型録通販から始まる、追放令嬢のスローライフ

呑兵衛和尚

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3巻

3-3

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「では、次はこちらの缶詰です。とある港町の名産【鯖の味噌煮サバノミソニー】と【鯖の水煮サバノミズニー】です。こちらは試食用で開けますね」
「いや、開けんでいいから五つくれ!!」
「俺もだ、俺はサバノミソニーを三つと、ミズニーを二つだ!!」
「は、はい!!」

 うん、ブランシュさん、お客さんが困っていますから、早く接客に戻ってください。転がるほどおかしいことがあるのですか?
 え? 発音が違う?
 知りませんよ、そんなこと。
 そして気がつくと、缶詰はすべて完売。
 ヒゲダン印の特大ミックスナッツとかいうものも売れましたし、満足満足。

「あ、あの、酒はないか?」
「お酒? ですか?」

 ふと、私の目の前に立っている小柄な髭面ひげづらの男性が問いかけてきます。
 ええっと……もしや、ドワーフさん?

「はい。こちらはいかがでしょうか?」

 四角い透き通った瓶に入っている、琥珀色こはくいろのお酒。
 ウヰスキーというものだそうですが、二文字めの発音がわからなくて。
 ウイスキー? あ、そう読むのですか、ブランシュさんありがとうございます。

「これは? 茶色い色がついている酒?」
「ウイスキーという蒸留酒です。試飲されますか?」

 スクリューキャップとかいうものを開けて、紙コップに少しだけそそいで手渡します。縁日で使っていた紙コップは、まだ大量に残っているのですよ。

「ほ、ほほう? この香りは初めてじゃな。では……」

 ──ゴクッ。
 一口飲んで、ドワーフさんは目を閉じて頷いています。
 はて、何か思うところでもありましたか?

「五本ほど欲しい。先ほどから見ていたが、一人の客が買える量を五つにまで制限しているのだろう?」
「はい、お買い上げありがとうございます」

 すぐさまウヰスキーを五本お渡しして、代金をいただきました。
 いやいや、まさかドワーフさんにこんなところで出会えるとは予想外ですよ。

「しかし、このあたりでは見かけない商人だな。どこから来た?」
「ハーバリオスからです。この先の自由貿易国家パルフェランへ向かうところでした」
「ほう、ワシもパルフェランの臣民じゃ。向こうで会えることを楽しみにしているよ」
「ありがとうございます。でも、入国許可証がないので、少し時間がかかるかもしれません」

 それを聞いて、ドワーフさんが首を傾げています。

「ふぅむ。我が故郷の入国審査はそれほど厳しくないはずじゃが? 各門には『真実しんじつかがみ』というものがあり、そこで審査を受けて罪なき者と判断されたなら、誰でも自由に行き来することができるはずじゃ」
「え?」

 その言葉を聞き、思わずブランシュさんを見ますが。
 彼もまた大きく口を開けて驚いています。

「あ、あれ? パルフェランといえば、ドワーフによる亜人主義の絶対王政。近隣の天翔族にのみ通行を許している古代王国だよな?」
「何百年前の話じゃ? 今は自由に門を開いておるわ。まあ、紹介状があるなら、手続きは簡素化されるから、あるに越したことはないが」
「……あ~、なるほど」

 まあ、ノワールさんもブランシュさんも、初代勇者様のもとを離れた後は、世界を巡ることなく彫像として眠っていたのですし。三百年前と変わっていてもおかしくありません。
 どうやら私たちは勘違いをしていたようです。

「ご親切に、ありがとうございました。これはほんのお礼ですので、お酒と一緒にどうぞ」

 これはとっておきの逸品。缶詰めなのですが、高級品だそうです。
 ベルーガという巨大怪魚の卵の塩漬けらしく、異世界でもとっても貴重品だそうです。

「ああ、これはこれは。では遠慮なく……」
「はい。私たちも明後日にはこの町を出ますので。では、失礼します」

 とっとと露店を閉じて宿へ。
 商品の発注をすべて終わらせて、私は眠りにつきます。
 ちなみに、夜になってもブランシュさんはノワールさんと交代することなく、つきっきりで護衛をしてくれるそうです。本当に、お二人には感謝しかありません。


 朝。
 スッキリ爽快。疲れもやされ、今日も一日頑張るぞーって気分になります。
 昨日は久しぶりの露店、しかもこの国では初めてのフェイール商店出店でしたので、大勢のお客様がいらしてくれました。
 まあ、お陰で今日の昼間の露店では売るものがほとんどないのですけど。
 夕方には発注した商品が届きますから、そのあと少しだけ開けるぐらいですね。
 身支度を整え、いざ朝食。
 隣の部屋で寝ずの番をしていたブランシュさんと合流して、朝食をとりつつ今日の打ち合わせをと思いましたが。

「ん? サライの開港祭の時のあまりがあっただろ?」
「え? ありましたか?」
「ある。ポップコーンなら、自分たちで食べる用に少しよけてなかったか?」
「少々お待ちください。あるとしたら、【アイテムボックス】の、勇者用品のところでしょうか?」

 すぐに【アイテムボックス】を発動して、目録を取り出します。
 項目別に分けられている目録から、『勇者用品・配送』と『勇者用品・個人購入』を探し、書き込まれているものを確認しますと。

「……冷凍ピザ、コーラ、チョコチップマフィン。あ、爆裂種ばくれつしゅってポップコーンのとうきびのことを言うのですか」
「紙コップもあまっているから、それに詰めて安く売ればいいと思うが? それに、パルフェランで使う予定の酒もあるんだろ?」
「ええ。ついでに超高級缶詰シリーズもありますよ。これは期間限定だったもので、もう買えないから取ってあります」

 これは、お酒のおつまみに合うように作られた缶詰だそうで。
 以前、異世界のお祭りである『父の日』とかの限定コーナーにあったものです。
 まあ、よくわからないけど期間限定っていうだけで買ってしまいましたから。

「ふぅん。まあ、それは売らなくてもいいか。どうせ今日一日で、ここでの販売は終わりなんだろ?」
「ええ、実質、新商品や売れ筋商品が出せるのは夕方六つの鐘の後だけですね。それから商業ギルドで紹介状をもらって、明日の朝にでも出発します」
「ふむ……明日の朝はノワールに送ってもらえ。午後からは俺と交代して、明日の夜からは通常シフトに戻せるから安心しろ」
「助かります」

 さて、話も終わって楽しい食事も終了。
 真っすぐに露店へ行くところでしたけど。
 二人の冒険者らしき男性と、一人の身なりのいい壮年の男性が、私たちに近づいてきます。

「すまない、クリスティナ・フェイールさんだね」
「ええ、そうですが。私に何か御用ですか?」
「それよりも、その二人。嫌味なぐらい殺気をばら撒いているが、やるなら覚悟してこいよ」

 私の返答とほぼ同時に、ブランシュさんが私をかばうように立ち塞がりました。
 そしていつもとは違う口調と迫力で、冒険者たちを威嚇しています。

「これは失礼。いや、あなたに商談というか、お願いがあったのでな」
「商談? 願い?」

 これは、私の危機察知力によると嫌な感じしかしません。
 まあ、そんなスキルはないのですけど、商人の勘とでも申しますか。

「ああ。とりあえず立ち話もなんだから、冒険者ギルドに来てくれないか?」
「お断りします。商談でしたら、商業ギルドの個室を使わせてもらいます。そちらででしたら、お話を伺わせてもらいますけど?」

 キッパリと断りました。

「それに、あなたはどこのどちら様ですか? 自己紹介もなく、話をしたいから冒険者ギルドに来いとは。せめて自分が何者なのか、それぐらいは説明してくださってもよろしいのでは?」

 商談を求めているのに名乗りもしないだなんて、怪しいやつとしか認識できません。

「チッ……これは失礼。私は冒険者ギルドのギルドマスターを務めているジェイソンだ。とある貴族の令嬢が重い病に罹ってしまい、それを癒すために霊薬を調合しなくてはならない。そのためには、どうしても竜のきもとユニコーンのツノが必要だ……」
「はぁ。それはそれは大変ですね。でも、それと私がどう関係しているのですか?」
「察しの悪い小娘だな。君は、ドラゴンとユニコーンを使役しているよな? それなら危険をおかさずとも、どちらも簡単に手に入るではないか? 貴族の令嬢を救うためだ、ドラゴンとユニコーンを差し出してもらいたい。当然、謝礼はする」

 なるほど。
 前でブランシュさんがゴキゴキッと拳を鳴らしています。
 そりゃあ、怒りますよね。
 ユニコーンのツノは魔力のみなもとであり、それを失うことはユニコーンとしての力をすべて失うことに繋がります。そしてドラゴンの肝……このジェイソンというギルドマスターは、令嬢を救うためにブランシュさんとノワールさんに死ねと言っているようなものですから。

「お断りします!! では、私たちは仕事がありますので失礼します」

 そうキッパリと告げて、露店に向かって歩き始めます。
 この早朝の人通りの多い街の真ん中で、まさか戦闘行為を行うほど馬鹿ではありませんよね?

「く、くっそぉぉぉぉぉ、あのスギタとかいう小娘といい、貴様といい……何故、俺の邪魔をする!! おいお前たち、あの二人を捕まえてこい!!」

 口惜くやしそうに叫ぶジェイソン。
 でも、これだけの人目がある場所で私たちを襲うような真似はできない冒険者たち。
 手を出したくても出せないのがよくわかります。

「だ、ダメですぜ」
「さすがにこれだけの人目がある中で、法に触れることをやるわけには」
「何が法だ!! あの小娘は俺に逆らった。貴族の、騎士爵を持つ俺様にだ!! 不敬罪だ、捕まえてこい!!」
「この街では、騎士爵の者でも不敬罪を問えるのですか?」

 私が追い打ちをかけるように問いかけ、ブランシュさんが身構えたその時。

「いいや。そんなことはないぞ。不敬罪に問えるのは王族のみ。さて、ジェイソンさん、また騒動ですかな?」

 私たちの後ろから声がしました。
 思わず振り返ると、そこには商業ギルドのギルドマスターが立っています。

「貴様は商業ギルドのローランド。その小娘は、ユニコーンとドラゴンを使役しているのだぞ?」
「うむ、それが何か? 彼女の身分や事情は知っております。その上で危険はないと判断し、自由にしてもらっているのですがな?」
「何故だ!! 商業ギルドとしてもユニコーンやドラゴンの素材は喉から手が出るほど欲しいだろうが!!」
「ああ。じゃが、それが許されるのは野生種からの採取のみ。他人が契約しているものを、何故私たちが好き勝手できると? それに、彼らはエセリアルナイトじゃ」

 淡々と説明するローランドさん。
 すると、ジェイソンさんはその場に膝から崩れました。

「エセリアルナイト……だと?」
「うむ。しっかりと鑑定しております。それにドラゴンの肝なら、霊峰に現れたカースドフェザードラゴンを討伐したらよいのではありませぬか? 天翔族の方からも緊急で討伐任務を受けてほしいという連絡があったはず」
「そ、それは……」

 はい、そのカースドフェザードラゴン、ノワールさんが燃やし尽くしました。
 チラリとブランシュさんを見ますが、今は黙ってろと言わんばかりに首を横に振っています。

「では、私はこれで。ローランドさん、午後にでもご報告したいことがありますので、あらためてギルドに参ります」
「承知した。それではフェイールさん、いい商売を」

 何か言いたそうなジェイソンさんを放置して、私たちは露店に向かいます。 
 まあ、予想通りに大勢のお客様がいらっしゃいましたけど、本日の販売品はポップコーンです。
 お酒? ありますけど昼間っからお酒を売るというのもねぇ。
 そんなこんなで、午前中の商売を終えて、午後は商業ギルドを訪ねてみました。
 そして私たちが霊峰を越えてきたこと、その中腹付近でカースドフェザードラゴンを討伐したことをギルドマスターに説明しました。

「……そうすると、竜の肝は入手不可能。まあ、この件については、まだ手が残っておる。幸いなことに、この村には『きた聖女せいじょ』であるランガクイーノ・ゲンパク・スギタ先生がいらっしゃる。今は霊峰の天翔族のもとにおられるが、戻り次第、あの方にエリクシールを調合していただこう」
「え、エリクシールですって!!」

 驚きました。
 エリクシールといえば、伝説の霊薬です。
 死者蘇生こそ不可能ですけど、いかなる病や怪我、呪いさえも打ち消す神の薬です。
 まさか、それを調合できる方がいるだなんて、予想もしていませんでしたよ。

「ああ。じゃから、フェイールさんたちは心配しないでくれ。ここ最近、ジェイソンさんは様子がおかしかったが……ひょっとしたら、権力欲に取りかれたのかもしれん」
「はぁ……そうなのですか」
「うむ。彼はちょっと王都で問題を起こして、この村に派遣されてきたのだ。まあ、この件もフェイールさんには関係がないじゃろうから、ご安心くだされ」

 どうやら、ここはここで色々な問題を抱えていらっしゃるようです。
 まあ、一介の商人の私には関係ありませんので、こちらはこちらでマイペースに頑張ることにしましょう。
 ちなみに、このマイペースというのも勇者語録にありましてですね……


 夕方。
 六つの鐘が街の中に鳴り響くと、どこからともなく型録通販のシャーリィの配送馬車がやって来ました。そしてのんびりと露店の前で待っていた私たちの前で停車すると、黒いドレス姿のクラウンさんが降りてきて、丁寧に頭を下げました。
 私も同じように頭を下げると、クラウンさんはにっこりと笑っています。
 いえ、いつも笑顔なのですけれど、今日は何か、普段とは違う笑顔ですよ?

「おめでとうございます。まもなくシャーリィの会員レベルが5に到達します」

 え?
 ええ?

「えええ? あ、あの、早すぎませんか? このまえ、レベル4になったばかりですよ?」
「はい。ですが、取り扱い金額が一定値に達するごとにレベルは上がります。先日の港町での開港祭で取り扱い金額が一気に増え、今回の高級酒及び高級食材で拍車がかかりました。まだもう数回の取引が必要になりますけれど、型録通販のシャーリィとしては久しぶりのレベル5の会員様の誕生です」
「あ、ありがとうございます」

 思わずペコペコと頭を下げてしまいます。
 このレベルの上がり方は、商業ギルドの方式と同じなのですよね。あちらは上がるたびに税率が上がるので納得がいきませんけど……でも、そういうものなので仕方がありませんね。

「よぉ、クラウン。それよりも早いところ、納品してくれないか? 俺は夜はキツイからさ」
「あら? なんでブランシュがこの時間にいるのよ。ノワールはどうしたの?」
「あいつは回復中だ。どうしても急ぎでこっちに来ないとならなかったから、霊峰を越えてやってきたところだ」

 クラウンさんとブランシュさんの話が始まりました。
 まあ、お二人とも型録通販のシャーリィの関係者なのは理解していますからね。
 ですが、勇者のエセリアルナイトであるブランシュさんと、シャーリィにどんな繋がりがあるのか、ちょっと気になりますけど。

「姐さん。早いところ、【アイテムボックス】に仕舞ってくれるか?」
「え、あ、はい!!」

 いつの間にか、二人で馬車から荷物を下ろし始めています。
 急いで下ろされた荷物に手を当てて、【アイテムボックス】に収納。
 それを延々と一時間近く……って、今日の荷物、すごく重いようですけど。

「あ、あの、クラウンさん? 今日の荷物って、どうしてこんなに重いのですか?」
「いつもの納品に加えて、お酒と缶詰が追加されていますよね? 瓶に入った液体は重くて、どうしても重くなってしまうのですよ」
「あはは……誠に申し訳なく」

 思わず頭を下げますが、ブランシュさんが重さなど関係ないという所作で荷下ろしをしています。

「こいつはユニコーンのくせに馬鹿力ですし、私もこの指輪がありますから大丈夫ですよ?」

 クラウンさんが左手中指にはまっている指輪を見せてくれます。

「何かの効果が付与されているのですか?」
「ええ。古いドワーフの魔導遺物品アーティファクトです。単純に筋力を倍にするだけですけど、女の細腕でもこのように、重い荷物を下ろすことができるのですよ」

 そう告げてから、ひょいひょいと荷物を下ろしています。
 さすがはドワーフ、鍛冶技術だけでなく魔導具の開発まで。

「そういえば、パルフェランに向かわれるのですよね。あちらには魔導商会があると思いますから尋ねてみるといいですよ。シャーリィの魔導書がありますから、望めば道は開かれると思いますので」
「それよりもクラウンと姐さん、手が止まっているんだが?」
「うわ!!」
「あら、失礼」

 一人黙々と荷物を下ろすブランシュさん。目の前には十を超える箱が積み上がっています。
 それを急いで【アイテムボックス】に収め、どうにか納品は完了しました。
 そしていつも通りに支払いを終え、追加の発注書と新しい型録を受け取ります。

「嗜好品特集と、こちらはリクエストシリーズ?」
「ええ。ドワーフの王国であれば、嗜好品特集はタイムリーですよ。それと、リクエストシリーズは、過去の型録の中から人気商品を集めたものです。詳しくは夜にでも、のんびりと読んでみるとよろしいかと。では、今後とも型録通販のシャーリィをご贔屓ひいきに、よろしくお願いします」

 丁寧に挨拶をして、クラウンさんは馬車に乗って走っていきます。
 そして馬車の【認識阻害にんしきそがい】効果が消えると、すぐにお客さんが集まってきました。

「グレンの旦那から聞いたぞ!! 琥珀色の悪魔を五本、売ってくれ!」
「俺もだ、俺は三本とサバノミソニーを二つだ」
「すまない、商人ギルドのカードがあるんだが、仕入れをさせてくれないか?」

 次々とやってくるお客さん。
 一度に言われると困りますし、ブランシュさんも必死にお客さんを押しとどめています。
 すると、昨日聞いた声が響きました。

「皆騒ぐな、並べぇぇぇぇ!!」
「お、おおう、これはグレンの旦那」
「いや、ここの店は在庫が少なくてですね、急いで買わないと」
「そんなにガチャガチャと集まっても、フェイールさんが困るだけじゃろうが!!」

 グレンって、昨日、うちからウヰスキーを購入したドワーフさんでしたか。

「ありがとうございます、助かりました」
「いや、こいつらはな、鍛冶師にウヰスキーを賄賂わいろとして渡して、いい武器を売ってほしいだけじゃよ。こんな不思議な酒、ドワーフが飛びつかないはずはないからな。まったく、どいつもこいつも、欲の皮をつっぱらせおって」

 ため息をつきながら、グレンさんが説明してくれます。

「だ、だけど、このウヰスキーには金貨十枚の価値があるって酒場でうなっていたのはグレンの旦那じゃないですか。それほどの価値があるものが、銀貨五枚で買えるのですよ?」
「そりゃあ、五本買って転売したら金貨五十枚ですよ? 銀貨二十五枚が百倍ですよ!!」
「馬鹿、二百倍だ!! そんな金のなる木のようなものを、指をくわえて見ているなんてできるはずないじゃないですか!!」

 グレンさんに向かって、必死に叫ぶ顔つきの悪い商人。
 でも、その反対側では並んでいるお客相手に、ブランシュさんが販売を開始していますけど。

「転売……はぁ。パルフェランの商人ともあろうものが、情けない……何故、自分たちで仕入れ先を開拓しない? 売れそうな商品ばかりを買い占め、それを高額で転売する……購買者の飢餓感きがかんあおる商売ばかり続けていると、いつか痛い目にうぞ?」
「う、うるせぇよ!! 俺たちはこうして商人をやって来たんだ」
「確かにグレンさんは鍛冶師としては有名だが、俺たち商人に対して商売を語るのはお門違いじゃないのか?」

 はい、口喧嘩がエスカレートしていますけど。
 隣ではブランシュさんが空になった木箱を仕舞っていますよ。

「姐さん、次の箱を出してくれるか?」
「はぁ、ではこちらを」

 琥珀色の悪魔、なるほど、このウヰスキーのことを話していたのですか。
 確かにドワーフはお酒に目がなく、いい酒を巡って争いにも発展することがあるそうですが。
 それは、酒癖の悪いドワーフが酔った勢いでよくやることらしく。
 お酒の入っていないドワーフは、努めて紳士的な……

「なんだこの野郎!! やるっていうのかぁ」
「上等だ、前からサギール商会に出入りしている商人は気にいらねぇって思っていたんだ!! かかってこいやぁぁぁ」

 ──ドゴォォォッ!
 おお、商人さんの左ストレートとグレンさんの右ストレートが炸裂しました。
 リーチ差があり商人さんの拳が速かったのですが、そのまま前のめりになったグレンさんが、商人さんの顎に向かってアッパーカット!!
 横ではブランシュさんが、鼻歌混じりに商売しています。

「ジャブ、ジャブ、それ打てストレート~。ひるんだところで、右フック~♪」

 それ、なんの歌ですか?
 それよりも商人さんがピンチですが、まあ、グレンさんの言い分が正しいので、ここはグレンさんを応援です。

「いや、姐さんは缶詰を売ってくれ」
「あ、はい!! いらっしゃいませ~」

 夕方六つの鐘から一時間きっかり。
 そこで露店はおしまいです。
 気のせいかも知れませんが、今日仕入れた分の半分近くのお酒と缶詰が売れたようで何よりです。

「お、おい! 俺たちはまだ買ってないぞ!!」
「そうだそうだ、在庫をすべて売れ、俺たちを誰だと思っていやがる?」
「この街の商業ギルドにも登録しているサギール商会の出入り商人だぞ!!」
「つまり、商人をかたって薄利多売の店から商品を買い占めてサギールに卸している腰巾着共だ。時間が来たのなら仕方がない、ワシも諦めて帰るとしようか」

 気を失った商人たちの腹にガシッと拳を入れ、前屈みになったところで頭を小脇に抱え、ずるずると引きずっていくグレンさん。
 うん、私たちの露店を守ってくれていたようですね。
 これはお礼をしなくてはなりません。


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