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第6章・ミュラーゼン連合王国と、王位継承者と

第256話・アイデアは盗まれるもの、そして取り締まれないもの

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 私たちフェイール商店がバンクーバー滞在延長を決めてから、5日が経過しました。

 この間、何か変わったことがあったかというとそれほどでもなく、『カバンのサンマルチノ』の主力商品に帆布を用いた防水性の高い大きなカバンが増えた程度。
 イブさんが私から購入したカバンをヒントに、お兄さんが改良を行ったりお抱えの鍛冶師が金具を製作するなどして、かなり再現度の高いカバンが完成しました。
 磁石を使った金具はさすがに無理だったようで、今は留め具の改良に全力を注いでいます。
 素材となった帆布も、帆船を数隻所有している海運商会との話し合いを行い、廃棄処分されるものを格安で購入、それを用いて作っているそうですが。

「あ~、畜生めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 はい、今日も店内から絶叫というか、恨み節が聞こえてきましたが。

「はぁ。まあ、こうなることはある程度予想はできていたと思うんですけれどねぇ」
「全くだよ。そこんところ、兄貴は考えなしにやらかしちゃったからなぁ……」

 キャリッジワゴンでのんびりと露店を開いてる私。
 クレアさんはちょっと早めに食事を取りに行ってもらっています。
 ここ最近は、船旅に出る人々がお土産感覚でうちの商品を購入したり、他国からやって来た人が記念に買っていくようになりましたのでなかなかまとまった休憩時間というのは取りずらくなっています。
 キリコさんにも売り子を任せていますが、それでどうにか手が回るレベルの忙しさなので、商人としてはうれしい限りなのでしょう。
 それで、ちょうどお客の波が止まったとき、イブさんが頭を掻きつつワゴンにやって来たのですよ。

「まあ、商売というものはアイデアが重要ですが、それを自分の者にされても取り締まる法もなにもありませんからね」
「ったく。うちの帆布バッグの出来がいいからって、なにもパクることはないだろうさ……しかも、今日は帆布の入荷もないんだよ? バッグの素材が入手できなかったら、追加注文もなにもできないじゃないか……」
「そうですよねぇ」

 バンクーバー三大商会である『カージナル商会』『ブルワーズ商会』、そして『フィリス商会』が、帆布バッグの需要に目を付けたらしく、それぞれが独自に帆布バッグの生産を開始しました。
 カバンの出来については、まだサンマルチノがトップクラスで、あとは3商会どこも似たり寄ったりというところでしたが、独自研究をするために昨日までのように余った帆布を降ろしてもらうことが困難になったそうです。
 しかも、あちらは新品の帆布を使って高級感を出してみたり、装飾や彫金に凝りまくって貴族用の商品を仕立てています。
 ちなみにサンマルチノは庶民派、価格を出来る限り抑えたいという方針だったのですが、ここにきてそれがあだとなってしまいました。

「うちのような個人店だとさ、新品の帆布を格安で入手するなんていうのは無理なんだよ……だからといって、ちょっと値が張る素材に手を出しても、今度はそれを購入する客層を相手しないとならないだろう? うちは貴族に伝手なんてないし、そもそも普通に生活している人たちが手に入れられるようにって格安で販売しているからさ……おかげて、兄貴は今朝から荒れているんだよ」
「まあ、商売というのはそんな感じですよねぇ。さすがにうちでも帆布の取り扱いはありませんので、素材だけを卸すっていうことはできないのですよ」
「わかっているって……はぁ、どうしたものかなぁ……」

 ワゴンに背中を預け、その場に座って考え込むイブさん。
 職人の世界については、私ではどうすることもできませんから。
 
「それにですよ、私たちはいつまでもバンクーバーにいる訳ではありませんからね。うちで素材を仕入れられるとしても、それを頼りにされては困ります……と、まあ、それは判っているでしょうから、これでも食べて元気を出してください」
「ありがとさん……」

 彼女に元気を出してもらうために、チョコミントのアイスを奢ってあげます。
 ハーバリオスでは売れなかった不人気商品、やはり熱い南国の地では売れ筋のようです。
 やはりその土地によって、売れ筋というものは変化していくのですよね。

「てんちょー。キリコもお腹が減ったよ」
「はいはい。では、キリコさんも食事に行ってきて構いませんよ。食堂ですか?それともいつもの?」
「おいなりさん!!」
「ですよね~」

 キリコさんの主食は、おいなりさん。
 三食これでも構わないといい始めたので、彼女に作り方を伝授しました。
 今では様々な具材の混ざった『変わりお稲荷』なるものまで作り上げているのです。
 彼女は主従の指輪による契約は行っていないので、いつも出来立てのものを私のアイテムボックスにあずかっていますから。

「はい、それではいってらっしゃい」
「はいはーーーい」

 竹製の籠に入れてあるおいなりさんと、同じく竹の水筒を手にしてキリコさんが広場へと消えていきます。そろそろアゲ・イナリさまに追加納品……というか、追加奉納しなくてはなりませんね。

「地元の素材で作る、新しいカバン……なにがあるのかなぁ。ねぇフェイールさん、また何か面白いデザインのバッグが入ったら教えてくれる?」
「買取なら構いませんよ?」
「はは、厳しいねぇ……」

 今、在庫として持っているものは貴婦人向けの小さなパーティーバッグとか、トートバッグと呼ばれている少し大きめのもの。ちなみにこれは帆布製で、イブさんのカバン屋さんでも同じデザインのものが販売されています。
 あとはなにかなかったかなぁと、【シャーリィの魔導書】を取り出してみてみますけれど、特に目新しい商品というものはなさそうです。
 この型録をイブさんにも見せることが出来たらいいのですけれど、認識阻害の効果が発動するので、反応が無く何ってしまうのですよねぇ。

「しっかし、なにかこう、ヒントでも……」
「ないですよ。と、そろそろ追加で冷やさないとなりませんね」

 ワゴンの横に置いてある、水を入れた樽、そこには夏野菜や果物を冷やしています。
 季節柄なのか分かりませんが、『全国の高級野菜・果物』というものが新しい型録として追加されていました。そこから夏にふさわしいものをチョイスし、冷やして販売しているのですが、これがまた売れ筋商品となってしまいまして。
 とくに、この大きくて丸い『ライディーンすいか』というのが人気商品。
 これは紐を編んだ袋のようなものに入っているため、そのまま樽の中に付けておくこともできます。
 そのスイカを3っつほど取り出し、樽に付けている最中。

「そ、それだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「えええ、どれだぁ?」

 いきなりイブさんが私の方を指さし、大声を出しました。
 はて、なにかヒントにならそうなものでもあったのですか?
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