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第4章・北方諸国漫遊と、契約の精霊と

第189話・それも愛の一つのカタチ

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 ホワイトデーとは。
 3世紀にローマ皇帝に婚姻を禁止された若者たちの愛を護るため、キリスト教の聖職者バレンタインがひそかに結婚式を挙げたことがはじまり。
 このバレンタインがなくなったのが2月14日であり、その死から一か月後に、結婚式を挙げた若者たちが愛を誓い合った日が始まりとされている……。
 
 愛の告白に対しての、誓いの言葉。
 それがホワイトデーとなり、今もなお、多くの若者たちはバレンタインデーに開け取った告白への返事を返すのが風習として今なお残っている。
 なお、その日に菓子を返礼として送る風習は、日本の菓子メーカーにより始まったとか……。

「……うう……奥が深すぎてどうしたものか……」

 ヘスティア王国の精霊の祠。
 そこからさらに奥へ歩と向かった先にある精霊界の王城では、ペルソナが頭を抱えて悩んでいる。
 彼の自室の中には大量の菓子と、書き綴って失敗したものと思われる、くしゃくしゃに丸めて捨てられた手紙が散らばっていた。

「……あの、アクターお兄様」

 静かに扉が開き、10歳前後の少年が室内で悪戦苦闘しているペルソナに声をかける。
 このアクターというのがペルソナの本名。
 普段は精霊力を生み出すマスクを着用し、身分がばれないようにペルソナという名前を名乗っているが、この精霊界の時期国王の一人である。
 
「ん? 誰かとおもったらジェスターでしたか。どうしたのですか?」

 優しい笑みを浮かべて、アクターは室内にそっと入ってくる弟に声をかける。
 するとジェスターは、床に散乱している大量の手紙を見て、ハァ、とため息一つ。

「クリスティナお義姉さまへの返事ですか。どうしてこう、考えすぎるのですか? もっと自分に素直になればよろしいのに」
「い、いや、待て待て、お義姉さまってまだ早すぎる、いや、そうじゃなくて私は彼女のことをだな」
「好き、なんですよね?」

 その無邪気な問いかけに、アクターも顔を真っ赤にする。


「このお返しのお菓子ですけれど。これにも一つ一つ意味があるってご存じですか?」
「え、そ、そうなのか? 型録通販のシャーリィの商品説明には、そんなことは一つも書いていなかったが?」

 傍らに積まれている菓子を一つ一つ手に取り確認するが、特に菓子についての説明とか由来は書いてあるものの、ホワイトデーとして込められた言葉については一切書き込まれていない。

「書いてありませんよ。それで、お兄様は、どれをお返しにする予定でしたか?」
「これにしようかと思っている。どうやらこれを送るのが一般的だそうだが」


 そう告げてから、アクターは傍らにおいてある綺麗な包装をされた包みを手に取る。

「それは?」
「シロクマのぬいぐるみとマシュマロの詰め合わせで」
「はい、だめ~、ですよ。お兄様、マシュマロに含まれた返事の言葉ご存じ背ですか? 『優しくお断りします』、つまりお断りの言葉が含まれているそうですよ」

──ゲッ、ガーーーン
 頭を振りつつ説明するジェスターに、アクターは呆然としてしまう。

「そ、それはダメじゃないか……危なかった」
「ええ、最初は、『あなたの気持ちに、優しくお返しします』っていうはずでしたげと、時間がたつにつれていつしか、お断りの言葉になったとか……本当に、お兄様は異世界のことについてご存じないのですね。そんな事では、この精霊界を継ぐだけではなく『型録通販のシャーリィ』を継ぐこともできませんよ?」
「そ、それならこっちはどうだ、アライグマのぬいぐるみとクッキーアソートの詰め合わせで」
「永遠に、お友達でいましょう……あの、兄さま? 本当にクリスティナさまが好きなのですよね? お姉さまのそばには勇者さんもいるのですよ? プレゼントに含まれた言葉の意味を知らない筈はないじゃないですか?」

 そうダメ出しをされて、アクターは急いで別のプレゼントを探す。
 クリスティナから受け取った、熱い告白に対しての返答として、個人的に【型録通販のシャーリィ】で取り寄せられた商品の山。
 それを一つずつ取り出しては、ジェスターにダメ出しされること一時間。
 アップルパイ、マドレーヌ、チョコレートなどなど、いくつもの商品の中から、アクターが最後に選んだものが、これであった。

「うん、キャラメルソースのマカロンと、限定の腕時計ですね、これなら完璧ですよ。変にアクセサリーとかぬいぐるみとか送られるよりも、女性に対して、それも好きな方への返礼ならこれに勝るものはありませんよ」
「そ、そうか……ありがとうな」
「いえいえ、僕もお兄様には幸せになってほしいですし、いずれはこの精霊界を統べる王になってほしいですから……」

 その言葉に感激し、アクターはジェスターを抱きしめる。
 感謝の気持ちを込めた抱擁からジェスターが開放されたのは、それから10分後であった。

………
……


──1時間後。
「なあジェスター。俺の未来の妻に物を送りたいのだが、何がいいと思う?」

 這う這うの体でアクターの抱擁から解放され、のんびりと部屋でくつろいでいたジェスターのもとに、アルルカンがやってくる。

「あの、兄さま……ノックもなしに勝手に入って来て、いきなりその質問はあんまりではないですか? いくり僕でも怒りますよ」
「まあまあ、それよりも、アクターが俺の妻にちょっかいを出そうとしているだろう? それを牽制する意味でも、ここは一番俺の男としての魅力を見せつけたやりたいんだが……。お前がアクターにアドバイスをしていたのは効いている、俺にもそれを教えろ」

 一方的なものいいに、ジェスターもハァ、とため息を一つ。
 そもそもバレンタインの贈り物や告白すら受けていないアルルカンが、どうしてクリスティナからの寵愛を受けれると思っているのかと、小一時間ほど問い詰めたい気分ではあるのだが。
 そもそもジェスターにとっても、アルルカンは兄弟の中で目の上の瘤であり、外で聞き及んでいる噂はひどいものである。
 そんな長兄に手を貸す理由などなく、それどころかクリスティナがアルルカンの嫁になるなど猛反対である。

「そうですね……例えば、高級ブランドのバッグとかいいのでは? それもどこにでもあるようなものじゃなく、兄上のオリジナルブランドで。そうですね……そうすれば世界に一つの一点ものですから、気に入ってもらえると思いますよ。それと、メッセージカードも添えるといいかもしれませんね。それも熱烈な内容で、とにかく愛をつぶやきまくるとか」
「そ、そうか……最初は現金でも送ればいいと思っていたんだが、そうだな、俺専用の、俺だけのブランドか……今からでも間に合うな!!」
「ええ。でも、兄上はクリスティナさんのもとに行くのは禁止されていますから、クラウンさんかアクター兄さまにお願いして……いえ、次の配達品の中に紛れ込ませるサプライズを狙うのもありでしょうね」
「そうだな、助かったぞジェスターよ」

 喜びながら部屋を飛び出していくアルルカン。
 ジェスターはそれを見送ってから扉を閉めて、再び読書を続ける。
 好きでもない男性からもらって困るプレゼント、その全てを網羅しているプレゼントをアドバイスして、ジェスターもようやく静かな時間を取り戻せたと満足の笑みを浮かべていた。

 果たして、この結末は如何に。
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