白梅奇縁譚〜後宮の相談役は、仙術使いでした〜

呑兵衛和尚

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一卦・それはたいそう、やんちゃな娘じゃったそうな

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 昔々。
 神泉華大国の南方にそびえる霊峰・蓬莱山の麓に、須弥という小さな村がありました。
 ある日のこと、この村のはずれに生まれたばかりの女の子が捨てられていました。
 すでに女の子は虫の息、今にも死んでしまいそうな状態。
 放っておけば、あと半刻もたたずに亡くなってしまいます。
 そんな状態の少女でしたが、偶然通りかかった村の長老が彼女の存在に気が付き、何も言わずに抱きかかえると村の中へと戻っていきました。
 この須弥の村はそれほど裕福というわけではなく、かといって貧困にあえぐほど生活が厳しい訳でもありません。

『こんな何処の誰の子とも分からない子供を引き取り、育てるような酔狂な村人などいるはずがない』
 
 普通ならそう思うでしょうが、この村の住人はお人よしばかり。
 すでに人生を謳歌しつくした世捨て人のような人々が集まっているため、女の子は変わり者の長老の家に養子として引き取られ、手厚い看護を受けたのち村全体で少しだけ不自由な生活特訓を強いられながらも、サクサクと育てられました。

 スクスクではなく、サクサク。

 少女は長老や村人に生きるための知恵を学び、どんどん吸収し、それを実践すべく日々を素っ頓狂な修行に明け暮れていたのです。
 畑仕事や狩りの手伝いなど、村では大人と一緒に仕事の手伝いをし、遠くの村まで商売に向かう人には着いて行き、露店の手伝いを行うなど、まるで大人顔負けのような生活を行なっていました。

 そんなある日のこと。
 遠くの村で露店の手伝いをしていた少女は、偶然出会った巡礼中の僧侶からこう告げられました。

『この少女は、八仙の祝福を受けています』と。

 その祝福が何であるのか、僧侶にはわかりません。
 其れもその筈、八仙の祝福を受けているということは、即ち少女は【天女】としてこの世界に顕現した存在、故に下界に住む民人には理解が及ばない存在なのです。
 天女は仙人界の住人であり、たぐいまれなる才覚を秘めてこの世界に顕現するもの。
 そんな凄い力を持つものが、まさか田舎のまた田舎、つまりど田舎に姿を現したなど、国教である覇龍大寺院が認めるはずがありません。
 それこそ腐った支配階層などに知られたら、口封じに殺されるか、自分たちの都合の良い傀儡とすべく禁呪を用いて隷属される可能性もあります。

『この子の加護については、誰にも知られてはいけません』

 僧侶は少女と村人にそう告げ、また巡礼の旅に出ます。
 ですが、村人も少女も僧侶の言葉の意味を理解できず、頭を傾げるだけ。
 因みに少女が加護を受けていようが、村に戻れば普通の村人。
 そもそも旅人すら来ないような僻地、年に一度、春に徴税官がやってくること以外は、外部の人が近寄るような場所ではありません。
 そんな場所ですから、少女は僧侶の言葉などすっかり忘れ、村の仕事を手伝いながら日々の鍛錬を続けていました。
 体内に溢れる【仙気】を高め、仕龍祖父や兄弟子の金寶師範による過酷な修行に明け暮れます。
 何が起きても、どこででも戦えるように、村のどのような道具をも武器として使えるようにと。
 いつか少女が天女であることがバレたときのために、身を守るための武術を磨くように指導を続けました。

 そして少女が16歳になった日。
 変わらない日々に変化を求めたいと、少女は一念発起します。

「私は、村の外の世界を知りたい! こんな何もない村じゃなく、歌劇を見たり美味しい食べ物を食べたりしたい。そう、私は村を出て世界を旅したいと思います」

 ついに娘は立ち上がりました。
 いつまでもこの村にいてはいけない。
 私は、新たな舞台に立つべきなのですと。 
 そして翌日、目を覚ました少女を待ち受けていたのは、朝食の準備を終えた祖父の言葉です。

「よかろう。旅に出たければ、このわしを倒していくが良い!!」

 いつものような日常が始まると思っていた少女は、まさかの祖父の言葉に耳を疑います。
 何故、私が村を出ようとしていたのか?
 そんな疑問が顔に出ていたのか、祖父は食事をとりながら、一言。

「啓示を受けたのじゃよ。今日、お前が旅立つとな……」
「じいちゃん、それを知っていて、どうして私を止めるの?」
「お前はまだ未熟だからな。だが、其れを理由に止めたとして、お前が素直に従うとは思えん」

──パン!!
 鋭い正拳突きが、少女の顔の前で止まります。
 一瞬で祖父が立ち上がり、少女に向かって拳を入れたのです。
 だが、それは少女の持つ皿によって受け止められました。
 【仙気】の力により、皿の強度が増していました。
 岩をも穿つ祖父の一撃に、皿は砕けることなく耐えぬいたのです。
 
「やはり、すでに仙気を自在に操れるようになっていたか……それならば、腕ずくでも止める!!」
「じっちゃん、ごめん!!」

 皿を投げ捨ててから、少女も足を踏み出します。
 素早く間合いを詰め、祖父の懐に肘撃を打ち込むと、そのまま後方に下がる祖父に向かって回し蹴りを撃ち込みました。 
 しかし、少女は計算違いを起こします。
 彼女に武術を教え込んだのは祖父、そしてこの村の人々。
 本来ならば、未だ修行半ばの少女が勝てる相手ではありません。

「くっ……仙人力、開放っ!!」

 でも、体内の【仙気】を循環し、肉体の活動限界点を大幅に引き上げることで、少女は更なる力を手に入れました。
 それはまるで、異世界の活劇のように。
 激しいまでの拳打、蹴撃、投げが繰り広げられます。
 小屋から飛び出し、庭にあった杖を手に、少女は更なる飛躍を見せます。
 祖父も負けじと、近くにあった板凳(功夫椅子)を手に戦いますが、やはり肉体の限界は祖父の方が早く、最後は床に臥した状態に追い込まれました。

「じっちゃん。私は旅に出る……この世界のことを、私は何も知らない。だから、世界を見てくる」
「……勝者はお前だ。誰も、その歩みを止めることはできない……いきなさい」

 その言葉を聞いて、少女は祖父を起こします。
 体の傷に左手を添え、ゆっくりと仙気による治癒を施しました。
 すると怪我は癒え、祖父は戦う前の体力まで回復したのです。

「それじゃあ、行ってきます」
「うむ。じゃが約束しなさい。いつか、旅が終わったら、必ず帰ってくると」
「はい!!」

 祖父に習った武神の挨拶『抱拳礼』。
 それが少女の別れの挨拶でした。
 そして村の外へと向おうとしたとき。

──スッ
 金寶師範もまた、彼女に対して抱拳礼の構えをすると、そのままゆっくりと虎拳の構えを取ります。

「次は俺だ。白梅、村の外へ出るというのなら、村のしきたりに従い八人の拳士を倒さなくてはならない。まだお前は仕龍師父を倒しただけ、残り七人を倒さなくては、この村を出る資格はない!! さあ、かかってきなさい!!」
「金寶師範……あなたの実力は私も痛いほどよく知っています、ええ、本当に痛いほど……だから、そのお礼というかなんというか、ぶっ潰します、ぼよんぼよんのお腹に鉄拳を叩き込ませていただきます!!」

 そう呟くと同時に、白梅も構えを取ると、全力で師範に向かって戦いを挑みました。そして日が暮れるころ、白梅はすべての拳士を倒し、村から出る権利を得ることが出来たのです。

 そして、少女は旅立ちます。 
 須弥の村を出て、まだ見ぬ世界へ。

「あ、でももう暗いから、出るのは明日でいいよね。それに女性……っていうか女の子の姿だと、絶対に馬賊に襲われるからなぁ……」

 村を出て間も無く日が暮れた為、白梅は踵を返し実家へと戻ります。
 そして翌朝、手厚い見送りを受けて彼女は村の外へと旅立ちました。
 身に付けた仙術により骨格を作り替え、尊敬する師父のような逞しい男性の振りをして。
 ですが、白梅の仙術はまだまだ未熟、男性の姿に体を作り替えても、それは『男装の麗人』の姿にほかなりません。
 そんな姿で村の外へ旅立つのですから、彼女に何が起きてもおかしくはないでしょう。  
 少なくとも順風満帆ではないだろうと、村の誰もが理解していましたから。

「白梅は、頭が悪いからなぁ(仕龍師父)」
「基本的な一般教養はまあ及第点だが、応用が利かなくてなぁ(金寶師範)」
「礼節なんぞ基本すら理解しておらんぞ、きっと(令震師範)」
「まあ、でも生きる術については完璧じゃったからなぁ(马赫老師)」
「長い戦が終わって50年以上もたつというのに、今更、戦う術なぞ叩き込まんでもよかったのでは?(子丹大老)」
「まあ、あの子の仕上がりは完璧ベストキッドじゃからなぁ。何か困ったことが起きても、どうにかするじゃろ(仕龍師父)」

 とまあ、彼女を見送った後の村人の話に、長老でもある仕龍師父は一言呟いてその場を立ち去ります。
 さて、白梅の運命や如何に……。
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