上 下
203 / 278
第6章・ミュラーゼン連合王国と、王位継承者と

第255話・契約延長? よもやよもやの伯爵さま

しおりを挟む
 バンクーバーで一週間が過ぎました。
 
 この間、イブさんの御店の一角を間借りして、ようやくバンクーバーの住民の皆さんにフェイール商店を覚えて貰ったのですが、そろそろソーゴさんとの護衛契約期間が終わりになります。
 それならば、私たちも彼と一緒に王都を目指せばいいと思い、商業ギルドに出店証明書の返却と売上税の支払いに向かったのですが。
 カウンターで私はここの商業ギルドの統括に呼ばれ、別室に移動となりまして。

「実は、大変申し訳ないのですが。あと一週間ほど、この街に滞在していただきたいのです」

 初老のギルド統括の方が、額から流れる汗を拭いつつ話を切り出してきました。
 しかし、いきなり一週間の延長とは。

「あと一週間ですか? 私どもとしては、護衛契約が切れてしまうため、一緒に王都へ向かう手はずを整えているところでしたが」
「はい。実は、このバンクーバー領の領主であるジャニス・バンクーバー伯爵が、フェイール商店にお願いがあるということだそうで。今、領主さまは王都からバンクーバーに向かう途中の中継都市に滞在中でして。あと一週間もすれば戻ってくるので、この地に引き留めて欲しいと魔導通信機で連絡が届いた次第であります」
「はぁ、それは困りましたわ」

 隣に座っているソーゴさんをチラリと見ます。
 彼との護衛契約はここで途切れてしまいますので、そうなりますとキリコさんに護衛を一任することになりますが。
 
「ああ、俺は別に構わな……ん?」

 私の意図を読み取ってくれたのか、ソーゴさんがそう呟いた時。
 統括がソーゴさんに一通の書簡を手渡しました。

「これは?」
「今朝がた、王都から届けられたものです。ご確認を」
「ああ、差出人は……と、なるほどなぁ」

 封蝋に記された紋章らしきものを見て、ソーゴさんが渋い顔をして頷いています。
 そして書簡を確認すると、顔に手を当てて困った顔になっていました。

「参った……こんな状況になっていたのか……フェイールの嬢ちゃん、すまんが急ぎ王都に戻らなくてはならなくなっちまった。本当ならばこのまま滞在して護衛を継続しても良かったんだが、そうもいかなくなっちまった」
「何か、困ったことが?」
「まあ、お家騒動みたいなものだと思ってくれればいいさ。ということで、護衛契約は予定通り本日で完了だ。すまなかったな」

 本当に口惜しそうに呟くソーゴさん。
 きっと、やむにやまれない事情があったのでしょう。
 
「まあ、私たちもあとから王都に向かいますので、御縁があればまたお会いできると思いますよ。商業ギルドにでも言付けをしてくれれば、私たちにも連絡が届くかとおもいますので」
「そうだな……それじゃあ、ちょいと急ぐのでこれで失礼する。またな」

 そう告げてから、ソーゴさんは立ち上がって部屋を後にします。

「では、あと一週間ほど滞在しますので、何かありましたらカバンのサンマルチノにご連絡を頂ければ幸いです」
「ああ、今は彼女の店舗に間借りをしているんだったね。それじゃあ伯爵が戻り次第、そっちに連絡を入れさせていただきますので」
「はい。よろしくおねがいします」

 丁寧に頭を下げて、これで話し合いは完了。
 それにしても、ソーゴさんは大丈夫でしょうか。
 あの書簡の中を確認したとき、一瞬だけいつもとは違う険しい表情になっていました。
 身内に事故でも起きたのか、それとも不幸があったのか。
 いずれにしても、他人であり商人である私が口出ししていい問題ではありません。
 さて、お店で待っているクレアさんにも事情を説明しないといけませんね。

………
……


――カバンのサンマルチノ
 商業ギルドを後にして、片づけを行っているクレアさんと合流すべくカバンノサンマルチノへ。
 すると、店の前に数台の馬車が止まっていて、なにやら大量の荷物を降ろしている真っ最中じゃありませんか。
 
「あ、クリス店長、お疲れ様です。納税とかは全て終わったのでしょうか?」
「はい、ちょっとごたごたしてしまいましたけれど、ちょっとここの領主さまからの依頼があったようでして、もう一週間ほどバンクーバーに滞在することになりましたよ……と、これはなにが起きているのですか?」
「イブさんのお兄さんが王都から引っ越してきたのですよ。ちょうど契約期間も終わったので。店内を改装して本格的にこの街でカバン屋を経営するとかで……」

 はい?
 ええっと、私はイブさんに一週間の間借り延長をお願いしようと思っていたのですが。
 そんなことを考えていますと、ちょうどイブさんが店内から外に出てきました。

「お、フェイールさんおかえり。今日が出発だろう? 本当は正門まで見送りに向かおうと思っていたんだけれどさ、うちの兄貴が職人を引き連れて戻ってきちまったんだよ。それで店内の階層をすることになっちゃってさ……ここで見送りということで構わないかい?」

 カンラカンラと笑いつつ話しかけてきたイブさん。
 さて、これは困りましたよ。

「ええっと、実はですね……」

 事の次第を一つずつ説明しますと、イブさんも腕を組んで困り顔になってしまいました。
 でも、私たちが勝手に間借り延長お願いしようとしていただけですし、イブさんが困ることはありませんよ。

「そっかぁ……そうなると、また一週間ほど場所を探さないとならないのか……」
「そうなんですよ……と、イブさん、この店舗前の広場って、商業ギルドが管理しているのですよね? このあたりに馬車を止めて商売をすることも可能ですよね?」
「ああ、移動式ワゴンか。でも、あれはワゴンを持っている商人しか場所を借りることが出来ないんだけれどねぇ……なにか伝手はあるのかい?」
「はい、ちょうど手ごろなキャリツジワゴンが入手できましたので、それで商売をしようと思います。ちっょと確認してきますね」

 そう告げて商業ギルドへリターン。
 今度はクレアさんとキリコさんも同行して、広場を借りられるかご相談です。
 そして意外とあっさりと借りることが出来ました。
 統括から、私が露店を出す場合は便宜を図るように言われていたらしく、売上税などは今まで通り、場所の使用料は無料ということで話し合いが付きました。

「そっか……ソーゴさんは王都に急ぎ戻ってしまったのですか」

 事情を説明すると、クレアさんが少しだけ悲しそうな顔になっています。
 うんうん、好きな異性と離れ離れになるというのは、誰でも悲しくなってしまいます。
 でも、それを乗り越えてこそ愛はさらに高まるのですよ。

「あの……クリス店長、なにか悟りきったような笑顔でこっちを見ないでくださいます?」
「愛は距離が離れるほど燃え上がるのです、バーニングです。ということで、さっそく馬車で移動しましょう」
「そ、そんなんじゃないって……え?」

――シュンッ
 指輪から召喚したエセリアル馬車・キャリッジワゴンバージョン。
 いつもの馬車は外されて指輪の中、そして新たに連結されたキャリッジワゴンが初登場です。

「はぁ。またおかしなものを入手したのですね」
「はい、入手しました。移動はいつも通り御者台に乗らなくてはなりませんが、今回はこの馬車の横の部分、壁が跳ね上がってごらんのとおり!」

――パカッ
 透明なショーケースとカウンターの一体成型されたものが設置されたワゴン。
 商品購入時は店員が取らなくてはならないので貸すけれど、これだと商品を勝手に持っていく人も防げるので大変便利です。
 しかも馬車の左右に同じものが設置されているので、私とクレアさん、二人で商売することも可能な優れものです。
 
「は、はは……相変わらず頭がおかしくなりそうな乗り物ですこと」
「うん、私もそう思います。ということで、さっそく移動してから商品を並べることにしましょう」

 はい、あとは商品を並べれば全てオッケー。
 馬車の上ということもあり、いつもより高い位置に陳列ケースが並ぶことになりましたけれど、馬車の側面を引っ張り出すと階段が出てきましたので、これで買い物も安全に行えます……って、本当に、このキャリレッジワゴンはおかしくないですか?
 まあ、なにはともあれ、これで一週間は様子を見ることにしましょう。 
 また変な貴族に絡まれないことを祈りつつ。

 
しおりを挟む
感想 652

あなたにおすすめの小説

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。