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第4章・北方諸国漫遊と、契約の精霊と

第176話・急がば回れ、急いては事を仕損じるそうですよ。

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 タイタン族の秘宝、魔導剣レーヴァテイン。

 初代勇者が魔王との苛烈な戦いがあった時代、レーヴァテインは戦禍の中で失われてしまいまして。
 それが発見されたのは、魔王国の国王が所持していたからという噂もありましたが、それは伝説やお伽話の中での話、実際に存在していたかどうかは不明でしたが。
 はい、あるそうです。
 それも、これから向かうヤージマ連邦王国王都で行われる、大武道会の副賞だそうです。
 それを教えてくれた元勇者のタクマ・ヨシザワもレーヴァテイン目当てで大会に参加するそうで、クリムゾンさんは居ても立っても居られないという感じ。
 それで、先を急ぐべきかどうか、私が判断することになりましたので、じっくりと一晩、考えてみました。

「では、朝食を摂る前に今後のフェイール商店の目標について、お話しします」

 柚月さんもノワールさんも、静かに頷いてくれました。
 でも、クリムゾンさんはまだかまだかと自分の体を揺さぶっています。

「明日の朝、この街を出発して王都へ向かいます。まずは、大武道会の副賞が本物のレーヴァテインであるかどうかを確認し、それが本物であった場合、速やかにクリムゾンさんへの返還を要求したいのですが……まあ、おそらくは無理でしょうから、クリムゾンさんには大会に参加し、実力で勝ち取ってきてください」

──パン!!
 私の話を聞いて、クリムゾンさんが力一杯、膝を叩いています。

「よし、大会に参加し、優勝すれば良いのじゃな!!」
「ええ、まあ、そうなんですけれど。今から飛び入り参加できるかどうか、それも確認しないといけません。それでですね、私はこのあと、商業ギルドに向かって今日一杯でバザールの契約を終わらせることを説明してきます。あとはまあ、夕方までは店を開いて明日の朝にでも街を出ましょう」
「それでしたら、エセリアルモードでの移動を推奨しますわ。ここまではクリスティナさまがのんびりと旅を楽しみたいということで、普通に走ってきましたけれど。ここからは兎に角急いで、大武道会に参加する方向で行動するのがよろしいかと」

 ノワールさんのアイデアに私も賛成。
 もしも本物だったとしても、大武道会に参加できなかったら終わりです。

「ちなみに、あーしとクリスっちは、大会の間は何をしているし?」 
「私はほら、雪解けを待たなくては精霊の祠まで向かえませんから。それまでは、どこか空き店舗を借りようかなと思っていますよ? 旅商人が期間限定で場所を借りるのはよくあることですから」
「そんじゃ、あーしもお店を手伝うし。そもそも、大武道会なんてあーしは興味がないから、クリムっちの応援だけをするし。試合がない時は、お店の手伝いでもするし」
「はい、ありがとうございます」

 これで話し合いは完了です。
 そしてのんびりと朝食をとったあとは、柚月さんとクリムゾンさんは先にバザールに。私とノワールさんは商業ギルドへ向かい、今日一日でバザールを終わらせることを説明しました。
 はい、しっかりと説明しましたら、商業ギルドのサブマスターさんに呼び止められましたけど。

「フェイール商店の責任者の方ですね。少々、お時間をいただけますか?」
「はぁ、それはかまいませんが」
「では、こちらへどうぞ。あめり人が多いところでする話ではないのでね」

 そう告げてから、サブマスターさんが周囲をぐるりと見渡します。
 すると、こちらを見ていた商人たちもバツが悪そうに別の方向を見渡したりと、な~にか挙動が不審です。

………
……


「では、単刀直入に言いますが。今日一日で売れ残った粉末のスープは、うちで引き取りたいのだが」
「引き取りたいと申しますと? 仕入れということですか?」
「まあ、そう取ってもらって構いません。昨日の昼過ぎから、バザールで奇妙なスープを飲んだという商人たちが次々とやって来ました。そして、フェイール商店の粉末状のスープの出所、つまり仕入れ先に心当たりはないかと尋ねてきたのですよ」

 商品の仕入れ先など、たいていの商人さんは人に教えることはありません。
 産地を始めとして職人、加工業者、それを卸している商人に至るまで、普通は秘匿するのが当たり前です。
 たまたま偶然、それを知り得た人同士が同じ商品を売るなんてことはありますし、大手の生産業者や加工ギルドがあちこちの商人に商品を下ろすのも良くあること。
 それでも、たいていの商品についての情報は商業ギルドでも把握しておりますし、それを許可なく他所に流す事もありません。
 まあ、商品によっては今回のように、直接取引を持ち掛けることもありますが。

「なるほど。それで、こちらのギルドでは取り扱っている生産者の情報がないため、商品として納品して欲しいということですか」
「そう取ってもらって構いません。まあ、アイテムボックスを所有しているようですが、さすがに限りある空間を圧迫するよりも、うちに卸して頂いた方が宜しいかなと。どうでしょうか?」
「……これは困りました」

 はい。
 本日はスープを販売する予定はないのです。
 今日は焼き鳥と、少し厚手の衣類の販売がメインなのです。
 なお、衣類はハーバリオス産のものでして、【型録通販のシャーリィ】の商品ではないのですよ。
 あ、アクセサリー関係は普通にありますから、本日はあちこちの旦那さまの悲鳴が聞こえてくるかもしれませんけれど。

「何かお困りで?」
「いえ、スープの在庫は、私どもが個人消費する分しかないのでして。本日は、衣類およびアクセサリー、あとは焼き鳥などを販売する予定でしたので」
「焼き鳥? まあ、この町でも良く見る、普通の食べ物ですね。この時期は食用となる雪雁
スノーグース
がやってくるから、街の食堂でも食べられますが?」
「ほほう、では、こちらをどうぞ。試食用ですが、食べてみてください」

──シュン
 バナバの葉に載せられた、出来立てのの焼き鳥。
 味付けは塩胡椒と、醤油タレの二種類。
 モモ肉、手羽先、砂肝、ハツなどなど、柚月さんに教えてもらったものを一通り並べてみました。

「ほう、串に刺してあって食べやすそうですね。では、失礼します」

──ハムッ……。
 はい、一口食べた瞬間に、サブマスターがフリーズ状態。
 ゆっくりとこちらを見てから、一本丸々食べ終えますと、ハーブティーを一口飲んでから次の串へ。
 それをどんどんと進めてから、最後のひと串を食べ終えて一言。

「このタレと塩胡椒、これは納品可能で?」
「残念ながら、商品として売ることはありません。まあ、食べた人が創意工夫で作る分には宜しいのでは?」
「そうですか。しかし、この塩胡椒、特に胡椒はどの国でも品不足でして。そもそも、これら香辛料の生産地は南方、それも海の向こうとかにしかない希少なもの。わが国が手に入れられるとすれば、禁忌ではありますが魔王国原産のものしか無理でしょうなぁ」

 ええ、確かに魔王国では香辛料は豊富に作られています。
 でも、それは国外への持ち出しはかなり制限されています。
 運良く手に入れた人が自国で栽培しようとしたところ、やはり土が合わないのか水が合わないのか、食用として販売する量には遥かに足りないのです。
 質もあまりよろしくないのですが、やはり貴重品には変わりなく。
 それでも欲しいという人が大金を叩いて買い占めるぐらいです。

「そうですね。まあ当フェイール商店はそれなりのツテを持っていますので。でも、こちらに卸すほどの量はありませんので」
「そうですか。それは残念です。では、本日が最後ということですが、事故や揉め事などないように、よろしくお願いします」
「はい、ありがとうございます」

 これてわ話し合いは終了。
 無理強いされることもなく話し合いは終わりましたので、あとは急いでバザールへと向かうだけ。
 まあ、柚月さんのアイテムボックスに焼き鳥などの商品を渡してありますので、準備は終わっているかと思います。

「この街の近くがスノーグースの繁殖地なのは知りませんでした。それなら、焼き鳥はそれほど売れませんよね?」
「はぁ、クリスティナさまは甘いです。食材的には珍しくないかもしれませんが、味付けは他国にもあまりない珍しいものですよ。それも、炭火で焼くだなんて、そんな贅沢な料理はあまりありませんよ」
「炭焼きギルドはありますけど……まあ、確かに飲食店で炭を使うのは殆ど聞きませんからね、」

 木材から木炭を作り販売するのが炭焼きギルドです。
 間伐した木材などを炭にして売っているのですが、主な使い道は鍛治作業などに用いる燃料として使われるのが大半。それもかなり高額なため、魔法炉に配る燃料であったりすることが多いそうです。

 そして料理には使いません。

 竃には薪、これが当たり前。
 だから、緒方さんが焼き鳥を焼くために私が炭を仕入れた時、どれだけ驚いたことかお分かりですか。
 そんな貴重な炭をふんだんに使った焼き鳥。
 未知の調味料による味付け。
 あ、考えれば考えるほど、危険度が増してきました。

 そしてバザールに辿り着いた頃には、やっぱりフェイール商店の前には、大勢の列が出来上がっていました……。

「あ、く、クリスっち、ヘルプミーだし!!」
「お待たせしました。私は販売に回ります、ノワールさんは柚月さんと交代で焼き台をおねがします」
「かしこまりました!」

 さあ、キヌガッサ王国での最終日、フェイール商店は全員一丸となって売りまくりますよ~。
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