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第7章・王位継承と、狙われた魔導書

第312話・奴隷令嬢と、戦争の匂い

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 ガンバナニーワ王国から、旅行券を使ってハーバリオス王国へ帰還しました。

 ちなみに転移先は王都城門内・中央広場。
 そこから20分もすれば、フェイール商店へ到着します。

「ということで、私はこの子の様子を確認するために……違いますね、私が御者台に乗って馬車を操りますので、ブランシュさんはこの子の容態のチェックと、可能なら隷属紋様の除去をお願いできるでしょうか?」
「姐さん、まじか?」
「はい、歩く生き字引、生きた勇者語録と呼ばれている私はマジという言葉の意味を理解しています。マジです、ええ、こんないたいけな少女を隷属だなんて、許されるはずがないじゃないですか!!」
「わかったわかった、わかりました……黒、緊急事態だ、姐さんの護衛に回ってくれ!!」
 
 ブランシュさんがノワールさんを呼んだ直後、私の指輪の中からノワールさんが出現しました。

「白、緊急事態って……ああ、そういうことね。本当に、うちのクリスティナ様は、なにかとトラブルを引き寄せる体質なのですね。大魔導師カナンもトラブル体質、巻き込まれ体質でしたので、そういうところはしっかりと受け継いでいるようで」
「はぁ……私、そんなにトラブルに巻き込まれていますでしょうか……」
「ああ、まったくだな」
「ええ、おっしゃる通りですわ。ということで、クリスティナさまは、私の横に。御者は引き受けましたので」

 そのノワールさんの言葉に甘えて、私は御者台に移動します。
 と、ちょっと待ってください、いまのうちに商業ギルドに向かって、納品してしまいましょう。 
 どうせ通り道ですので、とっとと終わらせてしまった方が後々楽になりそうですから。

………
……


 商業ギルドで納品作業。
 その間に、エセリアル馬車の中ではブランシュさんが少女の治療の真っ最中。

「……はい、確かに確認しました。しかし、フェイール商店は、いつもどこで仕入れをしてくるのでしょうか?」
「あはは~、まあ、それは秘密ですよ。商人独自のルートというものがあるじゃないですか」

 商業ギルド裏手の倉庫街、そこのはずれに馬車を止めてから私は納品を無事に終えました。
 ええ、しっかりと納品可能リストの中の『鮮魚』いがいのすべてを納品したものですから、担当職員も目を丸くしていましたよ。
 慌てて副責任者らしき人が飛んできて、確認をお願いしたのですから。
 それほどまでに、納品した量が多すぎたという事でしょう。

「それでも、こんなに早く、しかも東方諸国連合のギルドでしか扱っていない商品まで持ってくるなんて……」
「え? 東方諸国連合の商品って、どうやって区別したのですか?」
「この四角いコンテナですね。まだ西方諸国連合所属の商業ギルドでは統一規格というものが発達していません。ですが、東方諸国連合はこのような統一規格のコンテナで商品を纏めることがあるのですよ。それに、コンテナのここ、取り扱い商業ギルドの焼き印も押されていますよね?」

 そう説明を受けて、慌てて職員さんの指示した場所を確認します。

「……ここ、ナンバ屋って書いてありますよね? これはガンバナニーワ王国の商業ギルドですから。フェイールさん、まさかとは思いますけれど、ガンバナニーワまでいって来たとか?」

――ドキッ
 なかなか鋭いですね。
 ここは愛想笑いで誤魔化すことにしましょう。

「ま、ま、まあ、フェイール商店が提携をしている商会が、ガンバナニーワと懇意にしているそうで」
「そうですよね、そうでなくては、この短期間での納品なんて不可能手ですから……と、はい、こちらが支払い代金です。それで、実は次の依頼があるのですが」
「次の依頼?」

 はて、いったいなんじゃらほい?

「はい、最前線で駐留している各国の騎士団詰所まで、補給品を届けて頂きたいのです。実はですね、困ったことがありまして……」

 職員さん曰く。
 今回の商業ギルドからの納品依頼ですが、私よりも早く終えている個人商店もあったそうでして。
 ですが、大手商会はまだ王都まで戻って来ておらず、王都から駐留場所であるラボリュート辺境伯領まで物資を送り出す馬車が足りないという事だそうです。
 本来なら、私よりも先に大手商会が納品依頼を終えて、ラボリュート辺境伯領まで向かう筈だったとか。

「……ということです。大手商会は未だ王都までたどり着いていません。その次に、大量の物資を運べる商会となりますと、フェイール商店に縋るしかないのです」
「ああ……そういうことですか。ちなみに教えて欲しいのですが、勇者ご一行って、すでにラボリュート辺境伯領まで向かいました?」

 ここ、大切。
 聖女・八千草さんの暴言、『私が魔導書を差し出さない限り、前線には行きません』っていう話でしたけれど。その顛末が知りたいのですよ。

「はい、つい先日、王都を守る第二、第三騎士団と共にカマンベール王国奪還のために国境沿いの砦へ向かいました。あそこはラボリュート辺境伯とカマンベール王国との国境にありますので、いわば最前線といったところでしょうか」
「なるほど、つまり王都は安全……と」

 ふむふむ。
 ここで私がこの依頼を受けて、ラボリュート辺境伯領まで走ったとしたら。
 最悪、あの聖女にばったりと出会ってしまう可能性があります。
 そうなると、またなんだかんだと難癖をつけてくるに決まっていますから。

「とはいえ……ねぇ」

 ええ。
 前線は常に物資が不足します。
 もしも食料不足で空腹状態となり、戦う力が出せないなんて言うことになったとしたら大問題です。
 武器や防具の予備だって必要でしょう。
 それに、常に気を張っている人々の心を和らげるためにも、ちょっとした嗜好品は必要。
 それらの商品が、まだ運び出されていないというのはかなり問題がありますわね。
 かといって、エセリアル馬車の中ではブランシュさんが必死に治療を続けていることでしょう。
 あの子をつれていく?
 最前線の近くまで?
 そんな危険な真似はできません。
 
「では……明日の朝、こちらで必要物資を受け取ったのち、ラボリュート辺境伯領まで向かいます。納品先は、辺境伯領の商業ギルドでよろしいのでしょうか?」
「では、明日までにリストを作成します。納品して欲しいのは、辺境伯領の商業ギルドと国旗要沿いのマスケティア砦の二か所です。よろしくお願いします」
「はい、それでは明日までに物資の準備をお願いします」

 ペコリと頭を下げてから、私とノワールさんは急ぎ馬車へ移動。
 そして扉を開けて中に飛び込んだ時。

「……よぉ。姐さん、随分と遅かったな」
「姐……さん?」

 馬車の中、ソファーに座りクッションを書か替えているローブ姿の少女と、その前で疲れた顔をしているブランシュさんの姿が見えました。
 見た感じでは、少女の腕の隷属術式も消えていますから、無事に解除できたのでしょう。

「ブランシュさん、この子の隷属術式は解除したのですね?」 
「ああ。かなり複雑で高度な術式だったが……俺に解除できない術式なんて、数える程度しかないな。ちなみに体力も戻っている、やや空腹気味なので軽い食事を出してくれると助かるんだが」
「ああっ、ちょっと待っててくださいね」

 こういう時のために買い置きしてあった商品があるのですよ。
 その名も『仰天堂のクリームパン詰め合わせ』と『オーリン農場のしぼりたてリンゴジュース』。
 ええ、期間限定のお取り寄せ商品ですよ、全国グルメフェアで個人的に購入した逸品です。
 さすがは【型録通販のシャーリィ】、痒いところに手が届きます。

「じゃーん。ということで、こちらを食べていいですよ。あ、毒なんて入っていませんからね」

 クリームパンは皿ごとアイテムボックスから取り出し、リンゴジュースはピッチャーに移してコップと共にテーブルの上に置きます。
 まあ、いきなりアイテムボックスからパンが出てきても敬遠するでしょうから、私が少しずつちぎって口の中へポイッと。

「クリスティナさま……お行儀が」
「緊急事態という事で……ムグムグッ……ングッ……ぷっはー」

 ああ、ほっぺたがとろけそうな、もといほっぺが落ちそうな美味しさです。

「……食べて、いいの?」
「ええ、どうぞ」

 そう私が笑顔で返事を返しますと。
 少女もおそるおそるパンを手に取り、そっと一口。

――パクッ!
 ほらね、たった一口、されど一口。
 さっきまでは目が澱んでいて、絶望に打ちひしがれていたような雰囲気でしたけれど。
 美味しいパンを食べた瞬間に、笑顔に戻り始めます。
 
「美味しい! こんなおいしいパン、食べたことないです」
「まあまあ、一気な食べると喉が詰まってしまいますよ。こっちのジュースも飲んでいいですからね」
「はいっ!!」

 そのあとは、ただひたすらにもくもくと食事を続けています。
 うん、深々と被っていたローブのフードも後ろに下がっていきましたし、金色の綺麗な髪が露わになりましたよ。
 それに、その髪の中に埋まっているように、頭の左右から後ろに向かって伸びている角が二本……。
  角?
 ツノ?
 んんん?

「貴方……魔族なの?」
「え……って、ああああああああっっっっっっっ」

 私が問いかけた瞬間、少女は我に戻ったように慌ててフードを深くかぶってしまいました。
 うん。
 この件、かなり根が深そうに感じてきましたよ。
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