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第4章・北方諸国漫遊と、契約の精霊と

第180話・バレンタイン狂想曲

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 エセリアル馬車による、ロシマカープ王国への道中。
 
 流石に深夜の爆走は危険と判断したクリスティナたちは、日が暮れる前に街道沿いへと移動して停車場へと向かった。
 そこで野営の準備をしている個人商隊トレーダーたちに混ざり、のんびりと一夜を明かしたのである。

 そして朝。

「よし、お肌も艶々。身支度問題なし。さて、それではペルソナさんをお迎えしましょう」
「クリスっち、いつもより気合入っているし。やっぱり恋する乙女は強いし?」
「まあまあ、柚月さん。そのように揶揄うものではありませんよ。それに、人のことはともかく、柚月さんとブランシュのことも私は気になっていますけれどね?」
「の、の、ノアっちは何を言い出すし!!」

 はい、朝から揶揄われまくった挙句、自爆した柚月さんは放置です。
 この自爆というのも、勇者語録にありまして。
 まあ、似たようなものが私たちの世界にもありますのであえて割愛させて貰います。

──ガラガラガラガラ
 やがて朝靄の向こうからペルソナさんの馬車がやってきます。
 いつものように私たちの場所の前に止まりますと、御者台から白い衣装に身を包んだペルソナさんが降りてきました。

「おはようございます。【型録通販のシャーリィ】より、午前中の配達にやって参りました」
「はい。お疲れ様です」
「いえいえ。これも仕事ですので大丈夫ですよ。それじゃあ、検品をお願いしますね。クリムゾンさん、荷物を下ろすのを手伝ってもらえますか?」
「おう、力仕事なら任せんしゃい」

 場所の後ろ扉を開き、荷物を下ろし始めるペルソナさんとクリムゾンさん。
 私はその横で、地面に置かれた荷物を一つずつ確認したら、アイテムボックスに収めていきます。
 ちょうどボリマクールさんと護衛の方も目を覚ましてやってきましたが、私たちに話しかけることなく黙々と作業を眺めていますよ。
 さすがは【型録通販のシャーリィ】の認識阻害効果、目の前で起きた出来事がまるで当たり前のように見えているそうです。
 
「……よし、これで全て確認完了です」
「はい、お疲れ様でした。それでは、こちらが来月の新しいイベント用の型録です。定番のものは次回にお届けしますので」
「はい。では支払いはいつものようにお願いします」

 ペルソナさんの前に【シャーリィの魔導書】を差し出しますと、その上に手をかざしてくれます。

──キィィィィィン
 やがて魔導書が光り輝くと、あらかじめチャージしてあった金額から支払いを終えることができました。

「それでは失礼します。今回も、型録通販のシャーリィをご利用いただき、誠にありがとうございます」
「はい!! あ、あの」

 さあ、このタイミングです。
 今を逃せば、きっと渡すことができなくなりそうです。

「ん? まだ何かありましたか?」
「はい、ええっとですね……あのですね」

 早く切り出すのです私。
 いつものお礼です、感謝の気持ちです。

「……?」

 ああっ、ペルソナさんが不思議そうな顔をして頭を傾げました。
 これはいけません、昨日の柚月さんの言葉が頭の中に反芻します。 
 異世界の歌にもありますよね?
 腕を上げて足を上げて反芻、反芻!!

「あの、クリスティナさん? 心なしか顔が赤いようですが? どこか具合でも悪いのですか?」

──ピトッ
 そう告げてから、ペルソナさんが私の額に手を当てて熱を測って……。

「ふぁぉぉぉ、だ、大丈夫ですよ。熱はありませんので。これを、そうです、これをお渡ししたかったのです!!」

 よし、切り出しました。
 今切り出さないと、この後どんなことが起こるかわかりません。
 アイテムボックスからチョコレートを大量に取り出して、ペルソナさんの前に突き出しました。

「ん? こちらは?」
「はい! 異世界の日本には、バレンタインデーという行事があるそうです。それはこの【型録通販のシャーリィ】でも特集として組まれていまして、これによりますと普段からお世話になった方にもチョコレートを贈った方が良いということが書いてあったそうです」

 はい!言えました!!
 途中で噛むこともなく、しっかりと。

「それでですね、これは私からペルソナさんへ。こっちはジョーカーさん、こ!はブランシュさんにお渡しください。クラウンさんには、私が直接お渡ししますので」
「……あ、はい、なるほど分かりました。では、こちらはお預かりします。それと、私の分につきましては、確かに受け取りましたので」

 そう告げながら、恐らくは笑顔で丁寧にペルソナさんは頭を下げてくれました。

「それと~、あーしからは、これをブランシュに渡して欲しいし」

 横で見ていた柚月さんも、アイテムボックスから袋を取り出してペルソナさんに渡しています。
 ありゃ、しっかりとブランシュさん用に用意してあったじゃ無いですか。

「はい。こちらは柚月さんからブランシュさんへ、ですね。では確かにお預かりしましたので、明日にでもお届けに行ってまいります」
「よ、よろしく頼むし」

 真っ赤な顔でそっぽを向いている柚月さん。
 うんうん、しっかりと恋する乙女の表情ですよ。

「それでは、またのご利用をお待ちしています……チョコレート、ありがとうございました」
「はい」

 そのまま馬車に飛び乗ると、ペルソナさんはこの場から立ち去っていきます。

「よし、これでミッションコンプリートだし。朝食を食べたら出発するし」
「そうですね。でも、異世界ってこんな風習が……あれ?」

 ふと、先ほどペルソナさんから手渡された『来月の特集』というところに目がいきます。そこには、『happy White day」なる文字が書かれていますが、これはなんでしょうか?

「柚月さん、ホワイトデーとはなんですか?」
「バレンタインデーが女性から男性に告白するイベントで、ホワイトデーは、男性が女性に返事を返すイベントだし。まあ、バレンタインのお返しっていう意味の方が、今は強いかもしれないし。クリスっちには、あまり関係がないと思うけど、限定スイーツとかもあるから、それを取り寄せてパーティもできるし」
「あの、クリスティナさん? そのバレンタインデーとはなんなのかしら?」

 柚月さんの話を聞いていますと、ようやく認識阻害効果が切れたらしくボリマクールさんがやってきました。
 どうやら私たちの話に耳を傾けていたようで、儲け話に聞こえていたのかもしれません。

「まあ、それにつきましては朝食の後にでもゆっくりと」
「あら、そうなの? それじゃあ期待して待っているわね?」

 はてさて、ボリマクールさんのことですから、話を聞いただけで引き下がるとは思えません。
 これは、商人として気を引き締め直す必要があるかも知れませんね。
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