型録通販から始まる、追放令嬢のスローライフ

呑兵衛和尚

文字の大きさ
上 下
153 / 285
第4章・北方諸国漫遊と、契約の精霊と

第205話・バザールがおわったでござーる

しおりを挟む
 誰かを殺したいほど憎む時がある。
 例えば恋敵を。例えば商売上のライバルを。あるいは自分に恥をかかせた者を。あるいは何となく気に食わない者を。時には友人でも。時には親兄弟でも。
 そんな気持ちが腹の中に積もり積もると、ドス黒いモノがドロドロと渦を巻く。渦を巻くと人々は、ある場所に集まってくる。
 ぶっ殺してやる、奪ってやる、壊してやる、潰してやる、火ィつけてやる、などなど。
「あそこへ行くぞ、俺は」
「あそこへ行けば、あたしは……」
 みんな集まる。ドス黒いのが集まってくる。
 悪しき思いの集う場所。
 黒い思いが溢れる時間。
 その名は、ジャゴック。
 
「う~っ……な、何なんだ……?」
 朝。いつもより少し早く、タヌキ柄パジャマのア―サ―は目を開けた。
 窓から差し込む朝陽が眩しい。今日もお日様はぽかぽか燦々、いい天気のようだ。
 が、そんな天気とは裏腹に何やら不吉な夢を見てしまった。不吉というか暗いというか不気味というか。
 ベッドの上で体を起こし、頭を振ってみる。目は醒めてきたが、どうも気が重い。
「おはよう、ア―サ―君」
 頭に、にょこ、と女神様がお生えになられた。もわもわ髪(寝ぐせ)なア―サ―と違い、こちらはキラキラサラサラ、いつもながらの見事な黄金の髪。白い戦装束ともども朝陽を浴びて、目映く輝いている。
 さすがは教科書に出てる白の女神、エミアロ―ネである。
「あ、おはようございます。あの……」
「ん?」
「なんだか、凄い夢を見たんです」
 エミアロ―ネの「にょこ」にはもう慣れたので、ア―サ―は動じない。律儀に挨拶を返してから、ひどく夢見が悪かったことを語った。自分が参加していたタイプではない、神の視点での夢だったのだが、その内容が尋常ではなかった。
「誰かを傷つけたいとか殺したいとか、そういうことを考えている人たちが集まって」
「物騒な話ね」
「三十人ほどいたかな。全員黒いロ―ブをすっぽりと被って、顔を隠してるんです」
「怪し過ぎるわね」
「暗い地下室で、いかにも邪神って感じの像を崇めてて。像の前には、これまたいかにも大神官って感じの人がいて。やっぱり顔は隠してるんですけど」
「どこまでいくの、その怪しげ話は」
「いえ、これだけです。大神官の人のセリフとか、みんなが祈りの後何をしたかとか、そういうのは覚えてなくて」
 一つ、はっきりと覚えているのは、そこが【ジャゴック】であること。殺すだの壊すだのと喚く人々の集まる場所、あるいは儀式、もしくはその教団(?)の名。それがジャゴック。
 邪神像に、そして大神官に、人々のドス黒い想念が濁流のように流れ込み集中していた。正しくあれこそ【悪しき思い】の聖地。そんな夢だった。
「妙に鮮明で、生々しい夢でした。僕の場合時期が時期ですし、予知夢か何かだったりしないかって不安なんですけど」
「なるほど。確かにその可能性はあるわね」
 エミアロ―ネは考える。
 一昨日の夜、エミアロ―ネは初めてア―サ―と会話をした。
 そして昨日、初めてア―サ―は前世の力、白の女神エミアロ―ネの力を引き出して戦った。
 それらを経ての今朝だ。一日二日で大幅に転生前の能力を覚醒させたア―サ―のこと、一時的に何か不思議な力を発揮してもおかしくない。その場合は、エミアロ―ネにない能力が発現することもあり得る。例えば予知夢とか。
 だが、だとしても【ジャゴック】とは?
「う~ん。全然、聞いたこともないわね」
「黒の覇王と関係は?」
「あったら思い出すわよ」
 それもそうだ。前大戦当時、おそらく世界中の誰よりも【黒の覇王】とその配下について詳しかったのは、最前線で最深部で戦い抜いた、白の女神エミアロ―ネに違いない。そのエミアロ―ネの記憶にないということは、やはり黒の覇王とは無関係なのだろう。
 ア―サ―は結論づけて笑顔になる。
「じゃ、ただの悪夢ですね。ふ~良かった」
「……」
「黒の覇王とは無関係の、新たな敵組織が出現、なんてことはないですよね。たった一回戦っただけで、そんなムチャクチャな。いくらなんでも。あはははは」
「……」
「……、じゃなくてぇえぇえ」
 ア―サ―のムリヤリな笑顔が壊れた。
「エミアロ~ネさんっ、お願いですから否定してくださいよおぉぉ」
 ア―サ―は、ほろほろと泣いた。
 だがエミアロ―ネは真剣な顔で言う。
「貴方がただの夢だと思えなかったのなら、多分その通りよ。貴方自身が言った通り、時期が時期だもの」
「ぅぐおおぉっ」
「でもねア―サ―君、考えてみて」
 トドメを刺されて泣き苦しむア―サ―を勇気づけるべく、エミアロ―ネは説明した。
「例えばその夢には続きがあるとか。地下室に誰かが乗り込んできて、そこの連中をやっつけちゃう、と。たまたま貴方が途中で目覚めちゃっただけで」
「は、はあ」
「本当は味方の存在を知るための夢だったのが、目覚めのタイミングのせいで敵だけ見たところで目を覚ましてしまったのよ」
 だとしたら、かなり役に立たない予知夢だ。
『けど、それぐらいが僕には分相応かな。役に立つ予知夢なんて、高望みか。ふっ』
 ア―サ―、いじいじ。
「あ。ア―サ―君今、イジけてるでしょ」
「イジけてませんよっ」
「嘘。イジけた顔してるわよ」
「イジけてませんてばっっ」
 胎児の時から見られているエミアロ―ネ相手にゴマかしても無駄なのだが、それでもア―サ―はゴマかした。
 男の子としての意地というやつである。

「あれ。どうしたのあ~くん? イジけた顔しちゃって」
 ずべしゃっ、と見事なまでにア―サ―はコケた。今朝はウナが朝練で早いため、イルヴィアと二人っきりの通学路。その出会い頭に言われてしまった。
 いい加減、自分が情けなくなってくる。
「べ、別に、イジけてなんか」
「そう? 何だかそんな感じなんだけど」
 赤ちゃんの時から一緒に遊んでたイルヴィア相手に以下同文。
「ウナちゃんに何か言われたとか、そういうことじゃないの?」
「違うっ。そんなことは何も、ないよっっ」
 ア―サ―は断固否定する。するとイルヴィアは、
「ねえ、あ~くん」
 たっ、とア―サ―の前に廻り込んで通せんぼした。
 そして、ア―サ―をじっと見つめる。
「昨日も言ったけど、今あ~くんが悩んでること、わたしに言えるようになったらいつでも言ってね」
「……う、うん」
 ア―サ―は曖昧に頷く。
「言いにくいことみたいだけど、わたし絶対、誰にも言わないから。もちろん、ウナちゃんにだって言わない」
「……ありがと」
 悩んでいるというか何というか。ウナに対しては怪しげな新興宗教疑惑を抱かれているだけのことで、これだけならむしろばかばかしい話だ。ウナも「おに―ちゃんは更正してくれる」という兄への信頼に基づき、一応秘密にしてくれているようだし。
 だが、「ア―サ―は前世野郎(?)だ」という噂が広まれば、どこで敵に嗅ぎつけられるかわからない。そうなればウナやイルヴィアが直接狙われる可能性がある。
 情けないんだか緊迫してるんだか、何とも複雑な状況だ。
しおりを挟む
感想 656

あなたにおすすめの小説

女神様の使い、5歳からやってます

めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。 「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」 女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに? 優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕! 基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。 戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

完結 穀潰しと言われたので家を出ます

音爽(ネソウ)
恋愛
ファーレン子爵家は姉が必死で守って来た。だが父親が他界すると家から追い出された。 「お姉様は出て行って!この穀潰し!私にはわかっているのよ遺産をいいように使おうだなんて」 遺産などほとんど残っていないのにそのような事を言う。 こうして腹黒な妹は母を騙して家を乗っ取ったのだ。 その後、収入のない妹夫婦は母の財を喰い物にするばかりで……

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。