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第5章・結婚狂騒曲と、悪役令嬢と

第214話・果報は寝て待て、寝すぎると聞き逃します。

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 翌日、早朝。

 私が止まっている宿の食堂では、フェイール商店の臨時店舗ができるということもあって大賑わいです。
 朝食を終えた客が引き払った頃、食堂のテーブル配置が一斉に変更。
 衣料品コーナーと雑貨コーナー、そして食品コーナーの三つが作られました。
 私は衣料品を担当、食品はノワールさんが、そして雑貨はクリムゾンさんが引き受けてくれましたので、テーブルの上にそれぞれの商品を取り出して並べ、見やすいように配置している最中です。
 その間、食堂は封鎖されていて宿のおかみさんが゜楽しそうに商品を物色している真っ最中。

「ねぇ、フェイールさん。この包丁のセットと鍋と蒸し器のセットを二つずつ。あとはこの調味料のセットを二つ、お米を三袋とコーヒとかいうやつを貰えるかな?」
「はいはい、少々お待ちください」

 大急ぎでおかみさんの希望の商品をテーブルの上に置いて算盤をはじき、まとめて清算します。
 流石はメルカバリーの宿を切り盛りしているだけあって、物を見る目は確かなようです。
 でも、迂闊にも包丁セットを出してしまったのは私のミス。
 あれは危険な代物故、販売については控えていたのですけれど。

『堺・南斗の孫六製包丁セット……斬撃強化、獣畜スレイヤー、刃こぼれ無し、研ぎの必要がない永久保証』

 はい、アウト~。
 アウトなのですが、女将さんの期待に満ちた目を断るのは……。

「あ、あのですね。この包丁については、ご内密にお願いします。これが最後の商品でして、もう入手不可能なのですよ」

 そう女将さんの耳元でコッソリと説明。
 その間にクリムゾンさんが残った包丁を慌ててしまっています。

「ええ、わかったわよ。この手の商売をしていると、色々と隠しておきたいこともあるようだからね」
「よろしくお願いします」

 そして買い取った品を手に厨房へと移動するおかみさん。
 すで宿の外には買い物目当てで集まっているお客さんがあふれかえっています。
 あらかじめ商業ギルドにここでの販売についての申請を行ってあり、人員整理のため人でも借りることが出来ました。

「それでは、フェイール商店の開店です。まずは5組のお客様を通してもらえますか?」
「はい。それでは順に店内にお入りください。騒いだり横から入ろうとした方は、問答無用でたたき出しますのでご注意ください」

 さすが人員整理は手慣れたもので、お客さんたちがゆっくりと店内に入ってきます。
 あとはじっくりと商品を吟味し、これだと目を付けたものを購入して退店。引き続き5組のお客さんが店内に入ってと、時間はかかったものの特に混乱した状況にもならずに夕方まで商売を続けることが出来ました。
 そしてうちで商品を購入したお客さんから話を聞いたのか、夕方6つの鐘がなり閉店した後でも、宿屋にはお客さんが訪ねてきましたが。

「誠に申し訳ありません。本日はこれで終了です。明日はこの街から離れますので、どうしてもうちの商品が欲しいということでしたらこのあとは港町サライでも露店を出しますので、そちらへ訪ねてください」

 と、商人らしきお客さんにはそう説明をしてお引き取りを願いました。
 まあ、おかみさんの知り合いとかについては、食堂の隅っこでこっそりと販売中。
 だって、夕方6つの鐘からは宿の食堂は大忙し状態に突入していますから。
 だから時間的にも場所的にも、フェイール商店は6つの鐘で終了なのですよ。
 ええ、終了ですってば。

「そこをなんとか、頼まれてくれないか……」

 おかみさんの知り合いが帰った直後、店内でじっとこちらを見ていた商人が私の元を訪ねてきました。
 話は極めて簡単で、今日、私たちがここの食堂で販売していた商品のすべてを買い取りたいという申し出です。
 
「あいにくと、同業者相手に商品の一括販売は行っていません。古くから懇意にしていただいた方や、ここのおかみさんのようにお世話になっている方については販売数の上限を緩和することもありますが。あなたの商会とはこれまでに取引したことはなく、付け加えますと異国の、それもカマンベール王国の商会相手の商売は行ったことはありません」

 きっぱりと説明します。
 このパステゥリザ商会のメルカバリー責任者であるシェーブル・ペコリーノという方は、このメルカバリーで露店を営んでいる大手商会だそうで。
 ガトー・シャトレゼさまと隣国のマクガイア子爵家令嬢のエリーさまとの婚姻をきっかけに、ここメルカバリーで商会の支店を出したいとかで。
 そのためにはここの老舗であるノルマンディ商会が邪魔であると。
 ペコリーノはノルマンディ商会の近くの露店を占有し、同じような商品を低価格で販売、事あることに邪魔をしているそうでして。
 今回、うちの商品を仕入れようというのも、この機会にノルマンディ商会にとどめをさしたいということだそうでして。
 今、ハーバリオスでも有名になりつつあるフェイール商店を傘下に収めることが出来たのなら、ノルマンディ商会の息の根を止めれるそうで。
 いえ、そんな腹黒いところまで堂々と説明されても困るのですけれど、貴方は馬鹿ですか?

「……ということです。フェイール商店としても、この機会にマクガイア子爵家と懇意になることが出来るのですよ? さらにはパステゥリザ商会の傘下に入る事が出来るというのは、カマンベール王国でもかなりの地位を持つ貴族ならびに商会を味方につけることになります。ここで断わるという答えは出てこない筈……さあ、ご決断を!!」
「はい、お断りします。では私はこれで」

 きっぱりと話をぶった切って、私たちは席を立ちます。
 すでにノアールさんがこっそりと並べてあった商品をアイテムボックスに収めてくれましたので、あとは部屋に戻ってゆっくりと休むだけ。
 何が悲しくて、フェール商店が他国の商会同士のいざござに巻き込まれなくてはなりないのですか。
 そんなの身内同士でやってください。

「まあ待て、ここで私の話を断るということは、フェイール商店はカマンベール王国の商業ギルドを敵にまわすことになる、それでもいいのか?」

 ニヤッと笑いつつ、ペコリーノがつぶやいています。
 なんというか、悪役そのものっていう感じに湾曲したいやらしい笑みを浮かべた顔。
 そしてテーブルを指でトントンと叩いてこちらに動揺を誘うしぐさ。
 うん、昔お父様がよく話してくれた、二流以下の商人のよくつかう悪い手ですね。

「別に、私はカマンベール王国に行く用事もありませんし」
「このメルカバリーの商業ギルドにも、うちの息がかかっている輩がいるとしたら?」
「ハーバリオス王家より勇者ご用達商人の鑑札を頂いているフェイール商店に喧嘩を売るようなギルド員がいるのでしたら、それこそギルドの職務怠慢、今の話は、明日にでも報告させていただきますので」

──クスクスクスクス
 ほら、大きい声を出しているから周囲のお客さんの失笑を買っていますよ。
 商人なら売る方に専念して、そういうのは買わないようにした方が良いと思うのですけれど。

「ちっ……また来る。いいか、無事にこの街から出られると思うなよ!! ここの門番にだってパステゥリザ商会の息がかかっていることを忘れるな!!」
「では、明日にでもシャトレーゼ伯爵にその旨、お伝えしておきます」

 きっぱりと堂々と。
 そう説明しますと、忌々しそうに机を殴ってから、ペコリーノが宿から出ていきました。

「はぁ、怖かった」
「いやいや、なかなか堂に入った態度じゃったよ。以前のお嬢なら、あのよう輩に脅された時点でどうしていいか困り果てていたのじゃが」
「柚月さんや皆さんに鍛えられましたからね。さて、それでどうしたらいいでしょうかね」
「続きはノワールにタッチ。わしは晩酌タイムに突入するのでな」

 そう告げてから、クリムゾンさんはエール片手に晩酌を開始。 
 それを見ていたノワールさんも頭を抱えています。

「今晩あたり、先ほどの男の手の者がクリスティナさまを狙ってくる可能性もあります。ということですので、今晩は停車場に移動して、馬車の中で休むのがよろしいかと」
「それなら、わしがお嬢の代わりに部屋で奴らを待つことにしよう。な~に、手荒な真似はせんよ」
「そうですね。ではクリムゾンさん、よろしくお願いします……あと、あまり飲み過ぎないようにしてくださいね」

 そう告げてから、アイテムボックスから3つほど缶詰を取り出して手渡します。
 はい、フェイール商店の名物商品の一つ『サバノミソニー』と『クジラノヤマトニー』、そして新商品の『スノコノヤマトニー』です。
 あと、パンの缶詰も仕入れたのですがねそもそも朝一番で焼き立てのパンを買えばいいだけの話なので、これは売れるはずがありませんね失敗失敗。

「おおお、それでは今宵は張り切って見張りをすることにしようかのう」
「すいませんけれど、よろしくお願いします」
「よいよい、別にお嬢が何か悪いことをした訳ではないからな。全て自分たちの利益しか求めない悪徳商会が悪いのじゃからな」

 そう告げてから、サバノミソニーをパッカーンと開いて晩酌の再開。
 さて、巻き込まれる前に私たちは停車場へと移動することにしましょう。
 そこまでの道中に狙われそうな予感もしなくはありませんが、まあ、ノワールさんが一緒ですから大丈夫でしょう。
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