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第5章・結婚狂騒曲と、悪役令嬢と

第215話・六月の花嫁と、継承問題

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 夜。
 
 私とノワールさんは停車場に留めてあるエセリアル馬車の中で就寝につきました。
 宿泊宿ではクリムゾンさんが、のんびりと晩酌を行いつつ昼間の商会に雇われたであろう盗賊や暴漢の類の迎撃のために待機しています。
 まあ、本当にパステゥリザ商会が本当にごろつきを雇ったとしたならばという話でもありますが、その時はこのメルカバリーから悪い商会が一つ駆逐されるだけですので。
 馬車の中ではノワールさんが焼き肉を堪能、しっかりとお風呂にも使ってからの就寝。
 うん、久しぶりの全力営業でしたので、疲れがたまっていたようで。
 朝6つの鐘が鳴るまでは目を開けることができませんでした。

 そして身支度を整えてから、朝食を取りに宿へと移動。
 すでにクリムゾンさんが朝食を食べているところでした。

「おお、おはよう」
「おはようございます、クリムゾンさん。昨晩はどうでしたか?」
「それがなぁ……なーんにも起こらなかったぞ。ほら、柚月の話では、ああいった無頼漢がいちゃもんを付けてきた日の夜は、手練れを集めて押し込んでくるというのが定石だったはずだが。ものの見事に何も来なかったな」
「ふむふむ。ということは、あとはこのままメルカバリーを後にして、港町サライまで安全に旅ができるということなのですね?」

 クリムゾンさんの前に座りつつ、今しがた宿に入って来た『見知った女性』にも聞こえるように呟きますが。
 その女性は迷うことなく私のところ路までやってくると、丁寧に頭を下げて一言。

「ご無沙汰しています、シャトレーゼ伯爵邸の家宰を務めていますローズマリーです。クリスティナさまは相変わらずご壮健のようでなによりです」

 はい、家宰のローズマリーさんの登場ですよ。
 ということはつまり。

「ありがとうございます。では、シャトレーゼ伯爵にもお元気でとお伝えください」
「この後、お時間がありましたらぜひとも屋敷にとの伝言を預かっています」
「それがですね、このあとは港町サライまで足を延ばさなくてはならないのですよ。急ぎというわけではありませんけれど、ちょっと近くの森までいかなくてはならない用事がありまして」

 これは事実。
 昨晩、新しい型録を確認していた時に見かけた季節限定商品。
 それは【母の日ギフト】というコーナーでして、日ごろからお世話になっているお母さんへ感謝の気持ちを込めて贈り物をするという異世界の風習だそうです。
 ちなみに来月は【父の日】だそうで、異世界というのは本当に両親を大切にしているのだなぁとつくづく感心しました。

「実は、ここだけの話ですが。ガトー・シャトレーゼさまが隣国であるカマンベール王国の魔導学園留学を終えて帰国しまして。そこで向こうでお世話になっていたマクガイア子爵家令嬢であるエリーさまと懇意になりまして。この度、結婚が決まりました」
「はい、その件につきましては町中でお噂されていましたので。この度はおめでとうございます」

 邸内に頭を下げると、心なしかローズマリーさんもうれしそうです。
 ちなみに私はガトー・シャトレーゼさまとはあったことはない筈……ですよね。
 去年の宝剣騒動や長女のデビュタントの時にもあっていませんでしたから。

「それでですね。ガトーさまがフェイール商店の噂話を聞きまして、是非、結婚式は異世界風に執り行いたいということなのですが。そのために王都に滞在していた勇者さまたちの元を訪れ、色々とアドバイスを頂いたのですが。やはり、異世界の商品を取り扱っているフェイール商店の力添えが必要ということになりまして、ぜひともお話がしたいと伯爵からことずかっております」
「なるほど。結婚というおめでたい話の腰を折るというのはよろしくありませんね。では、まずはお話だけでも伺わせていただくということでよろしいでしょうか」

 はい、せっかくのめでたいお話です。
 まずはシャトレーゼ伯爵からお話を聞かなくてはなりませんね。

「はい、それでは外で馬車を待たせてありますので、まずはそちらへ」
「……あの、せめて朝食だけでも食べさせてもらえませんか? 今日の朝食はお米なのですよ」

 昨日納品したお米を炊いた、ほのかに甘い香り。
 これを逃す手などありません。

「それでは、私は外の馬車で待っていますので、準備が出来たら、扉を叩いてください」
「はい。それではのちほど」

 そうしてローズマリーさんが外に出て。
 入れ違いに朝食が届けられました。
 内陸部なので焼き魚はありませんけれど、森猛猪《ワイルドボア》と根菜を炒めたもの、甘辛く煮付けた茸と山草、そしてハーブティ。
 ご飯とトーストはどちらか選択できるそうですから、私は迷うことなくご飯を。

「さて、それじゃあ食後はシャトレーゼ伯爵邸ですね。またしてもサライに向かうまで時間がかかりそうですけれど」
「それは構いませんわね。私たちはフェイール商店の従業員であり、クリスティナさまの護衛です。主人の望むがままに行えばよろしいかと」
「その通りじゃよ。もしもこの場にブランシュがいたならば、同じような話をしていたじゃろうな。そして、外でうろついている怪しげな輩についても対処していたじゃろ」

 ちらっとクリムゾンさんが窓の外を見ています。
 うん、私には何も感じていませんが。

「やっぱり、昨日の一件でしょうかね」
「おそらくはな。昨晩、ここの酒場で色々と情報収集をしてみたのじゃが、例のパステゥリザ商会はシャトレーゼ家長男の婚姻の際に、とんでもない贈り物をして気を引こうしているらしい。それと、同じように贈り物をするはずじゃったノルマンディ商会の妨害もしているという噂がなぁ……まあ、噂は噂程度であって、それが真実かどうかは分からんが」
「へぇ、とんでもない贈り物って何でしょうね」

 ちょっと興味が出てきましたよ。
 この交易都市を治めるシャトレーゼ伯爵が驚くほどのものだそうですから、一商人である私としてもちょっと気になってしまいますね。

「さあなぁ。そこまではまだわしも聞き及んでいないのじゃが、二つの商会の贈り物合戦、そして渦中にある二つの国の貴族同士の婚姻。また、面倒臭そうな気がしてきてなあ」

 はぁ。
 この手のクリムゾンさんのつぶやきって、結構当たるんですよねぇ。
 私も巻き込まれないように気を付けなくてはなりませんね。
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