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第5章・結婚狂騒曲と、悪役令嬢と

第224話・予想の範疇と予想外

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 結婚式の引き出物についての審査。

 当商店のクレア・アイゼンボーグとマクガイア家の進めて来る執務官、二人のうちどちらが目利きであるか、それについての審査試験は全て完了。
 現在は別室にて私とシャトレーゼ伯爵、マクガイア子爵、そしてエリー・マクガイア嬢の4人が席についています。
 クレアさんと執務官の二人は席を外しており、その他見学をしていた貴族たちは言葉を発しないという条件で私たちの席より離れた場所で結果を心待ちに待っていますが。

「ふん、あんの上、くだらない商品ばかりを選んでいる……この賓客リストの中には、後ろで結果を見守っている貴族の方々もいるのですよ、にも関わらずこんなくだらない商品ばかりを選んでいる。それに引き換え、当家が進めた執務官の結果報告をご覧ください!!」

 身振り手振りを交えつつ、マクガイア子爵が執務官の提出した報告書を広げる。
 そこには大量の商品リストが書き込まれていますが、それらは全て斜線で消され、あたらしく書き直されたものばかり。
 それによく見ますと、かき消す前の商品についてはクレアさんが選んだものと似通っているものが記されているではないですか。

「ふぅむ。最初のほうでは、クレアと執務官の……ええっと、名前は聞いていなかったな。まあいいか、双方ともに同じような商品が書き込まれていたようですが、後半からのこの書き直しと並べられている商品……これは手抜きとしかいいようがありませんが?」

 シャトレーゼ伯爵がそう告げつつ、確認を終えたリストをテーブルの上に投げる。
 私もそれを手に取って確認しましたけれど、確かにこの書き換えはおかしいとしか思えません。
 いえ、こちらの用意した罠に嵌ったという感じにも見えますけれど、それにしても露骨すぎではありませんかねぇ。

「当初……そうですね、このボールパーク男爵家までの12の貴族家に対しての商品、これはその家にとって必要なものであると考えて間違いではありませんか?」

 そこに記されているものは日用品であったり、ご相当に使われてもおかしくないようなアクセサリーや彫像といったもの。
 恐らくはリストの中にコレクターとか収集癖を持つ方とかがいるのかもしれません。

「そうだな。例えばこのウェストファリア家は、3年前に初めての孫が生まれていてね。だが、どうにも肌が弱いのかすぐに衣類にかぶれてしまっているらしいが。この選ばれた商品は肌に優しい石鹸とかタオルといったものが選ばれている。双方ともに選んでいるが、どちらかというとクレアの選んだもののほうがウェストファリア男爵の趣味に合っているといえよう」

 おおっと、クレアさんに敵愾心が強いマクガイア子爵の言葉とは思えない誉め言葉ですが。
 そう思って彼の顔を見ていますと、ゴホンと咳ばらいをされてしまいましたよ。

「人をそのような目でみるのはどうかと思うがね……ここは審査の場だ、私も公平であろうとは考えている。だが、残念だが、クレアの選んだ商品は致命的な欠点がある」
「ほう、受け取った相手に喜ばれるもの、欲しているものを選ぶという点でもクレア嬢の選択したものは全く問題がないと思うのだが。それはどのような欠点かな?」

 カマンベール王国の事情などしらないシャトレーゼ伯爵も、その欠点というものには興味があるようです。
 するとマクガイア子爵は口角を釣り上げてニイッと笑った後。

「汎用性に欠ける。と申しましょう。例えばフェイールさん、ここに記されている商品については貴方から直接購入することは可能ですよね?」
「ええ、季節限定の商品もありますが……そうですね、ほぼ入手可能です」
「ということは、別にめでたい席で送られなくても構わないということにもつながります。恐らくは当家の執務官はそれを思い出したからこそ、このようなリストに書き換えたのでしょう」

 なるほど。
 そういう意味だったのですか。
 執務官が書き直したリスト、そこには全て『真珠』『黒真珠』『大粒の希少宝石』などをあしらったアクセサリーばかりが並んでいます。

「マクガイア子爵。このリストのどこに汎用性があるというのかね?」
「そこに記されているものは全て希少宝石をあしらった貴金属や装飾品。貴族の身だしなみに必要なものであり、緊急時には換金可能なものばかり。賓客が貴族であるという以上は、このあたりにまで気を使う必要があったということになります」
「なるほどねぇ……そういう意味では、執務官の選んだものも確かに意味があるが。そもそも、フェイール商店は、カマンベール王国で商売を行う予定はあるのかね?」

 シャトレーゼ伯爵の問いかけに、私も少し考えます。
 そもそも私が大陸西方に向かう理由なんてありませんし、商売として足を延ばしてもいいかなぁとは考えていましたけれど。
 先刻の、私に対しての貴族の暴言を考えまするに、迂闊にカマンベール王国へ向かうのはよろしくないと判断しました。

「いえ、今のところは考えていませんね。ハーバリオス北方にも足を延ばそうとも考えていますし、そもそも私に対してなにかよからぬことを考えている貴族様のいるような国になど、危なっかしくて行くことなんてできません」
「……ということらしいが? これでマクガイア子爵のいう『いつでも購入可能』という件は消滅したが」
「ま、まあ、そうかもしれませんが。ですがやはり貴族たるもの、多少は見栄を張ってでも着飾りたいのではないでしょうか。特にご婦人たち相手に、ここまで素晴らしい装飾品を見せつけられた以上は、それを手に取りたくなるのは道理ではありませんか?」

 まあ、そのご意見につきましては反対する余地などありません。
 こう見えても元・侯爵家令嬢でしたので。
 今は旅する商人ですけれどね。

「そうですね。それにつきましては、私としても反対意見はありませんわ」
「では、今回の目利きという件については、当家の勝利ということでよろしいのですね?」
「仕方ありませんね。では、このようにカマンベール王国貴族の好む商品を書き出されてしまった以上は、ここは素直にこちらに記されている商品をご用意するということで宜しいのでしょうか?」

 私の言葉に、マクガイア子爵も満面の笑みを浮かべている。
 
「うむ、そのリストの商品で構わない。それと我が家の娘と妻にも、黒真珠の装飾品を用意して欲しいのだが」
「畏まりました。では、まずはこちらの商品についての値段を計算します。こちらは全て前払いとなりますけれど、それは問題がありませんよね?」
「ああ、別に構わない」

――ニイッ
 計算通り。
 いえ、正確には計算の斜め上を行く返答です。
 ここにきてようやく、シャトレーゼ伯爵も私の計画を理解したようです。
 ということで、さっそくリストの横に必要な金額を書き記していくことにしましょう。
 ええ、宝石の希少価値と美しさに目を奪われて、正規の金額をはじき出せなかったそちらの執務官に問題がありますので。
 それと、この外野の貴族の皆さん、彼らがここにいるというのは私の案ではありませんでしたよ。
 おそらくはクレアさんが勝利しそうになった時にクレームを入れようとさせていたのでしょうけれど、今は彼らは私の味方です。

「では、こちらを三日以内にお願いします」

 改めて金額が記されたリストをマクガイア子爵にお渡しします。
 さて。
 どのような反応が見られるのでしょうか。

「よかろう。この程度のはした金……え、ちょっと待て、この金額は正確ものなのか?」
「ええ。それにつきましては、執務官の方も鑑定でご確認できていたかと思います。今回はお祝いということで、その金額よりかなり割安にてご提供させていただきます。総額で青銀貨1200枚、よろしくお願いします」

――ガタッ
 あ、シャトレーゼ伯爵が椅子から落ちた。
 まあ、そうでしょうねぇ。
 こんな金額になるなんて、私も予想をしていませんでしたので。
 
「ば、馬鹿な、こんな金額が払えるはずがないだろうが! どうしてこのような金額になっているのだ?」
「え、すべての装飾品に黒真珠もしくは虹真珠があしらわれていますので。この黒真珠の希少価値につきましては、ご聡明なマクガイア子爵ならご存じかと思われますが。かの南方諸島連合王国でもご禁制、取り扱うことが許されているのは王家のみ。希少な魔導具にとって必要な核でもあり、年間でも一つないし二つしかとれない希少な品。確かに、貴婦人の胸元や耳元を飾るのにはふさわしい一品かと思いますけれど」
「ち、ちょっと待て、今回のこのリストの商品、これは貴様からの祝いの品として献上することを許す、だからすみやかにリストの商品を寄越せ!!」
「それは異なことをおっしゃいますな、マクガイア子爵」

 あ、シャトレーゼ伯爵がお怒りですね。
 そりゃあそうでしようとも。
 金は払えない、だから寄越せってどこの我儘貴族ですか。

「あ、いや、シャトレーゼ伯爵、違います、今の言葉は違うのです。こんな貴族のルールを知らない小娘に、貴族としてのあらかたを学ばせるという意味で行っただけなのです。それはこの小娘も理解しているとおもいます、ええ」

 必死に言い訳をするマクガイア子爵。
 ですが、この場にいる他の貴族は、貴方に対して侮蔑とか嘲笑といった笑みにも見えるのですけれど。
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