上 下
232 / 278
第7章・王位継承と、狙われた魔導書

第283話・朽ちかけた世界樹と、失われた加護

しおりを挟む
 交易都市メルカバリーを立ち、私たちは祖母の住むユーティリアの森へ向かいます。

 7日ほど南下して宿場町エツドに到着、ここからは西の森へ向かう小さな道を進みますけれど、私たちはここでクレアさんと、一旦お別れすることになりました。
 
「ふぅ。それじゃあクリス店長、私たちは一旦、カマンベール王国に戻りますね」
「ええ、お気をつけていってきたください……でも、本当に私たちが付いていかなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。あっちの大陸にいた時とは違いますからね。今はほら、鍛えられたカーリーとラリーも一緒ですから。とっとと帰宅して、お父様にこの賠償金を全額叩きつけてこないと落ち着かなくてね」

 フォンミューラー王国を後にしてから、私たちはあちこちの国に向かい商売を続けていました。 
 そしてついに、クレアさんがご両親に建て替えて頂いた賠償金を全額稼ぎ切ったのです。
 あとはこれを両親に返済することで、無事にクレアさんは勘当が解かれるとのこと。

「そうですね。でも、ちゃんとご両親ともお話してくださいね……悪役令嬢さんに嵌められたことも含めて、しっかりと誤解は解いておいた方がいいですから」
「あはは……まあ、そうですけれど。今更勘当を解かれたからといって、実家に戻るという選択肢はないのですけれどね。今はほら、私はフェイール商店の従業員ですから」
「はい。しっかりとクレアさんの席は取っておきますので、安心して帰ってきたください」
「了解。まあ、このエッドからはカマンベール王国の手前、ラボリュート辺境伯領まで馬車が通っていますから、いくつか馬車を乗り継いでのんびりといってきますわ」

 ということで、エツドで私はクレアさんたちとお別れ。
 久しぶりに、ノワールさんと二人っきりの旅になりました。
 ちなみにエッドからユーティリアにあるエルフの里へは4日、馬車一台がギリギリとおれるほどの小さな小道を走り続けます。
 そして四日目の昼下がり、ようやく馬車はエルフの里へと到着しました。

「……ふぅ。これで到着です。あとはおばあ様の家まで向かって、色々と話を聞かせて貰うだけですけれど。なんかこう、雰囲気が違いますよね? 気のせいでしょうか?」

 馬車を止めて外に出てみたのですが、村の中で見かけるエルフさんたちの様子がおかしいことに気が付きました。なにんというか、こう、覇気がないといいますか……。
 以前は大勢の人々で溢れていた村なのに、今は寒村というか……うん、とにかく人の気配が少ないのです。

「ん……あ、ああっ、クリスティーナさまっ!!」

 そして、私たちの姿を見て、ひとりのエルフが駆け寄ってきました。
 確か以前、私がサライで攫われたときに送ってくれたルーフェスさんですね。
 私の姿を見ていきなり走って来たので、やはり何かあったのでしょうか。

「ルーフェスさん、どうしたのですか?」
「いえ、じつはですね……とりあえず、こちらにいらしてください!!」
「え、は、はわわわわっ!!」

 ルーフェスさんがいきなり私の腕をつかむと、村の奥へと走り出します。
 私も転ばないように急いでついていきますと、やがて村の外れにある世界樹の元へとたどり着いたのですが。

「……嘘……」

 そこには、枯れつつある老木と化した世界樹が、静かにたたずんでいます。
 以前は樹の周囲に咲き誇っていた草木や花々も、いまはどこにもその姿を見られません。
 大地が剥き出しになり、樹々に集まり戯れていた精霊の力も感じなくなっています。
 この里から、世界樹の加護が失われてしまったのでしょうか……。

「こ、これは一体どうしたのですか、それに村の様子もおかしくなっています……そうだ、おばあ様に話を聞かなくては!!」

 ひょっとしたら、おばあ様なら何か知っているかも。
 そう思って村の中央ある、おばさまの家へ向かおうとしたとき。
 
「……クリスティナさま、里長であるミネルヴァさまは、今はこの里にはいらっしゃいません」
「え? あの、それってどういうことですか?」

――ドクン
 嫌な予感がしてきました。
 まさか私が不在だったこの3年間の間に、病気にでもあったのでしょうか。
 確かに、世界樹の管理者である里長が不在となると、このように樹々が彼精霊の姿が見えなくなってしまうのもわかりますが。

「まさか……嘘ですよね!! おばあさまに何かあったのですか!! ルーフェスさん、教えてください、一体何があったというのですか!!」

 思わず彼に詰め寄り、そう叫んでしまいましたが。

「まず、一つずつご説明します。ちなみにですが、ミネルヴァさまはこの地にいないだけであり、まだご健在でいらっしゃいます。それだけはご安心ください」
「本当ですね!! それではおばあ様は、今はどこにいるというのですか!!」
「クリスティナさま、そのように詰められてはルーフェスさんも話が出来ません。まずは落ち着いてください」
「落ち着いてですって!! いえ、そうですね……ごめんなさい」

 ノワールさんにそう諭されて、私もすこしずつ落ち着きを取り戻します。
 一度ゆっくりと深呼吸をしてから、一旦、里の中央に戻ることにしました。
 そして里の集会所に向かうと、そこでルーフェスさんから話を聞くことにしました。

「では、御説明します。事の起こりは、今から一年ほど前です……」

………
……


 今から一年前。
 カマンベール王国からの使者が、この里へとやって来た。
 目的は二つ。
 一つは、里長であり現女王の妹でもあるミネルヴァ・フェイールが持ち出した王家の宝物の一つである【精霊女王の魔導書】を返却すること。
 そしてもう一つは、マルティナ・フェリシモア・ベルーナの娘であるクリスティナ・フェリシモア・ベルーナをカマンベール王国に引き渡すこと。

 ですがそもそも、【精霊女王の魔導書】はミネルヴァがカマンベール王国を出る際に、姉であるセシール・フェリシモア・ベルーナから直接手渡されたものであり、今更返却と言われても、すでに手元にはない。 
 そしてクリスティナ・フェリシモア・ベルーナを引き渡すということについても、理由もなく孫娘を渡すことはできないと、ミネルヴァは拒否。

 だが、使者が取り出した書面には、『クリスティナ・フェリシモア・ベルーナは、ハーバリオス東方のバルバロッサ帝国の第二王子との婚姻のために、カマンベール王国に出頭するように』と書き記されていた。
 現在のハーバリオス王国を含めた西欧諸国は、近年活発になったバルバロッサ帝国との大戦をどうにか回避できないか、思案を重ねていたらしい。
 そんな折、バルバロツサ帝国よりカマンベール王国に届けられた親書には『クリスティナ・フェイール』を差し出すよう。そうすれば、カマンベール王国とは不可侵の条約を結ぶこともやぶさかではないと書き記されていた。

 そしてカマンベール王国内では幾度となく議会にて話し合いが続けられ、女王の姪でもあるクリスティナ・フェリシモア・ベルーナを捧げることで王国が戦争から回避されるという道筋を選択した。
 
………
……


「ということです。ミネルヴァさまは最後まで反対しておりましたが、それならばクリスティナさまが直接、カマンベール王国にて話が出来るようにと、ミネルヴァさまを半ば無理やり連れていかれました……」

 頭の中が、真っ白になります。
 つまり、私に言うことを聞かせたいという理由だけで、おばあさまを連れ去っていったのですか。
 待ってください、そもそも何故、私がバルバロッサ帝国に嫁ぐ必要があるのですか?
 私を差し出して、この国は平和を得ようというのですか?
 理解が及びません、え、どういうことなの……。

「ふぅ。カマンベール王国は、女王の姪を差し出して平和を得る。それが王家に生まれた血の責務とでもいいそうですわね。本当に……どこまでも愚かな……いっそ、この地上から滅ぼしてしまった方がよいのかもしれませんね……」

 ノワールさんが静かに呟いています。
 私が王家の血を持って生まれたから、おばあさまが連れ去られたのですか?
 この地に生い茂っていた世界樹が枯れ始めたのも、私がいなかったからですか?
 ちょっと待ってください。
 何故、そのような事態になったというのですか……。

 ああ、目の前がぐるぐると回り始めました。
 動悸が激しい。
 心臓が痛い。
 体から力が抜けていく。
 血が、ゆっくりと凍りつくような感覚。寒気が体に走り始めました。

「ああっ!! クリスティナさま、しっかりしてください!」
「大変だ、誰か治療師のコレットさんを連れてきてくれ、里長の孫が、クリスティナさまが大変だ!!」

 ああ、意識が途切れそう。
 目の前が、暗くなってきて……ああ。
 バタッ!
しおりを挟む
感想 652

あなたにおすすめの小説

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。