型録通販から始まる、追放令嬢のスローライフ

呑兵衛和尚

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第3章・神と精霊と、契約者と

第138話・【閑話】帰省したルカと、巡る因果

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 異世界にやって来て、初めての帰省。

 いや、なんかこの表現はおかしいと柚月は考えつつも、目の前で紀伊國屋たちが旅行券を発動して消えていくのを見て、少しだけ安堵する。
 この世界に来て、わからないことばかりの毎日だった。
 いきなり国王に命じられるままに修行の日々を過ごし、そして魔族から聖地を奪還するようにと言われ、初の遠征。
 
 そして討伐し損ねた魔族の呪詛により、一時期は命の危機まであったという。

 でも、この世界で知り合いとなり友達になったクリスティナ・フェイール、そして柚月の呪いを解呪してくれた杉田玄白との出会い。
 それ以外にも、大勢の人々に助けられ、励まされ、今日まで頑張って生きていた。

「クリスっち、それじゃあ、行ってくるし~♪」
「はい、お気をつけて」

 ニシシと笑いながら、渡された旅行券に魔力を込める。
 すると、柚月の体は異世界へと転移するための術式に包まれ、その場から消滅した。

………
……

 
──白い空間
 地面も空も白い世界。
 ここは、柚月が異世界に召喚される時に、女神によって呼び込まれた場所。
 そして以前柚月が来た時と同じように、彼女の目の前には彩りとりのマーブル模様に包まれたテーブルと椅子、そしてティーセットが並べられている。

「あら? まだ魔力が溜まっていないはずだけど? どうやってここに来たのかしら?」

 紅茶を嗜みつつ、静かに本を読んでいた女神が、突然姿を現した柚月に話しかける。すると彼女は手にした旅行券を女神に見せる。

「型録通販のシャーリィで、旅行券を購入したし。これがあれば、時空の理にも干渉されないし」
「あら、シャーリィの加護ね。それなら仕方がないわ……それで、あなたは帰るのかしら?」
「一時帰省だし。そもそもこれは往復券なので、時間が来たら強制的に異世界に戻されるし」
「まあ、そういうルールだからね。それで、どの時間・・・・帰るの?」

 そう問いかけられると、柚月はアイテムボックスから手帳を取り出して、自分が召喚された日付を確認する。

「ええっと、20xx年の4月17日だし。ちなみに、いま、この時点での同一並行時間軸に帰ったらいつだし?」
「それは聞かない方がいいわよ。この神界からみたら、全ての時間なんてあってないようなことですからね。そもそも時間の流れが違う世界なのですから」
「ふむふむ。まあ、その辺りの法則性は面倒だからパスするし。ちなみに他のみんなはもう帰ったし?」
「ええ。皆さん召喚された時間に帰って行きましたよ。織田さんだけは、もう少し過去に戻りたいって話してきましたけれど、シャーリィの加護ではそこまでの過去干渉は認められていませんから」

 そういうものなのかと柚月は納得して、女神の前の椅子に座る。
 
「それで、あーしの帰る時間はいつ?」
「いま、時の精霊マクスウェルが調整しているわよ。貴方の姿が消えた時間に帰るようにね。まさか、半年以上も行方不明になりたくはないでしょう?」
「半年……あ~、あっちで過ごした時間と同じだけ進むってこと? それはおばぁたちに怒られるからパスだし」
「それが良いわよ。人間は、過去にも未来にもおかしな干渉してはいけない。生きるべき時間軸で生きる、たかが100年足らずの命なのですからね」
「あーしは別に、そんなのどうでも良いし……」

 そう呟いている柚月の姿が、まるで水の中に溶けたインクのように滲み始める。

「あら、時間ね」
「にしし。それじゃあ、あーしはもう行くし」
「いってらっしゃい……なのかな? おばあさまにもよろしく伝えてね」
「大丈夫だし。お土産話もいっぱいあるし、おばぁの子孫にも逢えたことを教えたら、多分びっくりするだろうし」

 そんな言葉を話しつつ、柚月の意識は静かに消えていく。
 そして目が覚めると、柚月は丘の上に立っていた。

 昔からよく見ていた光景。
 かつては観光地として海外資本に買収された小さな島。
 柚月の母方の実家のある場所。
 その丘の上で、柚月は夕陽を眺めている。

「スマホ……と、ありゃ? 半日ずれているし」

 慌ててスマホをポケットにしまい込むと、柚月は大急ぎで丘を駆け降りていった。
 

 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


──とある島の古い屋敷
 そこは柚月の曾祖母の実家。
 病弱な曾祖母のお見舞いのために、親戚一同が集まっている。
 もう長くはない、そう医者からも伝えられてきた。
 それならば、最後は病院ではなく故郷の地でという曾祖母の願いで、彼女は故郷に帰ってきた。

「ただいま~」
「あら、ルカ……どこに行っていたのよ?」
「んと、異世界」
「はぁ? そんな馬鹿なことは良いから、早くおばあちゃんのとこにいってきなさい」
「わかったし」

 大急ぎでルカは曾祖母の部屋へと向かう。
 すると、今日は調子が良かったのか、部屋の窓を開けっ放しにして、ベッドを起こして外を眺めていた。

「おや、ルカかい……いつ帰ってきたんだい?」
「さっきかな。それで。今日は調子がいいの?」
「悪くはないわね……」

 眼鏡を外しながら、遠くを眺めている曾祖母。
 するとルカはアイテムボックスから小瓶を取り出して、曾祖母に手渡す。

「これを飲むと元気になれるし。杉田玄白の保証つきだし」
「杉田玄白? またおかしな事を……」

 そう笑いながら呟く曾祖母。
 そして手渡された小瓶を眺めて、小さく頷いた。

「そう……なのね。ルカ、貴方もあの世界に行ってきたのね」
「よく分からないけど、昔からおばぁが話してくれた物語の世界は、本当にあったし」
「そうね、そうよね……霊薬エリクシール……どんな病も癒す薬。でもね、この薬でも、寿命は伸ばすことはできないのよ?」
「でも、今の病気は治せるし……あーしが聖女だったり賢者なら、おばあを癒すこともできたけど……あーしは、おばぁと同じ大賢者にはなれなかったし。でも、あーしは大魔導師になったし」

 涙を堪えながら、ルカがそう呟く。
 すると、曾祖母は小瓶の口を開き、全てを飲み干した。
 
「……うん、本物ね。どうやら病気は癒やされたみたい。体も軽くなったし呼吸も落ち着いたわ……」
「また必要なら、いくらでも貰ってくるし。あーしの知り合いにはユニコーンのブランシュもいるし、玄白ちゃんも探してこれるし」
「……そう、ブランシュとも会ったのね……彼は元気だった?」
「今はクリスティナ・フェイールっていう、あーしの大切なお友達の護衛をしていたし。おばぁの話に出てきた、エセリアルナイトの護衛が3人もついている凄い友達だし……」
「へぇ。その子も、勇者の血筋なのね」
「初代勇者パーティの大賢者、カナン・アーレストの血筋だって話していたし。でも、カナン・アーレストや勇者たちは、世界を救ったら元の世界に帰ったから……血筋じゃないし」

 その問いかけに、曾祖母は頭を振る。

「いいえ、アーレスト家の血筋はしっかりと残っているわよ」
「……意味が分からないし」
「そうね、今は分からなくていいかも。でもきっと、いつかわかる日が来ると思うから……はぁ。少し話し疲れたみたい……少し休ませてね……」

 そう告げて、曾祖母はベットに体を横たえる。

「おばぁ……あ、ガチ寝したし」

 スヤスヤと寝息を立てる曾祖母を確認したら、ルカは居間へと戻っていく。
 そしておばぁが元気になった事を伝えると、のんびりと、本当に久しぶりの実家のご飯を堪能することにした。
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