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第6章・ミュラーゼン連合王国と、王位継承者と

第258話・派閥抗争と奇跡の妙薬

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 ジャニス・バンクバー伯爵邸での楽しい……息が詰まりそうな晩餐会も終わり、参加した貴族や町の重鎮の皆さんは、そのままサロンへと案内されます。
 私たちも伯爵自らのご案内でサロンへと連れられて行きますと、すぐにドリンクの入ったグラスを手渡されました。

「それでは、ここからは堅苦しい話はなしということで、本日はゲストとして、ここ最近のバンクーバー界隈を賑わせているフェイール商店の店長とその従業員の方にいらしていただきました。ちなみにお二方とも元貴族子女ですので、そのあたりはお考えの上、楽しいひと時をお楽しみください」

 ジャニス伯爵の言葉のあとで盛大な拍手が沸き上がります。
 そして後ろで控えている楽団の方々が会話を妨げない程度の演奏を開始。
 貴族の皆さんもあちこちで歓談を始めたようです。

「あの、ジャニス伯爵、この催しは一体なんなのでしょうか」
「まあ、基本的には情報交換が主流というところかな。私が王都で見聞きしたことを共有するための場であったり、それについての対策を話し合ったりと、色々な話題が飛び交う場所……というところですね。それで、フェイールさんにいくつかお聞きしたいのですがよろしいでしょうか?」

 早速本題に入るのかと、こちらも身構えてしまいますが。
 ここは貴族らしくにっこりとほほ笑んでうなずくことにします。

「はい、お話しできる範囲であれば、構いませんわ」
「そんなに難しい話はしませんよ……と、フェイール商店は、噂では異世界の商品を取り扱っているという噂をお聞きしましたが、それは本当でしょうか?」
「はい。入手というか仕入れ先については秘密ですが、確かにそのような商品を取り扱ってはいます」
「なるほどねぇ……王都の貴族院で噂されていたのは真実だったということか。つまり、フェイールさんは勇者の血筋であり、そのような力を血によって継承しているのですね?」
「それについてはお答えできません。とおっしゃれば、納得していただけますか?」

 これは牽制。
 フェイール商店というか、私の秘密にかかわってきますので。
 こう告げれば、聡い方なら私が何を伝えたいか納得してくれるかと思います。
 そしてジャニス伯爵は聡明であったらしく、今の私の言葉に右手を開いて言葉を制しました。

「納得です。では最後に……不老不死の妙薬、もしくはいかなる病も癒す霊薬エリクシール、これを入手することは可能でしょうか?」
「不老不死の妙薬、エリクシール、ともにフェイール商店では入荷不可能です。ということですので、手に入れる事はできませんが、どなたか病に伏している方がいらっしゃるのでしょうか?」

 それを欲するということはつまり、病に侵されている方がいらっしゃるということ。
 そして不老不死を望むということは、自分たちにとって益のある方がいて、その方が望んでいるということ。
 残念なことに、そのようなものは取り扱っていません。
 確か、霊薬エリクシールでしたら、ランガクイーノ・ゲンパク・スギタという治癒師の女史が所有していたと思いましたけれど、それについてはこの場で説明する必要はありませんよね。

「まあ、いずれ公表されるとは思いますので。それに、ここにいる貴族の方々にも、間もなく情報は流れてくるでしょうから簡単に一言だけ。この国の国王が危篤状態です。霊薬と不老不死の妙薬を欲しているのは奥方、つまり王妃さまとだけお伝えしておきましょう」
「なるほど……では、その伯爵の御言葉を信用して、一言だけお伝えします」

 さて、この国の貴族が、国王が危篤だなどと嘘をつくはずもなく。
 そして伯爵は国王に回復して欲しいからこそ、この話を渡しに振って来たということでしょう。

「なにか、こころあたりでも?」
「今はまだその国にいるか分かりませんが。ハーバリオスより東方、獣王国にはエリクシールを調合できる治癒師が存在します。私もこの眼で見ましたから、間違いはありません」

 それと、ブランシュさんでも調合は可能。
 ただ、まだ材料が残っているかなぁと考えると、ちょっと難しいかもしれない。

「それは本当か? 名は、その治癒師の名はなんという?」
「それについては……まあ、獣王国の国王殿に、『ハーバリオスのクリスティナ・フェイールが、霊薬を調合できるものを紹介してくれる』とお伝えいただければ、多少は便宜を図っていただけるとは思います……」
「わかった、すぐに特使を派遣するように手はずを整える……が、この件は、ここだけの話としてくれるか?」
「はい、それは構いませんけれど……」

 そう告げると、ジャニス伯爵は駆け足でサロンを後にした。
 そして私とクレアさんはノンビリと、他の貴族の方々と歓談を行っていたのですが。

「フェイール商店では、伝説の黒真珠を取り扱っているという噂を聞きつけまして。それは今もお持ちでしょうか?」
「いえ、本国の信頼できる貴族の方に預けてあります。この国では黒真珠はご禁制と伺っていますので、見持ち込まないようにしましたが」
「そ、そうでしたか、お持ちではないということですか……」

 気のせいか、目の前の貴族……ユーチャック子爵というそうですが、脂汗のようなものが浮かんできています。私との話の中で、なにかそんなに焦るようなことがあったのでしょうか? 

「ええ。なにか必要に迫っていらっしゃるのでしょうか? でも、黒真珠は王家の者しか取り扱えないのですよね?」
「ああ……実は、ここだけの話なのだが……」

 ユーチャック子爵は周囲をキョロキョロと見渡したのち、こっそりと私に耳打ちしてくれました。

「国王陛下が病に倒れているのは知っているな? 今、王都では次の国王選定について話し合いが行われているという噂が立っていてな。以前から長男であるブルータス皇太子が時期国王であると噂されていたのだが、ここにきて次男のジュピター王子と、長女のユーノさまこそが時期国王にふさわしいという派閥が台頭しまして。王位継承の証である『海王の冠』と『海竜の三叉槍』を手に王位を宣言し、二つの祭具が認めれば皇太子でなくとも王位を継承できるのではと言い始めたのです……」

 ああ、これはいけない。
 他国の王位継承騒動、つまりお家騒動に巻き込まれそうです。
 ここから先は、聞かなかったことにしたいのですが。

「はあ。では、私のような一介の商人には荷が重いお話のようですので、これで失礼し」
「そしてなんと、このお家騒動に終止符を打つべく、王位継承権を放棄して他国に向かった第三王子のソールさまがお戻りになり、まずは御父上の病を治すのが先決であろうと喝をいれまして……」
「それで、一旦王位継承問題は棚上げして、国王陛下の病を治すということになったのですね?」
「ええ。それで、いかなる病も癒すといわれている霊薬エリクシール、その素材の一つとして黒真珠が必要なのです。正確には、霊薬を作成するために必要な『調薬の魔導杖』を作るために必要だそうですが、今、王家の保有している黒真珠は全て、別の魔導具用に加工されてしまっているらしくてですね……」

 やばいやばい、これ以上は本当にやばい。
 やばいのに、いつの間にか私の近くには大勢の貴族が集まって来て、ユーチャック子爵の話に耳を傾けています。

「そうでしてか……ですが、本当に黒真珠は持ってきていないのですよ……」
「それは残念です……まあ、もしも入手可能になりましたら、ぜひともわたくし、ユーチャックの元にご連絡を頂けると幸いです。私自ら、黒真珠をブルータスさまにお届けしますので」

 にっこりとほほ笑みながら、ユーチャック子爵が離れていきます。
 すると別の貴族がゴホンと咳ばらいをして。

「今の話、くれぐれも他言なさらぬように……それと、黒真珠が入手できた暁には、ユ-チャックではなくこの私、ゾーンワイツ子爵にご一報を。このわたくしが、ジュピター王子にお届けしますので」

 あごひげを撫でつつ、ゾーンワイツ子爵も離れていきました。
 するとさらに二人の貴族が駆け寄ってきましたよ、もう勘弁してください。

「いいですか、あの二人に黒真珠を渡そうものなら、自分勝手な王子たちにこの国が食い荒らされてしまいます。ですから、黒真珠が手に入ったら私、エーリッヒかこちらのカロッツァ男爵に届けてくださいる我々が責任をもって、ネプトゥス教会のユーノ様の元にお届けしますので、それでは……」

 次々と『ここだけの話』を耳打ちして、貴族たちが立ち去っていきました。
 はい……どっぷりと巻き込まれたのは否定できません。
 ちなみにクレアさんは……ああ、あちらで貴族のご婦人相手に、商品見本を見せている最中でしたか。
 商魂たくましくて、実にうらやましいです。
 あの、私とその立ち位置、代わって貰えませんでしょうか。

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