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第5章・結婚狂騒曲と、悪役令嬢と

第219話・新人研修と、問題の商品

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 はい。
 
 無事に商業ギルドでの従業員登録が完了しました。
 別に従業員の登録なんて必要ないと思っている商人の方も多いのですけれど、登録することで従業員の身分保証及び資産管理も可能となりますので、私は登録しました。
 ええ、以前はこのシステムを悪用されて、私の蓄えていた個人資産はあのオストールに全て奪われててしまいましたけれどね。
 ハーバリオス10大商会であるアーレスト商会の会計担当、この名目だけて信用度は高いのですから騙された商業ギルドも仕方がないといえばそうなのですけれど。
 まあ、そのうち復讐でもしてやろうかって思っていましたけれど、今ではそんな気持ちはさらさらありませんよ。
 ええ、私の視界に入らなければそれでいいですから。
 そもそも、今はどこで何をしているかなんて知る由もありませんし。
 アーレスト領では長兄であるグラントリ兄さんがアーレスト家を継ぎ、商会の代表にも就任していますから、オストールの居場所はないでしょう。
 
「ということで、新しくフェイール商店の従業員となりましたクレア・アイゼンボーグさんと、カーリー・ファインズさん、ラリー・パワードさんです。よろしくお願いします」

 商業ギルドの二階にある小部屋。
 ここはお金さえ支払えば、ギルド登録会員ならだれでも使える場所です。
 私もよく交渉や取引のために使っていましたので、もう慣れたものですよ。

「ということで、フェイール商会の店員になったクレアよ。これからしばらくの間お世話になるので光栄に思いなさい!」
「クレア様付執事長のカーリーです。まあ、こんな偉そうなことを言っているけれど、クリスティナさんには感謝しかないって王都で叫んでいましたので」
「そうそう。どうしても他人を上から目線でしか見下せないけれど、小さな動物が大好きで今でも幼い時に両親に貰った猫のぬいぐるみを片時も離せない甘えん坊な面がありますので……」

 あ、二人の側近さんはカーリーさんとラリーさんというそうです。
 参考までに告げますと、今、この瞬間にもクレアさんは真っ赤な顔で下を向きプルブルと震えていますが。
 
「まあ、悪い方ではないようですので、よろしくおねがいします」
「そうじゃなあ。わしとしては酒飲み仲間も増えるから楽しみじゃわ」
「うん、お酒は控えめで。ということで、この後はシャトレーゼ伯爵の元に向かい、今回の結婚式についての打ち合わせを行います。その前に……」

 さて。
 店員となった以上は、私の秘密についてどこまで説明したらよいものか……と考えましたけれど、まだ久しぶりに出会って間もないですし、【型録通販のシャーリィ】についてもすべてを教える必要はないと判断しました。

「フェイール商店は、とある異国の商会と取引を行い、そこから商品を仕入れて販売しています。まあ、どこの商会でもよくあることなので問題はありませんけれど、とにかく大切な取引相手ですので粗相のないようにお願いします」
「ふぅん。まあ、店長がそう仰るのでしたら、わかりましたわ。それで、今回の結婚式では何を納品するのかしら?」
「はい、実はですね……」

 ということで、今回の取引商品についての説明を開始。
 納品は一旦シャトレ―セ伯爵に行い、その商品を三つの会場に配布し、来場したお客様に選んでもらって手渡すという方法を行います。
 すでにどのような商品をどれぐらい用意するのかっていうのは書き出してありまして。
 一般用商品については特に問題もないようですけれど、貴族用の、それもカマンベール王国の貴族にお渡しする商品を説明したところでクレアさんが手を上げて一言。

「まったく駄目ね……この程度の商品では、あの貴族を満足させることなんて不可能よ。そもそも考え方の根底から間違っているわよ。こんな事では、貴族を満足させるなんて不可能だわ」

 手にした羊皮紙をテーブルに投げつつ、クレアさんがため息交じりに呟きましたが。
 ええっと、どこに問題があったのでしょうか。

「クレアさん、ここに書いてある商品はフェイール商店でもかなり珍しく、且つ高級な商品です。それがだめなのでしょうか」

 ちなみに、貴族相手の商品リストは以下の通り。

・鋳物の鍋セット、オーストリッチのベルト、ナンブ鉄器のヤカン、高級磁器のタンブラーセット、高級クロノグラフ、2ウェイショルダーバッグ、低反発マットレス

 これ以外には、大体銀貨30枚前後の織利用品の詰め合わせだったりドレスや装飾品を用意してあったのですが。

「ハーバリオスとカマンベール、この二つの国の貴族の違いについては貴方はご存じではないのかしら?」
「二つの国の貴族の違い……」

 うん、頭の中にある私の雑学知識を振る動員しましても、何が問題なのかわかりませんが。
 私の両横に座っているノワールさんとクリムゾンさんは分かったらしく、ああ、とかなるほどねぇ……って相槌を打っています。

「はい、ギブです。教えてください」
「カマンベール王国の伯爵、侯爵、公爵、王家はほぼエルフのみ。男爵と子爵は人間かエルフ、もしくは獣人ね。カマンベールはエルフ至上主義……とまでは言わないけれど、人間の血筋で伯爵家以上に上がれるのは本当に一握り。それと、このリストに書いてある商品、これは人間にとってはうれしいかもしれないけれどエルフにとっては必要がない、もしくは興味がないものも多く含まれているわ」
「はっ!!」

 そ、そうでした。
 カマンベール王国はエルフの国。
 人間と同じ価値観を持ち込んではいけませんね。
 
「それに、エルフって自分の好きなものを選ぶっていうよりも、選ばれて送られるものの方が大切でありありがたいのよ。今回のように結婚式のお礼っていうことになると、祝福された両家が頭を捻って考えて、そして送ってくれるものにこそ価値があるって考えるわね。まあ、人間ならそれよりも先に実用主義で、自分が欲しいものを選んだ方がうれしいでしょうけれど」
「そ、そうでした……精神の繋がり、それこそがエルフにとって大切なこと……私もすっかりと忘れていました」

 ハーフエルフである私が、こんな大切なことをわすれていたなんて……。
 恥ずかしくて、お墓で見守ってくれているお母さんやおばあさまたちに顔向けできません。

「……ということで、カマンベール王国用には練り直しが必要ね。そも貴族相手にこんな安っぽいもの……桁が一つ違うわよ、桁が!! という事でカマンベール王国から来る貴族のリストはあるかしら?」
「それはこのあと、シャトレーゼ伯爵の元に伺ってお預かりできるかと思います」
「それを私にも見せて頂戴。貴族名が判れば、ある程度は相手の好むような商品のリストは作れるわ。あとは当日の帰りにでも、新郎新婦の手から直接渡してあげると喜ばれるわね」
「わかりました、ありがとうございます……」

 さ、流石は隣国の伯爵家令嬢。
 ここまで気を配ることが出来るというのに、どうして悪役令嬢なんかに堕ちてしまったのでしょうか。
 なにか裏があるような気もしますけれど、どっちかというと今の素直そうな彼女こそが地であって、悪役というレッテルは他人が付けたのかもと思ってしまいます。

「それじゃあ、まずは挨拶にいってその場で細かい打ち合わせを行いましょう。あなたは商人としてはそこそこに手腕があるとは思いますけれど、用途別に必要なもの、特に今回のような他国を交えた冠婚葬祭に対しての気配りとかは壊滅的のようだから、この私がサポートしてあげるわよ」
「うう、よろしくお願いします」

 うん、これは猛反省です。
 今後はもっとお客様の立場や身分も考えなくてはなりませんね。
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