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第7章・王位継承と、狙われた魔導書

第285話・切り札は、最初に切りましょう。

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 おばあさま奪還作戦。

 はぁ。
 色々と策を練って見たのですが、すでに頓挫しそうです。
 フェイールの里に滞在する間は、おばあさまの館をお借りすることになりましたので、そこで今後のことについてノワールさんとも話し合いを行っています。
 ですが、そもそもカマンベール王国に私自身が向かうこと自体、ノワールさんは反対しているのです。

 裏ギルドだか闇ギルドが暗躍し、私を狙っていること。
 その黒幕にはカマンベール王国の上級貴族が関与していること。
 そして私を帝国に嫁がせることで、カマンベール王国は平和を得るということ。
 そのために、おばあ様を攫っていったこと。

 すべてが一つに繋がっているようにも感じられるのが、実に不愉快です。
 かといって、現状、私が出来ることは何一つないように思えていましたので、最後の手段を取ることにしました。

――翌朝
 私が取った最後の手段。
 それはこれです。

「おはようございます。型録通販のシャーリィより、商品をお届けに来ました。ハーバリオスでは久しぶりですね、お元気そうで……はありませんね、何かありましたか?」

 不足している定番商品を【型録通販のシャーリィ】に発注。
 それを届けてくれるペルソナさんに、ちょっとアドバイスがもらえたらなぁと思いました。
 とりあえずは納品が終わるまでは表に出さないように頑張っていたのですけれど、どうやらペルソナさんの顔を見て、気が緩んでしまったようです。

――ポロポロポロポロ
「え、ま、まあ、何かあったかといえば、ありましたけれど……」

 そう、気取られないように告げたのですけれど。
 目の前に立っているペルソナさんは、優しく微笑んでから、私にハンカチを差し出してくれました。

「まずは、その涙を拭いてください。まずは商人としてお仕事をしましょう。そのあとで、私でよろしければお話を伺わせていただきますので。それでよろしいですか?」

 え。
 やだ、私……泣いて……。
 いけない。
 ペルソナさんを心配させちゃだめです。
 うん。
 しっかりと前を向かないと。

――スッ 
 そう思っていたのに。

「失礼します」

 そうペルソナさんが呟いたかと思ったら、ハンカチで私の頬を拭ってくれます。
 やっぱり、私、泣いていますよね。
 
「さて。それじゃあ、先にクリスティナさんの御話を伺った方がいいですね。そちらの方が大切ですから……」
「ふぁ……ふぁい……うっ………うううっ……」

 そんな優しい言葉を掛けたら、私、もう我慢できなくなってしまいますよ……。
 それから、私は泣きました。
 ペルソナさんに縋って、彼の手を握って。
 私のせいで、おばあさまが攫われてしまったこと。
 そしてどうにか助けたいと思っているけれど、なにもできないこと。
 そのつらさ、悔しさが口から零れていきます。
 
 そしてどれぐらいの時間がたったのでしょうか。

「……おちつきましたか?」
「はい、あの、すいませんでした……」
「いえ、クリスティナさんが落ち着けたのでしたら、それで私は十分ですから。さて、先ほどのお話ですけれど、かなり厄介な状況であることは理解しました。そのうえで、私が手伝えることがありましたら、喜んでお手伝いします……と、まずはその前に、納品を終わらせてしまいましょうか」
「はい……」

 あとはノワールさんに手伝ってもらい、一気に納品業務を終わらせます。
 そして一段落したので、家の前に置いてある長椅子に腰かけると、隣のペルソナさんも腰かけてくれました。

「この里の世界樹が枯れ始めているのは、里長であるクリスティナさんのおばあ様がいなくなったから。そして、このフェイールの里に根付いている世界樹は、このハーバリオス中のエルフの里の世界樹の中でも、特に重要な存在であることは、クリスティナさんはご存じですか?」
「い、いえ……そうなのですか?」
「はい。これはですね、ハーバリオス東方、メメント大森林にも恩恵を授けています。あの森に生えていた世界樹は今から500年前、魔族の大侵攻の際に燃やされてしまいました。その時、里のエルフたちも近隣の森に避難してしまい、メメント大森林は精霊の加護を失っていたのです」

 そんなことがあったのですか。
 初代勇者の時代に、まさかそのような事件があっただなんて、私は初めて知りました。

「ですが、初代勇者の一人、カナン・アーレストは、このフェイールの里にそびえる世界樹に願い、大地に流れるマナラインを通じてメメント大森林にも加護を授けるようにと、その命を賭けて大規模の儀式魔術を執り行いました。その時から、このフェイールの里にそびえる世界樹は、ハーバリオスの大地すべてに加護を授け続けていたのですが……」

 そう告げてから、ペルソナさんは地面に手を触れ、そして土を軽くつまみます。

「今は、その加護もかなり失われています。このままでは、東方から侵攻を始めているらしいバルバロツサ帝国が、メメント大森林の加護結界を打ち破るのも時間の問題でしょう……」
「そ。それじゃあ、そのことも国王に伝えないと!! 急いでメメント大森林の結界に騎士団を……」
「それについては、すでに手を打っていると思われますよ。あの森は常に王国騎士団によって監視していたはずですから……と、それよりも、おおもとの問題を解決した方がよさそうですか……」

 おおもとの問題ですか。
 それはつまり、おばあさまを助け出してこの里の世界樹を活性化させること。
 でも、どうやって救出すればよいのでしょうか。
 
「カマンベール王国の王宮に向かって、おばあさまを返してもらうように進言する? いえ、その前に私が囚われてしまいそうですけれど。でも、私のエセリアル馬車では、あの勇者の加護の中では姿を隠すことはできませんし……」
「そうですね。ノワールの力も振るうことは出来そうにありませんし、お渡ししたエセリアルホースの効果も発揮することはできません。そうなりますと、使える手は数少なくなってしまいますけれど……ないわけではありませんよ」
「え!! そ、それはどうするのですか!!」

 そう思わず問いかけますと、ペルソナさんは被っている帽子を脱いで、私の頭に被せてくれました。

「おばあさまの好きな食べ物は、ご存じですか?」
「え、はい、世界樹の側に生えているゲンゲの花畑がありまして。そこの蜜を蓄える蜂がいるのですよ。その蜂蜜を使った焼きたてのパンが大好物だと聞いたことがあります」
「ふむふむ。では……そうですね。では、おばあさまに蜂蜜を届けるとしましょうか。ですが、普通に届けるのは問題がありますので……」

 そう告げてから、ペルソナさんは私が持っている【シャーリィの魔導書】を指さします。
 
「型録通販のシャーリィ……ここに載っている蜂蜜を届けるのですか?」
「ええ。お手数をお掛けしますが、発注書をここで書いていただけますか? ひょっとしたら、いま馬車に積んである返品用の蜂蜜と同じものがあるかもしれません。それを教えるのはルール違反ですので、こちらに掲載してある商品から選んでいただけますか?」
「わかりました……それでは……」

 急いで型録を開き、蜂蜜のページを探します。
 そこに記されている商品は二つ。
 一つはサンダ養蜂場というところの限定蜂蜜2本セット。
 そしてもう一つは、同じ養蜂場の蜂蜜ですが、マヌカという植物からとれたもの。
 
「サンダ養蜂場の……普通のやつです。これでいいのでは」

 そこに書いてある限定蜂蜜は、蓮華草という花から集めたもの。
 ゲンゲと蓮華って、なんだか似ていますよね。

「では、こちらでよろしいですか?」
「はい、それでは確認しますね……と、ああ、こちらでしたか。ちょうど1セット、返品する予定のものがありましたので、こちらをお届けしましょう。届け先は、カマンベール王国の王都王城内、クリスティナさまのおばあさまでよろしいのですね?」

 そうか、指定先配達ですか。
 でも、王城には精霊の加護が与えられているので、エセリアル馬車は姿を消すことはできないのですよ。

「はい。ですが、馬車は姿を消すことができません。精霊の加護が与えられていると」
「ですから、その精霊の加護のおおもとを考えてみてください。この型録通販のシャーリィは、精霊女王であるシャーリィさまの直営。大賢者カナンの施した精霊の加護程度では、私の馬車を捕らえることはできません」
「え、それってつまり……」

 まさか。
 ペルソナさんが、おばあさまを迎えに?

「ええ。それでは今から、クリスティナ・フェイールさんは臨時配達人として雇用します。ノワールさんと一緒に、馬車に乗ってください。私はこのまま馬車をカマンベール王国へと向かわせましょう」
「「え?」」

 まさかの言葉に、一瞬言葉を失ってしまいます。
 そしてベルソナさんの言葉の真意に気が付き、私は急いで馬車に乗り込みました。

………
……


「あの、ペルソナさま。このようなことをして、よろしいのですか?」

 クリスティナが馬車に乗ったのを確認してから、ノワールが御者台に座っているペルソナに問いかける。

「ええ。クリスティナさんの持っている【精霊女王の加護】を失わせるわけにはいきません。まったく、どこの魔族が後ろで手を引いているのか知りませんけれど、喧嘩を売る相手をちゃんと調べろと言いたいところです。ちなみにですが、すでに女王様からはゴーサインを頂いています。結果としてカマンベール王国が精霊の加護を失う可能性もありますけれど、それは自分たちが招いた種ですから……まずは御届け物をすることにしましょう」
「畏まりました……」

 笑顔で告げるペルソナだが、その目は真剣そのもの。
 そしてノワールも馬車に同乗すると、ゆっくりと馬車は走り出した。
 目的地は、カマンベール王国王都王城。
 そこで待っているであろう、ミネルバ・フェリシモア・ベルーナの元へ。
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