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第3章・神と精霊と、契約者と

第107話・海神と新年祭と、さらに失言でした!!

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 阿鼻叫喚。

 本日の露店も無事に完了。
 お手伝いのケイトさんとマキさんにも御礼を支払おうとしましたが、これも商業ギルドの業務の一環であり、そちらから報酬は貰っているので受け取れないと固辞されました。
 それでは賃金ではなく物品で支給ということで、フェイール商店で販売している衣類と肌着をプレゼント……はいはい、一口サイズのチロリアン・チョコレートもですよね、わかっていますよ。

「ありがとうございます。では、また明日も、よろしくお願いします」
「こんな素敵なドレスやチュニックも頂いて、本当に感謝の言葉しかありません」
「いえいえ、その程度でしたら構いませんので。そしてこちらは、緒方さんへ。日本酒、お好きですよね?」

 黙々と日用雑貨を販売してくれていた緒方さんにも、日本酒をお渡しします。
 すると、目を丸くして喜んでくれましたよ。

「そうそう、これこれ、このお酒が好きなんだよなぁ」
「でも、このお酒って代わっていますよね。普通は透明ですけど、これは白く濁っていますよ?」
「濁り酒といって、濾過するときにわざとおりが混ざるように荒目の袋で絞っているやつでな。ものによっては、瓶の中で発酵を続けているものもある……って、こっちの世界には、そういう酒はないのか?」

 そう言われると、私たちのハーバリオスにはありませんね。
 ハーバリオスにはワインが特産品の地方はありますが、お米から作るお酒というのはありません。
 それは海の向こう、東方諸国連合で作られているものです。

 まだ私が幼かった時に、父が船乗りから東方の甕酒の話を聞き、実際に味見をして製法を学ぼうとしていたそうで。
 その時はまだ、この近くには米を使っていた農村もあり、米が潤沢に手に入っていたのですよ。だから、父もその製法で作ろうと躍起になった事がありましたが。

 完成したものは、酸っぱい水。
 私もこっそりと味見をしたのですが、それはもう酸っぱくて飲めたものではありませんでした。色合いも緒方さんに渡した日本酒よりもうすら濁っていましたし、あれは失敗だったのでしょう。

「……う~ん。作ろうとしていたのは覚えていますけれど、酸っぱくて飲めたものじゃありませんね……」
「そっか。酸っぱいか……この世界で作ろうとしたってことは、水酛から作ろうとしたのかもな。まあ、難しいことはどうでもいいや、ありがとうな」
「いえいえ、それでは」

 そして荷物を片付けて宿に戻りますと、その一角では柚月さんと昼間に絡んできた三人が、何やら真面目な顔をして話し合いをしています。

「んんん? クリスっち。もう露店は終わったの……って、緒方っちは日本酒貰ったの?」
「ああ、暇つぶしになったし、久しぶりに部屋でいっぱい飲もうかなって」
「はい。日当をお渡ししようかと思いましたら、酒が欲しいと言われたので。勇者さまの故郷のお酒だそうで、東洋の甕酒のようなものらしいです」
「ふぅん。まあ、あーしはお酒飲めないからいいし。それよりも、クリスっち。この三人が謝りたいっていってるし」

 そう柚月さんが話した途端、三人が一斉に立ち上がり、私に向かって深々と頭を下げました。

「先ほどはご無礼、誠に申し訳ありませんでした」
「初めて会った方にあのような言葉、無茶な勧誘をしてしまい、失礼しました」
「い、イケメンが露店をしていたら、声をかけるのは摂理……いえ、そうではなくてですね、先ほどのご無礼をお許しください」

 私は当事者じゃないのですけどね。
 いえ、ブランシュさんは従業員ですから、当事者には違いはありませんけれど。

「まあ、私に謝られても困りますし、それはブランシュさんに頭を下げて頂いて終わりという事で」
「「「はい!!」」」

 元気よく返事を返してから、三人は後ろの方で椅子に座り、小説を読み耽っているブランシュさんの元に走っていきます。
 
「それでね、あの子達は海神さまの教会のクランに所属している人らしくて。あーしが聞いた話だと、新年祭の前日、あーしたちの大晦日にあたる日に海神さまの祠にお供えを持っていくらしいんだけど。そこに魔物が住み着いたらしいし」
「つまり、その魔物を討伐するためにも回復要員が必要で、ブランシュさんを誘ったと」
「そーいう事らしいし。それで、実力があるあの子たちは、自分たちが断られることなど考えてもいなかったらしいし。それでブランシュさんが無碍に断ったので、プライドがカチーンと傷ついて暴言を吐いたらしいし」

 教会組織のクランに所属しているのなら、民を思う気持ちを育むことも必要なのでは。
 所属冒険者が傍若無人な振る舞いをしていたら、教会にも悪影響が出るではありませんか。

「はぁ、それはまた難儀なことで。そのような冒険者ばかりなら、教会にも迷惑掛かりますよね?」
「そーゆー事。それで今回の件も、彼女たちが独断専行して動いた事だから、教会には黙っていて欲しいって言われたし」
「それは宜しくないですね。ちゃんとやってしまった事については、責任を持っていただかないと」
「だから、紀伊國屋っちが教会に挨拶に行ったし」
「あ、あの子達、終わりましたか」

 まあ、罪を憎んで人を憎まずという言葉もありますけど。
 仏の顔も三度まで、三度目には大激怒……ですよね。

「あの、それでも不思議な事なんですが。海神さまの教会なら、回復魔法が使える方はいるはずでは? 確かに癒しの術式は高度であり、神の加護無くしては使えないことは存じていますけど」
「海神さま、つまり青の竜神さまの加護は、戦闘強化に特化しているし。その代わり、『神の雫』っていう回復薬を作る事が許されているらしいけど、それを作れる司祭さまは病気でもう、何年も寝たきりだそうだし」

 神の加護は、それを与える神によってさまざまである。
 回復系の術式を与えてくれる神は、大地母神と慈愛の神、そして治癒神の三神と伝えられていますけれど、実は大なり小なり、神様には人を癒す力はあるそうなのです。
 精霊女王シャーリィさまも、精霊治癒エレメントヒールという術式を与えてくれる事ができます。なお、私の魔導書は型録通販なので、記述されていません。

「それで、魔物を討伐するために力を貸してくれる治療術師もしくは錬金術師を探していたのですか。それで断られたから、つい、ムッとなって暴言を吐いたと……」
「まあ、あーしからも説教したし、多分今頃は、海神教会の司祭長が……ほら」

 ブランシュさんの前で頭を下げている三人に近寄るマッシブな司祭長。
 そのまま外に連れられていきましたけれど、まあ、速やかに絞られてください。全ては神の思し召しです。

「あらら。ブランシュさんもようやくほっとした顔をしていますね。さて、この後の展開、司祭長が私のところに頭を下げにきて、そして実はお願いが…。っていうところまで予測ができてしまうのですけど?」
「あはは。十分にあり得るし。でも、ブランシュさんはクリスっちの護衛だから離れるはずないし、クリスっちは商人だから、そんなところに行けないし」
「そうですよね。ちなみにその祠とやらに入るための条件ってあるのですか?」

 そこ、大切です。
 誰でも入れるのでしたら、それこそ私も巻き込まれますよ。

「それぞれの神が祀られている祠はですね、その信徒および聖職者、そのクラン関係者、あとは今回のように討伐依頼があった場合に、その依頼を受けた冒険者だけが入ることを許されています」

 そう説明しながら、紀伊國屋さんがやってきました。
 さすがは聖者さまですね、教会関係の知識をしっかりと学んでいるようです。

「つまり、俺と姐さんは巻き込まれようかないっていう事だ。こればかりは決まりでもあるからな」
「私やブランシュさんを海神さまの祠の魔物討伐に向かわせるためには、私たちが冒険者登録するか、もしくは海神リバイアスさまの信者になるか。私は精霊女王シャーリィさまの信徒ですし、商神アゲ=イナリさまにも奉納しています。あとは……秩序の女神メルセデスさまの元にもご挨拶に行きたいのですが、総本山はハーバリオス王都なので……」

 三柱の神の加護を持っている私ですけれど、海神リバイアスさまは海神であり航海の神。海商を取り扱っている商会ならばいざ知らず、私はまだ旅商人です。
 そのようなものが、土足で入っていいところではありません。
 これは東方の島国の諺ですよ、勇者語録ではありませんからね。

「まあ、クリスっちのところに相談には来ないし。そのリバイアスの司祭長さんは真面目な人だし?」
「ええ。話によりますと、冒険者ギルドに討伐依頼を出したそうです。ですが、あの三人は自分たちクランの人間ではなく外部に依頼した事が納得できないとかで、自分たちだけで討伐を終わらせようとしたそうで」
「また、そこでも面子の問題だし……という事で、あーしたちもクリスっちも、今回の件は無関係だし。それよりも、4件目の露店、何を売るのか決まったし?」

 そこです。
 候補は上がっているのですけれど、ここはやはり異世界のおもてなしの一品をご用意した方が良いと判断しました。

「おせち料理です。重箱三段重ねというものを取り扱ってみようかと思います。こちらの人にとっては、勇者さまの世界の食べ物は味わったことのないもの、すなわち贅沢品です。それに値段もそれほど高価ではありませんし、年に一度の贅沢ぐらいは許してくれるかと思います」
「あ~、確かに型録にも幾つか載ってあったし。それを取り寄せられるならいけるし」
「カタログ? それは何ですか?」

 ああっ、柚月さん!!
 それは禁句なのに。
 そう思った時、柚月さんは思わず口に手を当ててソッポをむいて誤魔化そうとしていますが、これは後の祭りというやつではないですか……。
 ほら、紀伊國屋さんが腕を組んで考えていますよ。

「……なるほど、ねぇ。フェイール商店の秘密、私は理解できました。そうですか、クリスティナさんは『オンラインショップ』の加護をお待ちでしたか」
「へ? その『オンラインショップ』って何ですか?」

 私の知らない単語に、思わず問い返してしまいます。
 すると紀伊國屋さんも、え? という驚いた顔。
 ブランシュさんもやっちまったなぁって顔になっていますし、私もやらかしましたか?
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