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第7章・王位継承と、狙われた魔導書

第322話・奇跡の代行者と、四人目の存在と

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 ああ。
 涙があふれて止まりません。
 私たちの窮地を救ってくれたのは、柚月ルカさんです。
 3年以上も前に、日本へと帰還した先代の大魔導師。
 その彼女が、私たちの前に帰ってきました。

「クリスっち、ここから先は、あーしたち勇者の仕事だから、はやくその人たちを連れて帰るし……」

 ニイッと笑いつつ、私たちに向かってVサインを見せるルカさん。
 そして処刑場の正門辺りが騒がしくなったかと思うと、ハーバリオス軍が一斉になだれ込んできました。
 この混乱に乗じて逃げの一手を打つ、それでいいのですよね。
 そう思った時、ルカさんが見たことのない魔導書を取り出して、声高らかに宣言します。

「初代勇者の一人、大魔導師カナン・アーレストの名により……エセリアルナイトの盟約すべてを破棄します。以後、エセリアルナイトたちは、己の信ずるがままに生きなさい。それが、新たな盟約です!! って、おばぁが話していたし」

 声高らかに叫ぶと同時に、ルカさんの前に4枚の羊皮紙が浮かびます。
 それは彼女の言葉が終わると同時に一瞬で燃え上がり、そして消滅しました。

――パッキィィィィィィィン
 そしてノワールさん、ブランシュさん、そしてクリムゾンさんの手に紋様が浮かぶと、それも一瞬で砕け散り。

――フワッ
 新たな紋様が浮かびました……って、それ、フェイール商店の屋号、看板のマークですよね!!

「おお、あの魔導書はまさしく、初代カナン・アーレストが保持していた叡智の魔導書ではないか」
「よぉぉぉっし、これでフルパワーだ、全力で戦えるっていうものよ」
「ルカさんがカナン・アーレスト様の魔導書を……そして、おばぁって言っていましたよね?」
「「「勇者の孫!!」」」

 うんうん。
 私には分からない、複雑な事情なのですよ。
 
「クリスティナさま、今のうちです」
「そ、そうだね。クリムゾンさん、エセリアルモードです!!」
「うぉぉぉぉ、まかせるのじゃ」

 アリサちゃんの言葉につられて、思わずクリムゾンさんに指示をだします。
 すると一瞬でエセリアルモードが発動し、私たちは一直線に正門まで走り始めました。
 それはもう、凄まじい光景でした。
 このタイミングを待っていたのか、町の中ではハーバリオス王国を始めとした連合騎士団と、魔族の騎士たちが激戦を繰り広げています。
 そして王城へと向かう4人の勇者を始めとした精鋭たちの姿まで見えていました。
 
「これで、全て終わるのですよね……」
「いや、そうはならないかもしれぬがのう」

――スチャッ
 馬車を高速で走らせつつも、クリムゾンさんが巨大な剣を引き抜きました。
 その横では、ブランシュさんも杖を片手に詠唱を開始。
 目の前で、なにが起きているというのでしょうか。

「強い人がいる……うん、グランザムさんが、この先で待っているよ」

 アリサちゃんがそう告げながら立ち上がると、右手に力を込めます。
 グランザムって、確か四天王の一人ですよね。
 『破壊魔狼グランザム』、カマンベール王国の王城で、セシールさまの横に控えていた魔族。
 
「クリムゾンさん、ブランシュさん!!」
「ああ、わかっているって。ここは俺たちに任せな」
「左様。まあ、出来ればアリサちゃんも下がっていた方がいい。お嬢と黒の横で、じっとしているのじゃぞ」

 クリムゾンさんが振り向きながらそう告げると、アリサちゃんが右手をじっと見ています。
 まるで、右手に浮かびあがった紋様と話をしているみたい。

「うん、そういうことですか、分かりました!!」

 そう呟いてから馬車の右窓に近寄ると、アリサちゃんが顔を出して前を見ています。
 そして私たちにもはっきりと見えてきました。
 前方、王都正門の正面に立つ魔族の軍勢。
 そしてその中心で、地面に両手剣を突き立てて笑っている人狼の姿が。
 
「よくもやってくれたな……だがここまでだ。小娘、貴様の持つ魔導書、今度こそもらい受ける!!」

  魔族の騎士たちが弓を構え、一斉に打ち込んできます。
 それはもう、私たちを絶対に逃がさないと言わんばかりの大量の矢が降り注いできています。
 さらには騎馬隊も剣を構え、こちらに向かって走って来るじゃないですか。
 
『我、盟約により鋼が傷つけることを禁ずる……で、我はそのために、魔力150を魔神へ献上します……禁則処理・鋼っっっっ』

 アリサちゃんが馬車から上半身を出して右手を前に向かって突き出すと、一瞬で詠唱を完了。
 その瞬間、馬車に向かって飛来してくる大量の矢が、すべて地面へと落下していきました。
 さらに鎧を身に着けていたもの、武器を構えていたも多の地まで地面に倒れ、身動きが取れなくなっています。
 ただ、グランザムだけは未知の力に必死に抵抗しているようで、両手剣を杖のように使ってどうにか立ち止まっています。

「な……なんだと、この力は初代魔王の力……まさか、まさか!!」
『魔族たちよ、ひれ伏せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ』

 そしてアリサちゃんの絶叫が響いた瞬間。
 前方にいた魔族が、すべてその場に跪きました。
 それは破壊魔狼グランザムも例外ではなく、耳が後ろを向いて垂れ、その場に力なく跪いています。

「クリスティナさま、今のうちです!!」
「そ、そうだね!!」

 そのまま大量の魔王軍の中央を苦も無く突破すると、私たちは無事に王都正門から外に出ることが出来ました。
 
「さて、あとはハーバリオスまで戻るだけじゃが。魔王軍はどうするのじゃ?」
「こうする。『魔王軍に命ずる! カマンベールの地より撤退し、自国へと戻るがよい!! これは初代魔王の持つ魔王紋の継承者であるアリサ・ガナ・バルバロッサの言葉である』」

 馬車から魔王軍に向かって叫ぶアリサちゃん。
 すると、跪いていた騎士やグランザムの胸元にバルバロツサ帝国の紋章が浮かびあがります。
 それを見てグランザムもよろよろと立ち上がると、拳を強く握って叫びました。

「くっそぉぉぉぉぉぉぉぅ。撤退だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 その絶叫ともいえる怒声に、魔王軍は一斉に正門から外へと走り出します。
 うん、これが魔王紋の力なのでしょうね。

「魔王の力の一つ、神聖制約だな。魔王のみが使える秘儀で、逆らうことは死を意味するとも言われている……」
「そうね。確か紅は一度、あれを受けて本陣へ撤退したことがあったわよね」
「黒や、昔のことはどうでもよい。それよりも、今のうちに距離を取るぞ」

 そんな話をしつつ、馬車はさらに加速を始めます。
 そしてアリサちゃんも私に近くへとやってくると、ニイッと笑っていますよ。

「アリサも、ちょっとは役に立ったでしょ」
「ちょっとどころじゃないよ。うんうんも、ありがとうね、アリサちゃん」
「へへへ……ガクッ」

 そしてアリサちゃんが、私に向かって倒れてきます。
 苦しそうとかそういうのではなく、なんというか……眠っているかのように。
 
「ちょ、ちょっと、アリサちゃん、どうしたの」
「急激に魔力を失ったので、意識を失ったのでしょう。ちょっと失礼します」

 ノワールさんがアリサちゃんを抱きかかえて、馬車の奥にあるベッドに横たえます。
 そして彼女の服の袖を捲っていると、以前よりも魔王紋が広がっているのに気が付きました。

「ノワールさん、どんな様子ですか?」
「うーん。こういうのは白の方が専門なのよねぇ。ちょっと白、アリサちゃんの様子を見てくれないかしら?」
「ああ、ちょっと待ってろ」

 走っている馬車の御者台から中に入って来るブランシュさん。
 ああ、一時的にエセリアル状態になったのですか、器用ですよね。
 そしてアリサちゃんの様子を見てみると、なんだか険しい顔になっていますよ。

「姐さん、この紋様が広がっているのがわかるか?」
「はい、力の使い過ぎとか、そういうのですよね?」
「半分だけ正解。この紋様自体が初代魔王の魂というか、意識体の塊でな。ようは、このまま広がっていくと、アリサちゃんの意識は初代魔王に飲み込まれる。魔王の力を使えば使うほど、アリサちゃんは自我が消えていくとおもう」

 んんん。
 んん?
 ん! 

「えええ、そんなの駄目ですよ、魔王紋から魔王を追い出してください、できませんか?」
「いやぁ……すまないが、俺じゃあ無理だわ」
「クリスティナさま、私もこれについては専門外です。そして紅はさらに専門外過ぎます」
「そ、そ、それじゃあ、詳しい人はいないのですか?」

 思わず問い返すと、ノワールさんとブランシュさんが同時に一言。

「「青かなぁ」」
「え? 青って?」
「それはわたくしから。クリスティナさま、私たちエセリアルナイトは全部で4人、存在していました。つまり、私たち以外の一人、それが青。すなわち、妖精王シアンです」
「では、そのシアンさんなら、アリサちゃんを助けられるのですよね!!」

 最後の一人、その人にあいに行かなくてはなりません。
 すると、二人とも難しい顔をしているじゃないですか。

「それがなぁ。姐さん、実はシアンって、カナン・アーレストさまから勅命を受けて、どこかで任務についているはずなんだわ」
「その内容も何もかもが、私たちは知らされていないのです。つまり、蒼の居場所を知っているのはカナン・アーレストさまだけなのですが」
「そ、そんな事って……」

 絶望。
 こうなったら、この世界に存在するカナン・アーレストについての手がかりを探すしかありません。
 でも、どうやって?

――コンコン
 そんなことを考えていると、馬車の扉がノックされました。
 えええ? 今、エセリアルモードですよ?
 見ることも触れることもできないうえに、超高速で走っているのですよ?
 そう思っていたら、突然扉が開かれて……。

「ニシシ。あっちはハーバリオスの騎士に任せて来たし。ということで、クリスっち、本当にひっさしぶりーだし!!」

 馬車の中に、ルカさんが飛び込んできました。
 そして私に抱き着いて……二人で床に転がってしまいましたよ。
 本当に、久しぶりですよルカさん。
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