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第7章・王位継承と、狙われた魔導書

第299話・悪役聖女は、お暇なお年頃?

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 勇者さまご一行がハーバリオスに滞在を始めて、すでに10日間。

 この間、カマンベール王国との国境沿いでは大きな出来事がありました。
 ついにカマンベール王国は周辺諸国との国交を断絶。全ての外国へと繋がる街道を封鎖し、人々がカマンベール王国を出入りするのを禁止しました。
 唯一、住民にとっての生命線である商人たちについては例外措置が行われ、各街道に新たに作られた砦にて商会ギルドの会員証の確認し、荷物に怪しいものがないかどうかを調べ始めたそうです。

 ハーバリオス王国の場合、カマンベール王国と国境を挟む『ラボリュート辺境伯領』に大勢の商人たちが集まり、カマンベール王国へ物資の輸出を行っているそうです。
 ええ、このタイミングで稼がないで、いつ稼ぐのでしょうかっていう感じで、今、ラボリュート辺境伯領は戦争特需状態に突入したとか。

「……それで、フェイール商店さんは、ラボリュート辺境伯領へは行かないのかしら? あなたが出かけるというのなら、この私が店番を請け負っても構いませんわよ? 商品さえ定期的に運んでいただけるのでしたらね」

 今は夕方。
 間もなく本日の営業は終了。
 そして、その時間に合わせてやってくる、聖女・八千草。
 昼間は他の勇者と共に戦闘訓練を行ったり、教会にて祈りを捧げたりと聖女としての務めを行っているそうですが、それが終わるとこうしてフェイ―ル商店へやって来ては、ただ従業員の皆さんとおしゃべりをしつつ、その場で商品を購入。
 いきなり店内でお茶会を開き始めるという傍若無人さを発揮していますが。

「私は行きません。そもそも、どうしてあなたに大切な店を任せるっていう事になると思っているのですか。貴方こそ、今日の務めを終わらせたのでしたら、とっとと王城に戻ったらどうなのですか? 他の勇者さまとの交流とかもあるのではないですか?」
「まあ、それは訓練の時に終わらせているので問題はないわ。それで、ペルソナさまはいつ、ここに来るのかしら?」
「さあ……どうでしょうかね。もし分かったとしても、貴方に教える義理なんてありませんので」

 もう、早く帰って欲しいものです。
 今日あたりは定期配達日なので、夕方6つの鐘が鳴るころにペルソナさんがやって来るというのに……

――カラーン、カラーン……カラーン、カラーン
 ほら、そんなことを考えていると鐘がなったではないですか。
 そしてなんとなく感じる、【型録通販のシャーリィ】の馬車の気配。
 ああっ、このタイミングでくるなんて、最悪ですわ。

「チッ……最悪だな」

 ほら、ブランシュさんまで呟いているじゃないですか……って、え? 珍しいですね。

――カラーンカラーン
「はーーーーっはっはっはっはっはっ。久しぶりだな、マイスイートハニー。貴様のアルルカンが、自ら配達に来てやったぞ。ありがたく思えフベシッ!」

――スパァァァァァン
 いきなり、高らかな笑いと共にアルルカンさんが来店しました。
 そしてその背後から、クラウンさんがため息を吐きつつ、アルルカンさんの後頭部に向かって張り手をかましています。

「口調は正しく。クリスティナ・フェイールさまは貴方のものではありません。言い換えれば、ペルソナさまの大切な方です」
「だが、それは今は、ということだ。これからどうなるかは、分からんではないか……」
「いえ、もう答えは出ています。それよりも、とっとと【型録通販のシャーリィ】の従業員としての務めをお果たしださい。ということで、ご無沙汰しています、クリスティナさま。本日はこの私、ジョーカーが配達に参りました」

 なるほど、ブランシュさんの反応はそういう事だったのですか。

「はい、ありがとうございます。それと……」

 ツツツとジョーカーさんの元に近寄っていって、その耳元で。

「本日は、定期配達ではないのですか?」
「はい。それは明日でございます。今日は普通に、納品にやって来ただけですが……ちょっと厄介ですね」

 へ?
 ジョーカーさんが眉根をひそめてしまったので、一体何事かと思ったのですが。
 その視線の先では、『認識阻害』の効果を受け付けない聖女・八千草さんがいらっしゃいました。
 ええ、そうですわ、勇者には認識阻害の効果は発揮しない、すっかり忘れていましたわ。

「ま、まあ、こうなっては仕方がありません。急いで納品チェックを行いましょう」
「そうですな ……では、そこのアルルカンさまは、急いで商品を馬車から降ろしてください」
「お、おおう、分かった」

 はぁ。
 なんでアルルカンさんは、いきなりカウンターの横にあるテーブルに座ってハーブティーを飲もうとしているのですか。しかも、その正面ではポカーンとした表情でこっちを見ている八千草さんがいるではないですか。

「しかし、その程度の作業はブランシュにやらせればいいではないか」
「駄目ですね。あなたは従業員であり、ブランシュさんはクリスティナ様の大切な護衛です。普段はペルソナさまが命じていますけれど、今日は貴方がいるのですからね」
「ちっ……ああ、わかったわかった」

 バリバリと頭を掻きつつ、アルルカンさんが店内から外に出ていきます。
 まったく、あの性格は少しでも良くなったのでしょうかねぇ。

「では、私は納品チェックをしてきますので、店内は二人にお任せしますね」

 そしてジョーカーさんとアルルカンさんが外に出ていったので、ルメールさんとジェイミーさんは認識阻害の効果から解放されましたようです。
 では、私も外に出て、納品チェックを行うとしましょう。

………
……


「はい、では店内清掃を始めるとしましょうか。ジェイミーさんは棚の商品の補充と、在庫のチェックをお願いします。八千草さん、私たちは仕事に戻りますので、お湯の追加についてはご自分でお願いします」

 クリスティナの指示で、ルメールはジェイミーに指示を出す。
 そして自身は清掃道具を手に取ると、店内の清掃を始めるのだが。

「はいはい。とっとと終わらせなさい。それと、今の人たちって商人よね? 噂の勇者ご用達商品を下ろしている業者さんかしら? あの話し方から察するに、ペルソナさまの部下、もしくは同僚っていう感じかしら? あなたたちは何かしらないの? ここの従業員なのでしょう?」

 八千草が興味津々で二人に質問をするが。
 その問いかけに、二人は同時に頭を傾げてしまう。

「それがですね。あの方たちがフェイール商店に商品を下ろしている方々であることは知っていますが。なんといいますか、こう、私たちはその件に触れてはいけないような気がしています」
「はい。ルメールさんのおっしゃる通りです。こう、威圧感とは違う、なにか力のようなものは感じるのですが……どうしても、あの方たちに話しかけるっていう雰囲気にならないのですよ」

 ジェイミーの言葉を聞いて、八千草はテーブルに置いてあるマカロンを一つ手に取って、口の中に放り込む。

「ふぅん。でも、私は特に、何も感じなかったわ。まあ、あの人たちがペルソナの同僚だったとしたら、彼らについていって仕事場に向かうっていうのもいいかもしれませんわね。でも、そうするとこの国での訓練に支障が出てしまいますし……」

 八千草は毎日、教会で祈りを捧げている。
 彼女に神聖の加護を授けている『知恵神グーニーズ』は、日夜彼女の愚痴を聞いている。

 曰く、とっとと日本に帰りたい。
 曰く、こっちで大金をゲットして、大金持ちになって帰りたい
 曰く、こっちの世界でイケメンを捕まえて、連れて帰りたい。

 そんなことを毎日の祈りに混ぜて愚痴っているのだが、その外にも『とっとと戦争を終わらせたい』『戦争の犠牲者が多くなりませんように』という祈りの声も届いている。
 自身の欲求は『果て無く、深く、我儘』であるのだが、それ以外には優しさのようなものが見え隠れしている。
 そういう人でなくては、勇者召喚には選ばれないということもあるのだが。
 ここ最近は、ペルソナというイケメンを連れて帰りたいだの、彼に付きまとっている女が邪魔だから天罰を与えて欲しいなんていうのも出てくる。

 だが、クリステイナに加護を授けているのは上位神である精霊女王シャーリィ。
 つまりクリスティナは精霊女王の巫女である。 
 そのような願いを聞き入れることはできないので、毎日、そっと優しく諭してあげるのが精いっぱいであった。
 だからこそ、八千草も女神に対して無茶は言わないように努めている。
 勝負するのなら正々堂々と、実力でペルソナをあの女から奪えばいい。
 もっとも、そんなことを考えている時点で、愛の女神も秩序の女神も、八千草にはほほ笑むことは無いのだが。

「……ちょっと、私も外を見てくるわ」

 そう告げて、八千草は席を立ち、店の外に出る。
 するとちょうど納品が終わり、クリスティナが支払いを行うところであった。

「では、お支払いはいつもの通りでよろしいですか?」
「はい、しっかりとチャージは追加してありますので」

 そう告げて【シャーリィの魔導書】をジョーカーに提示するクリスティナ。
 そして支払いを終えると、ここに残ると叫んでいるアルルカンを無理やり馬車に乗せて、そのままスッと立ち去っていった。

「消えたわよ……あの馬車は一体、なんなのかしら? それに支払いって話していたけれど、あの魔導書で払うの? それに………あの魔導書から、すごい力を感じるのだけれど、あれが彼女の秘密なのかしら……」

 そう呟く八千草。
 そして再び店内に戻っていくと、荷物を手にしてから王城へと踵を返すことにした。
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