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第6章・ミュラーゼン連合王国と、王位継承者と

第280話・ソール王子と、商人のソーゴと

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 夕食も終わり、のんびりとお茶を飲みつつノワールさんが帰ってくるのを待っています。

 すでに馬車の御者台の横には『フェイール商店・古城前出張所』という旗を掲げておきました。
 今はエセリアルモードなので、当然ですが旗も認識阻害で見えなくなっていますけれど、この旗を掲げている意味が私はよく分かっていません。
 
「ふぅ。それにしても、ソーゴさまがこの国の王子様だったなんて、もうお腹いっぱいですわ」
「ということはつまり、クレアさんが彼に猛アタックすれば、この国の王妃も目指せるのではないですか? そうなったら、フェイール商店も王室ご用達にできますよね……でも、ここまで届けるのはちょっと面倒くさいような……あれ?」

 ふと、指定配達の事を思い出したので、【シャーリィの魔導書】を取り出します。

「ち、ちょっと待って、私の将来設計には王妃っていうルートはないですわ。そもそも、ソーゴさんは私のような商人の女性に興味を持ってくれているとは思えませんけれど。って、クリス店長、聞いているの!!」
「聞いてますから、大丈夫ですよ。う~ん、クレアさんとソーゴさんなら、お似合いのような気もするのですが……と、あったあった、ありました」

 私の前で真っ赤な顔で必死に叫んでいるクレアさん。
 うん、私は応援しますよ。
 ブランシュさんと柚月さんの時も応援していましたから、大丈夫です。
 こう見えても恋愛経験はないものの、その手の読み物とかは豊富に読んでいますから。
 そして探していた『指定配達』の頁をめくり、ルールを確認。

・指定配達先は、シャーリィの魔導書の最終ページに登録してある個人のみ。
・指定配達の時刻は夕方6つの鐘。ただし、その時間に届け先不在の場合、後日改めて届けに向かう。
・支払いは届け元であるフェイール商店が行う。
・不慮の事故などで届け先が存在しなくなった場合、商品はフェイール商店へと届けなおされる。

 うん、届け先の距離や場所についてのルールは明記されていませんけれど。
 まあ、常識的に考えますと、よくて同大陸内というところかと思われます。
 これについては、今度、ペルソナさんに改めて確認をとってみる必要があるというところでしょう。

「ハアハアハアハア……て、店長、私の話は聞いていましたか?」
「はい。クレアさんがこの国に嫁いでも、多分ですがシャーリィの馬車は届けに来てくれますよ」
「そうじゃなくてですね!!」

――ガチャッ
 真っ赤な顔で叫ぶクレアさん。
 そしてちょうどそのタイミングで、ノワールさんも戻ってきました。

「クリスティナさま、今、戻りました。こちらはなにか変わったことはありましたか?」
「はい、おかえりなさい。特に何事もありませんでしたよ。それじゃあ、食事の準備しますのでちょっと待っててくださいね。クレアさん、飲み物をお願いしていいですか?」
「はいはい……まったく、店長のそのマイペースにはかなわないわねぇ。ノワールさん、今用意しますね」
「あらあら、おかまいなく」

 そのままノワールさんが少し遅れた食事タイムに突入。
 私とクレアさんはアイテムボックスに納めてある商品の在庫チェック、足りない分を発注書に書き足す作業を開始。
 ちなみにキリコさんはというと。

「ZZZZZZZZ……」

 はい、いつの間にか布団を敷いて、眠っています。
 このエセリアル馬車は床の部分が絨毯敷、柚月さんの願いで土足厳禁という仕様になっています。備え付けの簡易ベットが三つしかないため、ノワールさんが帰って来てからはキリコさんが床に布団を敷いて眠っているのです。
 でも、あれはあれで、開放感があっていいのですよね。

「そうそう、クリスティナさま、明日の朝ですか。ソーゴがこの馬車を訪れますので、霊薬の件をよろしくおねがいします」
「はぁ、なるほど明日の朝なのですね……って、あの、いつのまにそのような話になったのですか?」

 発注書から手を放し、ノワールさんの方を向きますと。
 ちょうど食事が終わり、紅茶を飲んでくつろいでいます。

「つい先ほどですね。デビュタント・ボールの最中でしたけれど、ソーゴ以外には気付かれないように、話を通しておきましたので」
「それでは、明日の朝は一度、エセリアルモードを解除しなくてはならないのですか。うう、また貴族の雇われ冒険者に追いかけられそうですよ」

 あれは恐怖でしたよ。
 捕まったら最後、どうなるか分かったものではありませんから。
 霊薬を奪われ、そのあとは口封じ……うん、明日はどうしましょうか。

「あの、クリスティナさま。恐らくですけれど、お嬢様が心配しているようなことは発生しないと思いますわ。それに、ここは古城の外、暴漢が来たとしても実力行使でどうとでもできますから」
「ああ、そ、そうですよね」
「デビュタント・ボールの時は、変に騒ぎを起こして集まった貴族子女のみなさんの社交界デビューを台無しにしたくなかっただけですわ。私が本気になれば……まあ、ハーバリオスほどの実力は出せませんけれど、どうにでもできますので」
「はぁ、やっぱりノワールさんは凄いですねぇ」

 うん、ハーバリオスに居た時のような、そんな日常です。
 やっばり、落ち着きますよね。
 そして一通りの片付けも終えて、私たちは明日にそなえて体を休めることにしました。
 しかし、ソーゴさんはどうやって来るのでしょうか。

 〇 〇 〇 〇 〇
 
 早朝。
 いつものように身支度を整えてから、私たちはソーゴさんがやってくる朝8つの鐘をじっと待っています。ノワールさんから、エセリアルモードは解除しなくて大丈夫と言われましたので、とりあえず外の様子を気にしつつ、鐘が鳴り響くのを待っています。

――カラーン、カラーン
 やがて、古城に備え付けてある鐘塔から朝8つの鐘が鳴り響いた時、私たちの馬車の真ん前に豪華な馬車がやってきます。
 それは街道沿いに停車すると、そこから護衛の騎士を連れたソーゴさんが姿を現しました。

『はぁ……なんだこの旗は、本当に派手だなぁ。これなら発見してくれと言っているようなものなんだが』
『え? ソールさま、そこに何かあるのですか?』
『ん~、ん、ちょっと待ってくれるか。流石に一人で入っていくのは問題があるから、許可を取らないとならなくてね』

 馬車の窓から外を眺めていますと、そんな会話が聞こえてきます。
 うん、明らかにソーゴさんにはエセリアルモードの馬車が見えているようです。
 でも、どうして?
 
「クリス店長。ソーゴさんにこの馬車、見えているわよね?」
「ええ、しっかりと……あの、ソーゴさん、そちらの騎士の方は、信用できる方ですか?」

 馬車の窓から外に向かって話しかけますと、彼もこちらに軽く手を振っています。
 うん、こちらから話しかければ、気付いてくれるようです。

『俺が幼い時から、ずっと護衛を務めていた騎士だ、信用できる』
「畏まりました、では、どうぞ」

 私が返事を返して頷くと、ノワールさんが扉を開きます。
 すぐ近くに立っているソーゴさんと騎士は、突然、目の前に扉が出現して驚いているようです。

「こ、これは一体……まさか、魔法で隠蔽されていた?」
「まあ、そんなところだ。中にいる人たちは信用できるから、カトレアも剣を納めろ。でないと、袋叩きにあうぞ?」
「そうですわね。この馬車の中での刃傷沙汰は禁止ですから。もしもそのようなことになった場合、命の保証はできませんので」

 ゴキッとノワールさんが拳を鳴らします。
 するとカトレアさんも理解したらしく、ソーゴさんの命に従って剣を納めました。

「うん、それじゃあ失礼するか。しっかし、クリスティナさんと会うのも、久しぶりだなぁ。護衛を務めていた時以来かな」

 屈託のない顔でそう話しかけられても、こちらとしては困ってしまうのですが。
 さて、相手は私の知っている商人のソーゴさんではなく、この国の第三王子のソールさま。
 迂闊に話しかけていいものか困ってしまいますが。

「あ、今は商人のソーゴということで。その方が気楽だろ? どうせ俺の立場については知っていると思うけれど、今回は俺の方からお願いしたいと思っていたからさ」

 あ、あれ? そんなあっさりと。
 それならまあ、こちらとしても気が楽になりますから。

「……ふう。それでは、この馬車の中では、商人のソーゴさんということで。まあ、ソーゴ・タカシマヤが偽名で会ったり、その名義で商会ギルドの身分証を持っていた件については、こちらでも追及することはしませんので」
「ははは。タカシマヤは、俺の叔父の名前だよ。この国を出るとき、一時的に身元保証人になって貰ったので、その時に登録した名前が表示されていたんだよ。それで都合がいいから、ハーバリオス周辺ではそれで通していただけさ」

 あっけらかんと呟くソーゴさん。
 まあ、かなりグレーなラインですが、商会ギルドがそれでよしと判断したのですから、それでこの話はおしまい。
 すると突然、ソーゴさんが真顔になりました。

「フェイールさん、親父の病を癒せる霊薬を持っているっていうのは、本当なのか?」

 真剣な表情で問いかけてきますので、私も商人として真剣に対応させていただきます。

――スッ
 アイテムボックスの中から、元気溌剌飲料を取り出し、それを目の前に置きます。

「仕入れ先については問わないでください。ハーバリオスが初代勇者の一人、カナン・アーレストが残した秘薬です。その効果は、霊薬エリクシールと同じ。もう一本、同じものがありますので、試していただいても構いません」

 もう一本を取り出して、ソーゴさんの前に並べます。
 すると、そのうちの一本を手に取り、じっと観察しています。

「うん、駄目だな。俺の鑑定眼じゃあ、これの真偽についてははかり知ることができない。だけど、フェイールさんが本物というのなら、これは本物なのだろうさ」
 
 そうソーゴさんが告げた時、ノワールさんが私たちの元に近づいて。

――プシュッ!
 いきなり左手首にナイフを当て、そのまま素早く引きました。
 その傷口から大量の血が噴き出し、床が血に濡れていきます。

「はぅあ!! の、ノワールさん!!」
「大丈夫ですわ。クリスティナさま、元気溌剌を一本頂けますか?」
「とっとと飲みなさい!」

 アイテムボックスから素早く取り出してノワールさんに手渡します。
 すると私たちの目の前で、ゴクゴクッと一気に飲み干してくれました。

――キィィィィィィン
 すると、ノワールさんの手首の傷が輝き、ゆっくりと塞がっていきます。
 その光景を、ソーゴとカトレアさんは信じられないような目で見ています。

「そ、そんな……こんな一瞬で傷が塞がるだなんて」
「本当に霊薬と同じ効果があるのか、いや、疑っていたわけじゃないが、こうしてまじまじと見せつけられると……」
「ええ。これでこの元気溌剌が本物であることが証明できたようですし……って、あの、クリスティナさま、どうして怒っているのですか?」
「怒ってます当然です! 自分の身体を実験に使わないでください!!」

 本当に、もう。
 いくら薬の効果を証明するためとはいえ、自分の身体を傷つけるなんて絶対にあってはいけません!!

「も、申し訳ありません……」
「いえ、罰として、あとでこの絨毯の清掃をお願いします。血が染みた絨毯なんて、使いたくありませんので、しっかりと洗ってください!!」
「はぃ……誠に、申し訳なく……」

 しょぼーんとノワールさんが小さくなっています。
 まあ、私が取り出した薬ですから、その効果を証明したいという気持ちも分からなくはありませんけれど。でも、やり方っていうものがあると私は思います。
 本当に、もう。

「ごほん……ちょっとアクシデントがありましたけれど、この元気溌剌の効果はご理解いただけたかと思います。ということで、国王陛下の病を癒すために一本、そしてもう一本は、何かったときの予備ということでお納めください……」

 これは王家への献上。
 いえ、ソーゴさんの御父君の病を癒すために手渡すのです、商売抜きで……。
 幸いなことにまだ在庫はありますけれど、これ以上は無駄遣いしたくありませんので。
 だから、この国ではこの二本だけ、それでおしまい。
 
「ふむ。フェイールさん、さっきも話したけれど、俺は、ここにいるときは商人のソーゴだって話したよな?」
「ええ、確かにそうおっしゃいましたが」

 そう返事を返して、私はソーゴさんの気持ちを理解しました。
 ええ、ここにいるのは商人のソーゴさんです。
 つまり、これは彼の仕入れ。
 これは商人と商人の、対等な話。

「……そうですねぇ。では、ひと瓶をハーバリオスの青銀貨10枚。金貨1000枚で如何でしょうか? 幸いなことに、こちらは二本、ご用意できますが」

 青銀貨10枚、つまり金貨1000枚。
 命の価値としては格安……いえ、この薬をソーゴさんがどうするかなんて、私は知りません。
 ただ、仕事として、私はこれを売るだけです。
 ソーゴさんも、いえ、ソール王子も私に借りを作りたくはない、王家の人間が一介の商人に借りを作るようなことはあってはならないのでしょう。
 だから、商人同士のやりとり。
 そしてソーゴさんは、腕を組んで考えています。

「……青銀貨20枚……よし、買った!」

 パン、と自分の膝を豪快に叩くと、懐から財布を取り出し、青銀貨を20枚目の前に積みました。
 うん、この取引が終わたら、ソーゴさんは商人ではなく王子に戻ります。
 ちょっと寂しいですけれど、これもまた、運命。

「ありがとうございます。ソーゴさんの鞄は確か、内部空間が拡張されていますよね? 大切な品ですので、決してなくさないようにしてください。私たちはこのあと、隣国へと向かいますので」

 つまり、この取引はこれで最後。
 私を探している貴族から逃げるという意味でも、これ以上はこの国に留まることはできません。
 ええ、だから、なんでそんなポカーンとした顔をしているのでしょうか。

「え、王都には来ないのか?」
「はい、私が霊薬を所持していることを知った貴族が、私たちを血眼になって探しています。たとえソーゴさんのお父様が快癒されたとしても、私たちの取り扱っている商品目当てに騒動が起きるのは自明の理。ご理解いただけたますよね?」

 ぶっちゃけますと、私としても『やりすぎたかなぁ』という気持ちがあります。
 メルセデス夫人の元での展示即売会、あの時点で貴族のご婦人たちに目を付けられています。
 そのあとのお嬢様相手の商談でも……ええ、あのダイエットマシーンは失敗です、そもそも、あの子が話をしなくても、私と一緒に部屋を出て戻ってきたら激やせしていたのですよ、そんなの私がなにかやらかしたに決まっているじゃないですか。

「ええっと、うちの店長が思考の渦につかり始めましたので、店員である私から。ということで、これ以上、この国でうちの店長がやらかすと、母国に帰るのが遅くなってしまうのですよ。ですから、今日の昼にはこの港町を出る予定ですので」
「クレアさん、なんということを……ま、まあ、その通りですけど、ソーゴさんはご理解いただけますよね?」

 そう問い返すと、ソーゴさんも笑いながら一言。

「フェイールさんは、どこにいってもやらかすからなぁ。まあ、隣国にいっても頑張ってくれ」
「失礼な!! と言いたいところですけれど、まあそれなりに自重します」

 この最後の言葉で、私たちの商談はおしまい。
 そのあとは簡単な雑談を交えたのち、ソーゴさんは馬車を出ていきました。
 そして最後に何かを伝えようと立ち止まっていましたけれど、頭を軽く振って手を上げてくれました。

「それじゃあ、元気で」
「はい、ソーゴさんも」

 そしてソール王子を乗せた馬車は、古城へと戻っていきます。
 その姿を見送ってから、私たちも出発の準備を開始することにしました。
 
「さあ、昼になったら隣国に向かいますよ、次の町では、何を売りましょうか!!」
「いつも通りでよいかと思いますわ。あとは、クリスティナさまが自重して頂けるのなら」
「そうね、クリス店長が自重するのなら、別に今まで通りでいいんじゃないかしら?」
「な、なんで私が自重を知らない女のようになっているのですか!!」

 まったく、もう。
 いいから、とっとと用意してください!
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