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第4章・北方諸国漫遊と、契約の精霊と

第204話・あ、そういうのはいいので。私は勇者ではありませんから

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 ガラガラガラと馬車は行く。

 私たちを乗せ、王城へ。
 窓の外に流れる風景は、つい今朝方までの激しい戦闘が夢でなかったという現実を突きつけてきます。
 瓦礫の中から必死に家財を探す人。
 けがをしてうずくまっている人たちに癒しを施す聖職者たち。
 運悪く死んでしまった人の近くで泣き崩れているひと……。
 戦争というのは、ここまで大切なものを奪っていくのですか。
 300年前の魔族の大侵攻、それを無事に収めた勇者。
 でも、それは一つの大きな戦争を止めただけにすぎず、今でも一部の魔族は人間たちを自分たちよりも劣った存在として見下し、支配下に置こうと考えているそうです。
 それを収めているのが現在の魔王という話も、自宅で学びました。
 ですが、それでも過去の因縁というのは深く深く私たちの生活に食い込んでいるようです。

「はぁ~、また面倒くさいことになりそうだし」

 ふと、柚月さんが私の横で深いため息をついています。
 心なしか表情も暗く……というか、すごく面倒臭そうですね。
 確か宰相をぶん殴ったとか話していましたけれど、それと何か関係があるのかも知れません。

――ガラガラガラガラ
 やがて馬車は王城正門へと到着。
 そこから先は私たちを呼びに来た騎士がそのまま案内してくれるそうです。
 大きいアーチ形の回廊、そこに伸びる深紅の絨毯。
 その上をゆっくりと進む私たち4人。
 うん、おそらくブランシュさんは、こうなることを見越して早急に撤退したのでしょう。
 あのブランシュさんが、あそこまで勤勉にいそいそと逃げるように帰るなんて考えられません。

「チッ……白はこれを見越していましたわね」
「これだから角付きは……」
「あ~、白くて角付き、しかもユニコーン……なにかこう、その単語だけで男の子をくすぐる何かはあるとおもうし。でも、ブランシュが逃げたっていうのはあーしも一票いれるし」
「はぁ、異世界にはそういうものもあるのですね」
「んーと。まあ、そのうちね」

 はい、また向こうの不思議な世界を教えてくれるということで、少しだけわくわくして待つことにします。
 と、そんな他愛のないことを話していますと、とうとう到着しましたよ、巨大な両開き扉。
 左右には赤い甲冑を身に着け、巨大なハルバードを構えた騎士が待機しています。
 扉の前でハルバードを交差し、この先は許可なく立ち入りを禁止するという意思を体現しています。
 そしてもう一人。
 扉の前に立つ、きれいなローブを身に着けた老人が、一枚の書面を目の前に掲げて読み上げました。

「ハーバリオス王国勇者・柚月ルカ。同、勇者付きエセリアルナイトのクリムゾン。同、勇者付きエセリアルナイトのノワール。従者・クリスティン・フェイール、以上四名の謁見の間への入室を許可する」

――ガシャン
 ハルバードが扉の前からよけられると、まるで魔法でもかかっていたかのように扉がゆっくりと開いていきます。
 そして……私の後ろでぎりぎりと拳を握ったり、額に血管浮き出し状態で目の前の老人を睨んでいるノワールさんとクリムゾンさんは落ち着いてくださいね。

「はぁ。このくそ宰相は、どうしても今回の手柄を勇者のものにしたいようだし」
「はっはっはっ。先日の右ストレートの件は不問とします。では、勇者様とその騎士はどうぞ先にお入りください。そこの従者は、くれぐれも勇者様の邪魔をしないように……」

 うん、なんとなくですが読めてきました。
 そしてノワールさんたちはその場から一歩も動きません。

「はぁ。では、従者は従者らしく、我が主人とその友人の後についていくことにしましょう」
「同感じゃな。そもそも、こんなところに呼び出しておいて主従を間違えるとは、この国の宰相はなっていないのではないか?」
「それについては昨日も話をしたし……あーしはこの王城に結界を張って、近寄るアンデットを排除しただけ。クリムっちのことは不死王にとどめを刺したって報告で聞いているけれど、全てクリスっちの影の努力が実を結んだだけだし」

 そう目の前の宰相に告げていますが、宰相は一歩も引きません。
 
「はあ? そのうす汚い商人風情が何をしたというのですか? 報告では大バザールで炊き出しと商品の配布程しかしていないのでは? アンデットと戦ったとか、そういう戦果については何も聞いていませんよ? 炊き出しや毛布の配布程度、どこの商人でもできること。そんな程度で勲功を得られるなどと思ってこの場までノコノコとついてくるとは……」

 あ、あの。
 扉の向こう、玉座で座っていた国王が立ち上がりましたが。
 怒り心頭の表情で、左右に大勢の貴族がいるのを無視して抜刀しましたが。

――チャキッ
 そして宰相の後ろに立つと、その首筋に剣を当てています。

「ドミニコ宰相。私がおぬしから受けた報告書と、今のこの者たちの態度……どうも食い違っているように感じるのだが」
「お、お、おおそれながら。このものたち三人は確かにアンデットとの戦いにおいて前線にて活躍していた者たち。ですが、その商人風情は戦うこともなく、ただ安全な場所で炊き出しをしていただけにすぎません。その程度は誰でも出来ること……まあ、それでもこの女が勇者の友達ということですから、従者としてここに来ることをゆるされて」

――ジョリツ
 首筋の剣が宰相の頬を撫でています。
 
「さて。どうやらドミニコは疲れているようだ。誰か、この男を丁重に連れ出せ。教会でゆっくりと治療を受けて来るがよい」
「は、はぁ……はぁぁぁぁぁ、ナゼデスカ、コノワタシガドウシテコノヨウナメニィィィィィィ」

 絶叫を上げつつ騎士に連れられて外へ向かう宰相。
 それよりも、この事態をどう収拾付けるというので。

――スッ
 突然、私たちの前で国王が跪きました。
 その姿を見て、謁見の間に立ち並ぶ貴族も国王に習うかのように跪きます。

「国父・クリムゾン殿、エセリアルナイトのノワール殿、そして勇者ルカ。我が部下がそなたらの主人を侮辱したこと、許して欲しい。そしてクリスティナ・フェイール殿、そなたの働きについては騎士団長から『正しい報告』を受けている。深く謝罪するので許して欲しい」

 ……ん?
 ちょっと待ってください、あのですね、この程度の侮蔑程度、私がアーレスト侯爵家にいた時よりも生易しいのですよ。ほら、私はこれよりも酷いことを毎日のように言われ、もっとひどい仕打ちを受けていましたから……。
 あ、あの時のことを思い出すと腹が少しだけ立ってきました。

「国王よ、顔を上げるがよい。そして我が主を見よ、怒りに震えて拳を握っているではないか」
「へ?」

 クリムゾンさん、これは今のことではなくて過去を思い出してですね。

「まあ、我が主人は慈悲溢れる方。今回のことは水に流してくれます。ですから、まずは国王として、玉座へ戻り私たちを招いてください。ここであなたがいつまでもそのようでしたら、話は続きませんので」

 慈愛に満ちたようにノワールさんが話しています。
 
「ということで、クリスっちも怒りを鎮めるし」
「柚月さんまで!! 私が怒っているのはそういうことではなくてですね」
「わかった、みなまでいうな……では、仕切り直しといこう」

 そう告げて国王は踵を返すと、まっすぐ玉座まで戻ります。
 そして席に着いた時、列席していた貴族も立ち上がってこちらを見ています。

「仕切り直しというのも何かと思うだろうが、嫌い的な部分もあるゆえに。ここに参られよ」

 笑顔で私たちを呼ぶ国王。
 するとノワールさん達が私の方を見るので、まず私が先頭になり謁見の間へ。
 その横を柚月さんが、後ろにノワールさんとクリムゾンさんがついてきます。
 そして国王の前で跪いて頭を下げます。

「楽にしてかまわんよ。此度の不死王討伐、見事であった。国民全てに代わり、礼を合わせてもらう」
「ありがたき幸せ」

 こう見えても元貴族令嬢です。
 国は変わりますが、ある程度の儀礼については学んでいます。

「何か褒美をと思ったが、国父やエセリアルナイトと共に、我が国に仕える気はないか? 宮廷御用達商人として高く召し抱えたいと考えている。国父には爵位も授けようではないか!!」

 この国王の言葉で、貴族たちから拍手が聞こえてくる。
 普通ならここで、『ありがたき幸せ』なり、陞爵に於ける誓いを立てるのが基本なのですが。
 クリムゾンさんが国父と呼ばれるのは、恐らくは300年前の魔族大侵攻の折の勲功によるものと思われますし、柚月さんは勇者故。
 私はまあ、おまけ程度なのかもしれません。

「誠に申し訳ありませんが。此度の件、御礼以上のことは過分ゆえご辞退申し上げます」

 そう返答を返すと。
 列席する貴族からは不敬だの何様だなどという言葉が聞こえてきますが。

「私めへの報酬は、この王都の復興と、他の大勢の戦功者、そして亡くなった方々の遺族への支援をお使いいただけますよう」

 ここまで繋げますと、国王としても何も言えるはずがありません。
 恐らくは国王も、私がそう返答を返すとお考えの上、この場を丸く収めるためにこのような無理難題を仰ったのかと思います。

「そうか、では、そうさせて貰おう。まあ、かといって国を救ったものを手ぶらで返すというのは問題があるだろう……そこでだ」

──ガシャッ
 文官らしき人が、装飾の施されたお盆に乗せられた剣を持ってきました。

「この剣は、あるべき所へ。魔導剣スライリーはクリムゾン殿の元へ返そう」
「い、いや、そんな名前では……」

 あ、勝手に別の名前がつけられているようで。
 どうして良いのかクリムゾンさんは困っていますが、どうにか受け取ってくれました。
 
「では、クリスティナ・フェイール商店には王家御用達の許可証を発行する。それがあれば、いつでも王城にこれるようになる。この地に止まって欲しいとは言わないので、せめて受け取ってくれるか?」
「ありがたくお受けします」

 両手で許可証を受け取り、頭を下げます。
 
「これにて謁見を終わる。後ほど、此度の戦の功労者への褒賞を取らせる。以上だ!!」

 全員がその場で一礼します。
 そして国王が退室してから、私たちも外へと案内されました。

「はぁ。これで終わりですね」
「それで、実はいい話があるし……」

 全てが終わり、外で待っている馬車へと向かいます。
 その途中で、柚月さんが嬉しそうに話しかけてきました。

「いい話?」
「うん。魔族の侵攻の影響で、精霊の祠までの道は閉ざされていたらしくて。今朝、その祠へ向かう道の雪が溶け始めたって!!」
「なんと!!」

 これは朗報です。
 ようやく私たちは、目的の精霊の祠へと向かうことができるようになりました。
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