人に向けた瘴気は相手にまとわりつき、体長を著しく阻害する……それは、昨日の私の仙術で理解したのではないですか?」
「はい……あの直後、すぐに痛みが足にきました」
「紫瑞妃さまは後宮内の散策をなさるのが好きな方で。足腰を鍛えるためといっては、後宮のあちこちを散策してあるくのです」
「時には、翔賢妃さまや碧華妃さまの宮を訪れて、帝についての惚気話に花を咲かせたりとか……」

 ふむふむ、予想外に皇貴妃同士の中は悪くはないと、白梅は心の中でほくそ笑む。
 後宮と聞くと、女同士のどろどろとした愛憎劇が多いと戯曲などで学んだことがあったのだが、ここは和気あいあいとしていて実にいい空気である。
 だが、問題はその下に付き従う侍女とか、あとは中級妃以下の妃妾たちだろう。
 
「ふぅん……それじゃあ、貴方たちは紫瑞妃さまに危害を加えたり、暗殺を考えたりとかは?」
「「「そんなことはありません!!」」」

 ただ、あちこち歩くことが多いため足が疲れたりむくむことが多く、たまにはゆっくりと宮の中で休んでほしいという話から始まり、足を怪我したら動けなくなるよね、というところまで愚痴っていたらしい。
 それが香炉に取り込まれ、呪詛となったのであろう。

「まあ、昨日も話していたよね、人を呪わば穴二つ。ほら、そこに三人とも並んで立って」

 懐から取り出した三枚の木札、それを昨日の瘴気払いの手順で三人にも施すと、昨日よりも薄い瘴気が札に吸い込まれ、燃えて灰となった。

「どうかな? 少しは楽になったでしょう?」
「は、はい、まるでさっきまでとは別の身体みたいです」
「これで明日からは、紫瑞妃さまにお仕えできます」
「本当に、ありがとうございました……と、それはなんですか?」

 頭を下げている三人の前で、白梅は木簡に彼女たちのこと、行方をくらませてしまった侍女についての報告書を木簡にしたためている。
 これはのちほど、東廠にて文官が紙の書に書き写して、報告書として行使に提出される。
 つまり、『相談されたことは一語一句、報告しろ』という洪氏からの命令である。

「洪氏さまへの報告。まあ、君たちの場合は巻き込まれた感じだから、実名は出さないであげるから安心して。それじゃあ、次の人が待っているので、そろそろいいかな?」
「はい、ありがとうございました!!」
「また、紫瑞宮に遊びに来てくださいね」
「その時は、しっかりとおもてなししますので」

 来た時の陰鬱とした表情は晴れやかになり、手を振って出ていく侍女たち。
 そして彼女たちがいなくなったと思ったら、次は二人の侍女を伴った中級妃がやって来る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

異世界召喚は7回目…って、いい加減にしろよ‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
『おぉ、勇者達よ! 良くぞ来てくれた‼︎』 見知らぬ城の中、床には魔法陣、王族の服装は中世の時代を感じさせる衣装… 俺こと不知火 朔夜(しらぬい さくや)は、クラスメートの4人と一緒に異世界に召喚された。 突然の事で戸惑うクラスメート達… だが俺はうんざりした顔で深い溜息を吐いた。 「またか…」 王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。 そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。 そして俺はというと…? 『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』 「それよりも不知火君は何を得たんだ?」 イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。 俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。 その場にいた者達は、俺の加護を見ると… 「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。 『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』 王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。 まぁ、その方が気楽で良い。 そして正義は、リーダーとして皆に言った。 「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」 正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。 「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」 「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」 「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」 「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」 「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」 「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」 「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」 俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。 「その…鎧と剣は?」 「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」 「今迄って…今回が2回目では無いのか?」 「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」 俺はうんざりしながら答えた。 そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。 いずれの世界も救って来た。 そして今度の世界は…? 6月22日 HOTランキングで6位になりました! 6月23日 HOTランキングで4位になりました! 昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°. 6月24日 HOTランキングで2位になりました! 皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。 私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ) 白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。 妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。 利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。 雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

処理中です...