上 下
66 / 278
第3章・神と精霊と、契約者と

第118話・クリスティナの知らない世界

しおりを挟む
 クリスティナがリバイアスの策謀によりさらわれた翌日。

 ハーバリオス王都・王城謁見の間では、帰還した緒方ら勇者たちの報告が行われている最中であった。
 すでに前触れとして伝令兵は到着しているし、聖域の防衛に参加していた騎士たちも凱旋を果たしている。
 メメント大森林は大賢者・武田による守護結界により魔族が侵攻することができなくなり、長年続いていた魔族の侵攻とそれを阻止するハーバリオス騎士団の戦いにも終止符が打たれていたのである。

 その最中、敵指揮官の呪いにより柚月と武田が魔力枯渇症に侵されてしまい、それを解呪するために勇者ら四人は魔族を追いかけ、隣国との国境である霊峰を越えて西方諸国へと向かった。

 それから様々なことがあり、二人の呪いも解呪することができたので、遅れながら勇者たち四人もようやく王都への凱旋が行われた。

「……ということです。これにて、私たちの任務であった聖域の守護及びメメント大森林の奪還は成されました」

 紀伊國屋が代表として報告を行うと、国王も歓喜の笑みを浮かべて立ち上がった。

「よくぞ、無事に戻って来てくれた……当初の約定により、送還の魔法陣の魔力が集まり次第、貴公らを元の世界へと送り返すことを、改めてこの場で約束させて貰う。それと、此度の魔族の侵攻の陰で、四天王の一人が放った罠によりわが国に封じてあった宝剣が破壊された……」

 その説明のあと、宰相自らが箱に収められていた宝剣を手に、国王の元へとやってくる。
 それを受け取り、改めて両手で鞘を持ち上げてから国王はそれを紀伊國屋たちに差し出した。

「一刻も早く、封じの間にで儀式を行わなくてはならない。これは失われた宝剣の代わりに用意した新たな剣。これを勇者が封じの台座に収めることで、我が国を守護する精霊の結界は再び力を取り戻すことができようぞ」
「わかりました。では、緒方さん、その剣を受け取ってください。そして先に封じの間にで儀式を執り行います」
「……俺?」
「勇者はお前だろうが。一刻も早く、儀式を行うぞ」

 そのまま緒方は紀伊國屋の剣幕に負けて封じの間に向かい、宝剣を台座に収めて儀式を終わらせる。
 これにより、ハーバリオスには新たな魔除けの結界が発生し、魔族が領土内へと侵入するのを防ぐことができた……。

………
……


 その夜には勇者の四人を交えての祝賀会が行われる。
 いつもの堅苦しいテーブル料理ではなく、幾つもの円卓を用意しての立食形式のパーティで行われたのだが、その場にて国王は勇者たちに相談を持ちかけていた。

「実は、勇者殿に商品を納入しているフェイール商店のことで、相談があるのだが」
「……ん? それってクリスっちのことだし?」
「クリスっち? ああ、クリスティナ嬢のことだ。実は、頼みというのはだ、彼女に課せられた『契約の精霊エンゲージ』による王都払いの約束、それを反故にして欲しくて相談させて貰った。正確には、約束自体を無かったことにしたい」

 契約の精霊エンゲージを通しての約束は絶対。
 それを破ることは不可能であり、故意に破った場合は死にも匹敵する罰が与えられる。
 それゆえに、クリスティナは第一城砦から内部へと入ることすらできなかったのである。
 そのことをシャトレーゼ伯爵から報告され、国王としても国を救った商人である彼女の恩義に報いたいと考え、このような相談を持ちかけていた。

「流石に、契約の精霊エンゲージとの約束は解除不可能ですよ。それに、解除してからどうするのですか?」
「実は、彼女に爵位を授与しなくてはならない。此度の宝剣は、実はクリスティナ嬢が命を賭けて西方諸国にあるドワーフの王国へ向かい、そこで初代国王であり伝説の鍛治師でもあるカネック王自らに打ち上げて貰ったのである。それを迅速に持ち帰り、王都近くまで届けてくれたのだ……」
「実は、あと数日もすれば全ての守護結界が消滅していたかもしれないのです。そうなると、魔族は西方メメント大森林ではなく、北西のシューゾマツ山脈を越えて侵攻していたかもしれない。あの山脈は活性化した竜族のナワバリでもあるのだが、魔族には竜を使役する魔術に長けたものもあると聞きます」

 国王の言葉に宰相も補足を加えるのだが。
 この宝剣の話については、柚月たちもクリスティナから直接聞いているので、頷くことしかしなかった。

「それで、彼女に爵位を与えてどうするのですか?」
「実はな……西方のカマンベール王国のとある伯爵家が、クリスティナとの婚姻を求めて来ている。だが、先方としても庶民と伯爵家となると格式が違いすぎるので、どうにか彼女に爵位をという話が来ていてな……まあ、クリスティナ嬢も勇者御用達という看板を背負った商人ではあるが、あと数ヶ月もすれば勇者さまたちは日本へと帰還するではないか」
「そのあとは、彼女にも幸せになって欲しいというのが国王陛下のお考えですが。これについては問題はないかと思います。すでにクリスティナ嬢に課せられた『契約の精霊エンゲージ』の楔が外れたなら、彼女は子爵へと叙爵することで貴族院とも話を進めていますので」

 どう聞いても、裏で何か高度な政治的取り決めがありそうにしか見えない。
 
「でも、多分だけどクリスっちはそれを断るし。彼女の幸せを考えるのなら、王都へ自由に出入りすることができるようにする、そこまでで構わないと思うし」
「そうですね。それに、彼女には思いびともいらっしゃるかと思います。そのような事実があるにも関わらず、政治的な取り決めで彼女の婚姻を決めるのは問題があるのでは?」

 柚月と紀伊國屋が国王に問いかけるが、これには国王も渋い顔をしている。

「うむむ、いや、確かにそうなのだが……ちなみに、その、思い人とは?」
「それは内緒だし。ちなみに返しだけど、クリスっちが好きな人がいて、その婚姻を断ったら?」
「その時は、速やかにカマンベール王国に断りの書状を送るが。いくらわしても、国王の立場を振り翳して思い合った恋人の仲を割くようなまねはせん。そうなると、その事実も確認せねばならないし……」

 そう呟くと、柚月は小さく手を上げる。

「それなら、あーしがクリスっちのところに行って、しばらく一緒に活動してくるし。その中で、彼女から思い他人の話も聞き出せるし。紀伊國屋っちたちは、契約の精霊エンゲージのことを任せるし」
「うわ、きったねぇ。そんなこと言って、日本製品独り占めする気だろ?」
「……柚月さん、転送の術式を教えますので、僕たちが欲しいものを手紙でそちらに届けます。それで買って来て送ってくれるのなら、こっちの仕事は僕たちが引き受けますよ?」

 武田の提案に、紀伊國屋も腕を組んで考える。

「そうなりますと、柚月さん一人というのは些か不安。この私もご一緒しましょうか」
「紀伊國屋っちの目的は、ノワールさんだし。だから、あーし一人で間に合うから問題ないし」
「な、な?な?な、な、な、な、なにを突然、そのようなことを」

 真っ赤な顔で、少し下がったメガネをぐいっとあげる紀伊國屋。
 そのようなやり取りを、国王は少しだけ微笑ましく思って見ていた。

「では、大魔導師・柚月よ。クリスティナ・フェイールの元へ赴き、彼女の動向を調べてくるが良い。勇者・緒方と聖者・紀伊國屋、大賢者・武田には契約の精霊エンゲージとの契約解除についての調査を依頼する」

 威厳のある声で、そう四人に命じる国王。
 これには四人も素直に頭を下げて、任務を引き受けることになった。

 もっとも、魔族討伐とかのような殺伐とした任務でもなく、かといって期限が限られた任務でもない。
 これ以上、勇者たちにこの世界での魔族との戦争に巻き込む必要はないという国王の配慮でもあるのだが、果たして先方カマンベール王国の伯爵家は、どのような反応を示すのだろうか。
しおりを挟む
感想 652

あなたにおすすめの小説

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。