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第3章・神と精霊と、契約者と
第127話・貴族の役割と、焼き捨てられた綿花畑
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商業ギルドを通じて、サライ伯爵からのお呼び出しが掛かりました。
これは貴族が商人を自宅に呼び出して無理難題を押し付けるパターンではなく、正式にギルドを通しての依頼ということです。
つまり、ここ最近の貴族の無理難題ではなく、私が扱っている商品についての話だと予想できます。
「でも、この年末の忙しいタイミングでの呼び出しとはまた、何があったのでしょうか?」
露店での品出しを行いつつ、年末の貴族の生活風習を思い出します。
まずは自領での巡視から始まり、各ギルドでの聞き取り。
何か不具合があった場合の対応と、税収についての帳簿確認……。
まあ、帳簿についてはそれぞれの貴族の方が雇っている『会計士』という方が担当として行いますから、これは問題はありません。
そうなりますと、巡視で何かあったのでしょうか?
でも、商人に頼らなくてはならないほどのこととなりますと、孤児院などへの炊き出しや寄付、あとは仕事の斡旋など。
年末の忙しい時期限定の荷物の搬入や運搬作業に人を雇うことはありますが、それはアイテムボックス保有の【加護持ち商人】には当てはまりません。
そうなりますと、何か問題が発生したのでしょうか?
街道に出没する盗賊も、年末は大忙しですから。
王都へ行き来する隊商を襲撃して積み荷を強奪したり、同行している貴族を攫って身代金を請求したり……。
でも、それは商人に相談することではありませんよね?
どちらかと言うと自警団や王都から派遣されている領地勤務騎士団、もしくは冒険者の仕事ですから。
「ん~。あーしには、いまひとつ分からないことだし。ケイトさんは何か予想できそう?」
「そうですね……ひょっとしたら、秋に起こったあの事件のことかもしれません」
「「事件?」」
秋に起こったとなりますと、私はハーバリオスではなくパルフェノンやヘスティア王国にいた時期に重なるかもしれません。
そうなりますと、ケイトさんの話している事件など予想もつきません。
「ええ。メメント大森林にある『ラナウン男爵領』はご存知ですよね? このサライ伯爵の寄子にあたる方ですけれど」
「サライ伯爵の三女の方が嫁いだ先ですよね? メメント大森林の中でもかなり過酷な地ですけれど、その特産品故に大勢の人々が移住して働いている場所でしたね。そこが何か?」
「実はですね。勇者様が聖地の防衛戦を行なっていた際、一部魔族が勇者様や騎士団を分散するために、領地内の畑に火を放ったのですよ」
ちなみにラナウン男爵領は、毛織物の一大産地。
メリメリ羊という、羊毛をふんだんに取れる家畜と巨大な綿花畑が広がっていることで有名でして。
そのメリメリ羊も元は魔獣だったものを品種改良したそうで。
そんな場所に火を放つですって!!
魔族、正気ですか?
「そ、それでどうなったのですか?」
「水系魔術師により火災は鎮火しましたけど、栽培中の綿花は全滅。しかも放牧していたメリメリ羊は火を恐れて森の中へ逃走してしまったらしく。後日、森を調査に向かった冒険者によりどうにか戻ってきたメリメリ羊はいたそうですが、元の数の1/10に減ってしまったそうで」
「ラナウン男爵はサライ伯爵を通じてこの件の解決策を貴族院に委任、今年度及び来年度の税率の変更と、メリメリ羊の購入資金の補償などが決定したそうです。でも、そのため年末の貴族の嗜みについては、かなり難しくなったとか」
「そ、それですよ!! その貴族の嗜みが問題なのです」
貴族の嗜み。
それは、新しい年を迎えるために、貴族は所有してある衣服や寝具などを交換するのです。
新しい年は新しい着衣で、新しい夜は新しい寝具で迎える。
この風習がいつから始まったのかは定かではありませんが、年末には裁縫師や衣料品店、織物師が忙しくなります。
あと中古衣類や寝具を買い取る『布問屋』や服飾関係商会なども、年に一度の書き入れ時なのですが。
その衣類を作るための布も、布団の中の羊毛や綿もないのです。
「……ということなのですよ、柚月さん」
「ははぁ。それでクリスっち飲み所に在庫がないか、確認したいのかもしれないし。ちなみに在庫は?」
「綿も反物も取り扱っていませんよ……はぁ、流石に専門店ではないのですから、素材での取り扱いはありませんし、行う予定もありません」
「そうだよね。でも、そう説明して納得してくれるか分からないし」
はぁ、予測は予測だけで、別の納品依頼なら良いのですけれど。
今からもう、不安しかありません。
………
……
…
──夕方、商業ギルド・応接間
普通の商人なら、個室を借りてそこで商売についての取引などを行います。
ですが、本日はサライ伯爵本人がギルドにやってきたので、ギルドマスターも立ち合いの元で話し合いが始まりました。
「さて、フェイール商店もご存知の通り、今年の秋に起こったラナウン男爵領での魔族の襲撃、それによる綿毛の栽培とメリメリ羊の逃走の件だが。その結果、布問屋などで綿と羊毛が不足しているという事態になった。もう今からでは間に合わないかもしれないが、今年の貴族の嗜みが例年のように行われなくなっている」
淡々と説明するサライ伯爵。
この年末は蓄えから市井にお金などを放出するために、古いものは寄付もしくは買取してもらい、新しいものに取り替えるという貴族の嗜みができなくなってしまったという。
それも、この南方サライ伯爵領だけでなく王都全体での綿と羊毛の流通量にもかなりの制限がかかってしまったらしく。
昼間話していた予測が的中してしまった為、頭を抱えたくなってきましたよ。
「なるほど、その時期は私どもは東方のパルフェノンに滞在していたので、そのような事件後あったことは初耳なのです」
「そ、そうなのですか……」
「はい。ですが、そのような事態があったのなら、隣国もしくは海の向こうの国家きら輸入することはできたはずでは?」
「それが、頼んではみたのですが、どうやらラナウン男爵領の件を何処かで聞き出したらしく、カマンベール王国の縫製ギルドからの連絡では、値段が来年の五倍以上。酷いところは十倍にまで吊り上げているのです」
すでに隣国にも打診していたのですか。
それで値段が釣り上げられてしまい、手も足も出ないと。
古い時代からの風習故に、今更中止ということにもできず、どうにか綿と羊毛を手に入れる必要があると。
「そこで、フェイール商店に無理は承知で頼みたい。どうにかして綿と羊毛を手に入れてきて欲しい。それも、三日以内に」
「……み、三日以内!!」
また、無茶を通り越して無茶苦茶ですよ。
「フェイール商店は、欲しい商品があれば翌日には準備できるという噂がある。それならば、余裕を持って三日で手に入れて欲しいのだが」
「……正直にお伝えします。当フェイール商店では素材関係の取り扱いはしていないのです。ですから、三日以内に素材である綿と羊毛を仕入れることは不可能です」
出来ることとできないこと。
この二つをしっかりと把握し、説明しないといけません。
確かにこの現状をどうにかできないかと言われたならば、出来ると言い切ることはできますよ。
でも、素材の仕入れは無理。
シャーリィの魔導書でも購入できるものは衣類。
お布団となりますと、あったかどうか不安です。
「そ、そうですか……」
「ちなみにですけれど、最低限必要な羊毛や綿などは、衣類で何着分とか毛布何枚分とかわかりますか? フェイール商店では、素材は取り扱っていませんけれど、製品としての衣類はかなり取り扱っています」
「……最低数か。それは、縫製ギルドに確認してみないことには分からないが。ギルドマスター、そこはすぐに確認できるか?」
「朝一番で確認させます。昼前には数値を出せるかと思いますが」
それならば、昼前すぐに発注すれば夕方の配達便で到着します。
「わかりました。明日の昼前、鐘10個にこちらに伺います。それでよろしいでしょうか? 全てを完璧に取り揃えることはできませんが、ある程度はご用意できるかと思います。流石に王都全体となると不可能ですけど」
「最低限なら、サライ伯爵領の寄子と隣接する伯爵領に回るだけの分は欲しい」
「前金になります。それは明日、数値を聞いてから引き受けるか引き受けないか確認してからですが、よろしいですか?」
私の問いかけに、サライ伯爵は胸に手を当てて頷いています。
貴族の礼儀、己の心に誓って。
それならば、私も全力を出させてもらいます。
「それでは、私も色々とツテを当たってみます。では、失礼します」
「ああ、よろしく頼む」
これで話し合いは完了。
部屋の奥で待っているクリムゾンさんと共に、宿へと戻ることにしましょう。
………
……
…
──とある場所、精霊の祠
七色の光が降り注ぐ庭園。
そこにある東屋で、精霊女王シャーリィはのんびりとティータイムを楽しんでいた。
その側では、ペストマスクを外したペルソナが佇んでおり、静かな時間の中で風景の一つのように溶け込んでいた。
──ガタガタガタッ
そんな静かな時間を、アルルカンは無人の野を歩み進むかのようにドカドカと音を立ててやって来る。
「母上、宮廷にいないと思ったら、こんなところにいましたか!!」
シャーリィを母上と呼ぶアルルカン。
するとシャーリィもため息をついてアルルカンの方を見る。
「此処では、静かにしてもらえませんか? 鳥達が貴方の覇気に当てられて飛び去っていったではありませんか」
「鳥……ああ、これは失礼。それよりも俺は決めましたよ!!」
半ば興奮しつつ拳を握りしめ、アルルカンはシャーリィに向かって話しかける。
「何を決めたというのですか?」
「俺の妻となる女性です……俺は、クリスティナ・フェイールを妻として迎え入れ、精霊界の王位を継承します。あの佇まい、冷静さ、そして美しさ……精霊の加護も持つ勇者の血筋、まさに王となる俺の妻に相応しいと思いませんか!!」
「ダメです!! 兄上はいつもそのような無茶なことを言います。彼女の気持ちは考えたのですか?」
いきなりのアルルカンの爆弾宣言に、ペルソナが自然体を解いてテーブルまで近寄り、アルルカンに向かって叫ぶ。
だが、アルルカンはペルソナの姿を見て、ニヤリと笑っていた。
「おお、そんなところにいたのか愚弟よ。彼女の気持ちもなにも、時期精霊王である俺の妻になるのだぞ、断るはずがあるまい」
「確認はしたのですか? そもそも彼女のことは……俺が……」
そこまで告げてから、ペルソナは口を閉ざす。
「ふん、臆病ものが。今の関係が気持ちいい、壊したくないという一心で、本心を伝えることすらできない臆病者に、彼女の夫となる資格などない。それに、今は気持ちが繋がっていなくとは、妻となり同じ時を生きるようになれば、いつかは俺に心を開く。母上、そうでしょう!!」
「いいえ、それは無いですわね」
アルルカンの言葉をあっさりと切り捨てるシャーリィ。
そしてアルルカンも、まさか否定されるなどとは思っていなかったらしく、呆然としてしまう。
「え、い、いや、俺は時期精霊王で」
「誰が貴方に精霊王を任せると言いましたか? 少しは世間を、人間の世界を見て学びなさいと謹慎中のペルソナの代わりに貴方を人間界へ向かわせたのですよ? 誰が、嫁を探してこいと言いましたか?」
「え。え、ええっと……一目惚れなのですが、ダメですか?」
シャーリィに否定されつつも、まだ諦めないアルルカン。
「ダメです。なお、貴方達が彼女を妻として迎えたいということには、私は反対しません。ですが、そのために自らの身分を告げたり、彼女の心を縛る魔術などを用いることは禁止します。男なら正々堂々と、己の心を賭けなさい」
キッパリと告げるシャーリィに、アルルカンとペルソナの二人もその場で背筋を伸ばしてしまう。
「はい」
「おう。母上の言う通りにします……が、悪いなペルソナ、おまえはここで謹慎処分中だから、俺の方が分がいいな」
「なお、今、この時間を持ってペルソナの謹慎を解きます。貴方は定期便及び夕方の配達につきなさい。クラウンはあと一ヶ月の実務、ジョーカーはヘスティア専属に復帰してもらいます。アルルカンは、ジョーカーの代わりに早朝便の配達に着くように」
淡々と告げるシャーリィに、アルルカンは口をパクパクとして何かを言いたげになる。
だが、それも無駄になるとわかったのか、頭を項垂れる。
「あ~あ~、わかりました、わかりましたよ、母上の言葉に従います……」
そう告げてから、アルルカンはその場を離れていく。
「さてと。ペルソナ、貴方はこの時間を持って人間界への移動を許します。ですが、次に同じような騒動を起こしたら、その時はどうなるかわかっていますわね?」
「かしこまりました。此度の母上の温情に感謝します……では、失礼します」
そう告げて踵を返そうとするが、シャーリィはそれを制した。
「お待ちなさい。どうせ今は暇なのでしょう? しばらくは私の元で給事なさい」
「はい」
先ほどの、アルルカンが姿を現すまでの無機質のようなペルソナの顔が、今は柔らかい、いつもの優しい笑顔に戻っていた。
これは貴族が商人を自宅に呼び出して無理難題を押し付けるパターンではなく、正式にギルドを通しての依頼ということです。
つまり、ここ最近の貴族の無理難題ではなく、私が扱っている商品についての話だと予想できます。
「でも、この年末の忙しいタイミングでの呼び出しとはまた、何があったのでしょうか?」
露店での品出しを行いつつ、年末の貴族の生活風習を思い出します。
まずは自領での巡視から始まり、各ギルドでの聞き取り。
何か不具合があった場合の対応と、税収についての帳簿確認……。
まあ、帳簿についてはそれぞれの貴族の方が雇っている『会計士』という方が担当として行いますから、これは問題はありません。
そうなりますと、巡視で何かあったのでしょうか?
でも、商人に頼らなくてはならないほどのこととなりますと、孤児院などへの炊き出しや寄付、あとは仕事の斡旋など。
年末の忙しい時期限定の荷物の搬入や運搬作業に人を雇うことはありますが、それはアイテムボックス保有の【加護持ち商人】には当てはまりません。
そうなりますと、何か問題が発生したのでしょうか?
街道に出没する盗賊も、年末は大忙しですから。
王都へ行き来する隊商を襲撃して積み荷を強奪したり、同行している貴族を攫って身代金を請求したり……。
でも、それは商人に相談することではありませんよね?
どちらかと言うと自警団や王都から派遣されている領地勤務騎士団、もしくは冒険者の仕事ですから。
「ん~。あーしには、いまひとつ分からないことだし。ケイトさんは何か予想できそう?」
「そうですね……ひょっとしたら、秋に起こったあの事件のことかもしれません」
「「事件?」」
秋に起こったとなりますと、私はハーバリオスではなくパルフェノンやヘスティア王国にいた時期に重なるかもしれません。
そうなりますと、ケイトさんの話している事件など予想もつきません。
「ええ。メメント大森林にある『ラナウン男爵領』はご存知ですよね? このサライ伯爵の寄子にあたる方ですけれど」
「サライ伯爵の三女の方が嫁いだ先ですよね? メメント大森林の中でもかなり過酷な地ですけれど、その特産品故に大勢の人々が移住して働いている場所でしたね。そこが何か?」
「実はですね。勇者様が聖地の防衛戦を行なっていた際、一部魔族が勇者様や騎士団を分散するために、領地内の畑に火を放ったのですよ」
ちなみにラナウン男爵領は、毛織物の一大産地。
メリメリ羊という、羊毛をふんだんに取れる家畜と巨大な綿花畑が広がっていることで有名でして。
そのメリメリ羊も元は魔獣だったものを品種改良したそうで。
そんな場所に火を放つですって!!
魔族、正気ですか?
「そ、それでどうなったのですか?」
「水系魔術師により火災は鎮火しましたけど、栽培中の綿花は全滅。しかも放牧していたメリメリ羊は火を恐れて森の中へ逃走してしまったらしく。後日、森を調査に向かった冒険者によりどうにか戻ってきたメリメリ羊はいたそうですが、元の数の1/10に減ってしまったそうで」
「ラナウン男爵はサライ伯爵を通じてこの件の解決策を貴族院に委任、今年度及び来年度の税率の変更と、メリメリ羊の購入資金の補償などが決定したそうです。でも、そのため年末の貴族の嗜みについては、かなり難しくなったとか」
「そ、それですよ!! その貴族の嗜みが問題なのです」
貴族の嗜み。
それは、新しい年を迎えるために、貴族は所有してある衣服や寝具などを交換するのです。
新しい年は新しい着衣で、新しい夜は新しい寝具で迎える。
この風習がいつから始まったのかは定かではありませんが、年末には裁縫師や衣料品店、織物師が忙しくなります。
あと中古衣類や寝具を買い取る『布問屋』や服飾関係商会なども、年に一度の書き入れ時なのですが。
その衣類を作るための布も、布団の中の羊毛や綿もないのです。
「……ということなのですよ、柚月さん」
「ははぁ。それでクリスっち飲み所に在庫がないか、確認したいのかもしれないし。ちなみに在庫は?」
「綿も反物も取り扱っていませんよ……はぁ、流石に専門店ではないのですから、素材での取り扱いはありませんし、行う予定もありません」
「そうだよね。でも、そう説明して納得してくれるか分からないし」
はぁ、予測は予測だけで、別の納品依頼なら良いのですけれど。
今からもう、不安しかありません。
………
……
…
──夕方、商業ギルド・応接間
普通の商人なら、個室を借りてそこで商売についての取引などを行います。
ですが、本日はサライ伯爵本人がギルドにやってきたので、ギルドマスターも立ち合いの元で話し合いが始まりました。
「さて、フェイール商店もご存知の通り、今年の秋に起こったラナウン男爵領での魔族の襲撃、それによる綿毛の栽培とメリメリ羊の逃走の件だが。その結果、布問屋などで綿と羊毛が不足しているという事態になった。もう今からでは間に合わないかもしれないが、今年の貴族の嗜みが例年のように行われなくなっている」
淡々と説明するサライ伯爵。
この年末は蓄えから市井にお金などを放出するために、古いものは寄付もしくは買取してもらい、新しいものに取り替えるという貴族の嗜みができなくなってしまったという。
それも、この南方サライ伯爵領だけでなく王都全体での綿と羊毛の流通量にもかなりの制限がかかってしまったらしく。
昼間話していた予測が的中してしまった為、頭を抱えたくなってきましたよ。
「なるほど、その時期は私どもは東方のパルフェノンに滞在していたので、そのような事件後あったことは初耳なのです」
「そ、そうなのですか……」
「はい。ですが、そのような事態があったのなら、隣国もしくは海の向こうの国家きら輸入することはできたはずでは?」
「それが、頼んではみたのですが、どうやらラナウン男爵領の件を何処かで聞き出したらしく、カマンベール王国の縫製ギルドからの連絡では、値段が来年の五倍以上。酷いところは十倍にまで吊り上げているのです」
すでに隣国にも打診していたのですか。
それで値段が釣り上げられてしまい、手も足も出ないと。
古い時代からの風習故に、今更中止ということにもできず、どうにか綿と羊毛を手に入れる必要があると。
「そこで、フェイール商店に無理は承知で頼みたい。どうにかして綿と羊毛を手に入れてきて欲しい。それも、三日以内に」
「……み、三日以内!!」
また、無茶を通り越して無茶苦茶ですよ。
「フェイール商店は、欲しい商品があれば翌日には準備できるという噂がある。それならば、余裕を持って三日で手に入れて欲しいのだが」
「……正直にお伝えします。当フェイール商店では素材関係の取り扱いはしていないのです。ですから、三日以内に素材である綿と羊毛を仕入れることは不可能です」
出来ることとできないこと。
この二つをしっかりと把握し、説明しないといけません。
確かにこの現状をどうにかできないかと言われたならば、出来ると言い切ることはできますよ。
でも、素材の仕入れは無理。
シャーリィの魔導書でも購入できるものは衣類。
お布団となりますと、あったかどうか不安です。
「そ、そうですか……」
「ちなみにですけれど、最低限必要な羊毛や綿などは、衣類で何着分とか毛布何枚分とかわかりますか? フェイール商店では、素材は取り扱っていませんけれど、製品としての衣類はかなり取り扱っています」
「……最低数か。それは、縫製ギルドに確認してみないことには分からないが。ギルドマスター、そこはすぐに確認できるか?」
「朝一番で確認させます。昼前には数値を出せるかと思いますが」
それならば、昼前すぐに発注すれば夕方の配達便で到着します。
「わかりました。明日の昼前、鐘10個にこちらに伺います。それでよろしいでしょうか? 全てを完璧に取り揃えることはできませんが、ある程度はご用意できるかと思います。流石に王都全体となると不可能ですけど」
「最低限なら、サライ伯爵領の寄子と隣接する伯爵領に回るだけの分は欲しい」
「前金になります。それは明日、数値を聞いてから引き受けるか引き受けないか確認してからですが、よろしいですか?」
私の問いかけに、サライ伯爵は胸に手を当てて頷いています。
貴族の礼儀、己の心に誓って。
それならば、私も全力を出させてもらいます。
「それでは、私も色々とツテを当たってみます。では、失礼します」
「ああ、よろしく頼む」
これで話し合いは完了。
部屋の奥で待っているクリムゾンさんと共に、宿へと戻ることにしましょう。
………
……
…
──とある場所、精霊の祠
七色の光が降り注ぐ庭園。
そこにある東屋で、精霊女王シャーリィはのんびりとティータイムを楽しんでいた。
その側では、ペストマスクを外したペルソナが佇んでおり、静かな時間の中で風景の一つのように溶け込んでいた。
──ガタガタガタッ
そんな静かな時間を、アルルカンは無人の野を歩み進むかのようにドカドカと音を立ててやって来る。
「母上、宮廷にいないと思ったら、こんなところにいましたか!!」
シャーリィを母上と呼ぶアルルカン。
するとシャーリィもため息をついてアルルカンの方を見る。
「此処では、静かにしてもらえませんか? 鳥達が貴方の覇気に当てられて飛び去っていったではありませんか」
「鳥……ああ、これは失礼。それよりも俺は決めましたよ!!」
半ば興奮しつつ拳を握りしめ、アルルカンはシャーリィに向かって話しかける。
「何を決めたというのですか?」
「俺の妻となる女性です……俺は、クリスティナ・フェイールを妻として迎え入れ、精霊界の王位を継承します。あの佇まい、冷静さ、そして美しさ……精霊の加護も持つ勇者の血筋、まさに王となる俺の妻に相応しいと思いませんか!!」
「ダメです!! 兄上はいつもそのような無茶なことを言います。彼女の気持ちは考えたのですか?」
いきなりのアルルカンの爆弾宣言に、ペルソナが自然体を解いてテーブルまで近寄り、アルルカンに向かって叫ぶ。
だが、アルルカンはペルソナの姿を見て、ニヤリと笑っていた。
「おお、そんなところにいたのか愚弟よ。彼女の気持ちもなにも、時期精霊王である俺の妻になるのだぞ、断るはずがあるまい」
「確認はしたのですか? そもそも彼女のことは……俺が……」
そこまで告げてから、ペルソナは口を閉ざす。
「ふん、臆病ものが。今の関係が気持ちいい、壊したくないという一心で、本心を伝えることすらできない臆病者に、彼女の夫となる資格などない。それに、今は気持ちが繋がっていなくとは、妻となり同じ時を生きるようになれば、いつかは俺に心を開く。母上、そうでしょう!!」
「いいえ、それは無いですわね」
アルルカンの言葉をあっさりと切り捨てるシャーリィ。
そしてアルルカンも、まさか否定されるなどとは思っていなかったらしく、呆然としてしまう。
「え、い、いや、俺は時期精霊王で」
「誰が貴方に精霊王を任せると言いましたか? 少しは世間を、人間の世界を見て学びなさいと謹慎中のペルソナの代わりに貴方を人間界へ向かわせたのですよ? 誰が、嫁を探してこいと言いましたか?」
「え。え、ええっと……一目惚れなのですが、ダメですか?」
シャーリィに否定されつつも、まだ諦めないアルルカン。
「ダメです。なお、貴方達が彼女を妻として迎えたいということには、私は反対しません。ですが、そのために自らの身分を告げたり、彼女の心を縛る魔術などを用いることは禁止します。男なら正々堂々と、己の心を賭けなさい」
キッパリと告げるシャーリィに、アルルカンとペルソナの二人もその場で背筋を伸ばしてしまう。
「はい」
「おう。母上の言う通りにします……が、悪いなペルソナ、おまえはここで謹慎処分中だから、俺の方が分がいいな」
「なお、今、この時間を持ってペルソナの謹慎を解きます。貴方は定期便及び夕方の配達につきなさい。クラウンはあと一ヶ月の実務、ジョーカーはヘスティア専属に復帰してもらいます。アルルカンは、ジョーカーの代わりに早朝便の配達に着くように」
淡々と告げるシャーリィに、アルルカンは口をパクパクとして何かを言いたげになる。
だが、それも無駄になるとわかったのか、頭を項垂れる。
「あ~あ~、わかりました、わかりましたよ、母上の言葉に従います……」
そう告げてから、アルルカンはその場を離れていく。
「さてと。ペルソナ、貴方はこの時間を持って人間界への移動を許します。ですが、次に同じような騒動を起こしたら、その時はどうなるかわかっていますわね?」
「かしこまりました。此度の母上の温情に感謝します……では、失礼します」
そう告げて踵を返そうとするが、シャーリィはそれを制した。
「お待ちなさい。どうせ今は暇なのでしょう? しばらくは私の元で給事なさい」
「はい」
先ほどの、アルルカンが姿を現すまでの無機質のようなペルソナの顔が、今は柔らかい、いつもの優しい笑顔に戻っていた。
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