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第7章・王位継承と、狙われた魔導書

第317話・久しぶりのサライと、会いたくない人

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 港町サライに到着した私たちは、いつもの定宿である『冒険者丼発祥の宿』に向かい、部屋を取りました。

 ちなみに私たちの姿を見るや否や、宿の女将さんは米と酢、そして醤油を注文してくれました。
 サライ郊外の水田地帯からは、毎年秋になると水稲が収穫されるそうで、以前よりも米や酢の流通が安定してきているそうです。
 ですが、同時に米の輸出量も増え始めているそうで、このサライを中心に収穫されたお米は『サライ米』と呼ばれているらしく、その品質の高さから今ではブランドのような名前まで付けられているとか。
 
「本当に助かったわ。いつもありがとうね」
「こちらこそ、ありがとうございます。では、明日の午前中には納品できると思いますので」
「うんうん、よろしくお願いね。今年はまだ、刈り入れが始まっていないからさ、今のたくわえでも間に合うとは思うんだけれど……わかるでしょ?」
「あはは。いつもありがとうございまーす」

 サライ米で作った海鮮丼と、私の納品したコシヒカリで作った海鮮丼。
 実は、圧倒的大差でコシヒカリの勝ちなのです。
 いえ、これはサライのお米が不味いわけではありませんよ、それよりはるか上にコシヒカリがあるだけなのです。
 それに酢や醤油の出来栄えも、私が【型録通販のシャーリィ】で購入したものの方が圧倒的に美味しいというだけです。
 その証拠というわけではありませんが、私が宿に入って来た時から、よくお見かけした常連さんがソワソワしているのですよ。
 店員さんに『フェイールさんって、お米を納品したのか?』とか、『あの嬢ちゃんが持ってきた酢って、ある?』『醤油、家でも使いたいから融通してくれない?』といった声がチラホラと聞こえていますし、それを聞いた女将さんもやれやれといった顔をしていますから。

「はぁ、仕方ありませんね。丸大豆しょうゆを2本、醸造酢を1本、お米20キロなら、私の個人用がありまのすので、それでしたらすぐに納品出来ますよ」
「すまないねぇ。その代わり、代金はきっちりと二割増しで支払うからさ」
「一割で結構ですよ。その代わり、私たちの晩御飯にもお願いします」

 お互いにニイッと笑い、がっちりと握手。
 これで契約は成立です。
 ということで、カウンター横のスペースにお米と醤油、酢を並べて、代金を受け取って終了。
 ほら、さっそくお客さんたちが騒ぎ始めましたよ。

「女将ぃぃぃ、嬢ちゃんが持ってきた米で勇者丼が食べたいぞ」
「は、早く頼む……あの味が忘れられないんだ」
「また勇者たちが来て、買い漁られる前に!!」

 うわ、これは大変な騒動になりましたよ……って、え、勇者?
 その声が聞こえた瞬間、ブランシュさんが周囲を警戒。
 私もアリサちゃんをぎゅっと引き寄せました。

「女将さん女将さん、今、勇者が買いあさったって言ってましたけれど」
「そうなんだよ。昨日あたりから勇者一行がやって来てさ。普通に勇者丼を食べていってくるれたのはありがたいんだけれど、そのあとで商業ギルドに寄っていったらしく、米と酢、醤油を買い占めて行っちゃったんだよ。ほら、あそこにでっかい帆船があるだろう? あれで海路を使って、カマンベール王国へ向かうんだとさ」
「へ、へ、へぇ~。それは大変ですね。では、私たちは部屋に向かいますので」
「あら、そうかい?」

 あっぶなーーーい。
 いえ、危ないどころかアウトですよ、アウト。
 とっとと部屋に戻り、注文を終わらせることにしましょう。

………
……


 翌朝。
 はい、いつものように注文した商品を受け取るために、朝6つの鐘に合わせて宿の外に出て……。

「あら、随分と珍しいところで会ったわね」
「はぅあ!! 聖女さん、お久しぶりですねぇ……それに勇者のみなさんも」
「あはは。ご無沙汰しています」
「おはようございますー」
「ああ、実に久しぶりですね」 

 そうですよねぇ。
 帆船で移動するっていうことは、この街の宿に泊まっているっていう事ですよ。
 そして勇者がこの宿を見逃すはずはありませんから。
 どうしたものかと頭を悩ませていますと、遠くからガラガラガラガラと馬車が走ってきました。

「ふぅん……ペルソナ様がいらっしゃったのね。それじゃあ、私もご一緒させていただきますわね」
「じ、邪魔をしなければ構いません。そこで黙って見ていてください……って、あれ?」

 こちらに向かってきているのは、ペルソナさんの白い馬車ではありませんね。
 クラウンさんでもない、ジョーカーさんとも違いますか。
 はぁ……予想外、ここに極まれりというところです。

「アリサちゃんは、ちょっと馬車で待っててくれる? あの馬車には怖いお兄さんが乗っているから」
「はーい。アリサ、分かりましたっ!」

 大きめのフード付きローブを購入しておいてよかったです。
 アリサちゃんの角って、勇者さんたちはバレる可能性がありますから。
 でも、フードで頭を隠しておけば、見つかることもありません。
 それにノワールさんがアリサちゃんについていきましたので、大丈夫でしょう。
 やがて馬車が目の前に泊まりますと、聖女・八千草さんが駆け足で馬車の御者台に向かい……。

「ペルソナさまぁぁぁぁぁん、って、あなたはどちら様?」
「ああん、てめぇこそ誰だ? これから納品作業があるのだから邪魔をするな!!」

 はぁ。
 あの言い方は、やっぱりアルルカンさんでしたか。

「お久しぶりです、アルルカンさん。今日は」
「おお、クリスティナ! 会いたかったぞ!!」
 
 いきなり駆け寄って来て、私に抱きつこうとしましたが。
 私は一瞬でクリムゾンさんに持ちあげられ、ブランシュさんと入れ替えられました。

――ダキッ!
「んんん……久しぶりに合ったら、随分と獣臭くなったな」
「うるせぇ。アルルカン、ぶっ飛ばされたくなかったらとっとと離れろや」
「……げっ、ブランシュかよ!!」

  逃げるように後ずさりしてから、アルルカンさんは私を探します。
 本当に、クラウンさんから教育的指導を受けていたっていう話は、どうなったのでしょうか。

「朝から気持ちの悪い思いをしたわ……さて、クリスティナ、納品するからついてこい」
「はいはいっと。クリムゾンさん、荷下ろしの手伝いをお願いします。私が検品しますので、ブランシュさんはアイテムボックスへ」
「了解だ」
  
 次々と検品作業を行い、30分ほどで納品作業は完了。
 あとは支払いを終えて、追加の型録があったら受け取るという事で……。

「ほい、まいどあり。もう少しでレベル9だな、頑張れよ!!」

 ニイッと笑いつつ、私の髪をクシャクシャッと弄ってきます。
 これだから、ワイルド系の男性は嫌いなのですよ。
 好きな男性にされたら、テヘヘッて笑えるのですけれど。
 アルルカンさんの事は、そういう目では見ていませんからね。

「はいはい、アルルカンさんこそ、クラウンさんに怒られないように……ってあれ?」
「ク、クラウン……いや、大丈夫です、はい、仕事はしっかり行っています……」

 突然真っ青な顔になり、ブツブツと何かを唱和し始めましたけど。

「アルルカン!! ここにクラウンはいないから安心せい!!」
「ハッ! こ、これはクリムゾンのじいさん。そうだよな、クラウンさんはいないよな……と」

 ようやく私の方を向いて、アルルカンさんがゴホンと咳払い。

「それじゃあ、次の配達担当はしばらく先なので。縁があったら、またな」
「はい。ちなみにペルソナさんは、本日はどうしたのですか?」
「ん? 俺が久しぶりにクリスティナの顔を見たかったから、どうにか頼み込んで配達を代わって貰っただけだ。無理強いはしていないから、安心しろ」
「その言い分ですと、以前は無理強いしていたようにも聞こえますけれど?」
「はっはっはっ、違いない……と、それじゃあ、今後も【型録通販のシャーリィ】を、どうぞごひいきに」

 丁寧に胸元に手を当てて頭を下げると、いつもペルソナさんがおこなっている丁寧な挨拶を返してくれました。
 うん、クラウンさんの教育は、しっかりと身についているようですよ。

「はい、それではお気をつけて……」
「それじゃあな……と、そこの女、俺とペルソナの野郎を間違えたようだが、俺の方があいつよりも数倍はいい男だからな。惚れるなら俺にしておけ!! あばよ」

 そう言い切ってから御者台に飛び乗りますと、アルルカンさんは颯爽と馬車を走らせて、そして消えました。うん、格好いいのは認めますけれどねぇ。
 あんなワイルドなタイプは、聖女さんでもOutでしょうね。

「ふ、ふぅん。アルルカンね、覚えておいてあげますわよ……ふぅん……」

 あれ? どうして真っ赤な顔になっているのですか?
 まさかとは思いますけれど、男性を追っかけまわすのは得意だけれど、ああやって正面から甘い言葉を囁かれるとアウトなのですか?
 いやいや、まさかねぇ。

「なあ、フェイールさん。さっきの彼が乗っていた馬車、あれも俺たち勇者たちと契約者であるフェイールさん以外は、認識することができないのか?」
「ええっと、勇者の本郷さんでしたよね。型録通販のシャーリィの配達馬車は、全て同じような効果を持っているはずですけれど」
「そうか……いや、あの馬車があれば、敵に乗っ取られている王城を取り戻すこともできるかと思ったのだが。協力要請は可能?」
「無理ですね。私たち型録通販のシャーリィ関係者は、直接的に戦争に加担する事はできませんので」

 ええ、これは以前も説明した通りです。
 それにしても、勇者ご一行さまは確かラボリュート辺境伯領国境沿いの砦に詰めているはずですけれど、どうしてここにいるのでしょうか。

「そうか。いや、無理を言ってすまなかった」
「クリスティナさーん、実はお願いがありましてぇ」

 大賢者の畠山かおりさんが、私に近寄って来て何やら耳打ちを……あ、はいはい、そちらはしっかりと在庫してありますから大丈夫ですよ。せっかくなので、今、お渡ししますね。
 女性にとっては死活問題ですからね。

「……なんだか、フェイールさんと畠山さんが妙に仲がいいのは気のせいだろうか?」
「いえいえ、私は勇者のみなさんとは懇意にして頂きたいと思っていますから。私、フェイール商店は勇者ご用達ですからね」
 
 そう告げてから、ちらっと聖女・八千草さんを見ますけれど。
 先ほどよりは落ち着いているようですけれど、真っ赤な顔でなにやらブツブツと呟いています。
 ええ、ちょっと怖いですね。
 
「それで、確か勇者さんたちは国境沿いの砦に詰めているはずではなかったのですか?」
「シーッ。作戦上、そういう情報を流しているだけです。敵魔族の注意を砦に集めて、俺たちはこのサライからカマンベール王国の港町に奇襲を掛ける予定なのですから」
「そこからは馬でいっきに王都に向かい、敵の大将を倒して王城を取り戻します」
「なるほど、では、ここだけの話しという事ですね?」
 
 ちらっとブランシュさんを見ますと、やはり認識阻害の効果を発揮してくれているようです。
 ありがとうございます、助かりました。

「そういうことで……ほら、八千草さん、いつまで呆けているの? 急いで船に向かうわよ?」
「ほ、呆けてなんていませんわ。さあ、今度こそペルソナさんの心を射止めさせてもらいますからね」

 八千草さんがそう告げて、港に向かって歩き出しました。
 はぁ、やっぱり相変わらずでしたか。
 それじゃあ、とっとと納品をして、今日は露店でも開いていましょうか。
 明日の朝一番でラボリュート辺境伯領へ向かえば、最速で夕方までには到着しますよね。
 うん、いつも思いますけれど、このエセリアル馬車って、やっぱりおかしいですよね。
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