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第4章・北方諸国漫遊と、契約の精霊と

第168話・肉肉しい? 高級品ですから!

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 フォートレス・タートルに動いてもらうための条件である、生肉の調達。

 それをフェイール商店で用意できるようになりましたが、残念なことに私一人でこれだけの予算を用意するにはかなり厳しいのです。
 いえ、不可能ではないのですよ?
 ただ、私だけが通行料のようにお肉を買ってしまうのも、何か釈然としませんので。

 ということで、超隊商エクソダスの責任者であるオットーさんに話を持ち込みましたところ、超隊商エクソダスの登録商会やフリーで活動している商店の皆さんが猛反対。
 そんな高価な肉は存在しない、あるはずがないということになりましたので、急遽、フェイール商店名物の『試食会』が始まりました。

 正式な試食会はオーウェンの自宅で行ったぐらいで、普段の露店では商品サンプルをいくつか用意しているだけです。
 でも、今回はそれとは違います。

「という事ですので、本日の試食会の調理担当は、こちらの柚月さん。アシスタントはこの私、クリスティナ・フェイールが行います」
「ではまず最初に、この業務用の炭焼き台に炭を入れて、魔法の『着火ファイヤ』で火を付けます。そして風魔法で微風を起こして炭にしっかりと火がつくのを確認してください。クリスっちの準備は?」

 はいはーい。
 柚月さんが火を起こしている間に、わたしはサーロインステーキを小さく四角い形にカットしました。柚月さんの世界では、サイコロステーキというものに該当するらしく、本来なら焼き上がったものを賽の目状にカットするそうです。
 なお、私はサイコロについてはそれほど詳しくなくてですね。
 以前購入したボードゲームについてきた小さく四角いものや、キャラメルという子供向けのお菓子の箱がサイコロという名前だよと柚月さんに教わりました。

「はい、サイコロステーキの準備はできましたよ」
「それじゃあ、それを串に刺してほしいし。肉、野菜、肉、野菜、肉の順番で串に刺してから渡してほしいし」

 では、そのように準備をしていますと、商人さんたちはテーブルの傍に置いてあるサーロインステーキだけではなく、横に並べられているローストポークやハム、ベーコンにも興味津々のようです。

「な、なんだあの肉は。まるでドラゴンの肉のように艶々としているではないか」
「あの肉の中に入っている白いものはスジなのか? もしもそうなら固くて食べられないぞ?」
「それよりも、この燻製肉はなんなのだ? 旅などの常備食である燻製肉とは違うぞ?」

 そんな声が聞こえてきますが、勝手に手を出すような商人はいません。
 ええ、商品としての説明をしているのですし、何よりもこれは食材です。
 お金も払わないで勝手なことはしませんよね。

「それじゃあ焼く前に先に胡椒を振るし。そして15分ほど寝かせてから、塩をサッと振ってから焼くだけだし」

 パパパッと手つき良くお肉を焼き始める柚月さん。
 その間に、私はハムとベーコン、ローストポークを薄く切って皿に並べます。
 こちらはフォートレスタートルさんが食べるかどうかわかりませんけれど、参考までにということで試食用にスライスしました。

──ジュゥゥヴゥゥ
 やがてお肉と野菜が焼ける芳ばしい香りが広がってきます。
 お肉から溢れる肉汁が熱々の様にこぼれ落ち、ジュッという音とともに煙を上げました。
 これです、この音と香りが食欲をそそるのですよ。

「お、なんだなんだ? 随分と良い匂いがしてくるじゃないか?」
「お嬢ちゃん、こんなところで食い物の露店か? それは売り物なのか?」

 ふと気がつきますと。
 この匂いに惹かれるように冒険者さんや他の商隊の方々も集まってきます。

「いえ、本日は売り物ではないのですよ。これは、この先にいるフォートレスタートルさんに食べさせる肉の価値を調べるために、こうして試食の準備をしているのです」
「試食? つまりは無料なのか?」
「まあ、そうですけど今回はこちらの……超隊商エクソダスの関係者の方々が対象なので、誠に申し訳ございません」

 頭を下げて説明します。
 でも、周りに集まってきた人たちは離れる素振りも見せません。
 やがて全てのサイコロステーキが焼き上がりますと、いよいよ実食です。
 近くに簡易テーブルを並べ、ワインをコップに注いで待っている商人さんのもとへと運びます。

「さぁ、これが異世界のサーロインステーキをカットした『牛串』だし。味付けは肉の味を損なわないように、最低限の塩胡椒のみだし!」
「こちらは参考ようにスライスしたハムとベーコン、ローストポークです。数に限りがありますので、独り占めとかしないでください。それと、もしもこれで納得していただけたなら、フォートレスタートルさんの移動のために必要な生肉の資金提供をよろしくお願いします」

 淡々と説明してから頭を下げます。
 すると、その中でも特に偉そうな商人が、私の方をチラリと見て。

契約の精霊エンゲージの名において、この肉が我々の満足できる、価値のあるものだと証明されたなら資金提供はしよう。ここから戻るとなると損失は莫大なものになるし、僅かの資金援助で先に進めるというのなら、我々としても素直に協力しよう、なあ、そうだろう?」

 その言葉に、周囲の商人さんたちも頷いています。
 
「では、ドゥーエ商会の責任者であるオットー・シャリバリアンが見届け人となります。それでは、試食をどうぞ」

 そう自己紹介してから、商人さんたちが一斉に牛串やハムなどに手を伸ばします。
 そして一口食べて……止まりましたが。
 口の中に肉が入ったまま、お互いの顔を見合わせている商人もいれば、冒険者の方に見せびらかすように食べている商人もいます。
 そしてオットーさんは。

──モグモグ
 串ひとつ、ハムを少しだけ食べてから、いきなり私の目の前に金貨を積みましたよ?

「ドゥーエ商会からは金貨を10枚積む。その代わり、ヤージマ連邦に到着してからで構わないから、商会にこの肉を卸して欲しい」
「わ、わたしは5枚出します。肉とハム?というものを私たちにも売って欲しい」
「クッ……う、うちは3枚が限界だが。国に戻ったらすぐにでも買い付けを頼みたい、どうだ?」

 次々とテーブルの上に金貨が積み上げられました。
 そして、積んだ以上は遠慮なく食べるぞと言わんばかりに、両手に串を持って食べ始める商人さんもいらっしゃいますよ。

「あ、あの、王国についてからの取引については、商業ギルドを通してください。そこでの取引なら受けますけれど、商会相手に大量に卸すことはしません。あくまでも個人消費のレベルでお願いします」

 ここは譲れません。
 すると、わたしの説明でやむを得ず納得したのか、それで構わないという言葉を頂きました。

「それで、100キロの肉はどうやって持ってくる?」
「馬車の中にありますけれど、少し足りないので明日まで待ってください。それと、フォートレスタートルさんに、生肉ではなくハムではどうかと聞いてみたいと思いましたので、冒険者さんに護衛をお願いしたいのですけど」
「それは構わないよ。誰か、フェイールさんの護衛についていってくれるか? 報酬としてそこにある牛串も付けるぞ?」

 オットーさんがそんなことを言うので、次々と護衛希望者が現れました。
 結局、四人の方にお願いして、先日伺ったフォートレスタートルさんの頭のところまで向かうことにしました。

………
……


「はぁ、やっぱり加工品はダメですか」

 フォートレスタートルさんにハムなどの試食をお願いしましたけれど。
 残念なことに、加工品ではエネルギーの供給が出来ないそうです。
 ただ、味は最高に良いので少し食べたいと言うので、お裾分けをしてから私たちは街道まで戻ります。

「それでも、味付けについてはフォートレスタートルも満足の逸品っていうことがわかっただけでも良かったし。あとは急いで戻って発注するし」
「そうですね……今からなら時間的にも」

 時計を見て、今の時間を確認。
 はい、まだ午前中なので、ちょっとだけ冒険者の皆さんには後ろを向いてもらい、ささっと発注書を書いて魔力を込めます。
 すると発注書がフワッと浮かんでから消滅したので、無事に発注は完了です。

「はい、それでは急いで戻りましょう。あと、護衛の皆さんにはこちらをお持ちになってください。ほんのお礼ですので」

 アイテムボックスから包装紙ハムのブロックを取り出して渡します。
 あらかじめアイテムボックスの中でビニールとかの包装は外し、さらに乗せた状態でお渡ししました。

「え? こ、これってさっきのやつか?」
「商人たちが金貨を積み上げた奴だろ?」
「いえ、これはひとつで銀貨2枚程度ですよ。高いのは牛串のお肉です。あの串ひとつで銀貨30枚ぐらいかな?」
「「「げっ!!」」」

 いや、そこまで驚かなくても。
 と思いましたけど、冒険者さんたちの宿代とかを考えると、串ひとつで10日は過ごせるかもしれませんからね。

「はわわわわ……お、俺たちはとんでもないものを食べようとしていたのか」
「いや待て、この燻製肉だって安宿なら一泊分だぞ?」
「これをあの商人に売り飛ばしたら……いや待て、そんなことをしたら二度とこれは食べられなくなる」
「ニシシ。葛藤しているようだし」

 まあ、頭を悩ませるのは構いませんけれど、護衛はしっかりとお願いしますね。
 さて、これでようやく先に進めそうですよ。
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