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第7章・王位継承と、狙われた魔導書

第303話・偵察、いえいえ、納品ですよ

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――ペルソナたちが出発した直後

 クリスティナたちと入れれ代わりにやって来た聖女・八千草は、傍らで馬車を見送っていたブランシュにつかつかと近寄っていく。

「ねぇ、貴方ってエセリアルナイトよね?」
「ん? ああ、そうだが。俺に何か用事なのか」
「今、フェイ―ルさんとペルソナ様が馬車に乗ってどこかに向かったわよね? その目的地を教えなさい」

 相変わらず上から目線で話しかける八千草に、ブランシュは面倒くさそうにため息をつく。
 
「はぁ……なんで教える必要があるんだよ」
「そんなこと決まっていますわ。ペルソナさまを追いかけて、結婚して貰うに決まっているじゃないですか。さあ、さっさと教えなさい」
「あのなぁ。そんな理不尽すぎる目的のために、教えるはずがあるかよ。ほらほら、こっちは姐さんの留守を任されているんだから、とっとと城に帰った帰った」

 シッシッと手で置いた摂るような仕草をすると、八千草も顔を紅潮させて踵を返す。

「フェイールさんが戻って来る頃に、また来ますわ。そう、貴方、二人が戻ってきたらすぐに王城まで使いを寄越しなさい。これは勇者であり聖女としての命令ですわっ」

――キィン
 そう八千草が呟いた時、その瞳が青く輝いたのをブランシュは見逃さなかった。
 それは『人心掌握の魔眼』であり、聖女が身に付けるような能力ではない。
 どちらかというと魔族寄りの魔術であり、今は伝えられていない古代魔術に分類される。
 だが、そんな精神支配系の魔術がユニコーンであるブランシュに効果を発揮する筈もなく、八千草に対してうっとおしそうにシッシッと手を振った。

「あー、はいはい。俺からは使いなんて出さないから、適当な頃合いを見て顔でも出せばいいだろうさ」
「なっ、なんですって!!」

 自身の発動した魔眼が効果を発揮していないことに気付いた八千草だが、その魔術の出所を探られるのは面倒くさいと察したのか、フンっと鼻息荒く馬車に乗ると、そのまま王城へと戻っていった。

「はぁ。しっかし面倒くさい魔術を身に付けたものだなぁ。一体、どこで覚えたことやら……ありゃ、今は魔王国ですら伝承されていない古代魔術だぞ」

 なんだか面倒くさいことになりそうだなと思いつつも、ブランシュは箒を持ってくるとね店の前の清掃を始めた。
 いずれにしても、クリスティナが戻ってくるまでは、彼女から留守を預かっている以上は単独で行動することなどできないのだから。

………
……


――フェイールの里
 ハーバリオス王都を出発して、あっというまにフェイールの里の外。
 街道を離れて小道を抜けて、世界樹の結界の手前まで到着しましたが。

「こ、これって……」

 フェイールの里の周辺の杜の樹々が、焼け落ちています。
 それも、結界に沿って広範囲に焼け広がっていたようで、炭化した樹々とぐちゃぐちゃに泥化した地面が広がっていました。
  
「ああ、どうやら何者かがフェイールの里を焼き討ちしようとして失敗。というところですか」
「そ、それじゃあおばあ様たちは!」

 その私の言葉と同時に、ペルソナさんは馬車を走らせます。
 そのまま結界をするりと抜けて、里の中央の広場へ向かって。
 でも、里に入ったあたりからは、ハイエルフの姿がぽつぽつと見え始めていますし、この前来た時よりも里全体がにぎわっているようにも感じられます。
 そして、里長であるおばあさまの家の前まで到着したとき。

「おや、まだ透き通った馬車が来たと思ったら、使徒さまとクリスティナじゃないか。元気そうだねぇ」

 家の前に椅子を置いて、のんびりとお茶を嗜んでいましたよ。
 ええ、とても元気そうです。

「あばあ様、あの結界の外はなにがあったのですか!!」
「ああ、あの火事跡のことだね。あれは、数日前にいきなりやってきたどこかの騎士団が、結界に沿って火をつけたのさ」
「そ、その騎士団って」
「見た感じだと、恐らくはカマンベール王国の騎士たちだろうねぇ」

 のんびりと話をしているおばあさま。
 うん、怪我もないようですし、大丈夫ですね。

「カマンベール王国の騎士って、あの、国境沿いには魔族は突破できない結界が張り巡らされているのですよね、どうやってここまできたのですか」

 おばあ様の近くまで向かい、そう問いかけます。
 
「クリスティナさま。結界沿いに火をつけたのはエルフです」
「え?」

 私の問いかけには、ちょうど里の奥から戻って来たらしいノワールさんが答えてくれました。
 でも、そんなことってありえませんよ。
 エルフにとって森とは、命の還る場所です。
 森と共に生き、そしてその魂を大地へと還すエルフが、自ら樹々を傷つけることはありえません。
 ましてや、火をつけて燃やすだなんて。
 切りつけた程度なら、まだ樹々は蘇ります。
 ですが、炎に包まれた樹々は蘇ることなく、その生涯を終わらせてしまいます。
 そんな、自殺行為に等しい行いをエルフが行うなんて。

「ノワールさん、何かの間違いですよね?」
「いえ。フェイールの里に火を放った首謀者は取り逃がしてしまいましたけれど、実行犯は数名ほど捉えてありました。彼らは一様に、精神支配されていました」
「せ、精神支配って」

 洗脳、ですよね。
 魔族は通ることができない結界でも、カマンベール王国の騎士であるエルフは通り抜け可能。
 ですが、このフェイールの里の結界は『悪意あるものを阻む』もの。
 国境は越えられても、このフェイールの里へは侵入することが出来なかったということですか。
 そこで森に火を放ち、里の者たちを燻し出そうと考えたというところでしょうか。

「……酷い……どうしてそんなことを……」
「一刻も早く、国境沿いの結界を破壊したい、その焦りからでしょう」

 ペルソナさんも馬車を降りてくると、おばあ様に軽く会釈しています。

「これは精霊の使徒さま。こんな老人に頭を下げる必要はありません」
「クリスティナさんの祖母ですから。と、それは置いておくとしましょう。どうやら魔族側も、焦りを感じ始めているのでしょう」
「焦り……ですか?」

 私が思わず問いかけると、ペルソナさんもコクリと頷きます。

「おそらくですが、ハーバリオス王国に勇者が召喚されたことに気が付いた魔族がいるのでしょう。ですが、今はまだ召喚されたばかりで実力が伴っていない、つまり今、ハーバリオスに進軍して勇者を打ち取ってしまえば、魔族にとっての脅威は消え去ります」
「そういうことですか」
「まあ、これは私の予測ですけれどね。ということでクリスティナさん、お仕事の方を」
「は、きはいっ、おばあさま、本日はフェイール商店として伺わせていただきました」

 そう丁寧に頭を下げてから、私はアイテムボックスに納めてあるカタログギフトを取り出して、おばあさまに手渡します。

「勇者文字……と、うんうん、これは私でも読めるねぇ。カナン・アーレストの残した碑文と同じ文字だよ」
「うわ、おばあさまって博識です。と、そちらはフェイール商店で取り扱っている商品の型録です。カマンベール王国王城に幽閉されているおばさまに、なにか元気が出るような贈り物をなされてはいかがでしょうか?」

 これがペルソナさんと私が合法的にカマンベール王国に入りための布石。
 おばあさまが注文したものを、店主である私が責任を持ってお届けする、それだけです。
 ただ、精霊界の盟約により、おばさまを救出することはできません。
 人間界での戦闘には、精霊界の住人は直接干渉することはできないのですから。
 そして、私の言葉の真意をくみ取ってくれたのか、おばあさまが懐かしそうに型録を開いています。

「うんうん……ああ、あの子は昔から、焼き菓子が大好きでね。よく私とあの子で、お母さまの焼いてくれたクッキーを取り合いしていたものだよ……」
「そうっなのですか」
「ああ。マルティナはそのことを知っていたけれどね。よく、大人げないって怒られたものだよ」 

 本当に懐かしそうに語っています。
 そして、幾つか頁の商品を指さして、私に入手可能か問いかけてくれました。
 ペルソナさんに確認して貰うと、ちょうど配達がキャンセルになった商品のなかにそれらがあるそうですので、このまままっすぐに届けに行くことができそうですよ。

「そうかいそうかい……それじゃあ、これを届けてくれるかい」
「はい、お任せください。このフェイール商店には、届けられない場所なんてありません」
「では、急ぎ届けてくることにしましょう。あちらの方にも型録ギフトを届ける必要がありますので」

 ええ、今度は向こうの様子をおばあさまに教える必要があるので、おばさまにも注文していただく必要があるのです。
 さあ、それではいざ、カマンベール王国へ!!
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